えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百八十六話 祝賀

 

 

 

「あっ、Bruder(ブルーダー)が来た!」

「お待たせしました。すみません、遅くなってしまって」

「気にしないでくれ。この祝賀会は、リーベの完治祝いとキミへのお礼でもあるんだ。主役を待つのは当然のことだよ」

 

 ベッドから起き上がって顔を洗った後、アザゼル先生に連れられた場所はローゼンクロイツ家にあるドローイングルームだった。神器症の治療の件を聞いて、ローゼンクロイツ眷属のみんなでひっそりと準備をしていたらしい。リーベくんの治療が完了した後、せっかくのお祝いなのだからと飾りつけをし、俺が眠っている間に料理なんかも作ってくれていたようだ。

 

 ライナを抱えたリーベくんを抱き上げるリュディガーさんの表情は、これまでの憑き物が落ちたように穏やかな笑みを浮かべている。魔王様達やメフィスト様はすでにテーブルの傍にいて、奥さんと眷属のみんなでどんどん料理が運ばれていた。さすがはドイツというべきか、数種類のビールやワインが並び、肉汁溢れるソーセージの匂いにぐぅと思わずお腹が鳴ってしまう。リーベくんもキラキラと目を輝かせ、ライナも仮面越しだけどジッと料理を見つめていた。

 

Mutti(ムッティ)、今日はいっぱい食べてもいいの?」

「えぇ、もちろんよ。だって、今日はリーベが元気になったお祝いですもの」

「だけど、病み上がりなんだから、食べ過ぎには気を付けるんだぞ」

「うんっ!」

 

 銀色の柔らかな髪を撫でられ、両親からの言葉にはにかんだ笑顔を見せるリーベくん。温かな家族の触れ合いに笑みが浮かび、リュディガーさんの眷属さん達の中には目に涙を浮かべるヒト達もいた。料理をテーブルに運んでいる間も、みんなから何度もこちらに頭を下げてお礼を言われたので、俺もペコペコとお辞儀を返す。さすがに見かねた奥さんが止めてくれたけど、こんなにも感謝を伝えられると嬉しいんだけど、やっぱり照れ臭いな。

 

 あと、魔王様達やメフィスト様からも心配の言葉をもらい、アザゼル先生の時と同様に問題ないことを告げておく。アザゼル先生から相棒が『神滅具(ロンギヌス)』に認定されるのを聞いたことや、神器の形状が変わったことも伝えておいた。先生が相棒の名づけもしてくれたって報告すると、メフィスト様から微妙そうな表情をもらった。無自覚で天使へのダメージを蓄積させていくねぇ…、ってひどくないですか。

 

 それからパーティーの準備が終わり、リュディガーさんの挨拶が始まった。ご足労いただいた為政者の皆さんへの感謝を告げ、これまで感じた憂鬱な日々を思い返しながら、それが終わった喜びを分かち合うように微笑みを浮かべていた。ジッとお父さんの様子を見つめるリーベくんの額にキスを贈り、お祝いの言葉と一緒に、溢れんばかりの拍手が会場に広がっていった。

 

 

「そして、倉本奏太くん。キミには、改めて感謝を伝えさせてほしい」

「リュディガーさん…」

 

 奥さんにリーベくんを預けたリュディガーさんが、真っすぐな眼差しをこちらに向ける。彼は俺の前までくると、深々と頭を下げた。ローゼンクロイツ家の代表として、リーベくんの父親として、感謝の気持ちをこうして伝えてくれているのがわかる。彼らのこれまでを知っているからこそ、俺はちゃんと受け止めるように彼の言葉を待った。

 

「本当に、本当にありがとう。リーベのために諦めないでくれて、奇跡を起こしてくれてありがとう」

「はい」

「キミがリーベと私たちに与えてくれた『未来』。これまでを思い出にし、今を心穏やかに慈しみ、そしてこれからに目を向けられる喜び。……家族を救ってくれたキミには、感謝してもしきれない」

「…………」

「奏太くんがリーベの兄でよかった。キミに出会えて、本当によかった…」

 

