えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百九十四話 方針

 

 

 

「わ、我らの神がすでに亡くなられている…」

「……じいさんが『知ること』を止めるわけっス。これは確かに、とんでもない真実ってやつですね…」

 

 レモン色の蝶がひらひらと舞う会議室で、デュリオ・ジェズアルドと紫藤トウジは、天使長であるミカエルから最重要機密についての話を聞き、放心した状態で項垂れていた。自分たちの信じる神が、所属する組織のトップがすでに存在しないということ。世界の混乱を避けるために神の死は伏せられることになり、現在は天使長のミカエルが代表として組織を運営し、神に代わり信徒たちを導いていることを知ったのだ。

 

 知ったら戻れなくなる。確かにその通りだ。二人の胸中には天使達に騙された怒りよりも、信じていた拠り所(もの)がなくなってしまった喪失感の方が強かった。長年祈りを捧げて生きてきた人生に、ぽっかりと空いた空虚感。覚悟していたとはいえ、今でも足元がバラバラに崩れ落ちそうなほどのショックを受けている。それでも倒れなかったのは、先ほど告げた大切なものを護ると誓った決意が二人にあったからだろう。あと、物理的配慮(黄色い蝶々)

 

「主は人間から信仰を集めるために、信徒たちからの信仰心を加護や慈悲、そして奇跡に還元する力を生み出しました。それこそが、主が創りし『叡智の結晶』である『システム』です。しかし、主が亡くなったことで誰も『システム』に触れられる者がいなくなり、それによって徐々に世界へ影響を起こしていったのです」

「その一つが、人間と神器の拒絶反応による不具合だった」

「えぇ、そうです。『システム』を主以外が扱うのは困難を極めます。熾天使(セラフ)全員でどうにか起動させている状態ですが、残念ながら信徒たちへ奇跡を還元することも満足にできない状態なのです。起動するだけでも精一杯な現状で、それによる不具合を直せるような技術が私たちにはありませんでした。……故に、本来なら神器症の治療が叶うはずもなかったのです」

「……神器の拒絶反応は、大元である『システム』の不具合によるもの。主のみが操作できる『システム』を正常に正すことは、私たち熾天使でも不可能でした。だからこそ、治療を成功させた――『システム』の不具合を直した倉本奏太くんの存在は光明でもあったのです」

 

 ミカエルとガブリエルによって次々と明かされていく真実に眩暈はするが、同時にこれまで不可解に思っていた事情が紐解くように理解できていった。どうして天使である二人が、たとえ戦争になろうとも魔法使いである倉本奏太を自陣営に取り込みたいと思ったのか。神にしか扱えないはずの奇跡を、人間の子どもが引き起こせる。それは、天界が割れるほどの危機であり、同時に主の力を受け継ぐ存在が現れたも同じだった。

 

 実際は神の道具であった『システム』に意思が宿ったというとんでもない事実だったが、それを可能にしているのは宿主である奏太の『概念消滅』という異能の力だ。主の忘れ形見であり、奇跡を起こす後継者と唯一コンタクトが取れる人間。それはまさに信徒たちが待ち望んでいた『神の子』そのもののようにも感じる。デュリオ達もようやく『神の不在』という「前提条件」を知ったことで、この会談がどれほど重要なものなのかを悟った。

 

 倉本奏太を天界陣営が確保することは、悪魔と堕天使と魔法使いの三つの陣営が手を組んだことでほぼ不可能だろう。だが、それなら仕方がないと諦められる事態でもないのだ。先ほどから消えては飛んでくる(神の奇跡)のオンパレードを考えると、本当にお腹が痛い問題なのだと感じた。

 

「奏太くん、大丈夫かい? 能力の使い過ぎには気を付けるんだよ?」

「『王国(マルクト)』。大丈夫ですよ、リュディガーさん。まだ禁手時にしか使えない『理解(ビナー)』って能力があるんですけど、『解析(アナライズ)』を成功させやすくするだけじゃなくて、同じものを消し続けることで『付与効果の上昇』や『消費するオーラ量を軽減』させるパッシブ効果もあるんです。通常時でも、ある程度その恩恵を受けられるみたいなんですよね」

「ほぉ…、地味なようでまた凶悪な効果だねぇ…。『理解』すればするほど、相手の手札をどんどん削っていくこともできるってわけか」

 

 聖書の神の死について話している間、奏太はいそいそと蝶を飛ばすことに専念していた。話し合いの中心は自分だが、これからのことを決めるのは保護者や為政者であるみんなだと思っている。意見を求められたら口を開くが、基本は天界陣営の体調を気にしておけばいいだろう。三大勢力が秘密裏に集まれる機会などそうそうつくることはできないので、今回の会談で一気に決定までいかなければならないのだから。

 

「なので、安心してください。胃痛を消すだけなら百回ぐらい頑張れますよ!」

「あの、そこまでお世話になるわけには…。というより、お世話になりたくないといいますか……」

 

 色々ツッコみたいことや混乱はあるが、とりあえずさっさと会談をするべきだと天界陣営の意思は一致する。さすがに百回も神の奇跡のお世話になるのは勘弁してほしかった。

 

 

「さて、全体の認知もできたことだし、話を進めていくぞ」

「そうしましょう。まず、大前提として我々は過去に行った大戦を再び起こすつもりはない。その認識で間違いないでしょうか?」

「……ふぅ、その認識で構いません。このまま三竦みの関係を続けても、得られるものは何もありません。確実に三勢力ともに、滅びの道を辿ることになるでしょうから」

 

 それぞれの組織のトップの発言を皮切りに、話し合いが開始された。倉本奏太のことについて話す必要はあるが、まずは聖書陣営同士の会談を優先することにした。ここにいるのは未だ仇敵同士であり、何の取り決めもなく公平に語れる場ではない。とんでもないパワー外交にはなったが、ようやくトップ同士が集まれるきっかけが手に入ったのだ。それを有効活用しない手はなかった。

