えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
「あっ、リュディガーさん。お疲れさまです、デュリオさんとは連絡がつきましたか?」
「あぁ、こちらのことを無事に伝えることができたよ」
ローゼンクロイツ家での祝賀会が終わった後、俺達はしっかりと睡眠をとった。そして次の日になり、早速リュディガーさんにこれまでのことやこれからのこと、あと相棒のことについて保護者のみんなが話をしたのだ。リュディガーさんは、リーベくんの治療の様子をその目で見ていたので薄々はわかっていたみたいだけど、相棒の正体を知ってお腹を押さえて唸っていただろう。
それと未来に起こることについては、異世界『
「えっと、やっぱり体調が悪そうですけど…。相棒で一服やります?」
「……槍を突き刺すことを一服と呼ぶことに、違和感を覚えなくなった自分に驚きだよ。もらうけど」
リュディガーさんが情報爆撃に膝をついた瞬間に、俺が相棒を何度も刺しましたからね。もう慣れっこってやつです。俺はリニューアルした相棒を刺しながら、
「将来、グレートレッドよりもヤバい者が敵として現れる。この世界で神以上に不可侵とされる存在が、当たり前のように比較対象にされるなんてね。改めて考えても、頭が痛いとしか言えない」
「確実に起こる……とは言えないですけどね。それでも、遠くない未来に起こり得てもおかしくない感じです」
「キミが何となくで『ネビロス家』を発掘してきた時から思っていたけど、本当に危険物ばかりポンポン見つけてくるね…。これまで色々な人物を見てきたけど、奏太くんほど何をやらかすか予想ができない相手はいないよ」
そう言って、深い溜め息を吐くリュディガーさん。そんな遠い目をしないでくださいよ。人を誑かし、惑わすことを極めた悪魔、と呼ばれているヒトに「見通せない」と言われたことを喜べばいいのかわからない。たぶん、褒められてはいないだろうけど。
「ところで、奏太くん」
「はい?」
「キミは、本当に……後悔していないのかい? リーベを救ってくれたことは、心から感謝している。デュリオとの約束を果たせたことも、私としては嬉しく思う。将来訪れるであろう脅威を考えれば、キミの神器症の治療を囮に天界勢をおびき寄せる案は悪くないだろう。しかし、キミ自身の存在は聖書陣営にとって放置できないものであることは変わらない」
俺と相棒を交互に見据えるリュディガーさんの心配げな視線。先生たちから、俺の神器についての詳細を改めて聞いたからこその質問だろう。俺は少し目を伏せたが、それでもしっかりと前を向いて見返すように頷いた。そのあたりのことは、朱芭さんや朱雀にもさんざん心配されたからな。
それでも「やりたいから」と、自分の意見を通したのは俺だ。禁手に至ることを選び、相棒と向き合うと決めたのは自分自身なのである。俺の力で救える誰かがいると知って、見て見ぬふりをして生きていけるほど、俺は器用じゃないから。だから、怖いからってそこから逃げることだけはしたくないと思った。
「そうですね。相棒が聖書の神様と同様の奇跡を一時的とはいえ使えるなら、天界が俺を放っておくことはないと思っています。相棒が俺に過保護なのは、俺が一番よく知っていますから。子どものお願い一つで神の奇跡が使われるなんて、天使の皆さんからすれば頭が痛い問題でしょうしね」
俺が禁手を行使している間、相棒は聖書の神様がもつ権限を使用することができる。今のところは俺が直接干渉しなければ、効果を発揮させることはできない。だけど、この制限も将来的に相棒が聖書の神様の権限を完全に掌握できれば、俺の『
「システムが親である神の権能を奪取できるまで、どれくらいかかるかは?」
「わかりません。永い時間がかかるだろうぐらいしか」
「それは、奏太くんが『人』として生きている間に終わるのか?」
「それも、わからないみたいです。少なくとも、相棒が聖書の神様の権能を完全に掌握できるまでは、俺の異能がないとどうしようもないぐらいしか…」
「それは――」
