えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二百二十話 標的

 

 

 

 俺の謝罪念仏が終わった後、朱雀とラヴィニアも朱芭さんの遺影に線香を立て、しばらくお(こう)の香りがリビングへと広がった。朱雀は朱芭さんに個人的に伝えたいこともあるだろうと、俺と鳶雄とラヴィニアは席を外し、キッチンへと足を運んでおく。鳶雄から水を一杯もらい、すっきりした表情の朱雀が顔を見せるまで朱芭さんの冥福を祈り合った。

 

「午前中にお菓子を作っておいたので、よかったらどうぞ」

「……お菓子という枠を超えた、芸術作品が出てきたぞ」

「まるで宝石のように光ってますねー」

「さすがは鳶雄だわ」

 

 しんみりとした空気を換えようとしてくれた鳶雄の気遣いに、俺達も乗っかるように言葉をかけていく。遠くから来た俺達のために作ってくれたようで、こちらの称賛に鳶雄は照れくさそうに頬を赤らめた。どうやら一人暮らしを始めてからも、料理の腕は落ちていないようで安心した。ヨーグルトとゼリーの二層仕立てで、ひんやりとしたゼリーの中にはさっぱりとしたグレープフルーツが盛りだくさんで、上にはクラッシュゼリーとミントが乗っている。俺達は手を合わせると、早速もらったゼリーを口に含んだ。

 

「うっま」

ottimo(オッティモ)…」

「えぇ、おいしいわ」

「ありがとう、俺もみんなの喜ぶ顔が見れてよかった」

 

 目を細めて二ッと無邪気に笑う後輩の表情に、俺は内心ホッと胸を撫でおろした。朱芭さんが亡くなってすぐの頃は気丈に振舞っている感じだったけど、この一ヶ月少しで彼なりに折り合いをつけられたのだろう。それは彼の傍にいた友人や幼馴染の東城、親戚である姫島一家のおかげもあると思う。鳶雄のご両親は朱芭さんや家のことの事務手続きを済ませ、鳶雄の高校の入学式を見送ってから海外へと再び帰って行ったようだ。忙しいご両親だが、幾瀬家で納得しているのならそれでいいのだろう。

 

「このヨーグルト部分、ブランマンジェなのですね」

「えっ、パンナコッタじゃないんだ」

「見た目は似ていますが、パンナコッタはイタリアのお菓子で、ブランマンジェはフランスのお菓子なのですよ」

「ブランマンジェは『アーモンドの豆腐』とも呼ばれているので、香りで見分けられるんですよ」

「へぇー」

「勉強になるわ」

 

 俺は鳶雄に言われた通りヨーグルトの部分を鼻に近づけると、微かなアーモンドの香りがした。なるほど、こうやって見分けるのか。イタリア人のラヴィニアがよくパンナコッタを作ってくれていたから、これも同じかと思っていた。朱雀も感心したように頷き、マイルドな味わいがお気に召したらしい。普段のキリっとした表情が和らいでいるあたり、女性とデザートの組み合わせは最強である。

 

 朱雀は鳶雄の手作りお菓子に感動しながら、一口一口黙々と食し。クレーリアさんとお菓子作りをしているからか、ラヴィニアは鳶雄とお互いにレシピについて語り合っている。うーむ、ちょっと疎外感。俺も少しぐらいは料理に精通するべきか? 料理男子って言葉は、テレビでもよく取り上げられたりしているし。

 

 でも、俺が作ると相棒を使わないといけないからなぁ…。以前天使の手作りチョコ教室で、相棒をチョコの中に突っ込んだら参加していた事情を知る天使の皆さんに悲鳴を上げられ、ミカエル様を半泣き状態にさせちゃったから自重するようになったんだよね。天使の皆さんからしたら、チョコの海に沈められる次期聖書の神様が宿った聖槍である。習慣って怖いよね、あれはカオスだった。

 

 

「ごちそうさまー! 本当においしかった」

「お粗末様です」

 

 結論として俺はやっぱり食べる派の方が良さそうだと考え、お菓子の美味しさを満喫することにした。俺の周りには、料理上手な友人や知り合いが多い。今更張り合っても勝てるとは思えないので、リンと一緒においしいものをいただく側の方がいいと判断。その代わり、皿洗いはしっかりやりますので。

 

