えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百九十話 談笑

 

 

 

「という訳で、なんやかんやあって相棒が神滅具(ロンギヌス)に認定されることになっちゃったんだよねー」

「なんやかんやで、神滅具(ロンギヌス)って増えるものなのか…?」

「奏太くんと一緒にいると感覚が狂いそうになるけど、こんな軽い調子で報告する内容ではないと思うよ」

 

 天界との繋ぎを作り、ローゼンクロイツ家とお別れをしてから次の日。お休みをいただいた俺だけど、さすがに今後のことを考えれば親しいヒト達に何も伝えないままなのはまずいだろうと考えていた。俺は日常的に神器を頻繁に使っていたので、神滅具扱いになったからといって自重できそうな気がしない。俺自身、これまでの相棒の便利さが染みついてしまって、無意識に使ってしまうレベルなのだ。それなら、さっさと身近なヒト達には暴露しておいた方がいいだろうと結論した。

 

 メフィスト様からも神の死と異世界のことは相変わらず話せないが、俺の神器や今後の世界の動きなんかは話してもいいと許可をもらえた。相棒が聖書の神様が創った『システム』であることに触れれば、その親である聖書の神様はどうしたのか? という疑問は生じるだろうが、もう少し世界が安定してから告げるべきだと難しい顔をしていたと思う。たぶん、みんなもそこは疑問に思っても無理に聞いてはこないだろう。まだ話せないことがあることは、事前に色々伝えていたしな。

 

 そんなわけで、昨日のうちに声をかけられる身近なヒト達に連絡を入れておいたのだ。まず、俺にツッコミを入れた正臣さんと、日常での護衛をしてくれているリーバン。そして俺のパートナーであるラヴィニアと、使い魔のリンに友人のクレーリアさん。堕天使組からは、姫島一家とヴァーくんとなり、なかなかの大人数となっただろう。今は長話になるだろうと女性陣がお茶請けのお菓子などを用意してくれているため、男四人で集まって駄弁っているところだった。ちなみにリンはだらだらと携帯ゲームで遊んでいる。ごろごろ寝そべってピコピコする姿は、本当にドラゴンかと思うほど平和だった。

 

 なお、朱雀は家の用事が繁忙期なので後日になり、朱芭さんは俺の方で別途に伝えようと考えている。朱芭さんは保護者達に話す前に相棒や今後のことを相談しているので、ある程度の当たりはつけているだろうしな。他にも親しいヒト達はいるが、とりあえず日常的に関わりがあるヒト達を優先した人選になったのだ。

 

「まぁ、いつものメンバーって感じだね」

「俺の神器のことを知っているヒトってだけで、候補は一気に少なくなりますからね。ちなみに、瓢鯰(ひょうねん)師匠にも一応連絡は入れたんですけど…」

「えっ、噂のレアキャラ師匠さん?」

「レアキャラ師匠…。数日後に天界へやらかすことになったから事前説明をしたいって言ったら、その時点で限界を迎えたって断られちゃって。心配だから、落ち着いたら相棒を刺しに行きます」

 

 正臣さんにレアキャラ扱いされる俺の師匠。俺からの話で師匠のことを知っていても、一向に姿を現わさないことに情報屋として影に潜みたい本格派タイプなのかな? とみんなは首を傾げていた。

 

「その師匠さんの気持ちが非常にわかるというか、俺も本当にここにいていいのか疑問はあるが…」

「なんでだよ、リーバン。お前は俺の学友で、護衛の一人じゃん。メフィスト様もいいって言ってくれたから、気にしなくてもいいんじゃないか」

「あのな、奏太。俺は四ヶ月前まではクロセル家の末裔で、多少腕に自信はあっても、神器に振り回されるだけの子どもだったんだぞ。それが敵対関係であるはずの堕天使の領地にお呼ばれされ、天界を巻き込む騒動について事前に聞かされる立場になる。お前の感覚がズレているのは知っているが、一般の裏関係者の気持ちも察してくれ」

 

