えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二百八話 危惧

 

 

 

『えっ、奏太が鳶雄の後ろ盾に?』

「あぁ、朱芭さんにも頼まれたしな。アザゼル先生や魔王様達、天使の皆さんにもお伺いして『狗』の保護を俺が受け持てるようにしたんだ」

『……あぁ、鳶雄っ。どうか強く生きて…』

「おい朱雀、どういう意味だ」

 

 幾瀬家での高校合格祝いが終わって数日後、携帯電話を片手に聞こえた嘆きの声に、俺はこめかみを引くつかせた。姫島の血を持つ鳶雄の今後について知らせておくべき人物がいたため、こうして報告のために連絡できる時間を取ってもらったのだ。姫島朱雀(ひめじますざく)――姫島家の次期当主であり、幾瀬鳶雄のはとこにあたる少女。五大宗家は年末から春過ぎまで様々な神事や行事が目白押しなため、久しぶりに声を聞いた気もするけど。

 

『鳶雄に裏の常識を教える時は、必ず私も同行するから。いいわね、奏太』

「常識って…。これでも俺、裏の世界に入ってもうすぐ六年目なんだけど」

『取り扱い説明書なんて作られている時点で何を』

 

 やめろよ、それを言われると反論できる要素がなくなるだろうが。思わず確かにと思ってしまった。朱芭さん曰く、俺の常識ってこの世界のものよりも、『ハイスクールD×D』という原作知識が根底に根付いてしまっている所為でひどいズレを起こしてしまった結果だろうと溜め息を吐かれた記憶がある。あと前世の影響で、周囲の環境によって作られる価値観が幼少期の頃にすでに出来上がってしまったのもあるだろうと。

 

 表とか裏とか種族とか組織とか関係なく、フラットに周囲や世界を俯瞰して見られる視点。乳神様が俺のことを『観測者(イレギュラー)』と表現したように、良い点もあれば悪い点もあると思う。俺は真剣に悩んで考えたことなのに、説明したら大抵お腹を押さえられるか、頭を抱えられるか、呆れられることが多いから。個人的には大変遺憾な気持ちである。

 

「これでも元一般人だからな。俺だって、ちゃんと段階を踏んで裏の世界に慣れさせていくつもりだぞ」

『じゃあ、鳶雄に最初は何を教える気よ』

「えっ、うーん。この世界が表とは違うって認識をまずは持ってもらいたいから…。アザゼル先生に羽根をバサァッ! と見せてもらうとか」

『総督の使い方』

 

 わりと感動するよ、異種族の羽根を間近で見られたら。自分の身長ぐらいある巨大な羽を触るって、表の世界では体験できないし。しかし、鳶雄が二十歳になるまでまだ時間があるとはいえ、裏の世界探検ツアーみたいな企画は考えておいた方がいいだろう。俺もそうだけど、自分の中の常識を変えるってかなり難しいことだからな。

 

「じゃあ、朱雀はどうするんだよ」

『……奏太を燃やす?』

「俺の使い方ァッ!?」

 

 炎を扱うからって、俺で異能の披露を見せようとするんじゃねぇよ! 鳶雄にカッコよく異能を使っている姿を見せたいのと、どうせ俺が回避するだろうと思って、わりと本気で燃やしに来るつもりだろ。何故か俺と朱雀に関しては、アザゼル先生やバラキエルさんからもじゃれている扱いされてしまうし…。「燃やす」が選択肢に入るようなやつを訓練扱いしないでください。

 

『奏太と話していると、どうして頭が痛くなってくるのかしら…』

「俺も朱雀と話していると、わりと頭が痛くなる時があるぞ」

『でも、奏太が後ろ盾になるなら、当面の危険は回避できるでしょうね』

「まぁ、姫島本家のことを考えればな」

 

