えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百十九話 約束

 

 

 

「ラヴィニア、どれを頼むのか決めたか?」

「そうですね…。せっかくのGiappone(ジャポーネ)のデザートですから、ここは抹茶味のワッフルを選ぶのです」

「抹茶は美味いよなぁー。じゃあ俺は、無難にチョコにでもするかな」

 

 日本の都心から少し離れた、とあるおしゃれな喫茶店。心地よい旋律を奏でるオルゴールのBGMが流れる空間にて。温かみのあるフローリング系の床に、テーブルや椅子には木が使われ、壁は石造りで自然の要素がふんだんに使われている店内。上手く仕切りを利用して作られた疑似スペースは、意外と周りの目や耳を遮ってくれている。最初に入店した時は、外国人のラヴィニアの容姿に目を向けられていたが、今はこうして気にせず話が出来るようになっていた。

 

 今回は喫茶店で食事会をする予定だったので、ラヴィニアも普段の白いローブ姿ではなく自分で選んだ私服を着てきている。彼女の場合、マジで裏関係の服装しか持っていなくて、外行き用は数着しかなかったんだよな。それに「可愛い女の子が着飾らないなんて勿体ないわ!」と姉が真剣な目で訴え、オシャレに戸惑うラヴィニアを振り回していたのを覚えている。あの時は助けられなくてすまん。だけど、そんな姉のおかげで色々無頓着だったラヴィニアも、少しずつ『楽しむ』ことを覚えていってくれたのは何よりかな、と思っている。未だに天然なところはあるけどね…。

 

 そんなことを思い出しながら、俺はラヴィニアと一緒にメニュー表を眺めてのんびりとおしゃべりを楽しんでいた。秋の間、彼女はグリンダさんの家へ里帰りしていたため、冬の間は『灰色の魔術師』の仕事関係で忙しい日々を送っていた。今日は休日で、日程を上手く調整し合ったことで久しぶりに丸一日予定があいたのだ。それなら、お仕事お疲れ様会ともう一つの用事も兼ねて、美味しいものをみんなで食べようと話をしたのである。そしてお疲れ様会なら、やはり甘いものだろう。俺も甘味は好きだからな。姫島家には、その後に顔を出す予定だった。

 

 そんな訳で、知り合いに会わないために陵空(りょうくう)地域からほどほどに遠く、あまり人込みに悩まされず、それでいて美味しい甘味が食べられて、裏関係のことを話せるような個室っぽいスペースがあり、さらに子どもだけでも入りやすいお店を探すことにしたのだ。しかし、そんな条件を満たすお店を探すなど普通なら難航するだろう。最初はそれに悩んだが、そこは俺の人脈。こういう一般的な情報にも精通する知り合いがちゃんといるのだ。そう、情報屋をやっている俺の一番最初の師匠である。

 

 年賀状やお土産はいつも届けているんだけど、こうやって依頼を出すのは初めてでちょっとドキドキした。久しぶりに訪れた裏の依頼所で待ち合わせをし、師匠と再会してお互いに近況報告をしたけど、またも朱雀の『取り扱い説明書』が大活躍した。おかしいな、朱芭さんに語った分のさらに半分ぐらいしか話していないはずなのに、師匠の目が死んでしまった。これ以上話そうとすると、ドクターストップがかかると断念。最近冥界で人気急上昇中のアガレス製薬の胃薬をお土産に渡しました。

 

 それからさっそく、「女の子二人と甘いものが食べられる個室っぽい空間のある喫茶店」の捜索を依頼したら、「私の弟子がいつの間にかプレイボーイに…」とよく分からないコメントをもらった。いや、普通に裏関係の友達とお疲れ様会をするだけなんだけど…。依頼料でとりあえず数百万を出したら、頭を叩かれた。「とりあえずで、中学生がポンッと出す金額じゃないわっ!」とツッコまれ、師匠の一般的な感覚に目が覚める思いだった。そうだよ、最近はミルキー関係でポンポン万単位、億単位の出費が続いていたから、うっかりしていた。

 

 未だに増え続ける桁数にビビり、今まで意識的に散財するように心がけていたからなぁ…。さすがは師匠。忘れた頃に、俺にとって大切なことを思い出させてくれる。それから細かく依頼の内容や依頼料の話を詰め、三日あれば条件に合う店を見つけられるだろうと伝えられた。すごい、さすがは本場の情報屋。俺が「やっぱり師匠はすごい!」とキラキラした目を向けると、何故か遠い目をされた。純粋に褒めたのに、解せぬ。

 

「カナくんのお師匠様が、元気そうでよかったのです。選んでくれたお店も素敵ですし」

「おう、メフィスト様やアジュカ様やタンニーンさん、先生達に並ぶ俺が尊敬する大人の一人だからな」

「さすがはカナくんのお師匠様ですね」

 