 

「……それに、戦争の大本である神と魔王は消滅しているのです。これ以上の戦いは、今の世界にとって害にしかならないでしょう」

「悪魔としても同意見です。先代の魔王が亡くなり、旧政府と新政府での内乱が起こり、種の存続が危ぶまれるほどの事態になっています。次の戦争があれば、――悪魔は滅ぶことでしょう」

「教会の戦士や転生悪魔という『駒』を増やせるお前らと違って、こちとら数を揃えることも難しいからな。一部過激なヤツはいたが、堕天使だけではもう余力がねぇ事は頭ではわかっていた。そんな状態で戦争なんか起こせば、堕天使も今度こそ滅ぶしかねぇだろうよ」

「種を増やせないのは我々も同じです。天使は神の子らを導き、その『未来』を見守ることが使命です。それを亡き神のために……『過去』のために命を散らせ、など言えるはずもありません」

 

 静かに首を横に振るミカエルに、教会の戦士達は沈痛な表情で目を伏せた。サーゼクス、アザゼル、ミカエルの三勢力のトップ同士の会談は、それぞれが過去を想うように告げられていく。聖書陣営同士の会談ということで、トップ以外は口を閉じて見守っていた。

 

「つまりだ、悪魔も堕天使も天使も戦争なんざする余裕も人材もないって訳だ。今更回りくどいことを言っても仕方がねぇから、もう俺から言わせてもらうぞ。――『停戦協定』を結ぼうぜ。そして数年の内に、三勢力同士で正式な『和平』を結びたいと思っている」

「――ッ、なるほど。もともとそのつもりで、私をこの場に呼び寄せたという訳ですか」

 

 天使陣営としても、五年以上前から和平に向けた取り組みを行ってきた。それがまさか、こんなにもとんとん拍子で進むとは思わなかった。悪魔と堕天使で事前に話し合いがあったのなら、悪魔側も同様の意見なのだろう。現に、サーゼクスもミカエルに向けて真っすぐな眼差しを向けるだけであった。

 

 傍で話を聞いていた教会陣営は驚きに包まれ、さすがのストラーダも息を呑んでいる。『神の不在』という禁忌だけでなく、この世界的に見ても歴史的瞬間といっても過言ではない現場に居合わせているのだという意識。(いが)み合い続けていた三勢力が手を取り合おうとしている姿に、誰もが呼吸を忘れるように見入っていた。なお、奏太はキラキラとした目を向けていたが。

 

「三竦み同士で争える状況じゃないのはお互い様だろうしな。そして天使(お前さん)たちは、カナタの力が必要だろ。今だって、『堕ちかけて』いるんじゃないか?」

「ある程度なら『システム』の『堕天』に融通を利かせることはできているので、問題ありませんよ。ただ――」

「まだ完全に、って訳じゃない感じか」

 

 原作よりも六年ほど早い会談。水面下で和平に向けた行動は行っていたが、今すぐここでそれを結べるかと言われれば難しい状況でもあった。まず天界陣営は完全な不意打ちで行われた会談であるため、何も準備ができていない。悪魔側も古き悪魔達への説得や、旧魔王派への対応が難航している。それに勢力同士が手を結ぼうとすれば、それを邪魔する勢力も自然と生まれてしまうものだ。それに対処できるだけの下準備も不完全だった。

 

「だからこその『協定』だ。幸い、俺達が協定を結ぶだけの理由をカナタ(こいつ)が用意してくれた。暫定ではあるが、十四番目の神滅具(ロンギヌス)になるだろう神器。神器(セイクリッド・ギア)研究に力を注いでいる『神の子を見張る者(グリゴリ)』としては、それをじっくり研究したいって名目はいくらでも作れる」

「数年あれば、こちらも準備を整えてみせる。奏太くんと相棒くんは、『眠りの病』の研究という希望を悪魔に示した。『神器症の治療』という不可能を可能にした奏太くんなら、古き悪魔達もその重要性を理解してくれるだろう」

「一人の人間を三勢力が欲している。しかし、彼は魔法使い陣営の重鎮であり、人間一人のために戦争を起こすことは難しい。だからこそ、『協定』を結ぶことで一時的に不干渉を築くという表向きの理由がつくれるという訳ですね」

「気づくヤツは、それが『和平』への準備期間ってわかるだろうがな。不穏な動きを見せるヤツも増えるだろうが、ある意味で炙り出しもしやすいだろう?」

 

 ミカエルは秀麗な容姿を疲れたように歪ませ、それを片手で隠すように項垂れた。戦争をしてでも手に入れなくてはならないものを、三つの勢力で共有しようという訳だ。それは確かに賢い選択だろう。倉本奏太の存在を、天界側は無視することができない。魔法使いで悪魔と堕天使と仲良しな少年を、ほとんど接点もなかった……それどころか敵対すらしていたかもしれない天界陣営に引き入れるのは無理だろう。魔法使いである少年が、天使や教会の戦士に好意的だっただけでも奇跡に近いのだから。

 

 実際、奏太は原作知識があったからこそ、教会や天界に対して遺恨をもたなかった。彼らの事情や人間を守るために戦う信念に心を打たれ、良い人がいることも知っていたから一つの枠組みとして嫌いになれなかっただけ。そんな原作知識(メタ視点)という特殊な見方をもっている奏太でなければ、敵意がないからといって、ここまで敵対組織の相手へ好意的に接しては来なかっただろう。

 

 選択肢などあってないようなものだ。すでに、ここまでお膳立てだってされてしまっているのだから。ミカエルはガブリエルに視線を向けると、彼女も同じ意見なのか天使長の判断に任せると頷き返した。

 

