えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二百十話 弔い

 

 

 

 少しずつ暖かくなり、春らしさが感じられるようになった頃。普段はクローゼットの奥の方にしまってある黒の礼服を取り出し、襟の形を整えておく。裏の学校は制服などが特になく自由であるため、久しぶりにスーツのようなパリッとした服を着た気がする。灰色か白の服が主だったから、全身真っ黒な姿に物珍しい気持ちにもなる。堅苦しいのは教会の祭服で慣れているけど、鏡に映る自分の姿に背筋が自然と伸びた感じがした。

 

 あの日、姫島朱璃さんから連絡をもらってから数日が経ち、俺は日本へと帰っていた。協会の仕事や神器症の治療などは、この日がいずれ訪れるとわかっていたので、早い時期に予定を詰めてもらっていたので大丈夫だろう。仏教の修行でよく使っていた数珠をポケットの中に入れ、身だしなみのチェックが終わって部屋を出ると、同じく黒の礼服を身に纏った大柄な男性が待っていた。

 

「こんにちは、バラキエルさん。日本まで一緒に来てくれてありがとうございます」

「気にするな、朱璃と朱乃が大変世話になっていた方だ。せめて焼香はあげるべきだろう」

「朱璃さんは幾瀬家の皆さんのお手伝いで、朱乃ちゃんは…」

「東城紗枝の世話になっている。……朱乃にとっては、祖母のように慕っていた方だったからな」

 

 バラキエルさんと廊下を歩きながら、そうかと俺は静かに頷く。確かに朱乃ちゃんは、初めて人の死に直面したのだ。それもおばあちゃんと慕っていた人を。彼女も心のどこかで覚悟はしていただろうけど、いざその時が来たら辛くなって当然だろう。朱璃さんは鳶雄のご両親と一緒に葬儀の準備で忙しかっただろうから、東城が一緒にいてくれたことに感謝しないとな。

 

「準備は大丈夫か?」

「はい。数珠と香典は持ったし、高級お薬セットも大丈夫です」

「……一部大丈夫か不安なものがあったが」

「安心してください。薬もそれを入れている袋も、事前に副葬品として燃やしていいのか確認しましたので。自治体での決まりや、火葬場のルールも問題なしでしたよ」

「そっちの不安のことじゃ…、いや、副葬品として朱芭殿が事前に頼んだのならいいのか…」

 

 ビニールや革製品はダメって言われたから、ちゃんと袋は布製品で用意しました。葬儀場の人に薬を棺に入れていいか電話で聞いたら、めっちゃ戸惑っていたけどダメではないって許可ももらったしな。仏教陣営の方々に取説だけでは忍びないから、せめてお薬だけでも届けるべきだろう。葬儀場の人に事情を聞かれた時は「お薬が愛用品だったんです」と答えるしかなかったけど。きっと朱芭さんなら許してくれる、うん。

 

 俺が修行などでお世話になっていた関係で、倉本家の面々も幾瀬家と関わりがあったので、家族は先に式場へ向かっている。黒塗りの靴を履き、バラキエルさんと一緒に外へ出ると陽の光が視界に入って目を細めた。この時期は春雨が多いから心配だったけど、今日は良く晴れている。去年のこの時期に卒業祝いでお花見をみんなでして、わいわいと桜を見たんだよなぁと感慨深い気持ちになった。

 

「そういえば、倉本奏太。アザゼルに聞かれたのだが」

「先生にですか?」

「あぁ、朱芭殿は具体的にどこまで知って逝かれたのだ? お前が禁手に至るための修行を手掛けていたことは知っているが…」

「……俺の事情の全般は知っていますよ。『変革者(イノベーター)』のことや、相棒が『システム』であることや、聖書陣営が和平に向けて停戦協定を結んだ内容とかは」

「ふむ、となると仏教陣営から問い合わせが来る可能性は一応あるか」

 

 難しい顔で顎に手を当てるバラキエルさんを横目で見ながら、俺は小さく息を吐いた。先生達に朱芭さんへ伝えた内容は、ラヴィニア達と同じぐらいの内容だと話している。異世界のことをラヴィニア達は知らないので、停戦協定の訳も今後の和平に向けてだとかなりざっくりした説明になっていた。まさか異世界のことを寿命間近のおばあちゃんに話しているとは誰も思っていない。実際は一番最初に相談した相手なのだけど、原作のことを話したときは乳神様が実際に降臨するなんて考えてもいなかったからなぁ…。

 

 先生達へ朱芭さんに異世界のことを話したと伝えれば、何故そんな危険な真似をしたのかと問い詰められるに決まっている。そうなると、芋づる式に前世のことを話す可能性も出てくるのだ。出来れば、そうなって欲しくない。俺が朱芭さんに語った未来の知識。本来なら、到底信じられる訳がない。

 