 はぁー、と溜め息を吐きながら、学校のノートを写させてくれるリーバン。みんなが集まるなら、姫島家のマンションが一番都合がいいだろうと決まり、朱璃さんにもお願いしてお邪魔させてもらうことになったのだ。朱乃ちゃんとヴァーくんのことを考えたら、ここしか選択肢がなかったということもあるけど。姫島家のみんなは快く場所を提供してくれて、ついでにお菓子もいただけることになった。どうもありがとうございます。

 

 みんなが揃うのを待っている間、休んでいた分の勉強をリーバンに教えてもらいながら、のんびり時間を過ごしていたのだ。最初は俺のことや今後について話すからと快諾してくれたリーバンだったけど、集合場所が堕天使の領域であることにまず頭を抱え、次に雷光の奥さんと娘さんを前に遠い目をし、ヴァーくんの自己紹介に朱璃さんへ頭を下げて水をもらい胃薬を飲みだした。もうここまで来たらヤケクソだ! というようなオーラは漂っていました。

 

「だいたい、神滅具である白龍皇ってだけでもヤバいのに、『ルシファー』の正当な血統者ってなんだよっ!? 堕天使陣営に保護されているだけでもまずいかもしれないのに、冥界中が震撼するぞッ…!」

「そう思って、魔王様達にもまだヴァーくんのことは言えてないんだよねー。情勢が落ち着いたら、魔王様達には伝えるつもりだけど」

「ま、魔王様にも伝えていない爆弾を、「まぁ、いっか」ぐらいの感覚で俺に暴露しないでくれ…」

 

 ガクッと項垂れるリーバンの肩を、正臣さんがポンポンと同情するように叩いた。メフィスト様の眷属として、色々裏事情を見せられてきた正臣さんなりに感じるものがあったらしい。リーバンなら周りに吹聴したりしないだろうし、彼の立場の弱さのおかげで問題ないと判断された背景もある。彼としても、メフィスト様達と敵対してまで情報を流すメリットがないからだ。

 

「でも、立場的にはリーバンとヴァーくんって似てない? 人間と子孫を残しているとか、冥界から離れているとか」

「似てねぇよ! 一貴族だったクロセル家と冥界の王族だったルシファー家を一緒にしないでくれっ!」

「奏太くんは立場とか権力とかに無頓着だからさ…。もう慣れるしかないよ」

 

 えぇー、泣き崩れなくてもいいじゃん…。自分の名前が出たからか、ちらりとこちらに目を向けるヴァーくんだが、彼もあんまり立場とかは気にしないタイプだからな。そのまままた漫画の世界に飛び立とうとしたが、溜め息を吐くアルビオンの声に視線を隣に向けていた。

 

 

《……はぁ。神器症の治療が成功したと聞いた時点で、薄々認定されるだろうとは思っていたが。まさか、本当に成功させるとはな…》

「アルビオン、神滅具(ロンギヌス)ということは『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』と同等の扱いなんだろう? その治療とはそこまですごいものなのか?」

《あの病は、神滅具がこの世に生まれたと同時に現れた不具合(バグ)のようなものとされていた。この世界で、アレを治せる者は『ヤツ』しかいない。その理を(くつがえ)した時点で、世界の均衡を崩したも同然の行いという訳だ》

「ヤツ?」

 

 俺達の会話に入らず、のんびりと漫画を読んでいたヴァーくんは、肩にくっ付く白いドラゴンに首を傾げたが、アルビオンはその先をあえて無言で通していた。たぶんだけど、アルビオンは「聖書の神様の死」のことを知っているんだろうな。そりゃあ、神器になって意識を保ったまま永い時を巡っているのだ。どこかの時代で『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』の所有者とぶつかったことだってあるだろう。そこで自分を封印した聖書の神様の遺志を感じ取れないわけがない。

 

 白いドラゴンの人形の目がジッとこちらに向けられたことを感じ、俺は肩を竦め、肯定するように頷いておいた。それだけで、彼はある程度こちらのことを察したらしい。神の死に関してアルビオンが他者へ口にしないのは、世界の混乱を避けるためか、あるいは神の封印で制限がかけられているのかもしれない。俺が「神の死」を理解していることに、彼は呆れたようにフンと鼻息を鳴らしていた。

