えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百二十八話 親戚

 

 

 

「はい、奏太兄さま。マガジンの予備を籠めておいたよ」

「いつもありがとう、朱乃ちゃん。本当に助かっているよ」

「えへへー」

 

 新しく中学校へ進学した新入生たちもだいぶ環境に慣れ、五月晴れを感じる陽気が漂うになった頃。俺は姫島一家が暮らすマンションへ転移で足を運び、朱乃ちゃんに頼んでいた依頼の品を受け取っていた。俺が普段使う光力銃の弾丸は、だいたい朱乃ちゃんへ頼むようになっている。アザゼル先生から光力銃用のマガジンをつくってもらい、そこに彼女が雷光を籠めてストックしていく。俺が姫島家へ遊びに来ると同時に、朱乃ちゃんへ使い切ったマガジンを渡し、補充された分をもらっていた。この関係は、もう約一年以上も続いている。

 

 お父さんであるバラキエルさんからの指導を受け、メキメキと実力を高めた朱乃ちゃんの雷光は、かなりの威力を発揮するようになっていた。たぶんもう中級クラスには届いているだろう、と教官からの話で聞いている。原作の堕天使を拒絶していた姫島朱乃さんとは違い、朱乃ちゃんは父親と同じ力を持っていることを誇りに思っている。体術の訓練と合わせ、ここの訓練施設で一番力を入れて特訓しているのが雷光だろう。それと俺がノリで持ってきた漫画やアニメを見て、『電気』系統の能力や魔法を真似していることもあったな。それにあとで、バラキエルさんから無言でグリグリされた。すみませんでした。

 

「はい、それじゃあ依頼達成のお小遣いだ。大事に使うんだぞ」

「やったー! 奏太兄さま、ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 俺は財布から漱石さんを三枚だし、朱乃ちゃんへ手渡しておく。雷光入りのマガジンは仕事の依頼なので、当然依頼料はちゃんと渡す。これはしっかりと保護者にも了解を取っていて、マガジン一個で三百円なので、十個で三千円だ。だいたいこのぐらいの量をいつも頼むようにしている。

 

 堕天使にとって、光力を物に籠めるのはそこまで難しい作業ではない。だから九歳の女の子にとって三千円は大金かもしれないが、雷光の弾込めはそれだけの価値があると彼女に分かってもらうためにも払っている。朱乃ちゃんなら無駄遣いはしないだろうし、朱璃さんと一緒にお小遣い帳をつけているらしいから大丈夫だろう。

 

「そういえば、お金を最近溜めているって朱璃さんから聞いたけど、何か欲しいものでもあるのか?」

「えっと、……母さまたちには内緒にしてくれる?」

「うん」

「……二人の誕生日プレゼントを内緒で買ってあげたいの」

 

 頬を朱に染めて、ポツリと恥ずかしそうに告げる朱乃ちゃん。ちょっと兄として、頭をなでなでしたくなってしまった。家族仲が良好のようで何よりである。バラキエルさんと朱璃さんの誕生日が近くなったら、一緒に買い物へ行くことを約束しておく。俺もいつもお世話になっているから、お礼はしっかり渡したいしね。

 

「あとね、あとね。朱雀姉さまが帰ってきた時に、継承の儀式お疲れ様のプレゼントも用意しておいてあげたいから」

「朱雀が(嬉しすぎて)爆発するな」

「朱雀姉さま、爆発しちゃうのっ!?」

 

 純粋すぎる朱乃ちゃんが、色々な意味で眩しいです。そして、朱雀は歓喜から間違いなく爆発する。継承の儀式のストレス発散のためか、時々来る向こうからの電話でどんだけ恨み事を俺が聞いていることか。朱乃を抱きしめられなくて辛いとか、おばさまの料理が食べたいとか、朱芭様に早く挨拶をしたいとか、式紙のトビーくんがそろそろ桁を越えるとか、あの次期当主様のファミコンパワーが怖いんだけど。俺が写真と一緒に近況報告を伝えて、なんとか気持ちを鎮めてもらっているんだよ。夏が近づくにつれ、鳶雄に強く生きて欲しいという気持ちも増してくる件。

 