『あなたが語る『正史』が真実である証拠よ。私はあなたのどんな話も信じると決めているわ。でも、この事実を客観的に閲覧される閻魔大王様達にとっては、想像の域を出ない空想の絵空事。そんなものを軸にして、神様が動くことの方がありえないわ。神が信託を下して預言者を作って人間を動かすことはあっても、人間が予言者を語って神を動かすことはできないのよ』

 

 証拠がない未来予知なら、朱芭さんが言う通りになっていたと思う。ところが、意図せず俺は『正史』が真実であることを朱芭さんが存命中に確定させてしまった。異世界から来た乳神様なんていう、普通ならありえない眉唾情報がこの世界に降臨してしまった所為で。しかもそれによって、聖書陣営がガタガタと忙しなく動き、和平に向けて動いているという状況証拠までプラスされてしまった。

 

 という訳で、死者の過去や嘘を見抜ける仏教陣営の大変素晴らしい権能によって、証拠付きの『正史』という爆弾情報が突然放り込まれることになってしまった訳だ。本当に申し訳ないと思っている。だけど、仏教陣営の皆さんもあまりにもヤバすぎる情報な所為で下手に動けないだろう。むしろ、原作同様に影が薄いまま裏方で不測の事態に対処出来るようにフォローする方がいいと考えるはずだ。

 

 結果論になってしまうが、朱芭さんが情報を持っていってくれることで、原作では静観していた仏教陣営のトップを邪神対策のために味方として引き込むことができる。世界を守るためなら、『正史』の情報も黙認してくれるだろう。ちょっと怖いのが、原作でもよく名前が出てきた帝釈天(たいしゃくてん)様なんだよなぁ…。あの方、戦の神と称されるぐらい筋金入りの戦闘狂で、和平も積極的ではなかった。だけど、世界を支える主神としての立場はちゃんと守られていたはずだ。

 

 閻魔大王様達も『正史』の情報があるから、帝釈天様に邪神のことを伝えるかどうかは彼の人柄をよく知る仏教陣営のトップに任せた方がいいだろう。あと閻魔大王様はインド神話にも影響力がある神様だから、そっちの方にも渡りをつけてくれるかもしれない。帝釈天様とインド神話勢には色々因縁もあるので、非常に神経を使わせてしまうことになるだろうけど…。丸投げしかできなくて、本当にすみません。

 

「えっと、もし仏教陣営から問い合わせがあった場合、和平に協力してもらえるように話し合いをすることになるんですかね?」

「アザゼルはそれを望んでいるだろうな。あちらも唯一神だと称していた聖書の神に後継者ができたのなら、今後の世界の展望も含め、色々と情報を得たいと考えるはずだと推測している」

「……相棒、世界のことは特に考えていませんけどね」

「それはそれで頭が痛い問題ではあるがな…」

 

 俺の世話ができるならそれでいいや思考な相棒だからね。俺に問題がなければ、世界とか難しいことは先生達に任せておけばよくない? とマジで考えている可能性すらある。一応、聖書の神様の後を継ぐことになるんだから、もうちょっと見識を深めたり、世界に目を向ける視野を広げたりした方がいいことはわかっているんだけど…。

 

「相棒、そこのところは何か考えていたりするわけ?」

《――適材適所。丸投げ。正義》

「それは確かに…」

「説得されるな。間違いなく碌な回答じゃないだろ」

 

 さすがは教官。俺と相棒の思考回路をよく理解していらっしゃる…。俺は直感型で動くタイプだから、下手に介入してぐちゃぐちゃにしちゃうより、このヒトならできる! 任せられる! ってビビッときたヒトに振り分けていく方がよっぽどいいような気がしちゃうんだよな。『叡智の結晶』と呼ばれている相棒が出した答えも同じだし、やり方として間違ってはいないよね。自分が出来る仕事ならちゃんと自分でやりますので。肩を竦めて笑って見せると、隣から呆れた様な溜め息を吐かれてしまった。

 

 

「まったく…。だが、そうやって笑えるのなら大丈夫そうだな」

「あぁー、暗い顔をしていました?」

「いや、逆にいつも通り過ぎて少し気になっただけだ」

「朱芭さんとはちゃんと別れの挨拶ができましたからね。今のところは、大丈夫です。でも正直に言うと、ちょっと感情が麻痺しているような部分はあると思います」

 

 天に羽ばたく蝶を見た時から、俺はまだ泣けていない。あの日――幾瀬朱芭さんは亡くなった。眠るように安らかな様子だったらしい。覚悟はしていた。悲しくない訳じゃない。だけど、どこか現実味がわかない。泣くのを我慢しているという感じでもないのだ。どこか漠然としたような、ぽっかりとした空虚さがあるだけだった。

 

「朱芭さんの顔を見たら泣けるかもしれません。でも、彼女の弟子として不甲斐ない姿を最後に見せたくない気持ちもあって…。一番辛いのは幾瀬家の皆さんなのに、俺が泣き過ぎるのも変かなとか考えちゃって。わりと複雑な感じです。なるようになるしかないとは思っていますけど」

