えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二百十八話 観念

 

 

 

 初代様と美猴くんの堕天使陣営訪問から幾日が過ぎ、天使側と悪魔側も無事に仏教陣営とコンタクトが取れたらしい。魔王様と天使長という役職上、秘密裏の会談を設定するのはなかなか大変だったみたいだけど。やはりトップともなると周囲の目を誤魔化すのも一苦労のようだ。むしろトップなのに身軽に動き回れるアザゼル先生が自由過ぎるのだろうか…。ちょっと散歩行ってくるわー、で副総督に丸投げできる組織って改めて思うけどすごいな。

 

 さて、今日は玄奘三蔵法師様との報告会の日である。俺は初代様に直接届けてもらった通信用の鏡をセットしておく。多忙気味の老師様と直通で繋がるように設定されているそうで、冥途の連絡手段の一つらしい。ちなみに玄奘三蔵法師様だと呼び方が長いだろうということで、『玄奘老師(げんじょうろうし)』と今後は呼ばせてもらうことになった。初代様達みたいに師匠呼びも考えたけど、俺にとって師匠呼びは瓢稔(ひょうねん)師匠だからな。ここは弟子第一号として譲れない。

 

 とりあえず、冥途直通の連絡手段が手に入ったのはありがたい。経験豊富で様々な知識や徳を積んだ仏様である老師は、まさに相談相手としてこれ以上ない存在だろう。

 

「という訳でさっそく相談です、玄奘老師っ! 霊獣朱雀をもふるためのアドバイスって何かありませんか? ちなみに神饌(しんせん)神酒(みき)はすでに試しました!」

『……朱芭殿、改めて奏太さんの相談役をこれまで請け負ってきた度量に敬意を』

 

 俺からの相談に遠い目をした後、そっと手を合わせて(そら)を仰ぐ老師。よくわからないけど、朱芭さんの尊敬度が上がった気がした。

 

『日本の五大宗家の一角である姫島家が祀っている霊獣のことですよね』

「はい、炎の鳥さんです。五大宗家の繁忙期がようやく過ぎたので、朱雀が今度顔を見せに来るんですよ。なので、これはリベンジのチャンスだと思って!」

 

 朱雀と最後に会ったのは去年の冬の始めぐらいだから、約半年ぶりぐらいか? 尾頭付きの神饌も試したし、金にものをいわせた最高級の神酒も準備したけどダメだった苦い記憶。クッ、霊獣様のガードが固すぎるぜ…。次は花でも送ってみようかな。

 

『率直な疑問なのですが…。レーシュ殿は確か同じ神性には厳しいのですよね 奏太さんが霊獣朱雀殿に傾倒しているのはよろしいのですか?』

「えっ? そういえば、うーん」

 

 確かに相棒って神様には対抗意識みたいなのがあったような気がする。乳神様は明確に嫌っているし、親である聖書の神様には反抗期真っ只中だ。玄奘老師に言われるまで気づかなかった。もしかして俺が霊獣朱雀を気にするのって、相棒的に嫌だったりするのかな。俺は恐る恐る相棒とパスを繋いでみた。

 

「……最初は「むー」と思ったけど、神性を持つ相手にあまりにも俺がもふることしか考えていないから、だんだん申し訳なく思ってきたみたいで…。槍は武器だって何度諭しても日常使いをやめなかった俺の幼少期を思い出すようで懐かしい……と思っているみたいです」

『……奏太さんを介して、情緒教育が育って何よりです』

「とりあえず、俺の天使の羽根は霊獣朱雀よりモフモフさせる予定…だそうです」

『ちゃんとマウントは取るんですね…』

 

 雷光の虫除け効果に対抗意識を燃やしていた相棒だからね。今更だけど、俺って将来天使の羽根が生えてくるんだよなぁー。禁手時はまだ半透明らしいから、あんまり実感がわかないけど。せっかくなら触り心地が良い方がいいに決まっているので、そこは相棒にお任せしよう。悪魔、天使、堕天使、ドラゴン、孫悟空の尻尾はお願いして触らせてもらったから、もふり経験値は結構あるはずだからな。

 

