えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百二十七話 将来

 

 

 

 ――アザゼル先生が正臣さんとクレーリアさんを高笑いしながら連れて行く、少し前。『閃光(ブレイザー・シャイニング)(・オア・)暗黒の(ダークネス・)双龍絶刀(ツインソード)』を目の前に呆然とする面々から少し離れた場所に席を立った先生とふいに目が合った。

 

「おっ、そうだった。カナタ、ちょっと耳を貸せ」

「えっ、何ですか?」

 

 この部屋にいる方々のメンタルを『黒歴史ソード』で一瞬にして粉砕したばかりの先生から、ちょいちょいと手首を振られ「ちょっとこっちに来い」という感じで名前を呼ばれる。諦観の眼差しで虚空を見つめる友人二人の今後が少々心配だが、どうやらショックが大きすぎて現在心あらずのようだ。先生の様子から内緒話がしたいようだと察し、メフィスト様に一度目を向けると構わないよ、という感じで肩を竦められた。俺は訝しく思いながらも、先生の声が聞こえる位置まで移動した。

 

「どうしたんですか、わざわざ」

「あぁ、俺が直接ここに来たのはこいつらを借りるためと、お前に伝言もあったからだ」

「伝言ですか?」

 

 声を潜めて、こちらの音声が周りへ響かないように魔術も発動した先生に目を瞬かせる。ちらりとみんなの方を向くと、リンは相変わらずおやつに夢中で眼中にないようだし、こちらの会話に配慮してかラヴィニアとメフィスト様は協会の仕事について話をしているようだ。たぶん先生から先に話があることを聞いていたのだろう。術を使ってまでして俺だけに聞かせていることから、もしかしたらメフィスト様達には聞かせられない内容なのかもしれない。

 

 だけど、先生がここまで配慮しなくてはならないような話って何だろう? メフィスト様にも話せないとなると、堕天使の組織絡みのことだろうか。この二人はご友人同士だけど、組織の長としてプライベートと仕事はしっかり分けて考えるヒト達だからな。その代わりプライベート時の息のピッタリさは、駒王町の事件の時に立証済みだけど。そうして少し身構えた俺に、先生は小さく笑みを浮かべながら――さらりと言葉を紡いだ。

 

「カナタ、……イヌは元気だったか?」

「――……」

 

 あまりに突然のことで、表情を取り繕う暇もなかった。慌てて引き締めようとするが、肩を竦めて仕方がなさそうに笑うアザゼル先生を見て、ごまかしはもう効かないことを悟る。やられた、このタイミングで聞かれるとは思っていなかった。『イヌ』という単語に過剰に反応してしまったのは、完全に気づかれてしまっただろう。今更「イヌって何のことですか?」と聞ける雰囲気ではない。

 

「そうピリピリするな。というかな、お前がすでにイヌと接触しているだろうことは予測していた」

「……どうして」

「前にお前が神滅具について質問してきた時に、教えてやっただろう。グリゴリは所有者に暴走の恐れがないかを必ず確かめると。ずっと見張っている訳じゃないが、さすがに所属する中学校ぐらいは把握しておくぞ」

 

 こちらへ向けてクツクツと笑う先生の言葉に、俺は隠し事があっさりバレていたことにバツが悪く視線を逸らす。確かにちょっと調べれば、俺と鳶雄が同じ中学校に通っていることはすぐにわかるのだ。それでも、確信を持って接触していると思われていたとは、俺はそこまでわかりやすかっただろうか。

 

「そもそもアレは、特殊な能力を持つ神器だからな。定期的にその所在と周辺の人間は探るようにしているんだ」

「特殊な能力……?」

「イヌにはな、『波長の合った神器を呼び寄せる』という因果にすら影響を及ぼす能力がある。あの神器の近くには、『必ず』神器が集まる。そういう『仕組み』なんだ。だから、倉本奏太(お前)幾瀬鳶雄(あの少年)がいずれ出会うだろうことは、ほぼほぼ確信していたんだよ」

 

