えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百八十九話 手回し

 

 

 

「猊下、大丈夫っスか? いきなりコーヒーを噴き出してびっくりしましたよ」

「戦士デュリオ。早朝にやってきて、すごい勢いで治療法が見つかったと飛び込んできたら、誰だって驚くものだろう」

「いや、じいさんなら大丈夫かなって」

「老骨を労わりなさい」

 

 咳き込むことはなかったとはいえ、なかなかの衝撃であった。口元をナプキンでふき取り、白髪を困ったように指で掻くヴァスコ・ストラーダ司祭枢機卿。キラキラと目を輝かせる弟子に肩を竦めたが、内容が内容であったため、改めて場を整えて話を聞くことになった。猊下の向かい側に座ったデュリオ・ジェズアルドは、逸る気持ちを抑えながら順序立てて説明をしていった。

 

 デュリオが三年前に、ストラーダに連れられて会うことになった最上級悪魔。『番狂わせの魔術師(アプセッティング・ソーサラー)』の異名を持ち、転生悪魔であるリュディガー・ローゼンクロイツとの出会い。デュリオと同じ苦しみを抱き、希望にすがり、奇跡を願っていた姿をストラーダは今でも覚えている。

 

 リュディガーの子どもは、神器症の中でも重篤なものであったため、その命を少しでも延命できるかもしれない手段しか残されていなかったはずだ。リュディガーとデュリオが立場を越えた仲間意識を持っていたのは彼も知っており、二人のやり取りにも目を瞑っていた。それがまさか、このような結果をもたらすことになるとは思ってもいなかった。

 

 他の信徒たちならこの話を聞いても、信じられなかっただろう。デュリオが悪魔に唆されたのだと憤慨したかもしれない。しかし、三年前の悪魔の憔悴具合と絶望を知り、これまでデュリオが繋いできたやり取りを見てきた猊下だからこそ、その話を一蹴することができなかった。確かに相手は悪魔であり、敵対する組織に所属する者だ。だが、あの悪魔の嘆きと、自身が感じた憐みは本物だった。その思いを共感できるデュリオを嵌めてまで、こちらに虚言を伝える意図がないと判断できてしまった。

 

「にわかには、信じられないことだがな…」

 

 心は未だにざわつくが、冷静に回転する思考はこの話が真実である可能性を導き出す。だが、ただ治療法が見つかっただけではないのではないか、とこれまでの経験で得られた直感が囁く。確かに治療法が見つかったのは喜ばしいことだ。しかし、教会や天界がどれだけ手を尽くしても治せなかった(やまい)を、悪魔の関係者が治したなど混乱を招きかねない事態である。下手をすれば、その治療者を巡って悪魔と天使の間で戦争に発展する危惧だってあった。

 

 その危険性を、あの悪魔が気づいていないはずがない。それにも拘わらず、天界へ繋ぎを求めてきたのだ。治療者も治療法も何も伝えられない、という本当に信じてもらう気があるのかとすら思うが、それでも無視を決めこむことはできない。そのための布石を、すでに打たれてしまっているのだから。

 

「さすがは悪魔だな…。性質が悪い」

 

 小さく呟かれた言葉と同時に、緊張にジッとこちらを見据える少年と目が合う。神器症の治療法のことを他の誰でもない、デュリオ・ジェズアルドというこの奇跡を何よりも願っていた少年へ真っ先に伝えたことだ。デュリオの望みはストラーダを含め、彼の成長を見守ってきた者達ならみんな知っている。神器の影響で苦しむ者達を見捨てることなく、誰よりも傍で支えてきた少年の願い。彼が神に仕える道を選んだ、最初の原点。

 

 これまで教会に多大な貢献をし、神滅具『煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)』を宿した『教会最強のエクソシスト』の異名を持つ次代の代表になるだろう少年。彼の思いを踏みにじる選択を、教会は選ぶべきではない。もし「悪魔の言うことなど信用できない」と突っぱねれば、おそらく彼は一人でも行動に移すだろう。最悪、教会を離反してでも治療法を求めかねない。

 

 つまり、結果はどうあれこの情報を上に持って行くしかないのだ。それに治療法が見つかったかもしれない、という情報が真実なら握りつぶすべきではない。ストラーダにとっても、この悲劇が幕を閉じるのなら喜んで手を貸したいと思うのだから。

 

 