 

《――ごほんっ。だが、個人的には倉本奏太の神器と同じ扱いということに、異議を申し立てたい気持ちはあるがな!》

「えっ、何で? そりゃあ、サポートメインだから破壊力って点で言えば負けるけど、相棒は大変便利ですごいよ?」

《お前の神器の扱いが軽すぎるからだろうがッ! 「神をも滅ぼす具現」という威厳をもう少し考えろっ! 最近はヴァーリも影響を受けて、朱璃殿の荷物の重量を『半減』して軽くしたり、湿度が高いと感じたら『半減』で調節しだしたり、雑草を刈りやすくするために『半減』でエネルギーを吸ってから一斉に刈りだしたり…》

「えっ、それは賢い使い方だ」

「だろ」

《――うおぉぉぉぉんっ!!》

 

  俺が純粋に褒めると、ふふんと鼻高々に胸を張るヴァーくん。日常的に能力を使うことで、『半減』の能力の性能も実際に上がったらしい。朱璃さんも大変助かっているようで、お母さんに褒められてニマニマするヴァーくんを見て、アルビオンも止めるに止められなくなってしまったのだろう。白いドラゴンが現実の辛さにジッタンバッタンしていた。

 

「伝説のドラゴンをガチで泣かせてる…」

「これもいつもの光景だから」

「えぇ…」

 

 こいつマジかよ、みたいな目で見られた件。リーバンもだんだん俺の扱いが適当になってきた気がするんだけど、俺って立場的には結構すごいはずだよな? 威厳オーラが足りないのだろうか…。

 

 

「はいはい、随分盛り上がっているみたいだけど。出来立てのお菓子を持ってきたわよー」

「待っていました、クレーリアさん!」

『お菓子っ!』

 

 キッチンからトレイを片手に現れた女性陣に、良い匂いを嗅いだリンとヴァーくんが勢いよくゲームと漫画を置いて立ち上がる。じたばたしていたアルビオンがその勢いで落ちて、「ぐげっ」と天龍としてあげていいのかと思う声をあげていたけど、ヴァーくんとリンはお菓子に夢中なようだ。さすがはドラゴン、食欲に忠実である。

 

 人数が多いからか、量を重視したようでお皿の上にはクッキーやブラウニー、クレープにアイスなどが並んでいた。さすがは喫茶店を経営していたからか、盛り付けもしっかりしていて美味しそうだ。大皿が四皿テーブルに並び、男性陣で食器や飲み物などの準備をしておく。全員がテーブルの前に座った頃には、みんなの目はお菓子に向かっていた。

 

 朱璃さんの朗らかな挨拶と共に手を合わせ、それぞれ好きなお菓子を手に取って口にしていく。クレープは中身を好きに選べるようで、クリームをつけたり、バナナを入れたりとトッピングを楽しみ、久しぶりに食べた手作り感に頬が緩んだ。こんな風にみんなで集まってわいわいするのも夏休み以来で、留学してから治療まで本当に忙しなく動いていたんだなぁー、と実感した。

 

「どうですか、カナくん?」

「めっちゃ上手い。このビスコッティって、ラヴィニアが作ったのだよね」

「はい、ビスコッティ(カントッチョ)は昔よくママと一緒に作ったのです。このアイスにつけると、もっと美味しいのですよ」

「おっ、じゃあ本場のおすすめでいただきますか」

 

 ラヴィニアの勧めでもう一度ビスコッティに手を伸ばそうとしたら、それよりも先にラヴィニアが手に取り、アイスと絡めてニコニコと俺に差し出してきた。

 

「はい、カナくん。あーんなのです」

「――っ!?」

 

 あの、ラヴィニアさん。この空間でそれをやるんですか? めっちゃみんながこっちを見てくるんですけど。彼女の眩いばかりの笑顔からは、純粋に俺に食べてほしいという気持ちしか感じない。邪なことを考えるな、俺。ラヴィニアの天然さは周知の事実だろう。あと向かい側のバカップル、負けじと真似をするんじゃない!