 原作での朱乃ちゃんに対する反応からわかる通り、姫島家はかなり潔癖なところがある。自分達の血筋から『雷光』が生まれたことをあれだけ騒ぎ立てた家が、実は『狗』までいましたなんてバレたら確実にうるさくなるに決まっている。鳶雄の存在が姫島家を刺激すると理解していたからこそ、朱芭さんも下手に裏の関係者へコンタクトを取ることができなかった。普通なら、五大宗家の一角を敵に回して無事で済むわけがない。それこそ、原作の姫島朱乃さんのように、家のブランドを守るために秘密裏に処理される可能性もあったのだから。

 

『朱芭様の判断も理解できるわ。いくら姫島でも、聖書陣営が囲っている『変革者(イノベーター)』と敵対する危険性を考慮すれば、『狗』に手を出すのは得策じゃないと考えるでしょうから』

「そりゃあ、鳶雄に手を出すなら俺は自重せずに全方面に助けを求めるからな」

『知っているわよ。最悪、聖書陣営全てと世界中の魔法使い、そしてあなたの治療によって救われた表の重鎮まで敵に回すことになるって考えたら、あまりにも割に合わなさすぎるもの。しかも、五大宗家は表の経済とも繋がっているから、あなたが本気を出せば経済制裁まで可能。もはやパンドラの箱ね、開けても絶望しか襲ってこないわ』

希望(魔法少女)もあるぞ」

『……悪夢ね』

 

 大変心のこもった感想でした。ちなみに、アザゼル先生は鳶雄のことを知っていたけど、魔王様や天使の皆さんは『狗』のことを知らなかったので、そこは隠していてごめんなさいをして暴露しました。「あれだけ爆破されたのに、まだ爆弾が残っていたなんて…」と胃薬を飲ませてしまったけど、とりあえず俺が後ろ盾になることに許可はもらえた。暁紅、赤龍帝、白龍皇、氷姫、煌天雷獄とすでに五種の神滅具が俺の身近にあって、今更そこに『狗』が増えても同じだろうと遠い目をされた件。おかしいな、ありがたいけど神滅具の扱いが軽くないですか? 為政者の皆さん…。

 

 そんなわけで、わりとあっさり後ろ盾の許可をもらえたので、朱雀にもし鳶雄のことが姫島にバレた時はそれとなく『変革者』が後ろ盾にいることをアピールしておいて! とお願いしておいたわけである。朱雀ならそこらへんは上手いこと誘導してくれるだろう。必要なら、俺と朱雀が表繋がりで友人関係になったことを暴露するのもありだ。五大宗家としても、『変革者(イノベーター)』と交友が持てるのは損ばかりではないはずだから。そうすれば、俺との交渉は朱雀が前面に立ってくれるかもしれないだろう。

 

『でも、私と奏太の関係を表に出すならタイミングが大事ね。今は聖書陣営が『停戦協定』を行ったという歴史的な変換期に、五大宗家も対応に追われているところだから。もう少し情勢が落ち着いてからの方がいいと思うわ』

「わかった、そのあたりは朱雀に任せるよ。『停戦協定』で五大宗家がゴタゴタしているなら、そっちはまだ大変そうなわけか」

『おかげさまでね。でも駒王町が日本の土地だからか、いち早く堕天使側から協定の情報をもらえていた分まだ混乱は抑えられたわ。聖書陣営から協定の内容を正確に聞けていたおかげで、日本側の混乱は最小限にできたもの』

 

 堕天使側は姫島家との騒動で、百鬼(なきり)家に仲裁を頼んだこともあり元々コンタクトが取れるようになっていた。百鬼家を通じて、世界全体に『停戦協定』を周知させる前に五大宗家の重鎮へ情報を流すことで、日本での下地を作っていたわけだ。そこらへんは組織間で色々取引や駆け引きがあっただろうけど、五大宗家と聖書陣営は今後も変わらず不可侵であることを条件に話し合われていたはずだろう。

 

 原作では様々な陣営と手を組み、世界全体での和平を目指していたけど、この時期の日本側はまだまだ頑な姿勢のままのようだ。原作の時期ぐらいには態度も軟化しているかもしれないけど、今は無理に同盟を結ぼうとするのは厳しいだろう。日本のトップである五大宗家にも、いずれ異世界の侵略について話す時が来るだろうし、上手く話ができる機会ができればいいんだけど…。こればっかりは、今後の情勢次第かもな。

