えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
「……あぁ、朝かぁー」
ぼんやりとしていた焦点が徐々に定まっていき、窓から見える朝日がちょうど目に入ったのもあって、意識が覚醒したのがわかる。自分の寝起きの声に小さく笑いながら、二日目の朝を俺は迎えたのであった。あれから、メフィスト様とのやり取りに悶々としながらも、やっぱり初日ということもあって、疲れていたのだろう。用意されていたベッドに入ると、すぐに睡魔が襲ってきたのだ。
未だに嫌な予感は拭えていないが、いずれ通らなければならない道な気もする。だったら、来るなら来い! と覚悟を決めておく方がいいだろう。強くなりたいという思いに、嘘はないのだから。そうして頭を切り替えた俺だが、やはりまだ眠気があるのか、うつらうつらとしてしまう。
ここのベッド、かなり気持ちがいいのだ。身体が沈み込むようなふかふかさが堪らない。今日はラヴィニアから、神器の指導を受ける為、起きなくちゃならないのはわかっているけど。壁に立て掛けている時計を見るに、もう少しだけ微睡んでいても大丈夫な時間だと思う。寝汚いとは思うけど、二度寝の気持ちよさって、万国共通だと感じるんだよねー。
「時間はまだありそうだし、いっかぁー」
「駄目なのですよ…、カナくんは今日私と修行をするのですー」
「そうだけど、ラヴィニアとの約束の時間までまだ……」
目が覚めた。バサァッ! と自分でも最高記録だろう瞬発力で、俺は被っていた毛布を勢いよく取っ払った。辺りを見渡すが、声の主はどこにも見えない。メフィスト様のような魔方陣による通信かと思ったが、それも見当たらない。夢や幻聴かとも次に思ったが、俺の隣らへんでもっこりと小さく膨れ上がっている毛布を見つけてしまい、身体がピキッと固まった。
待って、これって、ちょっと待って。俺は今、もしかしてとんでもない現場にいるんじゃないのか。まさか、お約束のアレが、モブの俺にも適用されてしまうというのか。ここは、『ハイスクールD×D』の世界だ。やりすぎだろ、と思わずツッコんでしまうぐらいの、肌色率の高い世界である。だけど、モブや脇キャラには、一切のサービスはしてくれないエロ格差社会だった。会長大好きの匙さんを思い出せ! 彼が女の子関係で、報われたことがあったかっ!? いや、ないッ!!
ごくりっ、と俺は唾を飲み込んだ。恐る恐る俺は、毛布に触れる。ドキドキと心臓が高鳴ってしまうが、俺だって世間的には思春期を迎える年代だ。前世の記憶っぽいものがあったって、俺自身は何もかも初めてだ。異性とこんな風にベッドの中にいるなんて、考えるだけでも顔が赤くなる。それから俺は勇気を振り絞って、こんもりとなっていた毛布を手で払いのけたのであった。
そして、そこには俺の予想通り――ラヴィニアがいた。俺が面白半分でお土産に買ってきた、『心頭滅却!』とでかでかと漢字で書かれた、大きめのTシャツ一丁を身に着けて。……すごい、一気に俺の思春期の興奮みたいなのが、完全に冷凍滅却された。日本の漢字Tシャツには、可愛い女の子がTシャツ一丁でベッドの中というシチュエーションで、人を真顔にできる効果があったんだな。知らなかったよ。
「おはようなのです」
「……おはよう、ラヴィニア。なんで俺のベッドの中にいるんだ?」
「うん、……昨日トイレに立ったと思います。そして気づいたら、ここにいました」
「……部屋、間違えたんだな。おっちょこちょいすぎるぞ」
「あぁ、きっとそうなのです。カナくん、名推理です!」
嬉しそうに手を叩くラヴィニアに、俺はもう菩薩のような笑顔を浮かべられたと思う。この状態で、俺は他にどんな反応を返せと。寝ぼけ眼を擦る寝起きの彼女の様子や、雪のように白い肌や、俺が買ってきた大きめのTシャツ一丁の姿とか、色々あるんだけど、やっぱり俺の目に入ってくるのは『心頭滅却!』である。なんで俺、これ買っちゃったんだろう。
「とりあえず、起きようか。ラヴィニアは、ちゃんと自分の部屋に帰れるか?」
「はいなのです。私はもう十歳だから、大丈夫なのですよ」
「……えっ、まさかの俺の方が年上だった」
いや、そういえば外国の人って、雰囲気的に年上に見えるっていうからな。だから、決して俺が童顔すぎるとか、背が低すぎるという訳ではないはずだ! もうなんか、俺の心のダメージが深すぎるんだけど!? ふて寝しても、この状態ならきっと俺許されるよね。こんちくしょうッ!!