「……親しい者を(とむら)うのは初めてか?」

「小さい頃に親戚の葬儀には出たことがあります。でも、そうですね。こういった気持ちになる葬儀は初めてです」

 

 バラキエルさんと並んで歩く並木道。少しでも自分の気持ちを整理したいのかもしれない。春風に乗って散る桜の花を眺めながら、ぽつぽつと自分が思ったことを打ち明けていた。そんな俺の様子にバラキエルさんは大丈夫だと伝えるように、軽く俺の頭をポンポンと叩いた。

 

「私はこれまで多くの仲間を…友を弔ってきた。戦時中だ、いつ命を落としてもおかしくない。受け入れ、覚悟はしていたさ。実際、悲しみはあれど泣いている時間はなく前を向き続けるしかなかった」

「………」

「そんな己を薄情だと、冷酷なのかもしれないと感じることもあった。だが、アザゼルに言われた。『男っていうのは他人の前だとつい意地を張りたくなったり、一人でめそめそ泣くことを情けないと厭ったりするバカな生き物なんだよ』とな。お前は部下を率いる立場だから、余計に自分を律して厳しくしているだけだろうと言われたよ」

「……バラキエルさんは泣けたんですか?」

「あぁ、その後アザゼルに誘われた酒を飲みながら二人でな。あいつはこういうやつだった、すごいやつだったなと故人の思い出を語りながら愚痴や文句、感謝を言い合ったものだ」

 

 懐かし気に笑うバラキエルさんの横顔に、そういう方法もあるんだなと感じた。そういえば、原作で堕天使の施設には戦役などで亡くなった仲間達の絵を壁に飾っているシーンがあった。失った仲間を忘れないように、彼らなりの供養の仕方だったのだろう。原作ではギャグっぽくチーンしていたけど。総督として部下のために、意地っ張りな友人のために、なんともアザゼル先生らしいやり方だと思った。

 

「意地を張ってしまうのは男の性ってやつか。……鳶雄は、ちゃんと泣けたのかな」

「幾瀬鳶雄か?」

「あいつ、めちゃくちゃ負けず嫌いで意地っ張りなんですよ。情けない姿っていうか弱みを周りに見せたくないって感じの思春期特有のやつ。朱芭さんの教育のおかげか、女性の前では特に」

 

 そのあたり、幼馴染の東城には緩いみたいだけど、今は朱乃ちゃんの傍についてくれている。ご両親はいるけど、たまにしか会わない関係もあって心配をかけさせたくないって気持ちの方が勝りそうだ。朱璃さんは親戚だけど、間違いなく遠慮するだろう。悲しくて仕方がないけど、亡くなった朱芭さんに泣き崩れる姿を見せて、天に昇るのに心配をかけさせてしまうかもしれないとかぐるぐる考えていそうだ。これでも三年近く傍で見てきた後輩だからな、何となくわかってしまう。

 

 それに、朱芭さんがいなくなってしまった鳶雄が今後どうするのかも。普通なら、保護者であるご両親と一緒に海外へ行くだろう。だけど、せっかく合格した陵空高校の入学式も近い。もし日本に残るのなら余計にご両親を不安にさせないように、心配をかけさせないために気丈に振舞っていそうだった。

 

「……バラキエルさん、朱芭さんのお葬式が終わっても少しだけ日本に残っても大丈夫ですか?」

「ふむ、仕事なら問題ないだろう。それでお前の中の(わだかま)りが解けるのなら、メフィストも考慮するだろうからな」

「ありがとうございます」

 

 お節介かもしれないが、朱芭さんに後を任されたしな。あと個人的な理由にもなるが、そこは後輩に付き合ってもらおう。それからは無言で式場まで歩みを進め、受付で手続きを終えると小さな斎場へと案内された。姫島本家と縁が切れているため、幾瀬朱芭として親交があった者だけが呼ばれている小さな式。係の人に副葬品を手渡し、バラキエルさんは朱璃さんと朱乃ちゃんの方へ向かい、俺は倉本家の席へと座った。

 

 

 幾瀬家、東城家、姫島家、倉本家、そして他に数名が並んでいる。みんな無言で、遺族と会場の準備が終わるまで数珠を手に静かにその時を待っていた。仏教徒だった朱芭さんに合わせて、仏式葬儀として執り行われる。僧侶の方が入場し、開式の辞が始まると読経が読み上げられ、弔辞と弔電の奉読へと続いていった。俺も数珠を握りしめ、朱芭さんから習った読経を心の中で看経(かんきん)して冥福を祈った。

 

「それでは、焼香を始めます」

 

 僧侶の方は厳かに焼香を済ませると、喪主、遺族、親族と順番に席を立つことになった。静かに手を合わせ、棺に映る顔を見て涙を拭っていく。鳶雄も頬に涙を流してジッと朱芭さんを見つめた後、袖口で目元を拭っていた。

 

「っひっく、おばあちゃん…」

「朱乃、朱芭様にちゃんとお別れの挨拶をしましょう」

「はい…」

 