 

 逡巡は一瞬だった。俺は一息吐いて呼吸を整えると、意を決して齧り付いた。経験上、天然を発揮しているラヴィニアに勝てないのはわかっているので、こういうのはもう気にせずノリに任せるのが一番なのだ。無心で食べてお礼を告げると、嬉しそうに笑ったラヴィニアの表情にこれで正解だったと納得した。

 

 あらあら仲良しねぇー、と微笑む朱璃さんの隣で、朱乃ちゃんがお母さんの「仲良し」の言葉に反応したのか、ヴァーくんにクッキーを片手に餌付け(あーん)を実行していた。顔が赤い朱乃ちゃんとは違い、ヴァーくんはクッキーに反応して素面で齧っていた。こっちはこっちでツッコミどころ満載ながら、微笑ましいので良しとした。お母さんやキィくんとも食べさし合いっこができて、朱乃ちゃんは満足そうでした。

 

「何だこの空間、ものすごく居づらいんだが…」

「じゃあ、リンにお菓子を献上する権利を与えよー」

「あっ、はい」

 

 一人反応に困っていたリーバンに、空気の読める使い魔がお菓子を貢がせて(あーんして)もらっていた。クレープの盛り付けで手が離せないからって、人の友達を便利に使うなよ…。

 

 

「さて、だいぶ場も温まったことだし、カナくんの報告会に入らないとだね」

「キッチンにいる時にちょっと聞こえたけど、奏太兄さまの神器さんは、ラヴィニア姉さまとヴァーリくんと同じ神滅具(ロンギヌス)になったんだよね」

「……今更だけど、世界に十三――いや、もうすぐ十四になる神滅具の内、三つがこの狭い空間に仲良く揃っているって何事かと思うよな」

「教会にいた頃なら、どんなヤバい空間かと思うよね。今では僕たちも平然といられる訳だけど」

 

 確かに神滅具一個で、一国を滅ぼせるぐらいヤバいのがあるもんな。英雄派が初登場の時、敵側の組織に上位神滅具が三つも揃っていることに、かなり動揺されていたし。原作ではテロ組織特殊対策チームとして『D×D』が作られ、そのチームに所属する神滅具の所有者が集まることはあったけど、そういう集まりみたいなのがなければ、普通はこんな風に自然と揃うはずがないんだよなぁー。

 

 あれ、でも待てよ。ここにいずれ裏のことを知る鳶雄やイッセーくんが確定で入り、デュリオさんとも仲良くなれるかもしれないんだよな。つまり神滅具の半数近くが、お菓子を食べに勢ぞろいする未来がほぼほぼ見えるような気が……。うん、精神安定のために細かいことは気にしないでおこう。

 

「まぁ、とりあえず。こうしてわざわざ集まってもらったのは、リニューアルした相棒をみんなに直接見てもらった方がいいかなと思ったからなんですよね」

「確か名前も変わった、って言っていたよね」

「はい、禁手をしたことで姿や能力も一変しましたので。『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』から『暁紅の聖槍(ティファレス・リィンカーネーション)』とアザゼル先生がつけてくれました」

 

 百聞は一見に如かず。俺は早速相棒に呼びかけると、手の平にふわりとオーラが溢れ、夜明け色の槍が静かに現れた。みんなの前なので特に相棒が纏う聖なるオーラは隠していない。相棒を一目見て、本能からか悪魔関係者である四人とリンは跳び起きるように身体を反らした。堕天使である朱乃ちゃんはびっくりするだけで済んだようだが、ラヴィニアと朱璃さんは口に手を当ててポカンと見つめていただろう。

 

《――ッ!! そのオーラは、ヤツと同じッ……!?》

「ア、アルビオン?」

《いや、だが――、違う…。私たちを封印したものとは、『変質』している? 『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』に残るものとは、信じられんが別の存在なのか》

 

