えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百五十九話 悪魔

 

 

 

 紅い光を放ちながら氷でできた翼を広げ、危なげなく空へと浮き上がる『永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)』。ラヴィニアは両手に握る紅い槍を強く握りしめ、肩の上にいる己の使い魔とアイコンタクトを交わした。その後に続いて黒い羽と翼を広げたヴァーリと朱乃も、その手に魔力と雷光を纏いだす。最後に光力銃を手にした倉本奏太が、リンの背中に乗って彼らの元へと集まった。

 

 その光景に『魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)』のタンニーンは、フッと小さな笑みを浮かべる。五年前はあまりに未熟で、本当にこの世界でやっていけるのかと思っていた子どもたち。それが今では、先輩として後輩達を導くように前を見据えている。長命種であるドラゴンにとってはあっという間だっただろう時間で、これほど気持ちのいい戦意を身に着ける様になったかと感慨深く思った。

 

 彼らと同じように翼を広げ、空へと駆けあがったタンニーンは、静かに魔力を巡らせながら彼らの行動を見守る。先手を譲ったのはこちらであるため、向こうからアクションを起こすまでは彼もあえて動かない。これまでのことを考えれば、彼らに時間を与えるのは素直にヤバいと彼もわかっている。なにせ模擬戦の回数を増やすごとに、恐ろしいぐらいのメタを張ってやらかしてくる相手なのだ。素直に戦いを楽しめるかは、目が遠くなってしまうが…。それでも、ドラゴンの王を相手に逃げずに相対しようとする気概と、彼らがどうやって戦う気なのか興味はあった。

 

「……あの使い魔、なかなか優秀なようだな。本来なら宿主が弱点になるはずの独立具現型の神器。ラヴィニアをそこへ搭乗させることで克服し、移動手段まで確保させるとは」

 

 遠目からだが、彼女を包む結界の精度の高さに感心したようにつぶやく。あれほどの強度があれば、前線で戦う衝撃にも耐えられるだろう。たとえ己の炎を直撃させたとしても、氷姫と結界で時間を稼がれて、本体は転移魔法で離脱できる。神器と宿主を合体させる発想は、間違いなく倉本奏太のものだろう。神器と神器、神器とアイテムの合体だけでは飽き足らず、ついには神器と宿主の合体にまで発想が至ったらしい。相変わらず悪知恵が働く小僧だと、思わず溜め息を吐いてしまった。

 

 これだけでも十分な発想だと思えるが、前回までの模擬戦を思い返すタンニーンに油断はない。正直これだけで、あの倉本奏太の作戦が終わるとは到底思えなかったのだ。絶対にまだ何かを隠している。第一回目の氷姫ロボのあとの十字架しかり、第二回目の聖水氷姫の後の性転換銃しかり…。今までのパターンと、あまりにも類似し過ぎている。

 

 これまでも神滅具である『永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)』を囮に使い、こちらを翻弄させる『本命』を必ず彼は用意していた。さすがに三度目にもなれば、嫌な慣れをしてしまったとタンニーンも感じた。

 

「さて、お互いに準備ができたようだからな。そろそろ始めるとするか」

 

 ぶっちゃければ、さっさと始めたい。今回は積極的に攻勢に出るつもりであるし、相手がどんな策を考えていようと余りあるパワーで押し切るつもりだった。ヴァーリと朱乃にはさすがに手心を加えるが、彼らはルシファーと雷光の血を引く子どもである。あまりに手を抜きすぎるとこちらも危険だろう、とタンニーンは察していた。

 

 前回は性転換銃という非常識な武器の存在で混乱したが、二度目ともなれば冷静に対処できるだろう。そんなタンニーンの思惑を込めた言葉に、奏太は片手をそっと前へ突き出した。

 

「あっ、まだこっちは準備中なので、もうちょっとお待ちください」

 

 あっさりと開戦を拒否されたことに、ズコッ! とタンニーンは出鼻をくじかれた。思わず練っていた魔力が霧散してしまう。相変わらずのマイペースな空気感に、なんだかズキズキしてきた頭に手を当てながら、おずおずとタンニーンは口を出した。

 

 

