えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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 ご無沙汰しております、ご心配をおかけしました。更新を待っていただき、本当にありがとうございます。詳しくは活動報告にまた書いておきますが、少しずつ調子を取り戻せるように頑張っていきたいと思います。


第二百五話 弟子

 

 

 

「んー、健康面は特に問題なさそうだな。自覚症状みたいなのは、何かあるか?」

「自覚と言われるようなことは特に…。禁手の際の疲労度は、至る回数が増えるほど減ってきているかな? ってぐらいです」

「あぁー、光力との親和性の数値は徐々に高くなっているな。お前自身が光力を扱えるほどの出力を出すには、もう少し時間がかかりそうだが…」

 

 『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』が経営する病院の一室で、白衣を着たアザゼル先生と俺は向かい合ってカルテを眺めていた。あの初めての教会での治療から二週間ほどが経ち、神器症の治療はすでに四回目となっている。そして、今日は月に二回しかない堕天使側の患者の治療の日だった。堕天使側の患者の治療に関しては、まだ組織内がざわついていることも考えて協会系列の病院に患者を運び込み、そこで治療をすることになっていた。

 

 俺的にはホームでの治療だから楽だったけど、いずれ堕天使側の研究施設にも足を運ぶことになりそうである。組織内が落ち着くまでは、こうしてアザゼル先生かシェムハザさんが俺の身体の診察も一緒に行ってくれているのだ。俺のことや神器について理解してくれている研究者が、今のところトップの二人しかいないからなぁ…。先生達が忙しいのはわかっているけど、新たな神滅具の誕生ということで神器研究を主とする堕天使側の研究者たちのテンションがヤバかったから仕方がないらしい。

 

 教会側は子どもたちの快癒を考えて治療行為そのものを見守ってくれるけど、堕天使側は研究者として新たな神滅具の構造や能力に注目を集めるため、聖書の神様の御子である相棒のことがバレる可能性があった。あと、患者のことは二の次で、研究に焦点を置きかねないヒトもいるため危険だと判断した、と疲れた顔でアザゼル先生が溜め息を吐いていたと思う。

 

 先生自身も俺の禁手をしっかり研究したい欲求はあるみたいだけど、俺に何か危険があったらまずいし、あと天界側がブチ切れかねないと考えたみたい。天使側の俺へのアプローチの重さに、笑いを通り越して頬を引きつらせていたからなぁー。組織全体で動くことが難しい悪魔や堕天使勢力と違い、天使側は俺というか相棒のためなら全戦力を投入してでも動ける大義名分と身軽さがある。ミカエル様に対しては煽るアザゼル先生も、さすがに天界全体を刺激するのはまずいからと慎重にならざるを得なかったようだ。

 

「うーん、光力かぁー。魔の者への特攻効果を持つ不定形の力って感じですよね。槍とか弓矢にしたり、輪っかにして捕縛に使ったりできる…。補助にも使えるらしいけど、俺の場合は相棒や魔法があるからなぁー」

「付け焼き刃の光力を無理して習うより、今のお前なら神滅具の性能を極めた方が強いだろうからな。ミカエルのやつは「光力の扱いをぜひとも教えたい!」と鼻息を荒くしていたが」

「あはははっ…」

 

 確かに光力の訓練をしたいならぜひ! と以前声をかけられたけど、アザゼル先生の言うとおり神器の持つ十個の異能を使えるように訓練する方が優先かと考えて後回しになってしまっている。光力という新しい技術をいずれは習得したいけど、残念ながら俺はそこまで要領がよくないのだ。神器の訓練はアザゼル先生の領分なので、結果的にミカエル様との光力の訓練は当分先になってしまった。

 

 それに「アザゼルに負けた…」と悔しそうに項垂れるミカエル様と、「人徳の差だな!」と高笑いするアザゼル先生。効率の差です。勝手に生徒で勝負しないでください。

 

「うーん、でもせっかく光力が使えるようになるなら、何かに使えたらいいんですけど…」

「使い道なら一応あるだろ。朱乃にいつも頼んでいる光力銃のストックが楽になるとか」

「それはデメリットですね。朱乃ちゃんへ合法的にお小遣いをあげられなくなります」

「せめて雷光の方が強いから、ぐらいの建前を言えよ」

 

 おっと、本音が先に出てしまった。

 

 

「ところで先生、相棒から天使に近づいていくって漠然と聞きましたけど、具体的にどう変化していくのかわかりますか?」

「……具体的にか」

 

 診察が終わって資料をまとめている先生の隣で、ついでに聞いておきたいことを聞いておこうと口を開く。アザゼル先生は何だかんだで忙しいので、こうして顔を合わせて話せるのはこの機会しかない。俺からの質問に、先生は思案気に顎髭を撫でた。

 

「俺も初めての事例だから、確実なことは言えねぇぞ。まぁ、ハーフ天使の様子や元天使の見解からすると、光力や翼がお前に宿る可能性は高いな。あと、肉体もそれに合わせて人間よりは強靭になるはずだ。寿命も延びるだろう」

「……つまり、転生悪魔みたいになる感じですか? 転生悪魔も魔力や翼が宿りますし」

「認識としてはそれに近いだろうな。同時に転生悪魔が聖なるものに弱いという弱点がつくように、お前にも堕天する可能性は出てくるが…」

「堕天かぁ…」

 