 俺は女性陣が食べ終わったカップをお盆に乗せ、台所の水場へと運んでおく。幾瀬家での付き合いが長かったからか、こういう皿洗いは自然と俺の役目になっていた。鳶雄からお客さんなのにって視線をもらったが、ひらひらと手を振るとそれだけで俺の意思は伝わったようだ。小さく肩を竦めると、何も言わずに俺が洗ったカップを布巾で拭いてくれた。

 

「一人暮らしは問題なく過ごせているか?」

「はい、元々家事は自分でやっていましたから。それに、紗枝や姫島家の人達がよく家に来るので…」

「ほぉー、愛されてるねぇー」

「か、揶揄わないでください」

 

 高校生の一人暮らし。それが心配な周囲の配慮は、思春期の少年には恥ずかしいものらしい。何だかんだで見栄っ張りなところがあるので、男だから一人でも大丈夫だと鳶雄的には周囲に言いたいのだろう。それでも、好意を無下にもできない。そんな様子にニヤニヤと笑みをこぼす俺に、後輩は視線を逸らしながらも否定はしなかった。

 

 まぁ、寂しいという感情とは無縁そうで何よりである。健全な男子高校生にとって、女性陣が普通に家に出入りしているっていうのは大変かもしれないけど。洗い物が終わってリビングに戻ると、テーブルを拭いてくれていた二人にお礼を告げ、またしばらくは和気藹々(わきあいあい)と駄弁り合った。裏のことは話せないけど、普段会えない分話せる内容なんていくらでもある。

 

 いつか鳶雄が裏の事情を知ったら、隠し事をしていた俺達を怒るかな? それとも、溜め息を吐いて呆れるだろうか。でも、何だかんだで許して受け入れてくれると信じている自分がいる。その時が来たら、黙っていたことをちゃんと謝るつもりだ。鳶雄が成人するまで、後四年。それまでには、裏側の騒動を出来る限り沈静化させたい。後輩が安心して、自分の力と向き合えるように。

 

「そういえば、陵空(りょうくう)高校での生活はどんな感じなんだ? 姉ちゃんが通っていたから、行事とか校風はちょっと知っているけど」

「高校生活って言っても、まだ五月ですから中学からの友人と過ごしていることも多いですけどね。一学年二百三十名ぐらいで、七クラスあります。紗枝とはクラスが離れちゃったけど、佐々木とは一緒なので毎日が騒がしいですよ」

「あいつ、高校デビューは結局したのか?」

「写メ撮ったので見ます?」

 

 そう言って鳶雄は携帯を弄り、俺達に佐々木のアフターを見せてくれた。黒髪の短髪だった中学時代から、髪をオールバックにして逆立て明るめの茶髪に変わった佐々木弘太を。俺からの感想は、「お、おう…」としか出なかった。なかなか思い切ったイメチェンに振り切ったものである。

 

「……何か、こんな髪型のサッカー選手を見たことある気がする」

「佐々木にとっての、爽やかなスポーツマン像だったみたいです」

「コータはサッカーを始めたのです?」

「昨日も俺とテレビゲームをしていたけど」

 

 ラヴィニア、それ以上は言わないでおいてあげよう。佐々木なりに好青年へ変身したってことで受け入れてあげるのが優しさである。高校から携帯が解禁されたからか、鳶雄の写真フォルダの中にはクラスメイトの姿が映されていた。俺が中学の頃に面倒を見た後輩も何人か映っていて、彼らも大なり小なり高校デビューをしている姿に思わず笑ってしまった。やっぱり地元だからか、陵空(りょうくう)中学からの持ちあがり組も多いようだ。

 

 

「高校生活を満喫しているようでよかったよ」

「あー、でも…。俺自身は関わりはないんだけど、同級生にちょっと怖い人がいるんですよね」

「怖い人ですか?」

「その…、不良の人……」

 

 思わず俺達は顔を見合わせた。不良、不良かぁ…。一般男子高校生の鳶雄にとっては、確かに避けなければならない人種だろう。俺もテレビドラマとかで見たことはあるけど、実際の生活でTHE・不良って感じの人は見たことがなかった。そう考えると、高校入学一ヶ月ちょいで名を馳せるほどの不良児とは今時珍しい。あれかな、リーゼントとかボンタンとかしているのかな。それとも金髪ピアス? えっ、どっちも古い?