 リュディガーさんはグッと唇を噛みしめ、溢れる感情を精一杯に伝えようと、そんな真摯な気持ちが伝わってくるようだった。震える声音と共に彼の目じりに滲んだ涙から、ずっと溜め続けていた澱みが零れ落ちていくのを感じる。元々綺麗なヒトだと思っていたけど、晴れやかな柔らかい笑顔に、思わずボーッと眺めてしまうほど見とれてしまった。

 

 俺はリーベくんを助けたいと思ったから、自分の意思で神器症の治療法を探した。誰かに頼まれた訳でも、強制された訳でもない。この三年間の軌跡は、俺の意思で選んだ選択だった。神器をもって生まれたことで、理不尽な死に襲われる運命なんて嫌だと思ったから。ローゼンクロイツ家のみんなに笑っていてほしかったから。小さな命を失いたくないって強く願ったから…。

 

 俺がリーベくんの治療のために頑張ってきた理由なら、いくらでも思いつく。そして――

 

 

『……ありがとう。本当にありがとう』

 

 

 俺が裏の世界に入るきっかけになった動機。こんな俺でも助けられる人がいるなら、ほんの少しでも助けられるようになりたいって願った夢。世界を救うなんて、ヒーローになるなんて、きっと俺にはできない。兵藤一誠たちのようなみんなの英雄になって、脚光を浴びるなんてことはできなくても、この世界から零れ落ちそうになった小さな命を守れるぐらいなら頑張りたい。それが、裏の世界へ足を踏み入れると決めたあの日、自分が目指すと決めた目標だった。

 

 俺は『ありがとう』って言葉を受け取った時、本当に心から嬉しいと感じた。諦めずに頑張ってよかったって思えた。俺がいたことで、変えられる運命があることを実感した。だから、無我夢中で自分にできることを探し、行動に移してきた。それは、ただの偽善者なのかもしれない。打算的な考えなのかもしれない。

 

 それでも俺は、きっとこれからも同じように頑張るのだろう。「ありがとう」って太陽のように輝く、この笑顔が見たいから。――俺はこの道を迷わずに歩けるのだと思った。

 

 

「どういたしまして。俺もリーベくんの兄ちゃんになれてよかったです。諦めずに頑張ってよかった」

「……あぁ」

「これからも、よろしくお願いします。えっと、俺の立場は色々複雑になっちゃいそうですけど…」

「これから先でキミがどんな立場になろうと、ローゼンクロイツ家は倉本奏太くんの味方になろう。私の全権をもって、キミの後ろ盾となる。困ったことがあったら、いつでも相談しに来なさい。もちろん、こちらに遊びに来るだけでも構わないよ」

 

 俺は笑顔で感謝を受け止めると、リュディガーさんが差し出した手を強く握り返した。リーベくんのことで憂いがなくなった分、確かに相談はしやすくなっただろう。共犯ポジションであるリュディガーさんならある程度の事情は話せるので、今後も色々聞いてみたいな。乳神様に頼まれた『おっぱいドラゴンの歌』実現のためのプロデュース計画とか、どうやったら自然な流れでイッセーくんが乳首をブザーにできるのか、とか相談できたらありがたい。「ポチっと。ポチっと、ずむずむいやーん」は、絶対に外せないフレーズだろうからね。

 

 あと、駒王町が原作同様に今後の中心地になるみたいなので、街の治安を守る魔法少女達の強化計画とかも考えた方がいいかもしれない。カイザーさんの改造技術もすごいけど、そこにトップクラスの錬金や魔法技術が加われば、さらにファンタジーなパワーを発揮できるだろう。それにサーモン・キングから聞いた魔法少女達による自給自足の資金面の調達なんかも、土壌の改善や水質の向上なんかを研究する『薔薇十字団(ローゼンクロイツァー)』と相性が良い。色々と研究や知識の向上に繋がっていくだろうし、まさに渡りに船ってやつだな。今後ともぜひ仲良くしていきましょう!

