えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

219 / 225
第二百十九話 約定

 

 

 

「ふぅ、良い滝だったわ」

「そんな良いお湯だった的なノリなのか、朱雀にとっての滝って…」

 

 ラヴィニアからもらったタオルで長い黒髪を拭きながら、艶のある笑みを浮かべる姫島朱雀。半年ぶりだからか、身長も伸びて顔付きもどこか大人びて凛々しく感じる。去年の春に朱雀と一緒に滝行をしたことを思い出し、あの頃よりもさらにプロポーションに磨きがかかっているなぁーと一瞬過ぎったが、頭を横に振って邪念を振り払っておく。こいつにドキッとするのは俺的に何か負けた気がする。平常心が一番だ。

 

 朱雀と朱芭さんの付き合いを姫島本家には隠しているため、四十九日法要に参加するためには一人っきりになれる山籠もり修行をするしかなかったのはわかっているけど…。生粋のお嬢様なのは間違いないのに、どうしてこんなにもツッコミどころのある野生児精神と共存できるんだろうな。俺は朱雀をラヴィニアに任せ、きょろきょろと滝の近くに視線を移した。

 

「朱雀、スーツや香典は?」

「そっちの茂みにあるはずよ」

「了解、取ってくる。ところで朱雀、唐突だけど霊獣朱雀に性別ってあるのか?」

「……本当に唐突ね」

 

 手頃な岩場に座り、後ろからラヴィニアに頭をふきふきしてもらっている朱雀から胡乱気な視線を向けられる。その目は明らかに呆れが混じっているが、今更そんな視線に負けるような精神性をしていないぞ、俺は。

 

「性別に関して特に言及はなかったはずだけど、それがどうしたの?」

「朱雀が着替えている間に、霊獣朱雀チャレンジでもしながら待っていようかと」

「家の神様を時間潰しに使わないでくれる?」

 

 女性の着替えは長いってわかっているから、それなら時間を有効活用するべきだろう。どうせ鳶雄の家に行ったら忙しなくなるだろうし、朱雀の自由時間もあまり多くない。それにしても、姫島家でも霊獣の性別には言及がなかったのか…。まぁ、野生みたいに繁殖するわけでもないし、神様なら性別ぐらい自由自在の可能性もある。龍神のオーフィスみたいに好みで変えられるのかもしれない。

 

「はぁ…、わかったわ」

「おっ、決断が早い」

「あなたと何年の付き合いだと思っているの、まったく」

 

 俺が中学1年生、朱雀が小学6年生の時に出会ったから約五年の付き合いだな。面倒なことはさっさと終わらせておこう、って朱雀の考えなら俺も顔を見ただけでわかるぞ。朱雀が霊獣朱雀の召喚を行っている間に、俺は茂みに置いてあるっていう朱雀の荷物でも取りに行こうと立ち上がった。それにラヴィニアもついてきてくれたので、一緒に荷物を持ってくれるということだろう。女性物の荷物があったら困ったから助かる。

 

「実際に会うのは半年ぶりなのに、カナくんと朱雀は相変わらずですね…」

「携帯で連絡は取り合っていたからな。元々そこまで新鮮さはなかったかも」

 

 俺は草木を掻き分けて見つけた荷物を手に持ち、ラヴィニアには衣服類をお願いしておいた。くすくすと笑うパートナーからの言葉に、俺はうーんと首を傾げた。ラヴィニアの言う通り、確かに朱雀と会うのは半年ぶりなんだけど…。正直感傷的な気持ちは全然ないんだよね、たぶんお互いに。

 

「朱雀と毎日顔を合わせていたら、振り回され過ぎて胸焼けしそうだからこれぐらいの距離感がちょうどいい気がするんだよなぁ…」

「そういうものなのです? 連絡はできても、私はカナくんと半年も会えなかったら寂しいと思います」

「あぁー、俺もラヴィニアと半年会えないってことになったら寂しいかな」

 