 ラヴィニアにもグリンダさんという尊敬する師匠がいるからか、お互いにこういう会話は弾むんだよな。俺としては師匠のことをもっと色々宣伝したいんだけど、「本気でやめてくれ」とブンブンと首を横に振られて断られている。きっと師匠もグリンダさんみたいに、あんまり表には出たくない気質なんだろう。堅気というか、自分の力で見合った仕事を選ぶタイプだからそこは仕方がない。文句なしに協会での地位と実力をつけられたら、師匠の弟子として教えてもらえるように俺も頑張らないとな。

 

 

「ところで、今日は朱雀と会うのですよね。先に食事をいただいてしまっていていいのでしょうか?」

「先に食っといていいって連絡をもらっているし、そういう細かい事を気にするやつじゃないよ。姫島の家からいつ解放されるのか時間が明確じゃないから、待たせても悪いって言っていたしな」

 

 そのあたり、あいつはさばさばしているから問題ない。女の子にありがちなそういう気遣いより、合理的に考える方を優先する思考回路だからな。男友達で食べに行ったら、「遅れてくるやつが悪い」で各自で注文し出し、時には遅れてきたやつのメニューを勝手に決めて注文しておく傍迷惑なのもいるからね。さすがにそれはしないけど、朱雀の扱いが男友達と似たような感覚でいいのは素直に助かる。それで女であることを時々忘れそうになって、燃やされかけることが何度かあったけど。自業自得なのは認めているから、特に気にしていないが。

 

「要は、朱雀にはあんまり遠慮する必要はない感じかな。たぶん、本人からも伝えてくると思うけど」

「そうなのですか…。えっと、ちなみに私も遠慮はいりません、と言えばカナくんも遠慮しなくなるのですか?」

「えっ? …………いや、さすがに朱雀みたいにラヴィニアへ雪玉をブン投げるのはなんか違うというか、良心に多大なるダメージがいくことが予想されるというか…」

「む? ……??」

 

 一緒になってどう反応を返したらいいのかわからず、注文したワッフルを口に含みながら首を傾げ合う。ラヴィニアが言う遠慮だが、朱雀みたいな扱いということなら、それはちょっと違うと思うのだ。朱雀なら奇襲で雪玉を投げたり、朱乃ちゃんのことで弄ったり、ゲームで嵌め技を使ったりできるけど、ラヴィニアに同じことはさすがにできない。差別って訳じゃないけど、やはり少しだけ関係性が違うのだ。

 

 何というか、ラヴィニアと朱雀は二人共肩を並べ合う友人同士なのは間違いないんだけど、俺にとってラヴィニアはお互いに助け合う対象で、朱雀は一緒に護るものを護り合う対象なんだよな。ラヴィニアが俺のために動いてくれるのなら、俺は彼女のために動くと約束した。誰かのために一生懸命で、自分のことは遠慮しがちなラヴィニアを支えるのがパートナーである俺の役目なのだ。歩調を合わせて一緒に進むのだから、時に遠慮するのは当然だろう。

 

 一方で朱雀の場合、あいつも誰かのために一生懸命なんだが、自分の道は自分でぶち抜いてでも切り開く女傑思考だから、遠慮していると逆にこっちが大変な目にあう。朱雀も俺もお互いに護り合うことはないが、困った事があったら相談するし、護るもののためなら協力だってして、喧嘩だってする。歩調を合わせて歩かないけど、進む方向は一緒なのだから問題ないと走り抜けていく。たぶん、そんな感じの関係だろう。

 

 そう考えると、朱雀は唯一俺が『護るべき対象に含んでいない同世代の相手』なのかもしれない。あいつのことだから、例え俺がいなくても勝手に元気にやっていくだろうぐらいの信頼というか、適当さを俺は持っている。お互いに「こいつなら大丈夫だろう」という変な信頼関係があるんだよな。実際、俺は何度も燃やされかけたけど、それに関して根に持っていない。そのへん、ラヴィニアやリン、朱乃ちゃんやミルキー達や後輩達は『護るべき対象』に含まれるので、あんまり強く出れない気はした。

 

 なお、正臣さんとクレーリアさんは、色々な意味で『心配してしまう対象』である。あの二人、俺より年上なのにどこか抜けているからなぁ…。携帯一つで「いつでもクレーリアの写真が見られるなんて……!」と戦慄し、祈りを捧げだす元教会の信徒の姿も見られたから。まだ悪魔に転生していなくてよかったね、正臣さん。ちなみに、実績はだいぶ積み重なってきたから、今では協会の守護者として彼の名前もあがってきているらしい。疑似仙術の修行も終盤に差し掛かってきているようだし、……もしかしたら、彼が『ヒト』を止めてしまうのももう直ぐなのかもしれないなぁ。

 

 

「そういえば、ラヴィニアはクレーリアさんや正臣さんのことは何か聞いている?」

「えっ、クレーリアと正臣(マーシャ)のことですか? そうですねぇ…。彼ならこの前協会の代表として、魔法使い同士のシンポジウムに護衛として参加していましたね。マーシャの存在を少しずつ周りへ認知させようとする、メフィスト会長の考えなのでしょう」