 天使にとって堕天することは、種族の根底から変わってしまう出来事なので大変なことである。ただ俺の場合は、元々人間なので天使も堕天使もそこまで違いがないんだよね。……いや、アザゼル先生の同僚になると考えたら絶対に嫌だな。間違いなく扱き使われて、振り回される未来しか見えない。あと、ミカエル様達にガチ泣きされそうである。

 

「まぁ、俺は小心者なので悪いことをする度胸もなければ、誰かを不幸にしたいとも思わないですからね。むしろ、世界を救うために頑張っている俺に堕天する要素なんてない。だから、そこまで気にしなくても大丈夫ってことですよね!」

「…………」

「……なんですか」

「いや、何でもない。悪意の判定って難しいな、と思っただけだ」

 

 何でもないなら、そのチベスナみたいな目はやめてくださいよ。

 

「はぁ…、悪意もそうだが。お前の場合は、もう一つの方に気を付けるべきだろう」

「えっ、もう一つ?」

「エロに弱い」

「エッ――!?」

 

 明け透けなアザゼル先生の言葉に頬が赤くなり、ちょっと噎せてしまった。でも、言われてみれば確かにと思う。天使の子作りの大変さは原作でもしっかり語られていたし、運動会ではそれでアザゼル先生に天使達は揶揄われていた。あと原作で、エロいことを考えたイリナさんが毎回翼を点滅させていたしなぁ…。それにしても、繁殖能力はあるのに種族の特性上堕ちる危険性があるって、改めて思うけど天使って不憫である。勇者以外は約束された賢者・妖精集団ってことだろ。

 

 これは人間から天使になる前に、俺もちゃんと考えるべきだろうか。お、俺だって健全な男子高校生だから、ラブコメに興味がないわけじゃない。ただ日々が忙しすぎて、そういったことを考えている暇がなかっただけで…。うん、思考が完全に仕事に追われている社畜みたいだ、とちょっと思ってしまった。もうすぐ原作のイッセーと同じ年代になるんだし、自分の時間も大事にできるように意識しよう。

 

 さて、先ほどまでアザゼル先生と天使のデメリットについて話していたけど、ぶっちゃけ相棒の存在を考えるとそこまで深刻に考えなくてもいい気がする。俺の表情からそれを察したのか、アザゼル先生も同意だと言わんばかりに頷いていた。

 

「カナタの想像通り、レーシュのやつがいれば弱点にもならないだろう。強制賢者モードに出来る時点で、ハニートラップを仕掛けられてもお前が堕ちる可能性はほぼない。まっ、たとえ堕天のピンチになっても、システムであるレーシュがお前が望まない限りなんとかしちまうだろうがな」

「そうですよね…。ところで、ハニートラップって俺にですか?」

 

 イッセーみたいな冥界の英雄ならわかるけど、俺にハニトラなんかして旨味なんてあるのか? そりゃあ、お金はいっぱいあるし、人脈もいっぱいあるし、地位もあるっちゃあるけど……、あれ? 冷静に考えてみると、俺ってハニトラを仕掛けられてもおかしくないのか。その事実にびっくりである。驚く俺に、先生から呆れたような溜め息を吐かれた。

 

「自覚を持ってくれて何よりだよ。もしお前がハーレム思考とかを持っているようなヤツだったら、こっちも色々動かないといけなかったからな。俺もメフィストもミカエルのやつもかなり安心しているところだよ」

「なんで俺の女性関係で、そこまで上位陣がガタガタするんですか」

「レーシュの望みが、カナタの望むことを第一に考えるからだ。いつの時代も、女で人生を転落させるなんてよくあることだぜ。特にお前の場合は、金銭・人脈・地位、そして奇跡の行使ができる分世界への影響が洒落にならないからな」

 

 えーと、つまり俺が女の子にだらしなくなって、その子のために好き放題したらまずいからってことか。青少年よろしくR指定を全部モザイクにしてしまう今の相棒からは考えられないけど、もし元々俺がハーレム万歳な性格だったら、ここまで厳しくはなかったかもしれない。原作のイッセーのような生活を今の俺ならできるかもしれないが、正直実行に移せるような度胸も精神力もないしなー。ラノベでお約束の修羅場なんてものは、見ているだけで充分である。

 

「まぁ、何にしても。お前は二代目神の子にして、聖書の神の後継者が創り出す最初の天使になる存在。つまり、カナタはこの世界で初めて堕天システムをすり抜けられる次世代でもあるわけだ」

「えっ、はい」

 

 俺のカルテをトントンと軽く叩く先生の言葉に、そうなるのかなと俺も頷く。仰々しい肩書みたいなのはついているが、実際に堕天システムは俺にはあんまり関係ないのは事実。先ほども考えたが、悪意を抱いたり、悪いことをしたりすることも堕天に繋がるけど、俺は悪意を持って誰かを陥れようとしたことはない。悪魔とか言われたり、結果的にやらかしたり、世界平和のためにドライグをおっぱい地獄に堕とす計画は立てていたりするけど……。たぶん大丈夫だよな、うん。

 

