えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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 三年分溜まっていた報告会もこれで終了になります。やらかしは溜めて一斉投下するもんじゃないな、と真面目に思いました(´・ω・`)


第百六十六話 権能

 

 

 

「そうだ、アザゼル先生。相棒が聖書の神様が創った『システム』だってことは理解できました。でも、そのことで少し疑問があるんですけど…」

「ん? 答えられることなら答えてやるが」

 

 天界陣営を神器症の治療を餌に誘き出して、強制的に関わらせようぜ! 作戦について保護者と話し合って数刻後。メフィスト様は腕に槍を一本刺して体調を整えると、魔王の皆さんと話し合うための予定を立てるためにいったん席を外していた。タイミングが良いことに、俺は黒歌さんから仙術を教えてもらうために冥界へ行く予定がすでに立っている。表向きグレモリー家に保護されている彼女と会うためという口実で、裏で四大魔王との密談へ持ち込むことは難しくないだろう。

 

 元々はアジュカ様にグレモリー家へ連れていってもらって、そこで数日ほどお世話になるつもりだった。だけど、さすがに今回の報告を魔王様達にも伝えるなら、メフィスト様も一緒に行って事情説明の付き添いが必要だと判断したそうだ。魔王様方にも、四人全員が集まってもらえるように調整をお願いしないといけないしな。まさかの魔王四名と一気に会合することになるとは思っていなかったけど。

 

 アジュカ様とセラフォルー様には会ったことがあるが、サーゼクス様とファルビウム様に会うのは初めてだから、ちょっと緊張するな。消滅の異能を持つ神器を目覚めさせてから九年経って、ようやく滅びの魔力持ちと顔を合わせると考えると、なんだか感慨深い気持ちになる。なお、俺がうっかり呟いた「嫌な予感」でネビロス家という爆弾を掘り起こしたことがあるので、メフィスト様と一緒にお土産の品は奮発しようと思いました。

 

 俺が神器に目覚めた当初は、シスコン魔王様とスイッチ姫の持つ滅びの魔力の下位互換だと項垂れたこともあったけど、あれからよくここまで頑張ってこれたよなぁー。『ハイスクールD×D』のメインヒロインであるリアス・グレモリーさんに会えるのも楽しみ過ぎる。今はまだ小学生ぐらいだろうけど、仲良くなれたらいいなぁー。

 

「えーと、この世界に不具合が起き出したのは、『システム』を管理していた聖書の神様が亡くなったからですよね。その後『システム』は、いなくなった神様の真似をしながら世界を何とか回していた」

「あぁ、世界中で起きている不具合は、あいつが亡くなってから起き出したのは間違いない。だが、完全に機能が停止していないことから、『システム』が独自に世界を回しているのも間違いないだろう。ミカエルたちが干渉するにも、神が亡くなってすぐに動くのは無理だろうからな」

 

 そんなメフィスト様が席を外している間、二本目の相棒で一服していたアザゼル先生へせっかくなら気になったことを聞いておこうと思った。俺もこれまでのことから、相棒が『システム』に触れられる何者かではなく、『システム』そのものなんじゃないのか? とはうっすらと考えには及んでいた。しかし、それだと一つ疑問に感じたことがあったのだ。

 

「でも、それって俺に出会う前までの相棒のことなんですよね。俺と出会ったことで相棒はその…「思考」とか「感情」を持つようになったのなら、自分で考えて行動だってできるようになったはずです。それなのに、どうして今起こっている不具合を自分から直そうとしないんでしょう? 『システム』そのものなら、神器症も含めて世界で起きている不具合を自分で直そうとしてもいいはずなのに」

「あぁー、なるほど。ただの機械(プログラム)だった頃ならあいつに言われた命令通りにしか動けなくても、今の『システム』なら独自に考えて動けるんじゃないかってことね」

 

 俺が言いたいことに納得したように、アザゼル先生は顎髭を思案気に撫でる。別に相棒を責めている訳じゃないけど、純粋に疑問に思ったのだ。神様()から言われた通りにしか動けなかった過去とは違い、今の相棒は俺からすればすごく感情豊かになったと感じている。いつも俺が快適に過ごしやすいように先回りをしてお世話してくれる相棒が、『システム』の不具合について悩む俺の姿を見て、何も行動に起こさないのはどうしてだろうと。