 とりあえず朱雀の話では、予定通り済めば夏休み中にこっちへ帰ってこれるだろうと聞いている。だからその時は、みんなで一緒にお祝いをしてやりたいな。ラヴィニアやリンも呼んで、姫島一家の皆さんと一緒に笑顔で迎えてやりたい。あいつは霊獣『朱雀』を継承するために、本気で頑張って取り組んできただろうから。姫島の次期当主になるためのスタート地点にようやく立てたばっかりなのかもしれないが、それでもあいつの夢に一歩近づけたことをしっかり祝ってあげたいと思った。

 

 

「そういえば、兄さま。父さまから聞いたんだけどね。去年、私たちを襲ってきた怖い人達を兄さまが預かったって聞いたんだけど…。それは大丈夫なの?」

「えっ? あぁー、あの襲撃者の皆さんか…。俺が預かったというより、粛清対象として渡すはずだったあいつらを、五大宗家側から「そんな変態いらん」と真顔で突き返されて、堕天使側も「えっ、こっちもいらないんだけど」って処理に困っていたみたいだからさ。あいつらが自業自得で悪いのはわかっているけど、それでも殺しちゃうのはなんか後味悪いし、それなら監視も含めて贖罪(しょくざい)に働かせてみませんかと」

 

 去年の夏、姫島一家を襲撃してきた二十名ばかりの術者達。原作では姫島朱璃さんを殺害し、姫島朱乃さんへ消えぬトラウマを植え付け、バラキエルさんとの確執を作らせた最悪の事件。襲撃者達も雷光と五大宗家に粛清され、ただただ悲しみだけが生まれた原作でも屈指のシリアス展開だった。こうして彼女達が笑っていられるのは、その運命の日を乗り越えることができたからだろう。彼女達の笑顔を護りたいがために、俺は一年の準備期間を無駄にすることなく対策に乗り出すことができたと思う。

 

 襲撃者は、姫島に依頼された日本でも名の上がる術者だった数名と、彼らの八つ当たりを利用して手を組んだ堕天使の敵対組織だった人達。本来なら俺一人では、とても止めることなんて出来なかっただろう相手。そいつらと相対するために、一年かけて仕掛けまくった罠で時間稼ぎをし、ワンコと魔法のコンボでなんとか戦闘不能にした後、朱璃さんのオラオラでとどめを刺すことでなんとか凌ぐことができたのだ。朱雀との約束を果たすため、みんなを護るために戦った防衛戦。俺にはほとんどモザイクにしか見えなかったけど、本当に緊迫した戦いであった。

 

 そのあまりの凄惨さに、幼い朱乃ちゃんにはとても見せられない戦いだと、映像も音声も途中でなくなってしまったので、当時のことは大人達から顛末を簡単に聞いただけだろう。不安そうに瞳を揺らす朱乃ちゃんを安心させるように、俺は笑顔でその後のことを話しておいた。

 

「贖罪?」

「そっ、改造魔法少女の刑」

「――? ……??」

「あいつらはな、衣服(ヒトとして大切なもの)を自ら捨ててしまったんだ。その報いは、ちゃんと償わなければならない。だから、その大切さをちゃんと刻みこめるように、堕天使の技術を遺憾なく発揮してもらったんだよ」

 

 サハリエルさんによる改造手術の結果、彼らは魔法少女怪人に生まれ変わったのだ。ぶっちゃけ言えば、外に出る時は強制的に魔法少女の服になるようにチェンジされる改造技術を受けた。魔法少女罠とグリゴリの技術を組み合わせて作られた技術で、彼らの首に変身セットがくっ付いているので取り外しはできない。家や必要な時以外は、着脱不可能な魔法少女となる。これでもう裸族が生まれることはないだろう。

 

 本来、堕天使の組織を襲撃しておいて贖罪で済ますなんて寛大な処置はあり得ないんだけど、組織的な被害は全くなく、ある意味で死ぬよりもひどい目にあっているということから、これで許されたのだ。魔法少女なのは、己がやってしまった過ちを戒めとして忘れないため。愛と勇気と希望の使者に自らがなることで、その性根が変わっていってくれることを信じるため。彼らは魔法少女であり続ける限り、今回の襲撃事件を後悔し、懺悔していくことだろうから。

 

「ただ、さすがに常時魔法少女でいられる場所なんて滅多にないからな。それに、せっかくの戦力を遊ばせておくのも勿体無い。そこで、俺がスポンサーをしている組織なら魔法少女として世界平和のために活動できると思って、新しい就職場所として受け入れてもらったのさ」

