えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二百三話 立場

 

 

 

 ドタバタだった駒王町の探検ツアーから、数日が過ぎた頃。後輩たちは一年後の再会を約束し、それぞれが自分の道を進むために邁進することになった。先日、イギリスへと旅立ったイリナちゃんをみんなで見送り、リアスちゃんはご両親に黒歌を眷属にしたいことを話して修行に打ち込んでいるようだ。朱乃ちゃんも教官との訓練に勤しみながら、日本好きのリアスちゃん達にもっと色々教えてあげたいと、朱璃さんに教えを受けているらしい。

 

 そんなわけで、子どもたちは目標をもって残り一年を有意義に過ごせそうだし、探索ツアーが無事に成功して何よりである。幼い少女達にとっては重要な一年だろうけど、魔法少女やらおっぱいやら駒王町の洗礼を立派に乗り越えられたんだし、きっと彼女たちなら素晴らしい管理者になれることだろう。俺も力になれることは、しっかり応援していこうと思う。

 

 そうして、聖書陣営が停戦協定をした新年から始まり、新たな神滅具の誕生に賑わっていた裏世界が多少落ち着きだしてしばらく経った頃。これまで悪魔、堕天使と関わってきた俺自身の行動にも、ついに新たな変化が始まったのであった。

 

「白い…」

「純白に白銀色の刺繍に、緑の装飾…」

「これは、見事な祭服だね。白はキリスト教で「喜び」や「栄光」を意味し、神の子の復活を祝うお祭りではよく使われる色なんだ。緑は「希望」や「発展」を表して、聖枝祭(せいしさい)でもよく使われる色だったはずだよ。キリスト教には様々な教派があるけど、このつくりならどこでも大丈夫そうだね」

 

 天界から協会宛てに届いた礼装の箱を開けて感じた印象が、まさにこんな感じだった。協会でいつも使っている魔法使い用の灰色の衣装もなかなか上等なものだと思っていたけど、天界から送られてきた衣装は見た瞬間から神々しさすら感じてしまう光沢を放っていた。恐る恐る触ってみると、どうやら教会の錬金術が施されているようで、見た目とは違って汚れに強く、防護としての役割もあり、それなりに軽いようだ。これ、絶対にすごいお金や技術がかかっているだろ…。

 

「えっ、これを俺が着るの? 明らかに見ただけで、教会のお偉いさんみたいな雰囲気になりそうなんだけど…」

「でも相棒くんのことを考えたら、実際に教会での奏太くんの立場って偉いというか、……代えの効かない最重要人物そのものだよね」

「将来的には、天界の次期トップ候補とその神の子のようなポジションですからね…」

「宗教観がほとんどない人間に任せていいポジションじゃねぇ…」

 

 元教会出身の正臣さんとラヴィニアに正論を言われながらも、俺個人としては何とも言えない気分になる。日本人気質というか、主に神道、仏教、キリスト教の良いとこどりだけしてのほほんと暮らしてきた人間に、一大信仰宗教の偉い立場を渡されても戸惑いしかない。不相応だとどうしても感じてしまうし、真剣にお祈りをしている信徒たちに申し訳ない気持ちになってしまうのだ。次代の神候補である相棒を信頼(信仰)しているという点では、間違ってはいないかもしれないけどさ…。

 

 ラヴィニア達は、異世界のことや聖書の神様の死に関しては知らないけど、それ以外の重要な部分はあらかた理解している。相棒の正体も知っているので、天界側が慎重になるのは納得しているらしい。それでも、俺への態度がこれまでと変わらないのは、ありがたいことである。一応、メフィスト様からプライベートならいいけど、公の場では改めるようにとは言われているみたいだけど。

 

「治療のために教会へ行く用の服が欲しいとお願いしたら、まさかこんなことになるとは」

「では、返品をお願いしますか?」

「いや、しないけどさ…。こっちからお願いして現物まで用意してもらったのに断るとか申し訳ないし。ただ、天使の皆さんからの好意が重い……」

 

 悪魔陣営や堕天使陣営からの俺の扱いが、わりと雑というか、程よく適当なおかげで神滅具に覚醒してからも、そこまで肩肘を張らなくてよかったのだが、天界や教会陣営からの扱いは本当に緊張してしまう。彼らの視点からすれば、相棒はまさに救世主だろう。亡き神の後を唯一継ぐことができる存在であり、俺はその声を唯一届けられる立場だ。そりゃあ、丁重に扱うだろう。俺が彼らの立場だったら、同じようにすると思う。俺自身はまだ困惑の気持ちの方が大きいけど…。

 