「戦士デュリオ。この情報が、今の勢力図を大きく変えることになるかもしれないことは自覚しているか?」

「……治療者の存在を巡ってですか?」

「そうだ、神器が神の贈り物であることは、知る者なら知っている事実だからな」

 

 考えをまとめ終わった猊下の質問に、デュリオはポツリと呟いた。もしその治療者が悪魔なら、神の贈り物によって起こった病を悪魔が治療できたなど、大々的に告げる訳にはいかないだろう。神への冒涜だと、一部の過激な信徒たちが暴走しかねない。その治療者を始末しようと行動に移す可能性があり、そうなれば悪魔側も黙ってはいないだろう。

 

 だが、その治療者がもし人間だった場合はより混沌となる。リュディガーは『身分的に教会へ足を踏み入れることができない』と言っただけで、それが悪魔だとは言っていない。彼には魔法使いとしての伝手もあったはずなので、治療者が人間である可能性もゼロではないのだ。人間はどの陣営にも所属することができる。誰も触れることができなかった神の贈り物に手を伸ばせる人間を、教会としても放置はできないだろう。

 

 過激派なら、始末するよりも教会側の人間になるように改宗を求める。治療者が教会の人間になれば、神器症の治療という祝辞を大々的に世界へ発表できるだろうから。だが、これまで自身が所属していた組織から無理やり改宗させられるなど、相手側とすれば堪ったものじゃない。その人物が所属する組織も納得できるものではないだろう。そこから騒動に発展する可能性もあるのだから。

 

 そういった危惧もあって、リュディガーは治療者を守るためにあえて情報を制限したのだろうとは思う。だが、その少ない情報で判断をしなければならないこっちの心労も考えてほしいものだ、とストラーダは嘆息した。

 

「その、治療者さんに隠れて治療をしてもらうことは…」

「無理だ、神器症は不治の病だと浸透されている。それが治ったなど、到底隠しきれるものではない」

「じゃあ、その治療者さんだけは例外とか、そういう扱いには……」

「自分で言っていて、できると思うか?」

「……難しいと思うっス」

 

 明らかに消沈した様子のデュリオに、ストラーダも肩を竦めた。治療という光に目が眩んでいても、冷静になればこの案件がどれだけ難しいものなのかはわかるのだろう。教会の者は、頑固な思想を持つ者が多い。それを信念と置き換えることもできるが、融通が利かない側面も強いのだ。デュリオやストラーダのように、柔軟に対応できる者の方が少ないのだから。

 

 それに、と猊下は静かに思案する。天界から事前に聞かされていた事情を思うと、教会だけでなく、天界もその治療者を放っておくことはできないかもしれないと考えた。自分たちが崇める『神』がすでに亡くなっていることをストラーダは五年ほど前に聞かされ、三大勢力で争い疲弊し合うわけにはいかない真実を教えられた。その時に神器症の症状は、神が亡くなったことで『システム』を操作する者がいなくなったことで起こった不具合なのだと聞かされていたのだ。

 

 だから、デュリオの願いが叶うのはほぼ不可能に近いとストラーダは考えていた。神にしか触れられない領域の問題を、どうやって解決できるというのか。神に最も近い存在だろう天使ですら、その領域には近づくことさえできないというのに。少しずつ『システム』の権限を天使でも使えるように移行しているようだが、まだまだ永い時間がかかるとも聞かされた。自身が生きている間に、それこそデュリオが生きている間に何とかなるような問題ではないのだと思っていたのだ。

 

 デュリオにその真実を突きつけることは、ストラーダにはできなかった。お前の望みは叶わない、と希望を胸に努力する少年の心を壊せなかった。その絶望に立ち上がれなくなる危惧と、叶わぬ望みを糧に手を伸ばす少年の哀れさへの罪悪感。そういった思いを胸に秘めていた彼だからこそ、天使ですら触れられない『システム』の異常を、解消することができる者が現れたという情報に思わずコーヒーを噴いてしまったのだ。

 

 ありえない。だが、もし、もしそれが事実だというのなら…。その治療者は、触れられないはずの神の領域にたどり着いたことになる。神の奇跡を行使したに等しい行為なのだ。教会だけではない、天界だって間違いなく動くことになるだろう。

 

 

「どちらにしても、我々だけの判断で動くわけにはいかぬか…」

「えっと、はい」

「この件は、私からレグレンツィ様にお伝えしてみよう。あの悪魔が言うように、実際に神器症の治療ができることを証明してもらわねば、そもそもその先を考えても意味がないからな」