「へぇー、そうなんだ。そういえば、年に何回か魔法使いの組織同士で研究を発表し合うんだっけ」

「はい。カナくんにとっても勉強になると思いますので、いずれ参加することになると思いますよ」

「まぁ、俺が発表者側になることはないだろうけど、他の魔術体系に触れておくのは重要だしな」

 

 気になったことを尋ねてみれば、魔法使いらしい会話になっていた。俺の場合、神器による恩恵ばかりで魔法使いとしては見習いもいいところだからな。この世界にある様々な魔法に触れる、というのは大切だ。研究発表会は討論会も兼ねており、方針の違う様々な組織の魔法使い達が熱く議論し合う場所らしい。俺の頭じゃたぶん話についていくのは難しいだろうけど、今後の勉強にはなるだろう。ルフェイ・ペンドラゴンが所属していた『黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)』の近代魔術方式とか、個人的には気になるしな。

 

「それと、クレーリアは『日本式のカフェ』を協会の区域で開こうと考えているそうなのです」

「えっ、それは初耳」

「まだ構想段階ではあるそうなのですが…。協会の方々が開く飲食店って、その…、研究目的が第一な所為か時々とんでもないものもありますよね。安全に外食がしたい、という要望が実は結構あったらしいのです」

 

 あったね、とんでもない飲食店の数々。一週間煩悩(まみ)れになるクレープが普通に店頭で売られている業界。さすがに研究第一の魔法使い達も、命や健康には代えられないよね。

 

「それなら魔導具研究の傍ら、時間がある時は軽食やデザートを食べられる憩いの場所を作りましょうか? という提案をクレーリアの方から出してくれたのですよ。協会に保護してもらっているお礼も兼ねて。あと、グルメなリンちゃんが要望するおやつを作り続けていたら、世界各国のレシピの数や腕前も上がっちゃって、それが振るえる場所が出来るのならこちらにとってもありがたいことだから、とのことでした」

「うちの使い魔がいつもすみませんでした、って頭を下げてちゃんと謝っておく」

 

 協会で召喚した時は、だいたいクレーリアさんへおやつを頼みに行っていたわ、うちのお菓子ドラゴン。完全に人間界の文化に刺激されてしまったリンは、小型化して協会内のパソコンで自らカタカタし、作って欲しいおやつのレシピをクレーリアさんへ届け、主の俺へ材料費の請求をするというやり方を覚えてしまったのだ。いや、俺もおやつを食べたいから材料ぐらい買ってくるけどさ…。ドラゴンは戦いと宝、食べ物を好むと言われているけど、うちの使い魔の興味が『食』に傾き過ぎな件。

 

 そういえば、日本の駒王町に何年も住んでいたから、外国には日本食がないことを嘆いて自分で作ることにしたぐらいだったもんな。それに実績という点でなら、彼女の持つ『無価値』の能力を使った魔導具の解呪・解除が盛況だって聞いたかもしれない。あとお店の従業員として雇うという建前なら、彼女の眷属達を人間界へ呼ぶことだってできるかもしれないし、クレーリアさんも自分にできることを頑張って色々探しているんだろうな。

 

 

 

 そんな風にラヴィニアとの会話を楽しんでいた頃、喫茶店の入店を知らせる小さなベルの音が鳴り響いた。ふと直感で視線を向けると、見覚えのある黒髪のポニーテールが視界に入る。待ち合わせが喫茶店だったからか、ちゃんと違和感のない服装だ。朱乃ちゃんの修行デーだと決まっている日なんて、ジャージで来ることもあるからな。頼むから、由緒正しき家系のお嬢様がジャージで来るなよ。普通に似合っているけど。

 

「おーい、朱雀。こっちこっち」

「あら。悪かったわね、遅くなってしまって」

 

 他のお客さんの迷惑にならないぐらいの声音で呼びかけると、小さく笑いながら俺達の方へ真っ直ぐな足取りで向かってきた。ただ歩いているだけなのに、中学生ながら相変わらず目を引く存在感である。ラヴィニアが入店した時並みの注目度で、さっき来店した金髪碧眼の女の子と同じ席に来たのを見て、周りから微妙に声が聞こえてくる。まぁ、全くタイプが違う美少女が二人揃ったのなら、注目を浴びるのは仕方がないか。俺も他人事だったら、チラ見ぐらいはしただろうし。

 

 そして、パチリと夕陽色と空色の瞳が重なる。俺は二人のことをよく知っているけど、こうして直接出会うのは初めてなんだよな。そう思うと、なんだか不思議な気分だ。お互いの特徴は伝えていたためか、少し目を瞬かせた後、二人はにこりと微笑みを浮かべ合った。

 

「初めまして、私は姫島朱雀。姫島家の次期当主候補であり、奏太とは姫島の改革に向けた共闘関係を築いているわ」

「こちらこそ、初めまして。『灰色の魔術師』に所属する『氷姫』のラヴィニア・レーニなのです。カナくんとはパートナーとして、一緒に頑張っています。よろしくお願いします」