 俺の部屋に届いた荷物の開封を手伝うために来てくれた、ラヴィニアと正臣さんを前に溜め息を吐くわけにもいかず、とりあえず試着するかと手を伸ばしてみる。上等な生地の触り心地に勿体ないような気分になるけど、俺のために作ってもらった一点ものらしいので着ない方が失礼に当たるだろう。実際、服を用意してくれたのはありがたいことだし、豪華さはともかくデザインはわりと好みだった。

 

 これまでの俺の礼服って魔法使い用か、一般的なスーツぐらいしか持っていなかったので、今後教会でも活動できる服は欲しいと思っていたのだ。いつもの魔法使い用のローブを着て、魔法使いに敵意を持つ教会を歩いたりしたら、間違いなく絡まれるし。神器症の治療のために教会へ行く必要があった俺は、そのあたりの悩みを教会出身のデュリオに聞いてみたのだ。こういうことは、本場の人に聞くのが一番だろうしな。

 

 そんな軽い気持ちだったのに、まさかその次の日にミカエル様から直々に「私たちが最高の物を用意しましょう!」と返信が送られてくるとは思っていなかったけど。デュリオから服の相談を受けたおじいちゃん経由で天界に伝わったようで、俺からの初めての依頼に飛びつく様な勢いだったらしい。デュリオから「なんかごめん…」とたじたじに謝られたけど、トップが動いちゃったのなら仕方がない。おじいちゃんも俺の衣装選びにノリノリだったみたいだし…。

 

 四大熾天使達が急遽集まって緊急会議を開き、俺の祭服をどうするかで揉めたという情報に一抹の不安を覚えながらも、教会用の服をお願いして待つしかなかった数日。超特急で仕上げたにしては気合のこもった服に気後れしながらも、正臣さんに手伝ってもらいながらなんとか着替えることができた。袖も裾もぴったりだし、ミトラと呼ばれる冠も被ってみる。鏡で見てみたけど、完全に聖職者って感じだった。

 

「服と一緒に送られてきた手紙からは、普段着用の祭服の一つとのことなので、教派ごとの儀礼用のものも後日届けますとのことです」

「えっ、これ以上があるのっ!?」

「教派によって用いる形状は異なるからね。手紙を読んでみたけど、奏太くんが恐縮するからって必要最低限なものでまとめてくれているみたいだよ」

「カ、カルチャーショック過ぎる…」

 

 もうこれ一着で十分じゃん、と思ってしまう俺の方がおかしいのだろうか。悪魔貴族のしきたりもだいぶ面倒だと感じたけど、教会もなかなか馴染むのに苦労しそうだ。聖書陣営の中で堕天使陣営だけはしきたりとかほとんどないところを見ると、アザゼル先生もきっと面倒くさいと思って放り投げたのだろう姿が目に浮ぶ。たぶん天使時代に、ミカエル様にしきたりとかでめっちゃ注意されていたんだろうなぁ…。

 

 キリスト教は同じ神様を信仰しながら、様々な教派に枝分かれしている。まず有名なところだと、「正教会(東方教会)」と「西方教会」に分かれていたはずだ。大昔のローマ帝国がキリスト教を国教にしていたんだけど、国が東西に分裂したことによって、教えもそのまま東と西で分裂してしまった経緯だと聞いている。やがて東西の教会は別々の教義を掲げることになり、それによってお互いに「お前のはキリスト教じゃねぇ!」と喧嘩が起き、「大シスマ」と呼ばれる完全な訣別に発展したようだ。

 

 その中で、さらに「西方教会」は大きく二つに分かれている。イリナちゃんや紫藤さんが所属しているプロテスタント。ゼノヴィアさんやグリゼルダさん(ゼノヴィアさんのお姉さん)が所属しているカトリックだ。プロテスタントは聖職者のことを「牧師」といい、教会には十字架などが飾られている。カトリックは聖職者を「神父」と呼んで、教会にキリスト像やマリア像が飾られているとか聞いたことがあった。そう考えると、原作のフリードは不良神父って呼ばれていたから、元はローマかカトリックだったのかもしれないな…。

 

 世界史の授業で習った程度の知識でしかないけど、とりあえず、教義の違いによって教会の中でも勢力が分かれているという認識でいいだろう。一応同じ組織ということで、時々別々の宗派同士で任務に当たることもあるそうだけど、普段は同じ宗派同士でチームやコンビを組むことが多いらしい。ちなみに、教会全体の戦士を示す時は、ヴァチカンの戦士という言い方をされているそうだ。デュリオは教会という一括りで捉えているところがあるから割と大らかだけど、無宗教の俺からすると教会と関わるのはやっぱり敷居が高く感じてしまった。

 

「教会との付き合いは緊張しそうだなぁ…。それにしても、ここまで白い服って初めて着るから汚さないように気を付けないと」

「白いカナくんも似合っていますよ。私の魔法使いとしての衣装も白なので、なんだかカナくんとお揃いになった気分なのです」

「えっ、まぁそうなるのかな…」

 