 

 

『それで、奏太。朱芭様とは話ができたの?』

「……あぁ、ちゃんと挨拶できたと思う。最後は家族水入らずが一番だろうから」

『そうね…。幾瀬朱芭様にとって、それが一番でしょうから』

 

 姫島朱芭ではなく、幾瀬朱芭としての幸せ。姫島を追放された人達がいつか帰ってこれる場所をつくると決めた朱雀にとって、寿命によってそれが叶わなかった朱芭さんを悔やむ気持ちが感じられる。姫島の人間としての申し訳なさを滲ませた声に、相変わらずだなと俺は肩を竦めた。

 

「朱雀は十分にやれることをやった。俺も……自分に出来ることはできたと思う。だから、託されたものを今度は俺達が次へ繋げていけるように頑張っていくしかないさ。お互いにな」

『……もちろんよ、立ち止まっている暇なんてないもの』

「俺達が立ち止まったら、絶対に朱芭さんに怒られるぜ。鳶雄のためにもしっかりしなさい! って感じに」

『ふふっ、それは確かに気合いをいれないといけないわね』

 

 鳶雄にはめっちゃ甘いからね、朱芭さん。鳶雄の平穏が、わりと俺達の手に委ねられているのも事実だし。朱芭さんの声真似をした俺に、似ていないわよとくすくすと電話越しに笑い声が聞こえた。

 

『そうだわ、奏太。家の方で少し気になる話を耳にしたの。念のためにあなたにも話しておくわ』

「気になる話? 家って、姫島本家からか?」

『姫島だけでなく、五大宗家全体とも言えるわね。身内の恥を晒すようで気が進まないけど、聖書陣営は停戦協定によって敵対勢力やはみ出し者の炙り出しを行おうとしているのでしょう。だから、もしかしたらと思って』

 

 お互いに情報を交換し合っていた際中、不意に朱雀が話を振ってきた。身内の恥というのはわからないが、停戦協定中に和平に納得できない勢力の炙り出しを行うことは事実だ。悪魔、堕天使、天使、魔法使い、人間、もしかしたら他にも台頭してくる勢力があるかもしれない。五大宗家は聖書陣営とは不干渉を築くつもりなら、こちらとは距離を取るだろうと思っていた。

 

『姫島本家が、火の加護を受け継がなかった者を追放してきたのは奏太も知っているでしょう』

「あぁ、もちろん。それがどうかしたのか?」

『姫島以外の家――童門(どうもん)櫛橋(くしはし)真羅(しんら)、百鬼の家でも家にとって不都合…、力があるのに問題があって家を追い出されたはみ出し者はいるの。そして、どうやら自分たちを追放した宗家を見返すためか、不穏な動きを見せているという情報が入ったのよ』

「不穏な動き?」

『詳しくはわからないわ。こちらも今は情報を集めているところだから。本来は五大宗家(こちら)が対処するべきことで、奏太たちには関係ないことかもしれない。でも、一応耳に入れておいてちょうだい』

 

 五大宗家を追放された者たちが徒党を組んで、何かよからぬことを考えている。彼らの標的は自分達を切った五大宗家への復讐だろうけど、普通に彼らと敵対しても返り討ちにあうのが道理だ。なら、その道理を捻じ曲げるために、何かしらの『見返すための力』を求め出す可能性がある。それが、聖書陣営の停戦協定と絡んでくるかもしれないという訳か。

 

 朱雀の言うとおり、本来は五大宗家で解決すべきことで、多分向こうもこっちの介入は望んでいないだろう。けれど、五大宗家のはみ出し者たちがどういった手段を用いるかによって、こちらも警戒は必要だと思う。朱雀もそう考えたから、情報をこちらへ渡してくれたのだろうから。

 