 

「カナくん、不良とは何ですか?」

「不良…? よくわからないけど、それが鳶雄を怖がらせているというのなら…」

「はいはい、ファミコンは落ち着け。不良っていうのはだな、えっと…、えぇー……モヒカンで盗んだバイクを走らせてヒャッハーするような感じの人…?」

「先輩のヤンキーのイメージ世紀末すぎません?」

 

 すまん、咄嗟だと出てこんかった。身近に世紀末な人が多すぎるからかな? 彼らの場合は取り締まる側だけど。陵空(りょうくう)高校は偏差値も高いし、緩めの校風とはいえ、さすがにその不良くんも犯罪行為まではしていないだろう。それなら停学ぐらいは食らっているだろうし。喧嘩っ早い感じなのかねぇ。

 

「とりあえず、鳶雄自身に危険はないんだろう」

「あっ、はい。武勇伝みたいなのが噂みたいに流れてくるだけで、実際に鮫島(さめじま)――その人とは会ったことないです。特に知り合いの誰かに何かがあったとかも聞いていないですね」

「何だ、じゃあ気にするな。俺もそうだけど、危険だと思うものに自分から近づかなければ大抵のことは勝手に過ぎ去っていくものだよ」

 

 自分の身近にこれまでいなかった人種がいたら、そりゃあ不安に思うのも仕方がない。だから、関わる必要がないのなら避けたらいいだろう。それで何も問題はないのだから。実際、俺も面倒そうな相手は相棒の善悪センサーを使って避けまくってきたからなっ! さらっと言ってのける俺の言葉に、鳶雄は少し呆然としながらもこくりと頷いた。

 

「だけど、もしも関わることになったのなら……その時は、ちゃんと自分の目で確かめたらいい」

「えっ…」

 

 関わる必要が出てきたのなら、その時は視点をクリアにして相手を知る勇気を持つべきだ。そうじゃなきゃ、相手だってこっちを知ろうなんて思っちゃくれないんだから。

 

「どれだけ御大層な肩書きがあっても、大事なのはそいつ自身だ。他の誰かじゃなく、自分自身がそいつを見てどう思ったかが一番重要だろ」

「……はい」

「まっ、そうやって俺は自分なりの人脈を広げてきたわけだしな!」

「同時に関わった人達から、猪突猛進とかバカとか言われるようにもなったけどね」

「えっ、ダメじゃん」

 

 おい、朱雀ッ! 先輩のちょっと良い感じ風のアドバイスの最後にオチをつけるんじゃねぇよっ!! 鳶雄にもそのプラマイゼロはちょっと…って、引かれたんだけど!? ラヴィニアも笑っていないで、ここはパートナーとしてフォローしてよ…。俺はガクッと肩を落としながら、テーブルの上に倒れ込んだ。とりあえず、自分のジュースをがぶ飲みしておいた。

 

 けどまぁ、鳶雄は負けず嫌いだしわりと度胸もあるから、案外本人が人脈を広げようと思ったら広げられそうな気もするんだけどな。今のところ、人見知りというか自分に自信があんまりないからってだけな気がする。自分よりも周囲への気遣いに重きを置いているし。……たぶん周囲を気遣う余裕がない背水の陣みたいになったら、一番厄介そうなタイプかも。普段温厚な人ほど怒らせると怖いってヤツだな。

 

「こういう意地悪をする朱雀には、朱乃ちゃんのスペシャル映像集は見せてやらないもんねー」

「なっ!? ちょっと奏太っ、それとこれは話が違うでしょう。朱乃の姉として、私はあの子の成長の全てをこの目で見る権利があるんだから」

「……朱乃ちゃんが一番苦労しているのはわかった」

「この後、姫島のお家にお邪魔するのでいい子いい子しておくのです」

 

 兄と姉の熾烈な戦いが始まった隣で、のほほんとジュースを飲む鳶雄とラヴィニア。朱芭さんの四十九日法要としてお邪魔した幾瀬家。しんみりから始まった空気だったけど、結局はいつものメンバー同士賑やかなまま過ぎていったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「もう、鳶雄と朱芭様の前で恥ずかしいところを見せてしまったわ…」

「安心しろよ。朱雀の本性はとっくに向こうもわかっているから」

「カナくんと朱雀は、よく喧嘩をしていますからねー」

 