「でも、兄さま。あの悪い人達、確か少女じゃなかったはずじゃ?」

「大丈夫。魔法少女は全てを受け入れる『概念』みたいな存在だから」

「兄さまの目が遠い…」

 

 覚えておくといい、朱乃ちゃん。この世界で魔法少女とは何か? を語ることほど胃が痛くなる哲学はないから。俺はもう魔法少女とはそういうものだと受け入れて、明後日に放り投げて考えるように生きると決めたから。諦めが非常に悪いと自覚のある俺でも、もうどうすることもできないと白旗を上げざるを得なかった存在である。魔法少女が強すぎる件。

 

 術者の中にはまだ納得しきれず、魔法少女であることに反抗心があるかもしれないが、『MMC448(エムエムシーフォーフォーエイト)』のみんなならきっと鎮圧できるだろう。魔王とミルたんとカイザーさんがいるし、何気にあそこの人たちそこら辺の実力者より普通に強いから…。魔王少女様やミルキー悪魔さんからミルキー魔法を教わっている面々だが、日本の術式を扱える元襲撃者達の技術も合わさっていけば、さらに戦力は増していくと思う。いずれ新たなミルキー戦士として、生まれ変わることだろう。

 

「とりあえず、彼らのことで朱乃ちゃんが心配することは何もないのは本当だよ」

「う、うん、わかった。気にしないことにする…」

 

 新たな生贄(魔法少女)に駒王町のみんなも喜んでいたし、きっと何とかなると信じて託そう。駒王町の教会には、また住人が増えるにあたってそっと謝礼と胃薬を届けておいた。その時に、慈愛の表情を浮かべたイッセーくんが泣き崩れるエクソシストのみんなにおっぱいの尊さを語り、一緒に祈り出していた光景を見た気がしたけど、俺は何も見なかったことにした。

 

 

「奏太くん、朱乃。準備はできたかしら?」

「オニニー?」

「あっ、母さま、キィくん。うん、いつでもお出かけできるよ」

「はい、大丈夫です」

 

 暫くするとコンコンと朱乃ちゃんの私室の扉がノックされ、そこから朱璃さんと小鬼がひょっこりと顔を出した。朱乃ちゃんとおしゃべりをしながら、余所行き用の準備はしっかり終わらせている。朱乃ちゃんは普段のポニーテールを下ろし、可愛らしい白い帽子をかぶっている。九歳の女の子らしい花柄のワンピースを着こみ、肩にかけた小さなポシェットもよく似合っていた。

 

 朱璃さんも普段のラフな装いと違い、しっかりと外行き用の化粧を施し、春らしい色合いのトレンチコートと丈の長めなフレアスカートとかなり気合いが入っている。朱乃ちゃんと一緒に立ち上がると、鏡の前でもう一度確認をしておき、そのまま全員で家の玄関に向けて足を進めていく。朱璃さんも朱乃ちゃんも嬉しそうな様子を隠さず、この日をずっと楽しみにしていたのが窺えた。

 

「奏太兄さま、今日は朱乃の大叔母様とはとこに会えるんだよね」

「おう、朱芭さんと鳶雄には一週間ぐらい前に伝えているからな。あっちもすごく楽しみにしてくれているさ」

 

 そう、アザゼル先生から鳶雄()のことを聞き、バラキエルさんにもしっかり了承をいただいて決行されることになった追放された姫島一族による親戚付き合い。姫島の約定に従って、今回は狗と雷光どちらにも伝手があった俺が付き添いながらの邂逅となった。鳶雄は裏関係のことを知らないので、事前に朱乃ちゃんへ堕天使や裏のことは話さないように伝えているが、俺がフォローに入ればなんとかなるだろう。

 

 一週間前に俺の方から朱芭さんへ詳細を伝え、鳶雄は今まで自分に親戚がいたことに大変驚いていた。しかも、一週間後に幾瀬家へ来ると聞いて、大慌てしながら自分の部屋の片づけとかしていたな。中学二年生だもんな、うら若き母娘に見せられる部屋にしようと頑張っていた。あと小学生の女の子とどう話せばいいのかとか、鳶雄の幼馴染である東城(とうじょう)に相談とかもしていたかも。今日は私も一緒にフォローします、と頼りない幼馴染の代わりに言ってくれていたので、たぶん大丈夫だろう。

