えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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 台風で停電や通信が切れないことを祈りながら、しばらく引きこもりな日々になりそうです。みなさんもお気をつけて、お過ごしください(-ω-)/


第百二十六話 紹介

 

 

 

「ふぅ…。いい汗かいたぁー」

 

 あれから正臣さんとの模擬戦が終わり、汗だくになった衣服を協会に備え付けられている魔法力で動く洗濯機に突っ込んだ俺は、シャワー室で汗を流すことにした。研究大好きな魔法使い達は夜遅くまで研究室に籠っていることが多く、家に帰る手間すら惜しんで協会で働くことがある。そういう人達のために、簡単に身体を洗い流せる施設や仮眠室のような場所が協会にはいくつか存在するのだ。一応、協会所属者用の寮や協会への貢献度が高い人には専用の部屋なんかもあるんだけど、誰でも手軽に使えるので俺も時々利用させてもらっていた。

 

 さすがにメフィスト様のところへ会いに行くのに汗臭いままは失礼なので、簡単にでもきれいにしておくのは礼儀だろう。俺は呪文を唱えて魔方陣を浮かび上がらせると、普段から使っているお風呂セットを召喚する。こういう日用品を召喚魔法で呼び出すのは、すでにお手の物だ。魔法ってやっぱり便利である。あんまりゆっくりしている時間はないので、浴びていたシャワーを止めてさっさとシャンプーで髪を洗っておいた。

 

「奏太くん。ここのシャンプー、また品揃えが変わっているんだけど…。これ、普通に使っても大丈夫だと思う?」

「あぁー、不安なら使わない方がいいですよ。下手なのにあたると、とんでもないことになるので」

「……相変わらず、日常的にとんでもないものが置かれているよね。ここ」

 

 そりゃあ、変人の多い魔法使いの協会ですからね。誰でも使用可能な場所だから、研究目的も兼ねて試作品をお試しください、という感じで備え付けの棚に置かれているシャンプーやリンス。ボディーソープもあるけど、物好きや適当な人以外、これらの試作品に触れないのが吉だ。効能が本当にギャンブルだから、運が悪いとひどい目にあう。あんまりひどいものを作ったら、協会からペナルティーを受けるみたいだけど、使う側の自業自得もあるからね。時々当たりもあるらしいけど、それでも触らぬ試作品に祟りなしだと思う。

 

「へぇー、珍しい。それじゃあ、魔女宗(ウィッカ)儀式魔法(ウィッチクラフト)が見られたんですか?」

「うん、小規模の集まりだったけどすごかったよ。ただ魔宴……魔女の夜会(サバト)と呼ばれるだけあって男は少なくてね。護衛で呼ばれたけど、ちょっと居心地が悪くてさ…」

「あぁー、お疲れ様です。でも、確か次の春にやる夜会(サバト)は大規模だから、そっちの心配はなさそうですね」

「その分、仕事が大変だけどね。去年だって、怪し気な儀式を計画していたはぐれ魔法使いをどれだけ捕縛したことか…。五月一日の夜会(ヴァルプルギスの夜)は死者と生者との境が弱くなる日だから、色々騒動も起こってね。本当に気が遠くなったなぁー。今年もやっぱり警備に駆り出されるのかなぁ……」

「が、頑張ってください…」

 

 去年の五月ごろ、本当に魂が抜けかけていた正臣さんを思い出し、口元が引きつってしまう。基本どんな仕事でも真面目に取り組む友人が、ここまで重い溜息を吐いている時点で大変さがわかる。きっと思い出を反芻している今の彼の目は、ハイライトが消えかけていることだろう。そろそろ本格的に魔法使いとして表に出る俺からすれば、魔法使い的な行事の参加も見据えなきゃいけないんだろうけど、ちょっと気後れを覚えてしまうのは仕方がない気もした。

 