「……いいでしょう。我々天界もその『協定』に賛同し、『和平』に向けた本格的な取り組みを始めると宣言します」

「くくっ、判断が早くて助かるぜ、ミカエル」

「それではここに、悪魔、堕天使、天使による永き戦いは終止符を打ち、『停戦協定』が結ばれたことを締結します」

 

 サーゼクスがまとめるように告げるとトップ全員が頷き、聖書陣営の『協定』が結ばれることとなった。ようやく第一段階である『協定』が結ばれ、奏太はホッと息を吐く。これまでさんざん原作ブレイクをしてきたが、ここまで世界に影響を与えるほどの変化になるとは、と今更ながら手が汗ばむ。原作から十年以上前という現実に、和平前の死亡フラグの多さに愕然としたが、こうしてトップ同士が揃う姿を目の前で見られたことに感慨深い気持ちになった。

 

 とりあえず、ちょこちょこ消えた蝶々の補充のために、またひらひらと会議室に蝶が舞ったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「差し当たって、奏太くんには教会で保護している人々の治療をお願いしたいと思っています」

「うちにも不具合を持っているヤツはいるから、重度の症状があるヤツらを優先した方がいいだろう。こっちのリストはすでに作ってあるから、そっちのも作っておいてくれ」

「『眠りの病』の研究については、神器症の治療という実績も兼ねてあるので、こちらはしばらくは待っても構わない。だが、研究が始まった際は時間を取ってもらいたいので、その兼ね合いを――」

 

 大本の方針が定まったからか、会談が始まった当初の緊張感は薄れ、『協定』による対応や各陣営の取り組みなどの話し合いに移行している。それによりトップだけでなく、メフィスト様やガブリエル様、教会の人達などこの会談に集まったヒト達の意見も聞いているようだ。俺は山場の一つを越えられたことに嬉しくなり、グレイフィアさんが用意してくれた食べられるお茶請け(お菓子)をもらって一服していた。

 

 近くで見ていたデュリオが羨ましそうに見てきたのであげたら、胃が荒れないか心配していたけど相棒がいる限り心配しなくてもいいのにな。健康だけじゃなくて、カロリーや脂肪だって思いのままだよ! って言ったら、めっちゃ尊敬するような目で拝まれた。さすがはお菓子好き。そんな訳で一緒にパリポリ食べていたら、隣に座るリュディガーさんが俺達のやり取りに乾いた笑みを浮かべていたけど。

 

 いや、俺だって今目の前で行われている会談が、歴史的瞬間に立ち会っているんだってことはわかっているんだけど、ここまでが『予定通り』なんだよなぁー。アザゼル先生曰く、ここまでは消化試合みたいなもんだって言っていた。戦争になれば共倒れになるってわかる状況で、選べる選択肢なんて実質一つである。ここからようやく、この会談を行うことになった『本当の理由』に入ることになるんだし。

 

 そんな風にのんびりと会談を眺めていたが、不意にミカエル様が俺の方を見て、お菓子を食べていることに口元が引きつっていた。どうやら俺に用事らしい。すみません、今すぐ飲み込みます。紅茶をゴクゴク流し込むと、キリっとした表情で俺は前を向く。ミカエル様は少し言いづらそうだったけど、おずおずと口を開いた。

 

「……一つ懸念があるのです。奏太くんの立場と制限する情報について」

「えっと、俺の立場と情報ですか?」

「はい、『神の不在』を告げることができない以上、システムの不具合を唯一直せる奏太くんの存在を世界にどのように公表するかが重要になってきます」

 

 聖書の神様の死は、世界の混乱を避けるため、そして他陣営に隙を与えないためにも告げることはできない。それはつまり、神が健在であるという状態で相棒の存在をどう世界に伝えるかを考えないといけないということである。神がいるのに、神の力を別の者が使っている理由付けなど、確かに必要な設定ではあるだろう。

 

「そこは僕達も考えていた。僕たちとしては、正式な『和平』が結ばれるまではレーシュくんの存在は伏せるべきだと考えている。もちろん、奏太くんがシステムと一緒に神の奇跡を扱えることもね」

「えっ、メフィスト様。それだと治療は?」

「そこは誤魔化せるんじゃないかな。神器による悪影響が、人間と神器の不具合によるものであることを知る者は多くても、それが大本の『システム』が原因であることを知る者は一部の者だけだからねぇ」

神滅具(ロンギヌス)が出鱈目な性能であることは、世界共通の認識だ。新たに十四番目に定められる神器が、何だかんだで不治の病を治す規格外な性能って説明でも、一応は誤魔化せるだろうさ。俺達がお前の神器を神滅具(ロンギヌス)に定めようとしているのは、このためでもあるしな」

 

 なるほど、どれだけ理不尽でも神滅具(ロンギヌス)なら仕方がない、ってあんまり深く探られないってわけか。ただ相棒のオーラは聖書の神様と非常に似ているため、『聖遺物(レリック)』であることを隠し通すことは難しく、長命種ならいずれ気づかれると言われた。だから、せいぜい誤魔化せるのは数年ぐらいらしい。その間に『和平』の足場を固めて、俺への守りを築いていく計画のようだ。

 

 相棒の存在は聖書陣営にとって大きな爆弾でもあり、福音でもある。様々な宗教が世界に広がる中、キリスト教が一大勢力になれたのは、『システム』という世界全体に届かせることができる奇跡の力が大きい。神がいなくなったことで操作出来なくなってしまった奇跡が、再び行使できるようになれば他陣営は当然ながら警戒するだろう。聖書の神様が亡くなっている確証はなくても、何かしらの理由で表に出てこれないことは把握しているだろうから。

 

 つまり、俺が多方面からの悪意に晒されるのを防ぐために、『協定』中は新規神滅具の所有者って扱いで、『和平』になったら次期聖書の神様の後継者である相棒を発表するって感じになるのか。間違いなく混乱は起こるだろうけど、そこはミカエル様達や事情を知る信徒たちで上手く説明するようだ。

