えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百四十八話 依木

 

 

 

「……なぁなぁ、朱雀。確か前に『霊獣朱雀』の炎は、燃やす対象を調節することができるって言っていたよな」

「言ったわね」

「つまり、抱きしめることも可能……?」

(うち)の神様を、湯たんぽ代わりにしようとするのはやめてくれないかしら」

 

 ジッと見つめる俺の視線にビクッとした『霊獣朱雀』さんが、朱雀の肩の上にバサバサと行ってしまった。ここでリンだったら、お菓子と交換条件で火龍湯たんぽをOKしてくれるのに…。朱雀に()れられるってことは実体はあるんだし、メラメラと燃える炎とかどんな感触なのか触ってみたい。霊獣さんはお菓子とかに興味はありませんかね? リンのツルツルとワンコのモフモフは経験したので、ものすごく気になります。

 

「見た目は燃えている鳥を、よく触りたいと思うわね」

「えっ? だって、燃えないように調節ができるなら危険なんて全くないじゃん」

「そうね、あなたってそういう人よね…」

 

 呆れたような目で、露骨にハァ…と溜め息を吐かれた。えぇー、そこまでおかしなことを言ったつもりはないんだけど…。そりゃあ、炎の中に手を突っ込めと言われたらいやだけど、安全が保障されているなら別に怖がる必要なんてないと思う。基本問題がなければ、それ以上は気にしない性質なんで。とりあえず、リュックからお菓子のクッキーを取り出して差し出してみたら、霊獣さんから「えー…」みたいな思念を感じた。結構感情豊かだね。

 

 超常現象が日常的なこの世界で生きていくためには、ほどほどに鈍感なぐらいがちょうどいいと俺は思っている。危機感が足りないという側面があるかもしれないけど、本当に危険だったら相棒が忠告してくれるだろう。一々危険かどうかでビクビクしていたら、魔王やら堕天使やらドラゴンやら神滅具持ちやら、俺のことなんて一瞬で一捻りできるような実力者の隣でのんびり過ごすことなんて到底無理だ。それこそ五年前の港で、はぐれ悪魔との闘いを経験する前の「世界の全てに怯えていた昔の俺」と同じである。

 

 昔の俺のことを思い出して感じるけど、そういえば俺っていつの間にか『変化』を当たり前に受け入れられるようになったよな。怖がりなのは昔から変わらないけど、世界に対する捉え方が柔軟になったというか…。裏の世界で生きやすくなった。それは彼女との約束もあるだろうし、駒王町の前任者問題で吹っ切れたのもあるし、相棒やみんながいつも傍にいてくれたのもあるだろう。そんなこれまでの自分の心境の変化を振り返りながら、今度は霊獣さんへチョコバーを差し出してみる。一歩下がられた。

 

「本気で困惑しているからやめなさい。それより、体力は回復したようね」

「おう、強制滝行フルセットに泣いたわこのやろう。じゃあ、このチョコバーは朱雀にやろう」

「今のあなたは(みそぎ)で清められ、龍脈の影響で内に秘めるものを引き出しやすくなっているはずよ。あと、いただくわ」

 

 俺の分も取り出し、二人でモグモグとチョコバーをかじった。疲れた時は、やっぱり適度な糖分だよね。

 

 

「それで、何か感じることはできた?」

「後半は多少瞑想っぽいことができたと思うけど…。やっぱり「起源」なんて漠然としたものを、どう見つめ直せばって感じなんだよな。ここまで付き合ってもらって申し訳ないけど…」

「気にしていないわ。自身の「起源」を理解できるかは、個人差も大きいから。……でも、本来ならなんとなく見えてくるものなのよ。特に裏の世界で生きていれば、自分の得意な属性や分野が見えてくるものだから」

「……アザゼル先生から、全方面に才能なしの太鼓判を押されています」

 

 言っていて、自分のスペックの低さにガックリとしてくる。この五年間、ラヴィニアやメフィスト様に俺に合いそうな魔法を探ってもらったけど、やはりどれだけ試しても「平均的な」結果しか出てこない。今の俺が身につけている技術は、どれも必死に修行してようやく使い物になったものばかりだ。

 