「という訳で、ミカエル含め結構周りはお前がつくる子どもに関心を寄せていたりするぞ」

「ごほっ――こ、子どもッ!?」

「カナタにしか興味関心が湧かないシステムも、『カナタの子ども』になら関心を向けてくれるかもしれないって希望だ。過保護で神性には独占欲を見せても、幸いお前の恋愛には寛容そうだからな。カナタもそこら辺は気にしていただろ」

「それは、そうですけど」

 

 俺が禁手に至ったことで相棒を憑依させることができるようになったが、その力が使われた回数はメフィスト様達に能力について説明したあの一回きりだ。俺がいくら「ちょっと外に出てみない?」と促しても、《えー》と普通に嫌がられる。相棒が引きこもり体質なのもあるけど、一番は憑依による俺への負担を考えてだとわかるので俺もあんまり強く言えないのだ。相棒が望むのなら少しぐらいいいのにと思うけど、外との繋がりを相棒自身が望んでいない。

 

 相棒が他に興味を持てば、そりゃあ俺も多少は嫉妬や寂しさみたいな感情は起こるだろうけど、今後のことを考えれば背中を押すべきだって思う。それに万が一俺に何かあった時、相棒にとって拠り所となる存在は必要だろう。俺というより、相棒やこの世界の人達のためにも。今だって俺にしか関心がない状態だしな…。その第一候補が、俺の子どもという訳か。

 

 そう考えると、俺が付き合う相手って為政者側からすれば結構重要じゃないか? 原作のイッセーがハーレム思考だったことはあるけど、周りもそれに許容的だったのは世界の中心的人物である英雄と繋がりが持てるからもあっただろう。転生前も考慮すれば、堕天使・天使・吸血鬼・魔法使い・妖怪など多種多様な種族と交流が持てていた訳だし。

 

「もちろんこれは、こっちが勝手に考えているただの希望的観測だ。無理強いや強要もするつもりはない。一応、そういった事情も考慮してこっちは色々動いているってだけだ」

「はぁ…」

「まっ、あんまりごちゃごちゃ考えすぎるな。お前は自分のやりたいようにやればいい。やらかしはなるべく少なめで頼みたいが…、やらかしたら必ず報告はしろよ」

「やらかすことは前提なんですね…。というか、そんな適当な感じでいいんですか? 自分でいうのもなんですけど、わりと重要な立場ですよね、俺」

「構わねぇよ、お前はそれだけの貢献をしている。だから、それなりの自由も我が儘もこっちは聞いてやるさ」

 

 自分の方に指を差しながら首を傾げると、クツクツと笑いながら頭を勢いよくわしゃわしゃされた。我が儘を聞くって、それってつまり好きな子ができたら遠慮せずに言えってことですかね。派閥とか種族とか関係なく。もっとも、現状の忙しさを考えればゆっくり恋愛を楽しむ時間はないし、俺の特異性を理解してくれる相手じゃないとお互いに不幸になる。あと、相棒も認めてくれるようなヒトじゃないとダメだな、やっぱり。

 

「というか、お前の場合は身近に最有力レベルの候補がいるだろ」

「最有力?」

「ラヴィニアや姫島の姫君、……何だったら朱乃も候補に入るか?」

「小学生の妹をさらっと候補に入れんでくださいっ! あとバラキエルさんにボコボコにされますよ、俺ッ!?」

「幼少期の年の差なんか、数年すれば気にもならなくなるもんだけどな。まぁ朱乃は今のところ冗談だ。だが、前半の二人は十分に可能性はあるんじゃねぇか、青少年? 美人で実力や立場もあって、あと必須スキルであるやらかし耐性もある。ほれ、そこのところをおじさんにちょっと教えろよ」

 

 エロ談義になったら、途端に生き生きしだしたぞこのヒト。さすがは過去にハーレムを作り上げた主だからか、年の差も味だぞとしみじみと語っているし。知りませんよ、少なくとも俺は知らなくてもいい世界だと思っています。ただアザゼル先生の言うとおり、俺の身近にいる女性と言ったらその二人だろう。

 

 それに俺自身、自分の利用価値も一応わかっているつもりだ。敵が俺に手を出そうとしても、護衛や後ろ盾がたくさんいる相手を襲うのは難しい。それなら次に考えるのは、脅しの材料を手に入れることだと思う。俺が家族に警告のために全てを話したように、俺の周囲に目を向けるだろう。その時に『変革者(イノベーター)』の恋人とか狙われるに決まっている。つまり、俺と関係を持つならそれなりの立場と跳ね返せるだけの実力が必要になるわけだ。

 

「いや、そりゃあ…、二人とも美人だからドキッとすることは実際ありますよ? 一緒にいて楽しいですし、好きかって言えば好きですけど…」

「問題でもあるのか?」

「まず、朱雀はそういう対象からナチュラルに外していました。異性だからそこら辺の配慮はしますが、ぶっちゃけ男友達感覚で接しています。向こうも俺を異性としてより、協力者っていうか遠慮せずに接することができる相手という認識だと思いますし。あいつの家って世間体を重視するから、息も詰まるでしょうしね」

 

 そもそも、俺が朱雀と甘い雰囲気になる想像が一切できない件。そこら辺の男より豪胆で苛烈でイケメンな精神面をしている女傑だぞ、あいつ。滝行で濡れ透けボディを俺に見られても、意識すらされず素面で過ごす女に何を期待しろと。誰かに守られるより自分が守りたいと思っているし、それを苦にも思っていない。そういうヤツだから、俺も遠慮せずに接することができる。あと何より、朱乃ちゃんの兄と姉という不動のライバル関係が俺達にはあるのだから。