 

「それで、皆さま。今回の治療の件は、教会の戦士であるデュリオ・ジェズアルドへ本当に伝えてもいいのですよね? リーベが無事に完治したことも含めて」

「あぁ、もちろん。むしろ僕たちは、そのためにカナくんの治療を許可したと言ってもいいからねぇ。たださすがに治療の内容が内容だから、どうやって治療したのかについては、向こうへ詳しく伝えるわけにはいかないけどさ」

「デュリオなら、必ず上に繋いでくれるでしょう。確かに不確かであり得ないと一蹴されてもおかしくない情報ですが、誰よりも奇跡を信じて足掻いてきた子です。子どもたちの笑顔のために、共に戦おうと励まし合った戦友だ。彼なら間違いなく、約束を果たしてくれます」

 

 真っすぐな眼差しで頷くリュディガーさんの言葉に、デュリオ・ジェズアルドさんに対する信頼がしっかりと感じられた。彼に連絡をするのはこのパーティーが終わって、保護者のみんなから停戦協定などの事情を聞いてからになるだろうけど。治療の際にはデュリオさんとも会うことになるだろうし、俺にとっては五人目の『神滅具(ロンギヌス)』所有者との邂逅になっちゃうのか…。

 

 それにしても、いよいよ天界陣営と関わることになるのかと思うとごくりと唾を飲み込む。元々流れはわかっていたけど、ついにここまで来たんだと実感が湧きあがる。神器症の治療というゴールを達成し、ここからが新たなるスタートになるのだと感じた。この世界の平和のためにも、天使の皆さんと仲良くなれるように頑張ろうっ!

 

 

「……改めて思うが、倉本奏太くんの立場はこれまでとは確かに違ってくるだろう。しかし、魔法使いの三大魔術結社である『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』と『薔薇十字団(ローゼン・クロイツァー)』の二つが後ろ盾につき、悪魔すら味方につけ、堕天使のトップ勢が一から育て上げた人間など、敵に回すデメリットの方が高いだろうな」

「特に奏太くんの神器の異能は、天界にとっては放置できるようなものではないからね。奏太くんに何かあったら、システムがどのような動きをするのか全く予想ができない。しかも魔法使いであるため、改宗させることも難しい。最悪詰む可能性すらある以上、天使達が奏太くんと関係を築こうとするのは決定事項だろうね」

 

 そんな心の中で気合いを入れていた俺の隣で、しみじみとどこか遠い目で呟く魔王様方。思わず俺は、視線を明後日の方へ向けてしまう。冷静に考えると、俺の人脈もどんどんおかしなことになったよね…。うーん、それにしても、天界陣営って原作でもほとんど情報がないんだよなぁー。むしろ天使よりも、教会勢の方がまだわかるぐらいだ。情報不足って面もあって、俺も下手に天界や教会関係には近づかないようにしようって心がけたんだよなぁ。

 

 ちなみに、相棒。天使の皆さんって、どんな様子なのかってわかるの? 相棒自身は天界にいるんだよね? ……いや、そんなきょとんとした思念を送らないでよ。一応、聖書の神様(同じ親)から生まれた兄弟みたいなものなんだよね。もうちょっと興味をもってあげてください。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ルシファー様のご子息も、リーベと同じ年なのですね…」

「えぇ、同じ父親としてリーベくんのことは他人事に思えませんでしたよ」

「ありがとうございます。ちなみに、この時期の子どもはやはりヤンチャなのでしょうか…? これまでリーベは家で過ごしてきましたが、これからは違います。やっと自由に出歩けるようになったので、私もあまり制限はしたくないのですが、どこまで許すべきか妻と相談しているのです」

「なるほど…。よろしければ、私も力になりましょうか。子育てなら、グレイフィアや母上にも相談できますから」

「よ、よろしいのですか?」

「実は、私もこういう会話は新鮮でね。魔王として冥界を背負う以上、ただの父親として接することができる相手はあまりいないんだ。ミリキャスと同じ年の悪魔の子も少なくてね。こちらとしても、育児について気兼ねなく話せるのは嬉しいんだ」

 