 ラヴィニアの言葉に俺は手を顎に当てながら、思ったことを口に出しておく。日本から外国へ留学に来て、一緒の所に住んでいるからかラヴィニアと顔を合わせない日の方が少ない。日本にいた時だって、裏のことや英語の勉強のためにほぼ毎日通信でおしゃべりもしていた。そのためか、よく姉に揶揄われたものである。

 

 長く顔を合わせない日なんて、それこそラヴィニアがグリンダさんのところに帰省していた時ぐらいだろうか。そんな風にのんびりとおしゃべりをして歩いた先で、朱雀が霊獣朱雀を召喚していたところだった。荷物を持ってきたことにお礼を言われ、表情がないはずの霊獣朱雀から「またかよ」みたいな思念を感じながら、俺は朱雀とラヴィニアに断りを入れてそそくさと川辺から離れておいた。

 

 朱雀が説得してくれたのか、大人しく俺についてきてくれる神様。宿主が着替えている間という約束で、霊獣朱雀も納得してくれたらしい。女子二人から距離を取った俺は、さてと思案気に眉を寄せる。これまでも色々作戦を考えて用意もしてきたけど、結局これだっ! というものは見つからなかった。念のため性別の確認を霊獣朱雀にしてみたけど、特に言及はないようなのでそこは気にしなくていいのだろう。俺は挨拶をしてから、じっと霊獣朱雀と見つめ合った。

 

 

「さて、時間は有限だし…。ここはまず、どれだけ俺がモフりたいのかを真摯に伝えることから――」

《――依木》

 

 おや、と俺は内に意識を向ける。そういえば、前に霊獣朱雀に会ったのは、禁手前だったからこんな風に相棒の聲を聞くことができなかった。相棒の聲が頭に響いたと同時に、ピクリと霊獣朱雀の方も相棒の神気を感じたのか警戒のような思念を感じた。今更だけどこれって、日本の神様と聖書の神様(候補)の邂逅みたいな状態なのか。まさかの他神話交流である。

 

《任せる》

「任せるって…、相棒が霊獣朱雀を説得してくれるってこと?」

 

 俺の手に呼びだされた暁の槍が光り、『王冠(白色)』の蝶がひらりと舞う。珍しい、相棒がこんなにも積極的に表に出ようとするなんて…。よっぽど霊獣朱雀と話がしたかったってこと? まぁ、前回霊獣朱雀に対して同情的な感想は話していたけど、根本のところは俺の興味が他の神性に向いているのは嫌らしい。それなら、自分から説得したいってことなのかもしれない。

 

《欲求、神故に理解》

「……つまり、相棒には霊獣朱雀が欲しいものが分かるってことか」

《肯定》

 

 なるほど、神様同士だから通じ合うものがあるってことなのだろう。思えば初めての神性同士の会合になるのかも。乳神様は超一方的だったしな。神様にも格っていうものがあるらしく、相棒のオーラを前にすると大抵の神様は委縮してしまう。気軽に会える相棒と同等ぐらいに神格の高い神様なんてなかなかいないのだ。

 

 俺としては、相棒と霊獣朱雀が同じ神様同士友達になれたら、相棒の引きこもり癖も少しは改善するかもという淡い期待があるけど…。ドラゴン同様、神様には神様なりの矜持やルールが存在しているみたいなので高望みはしないでおこう。相棒が自分から他者に関わりたいと表に出てきただけでも十分な進歩である。

 

「じゃあ頼むな、相棒」

 

 俺の肩に止まった白色の蝶に視線を移し、人差し指で蝶の小さな頭を撫でた。見た目は虫なので無表情だけど、どこか任せろと感じる思念に俺は小さく笑いながら――神降ろしを発動した。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ありがとう、ラヴィニア」