 先ほどの模擬戦後なので、正臣さんも隣のシャワーブースを使用している。俺は自分のお風呂セットを浮遊の魔法で上の隙間から正臣さんに届けた後、他愛のない会話を交わしながら、しばらくシャカシャカと頭を洗う音と水音だけが響き渡った。佐々木や鳶雄達とバカ騒ぎしながら中学生らしい会話をするのも楽しいけど、裏の事情を理解してくれる正臣さんとの男同士の会話はどこかホッとするんだよな。肩の力を抜いて話ができる同性の相手、という意味では正臣さんの存在は、俺にとってやっぱり貴重だと思う。

 

「それに、今年の夜会では著名な魔法使いの護衛を引き受けることになりそうでさ」

「正臣さんの腕が認められたってことでしょうけど、責任重大ですね」

「ははは、うん。でも、さすがに腕だけじゃ足りないらしくてね。だからその日までに、僕自身の確かな地位も築いとかないといけないそうなんだ」

 

 キュッと、シャワーのバルブを止める音が隣から聞こえた。俺も髪を洗っていた手を止める。彼が告げた、確かな地位の確立。今の正臣さんは、表向き『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』が雇った元教会の戦士という肩書きしかない。どれだけ剣の腕前が認められても、信用を勝ち取るのはなかなか難しいだろう。そんな彼が周りから認められるだけの地位を手に入れる方法は、ただ一つだけ。

 

「……疑似仙術もだいぶ使いこなせるようになった。協会での貢献度も高まった。だからそろそろ頃合いだろう、とメフィスト会長から告げられたんだ」

「『悪魔の駒(イービル・ピース)』を使った悪魔への転生、ですか」

「うん。たぶんこの半月の間に、僕は『ヒトをやめる』よ」

 

 シャワーブースに遮られているため相手の表情はわからない。正臣さんの言葉があまりにもあっさりとしていて、どう反応を返せばいいのか戸惑う。元教会の戦士である八重垣正臣さんがメフィスト様の眷属として悪魔に転生することは、三年前から決まっていたことだった。彼自身の意思で、クレーリアさんとこれからを生きるために、大切なヒトを護れる力を手に入れるために、『ヒトであることをやめる』選択をした彼の道。

 

 最古参の大悪魔の眷属。その肩書きは、決して軽いものではない。その機会を手に入れることが出来た正臣さんは、きっと幸運なのだろう。悪魔の恋人がいる人間の彼にとって、このチャンスを逃す訳にはいかない。転生の許可が出たということは、三年間の実績がようやく認められたということなのだから。彼が転生することを選んだのは、すでに聞いていた。理解はしていた。

 

 だけど、俺は何を言えばいいのか一瞬わからなくなった。素直に「おめでとう」と祝えばいいじゃないか、と頭では考えていても、それを口に出すことに何故か躊躇がある。彼が悪魔になることに偏見はないはずなのに。それでも、友人が人間から別の種族に変わってしまうことに、心のどこかで……寂しさを感じてしまっていた。

 

『奏太さんが求める私の持つ技術を、あなたへ託します。私が生涯を懸けて築いた秘術の全てです。そしてあなたに求める対価は、……たとえ鳶雄が『ヒト』を終えることになったとしても、どうかあの子の傍にいてあげてほしいことです』

『ヒトを、終える…』

『あの子の神器は、そういうものなのよ』

 

 一年前に聞いた朱芭さんの言葉が、不意に浮かび上がった。『ヒトを終える』者と、『ヒトをやめる』者。その過程に違いはあっても、行き着く先は同じだろう。そのヒトの背負っているものは、バラバラで全く違うものだ。その覚悟も、比べることは決してできない。

 

 俺はシャワーの音で誤魔化しながら、一拍だけ深く息を吐き出した。……大丈夫、突然だったから驚いてしまったけど、俺もちゃんと向き合う覚悟はつけてきたつもりだ。正臣さんが悪魔に転生することで、変わるものはいっぱいあると思う。だけど、変わらないものだっていっぱいある。それを忘れなければいい。俺は、正臣さんの友だちなんだ。彼がヒトをやめたって、それだけは決して変わらない。

 

 