 バラキエルさんと朱璃さんに背中を押されながら、必死に涙を堪えながら焼香を上げる朱乃ちゃん。東城もご両親と感謝の言葉と一緒に涙を流していた。

 

「朱芭さんの料理、本当に美味しかったわよね」

「姉ちゃん、弟がいるからって普通にたかりにきたからな」

「食費はちゃんと払っていたわよ。……すごく温かい人だったわ」

「……うん」

 

 焼香を上げ、棺の中で眠る朱芭さんは安らかな顔をしていた。生前と同じく白い髪を後ろにまとめ、深く皺の入った優し気な相貌も変わらない。ぐずぐずと鼻を鳴らす姉の隣で、自然と俺の頬にも温かいものが一筋流れるのを感じる。悲しさや淋しさはあるけど、あぁ満足して逝けたのだなと安心した気持ちもあった。

 

『さようなら、奏太さん。……一隅(いちぐう)を照らすあなたの道に幸多からんことを』

 

「ありがとうございました、朱芭さん」

 

 未熟な弟子を何度も叱咤して導いてくれた師へ、深々と頭を下げて別れを告げた。それからは喪主と遺族、親族だけが残り、出棺の準備へと入った。朱璃さんは幾瀬家の皆さんについて行き、朱乃ちゃんはバラキエルさんと一緒に俺達と帰ることになった。朱乃ちゃんは東城や姉ちゃんと話をして、赤くなっている目元を擦りながらも大丈夫だと笑みを見せていた。

 

 悲しみを受け止め、乗り越えていく方法は人それぞれなのだから。

 

 

 

――――――

 

 

 

「よっ、手伝いに来たぞ。片づけは進んでいるか?」

「あっ、はい。すみません、手伝いをお願いして。この前の葬儀にもわざわざ…」

「今は春休みだから学校も休みだし気にすんな。三年近くお邪魔しまくった勝手知ったる幾瀬家だからな、片付けも任せろ」

「あれ、申し訳なさが段々と薄れていく…」

 

 いや、(へりくだ)る必要はないが感謝の心はちゃんと持ってほしいな、後輩よ。家のことをよく知る男手の手伝いは必要だろ。俺は途中のコンビニで買ってきた二人分のデザートをさっさと冷蔵庫の中に突っ込み、茶でも用意しておこうとポットに水を入れてセットしておく。それを隣で半眼の眼差しで見てくる鳶雄に、俺は首を傾げた。

 

「どうした?」

「家主の許可なく堂々と人の家の冷蔵庫を開けて、お茶を用意しだす先輩の行動に呆れているだけです」

「えっ、今更じゃね。鳶雄もお茶いる?」

「……納得してしまっている自分に果てしなく頭が痛いですが。俺もお茶でいいです」

 

 はいよ、と返事をすると水の量を増やして電源を入れておく。奢りでデザートも買ってきたんだから、大目に見てくれ。何だかんだで鳶雄なら許してくれるとわかって行動しているけど、これで俺に気をつかう必要はないと伝わっただろう。朱芭さんのお葬式の時は、お互いに話ができる状況じゃなかったから、あの日以来初めて会話をすることになる。

 

 いつもはこの空間に朱芭さんがいた。俺がお土産を持ってきて、それに朱芭さんがお茶を入れてくれて、鳶雄が食器を用意して…。俺の行動に少し硬かった後輩の表情が和らいだのを見て、おやつ時になるまでに出来る片づけはやっておこうと袖を捲った。

 

「陵空高校に近いアパートに引っ越すことにしたんだってな。とりあえず、一人暮らしができる分の荷物でいいんだっけ」

「はい、さすがに俺一人でこの家で過ごすのは広いですしね。夏休みに両親と改めて片付けることにして、少しずつ荷物を移していこうかと」

「どこに出しても恥ずかしくない嫁スキル持ちの鳶雄なら大丈夫だろうけど、一人暮らしとかご両親もよく許可してくれたよな」

「せめて主夫にしてください。もう高校生ですし、先輩だって海外留学とかしているじゃないですか。朱璃さんや紗枝……、えっと東城のおじさんやおばさんも近くにいるし、大丈夫だって言ったんです。両親も忙しいし、知り合いもいない、英語だらけの国に行くより自分のことは自分で出来るって」

 

 いらない雑誌を紐で縛る俺の横で、段ボールに日用品を詰めていく鳶雄。手を動かしながら、今後のことをどうするのか聞いていく。どうやら俺の予想通り、鳶雄は日本に残って陵空高校へ進学する道を選んだようだ。実際に鳶雄が言う通り、こいつなら一人暮らしも問題ないだろう。家事全般は朱芭さんも認めるほどの腕前なのだから。

 

 そしてこの家を出て、アパートに引っ越すことに決めたのは、この家にはあまりに思い出がつまりすぎているからだろう。今後、この家をどうするのかは幾瀬家の皆さんで決めていくことだ。俺は二人分の家具が並ぶリビングを見渡し、鳶雄の分の食器類を新聞に包んでおいた。