 ラヴィニアに褒められ、お揃いということに気恥ずかしさを感じて頬を掻いてしまった。とりあえず、教会へ行く用の服は問題なしとなったので、今日の午後に向かう教会で必要な作法を正臣さんから習うことにした。基本案内と護衛としてついてきてくれるデュリオやおじいちゃんに任せればいいらしいけど、必要最低限のものは知っておくべきだろう。俺のやるべきことは神器症の治療だが、相棒の所有者として恥ずかしい真似はしたくない。

 

 

「ふぅー、ついに教会での初治療か…」

「慣れない場所での治療だけど、大丈夫?」

「不安はちょっとありますけど、俺にしかできないことですしね。精神状態は、最悪相棒の異能でなんとかできます。禁手の消耗が激しいから連続での治療が出来ない分、コンスタントに治療をしていくしかないですからね」

 

 神器症の治療を必要としている人達は、当然ながら教会に多数存在している。教会は神器持ちを意欲的に保護しているため、必然的に数も多くなるのだ。特に孤児の面倒も見ているので子どもが多く、その確率はさらに上がるだろう。俺が今回見る患者も幼い子どもなのだから。重い症状を優先的に見ていく関係上、リーベくんのように十歳までしか生きられないと診断された不具合を優先するのは当然だった。

 

 命の危険はないが、神器の不具合で障害を持ってしまっている人達には申し訳ないけど、俺の身体は一つしかないため待ってもらうしかない。それに関しては、治療の可能性があるだけでも十分すぎる吉報だから気にしなくていいと言われている。これまで治療不可能だったものが、時間はかかるが解決できる兆しができたのだから。アザゼル先生からも、無理やり割り切れと言われたな。

 

 俺が無理をして倒れる方が今後の治療に差し障ると正論を言われ、こういう取捨選択もしていかないといけないと思うと気が重い。これまでの俺の治療は、メフィスト様が前面に立って、俺は言われた通りに治療するだけでよかった。患者とのやり取りだって最低限で、治療の交渉だって人任せ。だから俺は、ただ淡々と治療に専念するだけでよかったのだ。それに俺じゃなくても、他の腕の良い誰かに治療を任せることもできただろうから。

 

 しかし、これから俺が見る患者はみんな重症者ばかりで、しかも俺にしか治療が出来ない。早く治療を受けたいに決まっているし、症状が軽い人たちでも辛いものが多い。それでも、俺は割り切って治療をしていくしかない。重い症状の子どもたちにも治療の順番が決められ、俺はそれに従って動いていくしかないのだ。それが俺や患者のためだとわかっている。気持ちはまだ追いつかないかもしれないけど。

 

「教会での治療は週に一回で、堕天使側は月二回。やっぱり少ないような…」

「消耗の激しい禁手を月に最低六回も行うのですから、十分すぎると私は思いますよ。カナくんにはカナくんの生活だってあるのですから」

「……ラヴィニア」

「カナくんが無理をしたら、私は悲しくなります…」

 

 しゅんと肩を落として俯くラヴィニア。うるっと潤んだ碧眼を見て、俺は慌てて「無理はしません!」と約束することになった。昔からだけど、こういう時の彼女に勝てる気はしない。色々情けないかもしれないが、ラヴィニアを悲しませないためという思いは、俺の中でずっと消えることはないだろう。彼女の涙一つで考えが切り替わるあたり、しっかり手綱を握られてしまっているなぁ…としみじみ思った。

 

「悩んでもどうしようもないことに、くよくよしていても仕方がないか。全体も大切だけど、まずは目の前の治療に専念するべきだしな」

「僕もそれが良いと思うよ。ところで、午後はデュリオくんという子が、奏太くんを迎えに来るってことでいいんだよね?」

「はい、おじいちゃんとは現地で合流ってことになっています」

「……あの「司祭枢機卿」をおじいちゃん呼び出来るのは、奏太くんだけだろうね」

「あはははっ…。『煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)』と『教会最強の聖剣使い』に、毎回護衛をしてもらうことになるのは過剰な気もしますけどね」

 

 しかし、これでもだいぶ譲歩してもらった結果である。最初なんて天使長やら事情を知る天使の皆さんが護衛に就こうとしていて、さすがにそれはと遠慮したからだ。長年天界に引きこもっていた天使の皆さんが、週一で光臨するとか何事かと思うよ。相棒の正体は世間の混乱を考えて秘密にしているので、俺は治療系の神滅具をもっているぐらいの情報しか世間はまだ知らないのだから。

 