「これぐらいいいのですよ。私の髪は癖っ毛なので、朱雀の真っ直ぐな髪は少し羨ましいのです」

「あら、そう? 誰かと比べたことなんてなかったけど、私はラヴィニアの髪は好きよ。日に当たって輝く金色の髪って、日本人だからかしらね」

 

 水気のなくなった黒髪を一旦後ろにまとめた姫島朱雀は、着替えを持ってくれているラヴィニアにお礼を告げる。お互いに定期的に連絡を取り合うことはなかったが、奏太から近況は聞いているため久しぶりの再会だがぎこちなさはなかった。朱雀もラヴィニアも交友関係はさっぱりした気質を持っているからもあるだろう。

 

「あっ、ラヴィニア。そこの桐箱を取ってくれるかしら」

「えっと、これのことでしょうか?」

 

 朱雀の荷物の中から片手で持てるぐらいのサイズの木の箱を取り出す。それに朱雀は頷くと、スライドさせるように丁寧な手つきで箱を開け、中から一本の(かんざし)を取り出した。艶のある黒塗りの柄に、紅色の玉飾りと揚羽蝶のつまみ細工。ラヴィニアは奏太がよく表に出す暁色の蝶を思い浮かべた。

 

「綺麗ですね…」

「せっかくならね。奏太と朱芭様からいただいたものなの」

「カナくんから?」

 

 無意識にギュッと手首に巻いているブレスレットを握ってしまった。そんな自分の行動にきょとんとしている間に、慣れた手つきで黒髪をまとめ上げた朱雀は簪を髪に挿す。蝶の飾りがチャリッと音を立て、手鏡で調整した朱雀は満足気に笑みを浮かべた。黒髪に紅が映えていて、とてもよく似合っている。幾瀬朱芭の法要なのだから、その人が送ってくれたプレゼントを身に着けることは何もおかしなことではない。簪なら法事のマナーとしても適している。

 

「よく似合っています」

「ありがとう、実家ではなかなか使えないからこういう時ぐらいはね」

 

 次期当主として日々訓練を行っているため、女の子らしいオシャレなどできる時間は少ない。ラヴィニアも基本魔女としての装身具を身に着けているため、壊れ物を普段使いできない気持ちはわかる。クレーリアのおかげもあり、それなりにオシャレを経験しているのだから。故に朱雀がこういう時ぐらいオシャレをしたいと思うのも当然じゃないかと思うのに、どこかもやもやとした気持ちがあることに首を傾げた。

 

 

 それからも近況を話し合いながら、シャツやスーツを着込んだ朱雀は最終チェックをラヴィニアにお願いする。女性の着替えはそれなりに長いとはいえ、少しおしゃべりをしすぎたかもしれない。まぁ奏太なら、女性の着替えを待つより霊獣朱雀をモフる方に熱中しているだろうから別にいっかと罪悪感を消し飛ばしておいた。

 

「奏太からあなたの育ての親のことを少し聞いたわ。気持ちの整理はできそう?」

「……はい、カナくん達のおかげです。落ち込んでいるだけじゃ、彼女は帰ってきませんから」

「日本の姫島家じゃあまり力になれないかもしれないけど、もし私の力が必要になったら言ってちょうだい。ラヴィニアには朱乃やおばさまのことで世話になったのだから、遠慮はなしよ」

「朱雀…、はいなのです」

 

 心配げに告げる真っ直ぐな夕焼けの瞳に、ラヴィニアは友人の配慮に笑みをこぼす。朱雀なら有言実行とばかりに全力で手を貸してくれるだろうことは、何だかんだで付き合いが長いラヴィニアもわかっていた。そしてだからこそ、恩返しなのだから遠慮するなとわざわざ言ってくれたのだろう。周りから支えられているのだと実感するとくすぐったくはなるが、心はほのかな温かみを感じた。

 

「それにしても、ここ半年は本当に目まぐるしい日々だったわ…」

「聖書陣営の停戦協定、十四番目の神滅具の誕生、不治とされた神器症の治療と他にもたくさんありましたからね」

「それら歴史的な快挙が全部一人の人間の手によって引き起こされたなんて、普通なら信じられないわよ。奏太から事前に聞いていた私だって、未だに頭が痛いって言うのに」

 