「えぇ、よろしくね。レーニさん、せっかくの同年代の同性同士、よろしければ名前で呼んでも構わないかしら。私のことは朱雀と呼んで欲しいわ」

「はい、もちろんです! 私も同い年の同性の友達は初めてなので嬉しいです、朱雀」

 

 胸の前で手を合わせながら、花が綻ぶように笑みを浮かべるラヴィニアと、胸に手を当てながら、目を細めて上品に微笑みを浮かべる朱雀。二人共複雑な立場だから、家柄や仕事とは関係のない純粋な同性同士の友人関係は初めてなのかもしれない。ラヴィニアは俺が最初の友達だって言っていたし、朱雀は次期当主としての仮面を被らないといけなかっただろうから、お互いに立場とかを気にせずに話せるのは気が楽だろう。

 

 大丈夫だとは思っていたが、二人のファーストコンタクトが問題なさそうでホッとした。朱雀の席だが男の俺の隣はさすがに恥ずかしいので、知り合ったばかりのラヴィニアの隣か、もう一つの席を向かい側に作って三角の形にするか尋ねたところ、普通にラヴィニアの隣で大丈夫とのこと。二人の荷物を俺の隣の席へ置くために受け取り、テーブルに立てかけられていたメニュー表を朱雀に渡した。

 

 

「ほい、今日は二人のお仕事お疲れ様会で俺が払うから、好きなもんを遠慮せずに食べろよ。ラヴィニアはどうする? 俺はアイスでも頼もうかと思っているけど」

「そうね、せっかくなら普段は食べない味を色々挑戦してみたいけど…。今年は継承の儀へのお祝いもあって、手土産や贈り物のお菓子がまだまだ家にたくさんあるのよね……」

「クレーリアの作ってくれたおやつを、リンちゃんといつも食べていますから…」

「えっ、なら相棒を使う? 俺は食べた後の余分なものをいつも消してもらっていて、そういうの全然気にしてこなかったから」

『…………』

 

 あの二人共、何でそんなジト目で俺のことを見てくるんですか?

 

「さらっと大多数の女の子の悩み(地雷)を容赦なく踏み抜いてきたわね…」

「……そういえば、普段の生活から神器さんに助けられていたんでしたね」

「あぁー、うん。確かに相棒のおかげで、食べても太らないし、皮膚のケアもしてくれるし、汗やいらない毛や臭いも消してくれるし、ニキビや肌荒れも無くしてくれるしで、他にも色々助けられているからな」

「さらっとほぼ全世界にいる人達の悩みに全力で喧嘩を売ってきたわね…」

「『美』を追求するのは、世の魔法使いの中にも大勢います。美容方面の能力を解禁したら、カナくんの貯金の桁がさらに跳ね上がるどころか、通帳そのものが記載不能に…」

 

 その怖い予想はやめてください。俺の中の恐怖度ランキングの上位に輝く、『俺の預金通帳の残額』を目にするのが恐ろしくなっちゃうから。師匠のおかげで思い出した金銭感覚が、また狂ってしまいかねない。あとメフィスト様が俺の能力を大っぴらに出せない理由の一つに、マジで『美容』が関わっていたりするからな。『美容』に命を懸ける者は少なくともこの世界には『必ず』いるものなので、収拾が本当につかなくなると言われた覚えがある。

 

 なんというか、俺の神器って戦闘面ではあんまりだけど、こういった生活面を豊かにしたり、付加価値を上げたりする方面には効果覿面(てきめん)だな。こっちが悲鳴をあげたくなるぐらいに。今更ながら俺が渇いた笑みを浮かべると、ラヴィニアも同じように笑みを作り、朱雀は頭が痛そうに手を当てていた。

 

「ラヴィニア。あなた、よくこんなのとずっと一緒にいられたわね…」

「カ、カナくんは良い子ですよ。確かにうっかりで魔法使いに喧嘩を売っちゃうような能力を創ってやらかしたりしますけど、すごく良い子なんです!」

「ラヴィニア、それフォローになっていない」

 

 あうあうと朱雀へ向けてラヴィニアが頑張って言葉を紡ぐけど、「こいつ自分の組織にも喧嘩を売っちゃっているんだ…」的な残念なものを見る眼差しが強くなっているから。それからも、ラヴィニアの天然発言で俺の今までのやらかしを暴露されまくるという展開に双方ともに色々な意味で頭を抱えながら、相棒の能力を使うことが前提のお疲れ様会は始まったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「それで、今回のお疲れ様会はついでに報告会も兼ねているんでしょう。奏太が電話でどうしても直接じゃないと話せない案件があるって聞いたけど」

「あぁー、そうなんだよな。結構色々あったんだよ」

「……待って、たった数ヶ月で色々起こったの?」

 

 三人でデザートを口に含みながら、それぞれの愚痴や世間話をほどほどに語り終わった後、もう一つのメインである報告会を始めることになった。入店当初からラヴィニアがかけてくれていた疎外の結界に重ねるように、朱雀はさらに念のために『祓い』の印を組み、場を整えてくれた。余程の事がない限り、周りからの意識がこれで向くことはなくなっただろう。