 

 相棒は「俺」に対しては自発的に行動してくれるし、「俺」が願えば力だって貸してくれる。俺が聖書の神様の死を知っていたことによる『システム』の影響を、天界の天使の皆さんにバレないようにずっと隠蔽だってしてくれた。だけど、「俺」に関わりがないことには本当に淡白というか、関わろうとすることすらしないのだ。

 

「んー、確証はねぇ。それでも構わないか?」

「はい、お願いします」

「いくつか理由は思いつくが…。まぁ、まず可能性があるとすればだな――」

 

 ソファーに倒していた身体を起こし、膝に腕を立てたアザゼル先生がニヤリと笑みを浮かべて、人差し指をビシッと俺へ向けた。

 

「お前の世話が大変すぎて世界の不具合を直している暇がねぇ、だな」

「それが理由だったら、俺の世話が世界を回すよりもヤベェってことになるんですけど」

 

 俺の世話ってどんだけ重労働なんだ。確かにうっかりで死んじゃうような世界だけど、俺だって生き残るために頑張っているんだよ。一分一秒も割けないぐらい、俺ってお世話されないとダメな人間だとは思いたくないんですが。

 

「くくくっ、さすがに冗談だ。だが、お前の想像通り『システム』のやつがお前にしか関心を寄せていないのはわかっているだろ」

「はい、それは。だけど、どうしてそこまでとは思いますけど…。俺は相棒にたくさん助けられてきましたが、俺から相棒に返せたものなんてほとんどないのに」

「……『システム』の中に一欠けらでもあいつの力が宿っているのなら、本質は似ていてもおかしくないか。俺の想像だが、もし『システム』のやつが不具合を直せるのにあえて直さない理由があるとすれば、それは直すメリットがないからだろうな」

「はい?」

 

 アザゼル先生が言っている意味が、ちょっとよくわからなかった。『システム』の不具合を直すメリットが相棒にないってどういうことだ。だって、天界のみんなや信者のみんなだって助かるし、周りから感謝だってされるんじゃないのか。

 

「例えばの話だが…。あるところに素晴らしい剣を持った剣士がいて、その剣を使って多くの人々を救ってきたとする。さて、助けられた人々は誰に感謝をすると思う?」

「そりゃあ、助けてくれた剣士さんじゃ…」

「普通に考えればそうだ。誰もがその剣士を称賛し、崇めるだろう。その剣士が人々を助けられたのが素晴らしい剣のおかげだとしても、誰も剣に向けて感謝なんてしないだろ」

「あっ…」

 

 先生のたとえ話に当てはめてみると、素晴らしい剣が相棒のことで、剣士が聖書の神様ってことか。これまで救われてきた信徒たちは、当然のように奇跡を行使した神様に信仰を捧げてきた。しかも神様の死は公表できないから、たとえ相棒が頑張って不具合を直しても、結局信者たちの感謝の気持ちは相棒を通り過ぎて、いなくなった聖書の神様にしか届かないのか。

 

「聖書の神が奇跡を起こして人々を救っていたのは、自分への信仰心を高めるためだ。そこにはしっかりとした利害関係の一致が存在している。しかし、『システム』がいくら神の真似事のように人々を救っても、自分には一切信仰心は還元されない。全てが親の手柄として奪われる。そんな理不尽な構図を、「心」を持ってしまった『システム』が許容できると思うか? 神への信仰心は天界を維持するために必要であるため、天使達だって下手なことは言えないだろう」

 

 これまでのように「意思」や「感情」がないままなら、聖書の神様の手柄として全ての感謝が親に向かうのを容認することだってできただろう。だけど俺は、相棒が俺からの感謝に嬉しそうに光っていたのを知っている。俺が喜ぶからって自分から色々頑張ってくれたし、褒められないと拗ねることだってあった。相棒が俺のために行動してくれる心理には、俺から褒められたいという気持ちがあることを、俺は何となくだけど感じ取っていた。だから俺は、これまで何度も口に出して感謝の言葉を告げてきたのだ。

 