 ある程度のことは予想出来ていたとはいえ、実際に世界の混乱を体験した身としては愚痴の一つぐらいこぼしたくなるだろう。日本の重鎮である次期姫島家の当主として、朱雀はここ半年日本の情勢の平定に尽力を尽くしてきた。事前に知らせがあった分、他の所よりはうまく立ち回れたと思うが疲れないわけではない。

 

 もちろん、朱雀は奏太の事情や行動について最初から知っていたし、応援だってしていた。だが、それはそれ。これはこれなのだ。さらにヤバいのが、これ以上の厄介事を平然と朱雀にぶん投げてくることである。姫島家を改革する朱雀の今後のためになるだろう、という善意しかない爆弾を遠慮なく投げ込んでくるのだ。

 

 何をどうしたら仏教陣営の神様の精神を撃墜して、冥途を機能停止にできるのか。奏太のやらかしはそれなりに聞いていたし、朱雀にも隠している何かがあることもわかっていたとはいえ、悟りを開いた仏様にカウンセリングを受けさせる威力なんて聞いていない。朱芭に頼まれて取説を書いてしまった手前、朱雀としても気が気ではなかった。仏罰を食らっても仕方がないのに、協力関係までちゃっかり結んでいるし…。

 

「追撃のように玄奘三蔵法師様や初代様方と繋ぎを作って、永い時間をかけるはずの裁判をカウンセリングの待ち時間ついでに終わらせられた朱芭様の心情を思ったら…」

 

 両手で顔を覆って俯く朱雀に、ラヴィニアは無言でポンポンと背中を慰めた。奏太に振り回される気持ちは、傍にいるパートナーとしてよく理解している。数年前から「もう奏太だから…」で大抵のことは周りも納得してきたが、それでも限度というものはあるだろう。奏太関連で感覚がちょっと麻痺してしまっているラヴィニアでさえ、朱雀に対しては申し訳なさが浮かんだ。

 

 これで本人が全部理解してフィクサーのような立ち回りをしていたのなら怒ることもできただろうが、残念ながら天然でやらかしているだけである。本人自身がどうしてこうなったと頭を抱えているのだから、巻き込まれた側も遠い目で受け入れるしかない。これで良い方向に向かっているのだから、やめさせることもできない現状だった。

 

「時々しか会わない私と比べて、ラヴィニアは毎日奏太と顔を合わせているんでしょう。素直に尊敬するわ」

「そ、尊敬するレベルなのですか…」

「だって、奏太と毎日顔を合わせるなんて、私だったら振り回され過ぎて胸焼けしそうなんだもの」

「……カナくんと朱雀の思考がよく似ているのはわかったのです」

「えっ」

 

 心底心外だという表情を浮かべた朱雀に、ラヴィニアはつい噴き出してしまった。

 

「ふふっ、笑ってしまってごめんなさいなのです」

「むぅ、別にいいわ。こっちもちょっと愚痴ってしまったから」

「いいえ、お疲れ様なのです」

「あとは本人の前で盛大に愚痴るから大丈夫よ」

 

 なお、反撃で取扱説明書(国際版)を依頼されて撃沈するまでがいつもの流れである。

 

 

「ラヴィニア、奏太のことよろしくね」

「朱雀?」

「奏太が思っている以上に、この世界にとって彼の立場は重要なものよ。いつ自分というものを見失ってもおかしくないほどの重責がある。私も『姫島』を率いる者として、まるで深い海の中を必死に藻掻いてそれでも地表(目標)を目指すしかないような……そんな不安に陥る時だってあるもの」

 

 それは、ラヴィニアにはない感覚だった。姫島の次期当主である朱雀の立場だからこそ見えてくるものがある。山籠もり用の道具を片付け、山を下りる準備が終わった朱雀は、彼女と二人きりだからこそ吐露する。自分と似ているという戦友が、今後も能天気に笑っていられるように。