 

「服はどうする? 向こうで新しいのを買うか?」

「まだ着れそうなら持っていきたいですけど…」

「なら、春と夏服だけにしておけ。成長期だからな、俺も高校生になったらすくすく伸びたぜ」

「すくすく…?」

「ちゃんと伸びているんだよ!」

 

 そこ疑問形にしない!? 目標だった170cmだって越えたんだからなっ! きっと今後も伸びるはずだ。それから朱芭さんが使っていたものの内、鳶雄が扱いに困ったものは俺が振り分け、骨董品などは朱璃さんの意見も聞いて決めようとなった。四箱ぐらいにまとめた段ボールを玄関口に運び、処分できるものはリビングの端にまとめておく。あらかたの荷物が揃ったので、俺達は和室で横になって一息ついた。

 

 

「いい時間になったし、お茶でも飲むか。鳶雄はデザートを出しておいて。いつもの茶葉はまだキッチンに置いたままだよな?」

「わかりました。はい、茶葉はそのままです」

 

 鳶雄の答えに了承を返すと、茶葉を急須に入れ、お湯を二つの湯のみに一度移す。その間に鳶雄が準備をしてくれているので、次に湯冷まし湯を急須へ注いだ。朱芭さんに教わった通り、少しずつ均等に湯のみに注ぎ分け、最後の1滴までしぼりきる。ここが微妙に難しくて、朱芭さんによくダメ出しされたんだよなと口元に笑みが浮かんだ。二杯目用に急須の蓋をずらして、茶葉が蒸れないようにしておくと和室で寛ぐ後輩に運ぶのを手伝ってもらった。

 

「どうだ、我ながら自信作のお茶だ。どんと飲め」

「なんでお茶の一杯で、そんな偉そうに出来るんですか」

「お茶は朱芭さん、マジで厳しかったんだよ。ニッコリ笑って俺の手付きとか味の採点をしてくるから、やっている間は本当に緊張しぱなっしだった訳。精神統一の修行だからって、スパルタだったわ」

「祖母ちゃんが…」

 

 俺の入れたお茶を一口飲んで、コトリと鳶雄は机の上へ湯飲みを置いた。片付けている間はあえて話題にあげないようにしていたが、一息ついた今ならいいだろう。俺も自分で入れたお茶を飲みながら、ジッとお茶を見つめる鳶雄に向けて口を開いた。

 

「朱芭さんが亡くなって一週間以上経ったけど、どうだ?」

「どうって…。祖母ちゃんのことなら大丈夫ですよ、俺だってもう高校生になるんです。一人暮らしだって始めるんですし」

「……そうか」

 

 ムッとした口調で返され、俺はそれに小さく笑った。鳶雄なら大丈夫だって、一人で立てるだろうことはわかっている。高校生になるから、一人暮らしをするから、海外へ戻るご両親に心配をかけさせたくないから。これまでは朱芭さんが鳶雄の弱い部分に気づいて、当たり前のように吐き出させてくれた。だけど、朱芭さんはもういない。鳶雄もそれはわかっているのだろう。だから、強くあろうとしている。

 

「……先輩、祖母ちゃんって仏教徒なんですよね?」

「ん、そうだな。葬式も仏式葬儀で行ったし」

「仏教だと天国じゃなくて、極楽浄土ってところに行くんでしたっけ。三途の川を渡って」

「そうだぞ。ただ最初は三途の川じゃなくて、冥途の王丁ってところへ向かうために七日間山道を歩くことになるけど」

「えっ!?」

「大丈夫、『初七日まで線香を絶やしてはいけない』って言うだろ。あれは死者の食料としての『香』なんだ。その不思議お香パワーで、朱芭さんなら元気に山を登って行けたと思うぞ」

 

 和室に置かれている仏壇を見て笑うと、朱芭さんの写真の前に焚かれた線香を指差す。こうやってちゃんと死者を供養してくれるかは、その人の生前の行いが深く関わってくる。当然、線香を上げてくれるような人がいなければ、七日間必死に山道を登っていくしかない。「知らなかった…」と慌てて線香をもう一本差し出す後輩に噴き出しながら、買ってきたデザートの封を開けておいた。

 

「じゃあ、一週間の山登りが終わったら裁判ですか?」

「あぁ、一回目の裁判だ。秦広王(しんこうおう)様の裁判で三途の川の渡り方が決まるんだ。もう一週間が過ぎているから、この裁判は終わっているだろうけど。こういった裁判を七回行って、ようやく来世の行き先が決まる。その間が四十九日(しじゅうくにち)って言われていて、最後に四十九日法要を行うことで故人の冥福を祈る訳だ」

 