 

「実際、主の後継者がいないことは問題ではありましたからね」

「あいつは何でも一人で完結させちまう性格だったからな。唯一神って立場上、他に神をつくれなかった事情もあるだろうが、もう少し自分が消えた後の世界の混乱とかも考えてほしかったわ」

「……こればかりは、返す言葉もありませんね」

 

 アザゼル先生の説明を聞いて、どうして聖書の神様が後継者を創らなかったのかがわかって目を瞬かせた。確かに言われてみれば、キリスト教は他の神様を認めていない。他の神話にはたくさんの神様がいて、子どもだっていっぱいつくっているけど、キリスト教にはトップである一柱だけだ。自分の後継者なら、当然ながら同等のスペックを要求しないといけなくなる。神と肩を並べられるのは、当然ながら神しかいないのだから。

 

 もしかしたら、宗教上の理由で後継者を創るに創れない事情があったのかもしれないな。自分が定めた教えを自分が破るとか、プライドが高いヒトほど受け入れられないだろうから。

 

「しかし、これまで敵対していた種族同士が和平を結ぶという大きな方針の転換を行うのです。なら、唯一神としてあった在り方から、今後の世界の混乱の危惧も考えて神の子達の声を聞く『後継者』を創るに至った、とお告げをすることもできるでしょう」

「あとは事情は伝えられないながらも、神が表に出られない『理由』があることも広めます。そうすれば、動けない主に代わって後継者であるレーシュ様が表で活動しているのだと伝わるでしょう」

 

 ミカエル様とガブリエル様が語る今後の方針に、俺は感心したように頷く。これまで三竦みで睨み合っていた種族同士が『和平』をするという混乱に乗じて、さらに『後継者』という混乱の種も一緒に蒔くことで有耶無耶にしてしまおうということなのだろう。ちょっとズルいが、それだけ『和平』というのはこの世界にとって大きな転換期なのだ。

 

「おいおい、待て。それだとカナタがそっちの陣営の所属じゃないと、色々ヤバいことになるんじゃないか。神の後継者が魔法使いとか、教会の信徒たちが暴動を起こしかねないぞ」

「特殊な神滅具持ちの治療者というぐらいなら、教会の信徒たちもしぶしぶ納得するでしょう。しかし、神の後継者を名乗るのなら、なぜ自分たちの陣営ではないのかという疑問は持つでしょうね」

「まぁ、だからといってレーシュくんの存在を隠し続けることは無理だろうしねぇ…」

 

 上手くまとまったかのように見えたけど、どうやら問題は山積みらしい。確かに教会と魔法使いは敵対関係にあったけど、天使が悪魔と堕天使と仲良くなるように、魔法使いとも仲良くなりましょう! じゃダメなのかな? やっぱり、自分たちの陣営の後継者が別の陣営っていうのはまずいのか。

 

 

「なぁ、デュリオ。魔法使いと教会ってそんなに仲が悪いの? 一応、知識としてはあるんだけど」

「うーんと、仲はめちゃくちゃ悪いかなぁー。ほら、悪魔と堕天使と敵対していたのは天使の皆さんの敵だからで、その部下である俺達も戦うのは使命だって感じだったでしょ。だから、天使の皆さんが仲良くしますっていうのなら、俺達もその方針に従う訳っスよ」

「うんうん」

「だけど、魔法使いは上からの命令でもなんでもなく、教会側がぶっちゃけると魔法が嫌いだからって理由で拗れたのが原因らしいんだよね。神の子である同じ『人間』だからこそ、悪魔の魔力に傾倒した魔法使いたちを教会の信徒たちは許せなかった、って授業で習った気がするよ」

 

 教会と魔法使いの対立に、天使は元々絡んでいなかった。敬虔な信徒たちは、神の子として見守ってくれている天使を裏切って、悪魔の魔力に魅入られて魔法力を手に入れた人間達を疎んだ。そして始まったのが、歴史的にも有名な『魔女狩り』であり、神の名の下に行われた教会による粛清であった。それに当然ながら激怒した魔法使い達は反撃をし、今の時代にも続く泥沼と化している。

 

 もちろん、魔法使い側にも悪事を働く者がいて、それを人間の守護者として教会が粛清に動いたという説もある。だけど、教会と魔法使いという大きな括りとして始まってしまった敵対関係は、表向きはひっそりとしているが、現在でも根深く残ってしまっているのだ。もうどちらが悪いという次元の話ではない。原作でも悪魔や堕天使はいいけど、魔法使いは嫌だと拒絶する教会関係者が多かったほど、因縁の間柄となってしまっているのだ。

 

「つまり、魔法使いがダメってこと?」

「俺は別にいい気もするけど、やっぱり難しいのかなぁ。だからって、悪魔や堕天使の所属っていうのも荒れるだろうし、日本の組織は八百万の神や霊獣を信仰しているんだっけ? 無所属だと取り込めー! ってなっちゃうだろうし」

「えぇ…、俺にどうしろと……」

 

 宗教がめんどくさい。相棒も「うへぇ…」って感じの思念を送ってくる。いや、相棒。一応そこがキミがトップ(暫定)になりそうな組織なんだよ。そんな他人事みたいに嫌がったら、さすがにかわいそうでしょう。種族や立場とかそこまで意識しない側からすると、そこに拘りが強い相手とはどうしても辟易してしまうけど。

 

 思えば、この場にいる三人の教会の戦士は、かなり特殊というか、むしろ変わり者と呼ばれる分類なのかもしれない。魔法使いである俺に、一切敵意を向けてこないし。魔法を研究し、むしろ自分でも魔法を使っちゃうおじいちゃんに、悪い魔法使いじゃないならべつにいいじゃんなデュリオに、長年魔法少女に揉まれてきた紫藤さん。これはこれで教会の人間としていいのかと思っちゃうな、うん…。