 

 さて、神器症の治療のために応援を要請したのは、目の前にいる二人だけだ。保護者組を頼れないため、彼女達に頼むしかなかった現状。彼女達だって自分のことで忙しかっただろうに、俺のために色々時間をかけてくれたのだ。なら、俺がやらかしてしまった事は、包み隠さず話すのが巻き込んだ責任ってやつだと思っている。ただ今回、朱雀にとってはかなり衝撃の事実を知ることになっちゃうけど、大丈夫だろうか。そこだけが心配だ。

 

 朱芭さんとの話し合いで、神器症の話をすでに知っている朱雀とラヴィニアへなら自分達のことを告げるのは構わない、と先に許可を戴いている。あと、このお疲れ様会が終わったら姫島家へ行くので、朱璃さん達にはその時に朱芭さんのことは詳しく語らず、偶然交流を持つことが出来た追放された姫島の方に朱璃さん達のことを話していいかの許可をもらおうと段取りを考える。この時に色々話の流れが難しそうなので、先に朱雀に事情を話して、フォローをしてもらうのが一番だろうと思ったのだ。

 

 そんな訳で、冬も春も数ヶ月に一、二回ぐらいしか来ることが出来なかった朱雀と、姫島家の詳しい事情についてはこれから説明を受けることになるラヴィニアへ、俺が伝えないといけない真実は全部で六つだ。

 

 一つ目、姫島家の地下に巨大ロボ(迎撃と逃走用)の格納庫付き秘密基地をアザゼル先生とノリで作っちゃいました!

 

 二つ目、地元の中学校で友達になった後輩のおばあちゃんが、姫島朱芭さんでした! なんと、俺のご近所に住んでいました!

 

 三つ目、姫島朱芭さんには孫の幾瀬鳶雄がいて、実は朱雀には同い年のはとこがいたんだよ!

 

 四つ目、さらにその幾瀬鳶雄は、神滅具『黒刃の狗神(ケイニス・リュカオン)』の持ち主で、しかも生まれてすぐに禁手(バランス・ブレイク)もしていた逸材でした!

 

 五つ目、つまり姫島は、九年前から『雷光』を抱えていただけじゃなく、実は十三年前から『狗』まで抱えていたんだよ! あと俺の神器を覚醒させたのもワンコだった!

 

 六つ目、そんな諸々の過程はとりあえず置いといて、朱芭さんと無事に契約して秘術について教えてもらえることになりました!

 

 ざっと俺の身に起こったビッグニュースを簡単にまとめると、こういうことだよな。うん、実際にやらかしてきた俺でさえも、羅列されて改めてわかる酷さである。ラヴィニアにとっては、神滅具の問題は無視できないだろうし。朱雀にしてみれば、少しでも情報が見つかればいいのにという思いで、追放されたことを悔やんでいた姫島朱芭さん。そんな人が普通に俺と日常生活で面識を持ち、さらに秘術を教えてもらえるだけでなく、実は自分も知らなかった親戚について暴露され、最後に姫島にとって特大の爆弾が投げ込まれるのだ。俺もさすがに心配になっちゃう。

 

「……朱雀、ラヴィニア。俺の身の上話を語る前に、一つ頼みがあるんだ」

「な、何よ?」

「とりあえず、これを読んでくれ」

 

 そう言って、俺は『取り扱い説明書(著:姫島朱雀)』を作者本人へそっと手渡した。それに固まる朱雀。固まった空気には触れず、そのままマイペースに読み進めるラヴィニア。そして、俺からこの本が手渡されたことでようやく事態を悟ったのか、ちょっと泣きそうな顔で朱雀はテーブルに拳を打ち付けた。

 

「――『取り扱い説明書』の作成者本人に、改めて読ませないといけないような心臓に悪い事態をたった数ヶ月でやらかすって、あれ以上にいったい何をやらかしたのよォッ!?」

「俺は今回、そこまで悪くねぇよ! というか、全ての原点はワンコだったという俺自身も衝撃の事実だったんだからなっ!?」

「えっ、ワンコのお話なのです?」

「――え。えーと、……うん。話の半分ぐらいはワンコ、かな?」

「わぁ、ワンワンは可愛いですからねー」

「ちょっと待って。今、かなり精神が乱れているから、取り扱い項目の第一条と第九条を満たせていないわ。店員さん、この当店お勧めの『赤紫蘇ジュース』をお願いするわ。キツイの一発お願いします」

「色々仕切り直したいので、俺も下さい。ラヴィニアは、……オレンジジュースでお願いします」

 

 めっちゃ大混乱した。さすがに余程の事態が起きてしまったため、気づいた店員さんが小声で「修羅場? 修羅場なのかしら?」って言っていたけど、全く違うからね。俺が朱雀に怒られ、ラヴィニアがマイペースなのは、ある意味でいつも通りの平常運転ですから。それから三人で届いたグラスを手に持ち、しばらく無言で飲み合った。酢のさっぱりした感覚が、喉を通っていくことで段々と落ち着いていったのであった。諦めがついたとも言う。