 こういうところが仏教とキリスト教の大きな違いだろうな。キリスト教は生前にどれだけ神様を信仰したかによって、死後に天国へ行けるかが決まる。仏教は生前の己の行いが反映されて、死後の行き先が決まる。どっちがいいかは、人それぞれの信仰心や生き方によるだろうけど。あと、過去や嘘を見抜くと言われる閻魔大王様は、裁判の順番的には五番目だ。となると、『正史』の情報が行くのは一ヶ月後ということになるのだろうか。

 

 あれ、ちょっと待てよ…。確か秦広王様の時点で生前の行いが知らされるんだったっけ。人がこの世に生まれ落ちると、左右の肩に『倶生神(くしょうじん)』という神様が宿る。秦広王様はその『倶生神』の報告に基づいて、亡者の生前の行いをすべて取り調べ、右手に持つ筆で帳面に記録するはずだ。この帳面が閻魔大王様まで引き継がれてることから『閻魔帳』と呼ばれていた。

 

 裁判のお仕事の為に、おばあちゃんの生前の行いを調べていたら、いきなり『乳神様』とか『異世界の邪神の侵攻』とか『おっぱいが世界を救う未来』なんかを聞かされて、閻魔大王様に届ける帳面に全部書かされることになってしまうのか秦広王様…。ヤベェ…、もうすでに手遅れかもしれないけど、秦広王様にものすごく申し訳ないことをしてしまったかもしれない。不動明王像に後日謝っておこう。

 

 

「ごほんっ、まぁとにかくだ。朱芭さんなら間違いなく極楽浄土に行けるよ。俺達はそれまでしっかり供養をして、無事に旅立てるように弔うことが大切だ。その気持ちを忘れなければ、大丈夫だよ」

「そう、なんですね…」

 

 とりあえず、強引だがここでまとめておこう。鳶雄はそれ以上会話が思いつかないのか、もごもごと口元を動かしたが、視線を下に向けるだけだった。それからしばらく無言でデザートを食べ、お茶を啜る。二杯目のお茶を急須に用意する傍ら、俺はちらりと和室に飾られている仏壇へ目を向けた。

 

「鳶雄、俺も朱芭さんに焼香をあげてもいいか?」

「えっ、は、はい。もちろんです」

「ありがとう。よーし、ここはとっておきの誦経(ずきょう)も一緒に披露してやろう」

「普通に線香をあげてください」

 

 なんだよ、徳があがるかもしれないだろ。しぶしぶ俺は仏壇の傍に置いてある線香を一本取りだすとライターで火をつけ、そっと香炉に立てた。俺は懐に入れていた数珠を取り出すと、手を合わせて目を瞑った。鳶雄が先ほど立てた線香も合わせて、流れてくる香の香りが和室に広がっていく。ふと気づくと、鳶雄も俺の隣に来て仏壇へ手を合わせていた。それに何も言わず、静かに黙祷を捧げ続けた。

 

「……鳶雄」

「何ですか?」

「泣いていいか」

「……はい?」

 

 ギョッとした顔でこちらを見てきた後輩に、俺は二ッと笑って見せた。

 

「俺さ、実は朱芭さんが亡くなってから本格的に泣けていないんだ。知らせを聞いた時は傍にラヴィニアがいたし、葬儀の時は俺がボロボロ泣くのもアレかなーって感じで。だから、今がチャンスかなって」

「いやいや、泣くチャンスって何ですか」

「一人で泣くのってなんか寂しいやつみたいじゃん。鳶雄には何度も朱芭さんにガチ泣きさせられた場面を見られているから今更だし、気にしなくていいかなと思って」

「僅かにある先輩の威厳とか気にしましょうよ」

「鳶雄の中にある俺の威厳って僅かしかないのかよっ!?」

「先輩、気にするのはそこじゃ――」

 

 そこまで言いかけて、不意に言葉が止まった後輩に俺は入れたばかりのお茶を差し出す。未成年だからお酒は飲めないので、お茶だけど雰囲気づくりとしてはいいだろう。少しお湯を熱めに入れたので、ちびちび飲むことにする。まだ一週間ちょっとだ。気持ちの整理を付けたと言っても、そんなのメッキを張った虚勢でしかない。

 

 だから、ちゃんと前に進むために、朱芭さんのことを笑って思い出にできるように、しっかり自分の中の気持ちを弔わないといけない。それはきっと、鳶雄にとっても。

 

「付き合え、先輩命令な」

「……横暴すぎません?」

「姉ちゃん曰く、不思議な能力よりも、年功序列は無慈悲らしい」

「えぇ…」

 

 それからは、ただただ語り合った。朱芭さんのすごかったところや、怖かったところとか、笑ってしまったところとか。お互いにティッシュで鼻をかみながら、お茶に零れてしまった雫と一緒に飲み合う。鳶雄が語る小さい頃の朱芭さんのエピソードに笑い、俺は仏教修行の時の朱芭さんがどれだけスパルタだったのかを身振り手振りで話した。それは大袈裟すぎと信じてくれない後輩に怒り、朱芭さんの料理の腕を褒め合い、ただ……逝ってほしくなかったと頷き合った。

 