 ドラゴン系統の神器が持つ『異性と騒乱を呼び込む』という能力と同じような因果の力を『黒刃の狗神(ケイニス・リュカオン)』も所持していた。先生は神滅具の監視と一緒に、それも警戒していたのか。確かに他の神器を呼び寄せる能力なんて、普通に考えたらとんでもないよな。俺も自分の神器が覚醒した理由が、まんま先生の言う通りだった。朱芭さんが言っていた『あの子に呼び寄せられた』というのは、この能力のことだったのだろう。

 

 さすがに同じ中学校に通い、物理的に毎日距離が近づけば、いずれ幾瀬鳶雄の内に眠る神滅具に俺だって気づくだろう。俺は堕天使の皆さんから感知に関する訓練をずっと受けてきたのだから。去年の入学式、鳶雄の姿を見ただけで既視感と違和感を感じとったのだ。俺と狗が接触したかもしれない、と先生が考えるのも無理はないだろう。

 

「……そういえば、先生。ずっと前から先生がそのことを知っていたのなら、何でイヌが俺の近くにいることを黙っていたんですか?」

「お前が俺に黙っていた理由そのままだよ。カナタなら例えあの少年の存在を知ったとしても、表側で平穏に暮らすことを望む人間を裏側へ引き込むようなことはしないだろう?」

「えっと、確かにそうですね…。確認ですけど、先生もあいつを裏に引き込む気はないんですよね?」

「今のところ、その必要があるとは思っていないからな」

 

 以前考えた通り、先生はこちらの行動を予測して敢えて伝えないようにしていたらしい。俺の性格をよくわかっていらっしゃる。そして一番気になっていた問いに対する返答を聞けて、張り詰めていた糸が徐々に解けていき、ホッと小さく息を吐いた。少なくとも、先生にとって『必要』がある事態にならない限りは、鳶雄がこのまま表で過ごすことに問題はなさそうだ。それが確信できただけでも、かなり安心しただろう。

 

 それに俺と鳶雄が知り合いだと知った先生なら、そのもしもの時は俺に一言ぐらい声をかけてくれるはずだと思った。俺の知らない間に、鳶雄に何かあったら絶対に俺はそれを探るために即行動へ移すだろう。そしてあいつが何かの事件に巻き込まれたと知ったら、自分から渦中に飛び込んで行くだろう姿が想像できる。そんな俺の行動力をよく理解してくれている先生だからこそ、俺に隠し事はしない。それがわかっただけでも、よかったと思う。

 

 あと、やっぱり以前先生の話に出てきた自分の目で封印されているのを確かめた神器っていうのが、『黒刃の狗神(ケイニス・リュカオン)』のことだったか。アザゼル先生に神滅具について俺が質問したのは、去年の春頃でちょうど幾瀬鳶雄が中学校へ入学してきた時期と重なる。あの時の含み笑い的に、もしかしたらその時点で俺と鳶雄の接触に感づかれていたのかもしれないな。

 

 

「そうそう、伝言だったな。まぁ、今言った通りだ。俺がイヌについて知っている、ってことをお前に伝えたかったんだ。『神の子を見張る者(グリゴリ)』の組織の在り方的に、組織の長である俺のスタンスを知っておいた方がいいだろうと思ってな」

「はい、ありがとうございます。先生があいつのことに気づいているのか確信がなくて、心配していたのは事実なので」

「俺にとっても、アレは懸念事項の一つではあったからな。カナタが傍にいるなら、滅多なことにはならないだろう」

 

 そう言って、アザゼル先生は俺の頭をぐしゃぐしゃに撫でてきた。そこには、幾瀬鳶雄()は頼んだぞ、とひっそりと籠められたメッセージを感じ取った気がする。組織の長であるアザゼル先生は結構多忙だ。堕天使の総督が監視をするとなると他の目が気になって当然だし、何か起こってもすぐに動けるわけでもない。それならアザゼル先生とコンタクトが取れる俺が間にいれば、気持ち的に余裕もできるだろう。幾瀬鳶雄は先生が唯一知る、フリーの神滅具(ロンギヌス)所有者だ。敵対組織に持っていかれることだけは、彼にとっても避けたいだろうからな。

