えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百四十五話 卒業

 

 

 

「ほら、奏太! こっちの看板の前があいたわ。写真を撮るから早く来なさい」

「母さん、恥ずかしいから大声を出さないでよ。写真だってもう十分撮っただろ」

「何を言っているのよ。あんたが日本でやる最後の卒業式でしょ。向こうへ行ったら、私たちは見に行けるのかわからないんだから。ほら、早くっ!」

 

 普段よりもテンションが高い母さんに溜め息を吐きながら、そこら辺で駄弁っていた友人を四、五人巻き込んで一緒に撮影をしていった。そうしたら友人の保護者も参加しだしたので、結局数十枚近い写真を撮ることになり、ちょっと筒を持ち続けるのに疲れてくる。周りも似たような表情を浮かべていることに気づき、それにみんなで笑ってしまった。

 

 三月の半ばとなり、テレビの天気予報通り青空が広がる今日。まだ少し冷たい風は流れてくるけど、特に上着がなくても問題ないぐらいには暖かい春の木漏れ日が感じられる。今日が最後になるだろう黒の制服を着込み、三年間通ってきた陵空(りょうくう)中学校の卒業式が本日行われた。式自体は少し前に終わって見送りまで終わったのだが、卒業式終了後の恒例である写真撮影大会になったのだ。

 

「あっ、母さん。さっきクラスで決まったんだけど…。明日の夕方にクラスのみんなでボウリング大会をやることになったから、晩御飯いらないや。あとその後、友達の家でお別れ会ついでに泊まってくる」

「えぇー、明日? もう卒業した途端に…」

「だから、さっき決まったんだって。今度カラオケに行く約束もしたし…」

「まったく…。世間はまだ平日なんだから、羽目を外し過ぎないようにね」

 

 さすが母さん、今日は卒業式だから大目に見てくれるようだ。幹事役をしてくれているクラスメイトへOKサインを出すと、了承だと手を振ってくれる。第一陣組は今日から騒ぐらしいが、俺は今日から明日の午前までは用事があるから一日でも参加できそうでよかった。それからしばらくはみんなで思い出を語り合い、先生に「もう昼食の時間だから、そろそろ帰れ」と叱られるまでゆっくりと過ごせただろう。

 

 

 そうして時間が過ぎていき、だんだんと人が少なくなってきた頃。俺と母さんは校門の前で簡単に荷物の整理をしていた。PTAからの贈り物や書類関係のようなかさ張るものを母さんの紙袋の中に入れ直すと、だいぶ身軽になる。今日の昼ご飯は約束をしているので、一旦家に帰る母さんにいくつかの荷物を持って帰ってもらえるのだ。そろそろ約束の時間になりそうだと空腹を訴えるお腹の様子から察した時、三人の後輩たちが手を振って声をかけてきた。

 

「先輩、卒業おめでとうございます。すみません、待たせてしまって」

「さっきまで友達としゃべっていたから、気にしなくていいぞ。一度家に帰って荷物とか持ってきてくれたんだろ。こっちこそ、全部任せてしまって悪いな」

「いいんですよ、今日の主役は倉本先輩なんですから! あと俺からも、卒業おめでとうございます!」

「佐々木もありがとう。お前らも在校生の仕事お疲れさん」

 

 肩に大きめのバックをかけ、左手に敷物類を運ぶ幾瀬鳶雄(いくせとびお)と、クーラーボックスを運ぶ佐々木 弘太(ささき こうた)。二人は男手として大荷物をえっちらおっちら運ぶ係だったようで、校門の隅に荷物を置くとふぅと一息つきだす。自分の家からここまで、わざわざ荷物を運びながら合流してくれたのだろう。来年から最高学年になる後輩達を見て、二年前の入学したての頃の幼さはすでに感じられなくなっていた。

 

 ようやく荷物運びを一時休憩できた男子二名に、くすくすと後ろから東城紗枝(とうじょうさえ)が自転車を押しながら微笑む。彼女は重箱係のようで、自転車のかごや荷台に荷物を乗せて運んでくれたようだ。それから慎重に自転車のブレーキをかけて壁に立てかけると、礼儀正しくペコリと頭を下げてくれた。相変わらず、しっかりした子である。

 