 そうして挨拶が終わると、ホームパーティーって感じで、縦長のテーブルに並べられた料理に手を付けていった。立食のビュッフェスタイルで、お堅い感じではなく、気楽に食べていいようだ。俺とリーベくんのお腹が空いた様子から、さっそく祝賀会が始まることになった。大人たちはお酒を楽しみ、俺はリーベくんと肉料理を堪能する。これまでリーベくんは体調のこともあって、脂っこい物は避けられていたみたいだけど、今日はおいしそうにお肉に齧り付いていた。

 

 リュディガーさんはサーゼクス様との父親トークに盛り上がっているようで、いかに自分の息子が可愛いかを力説し合っていた。これは以前、冥界でリアスちゃんが思いついた案が、案外実現されそうだな。四大魔王様の内、既婚者はサーゼクス様だけだから確かに父親として語り合える機会は少ないだろう。お互いに父親初心者として心配事は山のようにあるようで、プライベート用の連絡先を交換し合っていた。

 

「このお肉、Lecker(レッカー)だねー」

「うん、美味しいね。あっ、お野菜もちゃんと食べるんだよ」

「はーい」

 

 そんな向こうで父親がデレデレ顔で自分のことを語っていることより、お肉のおいしさに集中するリーベくん。幼いから会話がよくわからないのもあるだろうけど、この子は将来大物になれそうな気がした。背が低いリーベくんの代わりに俺が料理をよそい、はいっと渡すと元気な返事を返してくれた。

 

 どうやら腹ペコだったのと、今まで制限されていたこともあって、リーベくんはパクパクと料理を口に運んでいる。よっぽど気兼ねなく食べられるのが嬉しいようだ。俺はナイフでミートローフを切り分け、サラダを皿にのせておく。それをさらにリーベくんにあげると笑顔で受け取ってくれたが、ふと自分の足元でジッと料理を見つめるライナに、リーベくんは持っていたお皿と交互に視線を動かした。

 

「ライナもお肉を食べたいのかな?」

「というか、神器って食べて大丈夫なのか?」

「常に顕現するタイプの独立具現型の神器は、人間と同じ食事をとることもあるぞ。能力を使う場合は宿主のオーラを媒介にすることが多いが、個として動くためのエネルギー変換として食事が使われるケースは多いようだ。だいたい雑食らしいが、好みは一応あるかもな」

「ゴォー」

 

 俺とリーベくんの会話を横で聞いていた先生の説明に同意するように、ライナはこくんと頷く。パーティーの雰囲気に合わせて猿のように長い尻尾が楽し気に揺れているので、たぶん食事を一緒に食べたいのだろう。独立具現型の神器って、結構感情表現が豊かなんだな。本当にちゃんとした一つの意思をもって、宿主とは独立して活動するようだ。

 

 俺が知っている独立具現型の神器は、ラヴィニアが所有している『永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)』だけだったからな。ライナのように常に顕現する訳じゃなく、ラヴィニアの意思で必要な時だけ現れていた。もっとも、氷姫は常に冷気を纏い吹雪を起こしてしまうから、日常を共に過ごすのはそもそも難しいけどね。ラヴィニアも神器に対して距離があるから、戦闘以外ではあんまり呼びだしたりしないからなぁー。

 

 うーん、だけど…。もし氷姫の問題を色々解決できるなら、独立具現型の神器としては高性能なのか? まず氷だから食費もかからないし、大きさも自由に変えられるだろう。人型だからお手伝いもしやすいし、氷姫が料理とかできたら食材の傷みだって少なくなるかも。鉄の包丁は温度差に弱いから、刃が欠けやすい。だけど、氷の刃を包丁代わりにできたら、食材の鮮度を落とさずに調理することもできるかもしれないのだ。

 

「もし氷姫が日常で使えたら、常に冷房代わりにできるし、歩く冷蔵庫や冷凍庫代わりにして、暑い日は快適に過ごすこともできたのかな…。それに、鮮度の高い食材をいつでも使えるから、料理スキルを覚えさせれば、最高の料理人になる素質だってあったのか……」

「カナタ、お前の感覚が元々おかしいのは知っているが、『永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)』は神をも滅ぼす力を持つ『神滅具(ロンギヌス)』だからな。日常基準で考えるなよ」