「家…、というか組織もそうだけど、団体が大きくなってくると、やっぱりそういった不穏分子は出てきてしまうものなんだな」

『自業自得…ではあるのでしょうけどね』

「『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』でも、問題行動ばかりを起こすやつは追放することもあるから、五大宗家の判断が全て間違っているとは思わないよ。昔、協会への復讐のために暴れていたはぐれ魔法使いに襲われた経験がある身としては、何とかならないかとは思うけどね」

 

 だからって、問題のあるやつを危険だからって処分するのも違うだろうし、結局は組織の不和を広げないために追い出すことしかできない現状だ。組織の規模が小さいならまだ話し合う機会もあるだろうけど、大規模になってきたら大を守るために小を切り捨てるしかなくなる。しかも、それがその人自身の問題行動の所為で、こちらはさんざん警告しても収まらないのならどうすることもできないだろう。

 

 それで追放されたことで諦めてくれるか、心を入れ替えてくれるのならいいけど、力がある自分を追い出すなんてと逆恨みされて襲ってくるとか…。正臣さんが協会の仕事でよくはぐれ魔法使いと戦っているらしいけど、本当に話が通じないらしい。俺も昔会ったやつは、マジで宇宙人かと思ったからな。変人だらけの協会を追放されるレベルって、よほど危険な思想か行動を取っていないと起こらないんだけどなぁ…。

 

 しかし、もしあの時はぐれ魔法使いに襲われなかったら、俺の『今』はだいぶ変わっていただろうけど。ラヴィニアとは友達になれたかもしれないが、神器のことは隠していたからメフィスト様に保護されるルートはなくなる。そうなると、師匠の下で細々と情報屋活動を頑張っていたんだろうか…。まぁ、だからってはぐれ魔法使いに感謝はしないけどな。死にそうな思いだってしたんだし。

 

「情報の提供ありがとう、朱雀。警戒はしておくよ」

『えぇ、こちらも色々話せてよかったわ』

「おう。あんまり無理はすんなよ」

『そっちこそね』

 

 お互い、何も起こらず平穏に過ごせることが一番だろうけどな。軽い口調で背中を押し合うと、同時に携帯の通話ボタンを切った。協会の部屋に設置してあるベッドに伸びをしながら倒れ込むと、今後に備えて早めに休もうと目を閉じたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「リオー、このチーズパンすごく美味しい!」

「でしょ、ここのハチャプリはパイ生地にもこだわっていて、最高なんスよ! パイ生地やチーズ、卵やバターとどこにでもある食材で作られるからこそ、職人の腕やこだわり、産地の質と機材にどれだけお金をかけられるかも顕著に表れる。地域によって見た目や具材も違うから、食べ比べするのも楽しいんだ」

「むむっ、チーズパンって奥が深い…」

「俺はこの温泉卵入りのヤツが好きだなぁ…。お土産にラヴィニア達の分も買っておこう」

 

 一般人からは小型犬に見える幻影の魔道具を首につけたリンは、歩く食べ歩き観光マップと称されるほどの情報量を持つ少年――デュリオ・ジェズアルドと嬉しそうに感想を言い合っていた。うちの使い魔はドラゴンらしく「食」に興味津々で、さらに俺が甘やかして大金をホイホイ使ってしまうからか、大変グルメに育ってしまった。そのリンを認めさせる味もすごいけど、デュリオの美味しいもの巡りの引き出しもすごい。お前これまで、どんだけ食べ歩いてきたんだよ…。

 

 とりあえず、お土産分のパンも購入しようと財布をごそごそ…している間に、「若、お待ちを」と一言残してスマートに全種類大人買いしてくるおじいちゃん。普段の祭服ではないんだけど、その巨体と厳つさは健在なので、お店の人が俺とおじいちゃんを交互に見ながら恐る恐るパンを渡していた。一つひとつしっかりチェックして、問題がないことを確認して深く頷くとストラーダ猊下はホクホク顔で戻ってきた。

 

「お待たせしました、若。こちらは後ほど、協会宛てに届けさせておきます」

「あ、ありがとうございます、おじいちゃん。あのっ、お金…」

天界()より若のための費用はいただいておりますので、ご心配には及びませんよ。もし他にも気になる物がありましたら、ぜひ声をかけてください」

「おぉー、リアルじいやだ」

「やめなさい、リン。この人は教会のトップで、人類的にも最強のおじいちゃんだからね」

 