「倉本先輩、卒業おめでとうございます。卒業式、すごくよかったです」

「あぁ、東城もありがとうな。もしかして、それ全部弁当なのか?」

「はい、朱芭(あげは)さん渾身の力作ですよ。私と鳶雄と朱璃さんもいくつか作りました」

 

 マジか、朱芭さんの力作っ! それに朱璃さんは言わずもがな、鳶雄と東城の料理もかなりおいしいから楽しみだ。いつも修行終わりの晩御飯はお世話になっています。ガッツポーズを見せる俺に、母さんが後輩三人へお礼を言っていた。制服で特に問題ない俺と違って母さんは礼服で来ているので、一度家に帰って仕度しないといけないからな。あと、春休みで自宅待機している腹ペコの姉を一緒に引き連れてくるという使命もあるみたいだし…。

 

「それじゃあ、先に花見を楽しんでいらっしゃい。場所は総合公園の広場でいいのよね」

「うん、そこの桜は早咲きみたいだからね。梅も見どころだってさ」

 

 母さんに荷物をお願いし、家へ帰る後ろ姿に手を振っておく。今日の卒業式が終わった後、昼ご飯に花見をしながら祝ってくれることになっていたのだ。これは後輩達が計画してくれたようで、朱芭さんや姫島一家も協力してくれたらしい。他にも何人か参加してくれているようで、本当に良い後輩達に恵まれたものだと思う。

 

「それでは、そろそろ行きますか?」

「あっ、ちょっと待ってくれる? たぶんもうすぐ来ると思うんだ」

 

 それから体力が回復した鳶雄達が、再び荷物を持とうとするのを少し待ってもらった。それに不思議そうな顔をされたが、もう一人校門前で待ち合わせをしている人がいることを告げると納得してくれたようだ。俺の予定が明日まで詰まっている理由である。アザゼル先生と朱芭さんのおかげで、ようやく鳶雄達に紹介できそうだったからな。

 

「悪い。みんなで花見をするなら、ぜひ呼びたい友達がいてさ」

「いいえ、確か外国のホームステイ先の友人さんなんですよね?」

「そっ、俺にとっては幼馴染で、鳶雄達と同じ年だよ。明日の午前までは日本にいられるみたいだからさ。わざわざ卒業をお祝いに来てくれたみたいなんだ」

「へぇー、よっぽど仲がいいんですね」

「外国人の幼馴染ってかっけぇー。どこの国の人なんですか?」

「イタリア人だよ。髪は金色で――」

 

 そこまで言いかけて、後輩達の後方から気配を感じたため視線を向ける。鳶雄達も俺の視線に気づいて後ろを振り向くと、ピシリと石のように固まった。そんな後輩たちの反応に小さく笑うと、俺は手を振って彼女にアピールをした。春色らしい柔らかなワンピースにトレンチコート、イタリアで姉とお揃いで買ったラフィアハット帽を被っている。金色の長い髪を春風が撫で、透き通った碧眼を細めながら、ラヴィニア・レーニは満面の笑みを浮かべていた。

 

 まさに言葉を失うってこういうことなんだな、と後輩たちの様子を見て感じる。表の世界ではコスプレと思われても仕方がない魔法少女姿とは違い、姉とクレーリアさんのおかげでしっかりオシャレした時の効力は絶大だからな。背が高くてプロポーションもいいから、だいたいの服装を着こなしてしまう。そんなラヴィニアが笑顔で駆け寄ってくるのを見た佐々木が、小刻みに震えながら俺の方へ振り向いた。

 

「……先輩。あの金髪碧眼の美少女様がさっき言っていた幼馴染さん?」

「うん」

「ギルティッ!」

「ちなみに鳶雄には、巫女さんをしている美人な叔母さんと兄さまと呼んでくれる年下の可愛いはとこと、黒髪ポニテの和風美少女なはとこがいる」

「ギルティィじゃあぁぁぁーー、幾瀬ェェェッーー!!」

「えええぇぇぇっーー!! 矛先がこっちに来たァァッーー!?」

 

 「ちょっと、先輩ィィッーー!?」と佐々木にガクガクと揺さぶられる鳶雄へ、身代わりになってくれた感謝にしっかり拝んでおいた。別に嘘は一つも言っていないし。隣にいる東城から、めっちゃ半眼の眼差しを向けられたけど。

 