「えっ? でも、相棒だって『神滅具(ロンギヌス)』になるんですよね。氷姫という最高の料理人と、相棒という最高の調理器具が揃えば、もはや死角なしだと思ったんですけど」

「……こいつの神器を、『神滅具(ロンギヌス)』に認定するのは早まったか?」

 

 ボソッと呟くアザゼル先生。真顔で悩まないでくださいよ。

 

 

「はい、ライナのご飯だよー」

「ゴォウ!」

「おー、食べてる食べてる」

 

 俺は奥さんからライナ用のお皿をもらい、適当に見繕ったお肉をライナの前に置く。するとトコトコと床に置かれた皿に近づき、匂いを嗅いだ後、小さな口でモグモグと食べ始めた。アザゼル先生が言うように、人間と同じ食事を食べても問題はないようだ。紅い仮面があるからちょっと食べづらそうなので、次は小さく切ってからあげた方が良さそうかな。

 

 リーベくんもニコニコした顔で、ライナの食事風景を眺めていた。ほんの数時間前に出会ったばかりとは思えないぐらい仲が良いと感じる。リーベくんとしては、可愛いペットができた感覚なのかもしれないけど、リュディガーさん夫妻にとっては複雑な気持ちだろうな。さっき奥さんからライナのお皿をもらう時も、ちょっと思案したような顔をしていた。

 

 もし神器症の治療ができなかったら、拒絶反応によってライナはリーベくんを殺していたかもしれなかった。症状の進行を少しでも抑えるために、神器の目覚めを遅らせていたため、ライナは覚醒するまでリーベくんの容態を知らなかったかもしれない。仕方がなかった部分はあるだろうけど、新しい家族としてローゼンクロイツ家にライナが受け入れられたらいいんだけど…。

 

 ……そういえば、今更だけどハーフ悪魔であるリーベくんと聖獣の神器って日常生活に問題はないのだろうか。(たてがみ)に水が触れたら聖水ができるって、悪魔にとってはヤバいよな。お風呂や水遊びは一緒にできないし、雨が降ったらとてもじゃないけど外に出せないだろう。それに、リーベくんを傷つける可能性が少しでもあるなら、リュディガーさんたちも迂闊に許可は出せないかもしれない。

 

「あのー、先生。ちょっと質問なんですけど」

「どうした小声で」

「『微睡む森の王(ドラウス・バロン)』の聖水を作る能力って、悪魔と一緒に暮らす上ではやっぱり難しいものなんですかね。リーベくんとライナが、一緒に暮らせたら嬉しいと思ったんですけど…」

 

 リーベくんには聞こえないぐらいの声量で、近くにいたアザゼル先生に疑問を尋ねると、「こいつマジかよ」みたいな目で見られた。すみません、なんでそんな目を向けられないといけないのでしょうか。

 

「いや、お前…。アレはお前がやらかしたのかと思っていたが、神器……システムの方がやらかしたってことか。まぁ、お前の心配を無くすためなら、過保護なぐらい気を使っていたからなぁ…」

「あの、やらかすってどういう意味ですか? 俺と相棒がやったのは、神器症の治療だけじゃ」

「正確には治療と『理の改変』もやらかしているぞ。よく考えてみろ、リーベ・ローゼンクロイツに過保護な保護者共が、水に触れるだけで聖水を作る神器なんかを、ただ息子の傍に置くのを認めると思うか? 俺から神器の説明を聞いた時点で、当然安全性を確かめたに決まっているだろ」

 

 どうやら俺が考えたことは、当然ながらリュディガーさんたちも思いついたようで、最初はいくらリーベくんが可愛がっているとしても危険だと考えたようだ。うっかり水がかかることなんて事態、日常でもよくあることなのだから。なので、俺が眠っていた間にライナの鬣へ実際に水を流し、神器の能力を確認していたようだ。

 