 

「だいたいあの『姫島』が、魔法使いで、神器持ちで、聖書陣営と関わりの深い俺と次期当主との関係を認めるわけがないでしょう」

「『神依木』の体質は喉から手が出るほど欲しいだろうが、今の『姫島』なら確かに難しいだろうな。だが、今後の世界情勢は大きく変わる。その中心点とも言えるカナタと関係が持てるなら、わりと現実的な選択肢ではあったりするぞ」

「……とりあえず、あいつ相手だと尻に敷かれる未来しか見えないから、今のところは現状維持でいいかと」

 

 男の俺よりイケメン(精神)だし、覚悟完了具合がヤバいし、魔法少女をあっさり受け入れる度量もあるしで、俺が勝っているところを探す方が難しいほどである。まぁ朱雀のさっぱりとした性格は付き合いやすいから、嫉妬とか劣等感みたいなものは感じていないけど。俺より強いヒトが当たり前のようにいる環境で過ごしてきたので、そこらへんのプライド面は折り合いをつけやすい。

 

「ラヴィニアは……天然だし…」

「その一言で集約してやるなよ」

「えーと、その…。ラヴィニアは俺にとって一緒にいて当たり前というか、傍にずっといてほしい人だけど、この関係に急いで答えを見つけなくてもいいかなって。少なくともラヴィニアはそういう目で俺のことを見ていないのはわかっていますし、彼女が望む関係でいたいというか…」

「ヘタレか」

「わかってますよ!」

 

 ラヴィニアと出会ってから、俺がどんだけ天然の猛威を受けてきたと思っているんですかっ! 軽く涙すら出ますよ、本気で! ラヴィニアは幼少期から魔法使いとして裏の世界で過ごしていて、周りは研究職や年上の同僚ばかりの環境。親しい同年代の友人も俺が初めてで、ようやく普通の子どもらしい感性を育てることができたのだ。姉やクレーリアさんのおかげで多少は女の子らしい情緒は芽生えているみたいだけど、そのあたりは男の俺が干渉するのは難しいところである。

 

「それに、……前にアザゼル先生も言っていましたよね。ラヴィニアは俺に依存しているところがあるって。俺と一緒にいるためなら、彼女は自分の気持ちを後回しにして俺が望む関係になろうとすると思うんです。それは、やっぱり違うかなと」

「依存も立派な恋愛のスパイスだぜ?」

「はいはい。……俺が望むのは、ラヴィニアの幸せです。彼女が俺を必要とする気持ちに答えが出てからでも遅くはないでしょう。俺は友達として、パートナーとして、妹のようにラヴィニアを思っています。今の俺達の関係は、それぐらいがちょうどいいと考えています」

「お前って、わりと難儀な性格をしているもんだな。欲望に忠実なおじさんとしては、もうちょっとぐらいガツガツ行っても罰は当たらんと思うぞ」

 

 先生からの呆れた様な視線に、自覚はあるのでそっと目を逸らしておいた。俺だって面倒な性分だと思うけど、年下の女の子に無体な真似はできない。年上の大人のお姉さんなら素直にドキドキできるけど、自分より年下だとやっぱり責任とかは年上が負うべきだと思うのだ。特に恋愛とかは女性の方が色々と負担が大きいと姉ちゃんに力説されたしな。なお姉に彼氏はまだいないが、そこをツッコむと怒られる。理不尽だ。

 

 

「そうだ、午後は幾瀬家へ顔を出すんだったか?」

「はい。今日の予定は俺の負担を考えて、堕天使側の治療のみに設定してくれたので。久々に自由に過ごせます」

「神器症の治療だけでも負担がある中、協会の仕事や治療もこなしているんだろう。しっかり休めているのか?」

「そこはメフィスト様と相談しながら気を付けていますよ。ただこれまでのお得意様を無下にはできないですし、魔法使いのみんなにもお世話になっていますから」

 

 ふいに思い出したように告げたアザゼル先生の言葉に、俺はこくりと頷いておく。禁手に至り、天使に近づいている俺の体調を心配してか、わりと先生からこういう質問が増えていた。意外と心配性、と最初は思ったが元々世話好きなヒトだったし、聖書陣営が停戦協定を結ぶために俺の異能や立場を利用したと感じている部分もあるらしい。俺は納得済みだし、神器症の治療は俺も望んだことだから気に病まなくてもいいんだけどな。

 

 最低でも週に二回、神器症の治療を行うことになったため、協会の仕事の量は当然ながら減らすしかない。それでも、これまでずっと続けていた仕事だし、研究大好きな魔法使いさん達に感謝もされていたから、いきなりやめるのは協会が大混乱してしまうし、俺も申し訳なく感じてしまう。だから、メフィスト様にも続けさせてほしいとお願いをしたのだ。無理はしないことと、自分の時間は大切にしなさいと肩を竦められたけど。

 