 以前メフィスト様が言っていたとおり、『暁紅の聖槍(ティファレス・リィンカーネーション)』の聖なるオーラは、やはりわかる相手には聖書の神様に連なる力だとわかるらしい。「システム」は聖書の神様が丹精込めて創った『叡智の結晶』であるため、親と瓜二つと言ってもいいほどオーラの質がよく似ているとアザゼル先生が話していた。それでも、似ているだけで違うものだと、本能で感じ取れるぐらいの違いはあるみたいだ。

 

 とりあえず、相棒が聖書の神様が創った「システム」と繋がっていたことや、その繋がりを使って神器症の治療を成功させたことまでは伝えておいた。「システム」に意思があったことに驚きながらも、どうして天界と交渉することになるのかを色々察してくれたようだ。異世界のことは話せないので仕方がないけど、天界と協定を結ぶ必要性はわかってくれました。天界側からすれば、自陣営のものであるはずの「システム」を、全く別の関係ない子どもが使っているなんて悪夢以外ないだろうしなぁ…。

 

「……もしかして、奏太くんの神器くんは「聖遺物(レリック)」に変わったのかい?」

「はい、その体調は大丈夫ですか? 『俺と仲の良い悪魔』なら、相棒が放つ聖なるオーラは無害化されるはずなんですけど…」

「う、うん。すごく驚いたし、身体は今でも違和感が拭えないけど、特に問題はなさそう…?」

「本能的に身構えてしまったが、変な気分だな。薄くなったとはいえ悪魔としての血が騒ぐのに、何も嫌悪感や忌避感を感じないことに困惑している」

「むしろ、お日様みたいにポカポカしてきたー」

 

 純血の悪魔であるクレーリアさんはまだ慣れないのか目を白黒させ、リーバンや正臣さんは目の前で起こったことの処理に追いつかないのか呆然としていた。ヴァーくんは驚きで飛び退いてしまったのが恥ずかしかったのか、チラチラと相棒を見ながら不貞腐れたように鼻を鳴らしている。なお、一番最初に適応力を見せたのはリンで、無害だとわかると日光浴をするように聖なるオーラを浴びて欠伸をしていた。お菓子でお腹いっぱいなことも合わさってゴロゴロしているが、さすがはマイペース代表のドラゴンだと感心した。

 

 

「というか待って。聖なるオーラって『無害』になんてできるの? 正臣が無意識にお祈りしようとして、頭痛ダメージを受けているけど」

「相棒が書き換えた聖なるオーラなら大丈夫ですよ。相棒の力は、『定められた理を変革する能力』ですから。というか、正臣さん。うっかり祈る癖は気を付けないとだめですよ」

「――痛っぅ。ご、ごめん。こんなに間近で「聖遺物(レリック)」のオーラを感じるのは初めてで、教会の戦士だった頃の感覚でつい…」

 

 テーブルに突っ伏して頭に手を添える正臣さんのうっかりに肩を竦めた俺だけど、ふと思い至る。彼の頭痛を消し去ることは簡単だけど、もっといい方法があるんじゃないか? 俺は相棒と頭痛で苦しむ正臣さんを交互に見つめると、ポンッと手をたたいた。

 

「あっ、ちょっと待てよ」

『―――っ!?』

「正臣さん、ちょっと相棒を刺しますよ! 痛くしないのでっ!」

「えっ? ちょっ、ちょっと待って、奏太くん! キミがそのセリフを呟く時は、大抵何かやらかすぅッ――!!」

 

 あっ、言い終わる前に刺しちゃった。でも、いっか。確か原作の教会三人娘もすごく喜んでいたはずだし、うっかり屋の正臣さんにとってもありがたいはずだ。俺は相棒を強く握りしめると、正臣さんの中に暁紅のオーラを巡らせていく。今回は相棒である「システム」と、正臣さんを繋ぐ一部の要素を消し去るだけだ。改変まではいかないので、禁手までしなくても大丈夫だろう。

 

 思い出したのは、悪魔に転生したアーシアさんやゼノヴィアさんが、ミカエル様からの働きにより、お祈りによる頭痛を解除してもらっていた場面だ。悪魔が祈ると頭痛がするという現象は、聖書の神様が定めたこの世界の理によるもの。つまり、「システム」で管理されているプログラムである。原作で個別に解除することができるのなら、正臣さんに届く「システム」の管理権限を一部届かないようにすることだって可能じゃないかと思ったのだ。「システム」は相棒自身なので、『悪魔の祈り』に作動するプログラムのパスを正臣さんだけ『消滅(デリート)』させることができるはずだと考えた。

