えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百九十八話 迎春

 

 

 

 突然変わった世界情勢に、何も知らされていなかった多くの者達が衝撃を受けることになった。誰もがその話を信じられないというように呆然と頭を振り、事実を受け入れることすら難しいほどであった。聖夜の訪れを祝い、新年を迎えるための準備をし、来年はどのように過ごそうかを思案していた時期。裏の関係者は今後の世界情勢を見据えて手回しを行い、その中でも聖書陣営の動向は多くの者達の関心を寄せるものだった。

 

 聖書陣営は人間界で大きく活動する勢力であり、他神話や勢力との干渉が起こらない場所になら、どこにでもその域は存在した。契約によって望みを叶える悪魔は、あらゆる人間の欲望を刺激し、堕天使は高い技術力を駆使し、世界の調停のために動き、多くの信徒たちを導く最大規模の宗教を誇り、人の身で人外を討つ戦力をもつ教会を統べる天使。彼らの動き一つで情勢は大きく傾くため、誰もがその動向を注意深く見ているのは当然のことだった。

 

 特に彼らは古の大戦以降からも続く三つ巴の冷戦状態で、またいつ戦争が始まるかわからないという緊張状態なのだ。もしこの三勢力による戦争が再び行われれば、この世界にどれほどの混乱が起こるかははかり知れない。戦争が起こらないことを願い動く者、戦争を誘発して利益を求める者、様々な思惑の下に行動に移す者。そんな多くの魂胆を抱える者たちの全員が、目を引ん剝くような衝撃の事実を知り、しばらく動けなくなってしまったのは仕方のないことだった。

 

 新年を迎えるほんの数日前に行われた、悪魔・堕天使・天使・魔法使いによる合同声明。冥界・天界・人間界、それこそ他神話の領域にも響き渡るように決まった『停戦協定』の発表。これまで永い時をいがみ合い続けていた三勢力による戦争が、本当に終わったことを告げられたのだ。元々二度目の戦争は困難だろうと考えていた者たちも、まさか『協定』を結ぶまでの事態になるとはと驚きに包まれた。

 

 長年の敵対関係から、中立的な協定関係でしかまだないが、彼らの様子から『和平』寄りの関係を築こうとしているのは察せられた。三勢力の間に人間の魔法使い陣営が入り、お互いの技術や交流を目的とした協定の象徴としての都市についての発表。他にも三勢力間での敵対行動の全面制限、他神話への干渉についてなど、魔王・総督・天使長による宣言は世界中に流れていった。

 

 もちろん人間界だけでなく、悪魔・堕天使・天使側に所属する者たちにも多くの混乱を起こしたが、ある程度の権限がある者達には事前に話を通していたため、下への説明や情勢の変化などへの対応がされていた。電光石火のように駆け巡った事態に戸惑う者たちは置いてけぼりで、どんどん変わっていく情勢に止める間もなく気づいたら流されるしかない。誰もがその流れに、聖書陣営の本気を感じ取ったのだ。

 

 元々三勢力間での二度目の戦争が厳しいことは、外から見ていた者たちだってわかっていた。だからこそ、内側の者達もいきなり敵対関係がなくなったことに混乱はあれど、戦争が起こることはなくなったという事実に多くの者たちがホッと肩を下げていた。さらに、ここまで大々的な動きを早急にまとめ上げた理由を聞いて、世界中でさらに波紋を広げることとなったのだ。

 

 

「おい、あれから新しい情報は入っているのか?」

「どこもかしこも混乱状態さ。情報が少しでもほしいのは、ここにいる全員が思っていることだよ」

「三大勢力による戦争の終わり…。これから一体、世界はどう動くことになるっていうんだ」

「依頼の数とかは大丈夫なのか。協定が結ばれたことによる討伐依頼や情報戦、あとはぐれの扱いとかに変化はあるのか?」

 