 俺も正直そう思っちゃったけど、口に出してはいけません。失礼だし、色々申し訳ないからね。少しずつ春の陽気が感じられる時期となり、午前中にバチカンへ行き、教会での治療を終わらせた俺達はヨーロッパの街を四人で歩いていた。護衛であるデュリオとストラーダ猊下、そして食べ歩きを一緒にしたいと召喚されたリンである。表の街を歩くのに法衣を纏ったまま三人で歩く度胸はなかったので、もちろん普段着に着替えてだ。おじいちゃんはムキムキで、デュリオは美少年だから一般人に溶け込めているかはわからないけど。

 

 いつもなら治療の後は転移で協会まで送ってもらうのだが、午後もそのまま天界関係の用事があったため、護衛ついでに食べ歩きツアーをさせてもらっていたのだ。ちょうどお昼時でもあったしな。以前リーバンとデュリオの三人で鳶雄達のプレゼント探しのついでに食べ歩きをしたけど、相変わらずデュリオのグルメマップには驚かされた。

 

「ふぅ、ご馳走様。それで、これから行くのはおじいちゃんの教え子であるハーフ天使の子(奇跡の子)がいるレグレンツィ家でいいんですよね?」

「うん、俺も初めてお会いするよ」

「レグレンツィ家は、天使である父君が地上に下りてきやすいように人里離れた辺境にあります。そこなら、天使()の方々も若と交流できるのではないかと考えました」

 

 チーズパンを包んでいた紙袋をお店のゴミ箱へ捨て、口元や指などを濡れティッシュで拭いておく。次いでリンを膝に抱っこし、口元を拭いながら今日の予定を確認するために口を開いた。原作ではほんの数行しか登場しなかったが、わりと俺の印象に残っていた人物が奇跡の子――テオドロ・レグレンツィくんだ。年齢的にリーベくんやミリキャスくんの二つほど年上で、原作では十歳ぐらいだと描写されていたと思う。おじいちゃんからいつかとは言われていたけど、まさかこんなに早く会う口実が出来るとは思っていなかったな。

 

 さらに今回は、レグレンツィ一家だけでなくミカエル様達との交流会の日でもあった。あの駒王町での話し合い以降、ミカエル様達とは通信でのやり取りぐらいしかできていない。理由としては、神器症の治療を餌に不意打ちで天使をフィッシュしてしまったため、停戦協定のための準備を急ピッチで進めさせてしまったことがあげられた。天使の皆さんは基本天界に引きこもっていたので、罠を張って誘き出すしか方法がなかったけど、色々申し訳ないことをしたとは今でも思っています。

 

 あと、協定を結んだ後も、天界をまとめたり、次代の神と神の子に向けた下地をつくったり、教会のお偉いさんたちと会議したりと多忙を極めていたこともある。悪魔や堕天使側はある程度準備出来ていた中で、大急ぎで準備するしかなかった天使の皆さん。あのアザゼル先生が、天使の過労を心配したというだけでそのヤバさが分かるだろう。なお心配はしても、堕天使側の治療の時に、俺とのツーショット写真をミカエル様に送り付けて煽るあたりはアザゼル先生である。

 

 天使の方々は普段から天界で仕事をしていて、なかなか地上に下りてくることができない。それに、地上に天使が降臨しただけで教会側は大騒ぎになる。だからといって、駒王町や魔法使いの協会に天使がたびたび降臨というのも体裁が悪いし、天使を崇拝する教会側が不満に思って当然だろう。それなら教会の信徒や周りの目がないところで、時間があった時は交流してはどうかと考えたわけである。

 

「確かに辺境なら人の目を気にせず、天使の方も肩の力を抜いて過ごせそうですね」

「今後も若との交流の場を設けるのなら、定期的に設定しやすい場所を一つ決めておく方がいいでしょう。……それに、これなら以前若が心配されていたレグレンツィ家の安全面も考慮できます。定期的に天使と神の子である若が会合する場となれば、天使側も警護に力を入れてくれるでしょうから」