 

 

 それから数分後、二度目のぶっちゃけ暴露大会が開催された。ラヴィニアは巨大ロボに目を輝かせた後、自分と同じ神滅具を持って生まれてしまった幾瀬のことを心配するシリアスな雰囲気を起こし、朱雀は巨大ロボに溜息を吐き、幾瀬朱芭さんと幾瀬鳶雄の存在にさすがにオーバーヒートしたのか目が遠くなっていた。二人の温度差がすごい。両方の気持ちがわかるからこそ、余計に。

 

 ラヴィニアは神滅具を持って生まれて、それによって表の世界から弾かれてしまった経歴を持っているからこそ、表で暮らして欲しいと願う朱芭さんの想いや、幾瀬の危うさを誰よりも理解できるのだろう。一方で朱雀の方は、追放された大叔母を発見しただけでなく、自分には親戚がいてしかも神滅具です、だもんな。『雷光』を認めさせようとしている最中に、『狗』まで現れちゃったのだ。そりゃあ、頭を抱えたくはなる。

 

「ふ、ふふっ、いいわ。私は『姫島』を背負うことになる次期当主よ。『雷光』でしょうと『狗』でしょうと、どんな才能や力があったって、私と同じ血が通った大事な親族であることに変わりはないじゃない。なら、鳶雄も私が護るべき大切な子よ!」

「トビーの今後について、おばあちゃんとお話を進めていく必要はあると思いますが、私も協力するのです。それに『狗』を封印できるほどの技術を持つ方なら、私の神滅具からも何かヒントを得られるかもしれません。魔法使いとしての視点からもお手伝いできると思います」

 

 そうしてお互いに自分の中で折り合いがついたのか、それぞれが辿り着いた答えを改めて意識するように告げた。朱雀はシスコン属性に加え、ブラコン属性まで開花する道を選んだらしい。『ハイスクールD×D』において最強と名高い『シスコン属性』だけでなく、未知の領域『ブラコン属性』まで手に入れるとは…。朱雀、お前はいったいどこへ行く気なのか――。朱乃ちゃんの可愛がり方を知っている手前、幾瀬に対してそっと目を逸らしたくなる気持ちになった。同じ男として、同情の方が強いかもしれん。

 

「朱雀、幾瀬と会う場合の距離は最低一メートルは離してやれよ」

「何を言っているの? 鳶雄は身内よ」

「そのブラコン眼鏡をちょっと外しなさい。親戚とはいえ、いきなり現れた同い年の異性の好感度が天元突破できるのは、お前だけだからな」

 

 犬好きで可愛いと噂の幾瀬の幼馴染と修羅場る未来予想図が見えた。待って、こいつただのブラコンなだけなんですっ! 絶対に噛み合わないような、どこかズレた会話を繰り広げそうな予感がしたッ……!

 

 

「えーと、あれだ。まずは朱芭さんとしっかり話し合って、ちゃんと許可をもらってからにしないといけないぞ。朱璃さんにも一応相談するつもりだし、幾瀬家に関しては焦って動くのは得策じゃないからな。それに神滅具同士が近づくことで共鳴現象みたいなものだって起こる可能性は否定できないし、幾瀬の情報が下手に裏関係へ渡ったら、かなりヤバいことになるだろうからさ」

「……そうね。特に姫島へ知られたら、後ろ盾のない朱芭様では鳶雄を護りきれないわ。私達で助けることは出来るでしょうけど、鳶雄から今の生活を奪うことになってしまうわね」

「でも、総督さんはたぶん知っているのですよね?」

「おそらく、だけど。少なくとも、先生は幾瀬が何かに巻き込まれた、または覚醒の予兆みたいなものが現れない限りは、そっとしておくと思う。禁手にまで至った神滅具を起こすなんて、神器に精通している先生だからこそやらないよ」

 

 先生はこの世界の誰よりも先に、神器が起こす『可能性』に目を付けた研究者だ。だからこそ、その危険性を最も熟知している。アザゼル先生はマッド気質なところはあるけど、決して最短コースを進もうとは思わないのだ。英雄派が編み出した『禁手へ至る方法』だって、構想としては彼の頭の中にあっても、それを実際に実行へ移すことはなかったように。

 

 先生がどこまで把握しているのか掴めないのが怖いけど、少なくとも今まで陵空(りょうくう)地域で普通に暮らしてきた俺へ、すぐ傍に神滅具があったことを先生はあえて伝えなかった。それこそ、今回のようにいつ『偶然』邂逅するかもわからないのにだ。つまり逆に考えてみれば、先生の中でもし俺と幾瀬が『偶然』出会ってしまっても、問題はないと判断した可能性が高いのである。実際に俺は、幾瀬の神器を知ってもそっとしておく選択肢を間違いなく選んだだろうから。

 

「なるほど。カナくんの神器の発現の原因を考えれば、私とトビーの神器が共鳴現象を起こす可能性があるのは確かですね…。私とカナくんは波長が合い、カナくんとトビーも共鳴現象を一度起こしたのなら、その可能性を考えない訳にはいきません。私は神器のオーラを、カナくんのようにコントロールすることがまだできませんから…」