 

「じゃあ、キィくん。お留守番お願いね。お土産はちゃんと買ってくるから」

「洗濯物の取り込みも任せちゃって大丈夫? 難しそうなら、無理しなくていいからね」

「オニ、オニニっ!」

 

 裏関係を幾瀬家へ出さないために、さすがに小鬼はお留守番である。それにちょっと残念そうな表情をしながらも、朱乃ちゃんは優しく小鬼の頭を撫でていた。小鬼はそのあたりの事情もちゃんと理解しているのか、ビシっと敬礼をして見送ってくれる。今日の分の洗濯や掃除は任せて、とやる気十分そう。相変わらず、よくできた使い魔である。うちのお菓子ドラゴンも良いところはあるんだけど、ちょっと羨ましい…。

 

 それから、玄関で手を振って別れた小鬼を背に、マンションの管理をしている堕天使の方へ挨拶をしておく。元気よく「いってきまーす!」と正面玄関を抜け、祓いの術式をしばらくの間かけておき、人込みに紛れるようにそっと術を解除しておいた。俺も含めてみんなお出かけ用の私服姿なので、これでどこからどう見ても裏関係者には見えないだろう。今日は久々のお出かけも兼ねて、転移でさっさと行くのではなく、電車に乗ってのんびり向かう予定だ。

 

「朱乃ちゃん、もう電車の乗り方は覚えられた?」

「うん、父さまと一緒にこの前乗ったよ。車やバスよりも速くて、人もいっぱいでびっくりしちゃった」

「ふふっ、そうなのね。そうそう、途中で駅にあるデパートへ寄って、幾瀬家の皆さんにお土産を買いましょうね」

「はーい」

 

 お母さんと手を繋いで、嬉しそうに街並みを歩く朱乃ちゃんに小さく笑みが浮かぶ。護衛が一緒という条件はあるが、こうして母親とお出かけができる日常が本当に楽しいのだろう。そんな仲良し母娘の光景に目を細めていた俺と、不意に朱乃ちゃんと視線が合う。それからニッコリと彼女は微笑むと、こちらへ真っ直ぐに空いた手を差し出してきた。

 

「奏太兄さまも、手を繋ごっ!」

「……うん」

「えへへー、これでみんな一緒」

 

 少し気恥ずかしかったが、朱乃ちゃんの笑顔に断る気なんて起きず、そのまま差し出された小さな手を握る。三人並んで歩く俺達へ、なんだか周りから微笑まし気な目を感じる。朱璃さんにもくすくすと優しく笑われてしまい、赤みを帯びていた頬を見られないようにそっと視線を別の方向に向けておいた。こんな風に手を繋いで道を歩くなんて、何年ぶりだろうか。昔はよく姉ちゃんに引っ張られた記憶はあるけど、中学に入ってからはこうやって並んで歩くことはなかったからな。

 

 それからデパートで幾瀬家と小鬼用のお土産を購入し、電車から見る流れる景色に興奮気味な朱乃ちゃんと会話を交わしながら、しばらくまったりとした時間を過ごす。もうすぐ五月になりそうな、四月の終わり頃。こうして、姫島一家の幾瀬家ご訪問は始まったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ようこそ、幾瀬家へ。私が幾瀬朱芭よ、わざわざ来てくれて嬉しいわ」

「お初にお目にかかります、朱芭叔母さま。姫島朱璃と申します。私もこうしてお話が出来ること、とても光栄に思います。それと、こちらが娘の――」

「ひ、姫島朱乃です! 私も大叔母さまに会えて、すごく嬉しいです!」

「あらあら、ご丁寧な挨拶ありがとうね」

 

 乗り換えを挿みながら、数十分ほど電車に揺られて辿り着いた陵空(りょうくう)地域。初めて見る街並みであり、俺が住んでいると聞いていたからか、興味津々に辺りを見回す朱乃ちゃんを連れながら、幾瀬家への道のりを真っ直ぐに進んでいった。そうして遂にたどり着いた一軒家を前に、緊張に息を呑んでから玄関のチャイムを鳴らすと、ほどなくして扉が開かれる。優し気な瞳を細めながら出迎えてくれた朱芭さんに、姫島母娘は深々と頭を下げた。