 

 ……あれ、ちょっと待てよ。先生が鳶雄のことを見ていたのなら、もしかして朱芭さんのこともすでに知っているのだろうか。姫島家と関係があることを知っているのなら、朱璃さんと朱乃ちゃんが二人に会いに行くのもすぐに許可を出してくれそうだ。アザゼル先生が鳶雄のことを知っていて放置を選んでいるとわかった今、別にそこまで隠す必要はないしな。姫島との関係だって、半年前にとっくに切れているんだ。一応、念のために聞いておくか。

 

「あの先生、俺からもそちらに聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

「ん、どうした」

「先生って、幾瀬のお祖母ちゃんの旧姓は知っているんですか?」

 

 俺からの質問に、先生の笑顔が固まった。あっ、これたぶん朱芭さんが姫島の血筋な事を知らなかったパターンだ。

 

「……おい、カナタ。お前何を知っている? もしかして、またお腹が痛くなるパターンじゃないよな?」

「えっと、取説いります?」

「手際よく自分の取説を取り出す生徒に、先生お前の将来が本気で時々心配になってくるわ」

 

 説明後、「姫島ェ…」という表情で虚空を見つめられました。まぁ九年間も『雷光』で揉めていた当事者だからね。そこに『狗』まで追加である。一年前に朱雀へブッパした時も、こんな顔をしていたよ。先生は頭が痛そうに額に手を当てながら、姫島を追放された者同士の親戚付き合いに了承の返事をもらえた。もしもの時の保険に、堕天使の組織所属である朱璃さんと朱乃ちゃんと幾瀬家に繋がりがあれば、色々動きやすいからも理由にあるらしい。

 

 とりあえず、無事に双方の確認も終えることができたため、無慈悲に引きずられていく友人達へ手を振って見送ったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「それじゃあ、今年の夏休みは愛実(まなみ)達が遊びに来るのですね」

「こちらは構わないよ。カナくんのご家族の方には、一度しっかりと挨拶をしたいと思っていたからねぇ」

「ありがとうございます。姉ちゃん達も喜びます」

 

 先生達が去った後、この前姉ちゃんから頼まれていた夏休みの計画について二人に話すと、快く了解の返事をもらえた。日にちも倉本家の都合に合わせて、お盆の頃で問題ないようだ。両親が共働きだから、息子の俺にとっては助かる限りである。以前ディハウザーさんとリュディガーさんと会合した時のように協会が所持する家を借り、表側として違和感がないように配慮もしてくれるみたい。

 

 そういえば表側から見ると、メフィスト様は大企業の社長さんでラヴィニアは社長令嬢みたいな扱いなんだよね。表の世界でもよく名前を聞く企業だから、俺が将来そこの社員になりたいと言えば、結構すんなり信じられたな。あと家族にはメフィスト様の見た目の年齢を考慮して、ラヴィニアの親戚の叔父さんだと伝えている。彼女の両親のことは、倉本家には亡くなっていることをすでに話していた。それもあって、ラヴィニアのことをみんな妹のように可愛がっていたと思う。彼女が少しでも肩の力を抜いて、倉本家で過ごせてくれていたらいいんだけどなぁ…。

 

「その、家族のことでお手数をかけてしまってすみません」

「ハハハっ、気にしなくていいさ。せっかくだから、外に出てみんなでバーベキューをするのも楽しそうだねぇ」

「あっ、バーベキューなら任せてください。バーベキューをするなら、ちゃんと前菜を用意して、デザートに栗の粉で作ったお菓子(カスタニャッチョ)も作って…。これはイタリア人の血が騒ぐのです!」

 

 キラキラとした目で、バーベキューについて熱い情熱を向けるパートナー。ラヴィニアって、意外とイタリア人根性が満載というか、お祭りとか好きだよね…。

 

「むぅー、ズルーい。リンもバーベキューをやりたぁーい!」

「お前、食い物の話になったら急に入ってきたな…。でも、お盆の時はさすがに無理だし……。じゃあ、今年の朱乃ちゃん達との海の旅行の時にもバーベキューをお願いしようか。そっちも大人数になりそうだから、お肉も海の幸も一緒に食べられるぞ」