まぁ、リュディガーさんの心配はわかっている。俺がもつ『概念消滅』の力は、俺が『原作知識』というありえない知識をもっていることで起こったバグのようなものだ。相棒は本来、聖書の神様が定めた理から脱することはできない。俺のもつ『神の定めた理すら消し去る力』を借りることで、一時的に相棒は神の理を書き換えることができているだけなのだから。
つまり、相棒が神に至れるかは俺の存在にかかっていると言ってもいい。俺というシステムと外界を繋ぐ存在がいないと、今の相棒に外と干渉できる力はない。『概念消滅』という異能の補助がなくなれば、神の権能を越えられる方法もなくなる訳だ。相棒が聖書の神様の権能を掌握するのにどれだけ時間がかかるかはわからないけど、それまで俺は『生きていなければならない』という訳である。
ここは人間とは比べものにならないほどの寿命を持つ種族が、当たり前のようにいる世界だ。しかも、死亡フラグも満載で、裏側の人間が最後まで生き抜くのがどれだけ難しいかもわかっているつもりである。今はいいだろうけど、今後はそういったことも考えないといけないんだろうな。
「悪魔に転生した友人が身近にいますからね。人じゃなくなることに忌避感はないと思っていますけど…。じゃあ自分が積極的に変わりたいか、と言われれば答えられないですね」
「……それが、当然だろう。私もそうだが、それは自分の意思で決めるべきことだ。周りが決めることじゃない」
「はい、俺も友人の相談にのった時はそう答えました」
リュディガーさんが、元人間の転生悪魔だからだろう。メフィスト様や先生たちには伝えづらいことも話しやすかった。人として生きたい、と願うのは俺の我が儘なのかもしれない。この道を選んだからには、世界を巻き込むと選んだからには、世界のために自分の生き方を変える必要だってあるだろうから。
それに、
「そのあたりは、まだそこまで考えられていませんけど…。自分のことですからね、ちゃんと考えていくつもりです。……いずれ人間じゃなくなるとしても、俺として後悔しない道を最後まで選んでいきます」
肩を竦めて笑った俺を見て、リュディガーさんは何も言わずに見つめ返した。たぶん、俺の言葉から何かしら察してしまったのかもしれない。リーベくんを治したいと思ったのは、俺の意思だから罪悪感なんてものは感じてほしくないな。遅かれ早かれ、相棒が禁手に至るならいずれ起こる問題だった。このあたりは、みんなにも相談しながら、家族にもいずれちゃんと伝えようと思っている。
それから、俺の言葉に伏せられていた暗緑色の瞳が、次に開かれた時には強い光を宿していた。それにきょとんと眼を瞬かせたが、リュディガーさんはそんな俺の様子に小さく笑うだけだった。彼は俺の頭をクシャクシャに撫でると、優し気に目を細めていた。
「奏太くんの気持ちを、私は尊重しよう。だけど、辛いと感じたらここに来なさい。たまには息抜きに来るんだよ。キミは周りのために頑張りすぎる子だから、ちゃんと自分を労わってあげなさい」
「……リュディガーさん」
「私は欲望のために悪魔になった元人間だからね。
そう言って仕方がなさそうに微笑むリュディガーさんに、俺は気恥ずかしさを感じながらもこくりと首を縦に振った。いつでも駆け込んできたらいい、と言ってくれる近所の兄ちゃんみたいなヒト。リュディガーさんなら、俺のために本当にそうしてくれるだろう。それが頼もしくもあり、嬉しかった。
――――――
「という訳で、新しい相棒の能力紹介コーナーの始まりー!」
「
「まぁ、カナくんだからねぇー」
あれから大人たちで今後の流れについて確認した後、昨日話した通り相棒の新しい能力について語ることになった。テンションに関しては、正直どんな感じにしたらいいのかわからなかったんですよ。いつもはアザゼル先生が色々教えてくれる方だったので、わざわざ俺の方から伝えるのは初めてなんですし。
「でっ、カナタ。神器の能力を見せた方が早いってことだったが、どんな能力なんだ?」
「えっと、相棒曰く禁手の一欠けらみたいな感じみたいです。これまで俺が『足りない』と感じた部分を補完するようにつくってくれた異能なのかな。サポート能力をより突き詰めたみたいです」