 

「システム」による一部パスの消去(リムーブ)

 

 聖なるオーラが周囲を覆い、目の前が一瞬だけ紅に染まったけど、無事に相棒の力は正臣さんとの繋がりの一部を切り離すことに成功したようだ。悪魔にとって「システム」の影響って、どっちかというとデメリットの方が多いからな。「システム」に最も詳しい相棒だからこそ、できる方法である。よしよしと頷いた俺はニッコリと微笑み、ものすごく頬が引きつっている正臣さんへ声をかけた。

 

「正臣さん、頭痛の方はどうですか?」

「頭痛…。あ、あぁ、大丈夫そう。なんだ、僕の頭痛を治してくれただけなんだね」

「えっ? 治したんじゃなくて、今後はお祈りしても頭痛が起こらないようにしただけですよ」

『――――』

 

 あれ、空気が凍った。

 

 

《こいつ、やっぱりやらかしやがった》

「いや、システムのプログラムの一部を、正臣さんにだけ届かないようにしただけで…」

《神が定めた理を、子どもの思い付き一つで操作できることを証明したんだぞ。程度の差はあれどな。天界の連中が、少し哀れに思えてきたわ…》

 

 えぇー、原作では「よかったね、アーシアちゃん!」みたいなノリでミカエル様が感謝されていたはずなのになぁ…。悪魔個人が祈っても問題ないぐらいなら、そこまで大事にはならないと思っていたんだけど。原作との感覚のズレが、色々難しい…。一応、天界との交渉の時にミカエル様に思い付きで知り合いの悪魔が祈っても大丈夫なようにしちゃいました! って事後報告はしておこう。ホウレンソウは大事だもんね。

 

「あぁー、本当だぁー。主への感謝を考えても、頭痛が起こらない…」

「正臣、魂が抜けている場合じゃないよ!? 正気に戻ってっ! 正臣ぃぃぃッーー!!」

「……これまであった理を消し去り、宿主が望む新しい理に書き換える力。総督さん達が、カナくんの神器を神滅具(ロンギヌス)に認定するのは当然ですね」

「ろ、ろんぎぬす、ってすごいんだねぇ…」

 

 俺がやったことに理解が追いついたのか、みんなガクッと肩を落として項垂れていた。神器症の治療が出来た時点で『理の改変』ができることはわかっても、まだ実感は湧いていなかった感じなのだろう。ラヴィニアが遠い目をしている隣で、朱乃ちゃんは目をパチパチとしていた。朱璃さんがそんな目を回す娘の頭を優しく撫でていたけど、彼女もどこか悟ったような表情を浮かべているようだった。

 

「カナがやらかす。これが平常運転(リンたちの常識)なんだねー」

「これが常識になるのは素直に勘弁してほしい」

「なぁ、アルビオン。最強の白龍皇になるためには、俺も(常識)とやらを超えた方がいいのか?」

《やめて》

 

 その後、相棒の能力についての話になり、十個の異能にはヴァーくんの厨二心が擽られたのか目をキラキラさせていたのが微笑ましかったです。『王冠(ケテル)』については相棒と喋れるぐらいの説明に留め、『王国(マルクト)』は実際に使ってみて現れた四色の蝶たちに驚いてくれました。俺が同時に顕現できる槍の本数と同じ数の蝶を出すことができるし、槍の時と同様に異能の重ね掛けもできる。重ね掛けをした分の本数は無くなるので、数と質のどちらを優先するかはその場の状況次第になるだろう。

 

 例えば、味方のサポートをするだけなら数があった方がいいので、出来る分だけの蝶を飛ばした方がいいだろう。でも、敵に状態異常をかける場合は、蝶だと速さという点で不利だ。敵だって、フワフワ飛んできた蝶なんて簡単に撃ち落せるだろう。だったら、その場合は『姿消しの異能』や『気配消しの異能』を組み合わせた蝶を飛ばすことで、気づかれないように能力を運ぶことができるのだ。蝶には自立思考があるため、槍よりも成功率は上がると思う。