 新年を迎えたばかりだというのに、多くの者たちが少しでも情報を得ようと奔走していた。新しい年を祝っている場合ではなく、今回の事態によっては死活問題になる人間だっている。日本に建つとあるフリーの裏関係者が集まる依頼所でも同じように人が集まり、年末にあった合同声明に混迷を極めていた。

 

 普段なら依頼を巡って喧嘩腰になったり、同業者を蹴落とすために揚げ足取りをしたり、最低限の人付き合いを心掛けたりする彼らも、今回ばかりはそういった小さいことに構っている場合ではなかった。あの宣言から数日経ち、聖書陣営は今も内部の調停に取り組んでいるのか一切の音沙汰はない。またしばらく経てば落ち着くのだろうが、それまで自分たちはどのように行動していくべきか。あまりにも大きな時代の変化についていけず、何かしないとまずくないかという焦燥感が彼らの不安を煽っていた。

 

 そんな中、一人壁際に座って、静かに缶コーヒーを飲む男がいた。目深くフードを被った壮年の男性は、落ち着いた雰囲気で混乱する現場を見つめている。男の同業者はみな不眠不休で情報集めを行っているようだが、彼にとってはこれから行われる『試練』を乗り越えることの方が重要であったため、しっかり睡眠と食事をとって今日という日を迎えていた。本来なら自分もあっち側だったのだろうなぁ…、と遠い目をしながら、情報屋瓢鯰(ひょうねん)はちびちびとコーヒーを口に流した。

 

「よぉ、(ひょう)の旦那。あんたは随分落ち着いているな」

「……『大剣』か。珍しいな、そちらから声をかけてくるなんて」

「この状況じゃな。誰も彼もこれからどうなるんだって、うるさいのなんの。もうちっと落ち着けってんだ」

「ふっ、五年前は獲物に逃げられたら、大荒れして周りに当たり散らしていた本人が成長したものだ」

「……そういう昔の話は勘弁してくれ、俺だって若かったんだよ」

 

 そう言ってポリポリと極まりが悪かった大男は、フードの男の近くにある椅子に腰かけた。大きな溜息をつくあたり、周りの喧騒から逃げてきたのだろう。瓢鯰に話しかけてきたのは、彼となら落ち着いて現状を話せそうだと考えたからだ。このフリーの依頼所で長年情報屋として働いてきた瓢鯰は、その義理堅い性格と律儀さもあってそれなりに一目置かれている。今わかっている情報を知るには、彼に聞くのが一番だろう。

 

「でだ、旦那。依頼料は払うんで、ざっくりと現在の情勢について教えてくれねぇか」

「現在の情勢か。……一般的にわかっている情報をまとめるだけでいいか」

「それで構わない。情報が混線しすぎて、どれが本当でどれが誤情報なのか、もう考えることすらめんどくせぇんだ」

「……私を頼ってくれるのは嬉しいが、情報とは多面的に捉えるべきだぞ。特に今回のような場合は、小さな誤りが致命的な間違いを起こすこともありえるため、面倒などと軽視するのは――」

「はいはい、わぁーたよ」

 

 適当な返事に眉を顰めたが依頼であるため、これ以上小言を言っていても仕方がないだろう。こういう時、素直に返事をして、メモを取って応えてくれた弟子のことを思い出す。同時に弟子のこれまでと今回のやらかしをうっかり思い出してしまって、お腹が痛くなったが気力で持ちこたえた。

 

 

「まず、新年を迎える数日前に三勢力が合同の声明を出し、それによって『停戦協定』が結ばれることになった。内容はだいたいまとめると、敵対関係だった種族同士の交戦の制限、三勢力の緩衝材として協定の中心地ができたこと、あとは十四番目の神滅具の存在が大きいだろう」