「……一欠けらとはいえ、聖書の神の奇跡から零れ落ちたものか。システムが倉本奏太くんのためにつくったと考えると、……またとんでもないことをさらっとやらかしていそうで恐ろしいな」
新規の神器の異能ということで、先生の好奇心が疼くのかずいっと迫ってくる。アジュカ様がボソッと呟いた推測を聞いて、サーゼクス様とメフィスト様がひそかに引いていた。それだけ、悪魔に『無害』な聖なるオーラは衝撃的だったらしい。相棒は俺が喜ぶことを第一に考えるところがあるから、為政者の皆さんにとってはお腹が痛い問題なのだろう。うちの神器が申し訳ないです。
あと説明しながら思ったが、サポート能力の向上は嬉しいけど、もうちょっとぐらい戦闘性能も上げてほしかったなと思うのは欲張りなんだろうか。まぁ、今よりちょっと攻撃能力が上がったからって、雀の涙みたいなものかもしれないけど。それなら、より性能を発揮できるように特化した方が強いだろうことは、ゲームでキャラ育成とかする視点で見れば間違っていないのかもな。
さて、と俺は意識を切り替える。次に手の平へ『
「それじゃあ、今から神器の説明をしてもらいますね」
「……ん、してもらう?」
「はい、俺が説明するよりも『相棒』に直接説明してもらった方がいいかなと思いまして」
「待って、カナくん。今さらっととんでもないことを言わなかった?」
あれ、『
「えーと、簡単に言いますと。今から相棒を俺に憑依させます」
『えっ?』
「俺の起源である『神依木』に相棒を一時的ですけど、降ろすことができるようになりました。禁手で一度は繋がることができましたからね。これが新しく得た異能の一つです」
この十年間の間で、俺が一番に欲しいと思った力。それは、俺の神器である相棒ともっと色々話がしたいことだった。普段は思念だけで十分コミュニケーションがとれるけど、俺としては相棒の存在をもっとみんなに知ってほしいとも思っていた。自慢の相棒を紹介したいと思うのは、宿主として当然のことだろう。
それに以前、アザゼル先生が相棒について考察した時、たとえ相棒が頑張っても全ての感謝は相棒を通り越して聖書の神様へと向かってしまうという話をしていた。その要因として、相棒という存在をみんなが知らないからだと思った。やはり外界と関われないというのは、認知してもらうためにも難しい問題だ。俺が相棒のすごさをどれだけ伝えても、本当の意味でそれが届くかはわからない。
だったら、直接相棒を呼べばいいじゃんと考えた。それに俺だとわからないことでも、聖書の神様が創った『叡智の結晶』である相棒なら知っていることだってあるかもしれない。相棒的には外と関わることにあんまり乗り気じゃないというか、俺以外と関わることが億劫そうな思念を感じるけど…。俺を通じて外と関わるより、俺のお世話をする方がいいとか、助かるんだけど色々と心配にもなる。
相棒、少しぐらい外と関わった方がいいと思うよ? ほら、今後は御子神として表に出ることもあるんだし。天使の皆さん同様に、相棒も相当な引きこもり体質みたいなんだよなぁ…。天使の皆さんは種を減らさないためだろうけど、相棒の場合は本当にめんどくさそうなのが何とも言えない。
そんなことを考えている内に、俺のオーラが槍の装飾に描かれているセフィロトの樹に集まった。小さく息を吸うと、俺の中にある存在を呼び出すように真っ直ぐに声をあげた。
『
言い終わると同時に、円形の装飾に刻まれている
――――――
「……カナタ?」
アザゼルは先ほど奏太が説明した内容を理解しながらも、半信半疑で生徒の名前を呼びかけた。自分の生徒が、神器の存在について悩んでいたのは知っていた。それでも、まさか本当にシステムを外界と繋げる異能をつくっていたとは思わなかった。これまでは奏太を通してでしか存在を感知できなかった相手と、こうして向き合うことになるとは、突然のことに思考が追いついていなかった。
『――否』