「さっきラヴィニア自身も言っていたけど、まずは朱芭さんにそのあたりの相談をしてみるのも悪くないと思うよ。俺もこれから勉強していくんだしさ」

 

 しょんぼりと肩を落とすラヴィニアを慰めるように、俺はポンポンと肩を叩いた。幾瀬の神器が目覚めていれば、ラヴィニアと接触しても問題ないのだろうけど、さすがに強大な神滅具のオーラに当てられた『封印状態の神滅具』がどういった反応を示すのかわからなくて、下手に手出しができないのだ。なら、しばらくは俺が中心になって幾瀬家をあたり、その都度手伝ってもらうのが理想的だろう。

 

「はぁ…、わかったわ。なら、私はまず『朱雀継承の儀』に集中しないといけないわけね。これが成功しないと、朱芭様へ私の本気を伝えられないでしょうし、おばさまと朱乃、そして鳶雄を護ることもできないでしょうから」

「……そういえば、それってもうすぐ始まるんだっけ?」

「えぇ、梅雨が明け次第ってところかしら。だから今日が、朱乃と朱璃おばさまに会える最後の日。そろそろ準備を始めないといけないから…」

 

 最低一年以上はかかると言われる、次期当主を決める重要な祭事でもある大掛かりな霊獣降臨の儀式。霊獣『朱雀』を宿すために過酷な修練を乗り越え、人の身に大いなる力を馴染ませるための同調の期間を終え、そして五大宗家関連の日本の各地を訪ね、果ては世界の要所へ顔を見せるための挨拶巡りなどをして、次の『姫島』へ向けた繋がりを新たに作っていかなくてはならないのだ。さすがの盛沢山な内容に、そちらにかかりっきりになってしまうのは仕方がない事だろう。

 

 しかし、不思議と今までと違い、少し陰が見えたような気がした。しばらくみんなには会えなくなるし、最後の日だから寂しさもあるだろう。だが、普段なら『継承の儀』で朱乃ちゃんに会えないことを元気に愚痴られるのだけど、今の彼女からはその輝きにどこか戸惑いが見える。どうかしたのかと、それを指摘しようかと俺が口を開く前に、朱雀の方が先に言葉を紡ぎ出した。

 

 

「……朱芭様のことを奏太に任せるのなら、他に私から話せることは…。あなたやおじさま達に、伝えようと思っていたことが一つあるの」

「俺とバラキエルさん達に?」

「えぇ、私が儀式の準備をしている時、たまたま奥の座敷で見かけたのだけど…」

 

 少し言いよどむ姿に、いつもはきはきしている彼女らしくない。その姿から、おそらく朱雀自身もあまり確証を持てる話ではないのだろう。しかし、彼女の懸念を聞いた瞬間、背中を一瞬駆けあがった悪寒に俺は気づいた。

 

「次期当主である私が見たこともない顔だったのは、間違いないわ。あと今までに見た覚えのない家紋があったから、彼らは五大宗家とはこれまで縁のなかった術者だったと思う。そんな人たちが、当主や長老様のいる姫島の『奥』へと入っていったのを私は見てしまった」

「それは珍しいことなのですか?」

「少なくとも私は、五大宗家と関連のない術者が『奥』へ入ることを許された光景を、今まで一度も見たことはなかったわ。さすがに忍び込むことはできなかったけど、後で使用人を捕まえて一部だけ聞き出せたの」

 

 相変わらず、このお嬢様の行動力がアグレッシブすぎる。やると決めたら、一切の迷いなく突き進んでいくからな。

 

「内容まではさすがに把握できなかったけど、わざわざ『外』から高名な術者を招いたらしいわ。なんでも『次期当主就任の憂いを無くすためにも、姫島の闇を払わねばならぬ』と言っていたみたいなの」

「姫島の…闇」

「私の…、私の勘違いならいい。だけど、どうしても胸のざわつきが収まらなかった。私が継承の儀式を受けている間に、何かが起こるんじゃないかって。私は本当に儀式を受けに行ってしまっていいのかって。あれから、ずっと――」

「朱雀…」

 

 さすがの朱雀も、自分の目の前で姫島が動き出し、それを止めることが出来ない立場であることがより最悪なかたちで目に映ってしまったのだろう。彼女の心配を早計だと断じることはできない。実際、俺も言い知れぬ冷たい感覚を一瞬だけど肌で感じた。彼女自身がどれだけ強くても、一番護りたい時に傍にいることが出来ない恐ろしさが変わることはないのだから。

 

 揺れる夕陽の瞳と震える拳に、ラヴィニアは隣でそっと彼女の手を優しく重ね合わせている。俺は一度静かに目を瞑り、ゆっくり息を吐いて呼吸を落ち着かせた。今まで漠然としたままだった砂時計の砂が、ようやく目に見える形で流れ出したような感覚。その見えないはずの錯覚に、俺の中にも朱雀と同様の不安が膨れ上がる。けど、だからこそ今の彼女へ言葉として伝えなければいけないことがある、と気を引き締めた。