「待て、まだ何か準備をする気か? 俺の精神の安定のためにも、こちらは今すぐにでも始めたいのだが…」

「嫌です、絶対に始めません。先手をもらったのはこちらなんですから、もらったハンデは最大限まで使ってこそですよ」

 

 ニッコリと笑みを浮かべる奏太へ、タンニーンの頬が引きつった。確かにそのルールを定めたのは、タンニーン自身が定めた王としてのハンデだ。しかし、本当の戦闘では本来このような時間は取れない。そもそもそんなハンデだって、相手の気分次第で崩れる可能性だってある。思わず呆れたような目を向けてしまったが、奏太の笑みが崩れることはなかった。

 

「……倉本奏太。本来の戦闘ではな」

「もちろん、本来の戦闘ならここまで悠長にはできません。だけどね――」

 

 タンニーンが言いたいことを察した奏太は、彼の言葉を遮る様にさらに笑みを深くした。

 

「俺はタンニーンさんを心から尊敬して、信頼していますから。六大龍王という名に縛られず、ドラゴン達の未来のために悪魔へと転生したカッコいいドラゴンの王様。その姿に多くの異形たちが憧れを抱き、ドラゴンへの負のイメージさえも他種族から払拭させた。そんな誇り高い『魔龍聖』タンニーンが、一度自分で定めた戦いのルールを自ら破るわけがありませんからね」

 

 今度こそタンニーンは、奏太が話した根拠に呆然とする。相手を誰よりも信頼しているからこその策。確かにタンニーンの性格的に、一度自分で定めたルールは決して曲げないだろう。それがどれだけ己の不利に繋がるとわかったとしても、龍王としての誇りがそれを許さない。それをわかっているから、彼はここまで悠長に準備ができるのだ。そして、同時に気づく。これまでと違い、奏太は最初から己の切り札をここで切る気なのだと。

 

「タンニーンさんとの模擬戦もすでに三回目です。俺達が真正面から戦わないことも、小細工を使うだろうこともとっくに把握済みでしょう。前回は俺達のペースに乗せることで翻弄できましたが、同じ手は対策されていて当然。こっちにとって一番嫌なことは、せっかく考えた小細工をその圧倒的なパワーで崩されることでしたから」

「……つまり今回は、そのパワーさえも封じ込める策というわけか」

「そこまで上手くいくかはわかりませんが、……タンニーンさんが初手を俺達に譲ってくれた時点で、作戦の八割近くは成功するように組んでいました。準備がかなり大変なのが、ネックでしたので」

 

 第一回目のように、タンニーンはこちらを油断してはくれないだろう。そして第二回目のように、こちらのペースに乗せられないように自分のペースを守りにいくだろう。タンニーンに本来の戦い方をさせてしまう時点で、奏太たちの敗色は濃くなってしまう。ならば、いっそのこと最初から全てを出して、強制的にこちらのペースへと巻き込む以外に勝ち目はない。それが、奏太が決めた今回の作戦の方針だった。

 

 それに奏太は、タンニーンの性格ならこちらへ初手を譲ってくれる可能性が高いだろうと想定していた。もし奏太とラヴィニアだけで模擬戦を行っていたら、さすがに三回目ということでいじめっ子らしく初手はくれなかったかもしれない。だけど、今回は初参加のヴァーリ・ルシファーと姫島朱乃がいた。十歳ぐらいの子どもも一緒に戦う中、あのタンニーンがいきなり攻撃を仕掛けてくるような大人げないことはしないと踏んでいたのだ。

 

 タンニーンは同族を守るため、次世代に命を繋ぐために悪魔となった経歴もあるように、子どもには結構甘いところがある。こちらが絶対に何か仕掛けてくるとわかっていても、それでも子どもの存在を彼は無視できない。万が一初手の話がなかったら、奏太から話題を振ってヴァーリたちを引き合いに出して、初手をもぎ取るつもりだった。つまり、初手を奏太たちが握ることこそが、今回の戦いの必須条件だったのだ。

 