 つまり、今こうしてリーベくんの傍にライナがいられるということは、リュディガーさんたちからすでに安全を認められたってことだよな。聖水は上級悪魔にとってはあまり効果がないらしいけど、リーベくんぐらいの年齢だとハーフとはいえ身を焦がすほどの激痛を与えかねないのだから。俺はアザゼル先生の言葉に首を傾げ、思いついたことを口に出してみた。

 

「えっと、確かめたってことは、ライナを水に濡らしても聖水はできなかったってことですか?」

「いや、ちゃんと聖水はできたぞ」

「えっ?」

「聖水は確かにできた。リーベ・ローゼンクロイツには『無害』な聖水というものがな」

 

 アザゼル先生が語ったあまりにも突拍子のない答えに、思わず呆然としてしまう。まさかそんな便利仕様な聖水ができるとは思っていなかった。というか、リーベくんにだけ効かない聖水とか作ることができるんだ。ライナの宿主だからだろうか?

 

「さらに実験を重ねると、どうやら数人ほどだが『微睡む森の王(ドラウス・バロン)』が認めた魔の者なら、聖水の効果を『無害』に設定できることがわかった」

「マジですか!? 一部の悪魔にだけ無害な聖水が作れるって、ライナってすごい神器だったんですねー」

「アホか。俺が過去知っている『微睡む森の王(ドラウス・バロン)』の神器には、こんなぶっ壊れた性能なんかなかったに決まっているだろうが」

「えっ?」

 

 ライナの性能に感心していた俺に、アザゼル先生が頭が痛そうに眉間に皺を寄せた。悪魔に無害な聖水とか初めて聞いたけど、どうやら先生にとっても初めてのことだったらしい。神器について一番知識のある先生が言うのだから、リーベくんの神器だけ特殊な能力を発揮しているのは、おそらく間違いないだろう。ベリアル家がもつ『無価値』の能力を使えば、悪魔に『無害』な聖水を作れるかもしれないけど、アレだって魔王クラスであるディハウザーさんじゃなければ無理だろうしな。

 

 ライナが普通に聖水を作ったら、宿主であるリーベくんだけ無害なものができる。さらに、ライナが「このヒトにも無害になる聖水」って考えながら水を被ると、リーベくん以外にも効果を発揮できるようだ。それなら、リュディガーさんやその眷属さんたちも問題なく過ごすことができるだろう。

 

「聖水は魔の者にとって害にしかならない。そうこの世界では定められているからな」

「えっと、じゃあ…」

「書き換えたんだろ、理をな。『悪魔は聖水を苦手とする』っていうこの世界の理を、こいつの神器だけ一部改変したんだ。似たような効果として『幽世の聖杯(セフィロト・グラール)』がもつ生命の理を覆す異能もあるが、あれと方向性は同じだろう」

 

 原作で『幽世の聖杯(セフィロト・グラール)』を所有するヴァレリー・ツェペシュは、兄であるマリウスによってツェペシュ派吸血鬼の強化に能力を利用され、弱点の存在しない吸血鬼になるように生命の理を書き換えていた。つまり、アレと同じようにリーベくんのもつ『微睡む森の王(ドラウス・バロン)』の神器の能力を、通常ではありえない効果にしたってことか。リーベくんとライナが、これからも一緒にいられるように。

 

 確かにイッセーたちが天界に訪れた時も、邪なものに対して脆い天界の理をシステムによって一部書き換えたことで、天使の輪を頭につければ少人数の悪魔なら短いながら滞在できるようになっていた。聖と魔の領域が不安定な状態だからこそ、そのあたりの理に干渉もしやすかったのかもしれない。たぶん、リーベくんの神器の能力を知った相棒が、気を利かして能力の改変も治療のついでにやってくれたんだろうな。

 

 さすがは相棒である。俺が心配するまでもなく、アフターケアも万全とは。心の中で称賛を送ると、嬉しそうな思念と一緒に、もっともっとというような反応が返ってきた。なるほど、じゃあもっと褒めておこう。俺が相棒に向けて拍手をしていると、アザゼル先生がドッと疲れたような表情を向けてきた。

 

 えっと、結果的にローゼンクロイツ家にとって、ハッピーエンドになったからOK! にはならないですかね?