 「起源」と言われると難しく思うが、要は自分が得意な分野や才能があるものとも言いかえれる。もっと簡単に言えば、一流として極められる技術だ。そんなものがあるなら、俺としては是非とも極めたいと思うが、残念ながら俺に合うものは未だに見つかっていない。なお魔法少女は、やろうとさえ思えば誰でもやれる究極の儀式魔法的な分野なのでカウントしません。

 

「一応、『光力』との相性はいいんだけど…」

「でもそれは、あなたの神器があなたと『同化』のような現象を起こしたことによる、いわゆる副産物でしょう。あなたが元々持っていた才能とは言えないわ」

「そうなんだよな…。先生からも『神器SUGEEE』って言われたし」

 

 轟々と流れる滝を見つめながら、俺は岩の上に胡坐をかいて肘をつく。ここまでくると、本当に俺に「起源」なんてあるのかと不安になる。マジで倉本奏太という人間は、神器特化な面しか見えてこない。俺の得意なものは神器です! って気持ちだ。

 

 だけど、そもそも神器は聖書の神様が人間の魂に「後天的に」取り付けた力である。神器は魂にランダムでつくと言われているが、その人間が元々持つ「起源」に惹かれやすいらしい。つまり、自分の力を一番使いこなせるだろう宿主に憑く傾向があるわけだ。だから神器持ちは、むしろ自分の「起源」を理解しやすいらしい。

 

 神器『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』は、『対象を選択し、己が定めたものに消滅の効果を及ぼす』異能だ。在るものを消し、無に帰す能力。そんな異能と相性のいい俺の「起源」とは何か? ……ダメだな、さっぱりわからない。

 

「これは、これまで私が見てきた経験だけど…。奏太のような才能がどの方面にも見つからないタイプは、『一点特化型』なことが多いの。多方面に才能がある人間と違って、ある特定の分野にだけ著しい結果を叩き出す。そういうタイプは、その分野に関しては一流以上の才覚を発揮するわ。汎用性は低いし、使い勝手が悪い場合もあるけどね」

「……神器特化型とか?」

「そんな「起源」は聞いたことがないけど…。むしろその神器から、何かヒントはないの?」

「俺もそれを考えていたけど、やっぱりヒントになりそうなものは――」

 

 

 ――あれ、ちょっと待てよ。

 

 

「あっ、一個あった」

「何よ、あるんじゃない」

「と言っても、俺も意味はわからないぞ。でも、相棒の聲を聞いたときに俺に向けて言ったんだ。『依木(よりき)』って」

 

 そうそう、思い出した。なんで俺が「木」なんだよ、ってツッコんだことを覚えている。あの時は相棒の声が聞こえて喜んでいたから、あんまりその言葉の意味を深く考えていなかった。アザゼル先生は難しい顔をしただけで、詳しくはわからないって言われたし。

 

 俺としてはちょっと思い出した程度のこと。だけど俺の『依木』という言葉を聞いて、朱雀の表情が明らかに変わった。大きく目を見開き、夕日色の瞳が俺の方に強く向けられる。それに思わずたじろいだが、口元に手を当てた朱雀が「まさか…」と呆然としたように呟いた。

 

「……偶然? でも、それなら。『倉本奏太』ってそういうこと?」

「す、朱雀。どうした?」

「……一つだけ、あなたの「起源」に繋がるかもしれない可能性を見つけたわ。だけど、これは私の推測でしかない。でもそうね、私なら……」

 

 完全に目が据わった朱雀の反応についていけない俺を放って、彼女は座っていた岩場から突如立ち上がる。きょろきょろと周囲を見渡し、肩に止まっていた『霊獣朱雀』が空へ飛びあがり、空中をぐるぐると旋回しだした。手を顎に当てて考えをまとめている様子から、今は声をかけない方がいいのはこれまで付き合ってきた経験上理解している。突然の友人の行動に目を白黒させながら、俺は朱雀の行動をとりあえずは見守ることにした。

 

火之迦具土神(ヒノカグツチ)よ!」

「えっ」

 