「……そっか、ついにですね」

「うん。ついに、だね。本当ならやっと、って思わないといけないのかもしれないけど…」

「いいんですよ、きっとそれで」

 

 『ヒトをやめる』ことは、正臣さん自身で選んだ道だ。ようやく叶った目標に嬉しい気持ちだってあるだろう。だけど、少しぐらい戸惑う気持ちだってあると思う。それを不安に思ってもいいと思う。俺はその気持ちも含めて、全部受け入れてやればいいだけなんだから。

 

「相談があっても、特に何でもなくても、いつでも連絡を下さい。友だちなんですから」

「……うん、ありがとう。その時は、よろしく頼むよ」

 

 たぶん、言いたいことは言えたと思う。再びシャワーの流れる音が耳に入り、ホッと息をつく。正臣さんなら、きっと大丈夫だろう。彼にはクレーリアさんが傍にいて、メフィスト様という頼れる主だっている。微力ながら、俺も友だちとして支えてみせる。悪魔に転生したって、これからも一緒に歩いて行けることに変わりはないんだから。

 

『これから先の未来で辛くて、悲しい思いだってたくさんすると思う。だけど、それに負けることなく鳶雄には自分自身の足で未来を切り開いていってほしいの』

 

 ただ、一つ思った。もし鳶雄の前に『ヒトを終える』選択肢が現れたその時は、せめて選ばせてやりたいと。それがあいつの運命なのだとしても、自分の意思で『ヒトを終える』ことを選べるように。それまでは、俺があいつを『ヒト』でいさせてやりたい。友人として、先輩として、朱芭さんの弟子として。

 

 シャワーを止め、水気を払うように頭を振りながら、俺は一つの決心を静かに胸へ抱いたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「そっか、正臣から転生のことを聞いたんだ」

「クレーリアさんも知っていたんですね」

「正臣と一緒の時に、メフィスト会長から聞いたからね」

 

 シャワー室から出た俺と正臣さんは、洗濯機に入れて洗い終わった訓練用の服をたたみ、『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』から支給されている服へと着替えた。少し手間はかかるが、金色に輝く装飾を一つずつつけていき、その上から灰色のローブを羽織る。最後に認識をズラす効力を持ったフードを被り、壁に立てかけられている鏡で改めて見てみると、まさに漫画とかに出てくるような魔法使いって感じになっていた。多少激しく動いてもフードは取れないようなので、これなら協会内を歩いても大丈夫だろう。

 

 ちなみに正臣さんは黒を基調とした動きやすそうなゴシック系の服で、デザインが少し紫藤さんが着ていた教会の牧師服に似ているかもしれない。エクソシストとして長年働いてきた彼にとって、やはりそっちの方が馴染みやすいのだろう。あと俺と正臣さんとラヴィニアを並べたら、黒、灰、白、と色合い的に揃うようになっている。もし俺が外に出る任務へ行くときは、たぶんこの三人で行動することが多くなるだろう、とメフィスト様から言われたな。

 

 前衛を正臣さん、後衛をラヴィニア、そして遊撃として俺がサポートに動く。こうしてみると、バランスはいいかもな。正臣さんと模擬戦をする以外に、みんなの都合が合えば連携の練習も時々入れていた。それとクレーリアさんは戦闘関連に参加はできないけど、裏方としてブレーンになってくれたり、魔道具の製作を頑張ってくれたりしている。幼い頃からレーティングゲームを研究し、皇帝ベリアルのゲームを誰よりも見続けてきた彼女の戦術は、思わず舌を巻くこともあった。

 

「たぶん、今日私たちが呼ばれたのって、正臣の転生について改めて話すためじゃないかな? あと、私たちに紹介したいヒトがいるみたいで、一週間ぐらい予定を空けておいて欲しい、とも言われたかな」

「えっ、一週間もですか? それに二人に紹介したいヒトって…」

「うーん、誰なんだろうね。あっ、でもその紹介したいヒトは、カナくんもよく知っているヒトだって言っていたよ」

「俺がよく知っている…?」

 