 

「これは混乱を避けるために、やはり奏太くんには天界の所属になってもらうというのは…」

「ハァァッーー!? てめぇのところの部下の面倒事だろうがよっ! そもそもこれまで縁のなかった天界に、こいつが惹かれるわけがないだろ!」

「『和平』まで数年の猶予があるのです。それまでに奏太くんの好感度を上げることができるかもしれません。……故に、全ての天使による全身全霊を傾けて、翼モフリと餌付けを遂行させます。天使長権限でッ!」

「職権乱用っ!?」

「アジュカ。私たちの羽はモフモフしていないが、どうやったら悪魔のアピールポイントになるだろうか?」

「魔王が羽毛で競うな。……うちには転生悪魔という元別の種族の者が多いんだ。モフモフできそうな見た目の者に頼むという手もあるんじゃないか」

「私の身近でモフモフしていそうな見た目……。いるな」

 

 同時刻、グレモリー邸で炎駒と黒歌に寒気が走ったらしい。

 

 

「えらいことになってる」

「カナくん、他人事じゃないからね」

「わかっていますけど、これどう収拾をつけたらいいんでしょう。俺としては、『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の所属のままがいいんですけど」

「協会の理事長の立場としても、カナくんに抜けられると困っちゃうからねぇ。キミ一人でとんでもない金額が動いているから、カナくんがいなくなると今度は魔法使いが暴動を起こしちゃうよ」

「えぇー…」

 

 メフィスト様、そんな軽い調子で言うことじゃないです。しかし、これは真面目に困った。確かにあと数年は猶予があるから今ここで急いで決める必要はないけど、いずれ直面する問題である。こっちからすると迷惑だけど、天界側の事情もわかるっちゃわかる。自分たちの後継者が別の組織の所属とか、面子や沽券に関わる問題だろう。魔法使いの下に付くみたいで、気持ち的に納得はできないかもしれない。

 

 俺は口元に手を当てて、首を傾げた。うーん、何かみんなが納得できる方法はないだろうか。悪魔も堕天使も天使も魔法使いも平等に関われるみたいな感じで、困っていたら助けに行くとかそんな都合の良い立場。所属自体は魔法使いだけど、対外的には別に見えるようにすれば教会側の面子も守れるんじゃないだろうか。……むっ、なんか原作でそんな感じの組織が新しくできなかったっけ? 悪魔、堕天使、天使だけでなく、アースガルド、須弥山などの協力もあって結成したドリームチームみたいなのが――

 

 

「あれ、ちょっと待てよ」

 

 

 俺がポンッと手を打った瞬間、――ガコンッ!! バァンッ! パリンッ!! とすごい音が響いた。驚いて周りを見渡すと、天界陣営以外の全員がテーブルに沈んでいた。グレイフィアさんはふらついたのか、ワゴンに倒れ掛かっている。大惨事だ。

 

「何がッ!? まさかどこからか攻撃がっ!!」

「そんなっ、この会談が外に知られているはずが――!」

「魔王が張った結界を透過してくるとは、高位の術者によるものかもしれません。皆さん、油断しないでくださいッ!!」

「私たちに気づかれず、魔王や総督を含めた魔王級を一撃で仕留めるなんてッ……!」

「――ッ、カナたんは無事!? 安心して、俺が絶対に守るからっ!」

 

 突然の事態に混乱しながらも、戦闘態勢に入る天界の皆さん。剣や弓を一斉に構えて、どこから攻撃されても迎え撃てるように決死の眼差しで睨みつけている。まさか秘密裏に集まったはずの会談なのに、原作と同じようにテロ組織からの攻撃を受けてしまったのか。これがまさか、噂に名高い歴史の修正力さんの力だとでもいうのかっ!?

 

 ……でも、相棒の思念は特に危機的なアラームは流れていないんだよな。むしろ、ものすごく何か言いたそうな思念を感じる。そういえば、こういったことが前にもあったような…。

 

「カナくん…」

「メフィスト様、大丈夫ですかッ!?」

「とりあえず、蝶を飛ばしなさい。人数分。今すぐに」

「あっ、はい」

 

 メフィスト様の語尾が伸びていないよぉ…。慌てて『王国(マルクト)』を発動させてしまったので能力を付与するのを忘れてしまっていたけど、相棒が代わりに付けてくれたらしい。さすがは相棒、気が利く。ひらひらと六匹のレモン色の蝶が会議室を飛んでいき、戦闘不能になった悪魔と堕天使に神々しい光が降り注いだ。

 

 数秒後、むくりと上半身を起き上がらせたみんなは、沈痛な表情でしばらくの間項垂れていた。その傍で、状況に全くついていけない天界陣営が呆然としている。先生と相対した時と同様に、武器を下ろしていいのか困惑しかない。たぶん、下ろしていいと思うよ。

 

「あの、大丈夫ですか…? どこかの勢力から攻撃を受けたのですか……?」

「攻撃…。ふっ、確かに攻撃を受けたな。直撃で胃に」

「クッ、メイドとして冷静に対処しなければならなかったのに、不覚を取ってしまいました…」

「グレイフィア、仕方がないよ。そんなに落ち込まないで、アレは本当に仕方がない」

 

 恐る恐る尋ねたミカエル様に、アジュカ様はもの哀しそうにフッと笑みを浮かべた。サーゼクス様は自分の不甲斐なさを責めるグレイフィアさんに、労わりの言葉と共にポンポンと優しく背中を叩いている。この状況の全てに当惑するしかない様子の天界陣営の皆さんだった。

 

「会談に集中し過ぎて、構えることすらできなかったぜ…」

「カナくんがうんうん考えている時点で、嫌な予感はあったんだ…。やはり貫通効果は恐ろしいねぇ」

「これが、耐性があるからこその威力…。このような精神攻撃の仕方もあるのか、勉強になったよ」

「相棒、これやっぱり俺の所為?」

 