「それじゃあっ……!」

「だが、デュリオ。このことは私以外への口外を禁じる。そして上の判断が下りてくるまで、決して勝手な行動はするな。これは命令だ、よいなッ!」

「は、はいっ!」

 

 様々な事情を鑑みて、天界に伝える判断を下したストラーダは、威厳の感じられる声音で『部下』に命令を放つ。それにビクリッと背を伸ばしたデュリオは、それが本気のものだと感じ取り唾を飲み込んだ。天界からの指示が下りてくるまで行動ができないのは歯がゆいが、それだけ危惧するべきことがあるのだと師の命令から気づいた。

 

「戦士デュリオ。天界には確かに今回の案件は伝える。だが、すぐに答えが返ってくるかはわからない。現状、治療がされたと証明できる証拠がない以上、それだけ慎重に動く必要がある。真実を確認するためにもな」

「治療の証明…。リーベくんの様子を送ってもらうとかは?」

「さすがにそれでは弱いな…。もっと明確に天界が動くだけの理由があれば、すぐにでも動いてくれるかもしれんが」

 

 しかし、さすがにそれは難しいだろう。天使は神がいなくなったことで、種の繁栄が難しくなった分、地上に降りてくることは滅多にない。重要な案件だと重い腰を浮かすだけの明確な理由がなければ、なかなか難しいだろう。今回は特に悪魔から提供された案件で、しかも本来ならあり得ないような治療についてなのだ。当然、審議に審議を重ねることになるだろう。

 

 それにデュリオは肩を落としながらも、きちんと待つと頷いた。ストラーダも出来る限り早く返答が来ればいいがと思いながらも、天の采配に任せることにしたのであった。

 

 

 

 ――数時間後。

 

「――という訳なのですが、天界の方で判断をいただければと思い、報告させてもらいました」

「……ヴァスコ・ストラーダ司祭枢機卿」

「はい?」

「本当に、本当にその治療が行われたというのは、二日前なのだな?」

「そ、そのようです」

「そうか、報告感謝する。やっとあの謎の発光事件に光明が……、すぐにミカエル様へ伝えようっ!」

 

 二日前に天界の最上部である第七天で起こった原因不明の発光事件に、連日連夜大騒動になっていた天使達は、ようやくわかったかもしれない原因に涙する。天使長であるミカエルの判断もすばやく、げっそりとした表情をキリっと引き締め、早急に行動に移したのであった。

 

 あまりにも早過ぎるスピードで返って来た天の采配に、呆然とするおじいちゃんと弟子であった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「えっ、三日後にですか!?」

「あ、あぁ。まさかデュリオに話した次の日に、もう天界から返事が来るとは思っていなかったが…。奏太くん、キミ天界に何かやらかしたのかい…?」

「いやいや、天界に何かした覚えなんてないですよ!」

 

 先生たちへ能力について話した翌日。相棒の意思を自分の身体に憑依させるのは、初めてなこともあるだろうけど、予想よりも俺への疲弊が大きいことを知った。疲れが取れづらいというか、一日経った今でもちょっと肩が重いような気がするのだ。相棒の異能でも取れないので、これは神性を降ろすために必要な代償と考えるべきなのかもしれない。

 

 朱雀から神降ろしは人によっては命懸けだと教えてもらっているので、全然マシな代償ではあるんだろうけど…。相棒が元々引きこもり気味だから、そう何度も憑依させることはないと思うけど、それはそれでどうなのかなとは思うんだよね。今後も相棒が表に出てくる場面もあるだろうし。そう考えると、相棒を降ろせる持続時間や疲弊を減らす訓練も必要になってきそうだ。訓練方法とかを、朱雀に今度教えてもらおう。

 

 それにしても、俺の体調のことも考えて、もう一日ローゼンクロイツ家でお世話になっていたのだが、まさかこんなに早く天界から返事が来るとは俺も思っていなかった。俺達的にはありがたいけど、ミカエルさんたち随分性急だなぁ…。天使が地上に降りてくるって、よっぽどのことがないと起こらないって聞いていたのに。神器症の治療は確かに大事だけど、審議的にも時間はかかると考えていたのだ。

 

「もしかしたら、何かしら治療の痕跡が残っていたのかもしれないね。そうじゃないと、ここまで早く手は打たないだろう」

「治療の痕跡ですか…。相棒は何かわかる? ……えっと、相棒?」

 