 もし相棒が不具合を直そうと頑張っても、その頑張りはほんの一部のヒトにしか知られない。天使の方々が「聖書の神様と一緒に『システム』にも感謝をしてあげて」と口添えをしたとしても、信者たちだって大いに戸惑うだろう。救ってくれた剣士にお礼を言ったら、「剣にもお礼を言ってくれ」って言われたら混乱するわ。それで心から剣にお礼を言える人は果たしているのかどうかも怪しいと思う。

 

「『システム』がお前にこだわるのは、ある意味で当然だろうな。お前はずっと変わらず『システム』そのものへ感謝と信頼を捧げ続けていた。神なんて関係なく、自分だけを見てくれる人間。『システム』にとって倉本奏太は唯一の信者であり、守るべき存在だと判断したってことだ」

「……俺が相棒の唯一の信者ってことですか」

「あぁ。神性を持つやつらにとって、信仰ってのはそいつの命そのものだ。だからこそ、過去には宗教戦争なんてものが起きて、神々で信仰を奪い合うなんてことも起きた。聖書陣営が他神話のやつらに恨まれているのも、信者を強引に奪った確執の所為だしな。……信仰を失った神ほど哀れなものはないさ」

 

 聖書の神様の死を知る人間は、この世界では俺と朱芭さんしかいない。だけど、朱芭さんは俺の話を信じてくれただけで、聖書の神様の死について全てを理解できているわけではないと思う。そもそも彼女は仏教信徒だから、聖書陣営と関わりはないのだ。つまり、純粋な感謝を相棒だけに注げるのは俺しかいないというわけか。

 

 

「ただまぁ、カナタに感謝されたい一心なら、少なくともお前が最も関心を寄せている「神器症の不具合」だけでも解消させようとする動きぐらいはあってもいいのにそれがないとなると…。おそらくこれが最も可能性として高いと思うが、『システム』そのものにはそもそも不具合を直せる機能が備わっていないんじゃないかと考えている」

「えっ」

「さっきも話しただろう、あの野郎は全部一人で何でもやってしまうようなやつだったってよ。そんなやつが「道具」として使っていた『システム』に、奇跡を司る力の権限を全て明け渡していると思うか? 自分が操作できない間に自動で動けるようにある程度の権限なら与えていても、好き勝手弄れないように細工されていてもおかしくはないだろ」

「あぁー…」

 

 アザゼル先生から教えられた可能性に、思わずなるほどと頷いてしまった。確かに相棒の性格的に、神器症の不具合を何とか出来るなら三年間も沈黙しているのはおかしい。俺から聞いた時、『治療できる可能性がある』って曖昧な答えだったのも納得できる。つまり、作成者からそのように創られたため、相棒でもどうしようもなかったってことか。

 

「あれ、でもそれだと…。相棒の力じゃ治療を含めた不具合を直すのは無理ってこと?」

「だろうな。本来なら『システム』に意思が芽生えようと、聖書の神が設定したラインを越えることなんてできなかった。だが、ここで神の予想を越えたイレギュラーが起こってしまった」

 

 そう言ってアザゼル先生は、面白そうに口元を上げてニヤリと笑った。

 

「お前だよ、カナタ。よりにもよって『概念消滅』なんてものを発現させ、聖書の神が創った『既存の法則』を消し去り、『新しい法則』に変革する異能を創り出したんだ。お前の影響を受けた『システム』は、お前から貸し与えられたその異能を使って、一般的な神器を準神滅級へ実際に作り替えちまった。神器を統括する『システム』としての権限と、お前の持つ『概念消滅』が組み合わさることで、『神器の構成を弄る』という聖書の神にしかできないはずの権能を実現させたのさ」

 

『奏太さんの「概念消滅」が『聖書の神』がつくった神器の防衛システムさえも対象にできた理由になると思うの。あなたにとって、神だろうと魔王だろうと関係ない。それこそ、この世界のどんな上位存在だろうと、あなたの認識の中では『観測できたもの』でしかないから。だから、この世界を構成する「概念」すらも干渉することができた』

 

 俺の持つ『原作知識』によって手に入れた『観測者』としての視点。この世界にある、あらゆるものを対象にすることができ、ヒトも物も概念も神さえも関係ない。朱芭さんの言う通りなら、俺の能力を借りている相棒も似たようなことができるってことだ。聖書の神様によって制限がかけられていた相棒だけど、俺の『概念消滅』を使うことでその制限を突破できた。それが、相棒が俺の神器を自由に弄れた背景だったというわけか。