 見守り体制から数秒後、いきなり地面に向けて炎をブッパした。パァァンッ! と耳を(つんざ)く稲妻のような音が響き、森の中にいた野鳥たちが驚きから一斉に飛び立った。突然の自然破壊に呆然としたが、よく見ると先ほどまでゴロゴロ転がっていた石や岩だけがきれいになくなっており、さらに炎によって土が瞬時に固められ、円形の平らな地面が姿を現していた。そこから先ほどまでその岩場にいたのだろう小さな生き物達が、近くの岩場に避難している様子を見て、その完璧なまでのコントロールに舌を巻いた。

 

 それから朱雀は近くの石を運んでは、まるで何かの儀式を始めるように、その円の周りにどんどん配置をしていく。そっち方面の知識はないためどういう意図があるのかはわからないが、たぶん簡易的な儀礼場を作ろうとしているのはわかった。相変わらず突拍子がないというか、自分で「これだ!」と決めた時の行動力がヤバい。とりあえず、彼女の作業が終わった後のために飲み物でも用意しておこうと水筒を取り出しておいた。

 

 

「ふぅ…。急ごしらえだけど、こんなものかしら」

「えーと、お疲れ様。はい、お茶」

「えぇ、ありがとう」

 

 朱雀にカップを手渡すと、タオルで汗を拭きながら喉を潤していく。そっと朱雀の後ろを窺うと、『霊獣朱雀』が篝火(かがりび)みたいなものを作っていて、その器用さに驚く。さすがは火の神様か、灯る炎に宿るオーラの密に唾を飲み込んだ。

 

「……あれ、儀礼場だよな?」

「えぇ、そうよ。神の炎で一時的に神性を高めたわ。さすがに衣装は用意できないし、最低限のものしか持ってきていないから、少しでも確率をあげるためにね。ここが龍脈の上で助かったわ」

 

 そう言ってカップを返すと、自分のバックから朱雀がよく使っている鉄扇を手に取った。滝行のために着ていた白装束だけど、朱雀の凛とした空気と合わさって、不思議と優美に見える。彼女が扇を片手に裸足で円の中心へ向かい、長い黒髪を髪紐でギュッと縛っていく。ひらりと一度舞った姿に見惚れ、思わず姿勢を正して正座をしてしまった。

 

「……奏太は、神楽(かぐら)についてどこまで知ってる?」

「神楽って、巫女さんが踊って神様に舞を奉納する神道の神事のことだよな。あとは神を降ろしたり、穢れを払ったりとか」

「えぇ、舞を奉納する巫女は一種のトランス状態となって、神懸かりを起こすわ。そして、それを見ている人にも影響を与えることがある。あなたの「起源」が私の想像通りなら、これが一番手っ取り早く呼び起こせるはずよ」

「お、おう…」

 

 朱雀の行動が俺のためだと理解はしているが、結局どういう意味なのかはよくわかっていない。だが、ここは大人しくしておくのが吉だ。たぶん朱雀は俺に一から説明するより、まずはやって試してみた方がいいと結論しただろうから。こいつの思考回路というか考えが何となくわかるあたり、俺自身ちょっと遠い目になった。

 

 それから朱雀は目を瞑り、小さく吐息を吐き出す。そして扇を開いて、ふわりと軽やかな舞を披露しだした。朱雀の持つ力強い輝きを表現するような足運び、それでいて繊細で流麗な仕草、艶やかな黒髪がふわりと舞い上がり神秘的な空気が満ちていく。言葉で表すことができない、引き込まれるような美しさ。先ほどの滝行よりも、よっぽど無心になってその舞を見続けてしまった。

 

 さらに、朱雀の周りの篝火が揺れ、彼女の舞に合わせてまるで一緒に踊るように火の粉が舞いだす。山の息吹や自然のオーラが、朱雀を中心に吸い込まれていく。それと同時に、俺の意識もおぼろげになっていき、胸の鼓動がドクドクと脈を打つのがいやに感じた。朱雀が呼び寄せた神性が、まるで俺の中にも入っていくような感覚。その言い知れない疼きに咄嗟に瞳を伏せ、恐るおそる再び瞼を開いた先には――

 

「えっ」

 

 そこに見えたのは、まったく違う景色だった。先ほどまで感じていたはずの激しい鼓動も感じなくなっている。それどころか、さっきまで激しいほど渦巻いていたオーラがなくなっていた。靄のようなものが一面に広がる、白っぽい不思議な空間。しかし、よく見れば遠くに見えた「もの」の中にオーラが吸い込まれていくのが見えた。神性のオーラに影響されたのか、きらきらと輝く温かな光。