 だって確実にラヴィニアを紹介したら、周りの反応的にこうなるってわかっていたからね。中学校を卒業してからじゃないと、クラスの連中や後輩達から今の鳶雄みたいな扱いをされていただろう。佐々木と鳶雄の突然の珍行動に不思議そうに小首を傾げるラヴィニア。その反応に小さく噴き出しながら、俺たちは挨拶を交わしたのであった。

 

 

「へぇー、ラヴィニアさんは倉本先輩が小学生の頃からの友達なんだ」

「はいなのです。カナくんと出会って、もうすぐ五年になります」

 

 そうして、全員のテンションが正常に戻った後。自分も手伝うと鳶雄が持っていた敷物をラヴィニアも抱え、五人で花見をする予定の場所へ向かっていた。五人で横に並ぶと危ないので、今は女子二人で俺とラヴィニアの関係について盛り上がっているようだ。俺たち三人は後ろからついていき、鳶雄と佐々木は気になるのかそっと聞き耳を立てていた。

 

 これまでは封印されている幾瀬鳶雄の神滅具と、ラヴィニアの神滅具が共鳴現象を起こしてしまい、封印に不具合があったらまずいと懸念されてきた。それについてアザゼル先生と朱芭さんに相談した結果、鳶雄に施されている封印の効力を一時的に高める数珠を用意してくれたのだ。あとラヴィニアにも神器のオーラを抑える腕輪をつけてもらい、安全をしっかり確保してもらった。

 

 ラヴィニアは俺からの話で聞いていた後輩たちにようやく会えたのが嬉しいのか、積極的に会話を楽しんでいる。時間はかかったけど、こうして実現できてよかったよ。

 

「あと、シャーエ。私のことはラヴィニアでいいのですよ」

「本当? それじゃあ、ラヴィニアって呼ばせてもらうね」

「はい。もちろん、トビーとコータも」

「えっ!? いや、でも……」

「あぁー、えーと…」

 

 最初はベタベタな英語で挨拶をした後輩達だったけど、ラヴィニアが日本語でも問題ないとわかるとだいぶ緊張も解けたようだ。それでも、ラヴィニアの天然コミュニケーション力にたじたじになる男子二名につい笑ってしまう。生暖かい視線を向けると、赤面しながら目を逸らされた。その反応にまた首を傾げるラヴィニアへ、「気にしなくていいよ」と呆れたように東城は肩を竦めていた。こういう時、頼りになる後輩である。

 

「そういえば、同じ年の私たちが名前呼びなのはわかるけど、倉本先輩は「くん」づけなんだね」

「はい、五年前のカナくんは小っちゃくて可愛かったからです」

「グフッ…!?」

 

 ラヴィニア(天然)の奇襲に思わず噎せた。今更だけど、俺の呼び方ってそんな理由だったの!? 五年ぶりに知った新事実だよっ! ニコニコと笑顔を浮かべるラヴィニアに悪気が一切ないのはわかっているし、もう聞き慣れているから今更訂正はいらないけどさ…。でも何だろう、この複雑な気持ち。額に手を当てて、ちょっと難しい顔になってしまった。

 

 ふと生暖かい視線を送ってくる三人の後輩達に気づき、咳払いをして誤魔化しておく。今はちゃんと背だって伸びて、一応ラヴィニアよりちょっと高いんだからな。約五年間の努力の賜物である。確かにあの時はラヴィニアの方がちょっと背が高かったから、当時の俺もまさか年下とは思わなかったんだよなぁ…。うん、あの時期は女子の方が成長が早い時期だから、決して俺がチビだったわけではないと思いたい。ちゃんと平均はあったはずだから。

 

「そういえば先輩、身体測定をする度に気合いを入れていたのって…」

「……佐々木? 何か俺に言いたいことでもあるのか?」

「な、ないです! この話題にはこれ以上触れないので、クーラーボックスへ地味に体重をかけるのは勘弁してくださいぃぃっ!」

 

 いいリアクションをしてくれる後輩をからかいながら、白い花びらが散りばめられた道を俺たちは歩いていく。佐々木の叫び声に鳶雄と東城は小さく噴き出し、ラヴィニアも肩を揺らしていた。こんな風に友人たちとくだらないことをしゃべりながら歩ける日は、これからどんどんなくなっていくだろう。何気ない日常の風景。それに寂しさのようなものを感じつつ、それでもこの道を歩くと決めたのは俺なのだから。