「というわけで、俺達の準備が出来あがるまで今しばらく待っていてくださいね」

「……本当に性質が悪すぎないか」

《ドラゴンを尊敬しているという言葉に嘘は感じないのに、やっていることが酷過ぎる》

「倉本奏太。相手の性格から戦術を考えるのは決して間違っていないが、武人として私もそういうのはどうかと思うぞ」

 

 大人たちからジト目で告げられる感想に奏太はサッと目を逸らして、ラヴィニアへと視線を向ける。ラヴィニアはパートナーの言われようにちょっと乾いた笑みを浮かべていたが、すぐに表情を引き締めると、自らのオーラをどんどん高めていった。すると、小さな氷がまるで踊る様に氷姫の周りへと集まっていき、徐々に精巧な形が作り上げられていった。

 

 

「踊りなさい、私のお人形達よ。『不屈なる騎士たちの遊戯(ドール・アーマー・ガーディアン)』!」

 

 氷姫の周りに集まった小さな氷が、約三十センチほどの氷のプラモデルへと変化していった。その数、約三十体ほど。前回のタンニーンとの模擬戦の後に創り出した技なので、こうやって実際に戦闘で披露するのははぐれ悪魔の討伐以来だろう。

 

 この三年間でさらに研鑽を積んだラヴィニアが創った氷のプラモデル達は、明らかに動きも滑らかで、装甲やフォームもスマートでカッコよくなっている。ロボット大好き男子と大人に囲まれながら、真面目にダンガムを勉強した成果であった。この氷でできた小さな騎士たちは、オートモードで動かすことができ、ある程度の命令なら聞くこともできた。

 

「朱より賜りし式神よ、天翔ける翼となりてその姿を顕現せよ!」

 

 それと同時に奏太も幾瀬朱芭と姫島朱雀から教わった言霊を発し、懐から式神用の符を取り出して召喚の儀式を行う。符を空中へとばら撒き、光力銃を一旦リンの背中に置くと高速で印を結んでいった。すると空へと投げ出された白い文様の書かれた紙が光を発し、鋭い紅の眼光を持った鳶へと変化した。天才的な才能を持った姫島朱雀が、丹精込めて製作した『トビー君シリーズ』。こちらも簡単な命令ならしっかりと機能し、オートモードで動かすことができた。

 

 氷と紙。どちらも攻撃されればひとたまりもないが、コストが低い分何度でも作り出して再生できる。攻撃手段を持っているが移動手段が乏しかった氷の小さな騎士たちと、攻撃手段はないがその翼で縦横無尽に駆けることができる鳥の式神。そんなお互いに足りなかった要素を、見事に補い合ったのだ。氷の騎士達はそれぞれのトビーくんへ乗り移り、主の敵を見据える様に見事な隊列を組んでいった。

 

 小さいとはいえ、三十体もの増援を即座に作り出した奏太とラヴィニアへ、タンニーンは素直に感心の思いを抱いた。一つひとつはそこまで大した術ではないが、それがこうも組み合わさると厄介なことこの上ない。おそらくラヴィニアが召喚できるのは三十体が限界というだけで、タンニーンがいくら氷の騎士を砕いてもどんどん作り直されて再編成されるのだろう。

 

「……なるほど、例の氷の騎士の足場を式神で補ったか。それがお前の新しい手札というわけか」

「えぇ、この三年間みっちり学んできた陰陽術です」

「そういえば、三年前にお前が言っていた戦法があったか。つまりお前たちは、そいつらに性転換銃を持たせて戦わせるつもりだな」

 

 タンニーンは自分で口にしながら、ものすごい渋面をつくった。三年前に奏太がネタ晴らしをした戦法。空を自由に駆ける足を手に入れた自動運行型のロボットから放たれる精神攻撃。十五メートル級の巨体を持つタンニーンにとって、それらすべてを避けるのは至難の業だ。しかも相手は三十センチと的が小さく、倒しても何度でも現れる。こいつ、ゲリラ戦法にさらに磨きをかけて来やがった! とガチでタンニーンは引いた。

 

 そんなドン引きする龍王へ、奏太は小さく笑って手を横に振った。

 