 

「不本意だけど、私は奏太に似ているみたいだから。私達は同士として背中を押し合うことはできるし、活だって入れられる。だけど、私達の進む方向は別々。私は姫島のためにこの命を燃やすと決めたし、奏太は自身の望む未来へ向かって進むと決めた。時々私達の道が交わることはあっても、目指すべき道が外れることはない」

 

 奏太も朱雀も、お互いに選んだ道を捨てられないのだ。今更なかったことにはできないし、そういう生き方をすでに選んでしまった。奏太のために朱雀は姫島を捨てられないし、朱雀のために奏太が自分の道を捨てられないように。

 

「だから本当に沈みそうになった時、真っ先に手を差し伸べられるのは同じ道を歩むその人の隣にいる者だけよ」

「同じ道…」

「私の道を応援してくれるおば様や朱乃、朱芭様がいてくれたように…。奏太の道を支えてあげられる誰かを私はラヴィニアだと思ったから」

 

 くるりと振り返った朱雀は、夕焼け色の瞳を柔らかく細める。その眼差しを真正面から受けたラヴィニアは、怯むことなくゆっくりと頷いた。これからも一緒にいてほしいと言葉にしてくれた時の嬉しさを。グリンダを失ったことで凍り付き、沈みそうになった自分を引き上げてくれた手の温かさを。忘れたことなんてない。だからこそ、はっきりと答えられた。

 

「はい、もちろんなのです」

 

 もしその手が沈みそうになった時、そのぬくもりを掴むのは――一番最初にその手を掴むのは『自分』じゃなきゃ嫌だと感じたから。

 

 

「……あと、私が奏太のことを心配したことは言わないでね」

「えっ、どうしてです?」

「絶対に揶揄ってくるから。『えっ、朱雀が俺に優しいなんて明日は火の雨でも降るのかッ!?』って衝撃で真っ青になりながら真顔で言ってくるわよ」

「……朱雀がもう少しカナくんに優しくなるというのは」

「それは嫌」

 

 相変わらず手厳しい友人である。主に奏太に対してだが、これに関しては奏太の方に明らかな原因があるので仕方がないだろう。善意とうっかりで胃を爆破してくる相手と、変わらず交友関係を続けてくれるだけでもありがたいと思おう。女性陣二人は問題なく下山の準備ができたと同時に、通信で茂みの奥へと向かった奏太へ通信を入れておいた。

 

 本来なら随分とゆっくりな着替えに文句を言われても仕方がないだろうに、電話口から「えー、もう?」と不満げな声が漏れていた。美少女の着替えシーンなどより、明らかに別のことに意識が向いていた証拠である。ここにアザゼルがいたら、「そういうところが異性として一向に意識されない原因だぞッ!」と説教をかましていたことだろう。

 

 

「カナくん、霊獣朱雀さんをモフモフできたのでしょうか?」

「さぁ…、三年間も飽きずによくやるわよ」

「カナくんの自慢は、悪魔、堕天使、天使、ドラゴン、孫悟空の尻尾をモフったことみたいなので」

「……その面子の中でモフられていない家の神様をすごいと思うべきなのか、今後その羅列に家の神様がのるかもしれないことを嘆くべきなのかしら…」

 

 というか、孫悟空の尻尾ってなんだと喉元まで出かかったツッコミを朱雀は気合で抑えた。触る方もどうかと思うが、触らせる方も気前が良すぎである。次期聖書の神様候補を宿した神の子の自慢が、他種族をモフったことでいいのだろうか。ある意味で歴史的なことをしているのかもしれないが…。そんな頭の中を駆け巡った様々なツッコミも「だって奏太だし」でスンと落ち着く。倉本奏太と付き合う上で多くのヒトが通る、悲しい処世術であった。

 