 

 それは、紛れもなく「木」だった。一本のどこにでもあるような普通の「木」。大樹ってほど立派な感じじゃないけど、一生懸命に育ちましたって背伸びをしているような感覚。そしてその木の周りで、「紅い」何かが飛んでいた。その木に寄り添うように、「紅」は楽しそうに羽を広げ、「木」の枝へ羽を休めている。直感的に、あの「紅」が相棒のような気がした。もっとよく見たいと足を進めようとしたが、その場から動くことができなくて、結局遠くから眺めることしかできない。

 

 だけど、何となく理解できた気がする。あの「木」は、たぶん俺だって。そして、あの「紅」も…。そこまで意識が続いていたが、徐々にその景色は見えなくなっていく。それに漠然とした寂しさを感じながらも、俺の意識を引き上げる感覚に逆らうことなく引っ張りあげられていった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「……どうだったかしら?」

「朱雀…」

「その様子だと、あなたの「起源」に辿り着いたみたいね」

 

 ぼんやりとした意識が覚醒していくと、近くにあった岩に寄りかかっていることに気づいた。どうやら気を失っていたようで、朱雀がわざわざ運んでくれたのだろう。舞によって流れた汗が朱雀の肌に見えて、バッと視線を逸らしておく。どうやら気絶していた時間はそこまで長くなかったようだ。滝の水で冷やされたタオルを朱雀から受け取り、さっぱりするように顔を拭いておく。朱雀も首元に冷えたタオルを当て、ふぅと一息ついていた。

 

「……朱雀は俺の「起源」が「木」だって、何で確信できたんだ?」

「『依木』って言葉と、あなたの名前からかしら。あと、あなたのはただの木じゃなくて、おそらく『神依木(かみよりき)』よ」

「かみよりき?」

「神を降ろすとされる神木。そうね、ここからは多分に私の考察が入るけど、それでもかまわない?」

 

 彼女からの質問に、俺は迷うことなく頷いた。それから朱雀は俺の隣に腰掛け、人差し指に炎を浮き上がらせる。空中に浮きあがった炎は生きているかのように動き出し、「倉本奏太」と俺の名前が出来上がった。

 

「……そういえば、さっきも名前がどうとか言っていたよな」

「えぇ、『名は体を表す』って言葉があるけど、これって案外バカにならないの。あなたの名前は偶然にも、人の身で最も神降ろしの器として適しているわ」

 

 そう言うと、朱雀は指をスライドし、『奏』の文字を浮き出させた。

 

「まずは『奏』。この漢字には『神様が降りてくるように、ものを差し出す様子』が表されているの。漢字上部の「丰(ホウ)」は、神様が寄ってくる木の枝を表していて、漢字下部の末広がりに「天」と書かれている部分は両手でものを差し出しているわ。ここまではいい?」

「うん」

「次は『倉』……漢字で書くと『蔵』かしら」

 

 次に『倉』の字が浮き上がり、それと同時に漢字も変換されていく。この漢字は、確か朱芭さんの仏教の授業で習った気がする。

 

「仏教では『すべてを包み込むもの』だっけ」

「つまり、内に蓄えることを表すわね。降ろした神の力を内に留めることができるわ。そして『本』とは、中心であり、土台。奏太という人間を土台として、その中心に力を集めるという訳」

「……『太』は?」

「『太』は器の大きさ。「太子」って言葉があるでしょう? つまりあなたは、高位の神の依り代にもなりえると表しているわ」

「うわぁ…」

 

 朱雀に一から説明されて、あまりの偶然の一致に頬が引きつるしかない。俺としては、どこにでもあるよくある名前としか思っていなかったけど、こうして全部揃うと言葉を失ってしまう。朱雀が最初に自分で考えた多分な考察だって言っていたのは、多少こじつけな部分もあると彼女もわかっていたからだろう。それでも、朱雀が『依木』って言葉から連想できたのは納得するしかない。

 

 ……もしかしたら、あの時アザゼル先生はこのことに気づいていたのかもしれないな。それだけ、俺の『依木』って言葉に、あの時の先生のオーラは荒れていたように思う。結局気にするな、と理由を話してもらえなかったけど、たぶん先生なりに悩んでいたんだろうな。