「いいえ、タンニーンさん。こいつらに性転換銃を持たせる案は没になりました」

「……そ、そうなのか?」

「はい、さすがにこの数で攻めればタンニーンさんだって全てを躱すのは難しいでしょう。だけど、性転換銃はぶっちゃけただの嫌がらせで、脅しの道具程度のものでしたからね。さすがに二度目ですし、期待できるほどの効果が見込める可能性は低いかなって」

 

 断言はしなかったが、タンニーンなら性転換銃の効果を無効化できるだろうと奏太は最初から考えていた。前回は性転換したくないというタンニーンの良識を逆手にとって脅していたが、本当に彼を性転換させられるかは自信がなかった。むしろ、彼ほどの実力者ならミルたんのように性転換できないだろうとすら考えていた。

 

 奏太は原作で性転換銃の効力が、赤龍帝を宿していた兵藤一誠にだけ効かなかった事例を覚えている。堕天使の長であるアザゼルですら性転換に成功した完成品でも、赤龍帝のオーラを乗り越えられなかったのだ。故に、未だに原作ほどの効果すらまだ持っていない性転換銃を使っても、魔龍聖のオーラに阻まれる可能性の方が高いと踏んでいた。彼にとって性転換銃は、本当に良識的な相手にだけ効く脅しのようなものだったのである。

 

 この数で攻めてタンニーンに性転換銃が当たっても変身しなかったら、それだけで脅しの効果は消え去ってしまう。それを考慮して、奏太は氷の騎士たちに性転換銃を持たせる案は取りやめたのだ。とりあえず、性転換銃でゲリラ戦法をされる心配はなくなったとわかったタンニーンの目に光が宿った。

 

「なので、今回は性転換銃よりももっと効果が見込めそうなものを用意しました」

「……えっ?」

 

 その後に続いた言葉に、タンニーンの目のハイライトが消えた。

 

 

「ラヴィニア、例のこいつらの武器を召喚してくれ!」

「了解なのです。総督さんにお願いしたら、たくさん作ってくれたのですよ」

 

 三年前にラヴィニアが氷のプラモデルをつくれると知ったアザゼルが、面白がって作ってくれた武器の数々。奏太はいずれ来るだろうタンニーンとの模擬戦に向け、彼にとある武器の製作をお願いしていたのだ。奏太は五年前、ザゼルガァーがロケットパンチを繰り返しては補給していた姿を覚えている。(弾丸)がなくなったら、即座に召喚魔法が発動され、保管してある倉庫から自動で補充されていく神システムを。

 

 ラヴィニアが腕を振り上げると、氷の騎士たちの近くに魔方陣が浮かび、そこから大きめの筒のようなミサイルランチャーが現れた。騎士たちは小さな体でよいしょと自分の身体より少し大きいだろう武器を危なげなく持ち上げ、タンニーンに向けて一斉に構えを取った。ついでとばかりに、朱乃の肩にいた小鬼にも武器はプレゼントされ、小鬼も勇ましい姿でランチャーを構えていた。

 

 そんな様子を下から冷や汗を流しながら見ていたバラキエルは、そのミサイルランチャーの先に括りつけられている『あるもの』を見つけて目を見開く。こいつら本気かッ!? とまるで悪魔や鬼を見るような目で愕然としていた。

 

「ま、まさか、あのミサイルの先に括りつけられているアレはッ……!」

「知っているのか、バラキエル!」

「私の実家を地獄絵図にした――史上最悪の精神破壊兵器っ!!」

 

 ミサイルの先っぽに括りつけられている見覚えのあるコンパクトの輝き。三年前のトラウマが再発されたバラキエルは、お腹を押さえて余波を受ける。よっぽど辛い記憶だったのだろう。

 

 

「お前たち、あの雷光がそれを見ただけで撃沈したぞ! いったい何をそのミサイルと合体させたのだッ!?」

「何って、魔法少女に変身するだけの普通のコンパクトですよ。ただ開発費数億をかけた資金力と、セラフォルー様の本気の取り組みと、リュディガーさんの錬金術師としての一流の腕前と、アジュカ様の技術面はわりとガチで手を抜かない特性を生かして作り上げられたものですけどね。それこそ、トップクラスの実力者でも当たれば一発で魔法少女にできます」

「――――――」

 