『奏太さん、あまり押しが強過ぎるのはよろしくありませんよ。性別があるかはわかりませんが、霊獣朱雀殿が女性の人格を持っている可能性もあるのですから』

「――ッ!? も、盲点でした…。確かに女性の人格だったら、異性に触られるのは嫌ですよね…。そこは確かに確認不足でした。男性や無性なら頭を下げれば別にいっかな気持ちで欲望のままにもふってきたけど、さすがに女性の羽根を無遠慮に触るのはまずいですからね」

『奏太さんの基準って…』

 

 いや、俺だって節度は大切だってわかっていますよ。本当は黒歌や白音ちゃんの耳とか尻尾とか気になったけど、さすがに女性だから言わなかったし。もし男の猫又がいたらお願いするんだけどなぁ…。朱乃ちゃんの羽根のブラッシングだって、ちゃんと触って問題ないか確認してからやるように注意したし。これは俺が悪かったかもしれないな…。

 

「ありがとうございます。さすがは玄奘老師! 朱雀にきちんと確認してみます」

『いえ、相談に乗れたのなら何よりです…』

 

 眉間に指を当てて諦観の眼差しで(そら)を仰ぐ老師様。やっぱり仕事が大変なのかな、疲れが感じられる。お疲れさまです。

 

 

『そういえば、姫島朱雀さんというとあの取扱説明書の?』

「はい、取扱説明書の作者です」

 

 毎年正月から春にかけて親族や神道の行事が目白押しである五大宗家。次期当主である朱雀は当然忙しく、しかも今年は三大勢力の停戦協定もあったから裏側の日本の調停でさらに大変だったようだ。実際、ここ半年ぐらいの定期連絡でめっちゃ愚痴られた。朱芭さんの四十九日法要には絶対に参加するために色々頑張っているらしい。

 

 ただちょっと心配なんだよなぁー。「秦広王様が倒れて、十王様のカウンセリング関係で朱芭さんの裁判が一日で終わっちゃったから極楽浄土にすでに行っているよ!」って安心させようと思って電話で伝えたら、しばらく無言電話になった後『朱雀様が倒れられたっ!?』って傍付きさんの声が遠くからうっすらと聞こえた気がして慌てて電話を切ったんだよね。過労かな、しっかり休んでほしいものだ。

 

『なるほど、彼女が…。温かな心遣いと細やかな配慮に十王様も大変ありがたられていましたよ。改めて感謝を伝えたいものです』

「俺の方からも十王様が感謝していたって伝えておきますね。朱雀は次期当主になるために頑張っているので、仏教陣営の応援があるなら色々動きやすくなると思います」

『なるほど。朱雀さんが望むのなら、こちらはやぶさかではないとお伝えください』

 

 やったね、朱雀! 取扱説明書のおかげで、当主になる前から聖書陣営と仏教陣営の後ろ盾をゲットだぜッ!

 

『ちなみにですが、朱雀さんに依頼を出すことは可能でしょうか?』

「依頼ですか?」

『えぇ、聖書陣営の和平が成立するまでにお願いしたいのですが…。須弥山は今回いただいた説明書で問題ないと思いますが、インド神話、日本神話、そしてギリシア神話用の取扱説明書の作成をお願いできないでしょうか。ここはやはり熟練の腕がある者に任せるべきかと思いまして』

「おぉー」

 

 なるほど、確かに仏教陣営用にあれだけ豪勢な取説を作ったんだし、今後のことを考えればそれぞれの陣営用に必要ではあるのか。正直自分の取説ということに遠い目になるが、冥途を機能停止にして迷惑をかけちゃった手前何も言えない…。原作知識が大部分の原因とはいえ、俺の所為って言えば俺の所為だもんな。

 

 しかし、これは朗報だ。朱雀の後ろ盾をさらに増やすチャンスである。大丈夫、朱雀はいつも言っていたからな。姫島を改革するためなら何だって利用して使ってみせる覚悟だって! 俺は老師に任せてくださいと頷くと、朱雀にいいお土産ができたとニッコリである。世界進出おめでとう、友人として全力で背中を押すぜっ!