――――――
「こほんっ。では今日は、私から神器についてお話するのです」
「はい、お願いします」
あれから、朝のことは普通にスルーされて終わってしまった。俺は泣いていいだろうか。ちなみにメフィスト様からは、「夜中に寝ぼけて入ってきちゃうことは、よくあるねぇ」と笑って言われた。ちゃんと注意をしましょうよ! メフィスト様、もしかしてベッドに時々潜り込んでくるラヴィニアに微笑ましくなって、絶対に注意してこなかったでしょ! なんて将来のラッキースケベに向けた、フラグを作っているんですか!?
あと、俺のベッドにラヴィニアが潜り込んできたことに関しては、メフィスト様から特に何も言われなかった。首を傾げたが、「君はラヴィニアちゃんを、泣かせるようなことはしないだろう」と当たり前のように言われてしまった。信用してくれていることに嬉しいと感じるべきか、これからも起こり得るかもしれないラッキーイベントを『心頭滅却!』で乗り越えなければならないことに嘆くべきかっ……。俺の幸運値は、いったいどこにいったんだ。ちゃんと息をしろ。
そんな初っ端から騒がしく始まった、『灰色の魔術師』で過ごす初めての朝は、こうして始まったのであった。
「まず、カナくんは神器の種類についてどれだけ知っていますか?」
「種類って、例えば?」
「そうですね、例えば私の持つ『永遠の氷姫』は、独立具現型神器に属します。宿主から離れ、個を持った一つの存在として、宿主を守るために戦ってくれる神器ですね」
「へぇー、それってすごい神器じゃん」
「しかし、弱点としては、その神器の宿主が狙われることが多いのです。そのため、宿主自身が自分の身を防衛できる術を持っていないと、逆に危ないのですよ。神器にはそれぞれの種類によって特性があるので、相手の神器によって戦い方や守り方が変わりますね」
なるほど、それでラヴィニアは神滅具を持っていてもそれに固執せず、魔法の腕も磨いてきたってことか。それに感心しながら、俺は覚えている限りの神器を頭の中に思い浮かべてみる。まず思いついたのは、主人公の神器である『
「そうですね、その二つは状態変化系の神器なのです。この他にも、回復や呪をかける神器も含まれますね。カナくんの神器も、こちらの分類に入ると思います。『消滅』という状態を、自身や相手に及ぼすという神器ですので」
「状態変化系か…、これの特徴って?」
「こちらは、多種多様なものが多いですからね。ただ、多くは神器としての形があったりします。『
対策されると、不利になりやすい神器ってことか。それはどんな神器にだって言えることだろうけど、特に状態変化系は、その傾向が強いという訳だ。確かに、原作で兵藤一誠の能力を対策しようと、敵は様々な方法を使ってきた。アーシアさんの回復も、反転という効果で、逆に利用されてしまった場面もあった。単一の特殊効果だからこそ、それに頼りがちになる訳か。
あと、状態変化系の神器は、自力に影響されるものが多いらしい。呪いの効果がある神器でも、自分より格上には効きづらいとか。自身の限界以上にブーストすると、自壊するとか。特殊効果を及ぼす場合に、体力や精神力を消費するのは、俺の神器にも見られる傾向だ。つまり、何回も連発できない。特殊効果が有限である、という特徴もあるって訳か。
この神器を最も有効に活用できる方法としては、相手に自身の能力の効果を知られないこと。つまり、情報の秘匿性だ。相手に情報を渡さず、神器の力で翻弄し、そして止めを刺す。派手に目立つのは、逆効果ってことか。原作で兵藤一誠がやっていけたのは、神滅具という純粋な強さがあったからだ。普通の神器だったら、封殺されていたかもしれないな。
他にも、木場祐斗さんが使っていた『
「ただ、カナくんの神器は、普通の状態変化系の神器とは違う、大きな特徴があるのです」
「俺の神器には?」
「はいです、カナくんの神器は応用の幅が広すぎるのです。カナくんの力を知っても、すべてを対策しづらいのですよ。消滅の効果を受けないように守ることはできても、逃走は防げなかったり、回復されたりしてしまうかもしれません。もしカナくんがどんなものでも、そして何回でも消滅の力が使えるのなら、敵対はしたくないのです」
そこまでか。でも、確かに俺自身もそんなめんどくさい相手となら戦いたくないな。攻撃は消滅され、姿を消してアサシン化され、やっと傷を負わしても即回復。うん、普通に相手をしたくないな。
「ちなみに、ラヴィニアなら俺とどう戦う?」
「槍をカナくんから、腕を吹っ飛ばしてでもまず手放させますね。そしてすぐに、神器で広範囲を一気に凍らせて逃げ場をなくし、一撃で決めます」