 

 手に持つ卒業証書を包んだ筒の感触をそっと確かめる。この瞬間を決して忘れないように、今を精いっぱいに楽しもう。春空がのぞく空に目を細めながら、一つの大きな区切りが終わったことを実感したのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「あっ! みんなー、こっちだよー!」

「朱乃ちゃん。一人で待ってくれていたの?」

「うん!」

 

 花見をするために選んだ総合公園の入り口で、小さな黒髪のポニーテールが揺れていた。俺たちに気づくと、ぴょんぴょんと元気に手を振ってくる。どうやら俺たちの到着を待ってくれていたらしい。朱璃さんと朱芭さんは先に場所取りをしてくれているみたいなので、その場所まで案内してくれるようだ。

 

 幾瀬家と姫島家の交流が始まって以来、高齢である朱芭さんに朱璃さんが寄り添ってくれることが多くなった。学生である鳶雄に代わって、午前は調理修行をしながら健康のために一緒に散歩をしたり、掃除や家の手伝いをしたり、色々関わりがあるそうだ。朱乃ちゃんも朱芭さんのことをおばあちゃんと慕い、よく肩たたきをしてあげているらしい。程よく筋肉を解す雷光マッサージを、お年寄りでも安全にできるように修行を頑張っているそうだ。

 

 なお、俺と鳶雄を兄さま呼びする朱乃ちゃんに、佐々木が「まさかの理想の妹キャラが実在するだと…」と打ちひしがれていた。鳶雄の友達の奇行に困惑する朱乃ちゃんへ、アレは気にしなくていいと陵空(りょうくう)中学校組でそっとしておいた。

 

「私だってお姉ちゃんになったんだもん。将来、朱雀姉さまみたいにできる女になるんだ」

「朱乃ちゃん、ほどほどにしておくんだぞ。朱雀はできる女というより、できるまで徹底的にやる女ってだけだからな」

「先輩の朱雀のイメージって、時々どうなっているのか疑問に思う」

 

 鳶雄にツッコミを入れられたが、そこまで間違ったことは言っていないと思う。あいつ見た目や言動はお淑やかな大和撫子に見えるけど、譲らないところはマジで頑固だからな。しかも頭が良くて行動力もあるから、自分が望む結果になるように相手を言いくるめて納得させるのが上手い。よく姫島の煩いジジババを言葉で叩き伏せているようで、定期報告の電話で毎回愚痴られているよ。

 

 ちなみに、残念ながら今日の集まりに朱雀は来られなかった。姫島の次期当主が確定してから、本当に忙しい毎日を送っているようだ。1ヶ月に最低1回はこちらに顔を見せているけど、将来の姫島変革の地盤作りを優先しているのだろう。朱雀はシスコンでブラコンでファミコンだ。だからこそ、大切な人達が安心して過ごせる日を一日でも早く実現させてやりたいのだろう。俺には愚痴を聞くことしかできないけど、あいつの覚悟はちゃんと応援してやりたい。

 

 そういえば、今年は櫛橋(くしはし)家の次期当主候補が決まったみたいで、『霊獣青龍』の継承の儀式を手伝っているって聞いたな。青龍は『春』に最も力が高まる霊獣なので、三月の今は五代宗家的な佳境期なのだろう。

 

「あれ、朱乃ちゃん。お姉ちゃんになったって、もしかして……?」

「あっ、その紗枝姉さま、えっとね…。お姉ちゃんというか、弟みたいな子ができたの。時々だけど、一緒に遊ぶようになって…」

 

 幾瀬家で過ごす朱璃さんを東城も知っているから、まさかと思ったようだけど、朱乃ちゃんが慌てて言い直した内容を聞いて納得したようだ。でも、確かに朱璃さんとバラキエルさんの間に第二子ができても不思議ではないのか…? 人外同士はなかなか生まれない。人外と人間は人外同士より生まれやすいというだけで、時間はかかるものらしいけど。リュディガーさんの奥さんが、リーベくんをようやく授かれたって言っていたからな。

 

「へぇー、弟みたいな子なんだ」

「ヴァーくんって言うんだ」

「私もヴァーくんに早く会いたいのです」

「ちなみに、ヴァーリくんが名前です」

「あっ、うん」

 