 

 

『さて、奏太さん。そろそろ本筋の内容に移りましょうか』

「あっ、はい。初代様から齎された『曹操』の話ですよね」

『えぇ、まさか弟子から『聖槍』の情報が出てくるとは…』

 

 玄奘老師と闘戦勝仏様は師弟関係ではあるけど、頻繁に情報交換をするような関係ではない。そもそも狭間の隠れ里でひっそりと暮らしながら十王様の手伝いをしている老師と、須弥山で天帝に仕えて世界中を飛び回る初代様だ。直属の上司である帝釈天様に『曹操』の存在は告げても、わざわざ世間から離れている師匠に報告する義務も必要もない。老師が知らなかったのは仕方がないだろう。

 

 初代様から情報をもらったアザゼル先生は、すぐさまシェムハザさんに情報を共有して捜索を開始した。情報のおかげである程度の地域は絞れたけど、名もないような小さな村々を探すのだ。中国は土地が広く人口も多いし、何より聖書陣営の影響力もそこまで強くない。こんな山奥じゃなかなか見つからない訳だ、と溜め息を吐いていたと思う。

 

『それで、確かアザゼル殿が部下に命令してその山奥の村を捜索し、聖槍の情報を探したと聞きましたが…』

「はい、結果的に曹操は見つかりませんでした。情報を集めたところ、すでに出奔した後だったみたいで、もう数年は経っているようです」

『そうですか』

「だけど、その…、どうやら曹操の両親らしき人達は見つけたようです」

 

 俺からの報告に目を見開く玄奘老師に、俺もアザゼル先生から報告を聞いた時はびっくりしたからな。原作では曹操の両親については一切情報がなかったし、彼の態度的に英雄派の仲間が家族のような感じだった。でも、アザゼル先生から聞いた内容から胸糞悪い気分になったし、曹操が自分の両親について触れなかった理由もわかった気がした。

 

「曹操の両親は、聖槍に目を付けた組織に子どもを売ったんです。大量の札束と引き換えに。だけど、売られたことを察した曹操は逃亡を図り、その後の消息は不明になったみたいです」

『……貧しい農村での生活だったと聞きます。しかし』

「その後も、曹操の両親は息子の情報が金になるとわかってからも様々な組織に情報を売り続けました」

 

 両親に売られ、逃亡生活を送ることになった曹操。それだけでなく両親は金欲しさに情報を売り続け、追手を増やし続けたのだ。はっきり言って、曹操が両親を恨んでいてもおかしくないレベルだ。曹操の両親は山奥の農村で育ち、農家としての暮らししか知らない人達だった。学も無く、世界を知らない。故に突然舞い込んだ大金に目が眩んでも仕方がないのかもしれない。だけど、人としてあまりにも無情だった。

 

「でも、因果応報って言うんですかね。貧乏暮らしから突然の贅沢を手に入れ、歯止めがきかなくなってしまったみたいです。ある程度情報が出回れば、わざわざ大金を払って情報をもらう必要性はなくなる。必然的にお金がなくなってしまったようです。でも、彼らは贅沢の味が忘れられず、今度は金貸しに無心して多額の借金を背負ってしまった」

 

 毎日のように押しかけてくる借金取り。先祖代々から受け継いでいた畑は、これまでの優雅な生活に夢中になってしまい荒れ放題。家の物を売ったところでどうにもならず、今更働くこともできず、もうどうしようもないところまで追い詰められてしまったのだ。金によって狂ってしまった弱い彼らは、絶望から立ち上がることもできず世を儚むことしかできなかった。

 

『では、もうその者たちは――』

「あっ、生きてますよ。ギリギリセーフで。首を吊ろうとしていたところで間に合ったので」

 

 沈痛な表情を浮かべた老師に向け、さらっと伝えておく。鏡の向こうでガクッと肩が落ちた気がしたけど。しかし、本当に間に合って何よりである。自業自得とはいえ、さすがに亡くなってしまっていたら目覚めが悪いし。曹操の両親への気持ちはわからないけど、死んでしまったら何も伝えられない。彼らを糾弾できる権利は、息子である曹操だけなのだから。

 