 まだ、生きていてほしかった。まだ、一緒にいて欲しかった。それだけなのだ。口にしてもどうしようもない、もう過ぎてしまったことだけど、ただそれを口に出して静かに頷いてくれる相手が欲しかった。頭ではちゃんとわかっているし、受け止めてもいる。言葉にしたって、困らせるだけだ。それでも、心からの思いのたけを昇華できるように弔いたかった。

 

「あぁー、すっきりした…」

「ははっ、そうですね」

「わかっていると思うけど、大泣きしたのは内緒な。お互いに」

「……はい、先輩」

 

 かすかに聞こえた感謝の言葉は、お互い様だと肩を竦めた。鳶雄もこれで大丈夫だろう。俺はもう一度、幾瀬朱芭さんの遺影に姿勢を正すと深々と頭を下げる。これからは、悲しんでいる暇はない。でも、死を悼む心は忘れない。自分がやるべきことを、前を向いて頑張っていくしかない。いってきます、と心の中でもう一度別れを告げた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「おかえりー、奏太。片付けは大丈夫だった?」

「ただいま、姉ちゃん。もうだいたいの荷物はまとめたから、後は車で運べば行けると思う。東城の方にはそう伝えといて」

「了解っと」

 

 バラキエルさんにお願いした通り、朱芭さんのお葬式の後もしばらく日本でのんびり過ごしていた。仕事とか本当に大丈夫かと心配はあったけど、メフィスト様から「最近は環境も変わってしっかり休めていなかっただろう。こういう時は、周りに任せればいいんだよ」と笑われてしまった。急ぎの治療は先に終わらせておいたし、鳶雄の件も今日で解決したから、明日ぐらいには協会に戻っても大丈夫だろう。

 

「あっ、そうそう!」

「えっ、何?」

 

 赤かった目元は相棒の能力で消しているはずだから、特におかしなところはないはずだけど。姉は手を打つと、肩に乗せていたラブスター様を両手に乗せて俺の方へ差し出してきた。その行動に疑問符が頭に浮かぶが、クシクシと顔を洗うラブスター様を丁寧に受け取る。えっと、相変わらずの素敵な毛並みですね。

 

「奏太にお客さんだって。今は出かけていますって言ったら、しばらく待ちますって言われたのよ」

「俺に客?」

「すっごく偉そうな人っ! あっ、偉そうっていうのは悪い意味じゃなくて、こう思わず拝みたぁーくなっちゃう感じの後光が差しているような人のことね!」

 

 いや、姉の説明が残念過ぎる…。そもそも、俺の実家に顔を出すお客さんって誰だ? 俺に用事なら、普通に魔方陣の通信や携帯に連絡を入れてくれたらいいんだし。それに、俺がこれまで会ってきた人なら携帯の画像で姉ちゃんには見せていたので、こういう説明の仕方はしないはずだ。なら、初対面の人なのか?

 

 でも、初対面の人がいきなり俺を訪ねてくるだろうか? それなりに表には出ているけど、実家の情報はメフィスト様によって規制されているはずだ。それにもし危険人物なら、そもそも俺の家に張っている結界に弾かれるはずだし、メフィスト様に繋がっているラブスター様がこんなにものんびりしていないだろう。

 

「うん、カナくんが考えているだろう通りだねぇ」

「うおっ、ラブスター様。……えっと、メフィスト様、危険はないってことですよね?」

「それは僕が保障するよ。まぁ、本来なら僕たちを通してほしいと言いたいところだけど、事情が事情だからねぇ。……さすがに今回ばかりは僕も庇えない」

「えっ?」

 

 ものすごく黄昏た様な、遠い目で上司から庇えない宣言をされた件。あの、もしかしてお待ちしているお客様は、直接俺の実家に乗り込んでくるぐらい大変お怒りということなのでしょうか…。だらだらと嫌な汗が流れてくるが、心の準備もできていないのに空気を読まない姉が、「奏太が帰ってきましたよー」とリビングに飛び込んでいってしまった。

 

「とりあえず、『彼』からの話が終わったら僕に連絡を入れてくれたらいいよ。正直、何時間かかるかわからないからねぇ」

「何時間って…。――メフィスト様? えっ、もしかして通信が切れた? 嘘、マジで?」

 

 呆然と両手に持つラブスター様を見つめるが、つぶらな瞳でこてんと首を傾げられるだけだった。最古参の悪魔ですら見捨てるしかない状況に置いていかれてしまった。そんな玄関先で固まる俺の前に、リビングの扉がゆっくりと開き、その人物は嫋やかな足取りでこちらへと姿を現した。

 

 毘盧帽(びるぼう)と呼ばれる徳の高い僧呂が身に付けられる帽子を被り、錦襴(きんらん)の施された袈裟(けさ)を身に着けている男性。中世的な容姿は何とも浮世離れしていて、姉の言う通り見ただけで徳が高い僧侶だとわかる。俺と目が合うとニッコリと微笑まれたが、蛇に睨まれた蛙のようにビクッと肩が震えた。