 

 こうして改めて見てみると、血の繋がりを感じるというか、どことなくみんな雰囲気が似ていると思う。仙術もどきの力で俺がオーラを感じ取りやすいからってこともあるけど、なんとなく面影を感じさせる。最初は緊張でガチガチだった朱乃ちゃんだが、朱芭さんの穏やかなオーラに安心したのか、嬉しそうに笑顔を浮かべていた。

 

「は、初めまして。俺は幾瀬鳶雄と言って、えっと…、祖母(ばあ)ちゃんの孫で中学二年生です。姫島さんから見たらいとこ違いで、その娘さんとははとこになる、んだよな…? 俺からははとこの親御さんって確か、従姉妹叔母(いとこおば)になる、であっていたっけ…?」

「もう、鳶雄。あっているから、もうちょっとシャキッとしなさいよ」

「まぁ、親戚関係って複雑だよな。俺も自分のはとことか会ったことないし」

 

 そんな穏やかな雰囲気漂う女性陣の隣で、しどろもどろになっている後輩男子一名。完全にテンパっているよ、こいつ…。美人の女性と年下の女の子という、今まで接したことがないタイプだろうしな。幼馴染である東城紗枝(とうじょうさえ)にわき腹を肘で突かれながら、必死に深呼吸をして落ち着こうとしている。俺と東城さんにツッコまれ、それに頬を赤く染めながら改めて頭を下げていた。

 

「ふふっ、よろしくね鳶雄くん。姫島朱璃よ。いとこ叔母だと呼びづらいでしょうから、叔母さんでいいからね」

「は、はい。それでは、朱璃おばさんで…」

「えっと、姫島朱乃です。あの、鳶雄兄さまって呼んでもいいですか?」

「えっ!? あ、うん。もちッ――!! ちょっと奏太先輩、なんで先輩も俺に肘を入れてくるんですかっ!?」

「いや、何となく」

 

 朱芭さんの孫である鳶雄の様子に微笑んだ朱璃さんと朱乃ちゃんは、元気に挨拶を交わしていた。こちらは中学三年生の俺との付き合いがあったおかげか、鳶雄ほど緊張はなかったのだろう。そして、やっぱり朱乃ちゃんに兄さま呼びされた鳶雄にちょっと肘を入れておく。朱乃ちゃんが呼びたいのなら仕方がないので、これで勘弁してやろう。

 

 それからお土産を手渡し、玄関に立ったまま話し続けることもないだろうと、みんなで幾瀬家へお邪魔しておいた。俺は一年近く通っているため、もう勝手知ったる幾瀬家だ。冷蔵庫の中の配置から、予備のトイレットペーパーがどこにあるかまでも把握している。先を歩く朱芭さんと隣り合って話をする姫島母娘の背中を見ながら、問題なく初対面の会合が出来てよかった、とホッと息を吐いた。

 

「朱璃さん、すごく綺麗な人だね。朱乃ちゃんもお母さんそっくりで可愛いし」

「うん、本当に。すごく緊張しちゃったよ…」

「東城もわざわざ来てくれてありがとうな。鳶雄一人だったら、未だに緊張してガチガチだっただろうから」

「いえいえ、鳶雄ですからね」

「待って二人共。それどういう意味だよ」

 

 玄関口でゆっくり靴を脱ぎながら会話をする中学生組。頬を引くつかせる鳶雄だが、俺と東城は意味深に目を合わせると、フッと笑みをこぼしておいた。それに何か言いたいけど、言葉にならず無言でプルプルと震える鳶雄。先輩である俺と幼馴染である東城に、こういった話題では勝てないとこの一年で嫌になるぐらいわかっているだろうからな。揶揄い甲斐のある後輩へ、いたずらっ子な笑みを浮かべる東城。さすがは幼馴染である。

 

 鳶雄の幼馴染である東城紗枝とは、幾瀬家へお邪魔するようになってから早いタイミングで知り合いになれた。始めの頃は一年上の男の先輩ということで適度に距離はあったのだが、鳶雄を間に挟んで一年も接していればそれなりに気安い関係にもなる。あと男の俺から鳶雄のことを教えてあげれば、本人は隠しているようだが結構食いついてくるので非常にわかりやすい。お互いに意識はまだしていないようだが、この二人の関係が微笑ましくて見守る姿勢に自然となっていた。だからこそ、来たる夏のブラコン騒動には遠い目になりそうなんだけどな!