「おぉー、やるやるっ! お肉をいっぱい食べるのぉー! ……ところでカナ、海って所へ行ったら巨大な塩水の塊に襲われたりしないよね?」

「しないから」

 

 冥界には海がないから、リンにとっては初めての海になる。未知なる海に、さすがのドラゴンも好奇心と一緒に不安もあったらしい。人間界で海についての情報は調べていたみたいだけど、色々すごい誤解をしている。炎のドラゴンであるリンは、水の中を泳ぐという行為自体したことがない。自分の本来の体格以上に広大な水なんて、初めて見るだろうしな。朱乃ちゃんとの約束もあるし、リンが海を見てパニックにならないように先に本物を見せておいた方がいいかも。

 

 

「ふふっ、すっかりリンちゃんの保護者ですね」

「そうかな…? 主なのに、毎回使い魔に振り回されている気がするけど」

「カナくんは主として、よくやっていると思うよ。ドラゴンを使い魔にするのが難しい理由は、契約をすることもそうだけど、契約をしている間のドラゴンの手綱を握る難しさにあるからねぇ。ドラゴンは己を最上の生物である、という自負を生まれながらに持っている。そんなドラゴンが、他種族へ頭を下げることは滅多にない。だから主に対する不満が溜まれば、あっさりと反旗を翻す危険性が高いんだ」

 

 さらにドラゴンらしく尊大な態度は健在で、マイペースで自分の意見はしっかりと通そうとする。しかもドラゴンは自分に興味のあることしか基本動かないので、こちらの言うことを聞かないこともしばしば。少しでも自尊心の高い相手だと、とてもパートナーとしてやっていけないだろう。原作のアザゼル先生も、ファーブニルとの契約のためにすごいお宝を毎回プレゼントしていたし、アーシアさんも諦観の眼差しでパンツを捧げていたな。

 

 あと、食費だって結構馬鹿にならないし、ドラゴン的なパワーでうっかり壊しちゃった物の修理費を出すこともよくある。興味のあることには物欲も働くから、遠慮なく欲しいものは欲しいと言ってくる。ぶっちゃけ主側にお金の余裕がないと、ドラゴンの不満を解消できないためとても養えないのだ。リンのために一月数百万ぐらい普通に飛ぶからな。俺の金銭感覚がズレたのって、絶対その所為もあると思う。

 

「自分が契約していてアレですけど、ドラゴンとの契約ってすごく大変ですよね…」

「そうだねぇ。だからこそ、ドラゴンと契約できるほどの魔法使いはそれだけで大きなステータスとして見られる訳さ。それにカナくんは魔王の弟子だと冥界の一部では知られているし、『変革者(イノベーター)』としての表向きの固有能力も有名になってきている。それこそ一部の上級悪魔から、『変革者(イノベーター)』と魔法使いの契約はできないのか、と逆に聞かれているぐらいだよ」

「えっ!? それって悪魔との契約のことですか?」

 

 メフィスト様からさらっと伝えられた内容に、驚きから思わず声をあげてしまった。そういえば、俺は魔法使いだから悪魔との契約だって普通にあり得るのだ。原作でもグレモリー眷属が、魔法使いと契約する場面があった。確か悪魔に契約者として選んでもらおうと魔法使い側が履歴書を提出して、向こうに選考してもらうんだよな。原作時の若手悪魔の皆さんが超有名悪魔だったこともあるけど、ものすごい量の選考書類が届いていた記憶がある。……あれ? でも、俺は悪魔へ契約書類なんて書いたことないよな。それなのに、悪魔の方から俺と契約できないか、と問い合わせされたってことなのか。

 

「うーん、俺も魔法使いだから悪魔との契約をいずれお願いすることになるんだろうけど…」

「えぇー、やだっ! カナはリンの魔法使いだから、取っちゃだめなの!」

 