 一瞬で何かを察したような顔になった鳶雄だった。ちなみに、ヴァーくんが他者に慣れてきたら、ラヴィニアを紹介しようと思っている。というか、俺から話を聞いたラヴィニアがすごくわくわくした顔で見てくるので紹介するしかない。ヴァーリの名前を告げた瞬間、「じゃあ、ヴァーくんなのです!」と即決したあたり、さすがはパートナーだと思った。だよね、やっぱりヴァーくんって呼びやすいよね。

 

 なお、朱乃ちゃんに弟みたいな子ができたことを知った朱雀(シスコン)に電話で探りを入れられた時は、「取説の原本をまず読んで」と一言告げた途端、電話の向こうで崩れ落ちる音がした。魔王の血筋のことは言えないけど、ハーフ悪魔で白龍皇だもんなぁー。「あなたの人脈は毎回毎回どうなっているのよッ……!?」って言われたけど、俺だって時々遠い目になることぐらいあるよ。

 

 

「母さま、おばあさま。みんなを連れてきたよー」

「あらあら、待っていたわ」

「ありがとう、鳶雄。紗枝ちゃんと佐々木くんもごめんなさいね。荷物重かったでしょう?」

祖母(ばあ)ちゃん、これぐらい何でもないよ」

「そうそう、力仕事は男の出番ですから!」

「むしろ、こういう時はドーンと頼ってください」

 

 朱乃ちゃんの後ろに全員でついていくと、桜並木が並ぶ芝生まで歩いてきた。この公園に咲く桜は、有名なソメイヨシノから品種改良した桜までたくさん並んでいる。今日はその中から、早咲きの桜の木の下に集まることとなった。また他の桜が満開になったときにでも、もう一回来てみたいな。他にも何人か花見を楽しむ人たちもいるようで、その脇を抜けていくと小さな敷物を広げて待っていた朱璃さんと朱芭さんがいた。

 

 さすがに準備ぐらいは手伝うとラヴィニアと一緒に敷物を広げていき、鳶雄と東城が並べていく重箱にごくりと唾を飲み込む。佐々木が全員分の飲み物を用意してくれたので、まずは乾杯することとなった。空きっ腹とご馳走のコンボにどんどん箸が進んでしまいそうだけど、後から来る母さんたちや他の後輩達の分はちゃんと残しておかないとな。

 

「それでは、改めてお祝いの挨拶を。みんなお腹が空いていると思うので、サクッといきましょう! 倉本先輩、卒業おめでとうございましたァァッーー!!」

 

 お茶やジュースをみんなで飲み干し、全員から惜しみない拍手を送られるとさすがに照れてくる。朱芭さんおすすめの料理を味わい、朱璃さんの作ってくれたおにぎりに齧り付き、朱乃ちゃんが用意してくれた雷光味噌汁の味わいに舌鼓(したつづみ)を打った。後輩三人組はお世話になった礼だからとプレゼントを用意してくれたみたいで、ちょっと涙腺にきそうになる。半年はまだ日本にいるけど、こうして後輩たちと同じ学校に通うことはもうないと思うと、改めて寂しさを感じてしまった。

 

 春風で揺れた桜の木から白い花びらが舞い散り、こうしてのんびりと花を見ながら食べる食事なんていつぶりだろうか。中学校に入学してからの三年間は、本格的に裏の世界に入って過ごしてきた時期とも言える。何だかんだで毎日忙しく過ごしてきたから、こうしてまったりと過ごす時間にしみじみとした気持ちが沸き上がった。

 

 俺が中学校に入学した頃。正臣さんとの模擬戦が始まって、そういえばリュディガーさんと出会ったのもこの頃か。その後にリンと契約して、はぐれ悪魔の討伐もして、俺の神器の真実を教えてもらっただろう。『神の子を見張る者(グリゴリ)』に連れていかれた先で相棒の声を初めて聞けたし、バラキエルさんが教官になった。その後は、姫島家や朱雀や幾瀬家という姫島大集合な日々になったっけ…。最後にはヴァーくんにも出会えたし、本当に色々あった三年間だった。

 

 

「朱芭さん。トビーの件で配慮をいただき、ありがとうございました」

「いいのよ。こちらこそ、鳶雄のことを気にかけてくれてありがとう。あなたも内なるものに翻弄されているでしょうに」

「……だからこそです。その思いがわかるからこそ、少しでもこれから先の彼の支えになってあげたいのです」

 