 

「お前の能天気さは変に思いつめない分いいだろうが、ちゃんと理解はしておけよ。お前の禁手(バランス・ブレイカー)は『神器の構成を弄るだけでなく、定められた能力も逸脱できる』異能だってこともな」

「うっ、はい…。一応、神器の構成を弄るには直接槍で対象を刺す必要がありますし、相手に抵抗されたらその分効果も薄くなります。あと、さすがに好き勝手に理を弄るのは相棒も難しいみたいです」

「禁手に至るまで時間もかかり、集中力が必要なためその間無防備になり、色々と制限もある。だが、その分及ぼす効果は絶大だけどな」

「そもそも、カナくんを前線に出すつもりはないからねぇ。キミの神器はあまり大っぴらに見せない方がいいだろうから」

 

 俺とアザゼル先生の会話に入るように、ワインを片手にメフィスト様が加わった。こちらもアザゼル先生同様に、どこか疲れたような表情を浮かべている。俺の禁手(バランス・ブレイカー)に関する想定は大人たちである程度していたらしいけど、やはり現実で目にするのは違ったようだ。あの場にいた為政者が、満場一致で『神滅具』認定をしたみたいだし。

 

 

「元々自分から戦闘に挑むつもりはなかったですけど、普段もですか?」

「わかる者には、聖書の神に連なる聖なる力を纏っているのが分かるからねぇ。禁手(バランス・ブレイカー)に至ったことで、システムと完全に繋がったからだろう。『神滅具』に認定されると同時に、新たな聖遺物(レリック)の一つにも数えられることになると思うよ」

 

 メフィスト様の話に、ぱちくりと目を瞬かせる。システム(相棒)はもともと聖書の神様が創ったものなんだし、そこに聖なる力が宿るのは理解できる。原作でも曹操がもつ『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』は聖遺物(レリック)に数えられ、信仰深い信徒なら見ただけで心を持っていかれるほどの効力を持っていたはずだ。悪魔だったイッセーも、曹操の槍を見て不気味なオーラを纏っているって表現していただろう。

 

「あれ? それって、悪魔の皆さんは俺の神器の傍にいて大丈夫なんですか? 聖遺物(レリック)って悪魔にとっては、近くにあるだけで気分が悪くなるんですよね。護衛の正臣さんは悪魔だし、悪魔の友人や知人も多いのに…」

「そこは問題ないかな。……むしろ問題ないからこそ、問題でもあるんだけどねぇ」

「うん?」

「さっきのリーベ・ローゼンクロイツの神器に行った『理の改変』を思い出せ。お前が悪魔の友人を大事にしていることを、システムだって当然理解しているだろう。カナタを悲しませるような効果を持つ槍なんて、あの過保護が見過ごすと思うか。当然改変しているに決まっているだろ」

「はっはっはっ。悪魔として永い刻を生きてきたけど、生まれて初めて『無害』な聖なるオーラなんて浴びたねぇ。それどころか聖なる力を心地よく感じるなんて、本来ならありえないことが実現してしまったよ」

 

 朗らかな笑い声をあげるメフィスト様だけど、その目が全く笑っていないことに頬が引きつった。確かに相棒によって、ライナの聖水を『無害』に設定できたのなら、俺の神器が放つ聖なるオーラを弄ることだってできてもおかしくない。俺にとっては問題ないけど、傍から見たら問題だらけな理由がやっと理解できた。

 

 リーベくんを治療するために禁手に至った時、俺の神器に聖なるオーラが纏われたのを、全員がその目で見ていた。初めはピリピリした痛みと威圧感を感じたみたいだけど、神秘のオーラが安定していくにつれて違和感が消えていったらしい。悪魔としての本能や肌に感じるオーラは、間違いなく聖なる力であると認識しながら、その温かな光は悪魔すら受け入れたのだ。

 

大問題児(カナタ)と比べたらまだマシに感じるだけで、こいつの神器も十分に問題児だからな…。厄介さで言えば、正直どっこいどっこいだよ」

「あぁ、なるほど。問題児同士が相乗効果を発揮していると考えれば、これまでのやらかしも納得できるねぇ…」

 

 この大人たち、本当に言いたい放題である。全く言い返せる要素はないけど、俺だって真面目に考えて行動しているんですよ。相棒は俺に過保護なだけなんです。結果的に、それで毎回エライことになっていますけどねっ!