「交戦の禁止じゃねぇんだな。あと、神滅具っていやぁ神を殺す物騒なヤツだろ。あれ、俺の記憶だと十三個しかなかったはずだが」

「まだ『協定』でしかないため、そこまで厳しくは難しかったのだろう。だが、制限を越えて攻撃を仕掛けた違反者には、迎撃する許可と勢力からの追放を下されるらしい。実質、戦闘禁止も同じだ。あと、神滅具はお前の言うとおり十三個確認されていたが、今回の声明を機に新しく十四番目が認定されるみたいだな」

 

 そもそもその新たな神滅具を巡って、三勢力が協定を結ぶきっかけにしたのだから。その所有者の処遇には魔法使い陣営も関わっていて、このままでは四つの勢力による戦争に発展する可能性もあったため、それなら協定を結んでしまった方がいいと上は判断したのだと語った。

 

「おいおい…、神器一つで聖書陣営を動かすって、そこまでヤベェ神滅具(ロンギヌス)が生まれたっていうのかよ」

「その神滅具の性能は、……全くと言っていいほど出回っていない。だが、お前が想像しているようなタイプの神器ではない――だろうな」

「何でそう言える?」

「その神器の所有者が、『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の『変革者(イノベーター)』だと言われているからだ。この名前は、情報に疎いお前だって知っているだろう?」

「げっ、『不可侵(アンタッチャブル)』関係かよッ!?」

 

 『不可侵(アンタッチャブル)』とは彼らの中で使われる、絶対に関わってはならない厄ネタのことである。関わっても旨味がないどころか、下手すれば命に関わるだろう案件。フリーで活動する彼らは後ろ盾がない分、特にこういった情報には敏感に対応しないとまずいのだ。そのため、誰もが頭にヤベェやつリストとして叩き込むようにしているレベルだった。

 

 魔法使いの理事長の秘蔵っ子であり、ドラゴンを使い魔にする魔王の弟子。『変革者』の情報は、触れることすら禁忌扱いなほど異様に隠されている。探ろうにも護衛が常に付き、さらに『変革者』に恩がある魔法使い達が結託しているため、調べていることがバレればただでは済まないほどの制裁が待っているだろう。『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』は最大規模の魔法使いを保有する組織であるため、どこに目があるかわからない。だからこそ、裏関係者なら知らない方がもぐりと言われるほどに『不可侵(アンタッチャブル)』扱いされていたのだ。

 

 だがその功績は有名であり、彼によって作られる高品質の素材、あらゆる病を癒す治癒者という情報は水面下では広がっていた。依頼として頼めば有能な魔法使いだが、一度尾を踏めば破滅する。十四番目の神滅具という眉唾物と思っていた情報も、それの所有者が『変革者』だというのなら、これまで秘匿されていた事実から見ても納得出来ることだった。

 

「これまでの『変革者』の能力を考えれば、聖書陣営が協定のきっかけとして共有するだけの利益を出せると判断したのだろう。詳しい性能については、今の情勢が落ち着いたらまた発表されることだろうさ」

「お、おう…、そっちは俺も気にしねぇことにするわ。しかし、旦那の情報網はさすがだな。アレだけの騒ぎの中、よくそれだけの情報を精査できたもんだ」

「……いや、世間話のようなノリで聞かされてな」

「ははっ、謙遜を!」

 

 『大剣』と呼ばれる男は上機嫌に笑うが、瓢鯰(ひょうねん)の目は死んでいた。「師匠、こんなことになりました!」で時々帰省した時に報告に来る弟子の言葉を基準にして、聞こえてくる情報を精査すれば、ほぼ真実に近い状態までわかっただけのことなのだ。むしろ、弟子から聞いた話を世間様に聞かせられるように、いかに削ぎ落とすかの方に労力がかかったぐらいであった。

 

「はぁー、しかし。結局のところ、しばらくは様子見をするしかねぇってことか。これじゃあ、依頼も受けられなさそうだしな」

「私から言えるとしたら、我々にできることは嵐が過ぎ去るのを待って、その後に変わった環境へ順応していくしかないってことぐらいだ」

「……そう呑気に構えていられるような情報源が、あんたにはあると?」

「あまり首を突っ込み過ぎない方がいいと言っているだけだ」

「よく聞くだろ、無知は罪ってよ」

「なら、この言葉も刻んでおけ。知りすぎることもまた、危険なのだとな」

 