 

 東城はセミロングヘアーの髪を途中で二つ括りにしていて、それがよく似合っている可愛らしい女の子だ。明るく気立てもよく家庭的な一面もあり、後輩組の中でも話題にあがることがよくあるらしい。ちなみにこの情報は、佐々木経由である。親しい人には活発な面を見せるが、普段はどちらかと言うと大人しい感じだろう。ただ鳶雄曰く、やる時は勇気を持って前に出てしまう性格らしいので、そこはちょっと心配みたいだ。

 

「そういえば、倉本先輩は元々姫島さんと知り合いだったんですよね? 朱芭さんに姫島さんのことを教えたの、先輩だって聞きましたけど」

「あぁ、朱璃さんの夫が俺の習い事の先生でさ。そこから色々あって、家族ぐるみで付き合いが出来たんだ。それから朱芭さんの旧姓が姫島って聞いて、もしかしてと思って確認してみたら、マジで親戚だったみたいでさ。向こうも朱芭さんのことを聞いて、ぜひお会いしてみたいって話になったんだよ」

「改めて聞いても、すごい確率ですよね。世間は狭いと言いますか…」

 

 東城からの感嘆の声音に、俺は小さく笑みを浮かべながら頷いておく。表向きの理由として、両方の事情を知っている俺が間にいた方がいいだろう、と判断されたことで作られた流れだ。姫島家を追放された云々を話す訳にもいかないし、どうして親戚付き合いが今までなかったのか、とかお家騒動の説明が難しい。

 

 そのため簡単に、姫島家が実は名家で、鳶雄のおじいさんを愛していた朱芭さんが駆け落ちしたため、今まで家と関わりがなかったんだというラブストーリー展開が作られたのだ。それに鳶雄と東城は、まるでドラマのような熱烈な展開に「朱芭さんすごい」と顔を赤くしていた。自分でストーリーを考えておきながら、ちょっと恥ずかしそうな朱芭さんが印象的でした。

 

祖母(ばあ)ちゃんの実家が、実はすごい名家らしいとか未だに信じられないよ。祖父(じい)ちゃんとの良い思い出ばかり聞かされてきたから、駆け落ちはあり得そうとは思えたけど」

「ねぇねぇ、鳶雄。もしかしてさ、後でその名家の遺産相続問題とかドラマみたいな展開になって、それから恐ろしい血みどろの遺産を巡る殺人事件に発展していったりして…」

「紗枝、ドラマの見過ぎ。今まで姫島家について何も知らなかった一般人だぞ、俺。そんな展開、現実に起こる訳がないよ」

 

 二人の会話を後ろで聞きながら、俺は思わず頬を引きつらせる。あながち間違っていない東城の勘に、そっと視線を逸らした。鳶雄、遺産はともかくお家騒動に巻き込まれる確率はぶっちゃけ高いぞ。東城が話すドラマみたいな血みどろ展開が、下手したら物理的に起こりかねないんだよなぁ…。朱雀が当主に就任するまで、なんとか鳶雄の存在を姫島本家へ隠せればいいんだけど。朱芭さんが今まで下手に裏へ関われなかったのも、それが一番の理由だからな。

 

 

「へぇー、それじゃあ朱乃ちゃんのお父さんって、外国人でジムのコーチをしているのか」

「うん、筋肉だってムキムキですごいんだよ!」

「まさか朱璃さんも駆け落ち組だったなんて…。やっぱり古い家だと、外国の人との結婚を反対されたって感じですか?」

「ふふっ。えぇ、そんな感じよ」

 

 それからみんなで和室へと移動し、しばらくお互いのことを知ろうと取り留めのない会話が始まった。朱芭さんがお菓子やお茶を用意している間に、姫島一家と鳶雄と東城はだいぶ打ち解けることが出来たようだ。俺はもう当たり前のように、朱芭さんの手伝いをさせられたけどな。お客さん扱いされず、もはや内弟子扱いですからね。文句はありませんが。そして、やっぱり東城を呼んだのは正解だったな。ちょっと人見知りというか、積極的な性格じゃない鳶雄一人だと、ここまで打ち解けるのに時間がかかっただろう。