 約束した時間に間に合うように、理事長室へ向かう廊下をクレーリアさんと会話しながら進んでいく。そして彼女から聞いた話に、訝し気に首を傾げてしまう。この二人に紹介するような俺の知り合い。たぶん、協会関係者ではないと思う。そうなると、あとは魔王・ドラゴンの王様・堕天使の総督と幹部勢・魔法少女ぐらいしか思いつかない。俺の人脈が相変わらずひどいな。

 

 しかし、俺が知っているヒトで、メフィスト様があえて誰が来るのかを二人に伝えていないことが気にかかる。メフィスト様なら、そんな回りくどいことは普通ならしない。必要なことはしっかり伝えてくれるお方だ。逆に言えば、必要だから隠したということになる。魔王様や龍王様の来訪を隠す必要はないし、魔法少女は訳が分からないと考えれば、残る選択肢はたった一つだけ。……えっ、マジか。

 

「マサは、悪魔になるのかー。リンは悪魔の先輩だから、魔力の使い方を教えてあげるぞー」

「ありがとう、リンちゃん。その時はよろしく頼むね」

「任せろー」

 

 一瞬嫌な予感が過ぎったが、前を歩く俺達の後ろから、リンにじゃれ付かれている正臣さんとの会話が聞こえてきた。さっきまでクレーリアさんにお菓子をつくってもらっていた俺の使い魔は、存分におやつタイムを堪能できたようで上機嫌のようだ。でも魔力の訓練は、悪魔に転生した正臣さんには確かに必要だろうな。日常的な使い方ならクレーリアさんと訓練すればいいけど、戦闘方面で魔力を使うならリンがいた方がいいだろう。

 

 そんな後ろの会話に一緒に聞いていたクレーリアさんも参加し、魔力の活用方法について話す三名に俺は無言で目を向ける。何となく、この二人のことを待っているだろう人物に心当たりがついてしまったが、これは確かに言えない、とメフィスト様が秘密にした理由に同意してしまった。そして、一週間もその人物に振り回されることが確定してしまっている二人に、俺は静かに黙祷を捧げる。そうだよね、メフィスト様の眷属になるなら仕方がない運命だ。四年前に俺も通った道なので、ぜひ頑張ってもらいたいものである。

 

 そうして、理事長室まで着いた俺達はノックをしてから入室し、部屋の中で待つ三人と目が合ったのであった。

 

 

「やっ、よく来たねぇ」

「あっ、みなさん。待っていたのですよ」

「すみません、ちょっと時間ギリギリになってしまいました」

 

 ペコリと一礼してから入室すると、柔和な笑みを浮かべて手を振るメフィスト様と応接用のソファーに座っていたラヴィニアから声をかけられる。座っているからちゃんと確認はできないが、ちらっと見た限りラヴィニアの身長がぐんぐん伸びている心配はなさそうだ。さすがに年下の女の子に見下ろされるのは、俺のせめてもの年上的なプライドを護るために死守したい。他に勝てるところがほとんどないからなぁ…。

 

「カナくん、そのローブを着たのですね。よく似合っています」

「そうかな、ありがとう。見た目より動きやすくてさ、さすがはファンタジー素材」

「ふふっ、そのローブには軽量や防護などの付与(エンチャント)が色々ついているのです。それに魔法力を高める効果もあるのですよ」

「へぇー。ラヴィニアのローブにも?」

「はい、私のローブは神器の関係で寒暖の変化に強い素材で出来ています。ただ、最近はちょっときつくなってきてしまったので、新しいものを頼んでいるところなのです」

 

 そう言って、胸のあたりをぺたぺた触り出した天然少女に、俺はサッと視線を逸らした。そういうことをさらっとしないの! 幼少の頃は神滅具の影響もあってあまり親しい友人ができず、グリンダさんのところに引き取られてしばらくは森の中で暮らし、協会に来ても同年代はほとんどおらず大人の中に混じって過ごす。そんな状態だったので、ラヴィニアの情緒教育はかなりズレてしまっているのだ。