 

「奏太の「起源」は「木」。本質は『降霊』にあると思うわ。そして、あなたの「起源」が「木」なら、その神器があなたに惹かれたことにも繋がると思う。神器は聖書の神が作りしもの。そして、キリスト教で有名な木と言えば…」

「生命の樹と知恵の樹。そして、……セフィロトの樹だっけ。そういえば、魔法使いの授業で習ったな。生命の樹の起源は「未顕現の三者」と言われていて、その内の一つが――」

「アイン――『無』よ」

 

 もうここまでくると、なんとも言えない気持ちになってくる。この理論が正しいかの真偽はわからないけど、もうそんなことを気にしても仕方がない気もした。とりあえず、俺には『降霊術』関係に適正がある、というざっくりとした感じでいいだろう。今更考えて悩んだって、すでに『倉本奏太』はこうしてこの世界で生きているのだから。

 

 

「……そういえば、朱雀。たぶん俺の深層心理なんだろうけど、そこで見た光景にさ。『木』と一緒に『紅』の何かが飛んでいるのも見えたんだ。あれは、何だったんだろう?」

「『紅』…。奏太はどう思う?」

「相棒……のように思ったんだけど。でも、なんだろう。相棒そのものでもあり、俺自身のようにも感じたんだよなぁ…」

 

 もうこの際だから、気になったことは全部聞いておこう。こういう時、朱雀に相談するのが一番楽なんだよな。こいつは頭もいいし、思考も柔軟だし、俺に遠慮をしない。どんなに俺にとってキツイことでも、朱雀はちゃんと向き合わせてくれる。逃げずにちゃんと立ち向かえ! と背中をぶっ叩いてくれる。だから、俺も何かを相談する時は最初に朱雀に相談することが多いんだと思う。

 

「……その『紅』も、もしかしたら奏太の「起源」なのかもしれないわね」

「えっ、「起源」って二つもあるものなのか?」

「普通は難しいわよ。でも、ないわけじゃない。あなたの「起源」は確かに「木」なのは間違いないでしょうけど、ちょっと『ズレ』のようなものを私も感じるのよね…。奏太、あなた他に神器の先生から、何か言われていない?」

「えーと、ほ、他に…」

 

 朱雀からずいっと迫られ、ドギマギしながら必死に記憶を呼び起こしていく。神器について詳しくかはわからないけど、初めて相棒の聲を聞いたあたりのアザゼル先生との会話を思い出す。滝行ですっきりしたからか、普段より集中力が増しているような気がした。

 

『……カナタ、一年前にお前のオーラ量を測定するために、実験したことを覚えているか? その実験データをもとに、お前へ制御用の腕輪を渡したはずだ』

『確か人形の中の光力を消す実験でしたよね。はい、覚えています』

『一年前のデータが残っていた。結論として、お前と神器のオーラが似ているのは偶然じゃない。お前のオーラは元々オレンジ色しかなく、周波数や波も違っていた。つまり、お前自身が神器のオーラにだんだんと近づいていることがわかった』

 

 相棒との同調検査の結果で、アザゼル先生に言われた内容だ。相棒が俺のオーラを変質させ、同一の存在に近づくように影響を与えていたと言っていたはずだ。

 

『普通、オーラっていうのは早々変わるもんじゃない。超常のオーラの影響を受けて変質することはあるが、その場合影響を受けた人間の心身や魂にも大きく作用する。それこそ、人格や感性が歪むほどにな。だがお前の神器の場合は、カナタに悪影響を与えないように配慮しながら、少しずつ時間をかけて変質させているような感じにもみえた』

 

 神器の神秘のオーラによって、心身や魂に大きな変質を及ぼすことがある。神器からの浸食によって、それまでの人格や感性が歪む。つまり、神器にとって都合がいい人間にするために、その人が元々持っていた「起源」を歪めて、新しい「起源」に塗りつぶすと言い換えてもいいのかもしれない。そう考えるのなら、相棒は俺の元々の「起源」を歪めないように、ゆっくりと『変質』させていたってことか? だから俺が元々持つ『木』の「起源」は残り、相棒を象徴する『紅』の新たな「起源」が生まれた。

 

「……その理論でいくなら、『共生』が一番近いのかも」

 