 リュディガーさんからの話に首を傾げていると、相棒がそっと視線を逸らしたような思念を感じた。あっ、これたぶん何か心当たりがあるアレだ…。今思い出したというか、そういえば…的な感じのうっかりをやらかしたときの感じにたぶん似ている。こちら側は結果的によかったけど、天使の皆さんに会ったらとりあえず謝っておいた方がいいのかなぁ…、と遠い目になった。

 

 

「えっと、それで。天界側はどうすることになったんですか?」

「実際に治療が本当なのかを確かめられるそうだ。その時に、天使長と熾天使一名、あと今回の件を知る教会の戦士を二名付き添わせると連絡があった。教会の付き添いの方はおそらく、デュリオと彼の上司であるヴァスコ・ストラーダ司祭枢機卿になるだろう」

 

 うわぁー、すごい豪華メンバーじゃん。というか、とんでもない戦力だ。そんなヒト達の前で、俺は治療することになるのか…。それに、教会の二大戦力を引きつれるって、天界の本気度が伝わってくる。たとえ悪魔側の罠だったとしても、真正面から打ち破るぐらいのことはできそうだ。もちろん、お互いにただでは済まないだろうけど。それだけ、天界は今回の件を重く受け止めているってことだ。

 

 原作の和平での話し合いでは、紫藤イリナさんをつれて訪れていたけど、正直護衛という点で言えば実力不足は否めない。でもそれは、悪魔や堕天使側と争う意思はない、という証明でもあったのだと思う。だけど、今回の人選は下手したら戦争ができるだけの戦力がある。もしもの時は矛を向ける、という意思表示にも取れるのだ。そのことに思わず、頬が引きつってしまった。

 

「大丈夫だとは思いますけど、すごく緊張しますね…」

「だろうね。でも、デュリオは治療者であるキミに純粋に会いたがっていたよ。年も同じぐらいだろうし、奏太くんさえよかったら友人になれるんじゃないかな。キミは教会の戦士とか、神滅具(ロンギヌス)の所有者だとか、そういった付属品なんて気にしないだろう?」

 

 そう言ってクスッと楽し気に笑うリュディガーさんに、なるほどと俺も考える。原作知識もあるけど、俺はリーベくんの兄として関わってきたデュリオさんを知っているのである。彼がリーベくんのために、どれほど心を配ってくれたのかもわかっているのだ。彼の真っ直ぐな思いは、俺が禁手に至る後押しにだってなった。リュディガーさんに言われ、確かに友人になれたら嬉しいなと思えた。

 

「ストラーダ猊下も話のわかる人だ。確か携帯アプリのゲームや最近のトレンドもよく追いかけているみたいだから、奏太くんと話も合うと思うよ」

「めっちゃ柔軟な人なんですね、八十歳のおじいちゃんって聞いているのに」

「彼は敵と認めた者には容赦がないが、無駄に血を流すことは嫌う高潔な人格者だ。ただ見た目は二メートルはある巨漢で、老人には不釣り合いなほどの肉体をもっているから、もしかしたら気後れするかもしれないけど…」

「ミルたんレベルですか?」

 

 俺は携帯画面を開いて、フォルダに載っている丸太で空を飛ぶ魔法少女を見せた。リュディガーさんが、無言で瞬きを繰り返している。続いて、自身の倍はあるだろうダーククリーチャーを素手で殴り飛ばすシーンも見せると、大変優しい表情で「キミなら大丈夫だね」と頭を撫でられた。ご納得いただけたらしい。

 

 ストラーダ猊下のことは原作知識でしか知らないけど、この方もすごい人だったと記憶している。ゼノヴィアさんが使っているデュランダルの前所有者であり、堕天使の幹部であるコカビエルを追い詰めたほどだったはずだ。何でも全盛期の頃は、ミルたんのさらに倍以上の筋肉を持っていたらしいと聞いて驚く。敵対したら恐ろしいけど、味方だったらこれほど頼もしい人はいないだろうな。

 

 

「それで、治療の場所は日本にある『駒王町』にしようと話し合っている」

「えっ!?」

「さすがに互いのホームグラウンドで行うのは危険だろう。他の者に見つかるわけにはいかないし、戦争が起こってほしくないのは全員の総意だ。それにあんまりにも環境が変わりすぎると、奏太くんも精神的に辛いだろう。だからこそ、その中間地点を探した結果、悪魔と教会が管理する土地ならどうかと話が出てきたんだ。もちろん、キミの保護者達の意見ではあるけどね」

 