 奏太の説明を聞き、ガチで洒落にならない精神破壊兵器なのだと悟ったタンニーン。あの魔王と悪魔なら、本気でやりかねない。普通なら十五メートル級の巨体に変身衣装を着せるなど無謀だと言いたくなるが、あの魔王と悪魔の力作なら本当にできてしまう可能性の方が高い。何だかんだ言ってあの悪魔たちは、倉本奏太に対して恩を感じているため、かなり甘やかしている傾向がある。アザゼルの遊びの開発とは比べ物にならないぐらい、本気で技術の大サービスをしてくるのだ。

 

 ガチャリと向けられる三十以上ものミサイルランチャーの矛先に、ドッと冷や汗が流れ出した。前回は性転換銃の製作者である堕天使に八つ当たりできたが、今回は自分の陣営のトップのやらかしであるため文句も言えない。悪魔陣営じゃなかったら、今すぐにでも元凶の下へと殴り込みに行っていたかもしれないと思うタンニーンだった。

 

 

「えっと、兄さま。この武器、本当にいっぱい撃っても大丈夫なの?」

「むしろ、じゃんじゃん使っちゃっていいよ。魔法をかけているから、標的を外してもちゃんと後で送還される環境に優しい仕様だからね」

「俺への優しさも少しぐらいあってもいいのではないか…?」

 

 三年前、奏太は姫島親子を守るために彼らの住んでいた山へ恐ろしい数の魔法少女変身コンパクトをトラップとして設置した。その効果は襲撃者で見事実証され、それ以降も姫島家の元実家は『地獄の山』と称されて堕天使や姫島家に怖れられている。そんな優秀賞を飾ったコンパクトだったが、姫島家に埋めるという用途がなくなったため、それ以降は倉庫に溜まる一方になってしまった。

 

 別に溜まった分を破棄してもよかったのだが、日本人特有の勿体ない精神をしっかり引き継いでいた倉本奏太は、新たなコンパクトの有効活用の方法はないかを考えた。そうして、思いついたのだ。この三年間、溜めに溜めた変身コンパクトをミサイルに取り付け、小さな騎士たちの専用武器として生まれ変わらせればいいのだと。それから小さな騎士たちは『バスターダンガム』として生まれ変わり、遠距離砲撃型の機体となったのであった。

 

 そして、これを最初に使おうと決めていた相手を、すでに三年前から奏太は狙いを定めていた。

 

「三年前からタンニーンさんとの模擬戦のために溜めまくったからな。遠慮なく使ってくれ!」

 

 良い笑顔でサムズアップする悪魔に、タンニーンから表情が抜け落ちた。

 

 

「……アルビオン」

《すまない、本当にすまない! 私ではこの悪魔を止められなかったっ……! 私にできたのは、せめてヴァーリだけは普通に戦わせてやってくれとしか言えなかったのだッ!!》

 

 あまりのことに同胞へ視線を向けたタンニーンへ、アルビオンの号泣が鳴り響く。あそこで不用意に言質を取られてしまった弊害は、あまりにも大きかった。搭乗型氷姫の後、奏太から話された作戦にアルビオンはパクパクと声にならない悲鳴を上げるしかなかった。強者を倒すために弱者が策を用いることは、アルビオンもタンニーンも理解している。だが、ここまでやるのはあんまりだと思った。

 

 そんなアルビオンが懇願して築いた、たった一つの常識的な砦。朱乃の肩でミサイルランチャーを構える小鬼の隣に佇む銀髪の少年。全員の視線が自分に向いたことにたじろいだヴァーリは、フンとつまらなそうに鼻息を鳴らすと、堂々と腕を組んでみせた。

 

「元々俺は、この血とアルビオンさえいれば十分なだけだ。あんな道具なんて必要ない」

「天使が…、天使がここにいたっ!」

《そうだろうっ! ヴァーリは最高の宿主だと、お前もそう思うだろうタンニーンッ!!》

「頼む、ヴァーリ・ルシファー。お前はあの悪魔のようにはならないでくれっ……!」

「いや、俺が悪魔でむしろ魔王なんだが…」

 