 それにミカエル様たちは納得してくれたけど、非常に残念そうだった顔は今でも覚えている。誰が護衛に就くかで、天界で熾烈なジャンケン大会が開催されそうだったみたいだし。俺に関することだけ、天使の皆さんのフットワークが軽すぎる件…。アザゼル先生は天界側の必死さにお腹を抱えていたみたいだけど、当事者の俺は遠い目をするしかなかった。

 

 ただそうなると、俺が天界に行かない限り天使の皆さんとの交流がほとんどできないため、せめて何とかできないか相談しあった結果。とりあえず、直接会うのが難しいのならまずは通信とかで軽くおしゃべりすることから始めようということになったのだ。

 

「なので、今度オンラインゲームでミカエル様と一狩り行く約束はしておきました」

「天使長が一狩り…」

「時々、他の熾天使の方々も参加するみたいなので、その時はみんなでドラゴンでも狩ろうかなと」

「ゲームの話とわかっていますが、現実でも狩れそうな錚々たるメンバーですね…」

 

 いつかアザゼル先生やアジュカ様も呼んで、聖書陣営の首脳陣によるパーティーゲームとかもできそうである。やったら原作の運動会レベルでエライことになりそうだから、たぶんやらないけど。

 

「ところで、今日来られる教会の方は魔法使いの本拠地に集合で大丈夫でしょうか?」

「デュリオは魔法使いに忌避感はないみたいだったし、教会からの正式な護衛だから特に隠れる必要もないからな。治療が終わったら、デュリオと美味しいもの巡りをする予定だから、お土産は期待していいと思うぞ」

 

 教会での仕事が終わったら、以前デュリオと約束していた美味しいもの巡りをするつもりだ。凄腕のエクソシストであるデュリオを連れ回していいのか心配だったが、天界側としては俺との交友関係を深めてもらう方がありがたいらしい。それに、デュリオ自身は暇があれば趣味で食べ歩くことが多いため、いつもの行程に俺がくっつくだけだから問題ないようだ。それでいいのか、教会のジョーカーよ。

 

 あの停戦協定の会合から、デュリオとは通信越しだけど交流は続けていた。同年代の親しい男友達ってリーバンぐらいしか俺にはいなかったので、新しくできた交友は素直に嬉しかった。デュリオ自身も教会の人達は家族という認識だったからか、外での友達は俺が初めてだったらしい。あと俺にとっては身近だけど、彼にとっては初めて会えた同じ神滅具持ちということもあって親近感も強かったようだ。

 

「ラヴィニアや鳶雄、ヴァーくんやイッセーくんっていう神滅具の知り合いが多かったからあんまり気にしなかったけど、強い力を持っていることへの周りの目って気にしちゃうものなんだな」

「それは、……本来ならそうですね」

「……やっぱり、奏太くんの人脈ってバグっているよね」

 

 そんな諦めた様な声音で言わないでよ。現在確認されている神滅具のほぼ全てが俺のところに集まっている現状に、アザゼル先生も頭を抱えていたけど。鳶雄の『黒刃の狗神(ケイニス・リュカオン)』のように神滅具を集める因果が『暁紅の聖槍(ティファレス・リィンカーネーション)』にもあるのか本気で一時期調べていたしな。あの大らかなデュリオにも、人脈関係は引きつった笑みを向けられたことはよく覚えています。

 

 

 

――――――

 

 

 

「カナたーん! レーシュ様ッ! 久しぶりだね、元気だった? 初めて教会に行くけど、体調とかは大丈夫? 無理はしていない?」

「おぉー、久しぶりデュリオ。元気元気。そっちも元気そうでよかったよ」

 

 魔方陣の転移で協会へ足を踏み入れた金髪の少年は、俺と目が合うとワンコのように飛びついてきた。邪気なんて一切ない満面の笑みに、俺と会えたことがよほど嬉しいのだろうという気持ちが感じられる。正直ここまで好意を全面に出されると、テンションの高さに驚きながらも悪い気はしない。デュリオは普段から緩く、笑顔を絶やさない年相応の少年だが、それと同時に隙が一切ないまさに『切り札』の体現者みたいなやつである。今も俺に抱き着きながら、きちんと周囲に気を配っていることをオーラから感じ取れた。

 

 改めてまじまじと見てみると、デュリオもかなりのイケメンだよなぁー。癖っ毛の強い金髪、足れ目な感じが優し気な雰囲気を感じさせる。彼が着ている祭服は黒を基調に十字架のデザインが刻まれ、ストラと呼ばれる首から掛ける白い帯も似合っていた。なるほど、祭服ってこういう風に着こなせばいいのか。そんな風に俺がデュリオの教会ファッションを眺めている間に満足したのか、抱擁からゆっくりと解放されていた。

 