 保護者のみんなが『駒王町』を候補に挙げたのは、異世界のことも含めた証明のためでもあるのだろうな。俺が行う神器症の治療は、同時に三大勢力の停戦協定も含まれている。乳神様降臨の地である『駒王町』が今後の中心地となることは確定なのだし、それなら最初から停戦協定の地として認識させてしまえばいいということか。俺としても、慣れた街での治療なら安心できる。

 

 一般人がたくさん暮らしている危惧はあるけど、それは逆に考えれば互いに力をセーブする理由にもなる。秘密裏に行う必要があるので、護衛をぞろぞろ連れて行けない弊害はあったけど、駒王町なら常時魔法少女達が自主的に見回りをしてくれているのだ。たぶん魔法少女達なら、詳しい説明がなくても「カナたんの頼み事なら任せるにょ☆」と善意で答えてくれると思う。ここはみんなの好意に甘えさせてもらおうかな。

 

「駒王町にはリュディガーさんも来られるんですか?」

「当事者の一人だからね、キミの護衛として付かせてもらうよ。あと、天界側には魔王と治療者の保護者も来ると伝えておいた。治療が成功すれば、キミの立場は難しくなるからね。その話し合いには必要だと、向こうも許可を出してくれたよ」

「俺の保護者ってことは、つまり…」

「間違ったことは言っていないだろう」

 

 そうですね、天使の皆さんもまさかその保護者が、堕天使の総督や魔法使いの理事長だとは思わないでしょうよ。一応、駒王町に天使を招くということで、魔王様から許可をもらった(てい)でいくらしい。治療のことも魔王含む、上層部だけには伝えることも天使側と話し合い、土地の利用の許可をもらうことになるようだ。そのあたりの政治的な調整は、魔王の皆さんに任せるしかないな。色々よろしくお願いします。

 

 当日は魔王様が場を整え、駒王町に俺とリュディガーさんで向かうらしい。俺は『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の魔法使いという身分でいいようだけど、治療を見せて証拠を提示出来るまでは詳しいことは黙っておくことになった。俺のことを話せば、治療どころではなくなってしまうのはリュディガーさんで証明済みだしね。祝賀会での晴れやかだった顔が、一瞬で崩れ落ちたのは記憶に残っています。

 

 そうして治療が終わり、今後のことについて話し合う段階になったところで、俺のことや保護者達のことを伝えるようだ。アザゼル先生曰く「そっちの方が面白そうだろ?」とニヤニヤしていたらしいけど、非常に心配である。天使の皆さんたちは、魔王がその場にいることはわかっていても、その魔王様と治療者である俺が親しい関係であることは知らない。さらにそこに、堕天使と魔法使いのトップも勢ぞろいするのだ。

 

 事前に情報を流せないから仕方がないけど、本当に不意打ちとしか言いようがない。停戦協定を結ばせるために必要とはいえ、ちょっと申し訳ない気持ちにもなる。これはお詫びに、しっかりと胃痛緩和用のアイテムを用意しなくちゃいけないな。久々の出番である取説も人数分準備して、先生に頼んで気絶用のベッドも運んでおかないと。あと、これまでの胃痛治療の経験値を生かして、ミカエル様達にも相棒のすごさをぜひ知ってもらおう!

 

 

「裏側の調整はこちらでやっておくから、奏太くんはこの三日間ゆっくり休んで、休養を取っておくようにとのことだよ。キミが今回の件の(かなめ)なんだ。ベストコンディションを保つことが、奏太くんのやるべきことだからね」

「わかりました。じゃあ、一旦協会に帰る感じですかね」

 

 三日ほどお世話になったローゼンクロイツ家だけど、そろそろお(いとま)するべきではあるだろう。ラヴィニア達には連絡を入れているけど、俺が禁手に至ったことで心配しているだろうし、元気な顔は見せておかないといけない。俺の神器が変わったことや、神滅具に昇格することはどうせ伝わるだろうから、俺の口から色々話しておいた方がいいだろう。

 

 あと、しばらく学校を休むのは事前に伝えているから大丈夫だろうけど、リーバンにノートを見せてもらわないとまずい。ちょっと時間が空くなら、勉強や復習をしておかないと追いつかなくなる。なので、適度に身体を動かしながら勉強して、いつも通りの日常を心掛けるべきかな。それが一番落ち着くだろうし、俺に合っていると思う。

 

「また新しく決まったら、フェレス理事長の方からキミに伝えるだろう。奏太くんたちにとってはここからが本番だろうけど、気負わずにキミらしく胸を張って進みなさい」

「はい、頑張ります。リュディガーさんも、三日後よろしくお願いします!」

 