「……ふむ」

「先生?」

「カナタ。率直に聞くが、お前は『狗』をどうするつもりなんだ?」

「どうするって…。俺が勝手に決められる訳ないじゃないですか」

「お前も理解しているだろうが、幾瀬鳶雄がずっと一般人のままで過ごすことは不可能だ。成長するにつれ神器のオーラは高まるだろうし、封印も徐々に弱まっていく。元一般人の神滅具持ちで、姫島宗家の血筋を持つ人間。……『狗』の保護者も、もう長くないんだろう」

 

 疑問形ではなく、確信をもって告げられる声音に俺は唇を噤む。神滅具一個で事象を歪ませることができ、暴走すれば街一つぐらいなら簡単に消し飛ばせるようなものが野放しになる。戦力として考えても、間違いなく魅力的に映るだろう。彼の能力が悪用されないためにも、後ろ盾は間違いなく必要だと思う。

 

 原作では『神の子を見張る者(グリゴリ)』に所属していたけど、こっちの世界でも同じようになるのかな。それとも、停戦協定を結べたんだし、神器所有者のための組織に保護することになるんだろうか。俺としては、鳶雄が望む進路を斡旋してあげたい気持ちの方が強いだろう。

 

「えっと、保護することになりますかね?」

「どこに?」

「どこって…。アザゼル先生は、自分の組織に鳶雄を誘おうとは思わないんですか?」

「『黒刃の狗神(ケイニス・リュカオン)』に興味はあるが、アレはかなり曰く付きの神滅具だからな…。そもそもお前が特別目をかけている時点で、組織に保護するなんてめんどくさいんだよ」

「えっ? 何で俺が気にかけたら、めんどくさいんですか」

「組織のために、幾瀬鳶雄に危険な任務を与えることをお前は許容できるか?」

「…………」

 

 思わず、黙ってしまった。鳶雄は元一般人だから、という気持ちはあるがそんなの裏の世界では通じない。俺のように、段階を踏んで裏の世界に慣れさせてくれるような環境の方が珍しいのだ。鳶雄にできるだけ危ない目にあってほしくないと思うのは、俺の我が儘である。当然俺は鳶雄が裏の世界に入ったら世話を焼くだろうし、アザゼル先生が言うような面倒な頼み事だってしてしまうかもしれない。

 

「カナタ、お前が望むなら『俺』は出来る限り要望を叶えてやりたいと思う。それだけの『貸し』が、俺にはあるからだ」

「貸し?」

「停戦協定のこともそうだが、姫島本家が雇った術者たちを撃退したのはお前だ。あの時は情けないが、油断して後手に回っちまった。お前が動いてくれたおかげで朱璃と朱乃も無事で、姫島との交渉も上手くいったからな」

 

 えっ、それって『貸し』扱いだったんですか? 俺の中では防衛して当たり前の認識だったんだけど。俺だって姫島一家にはお世話になっていたし。だがそこは否定しても、先生自身が恩に感じているというのなら受け入れるしかないだろう。そこは個人の気持ちなんだし。しかし、堕天使の総督に個人的に貸しを作っているって、普通に考えてとんでもないな。

 

「さらに言えば、魔王共も『貸し』がある。駒王町の前任者問題に、レーティングゲームの正常化へのきっかけ、ネビロス家の闇の発掘に、将来的には『眠りの病』の研究だ。十分すぎるほどの対価をお前は悪魔側に払っちまっている。お前がどう思おうとな」

「俺としては、ご迷惑をいっぱいかけた心情なんですが」

「前提を考えろ、本来なら魔王や悪魔の手で解決するべき厄介事だ。お前の言う迷惑は、悪魔にとっては当然のことなんだよ」

 

 俺の功績を表明するのは古き悪魔達に目を付けられかねないから、全部秘密裏に返してもらっている。アジュカ様達が何だかんだで俺に甘いのは、こういった恩義を彼らが感じているからだろうことはわかっていた。俺としてはもう十分にお世話になっているつもりなんだけど、向こうはまだ対価を払いきれていないと思っているかもしれないのか。

 

「天使の方は、……カナタが『お願い』したら全身全霊をもって叶えようとするだろうな。冗談抜きで」

「そこは、……はい。常日頃から何か困っていることはないですか? ってキラキラした目で見つめられるので」

 

 バレンタインの時なんて、俺が「チョコ食べたいな」って呟いた言葉を拾った天界陣営によって、世界中の信徒たちを総動員してチョコを献上させようとしていましたからね。俺に食べてもらおうと天使達による手作りチョコ教室が開催され、日夜熾烈なチョコ作りに励んでいたって聞いた時は、思わず「暇なのっ!?」とツッコミかけたよ。天使長のエプロン姿に威厳が行方不明だし、武闘派天使達の筋肉エプロンに言葉を失ったし、ガブリエル様のけしからんエプロンは最高でした。

 

 わかっていたつもりだけど、天使の皆さん落ち着いてよ…。悪魔や堕天使に比べて、俺との関わりに六年以上の遅れがあるから焦るのはわかる。俺が魔法使いだったこともあって、教会との元敵対関係も気が気じゃなかっただろう。だけどさ、何で毎回全力100%しか選択肢がないの!? あと、ツッコミをしてくれるヒトが誰もいないんだっ! 超ゴーイングマイウェイの悪魔と堕天使陣営にだって、アジュカ様やシェムハザさんというストッパーがいてくれるのにさ…。

 