 飄々としたやり取りから打って変わり、瓢鯰から感じられる言葉の重み、真剣な目から覗く気迫は本物だった。思わず息を呑むほど、情報を得ることで潜り抜けてきた死線の数を感じられる。いったいどれほどの死地を乗り越えてきたら、こんな目ができるのか。何故か言葉と同時に、お腹に手が当てられていたが。

 

「へいへい、気ぃつけるよ。そうなると、平常通りに戻るまでどうやって暇をつぶすか…。いっそ、あんたみたいに弟子でも取ってみるかね」

「お前がか?」

「柄じゃねぇことはわかっているが、俺もこの年になれば自分のことは色々わかってくる。そういや、旦那の弟子って時々ここに来ているよな。師匠がお世話になっているお土産だって、依頼所のやつによく食いもんを渡しているフードを被ったガキんちょ」

「いらんところに気を使いおって…」

 

 何気に渡すお土産のグレードが最高品質であることもあって、依頼所ではかなり楽しみにされていたりする。師である彼と一緒にいるところはあまり見ないが、師の姿を見ると嬉しそうに「師匠!」と言って近寄る姿はそれなりに目撃されていた。瓢鯰はそんな弟子をよく(たしな)めているが、あれだけ慕われていたら師匠冥利に尽きるというものだろう。

 

「今は確か別のところに勧誘されて所属したらしいが、今でも古巣を気に入っているって珍しいよな」

「……まぁ、困ったところもあるがな。いつもいらんと言っとるのに、(私の年俸以上の)お土産を持ってきたり、(情報だけで数億単位は取れる)世間話をしにきたり、(協会で数万~数億レベルはする)身体の不調を取ろうとしてきたり、(明らかに雲の上過ぎる)人材を私に紹介しようとしてきたり、毎年(爆弾過ぎる)年賀状を送ってきたりで、本当に困った弟子だよ…」

「……いや、自慢か? 普通に思いやりに溢れた弟子じゃねぇか」

「そう、なんだよなぁ…。思いやりとは、こんなにも難しい言葉だったのか…」

 

 黄昏たようにフッと息を吐く瓢鯰に、師は師なりに苦労していることもあるのだろうと感じた。

 

 

「そういやよぉ、そこまで情報の精査が出来ているなら、何で旦那は元旦にわざわざ依頼所になんて来たんだ? 様子見する気なら、依頼も受けられない今日来なくてもいいだろ」

「待ち人との約束だよ。そうじゃなきゃ、私だって元旦にここへは来ない。今年は一人で年賀状を見る勇気がなかったからな。万が一のため、緊急搬送してくれる相手が必要だっただけだ」

「時々、旦那が何を言っているのかわからなくなる時があるわ」

 

 裏の関係者はこだわりが強かったり、ぶっ飛んだ人物が多かったりするので、そういうものだと流すのがフリーの依頼所でのルールである。そうしてしばらく駄弁っていると、不意に先ほどまでの喧騒が静まっていることに気づいた。何だと思って首を中央の方へ向けると、ザっと人垣がすごい勢いで割れるのが見える。誰もが関わりになりたくないと目を逸らす姿は異様だが、その相手を見て『大剣』の頬も同じように引きつった。

 

「よう、瓢鯰。待たせたな」

「来たか、運び屋」

「ちょっ、待ち人って旦那っ。『準不可侵(セミ・アンタッチャブル)』かよッ」

 