「とりあえず、借金の方は肩代わりして保護はしました。ただ世間で真っ当に暮らせるような知識もなく、裏のことを何もわかっていない一般人を堕天使の組織に置いておくことも、そのままにする訳にもいかなかったんですよね。お金だって返してもらうために働いてもらわないとですし」

『それはごもっともですね。しかし、贅沢を知った彼らを働くように促し、提供できる仕事など簡単には見つからないでしょう』

「あっ、大丈夫ですよ。俺の方で斡旋させてもらいました。彼らは農家として働いていたので、その腕を見込んで!」

 

 俺がニッコリと笑顔を浮かべて報告すると、何故か老師の口元が引きつっていた。おかしいな、みんなの心配事を華麗に解決する手引きをしたのに何でドン引きされるんだろう。アザゼル先生達にも似たような反応をされたし。

 

「今駒王町で一大プロジェクトを始めていまして、その手伝いが欲しかったんですよね」

『奏太さん、重要拠点で何をやらかしているんですか』

「えっ、ちゃんと魔法少女のみんなや紫藤さん、クレーリアさんにも許可をもらいましたよ。街の名産になるかもしれないなら喜んでって。子ども達もやる気いっぱいですし、予算は俺持ちだから問題ないでしょ」

『札束で破滅した話の後に、札束で殴る話…』

 

 お金が大切なのは否定しないよ。基本俺って、困ったら札束アタックすればいいやな思考だから。

 

「魔法少女達の活動は慈善事業なので、自分達の食い扶持は自分達で探す方針らしいんですよね。未成年の俺のヒモのままはさすがにまずいからって。それでサーモン・キング一家による海産業を立ち上げたんですけど、さすがにそれだけだと食が偏っちゃうので豚丸骨(げんこつ)大将が農業や畜産などを手掛けることになったんです」

 

 元々財政担当でラーメン(調理)担当だったこともあり、豚丸骨(げんこつ)大将がそこらへんを担っているんだけど、やはり専門家とまではいかないから試行錯誤って感じだった。美味しいチャーシューの研究をしているから肉関係はわりといけそうなんだけど、農業関係がネックだった。プロの農家を雇おうにも、周りが魔法少女達に囲まれた職場である。強靭な精神力が必要だし、裏の人間で農業をやっている人を探すのは難しい。表の人間を誘うにもちょっと申し訳なさがあった。

 

 しかし、そんな時に現れたのが農業経験がある借金持ち! しかも金のために息子を売ってしまうような性根なら、魔法少女達に揉まれて正義の心を教えてもらってきなさい! と遠慮なく放り投げられる。罪悪感も一切なく、むしろ良い仕事をしたとみんなニッコリだ。これぞまさに適材適所ってやつだよね。

 

「という訳で、曹操の両親には借金返済のために駒王町の魔法少女達と一緒に農業をしてもらうことになりました。魔法少女達に囲まれているので逃げられないし、外敵からの保護にもなるし、しっかり働けば借金分の差し引きはあるけど多少の給金もありますからね」

『多少の給金で納得したのですか』

「嫌なら魔法少女にして働かせるからって言ったら、農業をやらせてくださいって泣かれました」

 

 農業か魔法少女の二択以外に選択肢はない。もちろん農業をサボるようなら、魔法少女として働いてもらう。大丈夫、魔法少女達はみんな新人教育に熱心だからね。どんな悪党だって魔法少女にして、改心させることに関してはプロ級だから。安心して光堕ちを任せられる。そこまで説明したら、誠心誠意働きますって今度は土下座で大泣きされたけど。

 

「でも、これで魔法少女達の食事事情も改善されますし、曹操の両親も借金取りに追われることなく真面目に働ける。まさにハッピーエンドですね!」

『そう、ですね…』

「さらにさらに、駒王町の名産品『おっぱいドラゴン饅頭』と『おっぱいドラゴン肉まん』制作にもこれで着手できます。美味しい肉と野菜と魚介類を組み合わせた最高の逸品。一般人だけでなく、裏関係者にも赤いドラゴンを見たらおっぱいを連想させるぐらいのつもりでガッツリPRします! 駒王町は今後の裏世界の重要拠点ですからね、裏の方々へのお土産になる名産品は必須ですよ」