 だって朱雀が、だって奏太が、とお互いに言いかけてジト目になってしまった。さすがに不毛なので、これ以上喧嘩をするつもりはない。それにラヴィニアの「仕方がないですねぇー」って母性のような顔を見ていると、大人げなかったという気持ちが湧いてくるのだ。ラヴィニア、その小っちゃい子達がポコポコしてるなぁー、って眺める目線はやめてください。仲直りするから。

 

 あれから幾瀬家を出て、堕天使が管理するマンションへと足を進めている。鳶雄の暮らすマンションは大人数で入るには狭いため、午前中に姫島家と東城家の法要は済んでしまっていた。なので、俺達の法要が終わった後に姫島家の方にお邪魔することになった訳だ。それに、仕方がないとはいえ鳶雄の前だと裏関係の話はできない。せっかく久しぶりに会うのに、会話を選別する必要があるのは朱乃ちゃんも大変だろうからな。

 

「朱乃ちゃんに会ったら、無事に霊獣朱雀をモフれたことを報告しないとなぁー」

「あなたはその前に、アザゼル総督に神同士で約定を結んだことを報告する方が先でしょう」

「カナくん、メフィスト会長に報告も先ですよ」

「あっ、はい」

 

 こういう時、二人とも正論を譲らないので素直に頷いておく。そうですね、うっかりしていました。霊獣朱雀をモフれたことが嬉しすぎて、約定のことが完全に抜けていました。たぶんこれ保護者だけでなく、魔王様や天使長様、玄奘老師にも報告しないといけない感じだよね。うわぁー、自覚すると遠い目になってしまった。

 

「えっ、絶対に何をやっているんだって怒られるやつじゃん」

「当たり前でしょう、まったく。はぁ…、その趣味でまたいつかやらかしそうで怖いわ」

「一応自重はしているぞ。猫又姉妹の猫耳や尻尾はすっごく気になったけど、さすがに紳士としてダメだなと思って言わなかったし」

 

 どこかにいないかなぁー、男の猫又。ミルたんの耳は触らせてもらったことがあるけど、やっぱり本物を触ってみたい気持ちはある。ここまでたくさんの種族をモフってきたのだから、モフれるところまでモフってみたい欲求も少々…。そんな俺の表情に、朱雀とラヴィニアは揃って顔を見合わせて溜め息を吐いていた。すみません、迷惑をかけない範囲で気を付けます。

 

 

 それから姫島家へとお邪魔し、朱乃ちゃんに抱き着いてすりすりする朱雀をラヴィニアに任せた俺は、言われた通りに保護者に連絡を入れると早速胃薬を飲ませてしまった件。通信越しにどんどん為政者達に俺のやらかしが伝言されて次々と目が死んでいくのを、後ろから俺の様子を覗いていたヴァーくんとアルビオンがドン引きしていた。神同士の約定ってこんなにも大事だったんだね、以後安請け合いしないようにします。

 

 なお、天使長様は事情を聞いて「レーシュ殿を動かすには、やはりモフモフが必要…?」と深刻な表情でおめめがぐるぐるしていたので、おじいちゃんにも後で連絡をしてフォローをお願いしようと思う。信徒のおじいちゃんが天使様に物申すのは畏れ多いだろうけど、ここは頭を下げてでもお願いしないと俺に何かヤバいものが返って来る気がしてならない。おじいちゃんごめん、飛び火でエライことになった。

 

 そうして通信がようやく終わった頃には、朱雀(ファミコン)の暴走も終わったようで女性同士の和気藹々が始まっていた。朱乃ちゃんは今年から中学生になって来年には駒王学園に編入予定だからか、朱雀から学校について教えてもらっている。ラヴィニアは朱璃さんと鳶雄から教わったレシピについて盛り上がっているようだ。うーむ、仕方がない…。

 

「ヴァーくん、ここは男同士で盛り上がろっか!」

「……俺が言うのもおかしいかもしれないが、お前はもう少しぐらい反省した方がいいと思うぞ」

《ヴァーリが、ヴァーリが労わりの気持ちを…》

 

 鳶雄のお土産のお菓子を渡したら、コロッと俺側になりました。アルビオンに猛抗議された。

 

 

「ふぅ、すっきりした」

「ん、朱乃ちゃんとの話は終わったのか?」

「まだまだ話したりないけど、今の内に渡しておいた方がいいと思ってね」

「……渡す?」

「以前話したでしょう、もらってばかりじゃ悪いから何か用意するって」

 