「おーい、ラヴィニア。朱雀ー」

「あっ、カナくん。お待たせなのです」

「……目が死んでいるわ」

 

 奏太の懐でモフられまくっている霊獣朱雀を目にし、朱雀は遠くを見つめる様に目頭に手を当てた。見た目は炎の鳥なので本来表情なんてわかるはずがないのに、契約者である朱雀にはその目が空虚しか映していないことがわかってしまった。上機嫌な奏太にされるがままになっていた霊獣朱雀は、着替え終わった朱雀を見つめると役目は終わったとばかりに速やかに現世から姿を消した。

 

 それに残念そうに溜め息を吐く奏太に、モフリで神をここまで疲労困憊(ひろうこんぱい)にさせるとはと頬が引きつった。

 

「あぁー、行っちゃったー。炎が揺らめく感触とか新感覚でよかったのに…」

「ちょっと奏太、家の神様をまさか無理やり襲ったりなんてしていないわよね」

「襲うってなんだよ! ちゃんと交渉して触る許可をもらったに決まっているだろ。相棒のおかげだけど」

「相棒さんのおかげですか?」

 

 よく許可をもらえたな、と思ったと同時にさらっと告げられた内容に二人は目を瞬かせる。奏太の相棒、それはつまり次期聖書の神様候補である天界にあるシステムのことだ。奏太が禁手に至り、世界が大混乱になった頃に教えられたヤバい案件筆頭である。すなわち、格を持つ神同士の約定ということだ。

 

「うん、そんなことでいいの? って思うような内容だったけど…。『霊獣朱雀が求める時に相棒が一度だけ力を貸す』って話だったかな。それに了承してくれた霊獣朱雀が触らせてくれたんだ」

「……それ、聖書陣営に確認を取らなくてよかったの?」

「えっ、俺と相棒にできる範囲でって伝えたから、特に問題ないって思ったんだけど…」

 

 いまいちよくわかっていない奏太に、朱雀はじっとりとした汗を背中に感じた。家の神様は自らの身を犠牲にして、とんでもない契約を交わしてきたものである。さすがは姫島を守護する神様。契約の相手は人間の奏太ではなく、次期聖書の神の候補であるシステムそのものだ。困ったら力を貸すということは、聖書の神が姫島の神とは友好的な態度を保つということにも繋がる。

 

 基本奏太に関すること以外で動かないシステムが、霊獣朱雀のために一度だけ自ら動くことを宣言した。それがどれほど貴重な権利なのかを理解したからこそ、霊獣朱雀は交渉を飲んだのだ。奏太の性格なら姫島朱雀が困っていたら助けるために手を差し出すだろうが、組織間のしがらみなどを考えれば確実性はない。姫島側も他組織の手を借りるのは嫌がるだろう。しかし、神同士の約定なら話は違う。

 

 天界側も姫島側も、神自らの意志なら強く出られない。姫島が危機に陥った時、契約に基づいて一度だけ助けてもらえる。もちろん、代えの効かない神の子を危険に晒すようなことは認められないだろうが、例えば重症者の手当てや呪いの解除、敵戦力の把握などのサポートを頼むだけでも戦況は全く違うものになるだろう。そもそも彼の本領はそっちなのだから。

 

「ここまでの大事が、ただ霊獣をモフりたい願望だけで起こってしまうなんて…」

「どうせ朱雀が困っていたら俺は助けに行きたいし、神様同士で約束していたらそこら辺の面倒事がスムーズに済むんだろう。姫島に損はないんだし、何がいけないんだ?」

「……あぁ、もう。この能天気はっ…!」

 

 ちょっと目を離しただけで…と頭を抱える朱雀を見て、「俺、また何かやっちゃった?」と奏太はラヴィニアに視線を向けたが、乾いた笑みを返されるだけであった。ちなみに槍さんとしては、宿主の注目が霊獣朱雀にずっとあるのはもやもやするし、でも同情はあったし、依木が喜ぶなら仕方がないので一回ぐらいなら仕事してやるかぐらいの気持ちだった。こっちもこっちで宿主のこと以外特に考えていない、平常運転である。