だが、スッと閉じられていた奏太の目が開かれると、そこには普段の双黒が消え、暁紅に輝く光が入り込んでいた。普段表情豊かな少年の顔には、一切の感情の揺れはなく、そこにあるのは『無』としか表現することができない。倉本奏太を知っているからこそ、その何も感じ取れない無表情と声音にぞわっとするような違和感を覚える。警戒するメフィスト達を静止し、アザゼルは一歩前に出た。
「お前が、カナタの神器に宿っていたシステムか?」
『肯定。依り木に世話になっている者達へ挨拶をせよ、と言われた』
「お、おう」
『はじめまして。こんにちは。……もう戻ってよいか?』
「いや、ダメに決まっているだろ。このマイペース」
アザゼルのダメ出しに、ほんの少し嫌そうな思念が漂ったが、表情は相変わらず崩れない。一応瞳の色は変わっていないので、まだ主導権は『システム』が握っているのだろう。どうやら奏太が先ほど言っていた通り、宿主を依り代にして現世に顕現しているのは間違いない。奏太の肩に止まっている『白い蝶』が、システムと繋がる鍵になっているのだろうと推測した。
「あぁーと、カナタの意思はちゃんとあるのか?」
『肯定。ちゃんと説明しなさい、と叱られた』
「叱られたのか…」
今度は明らかにしょぼんとした雰囲気を感じたので、宿主からの言葉には敏感らしい。少なくとも、奏太の身体を乗っ取ったというより、本当に少しだけ借りているような感じのようだ。神器の意思が宿主を侵食することで身体を乗っ取り、現世に顕現する事例は過去にもあった。しかし、彼らの場合は宿主が積極的に身体を明け渡し、システム自身は先ほどから早く憑依を解きたそうな雰囲気を出している。相変わらず、ぶっ飛んだ宿主と神器だと頭が痛くなった。
「この光景…。ラヴィニアちゃんには、見せない方がいいかもしれないねぇ。カナくんの意思がちゃんとあるのだとしても、あの娘にとっては一番恐れていることだろうから」
「確かに、傍から見れば神器の意思が、宿主の身体を乗っ取っているとも言えますからね。奏太くん自身が許可を出しているのだとしても、あまり好意的には受け取ってくれないかもしれません」
「まぁ、相棒くんのこと自体、あんまり口外できる内容でもないだろうしね」
メフィストと魔王達の言葉に、『システム』は当然だと意思を伝えるように頷いた。ラヴィニアは奏太の神器に『自立した意思がある』と知った時、珍しいほどに取り乱していた。彼女の境遇を思えば、この異能は表だって使わない方がいいだろう。それにあまり外へ漏らせない存在であることも事実である。
「そう考えると、お前さんのことを『システム』とそのまま呼ぶわけにはいかないか。何か他に名前なんかはあるのか?」
『私の名?』
アザゼルからの質問にこてんと首を傾げると、困ったように眉をしかめた。少し考えた後、『システム』は思いついたようにポンッと無表情で手を打った。
『では、アイボーで』
「お前が宿主のことを大好きなのはわかったが、さすがにそれはやめてやれ。ミカエルが堕天する」
次代の神の名前が適当過ぎる。さすがのアザゼルも、待ったをかけた。えー、ダメ? というように目で訴えられたが、無言で首を横に振った。こいつはこいつで、奏太に負けず劣らずのマイペースというか、問題児だと認識した保護者達であった。
『……なら、私を象徴する神器の名に『
「あ、あぁ」
『リィンでは依り木の使い魔と被り、ティファレスでは仰々しい。ならば、聖樹の枝葉からもらい、……
「強い結びつきと運命」を象徴する、大アルカナに属する『
無表情ながら、どこか満足気にこくこくと頷く『レーシュ』。あれ、これ結局俺の名づけがそのまま定着してない? と堕天使の総督であるアザゼルは、ちょっぴり天界にいる腐れ縁の天使を思い浮かべたが、そっと視線を逸らして考えないようにした。
ふと気づくと、肩に止まっている白い蝶の色が少しずつ薄れてきているため、それが制限時間なのかもしれないと推察する。あんまり世間話をしている時間はなさそうだと感じたアザゼルは、気持ちを入れ替えるように頭を掻いた。
「そんじゃあ、今後はレーシュって呼ぶぞ。お前さんの能力は推測するに、その神器の装飾にも描かれているセフィロトの樹に冠する
『肯定。黄昏よりも私の方がすごいと依り木に褒められたくて頑張った』