『……アルビオン殿への治験依頼の量を増やしておきましょう』

 

 さすがは老師様、この作戦の重要性を早くも理解してくれたようだ。駒王町の名産品作りは、ドライグが目覚めるまでにやっておかないといけないからね。ドライグが目覚めた瞬間から「キミはおっぱいドラゴンなんだ」と突きつけるには、やはり民意が大切である。原作でも『赤龍帝=おっぱいドラゴン』という風潮になった背景には、アニメやニュースなどから冥界の多くの方々が当たり前のように認知したことが重要なのだから。

 

 曹操の両親というイレギュラーはあったけど、『おっぱいドラゴンプロデュース』もできたし、結果から言えば満足な流れだ。それに曹操も自殺寸前だった両親を保護したってことで、もしかしたら融通を利かせてくれるかもしれないし。まぁ正直恨んでいてもおかしくないから、彼の両親に関しては手札の一枚ぐらいのつもりでいよう。せっかくの農業のプロを失う訳にはいかない。彼らは大切な『おっぱいドラゴンプロデュース』の一員であり、立派な魔法少女候補なのだから。

 

 

「正直期待は薄かったけど、ここで曹操が見つかっていたら楽だったのになぁー」

『そうですね…。英雄派の中で唯一所在が分かっている副リーダーになるだろうジークフリートさんを見張るという手もありますが…。生半可な実力者では逆に藪蛇になるでしょう』

「ジークフリートを出し抜けるほどの実力者をずっと見張りに使えるほどの余裕もないですしね。はぁー、曹操に関してはあいつの行動次第で臨機応変に動くしかないのかな」

 

 あいつの行動理念がマジで読めない。異形の存在にどこまで挑戦できるかを知りたい、って原作では言っていたけど、だからって真正面からぶつかったら数で負けるのはわかっている風だった。俺の行動でだいぶ原作に影響を与えちゃったし、原作と同じようにテロ組織に所属するかわからない。俺と同じ一般家庭の出身だけど、才能に関しては向こうの方がヤバいからな。戦闘の才能がない俺が、戦闘の才能があるヤツの思考を理解しようって方が難しいんだけどさ。

 

「俺からしたら、いくら最強の神器を持っているからって人間が異形と真正面からやり合おうと考える方がどうかしてるって思うんだけどなぁー。ちゃんと話し合いだってできるんだから」

『その観念は、ある意味で奏太さんが『観測者(イレギュラー)』としての視点をもっているから至れる境地ですよ。曹操()の視点も極端ですが、奏太さんの視点も同様に極端です。それは自覚した方がよいですよ』

 

 思わず零れてしまった呟きを拾った玄奘老師から、肩を竦めて諭すように告げられた。確かに俺には原作知識と相棒の善悪センサーという『チート』みたいなものがあるのだ。十分に恵まれているからこそ至れる思考なのは間違いない。先生達からもよく思考がズレているって言われているし、朱芭さんからもそのあたりは注意された。

 

 別に俺は人間が異形に勝てないとは言わない。譲れないものがあるなら、俺だって異形相手に戦うことを選ぶだろう。ただ真正面からの衝突は避けるべきだって思うのだ。曹操みたいに真正面から堂々と打倒しようなんて考えはまず出てこない。どれだけ遠回りでも相手の一瞬の隙を突いて同じ土俵に引きずり落とすか、何とか出来る異形に後を任せる。『力』のない俺にできるのはその程度だと思っているし、そういう世界なのだと冷めた視点があった。

 

「ヴァーリがグレートレッドより強くなるって宣言して、バトルジャンキーするのはそういう性格だからってそこまで気にならなかったのになぁ…」

 

 白龍皇も聖槍も高みを目指す目標は同じはずだ。テロ組織に参入して、好き勝手やって、周りへの迷惑だって同様にかけていた。だけど、何かもやもやしてしまう。俺は自分の考えを相手に押し付けるようなことはしないように気を付けている。だけど、何故か曹操に関してはもうちょっと何とかならなかったのかなぁーと思ってしまうのだ。

 