 

 そういえば、相棒は種族とかそういうものに最初から無関心だった。先生にも言われたけど、基本俺を中心にして世界を見ていたと思う。だから、聖書の神様が定めた種族としての理を書き換えることに、全く遠慮なんてなかったのだろう。悪魔も堕天使も天使も他の神話も、相棒にとっては同列の存在。これ遠回しに聖書の神様に喧嘩を売っていないよね? お子さん、無自覚で反抗期真っ只中です。

 

「はぁ…、そんな訳でだ。おそらくカナタにとって大切な相手には無害となるが、それ以外の者や敵には本来の聖遺物(レリック)と同様の効果を受けることになるだろうな」

「……神器を取り出す時は気を付けます」

「カナくんの神器の異能がこれまで同様に使えるのなら、『概念消滅』で『神器が発する聖なるオーラ』を消して、外に漏らさないようにするのもありだろうけどねぇ」

 

 メフィスト様のアドバイスに、俺はなるほどと頷く。身近なヒト達だけしかいないのなら気にしなくていいだろうけど、それ以外のヒトがいる場合は、相棒が発するオーラは出来る限り消しておいた方が無難だろう。さすがに戦闘中のような切羽詰まった状況だと難しいだろうけど、そうならないための護衛であり、俺が鍛えてきた気配察知と逃げ足なのだから。

 

 

「というか、カナタ。今更だが『暁紅の聖槍(ティファレス・リィンカーネーション)』は、『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』と同様の使い方は出来るのか? あと、能力に変化とかはないのか?」

「えっ? あぁー、ちょっと待ってください」

 

 俺は手の平サイズの相棒を取り出すと、近くにあったムール貝の殻に槍を突き刺し、中身だけを取り出した。現れた身をパクッと食べると、おいしさに頬が緩む。よし、問題なくできたな。

 

「こいつ、さっき躊躇しそうとか言っていたくせに、迷いなく聖槍を料理に突き刺しやがった…」

「あっ」

「もはや条件反射のような手際の良さだったねぇ…。とりあえず、これまでの『消滅』の異能は問題なく使えるということだね」

「そ、そうみたいです。あとは……うーん。一応、新しい能力もついたみたいですね。禁手(バランス・ブレイカー)の能力の一部を、通常状態でも使えるように設定したような感じのが。ただ俺の実力じゃ、まだ全部使いこなすのは難しいようです。たぶん口で説明するよりは、実際に見せた方が早いと思うので、できそうなやつは明日見せますね」

 

 俺は布巾で相棒の先端をふきふきすると、今は食事中なので神器の顕現を解いておいた。アザゼル先生に残念そうな目で見られたけど、さすがに空気は読んでくれた。相変わらず、神器研究大好きですね。今日はもう日が落ちて、空も暗くなっているから続きは朝になるだろうけど。今日だけは幸せを噛みしめて眠りたいというリュディガーさんの要望を叶えるため、明日からまた頑張ることになりそうだ。

 

 それからは難しい話は一旦置いておき、また料理を楽しむ時間に戻っていった。ローゼンクロイツ眷属の皆さんにもみくちゃにされ、お腹いっぱいでスピスピと微睡むライナをリーベくんと観察し、親バカで暴走していたリュディガーさんが奥さんに叱られているところにクスッと笑う。そんな楽しい時間は気づけばあっという間に過ぎてしまったけど、こんなにも屈託なく笑えたのは久しぶりだった。

 

 黄昏から夜になり、そして太陽が昇って黎明の朝が来る。これからがかなり大変だけど、今日という日をみんなで喜び祝うことができて本当によかった。この時間を糧に、俺はまた前に進めるだろうから。こうして、ローゼンクロイツ家の祝賀会は笑顔で幕を閉じたのであった。

 

 


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