「うん、何を言っているのかさっぱりわからねぇな」
もう細かいことはツッコまないことにしたアザゼルは、さっさと話を進めることにした。なお、相棒が対抗意識を燃やした相手は、自身の親の遺志が宿っている『
黄昏が七個なら、自分は十個の天球聖樹にする。つまり、すごい。これぞ聖書の神が創った『叡智の結晶』が導き出した答えだった。
「しかし、十の異能とは…。ちょっと多くねぇか? カナタに使いこなせる気がしねぇが」
『黄昏の力は『奇跡』というあらゆる範囲に届く力。それを依り木が扱える範囲で、限定的に異能へと落とし込んだ。依り木がアホの子過ぎても、わかりやすいように考慮した』
「キミたち、さらっとヒドイねぇ…」
そうは言いながらもフォローができないところに、これまでの倉本奏太の軌跡が感じられた。通常状態の場合、禁手の時ほど出力は出せず、同時に異能を使うことは難しいらしい。訓練を積んでいけば、同時に発動する範囲は広がっていくようだが、禁手時よりは劣化する。もっとも、神の奇跡と似た変革を行える
「さっきカナタが発動させた『
『肯定。現在の依り木が使える能力は三つ。『
「王国と基礎ねぇ…。その名を冠する異能として、能力を当てはめている感じか?」
『肯定。『
「それは…。単純に手数が増えただけでも凶悪だな。それに仲間への譲渡も、槍のままよりやりやすくなったって訳か」
アザゼルの質問に端的に答える内容を吟味し、その異能について考察していく。これまで奏太は『槍で刺す』ことでしか異能を発動させることができなかった。それが、槍を『蝶』に変えて能力を飛ばすことができるようになったという訳である。しかも、自立意識があるなら瞬時に適切な異能を仲間や敵に運ぶことができる。蝶の数は奏太が使える『概念消滅』の槍の本数と同じようだが、槍を投げるという動作がなくなった分、行動範囲や選択肢は間違いなく広がっただろう。
欠点があるとすれば、槍ではないため攻撃としての要素は完全に捨てていること。素早く一直線に異能を届けるなら、光力銃を使った方が速いことだろう。槍と蝶と銃で使い分けができるようになるが、そのあたりを咄嗟に判断できるようになるにはまた修行が必要だ。バラキエルあたりに今度猛特訓させるか、とアザゼルは顎髭を楽し気に撫でた。
『『
「あぁー」
「何となく理解出来ちゃったのが、すごくお腹に来るねぇ」
「同じく理解できました」
「えっ、意味が分からないのは私だけなのか…」
納得気味にロマンだよなぁーと頷くアザゼル。ゲーム大好き魔王とラヴィニアと一緒にゲームをクリアした保護者も静かに手をあげる。唯一意味がわからないことに絶句したサーゼクスは、三対一という状況下に自分の常識のなさを痛感させられた。たぶん、知らなくてもいい知識である。
聖槍が宿す聖なるオーラを槍の穂先の一点から放つことで、光が届いた広範囲に『概念消滅』を発動させる。こちらは細かい調整はできないが、その光を受けた者は『あらゆる事象を0の状態』にさせられる。つまり、敵や味方に施されたバフやデバフを問答無用で消し去るということだ。こちらも訓練を積めば、敵のバフだけ消して、味方のバフは消さないなどの調整もいずれできるようになるだろう。
「状態変化系の異能や神器の天敵みたいな能力だな…」
「『消滅』に特化した能力という訳だねぇ。もしかして、他の異能もこれまでのカナくんの異能を昇華した感じのものになっているのかな?」
『肯定。『
「なるほど、確かにそれなら奏太くんでもなんとかなりそうか」
倉本奏太が裏の世界に足を踏み入れてから創り出したいくつもの能力を、
「ところで、七つの能力については何となくわかったけど、後の三つについては?」
『残念ながら、今の依り木では使えないし、教える必要もない。もっと私に近い存在になる必要があるから』
「はっ? お前に近い存在って…」
サーゼクスが何気なく聞いた内容に関する答えに、大人たちは目を見開いて凝視する。だが、紅い瞳を持つ『システム』は、その視線に動じることはなく、淡々と口を開いた。本来なら能力の説明程度で、『システム』がわざわざ表に出る必要はなかった。だが、奏太の口から真実を告げるのは酷だろうと思考した。だから、こうして表に出ることを了承したのだ。