 あいつが自分の相棒の力に助けられ、誰よりも信頼し誇りに思っていることを初代様から聞かされた。ところどころ共感できてしまう部分があるからだろうか。誰にも頼れない中、唯一自分を導いてくれた存在に傾倒する気持ちが痛いほどよくわかる。相棒と共にどこまで駆け抜けられるのか、この神器の一番の使い手になりたいって心に決めた目標。もし俺にも曹操みたいな『力』があったら、あいつの道をちょっとは理解できたのかな。

 

 ただわかることは、もし曹操の理念がどんな犠牲を払ってでも己を極限まで高めた究極の一を目指すことなら――俺と相容れることはないのだろうなと漠然と感じられたことだけだった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ラヴィニア、準備はいいか?」

「はい、大丈夫だと思います。トビーとシャーエへのお土産もバッチリです」

 

 五月晴れに輝く空に目を細めながら、俺とラヴィニアは黒のスーツをキッチリとしめておく。朱芭さんが亡くなってからちょうど四十九日。ゴールデンウイークと被ったおかげもあって、表側の鳶雄の家に俺達もお邪魔しやすくて助かった。ラヴィニアの気分転換も兼ねて、ゴールデンウイーク中は実家でのんびりするのもありだろう。

 

 二人へのお土産はクレーリアさんとラヴィニアで作ったお菓子セットだ。引っ越した鳶雄のマンションは一人暮らし用でそこまで大きくないから、午前は大人や親戚で法要を行い、子ども組は午後に線香をあげることになっている。朱雀も午後に合わせてくる予定なので、待ち合わせをして途中で拾っていくつもりだ。

 

「今日は朱雀も来るのですよね。お土産は…」

「そっちも大丈夫。あいつには朱璃さんと朱乃ちゃんの写真集をあげておけば万事オッケーだから」

 

 ラヴィニアから「えー」みたいな目で見られたけど、これに関してはマジで問題ないから。むしろ渡さない方が燃やされる。ちゃんと姫島家に承諾をもらって、この半年間のメモリーから厳選させてもらった。ちなみに美猴くんはあれからちょくちょく遊びにマンションへ来るようになり、はっちゃける男の子達をお姉さんとして面倒を見ている姿なんかポイントが高いだろう。

 

 周囲の目が向く初代様と違い、ノーマークな美猴くんなら問題ないだろうと堕天使のマンションへの転移魔方陣を渡してからは、暇だからとヴァーくんとよくじゃれ合っている。妖怪仙人の隠れ里は、美猴くん曰く平和ボケしていて退屈らしい。同年代で同性で同程度の実力を持つ友達がいなかったからか、何だかんだでお互いに楽しんでいるようだ。元気なのは良いことである。アザゼル先生は悪ガキが増えたなぁ…って溜め息を吐いていたけど。

 

 一応俺の方からもやり過ぎたり、朱璃さんと朱乃ちゃんに迷惑をかけたりしないようにねって言ったら、直立不動で美猴くんが首をブンブンと縦に振ってくれたから大丈夫だと思う。美猴くんの俺への対応が、どこかワンコを彷彿とさせるけど…。まぁ、いずれ緊張も解れて慣れてくれることだろう。俺としては、子ども達に頼られるお兄さんポジションを目指したいからね。

 

 

 それからラヴィニアと一緒に魔方陣でジャンプを行い、無事に日本へと足を踏み入れる。朱雀は実家の目から離れるために「数日ほど山に籠ります」宣言をしてから来るらしいので、山から拾ってこないといけない。快く女子高生が山籠もりするのを見送るあたり、相変わらずぶっ飛んだ家である。女子高生を迎えに行く待ち合わせ場所が山の中というのもなかなかだけど。

 

「じゃあ朱雀を迎えに行ってくるけど、ラヴィニアは麓で待ってるか?」

「いえ、私はカナくんの護衛も兼ねているので一緒に行くのです」

「わかった」

 

 そこまで待たせないつもりだったけど、真面目なパートナーである。山の中で電波は届かないため、俺は式神を取り出して三体のトビーくんを召喚する。適当に山の中を飛ばしておけば朱雀なら気づくだろう。事前に決めていた見晴らしのいい場所まで向かおうと、ラヴィニアと一緒にのんびり歩き出した。スーツで山歩きは場違いだろうけど、ラヴィニアが冷気の魔法を周囲にかけてくれたおかげで助かった。俺も魔法の微細なコントロールが出来るように精進しよう。