 俺がポツリと呟くと、隣からリンに尻尾でバシバシされた。こらっ、普通に痛いんだけど! 一緒にゲームをしたり、鬼ごっこで遊んだり、お菓子を食べたりするから駄目だと言われるが、お前それはそれでどうなの…。俺、一応立場的にはリンの主なんだからな。でも確か、ドラゴンは自分が気にいっている所有物を他者へ渡すのを嫌がる性質らしいと聞くし、リンも俺が初めて自分で契約した人間だから気になるのも当然か。

 

 それに今は朱芭さんとの修行もあって、悪魔と契約している時間がないのは事実だ。そもそも神器の能力はすごくても、魔法使いとしての能力はぺーぺーである。魔法使いのアピールポイントである研究分野だって、全然こなせていない。それで悪魔と契約する、というのも変な気がするかも。

 

「大丈夫だよ、リンちゃん。カナくんが悪魔と契約するのはもう少し先の事になるだろうから。それに、今のカナくんが悪魔と契約するメリットなんてほとんどないしねぇ」

「えっ、そうなんですか?」

「うん。魔法使いが、悪魔と契約する主な理由は三つある。一つ目は用心棒としての後ろ盾。これは僕と魔王、皇帝の後ろ盾をすでに持っているカナくんには不必要だね。二つ目は悪魔の知識や技術を手に入れること。これだってリュディガーくんという最高峰の錬金術師との伝手を持ち、特に何かの研究をしている訳じゃないカナくんには必要ないだろう。最後に己のステータスを向上させるためだけど、悪魔の方からこちらと契約を結びたいという話が来ている時点で十分だろうしねぇ」

 

 なるほど。メフィスト様の言う通り、現在俺が悪魔と契約する必要性は確かにないな。むしろ魔王級の悪魔複数と伝手を持つ俺と契約ができると考えれば、悪魔側の方が得をするかもしれないのか。俺は立場的には、協会の理事長の直属の部下なのだ。メフィスト様と直接の繋がりだってあるし、こちら側も慎重に相手を選ばないといけないだろう。それにせっかく契約をするのなら、俺も相手も相互にメリットがある関係を築きたいしな。理事長からの説明にリンも納得したのか、鼻歌を歌いながらまたお菓子に集中しだしたようだ。本当にマイペースだよな、お前…。

 

 

「さて、カナくん、ラヴィニアちゃん。これからの協会での予定も兼ねて、ちょっと今後のことについて話をしても構わないかな?」

「はい、わかりました」

「よろしくお願いします」

 

 メフィスト様の言葉に、二人してビシっと姿勢を揃える。今回俺とラヴィニアが理事長室に呼ばれたのは、正臣さん達の件以外に、今後の流れを確認するためでもあった。ある意味で、俺達にとってはここからが本題かも。俺が先生と狗について話している間に、ラヴィニア個人の要件はすでに終わっているらしい。

 

 俺は改めて気持ちを引き締め、メフィスト様から伝えられるスケジュールを確認していった。どうやら今月も俺の仕事は予約がいっぱいのようで、すでに数ヶ月待ちも当たり前の状況らしい。一部のものや効能だけを消す、というだけの能力なのに、随分盛況だよな。食べ物系なら一部の毒だけを取り除いてくれ、という依頼も結構くる。

 

 メフィスト様が仕事量を調整してくれているので、仕事に追われることなく依頼を受けることが出来る。俺がもうちょっと頑張れば、お客さんを待たせることもないんだろうけど、さすがに平日を表の中学校で過ごしている身では難しい。でも俺も神器の能力をだいぶ使いこなせるようになってきたから、依頼を達成できる数も比例して多くなっている。これなら、もうちょっと依頼数を増やしてもいいかもしれないだろう。

 

「あの、メフィスト様。俺への依頼の件数を、もう少しだけ増やせると思いますよ。光力を使った『概念消滅』のおかげで、複数の物へ一気に能力を注ぎ込むこともできるようになりましたから」