 即答で頷くような思念が送られる。そんな気はしました…。俺は天界陣営の皆さんに大丈夫だともう一回椅子に座ってもらい、保護者の皆さんにお茶請けを配り歩いておいた。悪魔と堕天使は慣れたフォームで胃薬を流し込むと、先ほどの会談の時のようにキリっとした表情に戻っていた。

 

 

「さて、じゃあ話を戻すか」

「説明は一切なしですかッ!?」

「カナくんがやらかした。今後はそれで理解できるようになるよ」

 

 何事もなかったかのように座り直した悪魔と堕天使の見事な統一感に、深くツッコむことができないようだった。この切り替えの早さが、これまでの経験の賜物のような執念を感じる。とりあえず、全く問題なく進むようなので、もう天使の皆さんもスルーすることにしたらしい。サラァッと蝶が消えたので、またひらひらと奇跡を飛ばしておいた。

 

「それで、カナタ。お前、今度は何を思いついた?」

「えっと、はい。さっきまでのみんなの話を聞いて、思いついたんですけど…。要は四つの勢力にとって俺の立場が平等になればいいのかなって思ったんです。どこの勢力の力にもなって、尚且つ贔屓には気を付ける。お互いに相互関係を築ける立場になったらどうかなって思ったんです」

 

 魔法使いにはこれまで通り、稼いだ賃金を投資として払う。悪魔には『眠りの病』を含めた、困った時のお助けみたいな存在になる。堕天使には神器の研究に付き合って、今後の成果に繋げてもらう。天使にはシステムのことで付き合ってもらい、相棒との橋渡しをしてもらう。所属は魔法使いのままでも、こういった何でも屋みたいな立ち位置になれる『別枠の所属』を作ってしまえばどうだろう。

 

「相互関係を築ける立場…」

「新しい組織を創っちゃえばいいんですよ! 種族や所属、勢力の垣根を越えた中心となる無色の組織を。全ての組織と繋がりがあるのなら、面子とかの問題だって平等になりますよね」

 

 種族や所属という垣根を越えた組織。だからこそ、支援もしやすく、どこの組織とも繋がりがあるからこその抑止力にもなる。それこそが、原作で結成されたテロ組織特殊対策チーム『D×D(ディーディー)』だ。力関係も平等で、リーダーはイメージの良さで選ばれるぐらい、原作ではみんなで力を合わせて頑張っていただろう。

 

 原作でその組織が作られたのは、世界中に被害を及ぼしかねない『クリフォト』と対抗するためだったけど、俺達にはすでに対策するべき強大な『敵』がいるのだ。なら、『和平』が早まるというのなら、こっちも早めちゃってもいいんじゃないかな? 対策本部は早めにつくっておいても損はないだろうし!

 

「また、ぶっ飛んだ発想がきたねぇ…」

「『和平』に『神の後継者』に『新組織の設立』ねぇ。こりゃあ、今度は世界に情報爆撃という名のハルマゲドンでも起こす気かよ」

 

 ポカンとするメフィスト様と、クツクツと笑いをこらえるアザゼル先生。驚きはあっても否定的じゃないのは、彼らも想定される『敵』が分かっているからだろう。いずれ訪れる『敵』への対策として、一丸となって協力できる組織が必要になるのは明白だ。だったら、今から準備しておくのは悪い案ではないと思ったのだろう。

 

 本来なら『和平』や『後継者』で十分に世間を騒がせるだろうに、さらに新しい組織をつくるなんて他神話を刺激するため、普通に考えたら危険だと思う。だけど、俺達が『協定』を結んでいる間に他神話へ『敵』についての情報を共有させることができれば、『和平』での混乱を黙認してもらうこともできるはずだろう。……少なくとも、他神話の一つに真実を共有させる術はある。

 

「聖書陣営と魔法使い陣営を後ろ盾にした新設の組織。だが、名目はどうする? いずれ他神話も『取り込む』にしても、すぐには難しい。まだ俺たちの『敵』を世界に掲げることができない以上、表向きの組織の経営方針は必要だろう」

「……えっと、アジュカ様。新組織の経営方針って、俺が決めちゃってもいいんですか?」

「俺達が後ろ盾になるのだから、四つの勢力にとって有益だと感じる内容が望ましいな。キミなら、俺達を頷かせるだけの利益(価値)を用意してくれるんだろう?」

 

 四つの組織にとって利益になる組織。ミステリアスに笑う魔王様に、俺は腕を組んで考えを巡らせる。ミカエル様達はアジュカ様の言葉にどういう意味かと訝し気な視線を送るが、今は俺のために待ってくれているようだ。ありがとうございます、すみませんがちょっと待っていてください。天使の皆さんも仲間外れにせず、きちんと巻き込みますので。

 

「種族も方針もバラバラな者達が創る組織。しかも、新設するならこの世界にとって必要な役割を担えるものじゃないと、『後』に続くことができない。その場限りのことじゃなくて、これから先の未来で『敵』と戦うことを見据えた方針も立てないといけない」

 

 この世界で必要だと思う組織、……作るべき居場所はなんだろう。世界の『敵』と戦うための戦力が、この世界にはまだあるだろうか? 異種族たちはそれぞれの組織や派閥をすでに持っている。魔法少女達を世界に羽ばたかせようかとも考えたけど、さすがに四勢力からやめてくれと懇願されそうな気がする。そこでふと、俺は自分の手の平を眺めた。俺がこの世界に転生した当初に比べて、大きくなった手の平。そういえば、俺が最初にこの世界について意識した時、なんて思っただろうか。

 