 

 俺の神器にだけ『権能』を発揮できたのも、俺の異能が俺を中心としたものだったからだろう。俺の異能を介してじゃないと、相棒は聖書の神様に施された制限を越えられない。だから、『システム』の不具合という俺から離れた部分を直すことはできなかった。逆に考えれば、俺の異能が『システム』にまで届けば、相棒はその力で親が定めた制限を消し去って、『システム』としての権限を掌握できるかもしれないのか。

 

「お前の予想通り、禁手(バランス・ブレイカー)…。お前が神器の中に宿る意思と繋がることで、異常を起こす神器の構成を弄り、正常に創り直すことができる可能性はあるだろう。だが、それは同時にこの世界へ奇跡を及ぼす力を『システム』自身が手に入れることにも繋がる」

「それって、相棒が聖書の神様と同じような力を使えるようになるってことですか?」

「まさに第二の聖書の神の誕生ってわけだ。純粋な神族とは言い難いが、神の力を受け継いでいるのは事実。『御子神』とはよく言ったものさ」

 

 俺の持つ『書き換え(リライト)』の異能には、相手の術の制御権を消して奪う力がある。相手の魔法や技術を自分のものにする力を、相棒も同じように使えると考えれば、聖書の神様が『システム』に施した制限の『概念』を消して自分のものにしてしまえるかもしれないということだろう。

 

 

「……あの、それって天界の皆さんの大混乱確定じゃ」

「だから、ミカエルのやつが卒倒するって言っただろ。これまで淡々と世界を回していた天界の象徴とも言える『システム』が、天界の意思を無視して自分勝手に力を行使できるようになるってことだぞ。しかもその権能が、魔法使いの人間の子どもたった一人の意思に左右される。元天使の俺からしても、こんな馬鹿げた話があるかって思うわ」

 

 肩を竦めながらどこか遠い目で告げるアザゼル先生に、俺も乾いた笑みを返すしかなかった。正直に言えば、俺だって全く実感が湧かない状況だ。この世界に一大宗教を作り上げた聖書陣営のトップが使っていた、叡智の結晶。その力を俺の意思で使えるかもとか言われても、さっぱりよくわからんが素直な気持ちである。

 

「えっと、アザゼル先生はそれでいいんですか? 相棒が二代目になるのは」

「あぁー、不安っちゃ不安だがなぁー。この五年間で、お前らにどんだけ振り回されてきたのかを思い出せばよぉ…。だが、神がいなくなった弊害をなんとか側だけでも整えている今の世界が正しいかって言われると、こっちもコメントがしづれぇわけだ。不安定な世界を安定させるという面で言えば、間違ってはいないしな」

「……はい」

「それに、お前の『概念消滅』で機能の制御を一時的に奪えるとしても、さすがに永続的な効果にするには時間がかかるだろう。聖書の神(やつ)にとって急所とも言える『システム』の制御権を、そう簡単に明け渡すような設定にはしていないだろうしな。時間制限……、お前が禁手に至っている間だけ使えるとか、そういうことになるんじゃないかとは思っている」

 

 禁手を使って俺と繋がることで、相棒が『概念消滅』で『システム』の権能を一時的に奪取できても、俺との繋がりが消えると同時に修正プログラムが働いて、奪った権能を封印される可能性が高いわけか。確かに俺の異能は一定時間の間だけ消滅の効果を及ぼすのはそこそこいけるが、永続的に消滅の効果を及ぼす場合はものすごく大変だったりするしな。

 

 アザゼル先生が相棒のことでそこまで深刻に捉えていない理由に、俺はうんうんと頷き返す。さすがは俺と相棒のことを研究して、五年目の先生である。俺の異能の特徴をよく理解してくれている。俺の『概念消滅』はかなり万能に近いけど、それでも色々と制限は存在するのだ。とりあえず、俺が禁手したからって相棒がいきなり「新世界の神に俺はなる!」ってことにはならなさそうでホッとした。

 