 教会の信徒や天使って、その性質上非常に純粋で献身的である。天使は神の手足として仕えるために生み出され、堕天という物理的な罰があった。信徒は祈りの強さがそのまま強さに変わることもある。だから種族や特性的に、奉仕精神が高く忠義に厚い。これまで天使の皆さんが捧げてきた献身は、全て親である聖書の神様に向けられていた。その矛先が失われてしまって久しく、ようやく新たな拠り所である俺達が現れたことで、接し方がバグってしまったのだろう。

 

「本来、天使の皆さんがめっちゃお世話をしたい相棒が、超絶な引きこもりですからね。窓口の俺に気持ちが向かってしまうのは、理解していますけど…。善意って難しいものですね」

「…………」

 

 だから、そのチベスナみたいな目はやめてくださいって。

 

 

「話を戻すが、総合するとお前は俺達(聖書陣営)に対してそこそこの我が儘は言えるわけだ。代表的なもので言えば、お前がトップをやっているクリーチャー組織の後ろ盾みたいにな」

「はい、そこはお世話になっています。えっと…、つまり先生は何が言いたいんですか?」

「率直に、幾瀬鳶雄の次の保護者、後ろ盾はお前がやればいいって話だ。『狗』の一匹ぐらいなら、お前の我が儘で手元に置いても許してやるぞ」

「はっ――?」

 

 アザゼル先生の言葉に、一瞬理解が追いつかなかった。だってそれってつまり、神滅具という神をも殺す具現を、一個人が所有しても構わないって意味と同じだったからだ。原作でだって、組織という首輪を神滅具の所有者には付けられていた。唯一個人で所有が認められた、というか周りに認めさせたのは、帝釈天(たいしゃくてん)であるインドラぐらいだろう。彼はインド神話と仏教の双方に影響力を持つ神仏だったから、ほぼほぼ一勢力として見られていたけど。

 

 つまりそれだけの勢力を持つ者じゃなければ、神滅具なんて危険な存在を御しきれないのだ。一個人が自由に使える神殺しの矛なんて周りから警戒されて当然だし、所有者を制御できなかったら世界に被害しか生まない。いくら多方面に『貸し』があるからって、人間の子どもにポンッと与えていいものじゃないだろう。

 

「もちろん、通常なら認めることは厳しいだろうな。だが、『狗』と最も信頼関係を結べているのはお前で、俺達もお前なら世界に悪影響を及ぼすような使い方はしないだろうと確信できる。そして能力の方向性も『概念消滅』と『概念切断』で非常に似通っているため、実力を伸ばす点でも問題ないだろう。万が一『狗』が暴走しても、神器システムの制御面を担うレーシュが黙ってはいないだろうからな」

「俺が保護するって、魔法少女組織と同じで俺の個人戦力として扱っていいってことですか?」

「言い換えればそうなる。もちろん、どこかの組織に『貸し出す』ことは可能だな。グリンダという保護者がいたラヴィニアが、『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の魔法使いとして『仮』所属していた最初の頃のように。幾瀬鳶雄が望む場所を与えながら、最終的な権限はカナタが持つって感じだ」

 

 つまり、鳶雄の望む組織に斡旋することもでき、尚且つその組織に『貸し出している』だけだから、危険な目にあわないように俺から口添えもできるって訳か。組織としては『黒刃の狗神(ケイニス・リュカオン)』の力を使うことができるメリットはあるけど、お客さん扱いだから無理な任務や仕事はさせられない。鳶雄が裏の世界で生きるのが辛そうなら、俺の手元に戻すこともできる。

 

『奏太さんが求める私の持つ技術を、あなたへ託します。私が生涯を懸けて築いた秘術の全てです。そしてあなたに求める対価は、……たとえ鳶雄が『ヒト』を終えることになったとしても、どうかあの子の傍にいてあげてほしいことです』

 

 それは仮初でしかなかったとしても、朱芭さんが望む『平穏』を鳶雄に与えてやれるかもしれない。今後の世界情勢を考えれば、原作で『神の子を見張る者(グリゴリ)』のエージェントになる鳶雄の才能は惜しいものだろう。裏の世界で生きることは、生半可な思いでは務まらない。それでも――

 

『あの子がいずれ裏に関わるのは、避けられないでしょう。世界の大きな流れに飲み込まれるのも、きっと…。これから先の未来で辛くて、悲しい思いだってたくさんすると思う。だけど、それに負けることなく鳶雄には自分自身の足で未来を切り開いていってほしいの』

『朱芭さん…』

『笑っていてほしい。喜びを分かち合ってほしい。喧嘩だっていっぱいしたっていい。だから、どうか幸せに生きてほしい。そのためなら、あの子に少しでも残せるものが私にまだあるのなら、それを託して逝きたいわ』

 

 弟子として、恩師の最後の願いを叶えてあげたいと思う気持ちに嘘はつけない。これは、鳶雄のためなんて言えない。だけど、俺の我が儘一つで通せる道があるというのなら…。

 

 

「……朱芭さんに聞いてみます。鳶雄の今後を」

「あぁ、それがいいだろう。あんまり思い詰め過ぎるなよ」

「はい、ありがとうございます」

 