 あの頃は、とにかく生き残れるのか必死に悩んで考えていた。神器をもって生まれて、これからどうしたらいいのかわからない漠然とした未来。家族を巻き込みたくなくて、拒絶されるのが怖くて、誰にも相談することができなかった。あの時の不安や孤独感は、今でも思い出せるぐらいに鮮明に覚えている。助けを求めたくても、どこにも安全圏がないって泣いたと思う。

 

 

『凶悪で残忍な効果を持つ神器所有者で構成されたチーム。……深淵に堕ちた者たち(ネフィリム・アビス)。サタナエルが受け持つ生徒で、人間社会へ悪影響を与える危惧から、処分されて当然の能力者ばかりが集められた教室だ』

 

 今年の秋にヴァーくんから教えられた言葉がよみがえる。バラキエルさんからも「人として関わらない方がよい」と忠告を受けた人達。彼らの神器や思想は、確かに危険だったのだと思う。だけど、最初からその人達が悪かったわけじゃないはずだって、最後まで言うこともできなかった。

 

『やめておけ、倉本奏太。遠目でその者たちを見たことはあるが、歪なオーラを纏う者が多かった。アレは人道からすでに外れた者が纏う空気だ。お前の思想はわかっているが、それでも手遅れになってしまった者もいるのだと知っておけ』

 

 アルビオンの言葉は厳しいけど、正しいと感じた。神器を所持したことで起こってしまう理不尽な不幸があることは理解している。その不幸に耐えきれなくて、そのまま周りも不幸にして後戻りできなくなった者だっていることも。不幸なまま終わってほしくない。そもそも不幸になる前に、助けてあげることができたら…。だけど、そんな人たちを助けるには俺一人の力じゃどうしようもなくて、現実的にも難しくて諦めるしかないって思っていた。

 

 だけど――

 

『……それでも、少しでも何とかしたいと思ってしまうのは傲慢なことなのかもしれないな』

 

 

 ないなら、創ればいいじゃないか。傲慢上等だ。俺は、神器所有者としての孤独を知っている。あの時の小さな俺が、ここなら大丈夫だって思えるような安全圏。自分がもって生まれた力と向き合い、これから先の未来を『自分』で選択することができる居場所。神器は元々聖書の神様が創ったものなんだから、聖書陣営全体にも関わることだ。魔法使いの組織だって主な経営は人間なんだから、神器は決して無関係なんかじゃない。

 

『神器を持って生まれた者は誰しもその力によって良い人生を送れたわけじゃない…。俺のように影を自在に動かす子どもが身内にいたらどうなると思う……? ――気味悪がられて、迫害されるに決まっているだろう。俺はこの力の所為でまともな生き方が出来なかったよ』

 

 原作で英雄派に所属し、禁手(バランス・ブレイカー)に至った黒衣の鎧を纏った青年を思い出す。彼は曹操に初めてその力の素晴らしさを褒められ、ようやく人として認めてもらえて、たとえ利用されているだけなのだとしても彼を光として付き従っていた。兵藤一誠は悪魔として彼と戦い、己の信念のために殴り飛ばした。それは正しいことだろう。だけど、人間である俺は彼の気持ちもわかるのだ。

 

 彼に生きる道を示した曹操のやり方だって、間違いではない。だけど、本当にそれしか道はなかったんだろうか。彼は本当に自分の意思で『未来』を選んだのだろうか。自分が選んだ道を、胸を張って進んだのだと言えるのだろうか。人は選択があるからこそ迷う。迷って悩んで考えて、それからいくつもの選択肢の中から覚悟を決めて選ぶものなのだ。

 

 そんな場所があれば、それで誰かの未来を救えるのなら、少しでも何とかしてあげられるんじゃないかってそう思った。

 

 

「……俺は、神器(セイクリッド・ギア)所有者のための組織を創りたいです。これまで神器所有者は、見つけた組織の所有のものとして扱われてきました。だけど、その中間地点があってもいいんじゃないかって思ったんです」

「中間地点?」

「はい、組織の目的は神器(セイクリッド・ギア)所有者の保護。彼らに力の使い方を教え、神器と共に生きるための知識を授け、そして未来への選択肢を与える場所。表の世界で生きたいのなら、そのための制約や生き方を与える。裏の世界で生きたいのなら、そのための力と生き方を与える。それを理念とした、『人』と『異種族』の間に立つ組織です」

 

 原作でも聖書陣営が和平をしたことで、表の世界で生きたいと願っていた人たちの夢を叶えることができるようになった。俺は神器についての知識があったから、自分の道を選ぶことができた。自分以外にも、同じような能力を持つ人達がいることを知っていたから。その知識があったから、俺は孤独を感じることがあっても、自暴自棄になることだけはなかった。自分は一人じゃないって、そう思えることは何よりも嬉しかったのだから。

 

「……俺達にとっての利益は?」

「これまで世界への混乱を避けるために、聖書陣営が行っていた神器所有者の保護をこちらで担当することができ、さらに正しい知識と育成も(ほどこ)せます。表で生きたいと願う者には誓約を付けて世界に仇なす者にならないように、利用されないように見守り、裏の世界で生きたいという者には職業を紹介するつもりです」

「紹介って…」

「所謂、ハローワークみたいな感じですよ! 無理やりはダメですが、引き抜きや推薦、交渉も皆さんの腕次第。即戦力となる神器所有者が手に入り、しかも自分たちで職も決めたのでやる気も十分。悪魔なら交渉次第では神器持ちの眷属を持ちやすくなり、堕天使なら協力的な人材が手に入り、天使なら信徒を増やすチャンスです。魔法に興味を持って協会に入る人もいるでしょうし、世界の敵にならないのなら違う選択肢を選ぶのもありでしょう」

「なるほど、悪魔と協会の魔法使いの契約のような関係と似ているかな。悪魔に選ばれるように履歴書などの書類を送って、選ばれるようにアピールしていた魔法使い達と同様に、僕たちも有能な神器所有者(人間)が欲しいのなら交渉をしろってことか」