「あっ、これがミカエル様達が用意したっていうカナたんの祭服っスか! いやぁー……、気合が入っているね…」

「真顔で高評するのやめてくれない? 怖くなるだろ、色々と」

「はははっ、ごめんごめん。ちゃんと似合っているよ。これなら、そこらの一般信徒はまず近づいてこないね!」

「俺、どんな服着させられているの!? 教会の普段着用にもらったはずなのに、本当に問題ないのかよ、これッ!?」

 

 大丈夫、大丈夫とのほほんと笑って答えるデュリオに、俺は嫌な汗が流れそうになった。天界側の俺の扱いがマジでヤバくないか。一応、メフィスト様やアザゼル先生から、天界側が俺に無理強いしてくることはないだろうって言ってもらっている。理由としては、俺との友好関係もそうだけど、何よりも相棒の機嫌を損ねたら天界は下手したら詰むかららしい。だから俺の扱い含め、細心の注意を払っている結果が今のような感じであった。

 

 神亡き後、天界の維持や奇跡は遺ったシステムに委ねられている。その大本に嫌われるとか、天使として再起不能になりかねない。今だって、興味すら向けられていない現状なのだ。さすがに相棒も天界の秩序を壊すほどのことはしないだろうけど、逆に言えば天界のために何かをすることはない。聖書の神様が遺した「叡智の結晶」であり、奇跡を行使できる唯一の御子。神に仕えていた天使としては、是非ともその力を天界や教会のために使ってほしいだろうけど、それには相棒との間に信頼関係を築くしかない。

 

 考えれば考えるほど、天界側の気苦労がすごいな…。亡き神への信仰を大切にしている天使と、聖書の神様()に対して反抗期気味のシステム(子ども)。つまり、カリスマワンマン社長に忠誠を捧げていた部下と、親が仕事一筋で家庭を蔑ろにされてきた子ども(後継者)の関係って感じか。うん、これは拗れかねない…。そんな天界陣営の中で、相棒の好感度が一番高いのがたぶんデュリオなんだよな。

 

「レーシュ様、今日も治療よろしくお願いします。俺の祈りがどれだけ二人の力になれるかわからないけど、頑張って応援するっスよ!」

 

 フンスっ! と鼻息を鳴らしながら気合いを入れるデュリオ。そんなデュリオの真っ直ぐな言葉に、普段は他者に無関心な相棒もちょっと嬉しそうにしているのがわかる。彼は聖書の神の死を知る数少ない人物だ。そしてデュリオにとって相棒は、ずっと願ってきた子どもたちへの救済を叶えてくれた奇跡の象徴。聖書の神様への信仰とは別に、相棒に対する真摯な感謝と信仰が彼にはあるのだ。

 

 つまり、デュリオは相棒が認めるほどの純粋な祈りを、システムである相棒に捧げてくれているというわけである。そりゃあ、相棒も喜ぶだろう。この真摯な祈りっていうのは、誰かに言われて出来るものじゃない。信仰っていうのは疑念や懐疑が混ざるほど、祈りの効果は落ちていく。俺のことは友達として慕ってくれているけど、相棒に対しては畏敬というか、崇拝しているような感じがするのだ。

 

 亡き聖書の神様を慕うミカエル様としては、そんなデュリオに難しい顔をしていたみたいだけど、次代を慕う者は必要だと黙認したらしい。だから、天使側はデュリオに俺達のことを任せた部分が大きいのだろう。天使側も少しずつ意識改革をしているみたいだけど、相棒のことを認知してまだ一ヶ月ぐらい。気持ちを切り替えるにも、もう少し時間が欲しいだろうとアザゼル先生も言っていたと思う。

 

 熾天使の皆さん、停戦協定で可能になった聖書陣営同士の一部交易で胃薬を早速注文していたみたいだしな。冥界の年末番組で、『アガレス家の胃薬』が流行語大賞のようなトレンド入りしていたらしい、とリアスちゃんに聞いた時は何とも言えない気持ちになった。大公家の名誉にかけて、どんな種族にも効果のある胃薬を作ると当主様が燃えているらしい。アガレス家はどこへいこうとしているのだろう…?