 ぺこりと頭を下げる俺に、先生は仕方がなさそうに小さく笑っていた。自分のことでさえ満足にできているかわからないのに、さらに人一人分の人生の責任を負えるのかはわからない。だけど、それで俺の手から離れた鳶雄に何かあったら、それこそ後悔に押し潰されるだろう。朱芭さんは俺の全てを受け入れてくれた人だ。だから俺も、彼女の願いの全てを受け止めてあげたいと思っている。

 

 たとえ朱芭さんが、そこまで俺に望んでいないのだとしても…。それぐらいしか、死期の近い彼女に俺が返せるものなんてないんだから。

 

 

 

――――――

 

 

 

「あら、奏太兄さま。お久しぶりです、最近は仕事でお忙しくされていましたが体調はいかがですか? せっかくの鳶雄兄さまたちのお祝いなので、今日は(わたくし)も腕によりをかけて作りますわね」

「……あ、朱乃ちゃんに、妹に、敬語を使われた…。これが父や兄がいずれ通るとされる、思春期の成長だとでもいうのか……。ダメだ、心が折れた。引きこもろう」

「えっ、に、兄さま違うのっ! 私だってもうすぐ中学生で、堕天使の代表として表に出るから、いつまでも子どもっぽくいるのは恥ずかしいかなと思って…。だから、口調や雰囲気だけでも尊敬する母さまや姉さまの真似をしてみようと練習していただけなのっ……!」

 

 アザゼル先生の健診から魔方陣の転移で陵空地域へとジャンプした俺は、途中まで護衛としてついてきてくれた先生にお礼を言って、幾瀬家のチャイムを鳴らした。そこで迎えてくれたのは、駒王町の探検ツアー以降からなかなか時間が合わなかったため、久しぶりに顔を合わせた朱乃ちゃんだった。教会への治療やら何やらでここしばらくは忙しかったから、兄として愛想をつかされちゃったのかとショックを受けかけたよ。

 

 俺は気にしていなかったけど、そういえば原作でも『姫島朱乃』と言えば、大和撫子であらあらが口癖な敬語キャラだった。元々朱璃さんの影響もあって丁寧で優しい子だったけど、周りに甘えたいお年頃だったこともあり、多少幼い印象はあっただろう。幼少期に我慢させ続けた反動で、大人たちの方が自重を外すのが早かった。実際、みんなで朱乃ちゃんを全力で甘やかしてきたからな!

 

 というわけで、リアスちゃん達という同年代の友達ができたことにより、他者から見られる自分というのを考えるようになったらしい。思えば、リアスちゃんとソーナちゃんは貴族令嬢だから、お淑やかで上品だったし、気品にも溢れていたもんな。これまで朱乃ちゃんは、言ってしまえば身内だけの付き合いしかしてこなかったから、外向きの口調とかを練習中なのだろう。あわあわしている朱乃ちゃんに癒されました。

 

「それにね、リアスやソーナは日本が好きでしょ。堕天使とか関係なく、日本人として私を見てくれる二人だから、私もそれに合わせてみたいなって思ったの。私も母さま達みたいな素敵な女性になりたいって思っていたから」

「そっか、確かに練習するなら身内の方がやりやすいか。しかし、朱璃さんはわかるけど、朱雀って見た目と口調だけ大和撫子詐欺なやつだぞ。初手で燃やす、っていう選択肢を選んでくるのはあいつぐらいだし。果たして朱乃ちゃんの参考にしていいものか…」

「兄さま、姉さまは兄さま以外には間違いなく大和撫子だよ…」

 

 俺には特大の猫を被っているようにしか見えないのに。解せぬ。

 

「二人とも、玄関先で話していないで早く入ってきなさい。鳶雄や朱璃さんも買い物からもうすぐ帰ってくるわ」

「あっ、はい、朱芭おばあさま」

 

 玄関で話し込んでいた俺と朱乃ちゃんに呆れた様な視線を向ける小柄な女性――幾瀬朱芭さん。白髪を後ろにまとめ、お年寄りとは思えないピシッとした姿勢ながら、優し気な目元が雰囲気を柔らかくしている。朱乃ちゃんはぺこりと頭を下げると、料理の続きをするためかリビングへと戻り、俺はいそいそと靴を脱いでお邪魔させてもらった。

 

 どうやら買い物へ行く朱璃さんの荷物持ちとして、鳶雄が率先して手伝いに行ったらしい。さすがはブラウニー、自分のお祝いなのに女性に対する紳士さを忘れない。俺はお土産を朱芭さんに見せ、リビングまで持って行く。すると、弟子として培ってきた勘から、朱芭さんが俺に話がありそうだと察して畳のある部屋へと一緒に連れだった。

 

「正月ぶりね、奏太さん。色々と情勢が変わって目まぐるしくなったけど、無理はしていないかしら?」

「はい、大丈夫です。みんなから心配されて、何だか気恥ずかしいですね」

「それだけあなたが、無理をしていないのか気にしているのよ。あなたは多少のことなら大丈夫って考えて、笑顔で誤魔化そうとするところがあるでしょう。肝心なところで聞き分けもいいから、溜め込んだものは意識して吐き出しなさいね」

「そう、ですか?」

「えぇ、そうよ。自覚しなさい」

 