 

「ありがとう、ラヴィニア」

「いえ、汗だくのままトビーの家にお邪魔するのはいけませんから」

「しっかし、朱雀のやつ。いくら家の目を誤魔化すためとはいえ、山籠もりスタイルでそのまま幾瀬家へ行く気じゃさすがにないよな。シャワーとか貸してもらった方がいいだろうか」

 

 先に実家に連れて帰った方がいいのかな。念のために予定より早めに来ておいたから、それぐらいの時間はあるけど。ぼんやりと思考を巡らす俺の頭上に、先ほど飛ばしたトビーくんの一匹がバサバサと帰って来たのがわかった。くるくる旋回する様子からどうやら朱雀を見つけてくれたらしい。しばらくすると俺達を案内するように飛行しだしたので、ついていくかと山道を歩きだした。

 

「ちょっと獣道になっているな…。ラヴィニア大丈夫?」

「あっ、はい。これぐらいの道なら」

「斜面になっているし、引っ張ろうか。ほら」

 

 俺が後ろ向きに手を差し出すと、ピクンっと肩を揺らされた。ほんのりと赤面を浮かべながら、おずおずと手をギュッと握り返してくれたラヴィニアの様子と手の温度に、何だか俺の方がドギマギしてしまった。あれ、ラヴィニアと手を繋いだのはこれまでにも何回かあったはずなのに、こういう反応は初めてなんだけど。えっと、いつも通りでいいんだよな? 嫌がられている感じはしないし…。

 

 思えば俺とラヴィニアももう高校生だ。これまで小学生の頃からのノリでそのまま来たし、天然だからなぁーで流してきた異性関係も気を使った方がいいのかもしれない。坂を上った後もお互いに握った手を外そうか外さないかでチラチラと視線を彷徨わせてしまう。いかん、ここは男の俺がしっかりしなければ。

 

「あーっと、そろそろ目的地に着くと思うよ」

「はい、あの…ありがとうなのですカナくん」

「えっと、まだもう少し斜面があるみたいだし…。このままでその、行く?」

「その、慣れない服なのでお願いするのです」

 

 いつも通り会話できているはずだ。大丈夫なはず、うん。俺は頷くとラヴィニアの手をもう一回しっかりと握って、山道の先を目指すように歩を進める。歩く速度に気を付けて、歩きやすいルートを選んで、ちゃんとエスコートが出来ていればいいんだけど…。相棒、本当に俺大丈夫? ちゃんとできてる? そんな呆れたような生温かいような思念は送らなくていいから、このむず痒い空気を何とかしてください!

 

 そんな俺の願いが届いたというか、俺が注意力散漫だった所為か、気づくのに遅れてしまった。目的地の先に見えた、山の中で轟々と流れる滝の音に――

 

 

「あら、奏太とラヴィニア。久しぶりね、今ちょっと滝に打たれて清めているから待っててちょうだい」

「――いや、何で俺が迎えに来るってわかっていて滝行しているんだよッ!?」

「馬鹿ね、これから鳶雄の家に向かうのよ。山に籠っていたんだから、身を清めてから向かうのは当然のことじゃない」

「当然じゃねぇよ、現役女子高生ッ!!」

 

 俺間違ったこと言っていないよね!? 白装束に身を包んでいるとはいえ、水で透けた身体が目に入り慌てて目を逸らす。幼少期からお嬢様として傍付きにいつも世話してもらっているから、誰かに見られることが当然の環境にいたのは知っているけど、少しは恥ずかしがってくれよ頼むから!? 主に俺のメンタルのためにっ!

 

 さっきまでの俺とラヴィニアの空気も霧散して、俺と朱雀のやり取りに「ありゃーです」と小さく呟いたラヴィニアはくすくすと笑っていた。笑い事じゃないよ、本当に…。俺は溜め息を吐きながら、唯我独尊な次期当主様の滝行終わりのために暖房の準備を始めておくのであった。

 

 


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