 

 この四年間でなんとかラヴィニアに男女の距離感を説いたり、服装に興味を持ってもらったり、相棒で心頭滅却しながらマジで頑張った。寝ぼけ癖はもう大目に見るから、夜寝るときはせめてパジャマは着なさいと、二人で買い物へ行ったときに購入したな。ちなみに色違いのお揃いの寝間着になってしまったのは、ラヴィニアの「友だちとお揃いの服」というキラキラ光線に負けただけで他意はない。あれは勝てない…。

 

「くくくっ、考えていることが丸わかりだぞ、青少年」

「うっさいです。というか、やっぱり紹介したいヒトって先生のことだったんですね」

「おう、ようやくこっちも時間が取れてな。そいつがメフィストの眷属になるなら、俺との関係もバラしておいた方がいいだろ?」

 

 そして、ラヴィニアの向かい側のソファーに足を組んで座っていた三人目の人物。金髪の前髪と切りそろえられた黒髪に、精悍なワインレッドの瞳を面白そうに細めた男性。メフィスト様とお酒を飲み合うぐらい仲の良い友人で、俺とラヴィニアの神器の師匠で、だいたいの騒動の原因とも呼ばれるトラブルメーカー気質。俺は肩を竦めて溜息を吐くと、入り口で未だに固まって動けないでいる正臣さんとクレーリアさんへ視線を向けた。

 

「正臣さん、クレーリアさん。入り口の扉を閉めたいので、そろそろ稼働してもらってもいいですか?」

「……うん、知ってた。カナくんの人脈が、もはやグレートレッド並なことを知ってた」

「人を別次元の生物みたいに言わないでください」

「やっほー。そーとく、おひさー!」

「あっ、やっぱり堕天使なんだ、そのお方。しかもトップが出てきた…」

 

 しくしくと涙を浮かべるクレーリアさんと、乾いた笑みを浮かべる正臣さん。言っておきますけど、このヒトを呼んだのはメフィスト様ですからね。俺はちょっと師弟関係があるだけですよ。そう言ったら、堕天使の総督相手にそこまで気安く話せている時点でダウト! と二人してビシっと指を差された。息ピッタリだな、このバカップル…。

 

 

「さて、自己紹介といこうか。俺は『神の子を見張る者(グリゴリ)』の総督をやっているアザゼルだ。メフィストとは飲み仲間で、そしてこのバカの先生を四年ぐらいやっている」

「ク、クレーリア・ベリアルです…」

「八重垣正臣です。それにしても、魔法使いの理事長と堕天使の総督が飲み仲間…」

「当然理解はしていると思うけど、他言は無用だよ。大変なことになっちゃうからね」

 

 ウインクして軽い調子で二人に忠告をするメフィスト様に、裏の世界の常識をひっくり返されて頭を抱え出す常識人二名。クレーリアさんも正臣さんも、恋愛以外は悪魔と教会の常識の中で育ってきたヒト達だからな。自分達が仕える主の予想以上のマイペースぶりを、今更ながら実感したようだ。あと、「さすがは奏太くんの保護者だ…」としみじみと納得しないでもらいたい。何で俺が基準なの?

 

「というより、四年前からって…。それって私たちが来る前からですよね」

「おう。つぅーか、一方的だが俺はお前らのことを知っているぞ。それこそ、そこの『尻尾頭(しっぽあたま)』とは直接会ったことだってある。なんせ『あの事件』に俺も関わっていたからな」

 

 アザゼル先生の言葉が予想外だったのか、さすがにギョッと二人の目が見開かれる。表向き悪魔と教会だけが関係していたとされた例の事件は、全てなかったこととして処理された。しかし裏で魔法使いの協会が暗躍していたことを彼らは知っていたが、さらに堕天使の組織まで介入していたとは思っていなかったのだろう。先生の告げたヒントに考え込んだ正臣さんは、まさか!? という表情で口元を引きつらせた。

 

「あ、あの時突然現れた、謎の巨大ロボット…」

「ロマンだろ」

 