 

「初めまして、倉本奏太さん。突然の訪問、驚かせてしまいすみませんね」

「い、いえ、こちらこそわざわざお越しいただきありがとうございます。えっと、もしかして旃檀功徳仏(せんだんくどくぶつ)様……ですよね?」

「ふふふっ、そうです。ですが、そちらの呼び方はこちらではあまり馴染みがないでしょう。玄奘三蔵法師(げんじょうさんぞうほうし)で構いませんよ」

 

 誰もが知っている有名な書物『西遊記』。そこに記された高名な法師の名前。天竺から経典を持ち帰った後もさまざまな功績を成して、ついには仏へと至った伝説の存在――それが玄奘三蔵法師(げんじょうさんぞうほうし)様だった。『ハイスクールD×D』でも大変敬われている存在で、実力者であった初代孫悟空様ですら頭が上がらない方である。

 

「ここで話すのは失礼でしょう。お部屋へ案内してもらっても構いませんか?」

「は、はい。あの、俺の部屋なんかでいいんですか?」

「えぇ、奏太さんには色々話したいことがありますから。メフィスト殿にも無理を言いましたが、事情を話したら快く引き受けてくれましたよ」

 

 ラブスター様はするりと俺の手の平から降りると、きょとんとしている姉ちゃんの肩へと戻っていった。二人っきりにしてくれるということなのだろう。俺と話したいことに『正史』のことも含まれているのなら、確かに二人っきりの方がいいだろう。メフィスト様も了承しているとなると、別の意味で二人きりを認めたことになるんだろうけど…。

 

 あの相棒、何でさっきから嫌な予感が消えないと思う? 危険がないのは間違いないんだけど、すごく冷や汗が止まらないんだけど、助けてくれたりしない? えっ、ダメなの。何で相棒もすでに悟った感じなんだよ。三蔵法師様の笑顔が優しげなはずなのに、すごく怖いんだけど。ドSを覗かせた朱芭さんぐらい怖いよっ!

 

 それから俺の部屋に着くと、慌てて部屋に置いてあるクッションを用意して座ってもらう。腕を振り上げ、ふわりと袈裟を畳んで座られた三蔵法師様を見て、俺も自然と正座をして向かい側に腰を下ろした。

 

「そうですね、まずはこちらの話を聞いてもらってもよろしいでしょうか?」

「はい、もちろんです!」

「ありがとうございます。そうですね、端的にまず話しますと……数日前、秦広王様が倒れられました」

 

 なんですと?

 

「私も驚きましたよ。突然浄土から釈迦如来(しゃかにょらい)様が私に声をかけられて、「『アレ』の通りなら、あなたなら治せるかもしれない」と急いで秦広王様のところに連れていかれたんです。ふふっ、私も初めての経験でしたよ、『おっぱい恐怖症』によって心の病になった方を見るのは。そして、当たり前のように私がおっぱい治療の玄人だと認識されたのは」

 

 秦広王様、天龍であるドライグと同様に『おっぱい』に耐えられなかったのか…。そして、おそらく『朱芭さんの記録』を見たのだろう釈迦如来様が、助けを求めたのが実際に原作で天龍のカウンセラーとして治療を行った玄奘三蔵法師様だったのだろう。

 

「症状自体は一時的なもので、その後の裁判に差し支えない程度には回復できました。未だに『おっぱい』『乳』『胸』という単語を耳にされると体調を崩すようですが、今後も経過観察をすることになるでしょう」

「申し訳ありません」

「いえいえ、わかっています。あなたがこのような方法しか取れなかったことに理解もしています。しかし、『アレ』を見ることになった十王様方も念のためカウンセリングを行うことになり、一時期冥途が本っ当に大変なことになりはしましたが…。無事に今日も裁判を続けることができましたからね」

「本当にすみませんでした…」

「いえいえ、メフィスト殿には詳しいことは話していませんが、「冥途が大変だったので、ちょっと彼とお話させてください」とお願いしたら快く時間もくれましたし」

 

 さすがメフィスト様、それだけで俺がとりあえずやらかしたことは理解されたんだ。そして、想像以上にやばいことになっていた。いや、朱芭さんが一ヶ月かけて呑み込んだ『おっぱいの歴史』や『邪神による侵攻』をまとめて一気に知ることになったら大変なことになるかもしれないぐらいは思っていたけど…。うん、取説と高級お薬セットではどうしようもなかったか…。それでも今日も真面目に仕事をこなす十王様方のプロ根性に尊敬の念を抱いた。

 

「倉本奏太さん、幾瀬朱芭さんも大変恐縮してお顔を真っ青にされていたんですよ。もっとお年寄りを労わってあげないといけません。『おっぱい』は最強の概念だからと思考放棄しないでください。お年を召しているとはいえ女性です。明け透けと話すのではなくもっとですね――」

 

 こうして、俺と仏教陣営のファーストコンタクトは説法から始まったのであった。

 

 


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