「うーん、それなんだけどねぇ…。カナくんさえ良ければ、新しい『変革者(イノベーター)』としての事業を増やしてみないかな、と思っているんだ」

「新しい事業ですか?」

「カナくんには、今まで『物質から一部の要素を除去する』という仕事をしてもらっていた。そこから拡大して、『物質だけでなく人体からも一部の要素を除去する』仕事ができるようになったと触れ込みたいのさ」

 

 柔和な笑みと一緒に告げられた内容に、俺とラヴィニアは同時に目を見開いた。そのあたりは、かなりシビアな問題であったため、なかなか『変革者』の仕事として請け負えなかった分野だ。元々俺の能力を際限なく使えば、とんでもない混乱を招くと教えられていた。だから、隠す様に一部の能力だけを世間へ公開していたのだ。でも、俺もそろそろ魔法使いとして表の舞台に立つ時期である。ここで働くようになって三年半、少しずつ俺の能力も開示できるところはしていかないと、俺も動きづらいのは確かだろう。

 

「もちろん、上限はつける。キミにお願いしたいのは、表向き『人体にとって有害なものを除去できるようになった』という触れ込みだけさ。あくまで物質除去の延長の力なのだと思わせる。これなら癒しの力や概念にまで力が及ぶことはまだ知られないだろう」

「人体にとって有害なもの…。つまり、今までの物質除去の延長で毒の治療とか病原菌を除去したりするということですか?」

「そうだねぇ。さすがに大々的に告知したら大変なことになるから、まずは一部の界隈へ少しずつ流していく。僕が把握している範囲でだけで行っていくんだ。今までと違って、カナくん自身が患者と相対しないといけなくなるから、当然慎重に進めていくつもりだよ」

 

 メフィスト様からの説明に、俺は口元へ手を当てて考え込む。保護者である彼からの提案なので、俺が心配している範囲はすでに考慮済みだろう。癒しの力の需要の高さは、朱雀からも呆れられるぐらい聞いている。毒の治療や病気の治療、というだけでも相当なヒトが声をあげるだろう。さらに話を聞くと、まずは『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』に所属している人間からのみ依頼を受けていくつもりらしい。

 

 世界最大規模の魔術組織であるためか、それに比例して様々な人が所属している。協会にとって有益な魔法使いは、当然ながら保護したいと考えている。だが、他の異種族とは違って人間は弱い。毒や呪などでぽっくり亡くなったり、病気で引退せざるを得ないケースが出てくる。裏の世界は危険が多いため、入れ替わりだって激しい。だから自分の組織の人間にぐらい、俺の能力を使ってもっと頑張ってもらいたいということか。

 

「外に出すにはまだ危険だけど、カナくんの力を内に使う分にはそろそろ解禁していってもいいだろう。同じ組織の魔法使いを、とにかくこちら側の味方へ引き込みたい。『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』でのみ受けられる治療者(ヒーラー)。そこからスタートしていくつもりさ」

「協会内の魔法使いにだけと絞れば、メフィスト会長の手の中なので安全は確保しやすいのです。それにカナくんを外へ出す危険もありませんし、口止めもしやすいと思います。……癒しの力に対する世間の反応は絶大です。どこの時代、どこの誰でも癒しの力とは究極のテーマの一つに分類されています。その恩恵を受けられると考えれば、協会内のカナくんの地位は揺るぎのないものとなるでしょう」

「その分、当然危険も増える。正臣くんの転生をこの春にお願いしたのも、協会でのカナくんの護衛として基本ついてもらうためでもあった。この三年で護衛任務を十分にこなしてきた実績もあるからねぇ」

 

 今までの正臣さんが行ってきた協会での貢献が、巡り巡って俺へ繋がっていたことに何とも言えず頬を掻いてしまう。相変わらず、無駄なく人材を運用する方である。こうして俺に声をかける前には、だいたいの調整はすでに済んでいるのだろうな。あとは俺の覚悟次第なあたりとか。少しでもメフィスト様や協会への恩返しがしたい、と考えている俺にとって、今回の提案は必要なことだと思っている。また俺の預金通帳の残額が、とんでもないことになりそうな予感だけは、ヒシヒシと感じるけど。

 