 ビシっと親指を立て、効果音が出そうなほど爽やかな笑顔で歯を見せて笑う堕天使の総督。この大人、マジでガッツリと楽しんでいましたからね。ノリでロボを作っちゃって、さらにお祭り気分で乱入してきた事実。当時の緊迫した状況との対比に、正臣さんがものすごく項垂れている…。えーと、どんまい。

 

「さて、挨拶はこれぐらいでいいだろ。とりあえず、メフィスト。こいつら二人はしばらくこっちで借りるがいいんだな」

「えっ?」

 

 先ほどまで現実逃避していた二人は、先生の「借りる」発言に目を瞬かせていた。俺も驚いたが、一週間という期日をクレーリアさんから聞いていたので、それ関連かと察する。しかし挨拶までは理解できたけど、どうしてアザゼル先生が正臣さん達を預かることになるんだ。呆然とする二人のためと、自分の疑問を解消するために、俺はおずおずと口を開いた。

 

「メフィスト様、アザゼル先生、どういうことですか?」

「率直に言うと、正臣くんの戦力強化のためかな」

「簡単に言えば、その尻尾頭には実験と試験に付き合ってもらいたいんだ。戦闘技術に極振りしている、と言われるぐらいのセンスがあるんだろう。しかも疑似とはいえ、仙術も使えている。カナタの場合、神器がある(過保護な保護者がいる)から下手に弄れ――ごほんっ! 調べられなかったからな。ベリアル家の令嬢には、『無価値』の能力で色々手伝ってもらいたいこともある」

「あれっ!? 僕さらっと実験体にさせられそうになっているッ!?」

 

 青い顔でツッコミを入れる正臣さんを見て、俺は泣き叫びながらグリゴリへ連れて行かれた匙さんとギャスパーさん(被害者達)を思い出してしまった。

 

「……アザゼル先生。ま、まさか正臣さんに鉄球を打ち込んで、改造手術でグリゴリ怪人にして、段ボールと合体させて、最後にミサイルを発射させる気じゃ…」

「!? ――!?!?」

「カナくん、怪人ってどういうこと!? 段ボールとミサイルはどこから出てきたのっ!? 正臣、悪魔になる予定だったのに、全く違う生物にさせられちゃいそうなんだけどっ! 自分だけで戦慄していないで、色々説明してよぉぉっーー!?」

「わぁ…、カオス」

 

 ラヴィニアの膝に座って二人でお菓子を食べていたリンの声が、ポツリと室内にこだました。

 

 

「安心しろ。今回改造する気はねぇよ」

「今回って言ったぞ、このヒト」

「話の腰を折るな、お前は。本気で話が進まなくなるから」

 

 先生から呆れたように言われたが、明らかにツッコミどころがありすぎる内容の所為だろう。正臣さん、真面目に顔色が悪くなっているからね。相手がラスボス先生だから下手に文句を言えない状態なだけで、ものすごく逃げ出したそうである。縋るようにメフィスト様に視線も向けている。それにこほんっ、と咳払いをした理事長に、全員の目が向かった。

 

「正臣くんに頼みたいのは、アザゼルが先ほど言っていた実験と試験だけだよ。もちろん、さすがにそれだけだと申し訳ないから、ちゃんと見返りを用意してもらっている」

「見返り、ですか……?」

「まだまだ試作品ではあるが、今の俺が作り出せる最高の逸品だ」

 

 アザゼル先生は応接用のテーブルの上に手を掲げると、魔方陣を呼び出して召喚魔法を行使した。片手間で複雑に編み込まれた魔方陣を展開した先生に、やっぱりラスボスは伊達じゃないなぁー、とのんびり見ていたが、魔方陣から現れた『それ』に俺は息を呑んだ。この部屋にいるみんなの視線も『それ』に釘付けになり、唾を呑み込むような音が聞こえた気がした。

 