「真剣に怖い!?」
でも、そうか。槍を手放させるか。確かに俺の能力は槍が基点なのだ。神器を手放した時点で、俺は普通の人間同然になる。そのあたりの対策も、俺には必要って訳か。本当にやらなきゃいけないことが多すぎる。
「さて、座学はこれぐらいにして、次はトレーニングにいってみるのです。神器を使いこなす第一歩は、実践あるのみなのですよ」
「えっ、でもトレーニングってどうやって」
「魔法使いの攻撃魔法の修行などで使うために、作られた空間があるのです。悪魔のレーティングゲームでも使われる技術を応用したもので、修行にうってつけの場所なのですよ。これからもよく使うと思うので、覚えておいてください」
ラヴィニアはそう言うと、机の端に置いていたとんがり帽子をかぶり、壁にかけていたマントを身に付けた。魔法少女の完全正装である。ちなみに、彼女の帽子とマントは、メフィスト様からお祝いに買ってもらった物らしい。なるほど、大切にするはずだ。
俺は彼女に遅れないように後ろをついて行き、トレーニング室までの道のりを覚えられるように辺りを見回しながら歩いた。途中で見つけた施設の使い方や、豆知識などを彼女から聞き、それに俺は相槌を打つ。やっぱり、さすがは魔法使いの協会だ。目新しいものばかりで、目移りばかりしてしまった。
そうして、たどり着いたのはドーム級はあるだろう広い空間だった。こんな空間が、建物に収まるのかと思ったが、きっと魔法の力なんだろう。ラヴィニアは入り口付近で魔方陣を展開し、何かを指でなぞるように動かしている。それと同時に、ただの白いドームのような場所は、硬質な壁に覆われた巨大な一室に途端に変わってしまった。目を見開く俺に、投影や幻術などの魔法によるものだと教えてもらった。
「では、カナくん。まずは私に、神器の能力を見せてほしいのです。カナくんからお話は伺っていますが、この目で実際に見た訳ではないですから」
「そういえば、そうだったか。どんな風に、見せたらいい?」
「私がカナくんに魔法を放ちます。それを消滅させてみてください。速度はゆっくりに設定しますので、危ないと感じたらすぐに逃げてほしいのです」
「わかった」
俺が神器を手に出すと、彼女も手に小枝のようなスティックを握り締める。俺が頷くと、ラヴィニアは魔方陣を杖の先に作りだし、そこから手のひらサイズの火の玉が現れた。それが真っ直ぐに俺に向かって発射される。俺は槍を握り締め、狙いを定めて火の玉を消滅させるように念じながら先端を向けた。
そして、神器と魔法が衝突したと同時に、シュンと微かな音と共に、魔法は消え去った。ラヴィニアがそれに頷くと、今度はサッカーボールぐらいの大きさの火の玉を作り出す。それにちょっとビビったが、俺はそれも問題なく消滅させることができた。やっぱり、感じる疲労感は、最初の小さいのより多く感じる。それでもたぶん、このぐらいの魔法なら、数十発ぐらい余裕で消せると思った。
あとなんだろう、なんだか消滅の力が、以前よりも増しているような気がするのだ。日本にいた時もなんとなく感じていたが、ラヴィニアの魔法を消したことでそれが強く実感できた。確か今の彼女の魔法は、あの時はぐれ魔法使いが最初のころに放ってきた威力と同等だったと思う。あの時は、数発もてばいいぐらいの見解だった。それが、今は余裕で対処できてしまっているのだ。
「どうしたのですか?」
「あっ、いや。なんだかあの時のはぐれ魔法使いの攻撃より、消滅の疲労度合いが少ないから不思議に思って。神器って死にかけたら、レベルアップするものなのか?」
「……もしかしたら、神器が本能的に共鳴したのかもしれないですね」
「共鳴?」
彼女からの説明によると、神器同士でたまに起こる現象らしい。特に格上の神器の波動を浴びると、それが起こりやすく、共鳴してその力に引っ張られて自身を高めようとするそうだ。そういえば、あの時ラヴィニアの神器に呼応するように、紅に神器が光っていた。あれが共鳴だったという訳か。
「確か、神滅具は一種だけでも事象が歪むそうです。その時に、波長が合う者なら共鳴現象を起こすことがあるとも。私も実際に見たのは、初めてなのですよ」
「へぇー、そうなんだ。神器について、ラヴィニアは詳しいんだな」
「私の知識は、全て受け売りなのです。だからすごいのは私ではなく、あの方の方なのですよ。私に神器の使い方を指導して下さった時に、色々教えていただきましたから」
「神器の使い方を……?」