 

「とりあえず、出発するか。相棒のことが世間に公表されるまで一年以上あるし、それまでにこの立場にも頑張って慣れていくよ」

「うん、了解。じいさんも向こうで待っているよ」

 

 ニッと口角を上げて手招きするデュリオに続いて、俺も転移魔方陣に向かって足を進める。これまでは『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の魔法使いという立場上、教会関係には意識して近づかなかった。駒王町の教会に足を踏み入れはしたけど、これから向かうのは天界のお膝元だ。俺は一度深く息を吐きだした後、白い祭服の袖を握りしめながら転移の光に包まれていった。

 

 

 

「ここが、ヴァチカン本部の神殿か…」

「カナたん。そっちは巡礼者用の入り口だから、はぐれないようにね」

「わ、わかった」

 

 ポカンと大口を開けて見惚れてしまうような、荘厳な建物が立ち並ぶ教会本部。教会に参拝に来た一般人の波を横目に、歩き慣れたデュリオについていくのがやっとだった。時々何人かの信徒が、デュリオを見てはありがたそうに手を合わせる光景も見られて、やはり彼は有名人なんだなと感心する。神滅具とか関係なく、同じ年でこれだけ色々な人に慕われているあたり、彼のコミュニケーション能力や日頃の献身的な様子が感じられた。

 

 ちなみに、そんなデュリオと一緒に歩く俺――というか、俺の服装を見ては一緒に拝まれてしまっている件。まぁ、教会は服とかで階級がわかるようになっているらしいから、教会のどこかのお偉いさんぐらいには思われているのだろう。引きつりそうになりながらも、笑顔でなんとか応えておく。そんな拝む信徒たちを邪険にすることなく、笑顔で話を聞くデュリオの手慣れた対応に尊敬の気持ちが芽生えた。

 

 さすがは教会の本拠地だからか、建物もそうだけど全体を包み込むような聖なる力の存在感も段違いに強い。それに普通なら及び腰になりそうだけど、不思議と心地よい気持ちになる。相棒とオーラの質が似ているからか、天界に近い場所ほど落ち着くのかもしれない。そんな新たな発見を感じつつ、デュリオの後に続いて進んだ通路の先にその待ち人はいた。

 

 前回の停戦協定の時と違い、鍛え上げられた戦士としての姿ではなかったけど、教会のトップの一人として佇む姿は相変わらず貫禄に満ち溢れている。逞しい肉体は祭服で隠されてしまっているけど、存在感は一切衰えていなかった。静かに佇んでいた教会最強の戦士――ヴァスコ・ストラーダ司祭枢機卿は、俺とデュリオを目にとめると、途端に破顔してゆったりと手を胸に当てた。

 

「お待ちしておりました、若」

「こんにちは、おじいちゃん。この前、携帯アプリの落ちゲー対戦をして以来ですね!」

「猊下とそんな関係が築けるのって、絶対カナたんだけだよね…」

 

 天使の皆さんにゲームの遊び方を伝授しているのが、このおじいちゃんですから。レグレンティ一家に集まっては、八十歳のおじいちゃんにゲームの仕方を教わる天使という構図らしい。ごめんね、俺の趣味がゲームとかアニメで。もうちょっと高尚なものだったら、天使の皆さんもそこまで困らなかっただろうになぁ…。

 

 ちょっと遠い目になったが、恭しく俺に頭を下げる猊下の姿に周りの信徒たちがギョッと固まっているのが見えたので、先に進みましょうか。マジで視線が痛いです。改めて思うけど、猊下もデュリオも教会では上から数えた方が早いお偉いさんだもんな。やんごとなき聖人様である。俺、本当に教会でやっていけるのだろうか…。

 

「こちらは天界から発行された、若の身分を証明する教会での特別許可証になります」

「許可証…。まぁ、俺自身は魔法使いで他組織の人間ですからね」

「我々が傍にいれば、余程のことがない限り御身を護ることができますが…。若とレーシュ様のことは、こちらでも最重要機密で扱われているため、よほどのポストでない限り知り得ません。そのため、若のことを不審に思う者は出てくるでしょう。それを見せれば、牽制ぐらいにはなると思います」

 

 おじいちゃんからもらったのは、首からかけるカードストラップだった。ストラップの中には、俺の顔写真とIDカードのようなものが入れられていて、さらにキラキラと黄金に輝く羽が入れられていた。……この仄かな温かみを感じる、フワフワな素晴らしい手触り。纏う光力も含めて、間違いない。

 

「冬の時期にぴったりな羽毛布団のような肌触り。これは、ミカエル様の羽ですねっ!」

「……さすがは若。正解です」

「じいさん、カナたんに甘いのはわかっていますけど、ツッコむ時はツッコみましょうよ」

 

 数多くの異形の羽を触ってきた俺だからこその理解の早さである。しかし、なるほど。確かに天使長の羽入りの身分証明証なら、偽造することは不可能に近い。天使長の羽とわからなくても、高位の熾天使のものだとわかるぐらいのオーラは感じるだろう。自分達の上司である天使が認めているのなら、教会側も過激なことはできないだろうから。

 

「まず教会での対応についてお話しさせてもらいます。若の安全を考えて、余程重篤な症状を持つ患者の場合を除き、治療は基本このヴァチカン本部で行ってもらうつもりです」

「つまり、神器による不具合を持つ患者をここに集めるってことですか」

「すでに三名ほど、この施設に運ばせています。神器症の治療を可能にする神滅具は、すぐに多くの者が認知することでしょう。和平が成立すると同時に行われるレーシュ様のお披露目も兼ねて、早めに若の力……有用性を教会全体に示しておくべきですから」