 

 下手に裏の事情について口に出せないため、姫島側も話題を出すのが難しかったと思う。そこに東城という話し上手がいてくれたおかげで、朱璃さんや朱乃ちゃんも楽し気に会話を進めているのが分かる。これなら姫島一家が幾瀬家へ遊びに来るのに、俺が毎回フォローに来る必要はなさそうだな。それに安堵しながら、俺は両手に持ったお茶請けを和室へと持っていった。

 

 そして朱芭さん特製の茶菓子に全員で舌鼓を打ち、うっとりと味わいながら食べてしまった。さすがは鳶雄の師匠、朱璃さんも頬に手を当てて感動しているようだった。相変わらずの腕前に、朱乃ちゃんがキラキラとした目で尊敬の眼差しを朱芭さんへ向けている。どうやらバラキエルさんに、この味を持って帰ってあげたいらしい。そんな健気な朱乃ちゃんの願いを聞いた朱芭さんは優し気な笑みを浮かべ、なんとその場でお料理講座が始まってしまったのだ。

 

 鳶雄は朱芭さんの助手のようにテキパキと調理器具を用意しだし、朱璃さんも真剣な表情でキッチンへ赴き、東城も幾瀬家の味に興味があるのかメモを片手にスタンバイしている。しまった、ここにいるのは俺以外全員料理好き組だったかっ!? 俺も調理は出来るけど、どちらかと言えば食べる方が好きな組だしなぁ…。あと幾瀬家のキッチンに立つと、朱芭さんによく怒られるから。俺だけテンションが上げ切れなかったが、姫島の血筋の皆さんは大変有意義な時間を過ごせているようなので、そっと静かに見学することにしておいた。みんなの目が真剣ですごかったです。

 

 それから約一時間ほど、朱芭さん指導の下で作られたお菓子作りに、みんなでわいわいと盛り上がって取り組んだだろう。俺は簡単な手伝いを行い、とりあえず参加だけはしておく。それに、それぞれの家の事情を深く知っている俺だからこそ、そこに映る光景が嬉しかった。幾瀬家と姫島家のみんなが屈託なく笑い、手を取り合って調理に取り組む姿に。初対面の時の緊張はすでになく、まるでずっと前から仲が良かったかのように、楽し気な笑い声がキッチンに響いていた。

 

「こうやってかき混ぜるとね、空気が入らなくなるのよ」

「わぁー、紗枝姉さま上手ですっ!」

「あっ、あははは…。そ、そうかな? ……妹が出来たら、こんな感じなのかしら」

 

 ボソッと呟きながら頬を染める東城に、朱乃ちゃんのシスコンキラーっぷりがすごい。朱乃ちゃん、無自覚でどれだけシスコンを作り出す気なんだろう…。お兄さん、そこのところちょっと心配です。そして最後に、鳶雄のプロかとツッコみたくなるような装飾の出来に朱乃ちゃんのテンションはマックスである。さすがは朱乃ちゃんの兄の称号を新たに手に入れたライバル、強敵すぎるぜ。

 

 姫島家では和食がメインだった朱璃さんも、朱芭さんから料理を習うのは大変新鮮だったようで、始終料理人の目をしていた。そういえばこの人、ところどころでプロの職人みたいな手際を見せる人だったわ。幾瀬家のレシピに興味津々のようで、次に幾瀬家へ遊びに来た時の調理大会の話まで始めている。朱芭さんもなんだかノリノリっぽいし、やっぱり親戚同士気が合うのだろうな。みんなの新しい一面を色々見れて、ほとんど見ているだけだった俺も楽しめたと思う。

 

 それから出来上がったお菓子を冷蔵庫へ入れ、器具の片づけ作業へと手際よく移っていく。この手慣れた手つき、さすがすぎる。始めは表とか裏とか、朱乃ちゃんの種族としての心配とか色々あったんだけど、そんな『どうでもいいこと』を気にする必要すらなかっただろう。大丈夫、きっと彼らはこれからも当たり前のように傍で笑い合うことが出来る。そう、漠然と俺は感じることが出来た。

 

 こうして幾瀬家と姫島家の親戚関係は、爽やかな和風と共に穏やかに始まっていったのであった。

 

 


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