「あっ、だから…。本当にありがとうございます」

 

 膝の上のリンを降ろし、俺はぺこりと頭を下げる。以前の会談で、おじいちゃんに話していたレグレンツィ一家への『嫌な予感』。原作で教会の戦士達へクーデターを呼びかけ、旗頭になってイッセーたち『D×D』と相対したハーフ天使の少年。両親を悪魔に殺され、良い悪魔がいるとわかっていても、どうしても悪魔そのものが許せないのだと涙を流していた男の子。原作の過去に起こった悲しい事件の一つで、彼の両親……天使の父親と人間の母親が亡くなるということ。だけど、普通に考えればこの事態が異常だとわかる。

 

 まず、悪魔側が偶然一家を発見して、突発的な戦力で天使を討つのは難しいだろう。おそらく計画的に、そして人間の母親を人質にとるなどしたかもしれない。原作でこの事件が和平の障害にならなかった理由を考えると、おそらく一家を襲ったのは『はぐれ悪魔』だった可能性が高い。悪魔にとっても討伐対象だったから、天使としても戦争を回避するために「不幸な事件だった」と収めるしかなかった。もし貴族悪魔や古き悪魔が原因だったら、原作のテオドロくんも悪魔全体ではなく、その家への敵視を強めていただろうから。

 

 そもそも、その悪魔はどうやってレグレンツィ家を捕捉したのか。人目のない辺境ということは、奇跡の子を育てることも考えれば、当然ながら結界などを張って隠れ住んでいたのは間違いない。それに地上の辺境だったからこそ、悪魔に天使が殺されるという不測の事態に陥ったのだろうから。そして何より、どうしてテオドロくん『だけ』は無事だったのか…。原作を楽しむ読者視点では特に気にしていなかったけど、『観測者』として考えれば色々謎が多い事件だと思う。

 

 両親を悪魔に殺された幼い子ども。しかも彼は奇跡の子で、僅か十歳ぐらいで教会の№2の地位に就くことができるほどの才能を持っていた。もし彼が原作のように鬱憤をぶつけるだけじゃなくて、もっと復讐に身を焦がすほどの敵意を持っていたら――。悪魔相手の敵意は天使が堕ちる要素にならないのは、これまでの大戦の歴史が証明している。たぶんストラーダ司祭枢機卿やクリスタルディ助祭枢機卿が止めようとはしてくれただろうけど、下手したら原作にあった教会の戦士たちの鬱憤晴らしでは済まない被害が起きていてもおかしくなかった。

 

 ……嫌な予想だけど、原作で堕天を上手く誤魔化し、和平後に『禍の団(カオス・ブリゲード)』に所属した天使がいたことを思い出される。もしその裏切りを行った天使が、戦争を継続させるために打った布石の一つとして、人間の妻がいるため定期的に地上へ下りることのある仲間を売り、その子どもに悪魔への復讐心を植え付けることだったとしたら――。

 

「…………」

 

 俺はふぅと一先ず息を吐き、静かに頭を振ってあまり悪い方へばかり考えが向かないように気を付けた。実際は、本当に不幸が重なってしまっただけの可能性もある。ミカエル様達もただ護衛を派遣するだけでなく、あえて重要な場所だと複数の天使の目が向くようにしたのも、きっとそういった用心のためだろうから。

 

「……神に仕える方々を疑うなど罰当たりもいいところですが、総督の忠告と若の危惧はもっともだと判断されましたから。「和平」に亀裂を入れるのなら確かに有効的な手であり、裏切りに勘づかれていないのなら『不幸な事故』として処理される可能性も高い。それにこの時期です、警戒はしておくに越したことはありません」

「停戦協定が行われたことで、和平までの間に不穏分子が動くなら狙われる可能性があるからですね」

「レグレンツィ家は和平の推進を進めてくれた家でもあるため、目立ってしまったのは事実です。外敵に目を付けられる理由も十分でしょう」

 