「奇跡を司る権能を、好き勝手出来るわけじゃなさそうでよかったです」

「なんだ、小心者だなぁ。お前が望めば、『システム』がお前の望みを何でも叶えてくれるかもしれないのによ」

「怖いからいりませんよ。それにその奇跡は、神様を純粋に信じている信徒の皆さんが届けた信仰のエネルギーを使ったものなんですよね。それを俺が好きに使うのは違う気がしますし、ちゃんとその人へ還元してあげるべきものです。神様がいなくなったことで起こった不具合を直すために奇跡を使わせてもらうことはあっても、私的な理由で使うべきものじゃないと思いました」

 

 朱芭さんも言っていた。人間は一度でも理を外れてしまったら、きっと同じことを何度も繰り返してしまうと。人の身で過ぎたる力を持つことで起こる不幸から、決して目を逸らしてはいけない。幾瀬朱芭さんの弟子として、師の覚悟を受け継いだ者として、そこは絶対に間違ってはいけないと思うから。

 

 原作でずっと神様を信じて祈りを捧げていたアーシアさんに、奇跡を返せなかったような被害者を出さないように。もしイッセーに出会えていなかったら、彼女はレイナーレの手によってそのまま死んでしまっていた。そして、ディオドラの手に渡って心を壊されてしまっていただろう。そんな結末、俺が望むことじゃない。

 

「それに俺は十分に相棒に助けてもらっているのに、奇跡とかとんでもないものまでもらっちゃったら、もらい過ぎで返すのが大変すぎますからね」

「――ふっ。お前にとって、二代目の聖書の神だろうと、奇跡を司る『システム』だろうと関係なく、『対等な相棒』としてこれからも接したいってことか。……そんなやつだから、そいつもお前を気に入ったんだろうな」

 

 俺が思ったことを正直に伝えると、アザゼル先生はワインレッドの瞳を細めて肩を揺らしていた。俺としても、思っていた以上に相棒がとんでもない存在すぎて困惑はしたけど、だからってこれからの付き合い方が変わるかと言われれば変わらないだろう。俺には相棒が必要で、相棒がいなかったらマジで死にかねない。それぐらい今でも相棒に頼り切りなのだから。これ以上のもらい過ぎは、キャパオーバーです。

 

 アザゼル先生の笑いにつられて、俺も頭を掻いて笑みを浮かべる。そんな俺へ向け、先生は一度目を瞑ると、真剣な表情で口を開いた。

 

 

「……なぁ、カナタ。はっきり言えば、俺はお前に禁手へ至ってほしくないという思いがあった。研究者としては矛盾しているが、俺達が自業自得で築いてしまった今の世界を変えるために、無関係なお前を巻き込むことにずっと抵抗があったからだ」

「先生…?」

「だっていうのに、俺達の不甲斐なさが結果的にお前を至らせるしかなくなった。異世界の邪神とか理由はあってもよぉ、結局こうやってお前を巻き込むしか方法が思いつかなかった。お前は自分から望んで巻き込まれたって言うだろうが、子どものお前に世界の問題を背負わせてしまったのは俺達の責任だ。情けない大人ばかりで、すまなかった」

 

 膝に手を当て、こちらに向かって頭を下げる先生に俺は目を瞬かせるしかない。組織のトップとして、子どもの俺に頭を下げるなんて本来ならあり得ないことだ。俺と二人きりだってこともあるだろうけど、それでもこんな風に謝罪を口にされるとは思っていなかった。それだけアザゼル先生にとって、聖書陣営が起こした問題に人間の俺を関わらせてしまったことは許容できないことだったのだろう。

 

「神器症の治療だけじゃない。お前の神器に宿る意思のことも考えれば、これまでのようにお前の存在を隠し続けることはもう不可能になってくるだろう。出来る限りこっちも手を尽くすが、謂れのない敵意を受けることだって今後起こりうることはわかっているな」

「……はい。三年前から、リーベくんの治療を考えるようになってから、少しずつ心の準備はしてきました」

「それが、お前が自信をもって進むと決めた道でいいんだな。お前がお前らしく……これが俺の道だって胸を張って言えるような生き方だと言えるんだな?」

「はいっ!」

 