 花見が盛り上がってきた頃、朱璃さんにみんなをお願いして、俺とラヴィニアは朱芭さんに改めて挨拶をしていた。ラヴィニアと鳶雄の腕についている神器の力を抑える簡易封印具は、朱芭さんとアザゼル先生が協力してくれたからこそ実現したものだ。神滅具持ちであるパートナーを鳶雄に紹介する。それは朱芭さんにとって不安だっただろうけど、それでも彼女は選んでくれたのだ。

 

「……二年前」

「えっ?」

「奏太さんに出会うまでは、鳶雄の周りにこんなにも頼れる人ができるなんて思ってもいなかったわ。いずれあの子の行く先が、血と闘争に(まみ)れた世界だとわかっていても、私だけじゃどうすることもできなかったから」

「…………」

 

 ちらりと視線を後ろに向けると、合流した後輩たちとワイワイと盛り上がる幾瀬鳶雄が見えた。その様子を幼馴染の東城に(たしな)められ、朱璃さんと朱乃ちゃんがそれを微笑ましそうに眺めている。もし朱雀がここにいたら、さらに騒がしいことになっていただろう。コクリとお茶を飲んだ朱芭さんは、真っすぐな眼差しを俺に向けてきた。

 

「奏太さん」

「はい…」

「私との修行もあと一年……いいえ、半年ほどとなったわ。あなたは私の技術を受け継ぐ、最初で最後の弟子。私からあなたに託せる全てを託していくつもりよ。その力をどう使うのか、その力で何を変えていくつもりなのか、しっかり考えていかないといけないわ」

 

 俺が海外留学するまでの半年間。それが俺と朱芭さんに残された時間(タイムリミット)。彼女との修行のおかげで、これまで多くの魂に触れてきただろう。憎悪に狂うしかなかった悪霊の魂が天に昇れるように、相棒の能力で魂の濁りを消滅させたことだってある。まるで針に糸を通すような繊細な操作が必要だったけど、相棒と一緒に少しずつ『理解』できていった気がする。言葉では説明できない、感覚的なものだけど…。

 

 朱芭さんにとって、最初で最後の弟子。生まれながらに禁手した神滅具を見事に封印してみせた鬼才。そんな彼女の技術をどこまで継承できるかはわからない。それでも、朱芭さんの弟子として恥じない者になりたい。朱芭さんの強い視線から逃げることなく、俺も真っすぐに彼女を見据えた。

 

「頑張ります。ご指導、よろしくお願いします」

「えぇ、これからはさらに厳しくいくわよ」

「……あの、朱芭さん。もう十分にスパルタだったような気が…」

「ふふふっ」

 

 お淑やかに優し気に笑う朱芭さん。その嬉しそうな笑顔に、ものすごく冷や汗が止まらない。いや、頑張るよ? 頑張るんだけど、これまでも俺的にはかなり頑張ってきたと言いますか。むしろ、泣かされてきたと言いますかね…。ちょっと身体がガクガクと震えてくるんですけど……。ガックシと肩を落とす俺の頭を、ラヴィニアが隣からよしよしと慰めてくれる。うん、ありがとうございます。

 

 それからは俺たちも鳶雄たちの方に参加し、即席のネタを披露する後輩達にみんなで笑いあった。合流した姉ちゃんと母さんは幾瀬家のご馳走に手が止まらないようで、朱芭さんにレシピを聞いたりしている。倉本家の食事レベルが上がるなら大歓迎です。きっとこの先、この思い出を忘れることはないだろうと思えるぐらい、楽しい時間を過ごすことができたと思う。

 

 卒業は一つの区切りであり、新しい始まりに繋がる。みんなより少し早い春休みが過ぎれば、新しい日常が始まっていくだろう。俺が選ぶ道によっては、これまでのような穏やかな日々とは遠い日常になってしまうかもしれない。それでも、アザゼル先生に教えてもらった『生き方』を俺なりに見つけて、実践していきたいと思う。例えこの先の未来に何があっても、みんなと一緒ならきっと乗り越えていけると思うから。

 

 そんな期待と不安を胸に、今はみんなと過ごすこの時間を大切にしたい。柔らかな春風が吹き上がり、俺たちの笑い声を空へと運んでいった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「あぁ…、そうなのね」

 