 ギョッとしながら、信じられないように小声で思わず言ってしまう。『準不可侵(セミ・アンタッチャブル)』は、『不可侵(アンタッチャブル)』より危険度は低いが、出来る限り関わらない方がいいとされる人種に付けられる異名である。通称『運び屋』と呼ばれる悪魔とタッグを組んでいる変わり者の魔法使いは、裏のフリーでは有名な人物だ。主に関わると性癖を歪められるとか、異界に連れ込まれるとかで。

 

 あと、魔王レヴィアタンが懇意にしている魔法使いであるため、下手に手を出すと危険なのは言うまでもない。それでも、長距離転移能力は非常に有用であるため、どうしても必要な場合は『対価』を用意して心を強くもっていなくてはならないのだ。

 

「旦那、よく『運び屋』と付き合えるな…」

「金払いもよければ、対価を手に入れることに命の危険もない。ローリスク・ハイリターンな依頼人だ、あの魔法少女(趣味)と研究に付き合うことができれば」

「そこが一番の問題なんだろうが」

「あと、私も日常ではあんまり関わりたくないが、今回は緊急事態だからな」

 

 ちなみに、地味に弟子が彼らと魔法少女を接点に関わりを持っているため、カナたんの師匠として巻き込まれることも少々あるのだ。おかげで、すでに魔法少女は諦観の域に達してきている。奏太がミルキー魔法使いさんと悪魔さんと呼ぶ『運び屋』コンビは、駒王町によく出張依頼を受けていて、魔法少女達の衣装や変身アイテム、関連魔法の開発と研究に日夜勤しんでいる。魔法少女達の影の功労者は、間違いなく彼らだった。

 

 さすがに予想外過ぎる待ち人に『大剣』はあっさり席を外し、依頼料だけを置いて逃げていった。機を逃さない能力は、フリーで生きるには必須の能力である。荒々しい性格の彼が、これまで裏の世界で生き残れた証拠であろう。そんなどうでもいいことを考えながら、瓢鯰は彼と連れ立って依頼所の個室へと入っていった。『準不可侵(セミ・アンタッチャブル)』の登場に周りも関わりたくないと傍聴の恐れはないだろうが、念のため結界を張ってもらう。実際、これから知る真実は、決して周りに知られてはならないのだから。

 

 

「……それで、そっちはもう見たのか?」

「例のアレだろう、まだ見てはいない。駒王町で情報はそれなりに手に入れていたが、カナたんも随分遠い存在になってしまったものだ。だが、同士として鼻が高いとも思うぞ」

「そうだな、お前はそう言うヤツだよ。だからこそ、万が一の要員として呼んだんだが。今年は特にとんでもないことをやらかしていることを、事前に聞いてわかっていたからなぁ…」

 

 そうでなければ、元旦のめでたい日におっさん二人で個室に籠るようなことはしない。師匠は懐から胃薬と水を取り出し、高い金を出して購入した精神安定用の魔道具を並べ、準備万端に油断せず備えていく。これほどまでの時間をかけて行わなければ、生還できるか自信がないのだ。そう、――弟子の年賀状を見るためには!

 

「改めて見ても、ただ年賀状を見るためだけにここまでしているとは思わんよな」

「死活問題だ、そっちも手伝え。今年は例年とは比べ物にならないほどの危険度だ。おそらく協会に送り出して一年目の年賀状で、いきなり魔王や元龍王や皇帝とのツーショット写真を覚悟もなく見てしまったあの時の衝撃レベルは食らうだろうと予想している」

 

 ごくりと唾を飲み込み、覚悟を決めた男の顔がそこにはあった。一度深呼吸をして、深く深く気持ちを落ち着けると弟子からもらっていた魔方陣の描かれたカードを取り出した。本来年賀状は郵便で届くものだが、さすがに他者に見せるわけにはいかない情報のオンパレードであるため、魔法で直接送られてくるシステムになっているのだ。魔方陣のカードに指を這わせると小さな光が溢れ出し、ポンッと一枚のはがきが届けられたのであった。

 