 そこに現れたのは、二本の漆黒と白銀の刀だった。その色彩と波打つような波紋の美しさもあるが、俺が目を離せなかったのはこの刀達に宿る別のオーラの存在。まるで生きているかのように鼓動を感じる。ただの刀ではないのは、誰の目から見ても明らかだ。だけど、紫藤さんが持っていた聖剣とは何か違う。魔剣と呼ばれるものかとも思ったが、それも違う気がする。どちらかといえば、……俺が持つ神器に近いような気がした。

 

「この刀は、いったい…」

「グリゴリで研究し、現在開発に力を注いでいる分野だ。俺達が神器(セイクリッド・ギア)を研究し、集めているのは周知の事実だろう。そこで神器所有者を保護して戦力に加えたり、宿主から抜き取った神器を活用したりしているが、……はっきり言って戦力にはなっていないのが現状だ。そう周りへ思わせるように、表向きし向けている。しかし、裏で俺達は別の角度から新たな神器の可能性を模索していた」

「新たな神器の可能性ですか?」

人工神器(アティフィション・セイクリッド・ギア)。聖書の神ではなく、俺達の手で作り上げた人工的な神器だ」

 

 アザゼル先生から告げられた事実に、みんなの目が呆然と刀を見据えている。ラヴィニアも初耳だったのか、人工的に作られたという神器に口元に手を当てて驚きを表していた。俺はマジマジと刀を見つめ、これが原作でアザゼル先生が開発し、シトリー眷属のみんなが使っていた人工神器かと納得を浮かべる。まさかこの時代からすでに作られているとは思っていなかったけど、原作ではすでに実働レベルにまで動いていた。なら、雛型ぐらいできていてもおかしくはないだろう。

 

「なんだ、カナタ。あんまり驚いていないな」

「えっ…。あっ、いえ。見た瞬間、なんだか神器みたいだな、って思ったものですから」

「相変わらず、勘がいいな。だが、お前の感覚を持ってこれを『神器』だと判断できるぐらいには、俺達の研究は成果を出せているってことか」

 

 顎鬚(あごひげ)を撫でながら、嬉しそうに口元を綻ばせる先生。おそらく原作でシトリー眷属のみなさんが使っていたレベルの能力はまだないだろうけど、それでも一般的な魔剣と比べたら破格の性能を持っているのは間違いないだろう。意思を持つように脈動するオーラからは異能の力を感じるし、神器自体が生きているような感覚から宿主との同調による能力強化もおそらくできると思う。

 

 教会を追放され、着の身着のまま協会へ辿り着いた正臣さんは、これまでずっと愛用してきた刀を大事に使っていた。しかし、使用している武器自体は、名刀ではあるが特に名を持つものではなかった。名のある名刀や魔剣を手に入れるのは非常に難しい。それこそ、コネや金や運だって必要だ。正臣さんは自分に合いそうな刀や魔剣は常々探していたようだけど、なかなかこれだ! と思うものは見つからなかったと聞いている。

 

 おそらくだけど、メフィスト様の頼みを聞いて正臣さん用に調整して制作されたのがこの刀なのだろう。そして、先生が言っていた実験や試験というのも、人工神器に関することなんだと思う。確かに正臣さんは、どんな武器でも使いこなす器用さがあり、戦闘センスも非常に優れている。グリゴリで作った試作品のテストを試すのに、彼の器用さは適任だと感じた。ジッと刀から目を離さず、魅入られたように見つめていた正臣さんは、恐る恐るアザゼル先生へ向けて口を開いた。

 

「この刀を、報酬にいただけるのですか?」

「あぁ、一応お前さん用に調整はしてあるつもりだ。そして、この刀を使ってもらうのも、ある意味実験の一つなんだよ。俺達は作るのは専門だが、あいにく使いこなすとなると手が届かなくてな。せっかく丹精込めて作っても、ろくな使い手がいないんじゃ宝の持ち腐れだ。さらに改善点や見直す点が分からないと、次のステップに進むこともできない。だから、お前さんのように武器を選ばず、さらにどんな武器でも使い手として申し分ない実力を発揮できる器用さは、是非とも借りたいと思っている」