 

 それからは三人揃って賑やかに下山を開始した。朱雀があなたと神器はもっと上に立つ自覚を色々持ちなさい! とぷりぷりと怒り、そんなもっともなお説教に奏太は頬を引きつらせ、ラヴィニアは「いつも通りですねー」と奏太の背中をポンポンと慰めた。

 

 出会ってから幾年の時間が過ぎ、立場に変化が起ころうとも、何だかんだで変わらない幼馴染同士の一幕であった。

 

 

 

「みんな、わざわざ遠くから祖母ちゃんの為に来てくれてありがとう」

「朱芭様の為ですもの、当然だわ。でも、ごめんなさい。葬儀の時は足を運べなくて…」

「気にしないで、朱璃さんから姫島家の事情で忙しかったって聞いているから。先輩経由で香典だって渡してくれたんだし、こうして法要に来てくれただけでも嬉しいよ」

 

 午前の内に姫島家と東城家を交えた四十九日法要は行われていたため、奏太達は幾瀬家へと線香をあげるためにお邪魔していた。幾瀬朱芭が亡くなってから、一人暮らし用のマンションに鳶雄は住んでいる。以前奏太がここに来た時は引っ越しの手伝いのためだったので、あれから随分と生活感も感じられた。訪れた友人達の顔を見た鳶雄はくしゃと顔に笑みを浮かべると、朱芭の仏壇が置いてある場所へと三人を案内した。

 

 最後の挨拶を交わしていたとはいえ、朱芭の葬式に来れなかったことを朱雀は非常に申し訳なく思っていた。丁寧に頭を下げるはとこに、せめて最後の法要だけでも顔を出せてよかったと鳶雄は笑みをこぼす。親戚であるみんなからの心配りには、鳶雄自身も非常に元気づけられたのだから。落ち込んだ顔より、朱雀の元気な顔が見られた方が祖母ちゃんも喜ぶよ、と穏やかに仏壇へと目を向けた。

 

 そんな団欒とした空気の中、先輩がいの一番に数珠を片手に朱芭の写真立てを見つめながら線香を灯しているところだった。いつの間にと肩をビクつかせたが、何だかんだで奏太と朱芭は師弟関係にあったのだ。真っ先に報告したいことでもあったのかもしれない。優しく微笑む幾瀬朱芭の写真を前に、奏太の中で色々と込み上げてくるものがある。奏太は礼を行って目を閉じると、「朱芭さんに届け!」とばかりに渾身の念仏を唱えた。

 

「朱芭さんごめんなさい。本当にごめんなさい。マジでごめんなさい。朱芭さんが仏教陣営に向けた核爆弾扱いになってしまってごめんなさい。冥途を機能停止にさせちゃってごめんなさい。朱芭さんが敬っている仏様を『おっぱい恐怖症』にしてごめんなさい。厳正な裁判をカウンセリングの合間で吹っ飛ばしてごめんなさい。浄土に行っても俺のやらかしに巻き込んでごめんなさい。一般人のはずなのに今後も十王様と『おっぱい会談』することになっていてごめんなさい。閻魔帳を禁書にしちゃってごめんなさい。でも浄土行きはおめでとうございます…」

 

「あの…、先輩が鬼気迫る表情で祖母ちゃんの仏壇の前でなんかブツブツと言っているんだけど…」

「安心して鳶雄。自業自得だから」

「はい、いつものカナくんです」

「えぇ―…」

 

 真剣な表情で仏壇に何度も頭を下げる突拍子のない先輩にドン引きする後輩だったが、数秒後「まぁ先輩だしなぁ…」でスムーズに納得した。慣れってすごい。こうして、陵空(りょうくう)地域での集まりはほのぼのと始まったのであった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。