「むっ、今回の年賀状は魔法が使われているな。これは、……音声を保存する魔方陣か。なるほど、載せたい写真がいっぱいありすぎたから、文章分の余白を得るために音声を入れたという訳か。余程伝えたいことがたくさんあったのだろう。どれ、再生してみよう」

「えっ、待ッ――!?」

 

 これまでは文字数という制限のおかげで救われていた爆撃が、まさかの音声として究極進化してきたことに固まっていたのに、容赦なく再生機能をオンにされる。なおその結果、今日合わせて数日の師匠の予定が全てキャンセルになったことは言うまでもないことであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「おっ、あそこでやっているのはおみくじだね。よーし、せっかくなら新年の運試しでもみんなでやりましょうか。こういうのは、お正月の醍醐味だしね!」

「おみくじですか…。確かに定番ですけど、実際に引くのは小学生の時以来ですね」

「愛実、シャーエ。おみくじには何か、必要な作法などはあるのですか? あそこに結ばれているのは、おみくじですよね」

「あっ、それなら母さまに聞いたことがあります。まずは参拝して神様に挨拶をしてから、その後にくじを引いた方がいいって聞きました。あと、くじは持って帰っても、結んで帰ってもいいんだけど、捨てたりするのは絶対にダメって教えてもらったかな」

「さすがは、姫島さん。朱乃ちゃんもよく覚えていたね」

「えへへー」

 

 女子四人組が集まり、わいわいと楽しんでいる姿に微笑ましさを感じる初詣。ただ一番年上の姉が誰よりもはしゃいでいることに、弟としてちょっと恥ずかしさはあるけど。女性陣は朱璃さんと朱芭さんに着つけてもらったため、華やかな着物を身に着けている。そんな様子を後ろから眺める俺と鳶雄は、女性陣のテンションの高さに目を合わせ、思わず笑ってしまった。

 

 そして、そんな俺達の後ろをさらに歩くのは大柄な男性。朱乃ちゃんのお父さんであるバラキエルさんが、ビデオカメラを片手に愛娘の初詣シーンを収めてデレデレしていた。一応このヒト、俺の護衛として『神の子を見張る者(グリゴリ)』から派遣されてきたはずなのになぁ…。まぁ、俺も朱乃ちゃんの成長記録は撮っているので、気持ちはわかりますけどね。後でダビングさせてもらおう。

 

 今年の初詣は朱乃ちゃんも一緒に参加したいということで、堕天使の関係者でも参拝できる場所を選ぶことになった。メフィスト様は宗教上の理由というか悪魔であるため、理事長として一旦協会に戻っている。家族には普通にちょっと長めの散歩をしてくると伝えているようなので、夕飯までには帰って来るつもりなのだと思う。あと、朱璃さんと朱芭さんは体調を考慮して幾瀬家で待ってくれているため、二人の分まで参拝する気持ちでいた。

 

 という訳で、堕天使OKの神社ということと、俺の護衛も兼ねて朱乃ちゃんの保護者であるバラキエルさんが来ることになったわけだ。バラキエルさんも朱璃さんの親戚である幾瀬家を気にしていたし、朱乃ちゃんもお世話になっていたから、いつか顔合わせとお礼はしたいと思っていたらしい。幾瀬家へ挨拶に来たバラキエルさんを見て、鳶雄や東城、姉ちゃんもピキッて固まっていただろう。朱乃ちゃんはお母さん似だから、父親とはなかなか結びつかなかったらしい。

 

「朱乃ちゃんのお父さんが外国の方だって聞いていましたけど、すごく貫禄のある人ですね。ジムの教官をしているだけあって、すごく鍛えられていますし」

「バラキエルさんは口数が少ないヒトだけど、優しいヒトだから大丈夫だよ」

「はい、朱乃ちゃんからお父さんのことは聞いていましたからね。朱璃さんにはいつもお世話になっていますし、いつか姫島家の皆さんにはきちんと恩を返せたらって思います」

 