 そう言って自分の黒髪に刺している簪に触れる朱雀を見て、そういえば簪をプレゼントした時にそんな会話をしたような記憶を思い出した。気にするなって言ったけど、律儀に覚えてくれていたってことか。

 

「前に相談を受けたでしょう。……神降ろしについて」

「あぁー、うん」

「五大宗家にも神籬(ひもろぎ)――神をその身に降ろして憑依させる秘儀が伝えられているわ。さすがに技術の流出はできないけど、簡単なものは用意しておいたの」

 

 ラヴィニアのことを配慮して小声で伝えてくれたのだろう。朱乃ちゃんと朱璃さんと一緒に晩御飯の下ごしらえを手伝うラヴィニアを見て、朱雀の配慮に感謝を伝えておく。確かに以前、俺は朱雀に神降ろしの負荷について相談していた。相棒を俺に憑依させる『王冠(ケテル)』の異能は、長い時間使うことができない。霊獣朱雀と話をした時だって、ほんの少しの間だけだったのに疲労が拭えなかった。まぁ、モフモフの興奮で相殺はできたけど。

 

 朱雀は霊獣朱雀を現世に顕現させてその力を借りるように炎を操るけど、五大宗家の当主の中には霊獣を自身の身体に憑依させて力を借りるパターンもあるらしい。それなら、俺の神降ろしと通じる部分もあるだろう。

 

「ただ、五大宗家の憑依は奏太の憑依とは違うのよね」

「えっ、憑依に違いってあるのか?」

「えぇ、言い方が難しいけれど…。奏太の神降ろしは、神側が人の身を歪めないように最大限に配慮しているのよ。奏太の方の憑依は、瞳の色やオーラが変わるだけでしょ」

「そのはず…」

「私達の場合は、神が十全に力を使えるように人間側が配慮をしているの。つまり、神そのものの姿に見合うような変化――『獣人』と称される異形の姿へと変わることを私達は『憑依』と呼んでいるわ」

 

 朱雀の説明に俺は目を見開いた。漫画やアニメで想像はできるが、まさかのリアル獣人とは…。本来人の身に神を降ろせば、その神様の影響を受けるのは当たり前らしい。つまり、もし雷神様を降ろせば身体がバチバチと放電する感じなのかな。そう考えると俺の憑依って、想像以上に相棒は遠慮していたってことか。

 

「今代の真羅(しんら)家の次期当主である『白虎(びゃっこ)』は、今話した憑依型の契約者よ。彼の家は修験道の流れを汲み、幼い頃より山籠もりの修行をしたことで強靭な肉体を手に入れたわ。それほどの過酷な修練を課して、神が憑依できる肉体を手に入れるのよ」

「彼…、『白虎』…、猫獣人……。――ハッ、つまり俺が探し求めていた猫耳を持った男性っ!?」

「……奏太?」

「すみません、はい。真面目に聞きます、だから耳を引っ張らないでっ……!」

 

 ガチで痛かった。痛覚を消してくれなかったあたり、相棒も反省しなさいってことなのだろう。でも、猫の獣人に変身できる真羅白虎(しんらびゃっこ)さんか…。絶対に仲良くなろう。

 

「コホン、ただ奏太の場合は神の力を借りて放出するのではなく、その身の内に神そのものを留めるもの。だから、五大宗家のように神の力に耐えられる肉体づくりや紋を刻むよりも、より内側を鍛えるべきだと思うのよ」

「内側を鍛える…」

「という訳で、簡易的に神籬(ひもろぎ)を作り出すのにもっとも適した道具を考えた結果、……やっぱり注連縄だったわ」

「結局それかよッ!!」

 

 前回冗談だって言っていた代物じゃないかっ! 俺からのツッコミに朱雀は唇を小さく尖らせると、ビシッと俺の方に指を向けてきた。

 

「そもそもあなたの起源自体が、『神依木』っていう神霊を下ろすのに適したものなのよ。少しでも神様を留める(よりまし)になりたいのなら、その神気を漏らさないように神域と現世に結界を張るしかないわけっ」

「うっ…」

「さすがに『縄』って感じだとあなたも嫌がると思って、しめ飾りにしておいたわ。(さかき)をベースに紙垂(しで)も垂らして、見栄えも蝶に見えるように工夫だってしたのよ。これで文句はないでしょ」

 