「……わかりました。俺も協会の魔法使いさんのためになるなら、協力したいです。病気や毒で苦しんでいる人がいるなら、助けてあげたいですし…」

「ありがとう、カナくん。だけど、絶対に根を詰め過ぎるようなことはしないように。治療はそれだけキミの精神に負荷がかかる。カナくんはなまじ特殊な能力を持っている分、他者の分まで一緒に背負おうとする癖があるからねぇ。ラヴィニアちゃん、そのあたりの手綱は握っていてもらってもいいかな?」

「はい、任されたのです」

 

 真っ直ぐに俺へ釘をさすと同時に、ラヴィニアにもお願いされてしまった。こういう問題に対する、俺への信頼度は低い気がする。今まで助けたいからという理由だけで、色々なところへ我武者羅に首を突っ込んできた実績があるからだろうけど。実際に神器症の件でも自分で勝手に動いちゃっていることもあるし、メフィスト様の懸念は当たり前かもしれない。本当に申し訳ありません。いつも保護者として気遣ってくれて、ありがとうございました。

 

 それから、もっと詳しくメフィスト様からの話を聞き、ラヴィニアと一緒に質問を挿みながら、今後の予定についてどんどん詰めていく。こう言っちゃアレだけど、リーベくんの治療を考えていた俺にとって、他者の身体へ合法的に能力を使用する機会が出来たのは渡りに船だったのだろう。いくら治療が出来るようになったからって、いきなり人体へ試せるかと言われると自信がなかった。ここで治療を経験して、俺自身もスキルアップをしていきたいと思う。

 

 

「それにしても、カナくんももう中学三年生かぁ…。初めて会った時が小学六年生の頃だったから、なんだか感慨深く思っちゃうよ」

「そう言われると、俺も魔法使いとしてそれなりに馴染んできたように感じますね」

 

 あれからしばらく経ち、ようやく話が一段落したため、ラヴィニアが入れてくれた紅茶を飲みながら、みんなで一服するような空気が流れる。リンはお菓子を心行くまで食べられたからか、余は満足じゃという表情で完全に寝てしまっていた。このドラゴン、最近本当に菓子しか食っていない気がするんだが。健康がちょっと心配である。教育パパらしい赤龍さんにちょっと相談しておこう。

 

 そんなことをのんびり考えていたら、ふとメフィスト様がこちらを見ていることに気づく。赤と青の神秘的な瞳が細まり、優し気な表情が窺える。でも、何となくざわざわしたような気持ちが突如沸き上がってきた。何だろう、たぶんちょっと空気が変わったような感覚がある。俺はそっと窺うように、メフィスト様と目を合わせた。

 

「それでね、カナくん。実はもう一つ、キミに決めてもらいたいことがあるんだ。これに関しては、協会への義理などを考えず、キミ自身が選んだ答えを欲しいと思っている」

「俺に、決めて欲しいことですか?」

「そう、キミの近い将来についてだ。今年でカナくんの義務教育も終わる。来年になれば、世間的には自分の足で自立を考えていく時期だろう。たぶんカナくんの考えでは、協会での仕事を考慮して、自分の家の近くにある高校を受験しようと考えているんじゃないかな、と思っているんだけど」

「えっと、はい…。おっしゃる通り、そのまま陵空(りょうくう)高校へ進学するつもりでした」

 

 まさか俺の進路についての話になるとは思わず、きょとんとしてしまう。メフィスト様の予想通り、中学と同じように家から近い距離で学校を選ぶつもりだった。きっと俺の友達の多くも、この高校を選ぶことだろう。偏差値はそれなりに高いけど、俺の学校の成績的に問題なく入れると思う。今だって友人達の受験勉強に付き合わされて、先生役をさせられている現状だ。お前ら、どんだけ英語が苦手なんだよ。それに姉ちゃんの母校でもあるから、どういう学校なのかもよく知っている。だから高校選びは、特に何も考えていなかったのだ。

 

「僕はこれまで、カナくんの年齢を考慮して保護者の方と一緒の方がいいだろうと考えてきた。でも、キミもそろそろ一人立ちの時期だ。そこで僕から、カナくんにもう一つの将来の選択肢を与えたいと思う」