 沈痛な表情で声を潜めて伝えられる内容に、俺もあってほしくない想像だと口元を引き結んだ。原作とは違い、この世界では駒王町の前任者問題後から和平に向けて天界や教会は密かに動き出していた。その活動のためにレグレンツィ家が表だって動いていたのなら、和平推進派として見られていてもおかしくない。つまり、原作の事件は悪魔が原因だったけど、こっちでは別の外敵が生まれている可能性もあるのか。

 

 そういった様々な危惧があったからこそ、それらを考慮してレグレンツィ家が選ばれたとわかった。迅速に対応してくれた天界や猊下に感謝しかない。俺とミカエル様達が交流する場としてレグレンツィ家を使わせてもらうなら、防衛設備も整うだろうし、天使の方々も地上の一家の様子を気にかけてくれるだろう。自分でいうのもアレだけど、俺と相棒は天界陣営にとって要にも等しいのだから。少なくとも、抑止力にはなるはずだ。

 

 

「カナー、難しいお話は終わった?」

「あっ、悪い。デュリオもリンの相手をしてくれてありがとう」

「いいよ、いいよ。リンちゃんとのお菓子談義は面白かったしね」

「リオにいっぱい美味しいお店を教えてもらったから、リンは大満足だよー」

 

 タイミングを見計らって声をかけてくれたリンに、俺はばつが悪くて頬を掻く。それにわかっていると小さく笑ったデュリオは、リンの頭を優しく撫でていた。さすがは年下をいつも相手にしているからか、ドラゴンだろうとデュリオのコミュニケーション能力はばっちりらしい。あと、うちのドラゴンはお菓子で誘拐されないか本当に心配である。

 

 これ以上不安なことばかり話していても仕方がない。今俺達にできることは今後に備えながら、待つことなのだから。それに今からレグレンツィ家へ向かうのに、顔が暗いままだと心配をかけさせてしまう。せっかくお世話になるのだし、ちゃんと切り替えていこう。

 

「よしっ! お家にお邪魔するなら、手土産は必須だよなぁー。菓子折りは当然として、あとは五歳ぐらいの子が喜ぶお土産も用意した方がいいか」

「うーん、テオドロ様へのプレゼントかぁ…。普通に五歳の子が喜ぶものでいいんスよね?」

「えっ、いいと思うけど。天使と人間のハーフでも、子どもであることに変わりはないだろうし」

「えぇ、若からのプレゼントならそれでよろしいかと」

 

 デュリオやおじいちゃんが「様」付けしているように、テオドロくん(奇跡の子)は教会陣営にとっては天上の存在に等しい人物である。彼らにとっては、五歳の幼子でも敬うべき存在なのだろう。そのため、本来ならおじいちゃんぐらい高位の立場の人じゃなければ面会は許されないし、気軽に物をプレゼントすることも難しかった。特に天使は堕天というシステムがあるため、感情の制御が未熟な子どもに変なものは渡せないからだ。そのあたり、俺はある意味で特別枠なので制約はないのだが、俺もそこらへんは気を付けておこう。

 

「……小さい子向けのアニメのDVDはダメかな? 前にリーベくんに『魔法少女マジカル☆レヴィアたん』のDVDセットを渡したら、すごく喜んでくれたから」

「カナたん、教会関係者って現代機器に相当疎いからね。じいさんとかは例外だから」

「デュリオは?」

「美味しい食べ歩き開拓に必要なのは、情報の収集と足と根気だからね。それなりに情報端末なんかは使えないと」

 

 つまり、食べ歩きのために覚えたと。食への探求心がすごすぎないか、天界の切り札(ジョーカー)様は。さすがに冥界の人気アニメは刺激が強すぎるから無理だろうけど、人間界のアニメも難しそうか。

 

「おじいちゃん、テオドロくんって普段はどんな風に過ごしているんですか?」

「ご自身の特殊なお立場故、身近に同年代の子どもはいらっしゃいません。しかし、ご両親に心配をかけまいと光力の修行や勉学に励み、天界へ仕事に向かう父君を見送り、母君をしっかり支えながら二人で神に祈りを捧げる日々を送っております」