 ペコリと頭を下げると、リュディガーさんは柔らかい微笑みを返してくれた。本当に雰囲気が変わったなぁ、とその笑みを見て思う。その変化を俺が(もたら)したのだと思えば、やっぱり嬉しさを感じてしまう。とりあえず、彼の言うとおり、適材適所として難しいことはみんなにお願いしよう。三日後の交渉に向けて、英気を養わないとな。

 

「あっ、Vati(ファッティ)Bruder(ブルーダー)もいたー」

「ゴォー」

「リーベくん、お昼寝はもういいの?」

「うん。……Vati(ファッティ)、抱っこー」

「はいはい。まったく甘えん坊だな」

 

 ガチャッと部屋の扉が開かれ、白い毛むくじゃらの生き物と一緒に現れたリーベくんは、トテトテとお父さんに腕を伸ばした。ライナも仮面越しにどこかジッと見つめる姿に、リュディガーさんは小さく笑うと一人と一匹を力強く抱き上げる。それにキャッキャッと楽しそうに笑う息子の頭を撫でると、俺の方へ顔を向けるように身体の向きを変えた。

 

「リーベ、奏太くんは家へ帰ることになったんだ。ちゃんとバイバイしような」

Bruder(ブルーダー)、帰っちゃうの?」

「うん、リーベくんもすっかり元気になったからね。そろそろ帰らないと」

 

 俺が三日間、ローゼンクロイツ家にいたのは俺の体力や天界との連絡のこともあったけど、もう一つリーベくんの容態が急変しないかを確認するためでもあった。一応大丈夫だとは思っているけど、初めての治療を試みたのだから、ちゃんと経過観察はするべきだろうと思っていた。今のところ、特に異常が起こることはなく、むしろ元気すぎて大変だった感じだな。

 

 好きなように屋敷を走り回れるようになったリーベくんは、とにかく家や庭を駆けまわった。眷属の皆さんが子どもの足に慌ててついていき、はらはらと様子を見守る姿に笑ってしまう。俺が出動する時は、うっかりで転んでしまったリーベくんの治療がほとんどだった。リーベくんが転ぶ度に大騒動となり、俺の下に抱っこされたリーベくんが駆けこまれてくる日常であった。

 

 怪我に敏感な保護者達に、奥さんが頭を痛め、サーゼクス様は「こんな時期が私にもあったなぁー」とリアスちゃんとミリキャスくんの子育てをしみじみと思い出しているようだった。なお、相棒からの「あぁー、すごくわかるー」的な思念を一緒に感じた時は、三歳児と同じ扱いであることに遠い目になった。

 

「リーベくん。俺がいないと、痛いの痛いの飛んでいけ―! はできないから、足元をしっかり見て遊ぶんだよ?」

「わかったっ! 痛くなったら、家にある槍さんを刺して痛いのないないする!」

「待て、リーベッ! 何もわかっていないどころか、間違った常識が刷り込まれている!? 槍は本来武器で、便利道具じゃないんだっ!!」

 

 冷静沈着な魔術師様が大慌てしてる…。ごめん、リュディガーさん。槍を刺したら怪我が治るって、リーベくんにインプットされちゃったみたいです。大変危ないので、誤解を解くのを頑張ってください。俺が槍について説明すると余計に(こじ)れそうなので、申し訳ないです。エライ置き土産を残してしまった。

 

「えっと、ライナもリーベくんをよろしくね」

「ゴォウ」

 

 まったくもう、というように鼻息を鳴らすライナのモフモフを堪能する。「槍は本来料理に突っ込むものではなく、掃除に使うものでもなくて…」と懇懇と子どもに説明するリュディガーさんと、こてんと首を傾げるリーベくん。次からは幼児の前での槍の使用は気を付けたいと思います。

 

 

 それから、ローゼンクロイツ家でのやることを終えた俺達は、三日間お世話になった場所から帰ることになった。家族総出で別れの挨拶をしてくれたみんなに頭を下げ、保護者が待つ魔方陣の中へと入った。バイバイと手を振るリーベくんを見据え、もしデュリオさんと仲良くなれたら、いつか兄として一緒に遊べたらいいなと口元に笑みが浮かんだ。

 

 こうして、神器症を治療するために歩んできた俺の道は終わり(ゴール)を迎え、新しい始まり(スタート)へと踏み切ることになるのであった。

 

 


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