 俺と鳶雄は冬用のジャンバーを羽織り、いつも通り普段着のまま歩いていた。女性陣のオシャレへの執念は、俺達もちょっと見習わないといけないかもしれないが。前を歩く女性陣達の中では、これからの予定がすでに進められてるみたいなので、男は黙ってついていくつもりである。そういえばと俺はちらりとバラキエルさんの方へ向くと、今更ながら現在多忙を極める聖書陣営の雷光を初詣で借りちゃって大丈夫なのか心配になった。

 

「あの、バラキエルさん。向こうの方は大丈夫なんですか?」

「アザゼルが気を利かせてくれてな。例のこともあって、年末は家に全く帰れないぐらい多忙だったが、さすがに新年の祝いぐらいは家族と過ごせと時間をもらったのだ。数時間後にはまた戻ることになるがな」

「なんか、本当にすみません…」

「覚悟はしていたさ。こちらは事前に動いていた分、まだマシだろうしな。……ミカエル達の方は、相当ヒドイことになっていたみたいだが」

「そ、そこまで?」

「あのアザゼルが一瞬無言になった後、労わりの言葉を入れていたぐらいのレベルだ」

 

 それは、相当ヒドイことになっていたのはすごく理解できました。ミカエル様、今度会えたら相棒を突き刺します。天界側はとにかく急ピッチで停戦協定への道筋を立てたようで、普段は表に出ない天使達が前面に姿を現して進めていったようだ。当然ながら反発もあったみたいだけど、デュリオやおじいちゃんも協力して抑えていったらしい。

 

 あと、どうやらラファエル様の天使検定を合格した天使だけには相棒のことを教えたようで、主の後継者を迎えるために全力で取り組んだ結果でもあるようだ。天使の皆さんが健気すぎる…。俺と相棒で、のんびりと録画していたアニメや年末バラエティーを見放題して過ごしていたのが申し訳なく感じる。天界へいずれ行くことがあったら、俺も全力で蝶々を飛ばせるように頑張ろうと思いました。

 

 

「父さま、私たちの番が来たよ。一緒に参拝しよう!」

「あぁ、もちろんだ。おさい銭は用意できているか?」

「うーん、私は受験の合格祈願かなぁ…。鳶雄はどうする?」

「俺は家内安全、かな…。合格祈願もついでにお願いするってできるんだろうか」

 

 お賽銭を静かに入れて、鈴をカラカラと鳴らす朱乃ちゃん。俺の中の『神依木』が堕天使親子に恐る恐るしている神性の存在を感じ取るが、朱乃ちゃんはどうやら参拝に集中しているようで気づいていないようだ。バラキエルさんは神性の存在に肩を竦めているが、こちらも気にしていない風で二礼二拍手一礼の作法で拝礼していた。

 

 そういえば、俺って天使に近づいているみたいだけど、いずれこんな風に種族としての線引きとかが起こるのだろうか。できれば、今後も初詣で参拝とかはしたいけど、天使的に他の神様にお参りするってありなんだろうか? 相棒はちょっとむぅーっとするけど、俺が参拝したいならいいよって言ってくれるんだけどなぁー。

 

 俺の中に神性が入るのは許さないけど、俺の信頼というか信仰? みたいなのが相棒から揺るがないのなら、他はそこまで気にしないらしい。相棒なりの線引きがあるみたいだけど、それさえ越えなければ基本は別にいいじゃんな感じなのだ。これは大らかというか、マイペースというべきなのか…。俺的にはありがたい限りだけど。

 

「カナくんはお参りをしたら、祈願はどうしますか?」

「えっ、そうだなぁ…。世界平和とか?」

「奏太、真面目に考えなさいよ」

 

 いや、わりとマジで考えたよ。表側だとわからないけど、裏側って今とんでもない大混乱中らしいからね。ただ俺の願いが聞こえたらしい神性の反応がオロオロしているというか、涙目になっているような思念を感じてしまったので取り下げることにしました。神様へのお願いも配慮しないといけない時代が来たらしい。