 

 俺達しかいない通路を歩きながら、おじいちゃんの説明にうーんと思わず目を閉じた。俺の安全のためっていうのは、間違いないだろう。ヴァチカン本部はおじいちゃんの言うよほどのポストを持つ人が多いので、下が俺に手を出すことを上が止めてくれる。おじいちゃんのホームでもあるため、融通も利きやすいという点もあると思う。

 

 そして、月に四回も猊下とデュリオをつれて歩いていれば、俺の存在を知る信徒も増えていくだろう。魔法使いということに眉を顰められるかもしれないけど、実際に治療を成功させている姿を見せていけば実績として積まれていく。天界の最大のお膝元だからこそ、教会に流れる情報の拡散も早いだろう。隠れて治療するより、堂々と治療する方が不信感も薄まり相棒の実力も示せるということだ。

 

 つまり、言い方は悪いが週に一回の治療行為を教会への広告塔としても使うってことか。神滅具を持つ俺の存在が気になるなら、ヴァチカン本部に行けば見ることも、治療という実績も知れる。そして、俺が天界や教会の上層部からどれだけ丁重に扱われているのかも認識させられる。それが、一年後に相棒が実は次代の御子だと知らせたときの混乱を減らすための措置という訳だ。

 

 治療のためとはいえ、どうして新たな神滅具の所持者をそこまで丁重に扱っていたのか、という答えが和平の成立と同時に判明する。それに「だからだったのか」という納得を、多くの信徒自身に与えられるのだ。上から言われるより、自分の目で判断した方がよほどスムーズに浸透する。週一の治療が徐々に見世物っぽくなることになるかもしれないけど、一年後を見据えてそこは受け入れるしかないってことか…。

 

「実際に神器症が治療された子どもが増えていけば、若の存在を注視する者も増えていくことでしょう。魔法使いではありますが、治療法は神器によるものですので反感も少ないはずです。そうして若の治療に好感を抱く者が増えていけば、その神器であるレーシュ様の存在も受け入れやすくなると考えました」

「……ちょっとモヤッとしましたけど、教会側の事情もわかっているつもりです。あえて俺の存在を見せていく理由も。普段着の祭服がこれだけ豪華なのも、一年後を見据えてってことならわかりました」

「ごめんね、カナたん。魔法使いってことに嫌な目を向けられるかもしれないけど、絶対に護るから。それに一年後には、そんな人たちも認めちゃうぐらいの実績をカナたんとレーシュ様なら築けると思ったんだ」

 

 デュリオに申し訳なさそうに謝られたけど、いずれ通る道だと考えたら十分に安全策を取ってくれているだけ感謝するべきだろう。原作でも教会の信徒の皆さんの頑なさは描写されていたし、これから表舞台に立つのだから人前に立つことにも慣れていかないといけない。これまでずっとメフィスト様やアザゼル先生達に護ってもらっていたけど、俺の立場的にそんな甘えはもう難しいのはわかっていた。

 

「……大丈夫。ただ、俺って自分でいうのもアレだけどメフィスト様達の後ろにずっと隠れてきたからさ。こうして注目を直に浴びる立場になる感覚が、まだ実感として追いついていないだけなんだと思う」

 

 責任のある立場って、本当に大変だ。俺の知っている大人たちは、みんなこんな重い経験を乗り越えてきたんだな。後戻りなんてするつもりはない、相棒にふさわしい所有者になると決めたのは俺だ。だから、今までと同じようにちゃんと一歩ずつでも成長していこう。俺は気持ちを切り替えるようにパンッと頬を叩くと、真っ直ぐに二人を見据えて笑みを見せてみせた。

 

「そんな情けない俺だけど、相棒の隣に立てるように頑張っていくよ。だから、おじいちゃん、デュリオ、俺の護衛よろしくお願いします!」

「もちろんです」

「うん、任せて!」

 

 よし、気合も入れたし、教会の人たちに認められるように頑張っていこう! 魔法使いとしては教会と直接関わるのは怖いし、何度か危ない目にもあったけど、結局嫌いになれなかったのは彼らのおかげで表の一般人が救われているのを理解していたからだ。俺の家族は一般人だし、裏なんて何も知らない友達だって多い。もちろん過激な人がいることもわかっているけど、表の人達の日常を守ってくれている人達をどうして嫌いになれるだろう。むしろ、感謝の気持ちの方が大きいと思う。だから、教会の人達に認められるのなら素直に嬉しいと思った。

 