 そう言って手渡されたのは、確かに縄って感じじゃない少し大きめのアクセサリーに見えなくもないしめ縄だった。手の平より少し小さく、丁寧に編み込まれているのがわかる。これ、ひょっとしなくても手作りなのか。さっきは思わずツッコんでしまったけど、朱雀なりに俺の悩みを真剣に考えた結果なのだろう。俺は腰のベルトの紐に引っかける感じで縄を通すと、わりと洒落た飾りっぽく見えるかなと思う。確かにこれなら、日常的に持っていても変には思われないだろう。

 

「ありがとう朱雀、色々考えてくれて」

「どういたしまして」

「それにしても、取説を書いたり、注連縄を作ったり、朱雀って多才だよなぁー」

「……私も自分にびっくりよ」

 

 褒めたつもりなんだけど、余計に遠い目をさせてしまった。いや、本当にいつも感謝しています。神様関係とか朱雀にしか相談できないし、めっちゃ文句は言われるけど最後まで悩みも聞いてくれるし。元々面倒見はいいんだろうけど、途中で放り出すのはもやもやするタイプなんだろうなぁ…。その分、頭を抱えることもあるんだろうけど。

 

「ほら、それを使った憑依のコツを伝えるわよ。祝詞(のりと)もいくつか覚えてもらうから」

「了解。負担軽減になるのは助かるからな」

「だからって、神降ろしを多用はしないようにね。神を降ろす身としては貧弱なんだから」

「貧弱言うな」

 

 五大宗家的に言えば、神様を憑依させるにはミルたんやおじいちゃんみたいな筋肉が必要なんだろうけどさ。それと比べたら、誰だって貧弱になるわ。……あれ、この世界でマッスルは強者の証だよな。『ハイスクールD×D』の強者って見た目がスラッとしているヒトが多いけど、その中で筋肉モリモリの巨漢は普通に強キャラとして描写されることが多かった。

 

 つまり、真羅白虎さんはミルたんと同レベルの可能性が……? とんでもないな五大宗家、まさかのマッスルにゃんこが最強だったか…。

 

「奏太もとりあえず山籠もりをしてみたらいいのに」

「ナチュラルに山暮らしをしている一族の出身者が、とりあえずなんて軽い調子で常人を誘うんじゃねぇよ」

 

 このお嬢様、とりあえず修行するなら山に行けばいいとか思っていませんか? 姫島というか、五大宗家の教育が極端すぎる。山には神秘があるとか彼らなりに理由はあるんだろうけど、初心者に山は厳しいからね。俺は肩を竦めて息を吐くと、胸の前で手を合わせてしめ縄を意識しながら精神統一を図っておいた。

 

 おそらく、朱雀とこうしてまた会えるのは夏頃になるだろうし、それまでにもらったプレゼントを使いこなせるように練習に励んでおこう。それから少しして、晩御飯ができたことを朱乃ちゃんが知らせに来てくれたので修行はおひらきにして、姫島家での夕餉にみんなで参加することになった。久しぶりの朱璃さん達の料理に感動に震える朱雀に笑いながら、たくさんある料理に箸を伸ばした。

 

 

「そういえば、カナくん。メフィスト会長から聞いたのですが、次の教会の訪問は帰りが遅くなるのですか?」

「うん、あぁ。ほら、魔法少女関係でラヴィニアも覚えているだろう。駒王町にいた紫藤イリナちゃんが、イギリスの教会へ修行に行ってそれなりに経つからさ。紫藤さんは仕事で駒王町を離れられないけど、俺ならおじいちゃんと一緒なら問題なく入れるみたいなんだ。それなら、顔を見に行こうかと思って」

 

 電話や手紙のやり取りは家族や友人としているみたいだけど、知り合いのいない外国の暮らしは天真爛漫でコミュ力の高いイリナちゃんでも大変だろう。表向き魔法使いの俺が好き勝手に教会内を歩くのは難しいけど、多少の我が儘なら聞いてくれるぐらいには教会側は俺のことを気にかけてくれている。知り合いの女の子が元気かどうか見に行くぐらいなら、許可をもらえるぐらいにはね。

 

「イリナちゃんは駒王町でミルたんに技を鍛えてもらっていたみたいだから、それなら聖拳(せいけん)を打てるおじいちゃんにも見てもらったらどうかなって思ったんだ」

「なるほど、イリナは向上心が強いので喜びそうなのです」

「うん、後は……勧誘をしようかなと思って」

 