 虚偽を許さないと伝えるような真っすぐな視線に緊張したが、それでも俺の答えは変わらない。五年前に先生から教えられた生き方を、俺なりにずっと考えてきた。俺が笑って、胸を張って生きられる未来を選ぶために。俺からの返事に眉間に皺をよせていた先生は「はぁ…」と疲れたような溜め息をこぼすと、手で顔を覆って宙へと視線を向けた。

 

「……わかった。なら、俺がやるべきことはお前の道を最後まで見届けることなんだろうな。その生き方を教えた先生として、責任をもって生徒の未来を応援することが俺の役目ってところか」

 

 ポツリと呟かれた言葉。顔を覆っていた手を外し、ゆっくりと起き上がった先生の目は、腹をくくったような強い決心が見えたような気がした。

 

「よーし、魔王連中の方はメフィストに任せることになるし、俺は俺で天使(あいつら)への対応でも考えるとするかな。こちらにとって都合の良い条件を突きつけるために、どんだけ奏太の報告であいつらのメンタルをぶっ壊せるかが重要か」

「あのー、先生…。俺からの真面目な報告を、マインドクラッシュ的な扱いにしないでくれませんか?」

「うるせぇー。ミカエルには大戦で黒歴史暴露事件(世話)になったからな…。堕天しかねないぐらいに、じわじわと追い詰めてやるぜ……」

 

 くくくっ、と大変悪そうな笑みを浮かべる堕天使の総督様。天使勢のみなさん、本当に大丈夫だろうか…。俺のためでもあるけど、完全に私怨も入っていますよね。先ほどまでの真剣な雰囲気が散って、いつも通りの先生が戻ってきたようでちょっと安心したけど。アザゼル先生って長く生き過ぎたってよく言って、自分の命を投げ出すところがあるから心配なんだよなぁ…。あんまり無茶はしないでほしい。

 

 それからは、メフィスト様が帰って来るまでアザゼル先生と相棒の禁手について話し合ったりした。四年前に相棒の聲を聞いた時の状況や、その時に聞こえてきた謳のこと。さらに相棒が俺の身体やオーラを作り替えていたことから、禁手に至ることでどのような能力が発現しそうなのかを推測する。本来の『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』が辿る禁手にはまずならないだろうから、どういうタイプの亜種になるのか予想できないんだよなぁー。

 

 あと至るにしても、俺の禁手はイッセーたちのようにバンバン使うタイプではなく、ここぞで使う切り札ぐらいの使用頻度がいいだろうと注意された。聖書の神様が創った『システム』に、人間が長いこと繋がりすぎるとどういう変調が起こるかわからないと難しい顔で指摘されたからだ。相棒が俺の身体を神器に近づくように『変質』させたのも、おそらく『システム』に繋がったことで起こる弊害を少しでも減らすための準備だろうと言われた。

 

「次にお前のところへ来るのは、悪魔側への報告を終わらせた後になるだろう。その時に、また細かいところを煮詰めていくぞ」

「はーい、ところで先生。今日伝えるのは保護者の精神衛生上ヤバいかと思って、あえて言わなかった報告がもう一個残っているので、その時についでによろしくお願いしまーす」

「ちょっと待とうか、カナタ。先生、それ初耳なんだけど?」

「こっちは急ぎじゃないから、後日でもいいかなって。乳神様からお願いされた神託がありまして」

「こいつ、どんだけ爆弾たっぷりなんだよ…」

 

 万を生きる堕天使の総督が心から慄いた様子を視界に映しながら、こうして第一回目の保護者への報告会は終了した。駒王町のことは二人には伝えたので、悪魔側に伝わると同時に何か対策を考えてくれるだろう。乳神様が降臨したため、もうしばらく「おっぱい教」のお社近くが魔法少女で埋もれることになるから、教会や街の人達用に分社でも立てておくべきだろうか。乳神様との繋がりを強めることはこの世界の平和のために必要だし、増えても大丈夫だろう。イッセーくんと藍華ちゃんに相談してみよう。

 

 「次までに精神安定や胃痛緩和の人工神器でも作っておくべきか…?」とブツブツ呟く先生の研究熱心さに感心しながら、ちゃんと報告を済ませられた達成感に浸る。ケトルで温められていたジンジャーティーを自分のカップに注ぎ、ホッと息をついたのであった。

 

 


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