 朱雀にアザゼル先生から話してもらった内容を伝え、俺の考えも話すと、ポツリと難しそうな顔で呟いた。

 

「さっきも話したけど、あなたは『神降ろしに最も適した器』だわ。あなたが話してくれた『神器の先にいる者』が何者かはわからないけど、おそらく『神』に近しい何か。あなたの本質が「神依木」であったから、その性質を塗りつぶすことなく「木」と共生できる「何か」に『変化』できたのかも」

「『変化』か…。そういえば、相棒の異能がどんどん成長していくにつれて、俺自身も影響を受けていたのかも。さっき朱雀に話した『幸運』『縁』『変化』って裏の世界に足を踏み入れだしてからで、最初の四年間は本当に『何も』なかったんだ。俺自身が怖がって、平穏を望んでいたのもあるけど」

「不思議なことじゃないわ。「木」は五行では始まりを意味し、永遠に循環していく。穏やかで柔軟性はあるんだけど、本来その循環から外れるようなことを嫌う頑固な性質なのよ。平穏な毎日を崩すことを恐れるのは当然。だから、どこか『ズレて』いると私は思ったのよ。あなた、やっていることが破戒僧並みにヒドイもの」

「おまえの例えの方がヒドイわ」

 

 明け透けすぎる朱雀の物言いにツッコむと、くすくすと笑われてしまった。まぁ、だいたいのところは分かった気がする。つまり、あの「木」と一緒にいた「紅」は『変化』を象徴するもう一つの俺の「起源」という訳だ。相棒が俺と一緒に過ごすために、「木」を傷つけないように作った存在。なんか難しくなってきたが、要は俺には二つの「起源」がある! ぐらいの気持ちでいいだろう。それに、得意分野がもう一つあるかもしれない、っていうのは俺にとって朗報だ。真面目に才能がなさ過ぎて、本気で泣けていたから。

 

 しかし、一つ判明した『降霊』って、これどうやって使っていったらいいんだ? たぶん相棒が俺の身体を好き勝手に弄れたのって、この本質の所為だよな。いや、ありがたいから別にそのままでもいいんだけど…。なんか相棒から、俺の身体を他のヤツに使わせるなんて嫌だ! お世話できなくなっちゃう! 的な思念がヒシヒシと漂ってくる。俺の善悪センサーや直感がある意味相棒が憑依しているおかげだと考えると、あながち間違っていないことに、ちょっと微妙な表情になってしまった。

 

 まぁ俺も相棒だから気にしないだけで、他の神性が俺の身体を好き勝手に使うのは絶対に遠慮したい。さすがの俺だって、ゾッとしてしまう。これに関しては、今後も考えていくしかないだろう。今回は、俺自身の持っていた本質を知れた。それは間違いなく大きな一歩だろう。今回はそれでいいと思う。

 

 

「もう一つの「起源」のことは、朱芭さんにも相談してみるよ。ありがとう、朱雀。お前のおかげで、色々知ることができた」

「どういたしまして。正直、あなたのその性質はかなり厄介なものだと思うわ。信頼できる相手以外には、そのことは決して言わないことが身のためよ」

「……肝に銘じておく」

 

 先ほどまでの笑みを消し、真剣な顔で忠告を告げる朱雀に向け、俺はしっかり頷いておいた。こういう時のこいつの言葉は、絶対に守っておいた方がいい。何だかんだ心配してくれる友人に感謝しながら、朱雀が儀式のためにやらかした場所の片づけ作業のために立ち上がる。元々の自然環境は、ちゃんと戻しておかないといけないからな。俺のためにやってくれたことだから、作業に文句はない。

 

 それから固められた土を相棒で柔らかくし、手ごろな石を相棒で転がしながら、テキパキと片付けていった。神降ろしの神楽は、相当体力を消耗するようなので朱雀には休んでもらっている。その代わり、コロコロと石を蹴って「自分がやりましたから」的な感じで手伝ってくれる『霊獣朱雀』さんにお礼を言っておく。撫でさせてはくれなかったけど、霊獣さんはすごくいい鳥さんでした。

 

 胸に感じる紅の思念に手を当てながら、こうしてまた一歩ずつ俺は歩みを進めていったのであった。

 

 


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