『私はこれまで、依り木が
「……それは、俺も気づいていた。カナタとお前さんのオーラが同質のものに近づいていたことも、それによってあいつは『光力』に対して高い親和性を持つことができるようになったことも」
『人間が黄昏の領域に近づいても大丈夫なように、理に干渉はしていた。だが、完全に『浸食』を防ぐことはできなかった。依り木が禁手に至れば至るほど、神域の『浸食』は進んでいく。それを遅延することはできるが、いずれ人から逸脱していくことだろう』
神の領域に人間が触れ続ければ、何かしらの影響を受けてもおかしくはない。その受ける影響を出来る限り抑えても、完全に防ぐことはできないのだ。明らかに顔色が変わった大人たちを見据えながら、レーシュは静かに目を伏せた。
「簡潔に言え。カナタが禁手に至ることで起こることを」
『『システム』には、天使を生み出す機能が備わっている。人間では悪影響を受けかねないのなら、天使に近い存在へと変えていくしかないと判断した。完全に種族が変わるわけではないが、『奇跡の子』と呼ばれる人間と天使のハーフに近しい存在にはなるだろう』
「それを、カナくんには…」
『禁手に至った時に伝えた。それでも、神器症に苦しむ子どもたちや異世界の脅威とを天秤にかけ、この道を進むことを依り木は選んだ。なら、私はその意思を尊重したいと思った。同じ未来を願い、これまでもこれからも世界を共に歩こうと誓ったから』
そう言って、そっと胸に手を当てる姿に、アザゼル達はグッと歯を噛みしめた。ここまで世界を巻き込んでしまった以上、今更後戻りすることはできない。彼は宣言通り、神器に苦しむ子どもたちを助けるために今後も禁手へと至るだろう。一度決意を固めたら梃子でも動かなくなり、昔から諦めることが嫌いな少年だったのだから。それが人を逸脱していく道だとしても、後悔しない選択を彼なら逃げずに選ぶと思った。
『システム』が禁手に至っても倉本奏太へ戦闘に関する異能を授けなかったのは、少しでも彼が至る機会を減らせるようにするためだったのだろう。彼は誰かを救える力が自分にあるなら、立ち向かいかねないところがあったから。おそらく説明されなかった残された三つの異能は、宿主へ新しい力を与えるものなのだろう。だからこそ、今は教える必要がないと言い切ったのだ。
倉本奏太が禁手に至るのは、止められないだろう。そして、為政者の立場としても彼を止めることができない。『システム』が次代の神になるためには、奏太が持つ『概念消滅』が必要不可欠なのだ。そのためには、どうしたって禁手に至るしか方法はない。邪神の侵略という未来を知ってしまった以上、避けられない道だった。
それでも、いずれ人間でいられなくなるかもしれなくても、せめて覚悟を決められる時間は与えられるはずだ。人として生きられる時間を、少しでも与えられるように。
「……はぁー。結局、俺達はやるべきことをやるしかないってことだな」
「その通りだねぇ。三大勢力だけじゃない、この世界の神話が手を取り合えるように尽力するのが僕たちのやるべきことだ。カナくんの思いに報いるためにもね」
アザゼルとメフィストの言葉に同意するように、アジュカとサーゼクスも力強く頷いた。もう消えかけた白い蝶を見据えながら、こちらの決意を改めて口にする。それに無表情だった紅の瞳が、どこか嬉しそうに笑ったような気がした。
『――依り木をよろしくね、先生方』
「おう、任せろ。そっちもそのバカの世話は任せたぞ」
『もちろん』
フッと蝋燭の火が消えるように掻き消えた白い蝶。それと同時に、グラッと倒れそうになった宿主を慌てて支えた。神性を身体に憑依させていた影響か、疲労を滲ませる顔に肩を竦めると、アザゼルはベッドへと運ぶために抱えるように立ち上がった。おそらく天界からの連絡は明日以降になるだろう。今後について考えるためにも、こちらはまだまだ休めそうにない。
それに小さく息を吐きながら、天界との交渉に向けて夜は更けていったのであった。