 

 そんな感じで能力の使用方法を話すと、「えぐっ」って引かれました。ちなみに、精度の高い感知能力と組み合わせれば、遠距離光学迷彩搭載のファンネルという嫌がらせし放題の技の完成である。さらにドン引きされました。リュディガーさんは「素晴らしい」って褒めてくれたのになぁー、感性の違いって難しいものである。

 

 そんなこんなで、せっかく出したので蝶をみんなの肩に飛ばして健康管理をしながら、だらだらとお菓子を食べて過ごした。たくさんツッコミを入れられたけど、俺の立場や相棒のことを知っても、こうして笑って受け入れてくれるみんなに心から感謝したのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

 そんな奏太がほのぼのとしていた、同時刻――

 

「はい、今なんと…?」

『天使長さまが、駒王町に降臨されることになった』

「……申し訳ありません。最近、駒王町の空を幾つもの丸太が飛び交う光景が当たり前になった幻覚に襲われていまして、耳も遠くなったのかもしれません」

『現実を見るんだ、戦士紫藤。天使長さまだけでなく、魔王も来て会合をするらしい。その最重要の場所として、そなたが住まう駒王町が選ばれたのだ』

「えっ、何で? すでにヤバいことになっている駒王町で、さらにハルマゲドンでも起こすつもりなの?」

 

 突然かかってきた緊急連絡に緊張を滲ませた紫藤トウジだったが、その内容に思考停止するしかなかった。上司に対して完全に口調が壊れてしまっているが、本来ならあり得ない事案の発生にさすがに上も黙認した。それに彼にはトップのお出迎えと、交渉の場をつくったりするという大事な役目がある。まだまだ頑張ってもらわねば困るのだ。教会の上層部の切実な思いだった。

 

「あの、せめて場所を変えませんか? 駒王町の現状をご存知ですよね? 私、無事に街を案内できる自信すらないのですが」

『悪魔と天使がお互いに話し合える緩衝地帯を望まれた結果、そこしかなかったらしい』

「あのあの、ではせめて私の他に責任者的な人をもう何人か…」

『……天使長さまが、今回の会合について知る者は出来る限り少なくしたいというご意向なのだ。信徒として、そのご意思を受け止めなければならないだろう』

 

 あっ、これもうどうしようもないやつだ、と長年の中間管理職の経験が紫藤トウジの脳裏に囁いた。思えば、クリスマスがもうすぐというこの時期に起こった、五年前の粛清未遂事件が全ての発端だった。確かにあの時、八重垣正臣とクレーリア・ベリアルの仲を認められず、教会の戦士として剣を向けたことは事実だ。二人の愛を引き裂く行為だったと認める。その償いも兼ねて、二人が今後幸せになれるように背中を押そうと駒王町の管理も頑張ってきたのだ。

 

 本心では理不尽すぎると思わなくもないが、神に与えられた試練なのだと心頭滅却して取り組んできた。胃薬を飲み、病院に運ばれ、ナースに怯え、おっぱいで全てを流しながら、魔法少女達が謎に友好的だったおかげもあって、精神的な部分以外は無事に街を守ることができたのである。悪魔側からも、ようやく待望の管理者が駒王町に就くと決定され、これまでの苦労が報われると穏やかな心地でクリスマスを待ち望んでいたというのに…。

 

 ――なんで、何の前触れもなくトップが降臨するの?

 

 

「あっ、胃が――」

『た、立つのだ、戦士紫藤よッ!! 胃痛に負けてはならぬっ! すぐに胃薬を送るし、給料も上げるし、出世も約束するから、踏みとどまってくれェェェッーー!!』

 

 神よ、私だけ試練の数や質がおかしくありませんか? 上司からの本気の心配と無慈悲さに涙を流しながら、パパは今日もお仕事を頑張るのであった。

 

 


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