「それに、カナたんの功績が認められていけば、いつか『週刊ぶれいぶエンジェル』にも出演できるかもしれないからね!」

「……週刊ぶれいぶ?」

「一部信徒向けに発刊されている教会専用の雑誌です。最新の祭服ファッションや素晴らしかった懺悔ランキング、ガブリエル様拝み隊の活動報告だったり、教会の有名人の特集など様々な教会事情が書かれていたりしますな。私も毎週愛読しています」

「…………」

 

 教会ってやっぱり独自文化がすごいな、と改めて思いました。

 

 

 さて、教会での説明はあらかた分かったし、俺は俺の役目をしっかり果たそう。おじいちゃんに連れられて来た部屋を開けると、そこにはリーベくんや停戦協定のときに連れられて来た子どもと同様に、苦し気に魘されている少女がいた。この子の場合、精神に作用する神器のようで、それが上手く適合できなかったことで悪夢を滾々と見続ける状態だったらしい。悪夢を恐れて睡眠は浅く、食事も上手くとれず、神器の力が強まるにつれて日に日に弱っていく状態だったようだ。

 

 彼女の傍には教会のシスターが胸に手を当てて祈っていて、おじいちゃんたちに気づくと、ポロポロと涙を流しながら俺達に何度も頭を下げていた。親を亡くし、教会に保護されたたった二人の姉妹。そんな中で妹が神器を発現し、悪夢に心が壊され、衰弱していく様子をずっと献身的に支えてきたらしい。だけど、姉である自分にはどうすることもできず、妹を苦しみから救うためにはもう命を絶つしか方法はないのかと思い悩んでいたところで、停戦協定で神器症の治療のことを聞き、藁にもすがる思いで声を張り上げたのだそうだ。

 

「お願いです、妹を…。妹を、助けてください……」

「助けます、俺と相棒で必ず。だから、お姉さんは祈りを捧げていてください。あなたの奇跡を願う真っ直ぐな祈りが、相棒の力になりますから」

「はいっ…!」

 

 ギュッと手を胸の前に掲げ、一心に祈りだした女性を見て、おじいちゃんから小さな頷きが返って来た。相棒の正体を考えれば、本当は部屋から出した方がいいのだろうけど、この様子だと祈りに集中して周りのことは散漫になるだろう。それだけ、妹のために一心不乱だったのがわかる。失敗する気はない。口にした言葉を嘘にはしない。そのための力を、俺と相棒は手に入れたのだから。

 

 最初は、リーベくんを助けたいというそれだけの動機だった。我武者羅に治療方法を探して、必死に手を伸ばしただけだった。だけど、デュリオに出会って、まだたくさんの子ども達が苦しんでいることを、それに心を痛めている人達がいることを知った。

 

 俺にとって、神器は生涯の相棒だ。この力で何度も助けられてきた。だからこそ、その力が不幸だけを招くものであってほしくない。神器に翻弄され、理不尽な思いをした人だって多いだろう。だけど、それに負けないで向き合うチャンスを諦めないでほしい。それが、俺の願い。偽りのない俺の気持ち。この思いがある限り、例え周りにどんな思惑があろうとも、どんなに俺自身の環境が変わろうとも、俺は治療を続けることができると思えた。

 

 

《――義の太陽が昇り、その暁の翼には癒しがある――》

 

 

 さぁ、始めよう。『変革者(イノベーター)』として、『暁紅の聖槍(ティファレス・リィンカーネーション)』の宿主として、そして倉本奏太として。俺が俺らしくバカみたいに笑って生きられる道を、これが俺の道だって胸を張って言えるような生き方に誇りを持てるように。俺はこの道を至る。

 

 朝焼け色の光が視界を覆い、背中から生えた紅の翼が白い祭服を靡かせた。暁紅に輝く槍を握りしめ、ふわりと飛び交う蝶に導かれながら、俺は最後の謳を奏でた。

 

 

白夜なる(ミッドナイトサン)夢見鳥の聖樹槍(・イノベート・イデア・ロン・セフィラ)

 

 

 カチリッ、と相棒と繋がることでまた俺の中で何かが変わっていくのを感じながら、それでも俺は自分がやるべきことに集中する。禁手をする度に、相棒との境界線が薄まっていく感覚。神の領域へ接続する疲労感が徐々に軽くなってきているような体感。きっと、これは勘違いではないんだろうな。

 

 それでも、おじいちゃんに支えてもらいながら目にした光景を、「ありがとう」と涙を流して喜ぶ笑顔がこうして見られるのなら、頑張ってよかったと思える単純思考が俺である。今後への不安や心配事はたくさんあるけど、俺のことを見守って支えてくれるヒトだってたくさんいるのだから。

 

 こうして、気持ちを新たに前へ進めるように、教会での治療がスタートしていったのであった。

 

 


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