「……ほぼほぼ朱乃ちゃん状態じゃねぇか」

 

 思わず小声でツッコんでしまった。天使バージョンであるため色々差異はあるが、ほとんど会ったばかりの朱乃ちゃんと似たような状態だった。種族故に他の子どもと触れあうことができず、お父さんは仕事で家をよくあけるし、お母さんに心配をかけさせまいと健気にお手伝いを頑張る。さらに身の危険から隠れ住まないといけない。堕天という危険があるため、多感な子ども同士を会わせるのは万が一があって難しいのはわかるけど。となると、おじいちゃんがアザゼル先生枠か。思わず遠い目になった。

 

 おじいちゃんとの修行が、テオドロくんにとって唯一の刺激になっていただろうけど、枢機卿として忙しいだろうからそんなに頻繁には来られない。それに、奇跡の子として不安定な子どもに下手な刺激も与えられなかっただろう。そうなると、テオドロくんがある程度分別がつく年頃になるまでは、刺激の多い現代機器も使えないため今の生活を変えるのは難しい。当初の頃の姫島家並みに、環境に対する八方塞がり感が感じられた。

 

 本来ならそんな子どものいる家に部外者(俺達)は呼べないんだけど、システムと繋がっている俺だからこそ許可が出されたって訳か。おじいちゃんやレグレンツィ家のご両親は、今のテオドロくんの状態を何とかしたいと思っていたけど手立てがなかった。そこに、堕天を防げる俺という存在が見つかったことで、警護と合わせてテオドロくんに他者と触れ合う機会を与えてあげたかったのだろう。

 

 そういうことなら、テオドロくんへのお土産は決まったな。

 

「……よし、それなら一緒に遊べるおもちゃセットで決定だ。年下と全力で遊ぶのは慣れているからな」

「一人で遊ぶおもちゃならもうありそうだから…。幼児におすすめなのは、ラケット代わりにもなるフリスビーとかかな、打ち合いもできるし多種多様な遊び方もできるだろうから」

「おっ、デュリオのそれ採用。バトミントンやキャッチボールに良さそうな素材のボールも探さないとな。他にも良いものがあるかもだし、まずはおもちゃ屋へ直行で!」

 

 俺とデュリオで拳を振り上げ、リンもおもちゃ屋に興味津々のようだ。俺達の様子に小さく笑ったおじいちゃんが早速観光マップを広げてくれたので、みんなでおもちゃ屋を探した。見つかったお店に入ると、そこそこ大きいお店のようで大人でも見るだけで楽しめそうな商品が多くて目移りしそうだ。幼児用のおもちゃコーナーの種類にも驚きながら、よりよいプレゼント選びのために俺達は意見を出し合ったのであった。

 

「カナ、ドラゴンの人形も置いてある!」

「そうだな。男の子はドラゴンとか好きだからなぁー」

「見て見て、リンと同じ赤いドラゴンのオブジェもあった!」

「へぇー、そこそこの値段と大きさはするけどカッコいいオブジェだな。西洋系の赤いドラゴンの置物かぁ…」

 

 俺はリンが見つけた赤いドラゴンのオブジェを両手に取って眺める。どうやらリアル寄りに作られているようで、頭から尻尾まで細部のこだわりも感じられてなかなか貫禄がある。男の子とか目を輝かせて喜びそうだ。

 

「うん、買いだな」

「それも天使の子のプレゼントにするの?」

「いや、さすがにこの大きさの物を渡されても困らせるだけだよ。小さい子は怖がっちゃうかもしれないし…。このドラゴンにふさわしい場所を一個思いついたから、ちょっとそこに置かせてもらおうかなって思ったんだ」

「ふさわしい場所?」

「うん、シンボルマーク的な感じで」

 

 後日、駒王町にあるおっぱい教のおっぱいオブジェの上に赤いドラゴンが鎮座された。イッセーくんは目をキラキラさせて大変喜んでくれました。

 

 


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