 容赦なくバシッと言い放つ恩師に、俺はばつが悪くて後ろ手に頭を掻く。朱芭さんは魂を扱う術に長けているからか、よく人を見ていると思う。こうして見透かされるように注意をされてしまうと、俺自身もまだまだだと感じてしまった。前回の正月は、鳶雄や東城やラヴィニア、姉ちゃんや姫島一家もいたから賑やかだったけど、今この空間にいるのは俺と朱芭さんだけ。正座をして姿勢を正すと、朱芭さんが入れてくれたお茶をいただいた。

 

「朱芭さんは、体調の方は……?」

「大丈夫よ、……と言いたいところだけど。少し歩くだけで息が上がっちゃってね、最近は鳶雄を誤魔化すことも難しくなってきてしまったわ。あの子には、最後まで元気な姿を見せて逝きたいから気合いをいれているけどね」

「それ、無理していません?」

「鳶雄の記憶に残る私が弱ったままなんて、私自身が許せないもの。朱璃さんには迷惑をかけてしまっているけど、私の我が儘を聞いてもらっているわ」

 

 口元に手を当て、ふふふと微笑む朱芭さん。それが彼女らしくて、俺もつられて笑ってしまう。本当に、最初に出会った頃から変わらない人だ。逞しくて、優しくて、そして誰よりも強くて。自分にも他人にも厳しい俺の恩師。なお、鳶雄(身内)には激甘である。

 

「ありがとう、心配してくれて」

「当然ですよ」

「そうだわ、今のうちにあなたに渡しておきたいものが色々あるの。家の整理をしていて、使えそうな呪具やお(まじな)いをまた見つけてね」

「もう十分にもらいましたけど。……まぁ継承できるのは俺ぐらいなので、遠慮なくもらっておきます」

 

 もし金銭に換算すれば、間違いなく目が飛び出るだろう高価な呪具の数々。姫島から出る時に、朱芭さんの師匠に当たる人が色々便宜を図って譲ってくれた品々もあった。さすがは日本古来より国を支えてきた一族が使っていた道具だからか、存在感のある強いオーラを感じた。そんな大切なものまでいいのかと思ったけど、俺が使わなければ埃をかぶって忘れ去られていくだけの道具だ。大切に使わせてもらおう。

 

「あとはそうね、これはもし渡せる機会があればだけど」

「手紙……ですか?」

「さっき話した私の師匠、五代宗家の長老宛よ。もちろん、会う機会があればでいいわ。でも、あなたならいずれ五大宗家とも縁を結べそうだと思ってね」

 

 申し訳なさそうに手渡されたのは、真っ白な封筒に入った少し厚めの手紙だった。表には、ただ一言『あなたの弟子より』と書かれている。姫島を追放された身であることを考えて、あえて名前は書かなかったのだろう。それでも、その字に籠められた師への気持ちが感じられるようだった。

 

「あの人は姫島出身で最後まで私の身を案じて、ずっと心配をかけてしまったから…。最後に見た記憶も、姫島の決定を覆せなかったことを悔いて、謝罪を繰り返していたわ。楽しかった記憶はたくさんあるはずなのに、師匠のことを思い出すといつも最後の泣き顔ばかりが記憶に焼き付いて離れないのよ」

 

 寂しそうに告げる朱芭さんの表情を見て、彼女が最後まで弱った姿を見せないように努めていた理由を何となく察することができた。それだけ朱芭さんの記憶に強くこびり付いて離れなかったのだろう。大切な師との最後の思い出が。その師匠さんは朱芭さんより年上だが、非常に長命な方らしい。なら、確かに俺ならいつか渡せる機会があるかもしれないだろう。

 

「だから、せめて安心させてあげたいの。私はちゃんと幸せな人生を歩めたと。それは間違いなく、(あなた)の教えのおかげでもあったって。だから、もしまだあの時のことを悔やんでいるのなら、どうかもう自分を責めないであげてと伝えたかった」

「朱芭さん…」

「ふふっ。だって私も弟子を持つ師匠ですもの。なら、弟子として師の幸せを願う気持ちは、いつまでだって変わらないわ。弟子(あなた)が私の気持ちを軽くしてくれたように、弟子()も師の気持ちを軽くしたい。あなたに頼むしかないのが、申し訳ないけれどね」

「いえ、朱芭さんの師匠なら俺にとっても無関係じゃないですから。孫弟子として、しっかり届けてみせますよ」

 

 本当なら朱雀に頼むのが一番確実だろうけど、これは朱芭さんの弟子である俺自身の手で届けたいと思った。五代宗家の長老になんて、いつ出会える機会があるのか全く分からないけど…。それでも、俺が届けるべきだと感じた。朱芭さんもそう思ったから、朱雀にじゃなくて俺に直接この手紙を手渡したんだと思うから。

 

「あぁ、そうだ。朱芭さん、俺の方からも実は相談したいと思っていたことがありまして」

「あら、何かしら。出来れば胃に優しい内容だと非常にありがたいのだけど」

「た、たぶん大丈夫ですよ? うん、きっと…」

 

 朱芭さんからの手紙を大切にしまい込み、この機会を逃さないように俺も話しておくべきことは話そうと思う。鳶雄の今後のことを相談したり、原作知識を交えたこれからの未来を予想したり、ドライグを計画的におっぱいに沈める算段とかを話したり、必要なことはたくさんある。

 

 そうして、今度は朱芭さんから習ったお茶を俺が披露して厳しいコメントをもらいながら、師弟の穏やかな時間が流れていった。

 

 


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