「なるほど…」

 

 正臣さんは無言になり、しばらく真剣に考え込んだ。それからクレーリアさんの方へ顔を向け、お互いに目で会話をしているみたいに頷き合っていた。メフィスト様が戦力の強化を目的にしているって言っていたけど、この依頼は正臣さんだからこそ受けて欲しい、とも思ったんだろうな。

 

 この人工神器は、正臣さんとの相性がかなり良い代物だ。上手くいけば、必要な場面によっていくつもの人工神器を使い分けることだってできるかもしれない。人工神器は装着者との相性の有無はあっても、使い手を選ばない自由さが強みだろう。疑似禁手に至るには、さすがに修練が必要だろうと思うけどね。

 

「あの、アザゼル総督。先ほどの様子だと、仙術の研究もしたいとのことでしたが…」

「まぁな。仙術に関する多少の知識はあっても、俺達にとったらほとんど未知の力と言ってもいい。それを解明するために、そして敵として現れた時の対処法を練るために、色々調べておきたいことなんて山ほどある」

「でも、いくら私の能力で邪気を消しているとはいえ、あまり乱用は……」

「その心配もわかるがな。逆に研究して解明していくことで、邪気を取り込まない対処法を編み出したり、こっちで補助具を作ったりすることだってできるかもしれねぇ。今の手探り状態のままやるよりも、協力し合ってみるのもいいと思うぞ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべたアザゼル先生は、クレーリアさんの不安に対して、ズバッと切り返していった。さすがというかなんというか、相手へのアピールポイントをよく捉えている。リスクは確かにあるけど、決して無駄にはならない。それどころか、大きなリターンとして返ってくる可能性の方が高い。アザゼル先生の実験や試験とか不穏要素が満載だけど、大切なものを護れる強さを求めていた正臣さんにとって、今回の提案はまさに渡りに船ではあったと思う。

 

 そうして、悩んだ末に二人は頭を下げてアザゼル先生の実験に付き合うことを選んだようだ。リターンがとんでもなく魅力的すぎるもんな。その分、確実にリスク(カオス)もすごいことになるだろうけど、二人には強く生きてほしい。アザゼル先生のトラブルメーカーっぷりをよく知る俺とラヴィニアとメフィスト様の目は、慈愛に満ちたものになっていただろう。ちなみに、リンは話に飽きたようでマイペースにお菓子を食っていた。ブレないな、お前。

 

 

「と、いう訳でこの刀はお前さんのもんだ。能力の説明なんかは向こうで詳しく教えてやるよ」

「ありがとうございます。その、この人工神器には銘はあるのですか?」

「当然だろう。その刀にぴったりの名前はすでにつけてある」

 

 やると決めて吹っ切れたのか、新しく自分の武器になった刀をしっかりと手に持ち、興奮したようにしげしげと眺める正臣さん。この素晴らしい刀の名前を知りたい、と期待と尊敬の籠った目で見つめ返す。そして、白と黒の二本の刀を指さし、アザゼル先生はドヤ顔で高らかと告げた。

 

「そいつの名は、閃光(ブレイザー・シャイニング)(・オア・)暗黒の(ダークネス・)双龍絶刀(ツインソード)ッ!! 俺の汗と涙と青春時代の諸々が詰め込まれたロマンの結晶だァァッ!!」

『…………』

 

 あっ、これ『黒歴史ソード』だ。なるほど、まだ聖魔剣の研究が出来ていないから、合体ではなく闇と光のパワーをそれぞれ別に分けて作ってみたのか。この時代なりに先生が工夫を凝らして作った逸品だったのだろう。俺は石のように固まる正臣さんに、静かに黙祷を捧げた。ごめん、正臣さん。たぶん今後、その刀の事は『黒歴史ソード』って呼んじゃっていると思う。

 

 こうして、魂の抜けたクレーリアさんと正臣さんを引きずりながら、堕天使の総督様は高笑いをしながら帰っていったのであった。

 

 


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