 天龍と龍王二匹からのガチトーンの懇願に、めっちゃ困惑するヴァーリであった。そんなわちゃわちゃする中、無事に全ての騎士に武器を配布することが完了した奏太は、ようやく完成した布陣にラヴィニアと一緒にやり切った笑みを浮かべる。これが三年かけて築き上げた、奏太たちにできる最大限の努力の証であった。

 

 神滅具である氷姫の能力を最大限まで引き出しながら弱点をなくし、オート機能付きの不死鳥の騎士団による縦横無尽のゲリラ戦法を行う。これで前回までの奏太の役目は、完全に騎士たちに受け継がれ、奏太は遠慮なく仲間のサポートへ移ることができる。

 

 タンニーンを魔法少女にできれば、魔力を使った術を封印できるため、そこで隙だって生まれるだろう。もちろん、三年前の襲撃者達のように一瞬で裸になる方法は当然使ってくるだろうが、龍王の動きを止められるだけでも十分な成果だと考えていた。

 

「それでは、最後の準備で聖水を適量だけ振りかけるのです」

「あぁ…、なるほどな。宿主が直接氷姫に乗り込んでいるのだから、吹雪を起こさない程度の聖水を適宜神器へ供給できるのか……」

 

 魔法で保管していた聖水を足元へドボドボ流し込むラヴィニアの行動に、タンニーンの目はどんどん死んでいった。氷姫に取り込まれた聖水が瞬時に六本の腕から生えた氷のブレードへ向かい、聖なる光を宿しだす。搭乗者を乗せることで、部分的な『聖氷姫人形(セイント・ディマイズ・ギアドール)』を再現したのだ。悪魔の弱点もしっかり完備していた。

 

 模擬戦をする度に強くなるのではなく、どんどんヤバい方面に特化していく奏太の思い付きに、タンニーンは遠くの方へ目を向ける。もうこいつらにハンデは絶対にやらないと心から思った。というか、戦いが好きなドラゴンの戦闘意欲をここまでごっそり奪っていくというか、もう戦うこと自体に拒否反応を出したくなってきた自分自身に泣きたくなった。王として最後まで戦うが、始まる前から精神攻撃が酷かった。

 

 そんなタンニーンへ向けて戦いの狼煙をあげる様に、奏太は光力銃と性転換銃を向けた。

 

 

「さて、お待たせしました。それでは、開戦といきましょうか」

「……おい、性転換銃は二度目だから効果は薄いとさっき…」

「はい、でも俺が使わないとは言ってないですよ? 軽い嫌がらせ程度です」

「嫌がらせでそんなものを撃つなァァァッーー!!」

 

 この悪魔だけは、あとで絶対に頭をパーンにする。怒りをエネルギーにタンニーンは吼え、始まった銃撃の嵐と雷光の雨。それらを魔力とオーラによって生まれた暴風で本気で防ぎ、時々挿まれる聖水の刃を躱し、唯一まともに戦える白龍皇との戦闘でほろりとしながら、『魔龍聖』タンニーンは龍王としての力を遺憾なく発揮したのであった。子どもたちへは手心を加えたが、奏太へはわりと容赦なく攻撃したのは言うまでもない。

 

 龍王にある意味で本気を出させた三度目の模擬戦は、何とか最後まで王様は尊厳を守り切りながら、ラヴィニアのエネルギー切れまで戦い抜いた。長い時を生きてきたタンニーンだが、ここまで精神が擦り切れそうなほど恐ろしいと思った戦いは今までになかった、と後に語ったらしい。

 

 そんなタンニーンの雄姿にバラキエルは男泣きし、奏太から弟と妹の成長記録のために撮影を頼まれていたドラゴン達は世界にはヤベー奴がいると心に刻んだ。朱炎龍(フレイム・ドラゴン)は種族的に好戦的な者が多いのだが、この戦いを見て慎重に相手を選ぶことの大切さを学んだ彼らは、ドラゴン達へ教訓として口伝し、地味に今後の生存率をあげたのであった。

 

 こうして三年間模擬戦を溜めた結果、過去最高のヤバさを誇るやらかしに昇華した試合は、タンニーンの必死の奮闘と共に無事に終わったのであった。

 

 


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