「もう一つの選択肢…」

「うん。キミが日本の高校へ進学せず、協会が経営するこちら側の学校へ留学するという選択肢さ」

 

 呼吸が、一瞬止まった。こちらが全く考えていなかった未来の道を告げられ、息を呑んだ俺へ変わることのない相貌が向けられ続ける。頭の中の冷静な部分が、メフィスト様の話したもう一つの選択肢について考えていく。思えば、こうやって表の世界で安念と暮らせていること自体、本来あり得ないほどの待遇なのだ。むしろメフィスト様からしたら、厄介な神器持ちである俺を保護という名目で、さっさとこちら側へ連れて行きたかっただろう。それを彼は、俺のためにずっと待っていてくれていたのだ。

 

 それに、俺が表の高校へ通うメリットは正直あまりないこともわかっている。今だって平日の多くの時間を学校に取られるし、裏の世界の事情で学校を休むのも大変だった。表側の学力に関してはたぶん問題なくこなせるだろうから、むしろ裏側の勉強に集中しないといけないだろう。将来の職だってすでに確定している状況で、高校の学歴や内申に意味なんてないのかもしれない。協会での仕事についても考えれば、ここに住んだ方が安全だろう。

 

 将来的に外国へ働きに行く覚悟はずっとしてきた。だけど、さすがに来年からこっちへ移住するという考えは持っていなかった。当たり前のように、友人達と一緒に進学していくのだろうと考えてしまっていたのだ。今簡単に考えただけでも、俺が日本の高校へ進学するというメリットがないことをわかっていたはずなのに…。それでも、家族や友人達と離れ離れになることに、言葉に出来ない焦燥のような気持ちも湧き上がっていた。

 

「カナくん、もう一度言うけどこれはあくまで将来の選択肢の一つだ。僕はキミが、どちらの道を選んでもいいと思っている。家族や友人達と過ごす時間だって、キミにとってはかけがえのない大切なものだろう。キミは将来、裏の世界へ進むことを選んでくれている。だから表の世界で暮らす穏やかな時間だって、決して無駄にはならないさ」

「メフィスト様…」

「迷わせることを言ってしまったと思う。だけどキミの保護者として、このことを伝えない訳にはいかなかった。タイムリミットはあるけど、将来を決める時間はまだある。急がせる気はないから、じっくり考えてみなさい。キミが進みたい道を」

「…………」

 

 メフィスト様からの言葉に、俺は無言で頷くことしかできなかった。隣でラヴィニアが心配そうに俺の方へ視線を向けているけど、何も言わずそっと手を握って俺の気持ちに寄り添ってくれる。いつもなら勢いで選択することもある俺だけど、さすがに今回はすぐに答えを導き出すのは無理そうだ。俺は深く深呼吸をした後、窓から見える晴れ渡った春空へ目を向けた。

 

 日本では春を彩っていた桜が散り、温かな陽気が感じられるようになった季節。来年、俺はどこで春を迎えることになるのだろうか。今まで変わらずにあったものが、こうやって少しずつ目に見えるかたちで変わっていく。これが成長だというのなら、きっとそうなのかもしれない。こうして、子どもから大人の視点へと徐々に変わっていくのだろう。それに漠然とした寂しさを感じながら、それでも逃げずに選んでいこうと思う。

 

 これは、俺の人生なんだ。俺が選んで歩かなくてどうする。俺は軽く頬を叩いて気持ちを入れ替えると、改めてメフィスト様とラヴィニアへ頭を下げておく。こうやって、迷う俺を優しく待っていてくれるヒト達がいてくれるのだ。だから、ちゃんと考えて答えを出す。俺一人じゃ難しいなら、正臣さんのように周りへ相談すればいい。変わるものと変わらないもの。それを俺自身もしっかり見極めていこう。

 

 麗らかな春が過ぎ、新たな門出が始まった裏世界四年目。こうして閉じられていた俺の世界は、少しずつ光を浴びるように開いていくのを感じたのであった。

 

 


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