 幾瀬朱芭は静かに、そしてどこか納得したように言葉を紡ぐ。これまで漠然としかわからなかったことが、ようやく鮮明に照らし出されたかのような気持ちだ。その事実に唇を噛みしめ、ギュッと拳を握りしめる。もう二年も前から覚悟していたはずだったこと。気づいてしまったことにショックはあるが、彼女の目に不安や絶望はない。そこに映るのは、決意を燃やす強い意思だった。

 

「祖母ちゃん、どうかしたの?」

「あら、鳶雄。あなたはあっちに行かなくていいの?」

「ちょっと休憩。お茶を入れるよ」

 

 朱芭が表情に出したのは、ほんの一瞬であっただろう。それでも、孫である鳶雄は何かを察したのか、持ち込んだポットから温かいお茶をコップに注ぎ、朱芭へとそっと手渡した。そんな鳶雄の気遣いに彼女は嬉しくて微笑みを浮かべてしまう。他者の気持ちに寄り添える優しい良い子に育った、と心から思った。愛情を惜しみなく与え、ずっと見守ってきた可愛い孫。

 

「今日、晴れてよかったよ。祖母ちゃんとこうして桜を見るの、久しぶりだったから」

「そうねぇ。最後に一緒に花見へ行ったのは、鳶雄が小学生の頃だったかしら」

「うん、祖母ちゃんが作ってくれた花見団子。すごくおいしかったって覚えてる」

「ふふふっ、鳶雄も花より団子よね」

 

 懐かしい思い出に花を咲かせ、朱芭は手に持っていたコップを敷物の上へ丁寧に置く。年齢からあまり遠くに出かけるのが難しくなったため、こんな風に一緒に出かけたのは久しぶりだった。いつからか買い物は鳶雄が行うようになり、家の手伝いも積極的に行ってくれるようになっただろう。孫に心配をかけさせたくない気持ちはあっても、うまく動かなくなっていく身体に何も言えなかった。

 

 そんな朱芭に手を差し伸べたのが姫島朱璃だった。「私にも娘がいますから」と朱芭の思いをくみ取り、鳶雄に学生らしい時間が取れるように時間を作ったのだ。姫島との関係を悪化させないためとはいえ、娘に我慢を強いてしまった過去。朱乃は気にしていなかっただろうが、母として娘に心配をかけさせたくない思いはずっとあった。

 

 そんな朱璃だからこそ、朱芭は抵抗なく手を貸してもらうことができた。朱芭の技術を習うためだと家事を手伝ってくれる彼女に何度も助けられただろう。それに、朱璃の付き添いがなければ、鳶雄とこうしてもう一度桜を見ることはできなかった。たくさんの人に支えられていることを感じながら、朱芭は隣に座っていた鳶雄を優しく抱きしめた。

 

「わっ! 祖母ちゃんっ!?」

「鳶雄、少しだけお祖母ちゃんと一緒に桜を見てくれる?」

「えっ? う、うん…」

 

 戸惑いと恥ずかしさで顔を赤くする鳶雄に頬を緩め、しばらくの間二人は満開の桜景色を眺める。儚くも美しい白い空。散りゆく白に寂しさはあれど、それは力強く咲き誇っていた証。ほんの数分にも満たない短い時間だったが、朱芭は自分の心が満たされていくのを感じた。

 

 きっともう、鳶雄とこうして桜を見ることはできないだろうから。大きくなった孫の肩に身体を寄せながら、朱芭は今日という穏やかで優しい日を記憶に残した。

 

 




 これで、第5章は完結です。不穏なフラグが色々立っていますが、第6章の『激動編』で描いていきたいと思います。

【第5章のあとがき的な何か】
 中学校の入学から卒業までを描いた三年間で、主人公が裏の世界へ本格的に入った様子を描きました。第4章が悪魔編なら、第5章は堕天使編ということで、堕天使関係の事件を中心に取り上げていきましたね。神器に詳しい堕天使ならではのエピソード、姫島家襲撃事件に白龍皇登場、そして『堕天の狗神 -SLASHDØG-』に繋がっていく。作品の登場人物も一気に増えた章だったと思います。
 主人公との関わりや本来ならありえなかった邂逅など、原作にはなかった違いも楽しんでいただけたのなら嬉しいです。第5章(約2年間)のお付き合いありがとうございました(*´Д`*)

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