 

「それじゃあ、……家族とこれからも一緒にいられますように、かな」

「あら、留学して久しぶりに帰省したら寂しくなっちゃった?」

「いいだろ、別に…」

 

 俺の願いを聞いて、にやにやと笑みを浮かべる姉ちゃんに恥ずかしくなって顔を背ける。「照れないの、お姉ちゃんも寂しかったわよぉー」とだる絡みしてくるので適当にあしらっておいたが、ラヴィニアは心配そうに俺を見つめるだけだった。俺はそれに大丈夫だと頷くと、俺の頭をぐりぐりする姉ちゃんと向かい合うようにする。きょとんとする姉ちゃんに、俺は意を決して口を開いた。

 

「……明日さ、倉本家のみんなに聞いてほしいことがあるんだ。色々とその…、話しておかないといけないことがあってさ」

「みんなって、お父さんもお母さんも?」

「うん、すごく大事な話」

 

 それ以上はどうやって言えばいいのかわからなくなり、口を閉じて視線を泳がせてしまう。そんな俺の様子に姉ちゃんは首を傾げながらも、何も聞かずに了承を返してくれた。

 

「わかったわ、私の方から二人に伝えておいたらいい?」

「えっ、いいの?」

「いいわよ、別に。ほら、せっかくの新年なんだから、そんな不安そうな顔をするんじゃないの。ラヴィニアちゃんも、今日は新年を盛大にお祝いする日よ。奏太って昔っから変なところで心配性だけどさ、こういう時は切り替えて楽しみなさい」

「姉ちゃん…」

「私もお父さんもお母さんも、これまで奏太が本気でやりたいって願ったことを否定なんかしたことないでしょ。そりゃあ、よっぽどのことなら叱ることや止めることはあるかもしれないけど…。家族なんだから、ちゃんと最後まで聞いてあげるわよ」

 

 まったく困った弟だと腰に手を当てる姉に、俺は小さく噴き出してその通りだと軽く頬を張っておいた。心配で不安になるのは、今じゃなくてもいい。それに姉ちゃんの何でもないように言ってくれた言葉は、不思議と心を軽くしてくれた。普段は色々心配になってしまう姉だが、こういう時は頼りになるなと思わず笑ってしまった。

 

 それから全員で参拝と祈願を済ませ、おみくじを引いて帰宅することになった。なお、おみくじは『神依木』効果なのか「大吉」だった。しかし、内容は良いことを書いているはずなのに『願事(ねがいごと)』は、『もう十分です。それ以上はやめてあげましょう』的なことが書かれている。他にも『待ち人』のところが『すごい勢いで来ます』と書かれていて、どう反応したらいいのかわからない。これ「大吉」なんだよね? ツッコミどころ多くないか、これ…。

 

「カナくん、どうしました?」

「いや、何でもないよ。ラヴィニアはどうだった?」

「私はどうやらあまり良くなかったようなのです。『待ち人』は来ない…。『失物(うせもの)』は見つかるのが困難を極めるみたいです。今は特に失くしているものはありませんから、今後気を付けておきたいと思います」

 

 ちょっとシュンと肩を落とすラヴィニアに、そういう時のおみくじは境内で結ぶといいんだよ! と朱乃ちゃんに連れられて、一緒にくじを結びに行ったようだ。鳶雄や東城も結びに行くようなので、俺もとりあえず結びに行くことにした。姉ちゃんは「見よ、中吉ゲットよ!」と見せびらかしてきたので、「大吉」カウンターをしておいた。ずるいずるいとポコポコされました。

 

 昨年の激動の日々が過ぎ去り、今年から世界が大きく動くだろう時代が始まる。それでも、まずは目の前のことから一歩ずつ進んでやっていくしかないのだろう。こうして、聖書陣営による停戦協定を経て、新しい時代のスタートは幕をあげたのであった。

 

 


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