 勧誘という言葉に首を傾げるラヴィニアに、俺達の話を聞いていた周りも不思議そうに視線を向けていた。それに小さく笑うと、俺は教会側の事情をかいつまんで説明する。来年兵藤一誠くんが駒王学園中等部に入学すると同時に、悪魔、堕天使、教会側からも親善大使として数名の学生を入学させる予定であること。その一人である朱乃ちゃんはこくりと頷き、悪魔側もリアスちゃん達でほぼ決定している。しかし、教会側だけは急な決定だったこともあり、紫藤イリナちゃん以外候補が見つかっていなかった。

 

「少し前まで一般人だったイリナちゃん一人に、教会の代表って責任を押し付けるわけにもいかないだろう。だからもう数人ぐらい、教会としては駒王町に信徒を送りたいわけだ。だけど、この選別がなかなか難航してる」

「……悪魔と堕天使と魔法少女と仲良くできるかわからないから?」

「そういうこと。俺もイリナちゃんの同僚になる子で、朱乃ちゃんやリアスちゃん達にも関係があることだから気にしていたんだ」

 

 不安げな朱乃ちゃんの言葉に頷くと、肩を竦めて困ったように笑った。教会の信徒は特に悪魔や堕天使、魔法使いや異形に対する敵対心が強く刷り込まれてしまっている。そんな教会の戦士として当然だった価値観が、あの停戦協定から180度と言っていいほどひっくり返ったのだ。未だに混乱している者も多い中、多感な時期の子どもなんてさらに影響を受けていてもおかしくないだろう。

 

 親善大使として悪魔と堕天使の子女が通う学園で共に学び合いながら、魔法少女が丸太で空を飛んでいる街で暮らすのだ。友好的な関係を築いてほしい為政者側からしたら、その選考に悩むのは当然だろう。友好関係が築けないにしても、せめて教会の仕事だからと割り切れるぐらいの判断力を持つ者が望ましい。だけど、俺としてはせっかく学生として一緒に通うのだから、ぜひ学園生活を楽しんでほしいとも思うのだ。

 

「そこで、おじいちゃんに相談したわけ」

「相談ですか?」

「そう、イリナちゃんと同年代ぐらいで、彼女と相性が良さそうで、教会所属だけど異種族や魔法少女に寛容そうな性格で、おじいちゃんが学園生活を送らせてあげたいって思うような子はいますかって」

「兄さま、それは欲張り過ぎじゃ…」

 

 朱乃ちゃんに呆れられるように、俺の願いは確かに欲張りセットだと思う。だけど、俺には一人だけ心当たりがあった。おじいちゃんだからこそ、ヴァスコ・ストラーダ猊下だからこそ、きっと辿り着いてくれるだろうと信じていた答え。おじいちゃんが幼少期の頃からずっと気にかけていた、優しすぎる寂し気な目をした女の子のことを。

 

 ストラーダ猊下はそんな俺の願いにしばらく悩んだ後、待ち望んでいた一人の少女の名前を口にした。

 

「それがね、いたんだ。聖女って呼ばれている女の子が」

「えっ」

「その子の名前は、アーシア・アルジェントちゃん。神器(セイクリッド・ギア)聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』の所有者で、イリナちゃんと同じ年で、誰にでも慈愛の心を持つ優しい子だけど、どこか寂しそうな女の子なんだってさ」

 

 原作であったディオドラフラグは、アジュカ様のギャルゲーアタックで粉微塵となった。結果的にディオドラは死亡フラグが折れ、彼の眷属だった少女達(被害者)はいなくなったのだから良かったのだと思う。しかし、そうなると救われないままの女の子が一人出てきてしまう。

 

 だったら、それこそ俺の役目だろう。彼女を知る俺が動けばいい。原作とは違う出会いになるけど、彼女がどんな風にみんなと関わっていくのか楽しみでもある。こっちにはコミュ力の塊と称されるイリナちゃんと、最強の兄属性を持ったデュリオを引きつれての勧誘を行うつもりだからな。権力関係はおじいちゃんが背後にいればだいたい問題なし。この最強の布陣で、見事聖女様を連れ去ってみせるぜっ!

 

 ニヤリと笑う俺の表情にまた何かやらかす気かという全員の視線をもらったが、気にせず夕食を掻き込んだのであった。

 

 


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