「俺達が神器所有者を監視し、保護していたのは世界へ悪影響を与えないためって名目があった。こそこそ研究するのは性に合わねぇと思っていたが、そういうやり方もあるか…」

 

 これまでは異種族が人間『を』選ぶ立場だった。だけど、これから先の戦いのことを考えれば、異種族と人間は対等な立場を築いていく必要がある。それほどまでに神器(セイクリッド・ギア)の存在は大きいものなのだ。もちろん、人間『に』選んでもらうことへ嫌悪感を持つ異種族だっているだろうが、そんなヤツらならこっちからお断りだ。こっちは商売じゃなくて、神器所有者が幸せになれるための居場所を提供するための組織である。赤字経営がどうした、俺の通帳で叩き潰してやる。

 

「人間が中心となった組織を創るのは、本来なら難しいことだ。魔法使い達も僕という悪魔が後ろ盾にいるからこそ、権利を侵されることなく人らしく生きることができたのだから」

「はい、その通りです。だからこそ、その後ろ盾をみなさんにお願いしたいんです。それに、聖書の神様の後継者だっていうのなら、親が放ってしまった迷える子羊たちを導くのも、立派な役目ってやつなのかなと思うんです」

「親の不始末を子が背負う必要なんてないんだよ。だけど、カナくんはそれがやりたいんだよね?」

「はい。俺一人じゃ無理だけど、みんなと一緒ならできるかなって思いますので」

 

 ニッと笑みを浮かべる俺に、メフィスト様は深く溜め息を吐くと、仕方がないなぁと肩を竦める。呆れられたみたいだけど、いつもの優しい眼差しで頷いてくれたことに安心した。

 

「はぁー、本当にとんでもない生徒を持っちまったもんだ。……だが、俺の役目はお前の道を最後まで見届けることだからな。『和平』まで忙しくなるだろうが、責任もって生徒の頑張りを応援してやるのが先生ってもんだろ」

「アザゼル先生…」

「悪魔の人間に対する意識改革のためにも悪くない案でしょう。転生悪魔が増えてきているこの時代、人間と共生していくことは必要不可欠です。それに戦力を強化するという意味でも、有能な神器所有者が増えることは今後のためにもなる」

「サーゼクス様もいいんですか?」

「悪魔はキミに、返しきれないほどの恩があるんだ。それに奏太くんは、ちゃんと私たちへ利益(価値)を提示してみせた。これは立派な契約であり、交渉の成立だよ」

 

 アザゼル先生は黒髪をガシガシと手で掻いた後、俺の頭を無造作に掻き撫でた。サーゼクス様は紅色の髪を揺らし、楽し気な表情でウインクを送ってくれた。俺の考えた理想はまだまだ子どもが描いた夢物語かもしれないけど、それを真剣に受け止めてくれる大人たちがいる。それが本当に、涙が出そうになるほど嬉しいと感じた。

 

 

「奏太くん」

「ミカエル様?」

「あなたの人脈について物申したいことは色々ありましたが、彼らがあなたのために動く理由はわかったような気がします。神の子を見守り、導くことは私たちの使命。奏太くんの願いは、私たちの目指すべき方針と同じものです」

 

 ミカエル様はゆったりとした動作で俺の前までくると、目線を合わせるように屈んでいた。そこには優しげな微笑みと一緒に、どこか決意を感じさせるような意思が感じられた。俺の前に差し出されたミカエル様の手に、おずおずと俺も手を乗せてみる。みんなと同じように応援してくれているのはわかるんだけど、ちょっと重くないかな…。

 

「我々も共に歩ませてください。あなたが見据える未来へと」

「は、はい。よろしくお願いします…」

 

 俺の手をブンブンと握って、天使スマイルが輝くミカエル様。どうしよう、ありがたいんだけど、ここまで好意的な大人のヒトって初めてだから、どう接したらいいのか困る。周りの大人達って俺のことを大切にしてくれているんだけど、俺の扱いが雑なところもあるから、こちらも肩の力を抜きやすいのだと今気づいた。だけど、ミカエル様ってキラキラしているだけじゃなくて、俺のことをめっちゃ褒めてくれるので戸惑う。みんなに褒めてほしいと思っていたけど、いざ褒められると複雑だと思うあたり、思春期って難しいものである。

 

 そうして、『停戦協定』に向けた話し合いはいい感じにまとまり、みんなでおいしい紅茶を飲んで一服する。天界陣営の皆さんの表情も和らいだ頃、先生と魔王様は優雅にカップをソーサーに乗せて、にっこりと笑ってみせた。

 

 

「それじゃあ、会談の三分の一ぐらいは終わったし、このまま続きといきますか」

「――えっ?」

 

 カタッと、ミカエル様の手に持つカップが振動で揺れている。聞き間違いかな? とゆっくり顔を上げたミカエル様が見たのは、絶望へと突き落とすように無慈悲な笑みを浮かべる悪魔と堕天使だった。

 

「な、何を言っているのですか、アザゼル。私たちは(いにしえ)から続く大戦に終止符を打ち、新たな門出を祝ったばかりで……歴史的な瞬間を迎えたばかりなのですよ?」

「『停戦協定』は『本題』の一つではあったが、まだまだ俺達が話し合うべき『本題』は山ほどあるぜ?」

「先ほどまでのは聖書陣営での問題を解決しただけで、奏太くんが発掘してきたやらかしの数々には、まだ触れていませんでしたからね。むしろ、ここからが本番ですよ」

 

 アザゼル先生とアジュカ様の言葉に、完全に石のように固まった天界陣営の皆さん。悲しいけどこれ、現実なのよね。石がさらさらと風化していくように散った蝶々に黙祷し、また会議室に綺麗な蝶々が飛んでいったのであった。

 

 


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