そんな人物が、魔法使いの協会にいただろうか。そもそも、ラヴィニアの先生のような人がいらっしゃるのなら、俺のことも見ていただけているはずだ。偏屈な人だったら、無理だろうけど。それでも、たぶん紹介ぐらいはされると思う。それがないってことは、その神器の先生は今すぐに会えない立場なのかもしれないな。
「そういえば、昨日メフィスト様から、ラヴィニアが神器を使いこなせるようになった方法と同じことを試してみないかって、俺に聞いてきたんだ。もしかして、それってラヴィニアの先生に連絡を取ってくれるってことなのか?」
「えっ……」
俺の言葉に、あのいつもぽわわんとしているラヴィニアの表情が、あの時のメフィスト様と同じように、何とも言えない感じになっていた。ちょっと待って、お二人とも。そこまで表情に出てしまうほど、何とも言えない方法なんですか。ものすごく、怖くなってきたんですけど。
そうだ、そのことについて、ラヴィニアから詳細を聞こうと思っていたんだった。彼女は以前その方法を実践した経験者だ。メフィスト様にあれこれ聞くのは抵抗があったけど、彼女なら答えてくれるだろう。そう思って、俺が口を開こうとしたその時。
「なんだ、早く神器の次の効果を見せてくれよ。おしゃべりは、後でもできるだろう? しっかし、紅色といい、本当にサーゼクスみたいな力の神器だよなぁ。面白れぇ…」
俺とも、ラヴィニアとも、俺の神器のことを知っているメフィスト様とも違う第三者の声が、突然響き渡った。俺たちはその声に反射的に首を向け、目を丸くした。先ほどまで誰もいなかったはずの場所に、一人の男が立っていたからだ。壁に身体を預けながら、腕を組んでニヤニヤと楽しそうに笑っている。それに疑問よりも、俺が感じたのは衝撃だった。
俺の神器を見られてしまったことよりも、その人物の正体に俺の頬が盛大に引きつった。隣にいるラヴィニアが、武器は構えないが少し警戒しているのがわかる。それは当然だろう、だってこの男性は、魔法使いの協会に所属していない。それでも、ここと深く関わりを持っている人物だから。今更ながら、俺は思い出した。メフィスト・フェレス様に関する情報の一つに、さらっと原作で書かれていた俺にとって重要とも言える内容を。
メフィスト様には、旧知の仲とも呼べる長い付き合いの者がいる。その相手とは、気軽に酒が飲めるぐらい親密なやり取りを原作では見せていた。三大勢力の和平まで、その交友関係を秘密裏にしなければならないとされていた人物。それでいて神器関係に詳しくて、この二人が遠い目をしたくなるようなトラブルメーカー体質は、あのお方しかいなかった。
前髪が金髪で、ちょい悪風な顎鬚を生やした中年男性。今は見られないが、その背には漆黒の翼を持っているのだろう。そんな彼の目は、完全に俺というか、俺の神器に興味津々な視線を向けている。なんかぶつぶつと考え事を呟いている研究者的な本質が、はぐれ魔法使いとは違うベクトルで全力全開に稼働しているような気がした。
結果的に、俺の嫌な予感は的中した。彼のカリスマ性の高さや面倒見の良さは、原作でも屈指だ。個人的に仲良くできたらいいなー、とも俺は思ったことがある。だけどそれは、俺が神器の力をまだあんまり理解していなかった時の考えだ。
はっきり言おう。神器研究大好きなマッドに、応用力のある神器なんか知られたらどうなるか。絶対にとんでもない目にあわされるに決まっているだろう!? 鉄球も改造もドラゴンも絶対に嫌だっ! 俺は自分の命が惜しいんだよ! 匙さんのような、マッドのかわいそうな犠牲者になんてなりたくねぇ!!
「よう、久しぶりだなラヴィニア。元気にやっているか」
「はい、元気なのです。総督さんもお元気そうで何よりです。……今日協会に来られたのは、メフィスト会長に会いに来た訳ではないようですね」
「あぁ、メフィストから興味深い話を聞いてな。ついすっ飛んできちまった」
すっ飛んでってちょっと、メフィスト様と話をしたのって昨日のことだぞ。連絡をもらってすぐに都合をつけてくるって、どれだけ俺の神器に興味があったんだよ。実は暇なのか、総督ってお仕事は。いや、そんなはずはない。きっとシェムハザさんあたりに、仕事を押し付けてきたに違いない。そうじゃなきゃ、こんなところに堕天使の総督がいる訳がないだろォォッーー!
「さて、まずは自己紹介だな。初めまして、メフィストの秘蔵っ子その二。俺は、『
拝啓、この世界様。俺はあなたに何かしましたか? 堕天使の総督様に片手を軽くあげて挨拶された俺は、もう乾いた笑みを浮かべるしかなかった。どうやら俺の原作セカンドエンカウントは、アザゼル様になってしまったようです。