 

「大丈夫だ、朱雀の約束は絶対に果たさせる」

「……っ」

「朱璃さんと朱乃ちゃんを家に戻してやるんだろ。朱芭さんを安心させてやって、幾瀬のやつにだって、実はお前のおばあちゃんの実家は凄かったんだぞ、って驚かせてやるんだろ。他にも追放されてしまった人達を戻してみせるんだろう。そう、あの時に姫島朱雀は誓ったはずだ」

 

 姫島家に足を踏み入れてから今まで、俺がどれだけ周りから悪魔だ何だと言われ続けても、罠のアップグレードを止めなかったと思っていやがる。教官に巨大ロボ(in朱乃ちゃん)をぶつけた時なんて、「巨大ロボはさすがに罠の範疇外だろう!? あと、ヒトの家の下に地下施設を造るなッ!」と真面目に拳骨を落とされたからな。防衛と逃走手段がそれしか思いつかなかったと伝えたら、最終的にはものすごく渋面を作った後に認めてくれたけど。いつもありがとうございます。

 

 俺はこの世界に流れる本来の歴史を知っている。そして、その未来は変えられることを知っているんだ。だから、ちゃんとお前が護りたい場所は、お前の夢を叶えるために必要な人達は、お前の夢に希望を見たみんなでしっかり支えてやる。決してお前を、嘘付きになんてさせない。

 

「だから、お前はその夢を叶えるために、さっさと当主になるための力をつけてこい。朱雀の夢はまだ始まってすらいないんだ。お前の夢を叶えるために俺の持てる力の限りで、全力で支援してやるって言っただろう」

「私も微力ながら協力するのです。受け売りですが、苦しい時や困った時は助けを求めて欲しいのです。朱雀の手を、友だちの手を、ちゃんと私たちに掴ませてください」

 

 俺と朱雀のやり取りは、いつだって変わらない。どれだけ困難だろうと、辛い事が待ち受けているのだとしても、お互いに大丈夫だと相手の背中を迷わず押してやることだ。それに、ちゃんと夢が叶うように手伝うつもりだし、そのために俺達がいるんだと思っている。

 

 ラヴィニアは微かに震えていた朱雀の手を両手で優しく包み込み、安心を与えるような温かな微笑みを真っ直ぐに浮かべていた。こういう表情や行動を恥ずかしがることなく真剣に伝えられるのが、ラヴィニアの天然なところであり、良いところなんだろうな。普段は強気な朱雀も、さすがにラヴィニア相手には言い返すことが出来ず、ジッと逸らされることない眼差しを向けてくる碧眼に観念したのか、小さくこくりと頷いていた。こういう時のラヴィニアの頑固さだけは、本当に勝てないとしみじみ思います。

 

「……すごく理不尽なことを言うわよ。本当に本当に、ただの我儘で…、本来なら私がしなくちゃいけないことを、あなたたちに押し付けることになる」

「あぁ」

 

 そこまで言っても動じない俺達に、朱雀は何度か躊躇しながらも、意を決して口を開いた。

 

「……おばさまと朱乃を、護って。私が帰ってくる場所を、私が叶えたい夢を、私がみんなとの約束を果たせるように護ってあげて」

 

 自分の中の不安を吐き出すように、絞り出すかのように、伝えられた強い想い。今まで彼女の目の前には、多くの選択肢があった。そこから自分の力で道を選び続け、たとえその選択が批難されようと、一人になろうとも歩き続ける道をいつも彼女は選んでいた。そんな誰かに頼ることすらできなかった少女が、ようやく夢をぶつけてくれたのだ。大切な夢を背負うのはいつだって重いものだけど、その重みがもたらす勇気を、俺は誰よりも知っている。

 

「任せろ」

「任されました」

 

 俺とラヴィニアは、真っ直ぐに応えを返した。あの時のディハウザーさんみたいにカッコいいヒーローみたいな感じは難しいだろうけど、一人の女の子が背負うには重すぎるものをやっと俺達にも分けてくれたことに笑みが浮かぶ。こっちはずっと支えるって言っているのに、朱雀のやつ自分の背負うべきものは全部背負おうとする癖があったからな。ラヴィニアが朱雀と友達になってくれて、本当によかったよ。

 

 さて、本当に今更だが、この姫島家の事件に介入することで起こるだろう歪みは、きっとこれから先で大きな違いとして俺の目に映ってくるだろう。それでも、きっとなるようになるだろう、という気持ちで突き進むしかない。友達から託された願いを、俺自身が選んだ選択を、あとは信じて前に進むしかないのだから。

 

 

 それから喫茶店を出た俺達は、転移で姫島家へ向かい、思い思いの時を過ごすことになった。それにしても、ラヴィニアがメンバーに加わって改めて思ったが、周りが女子しかいないような気がする。ラヴィニアが召喚したワンコと小鬼ぐらいしかオスがいないから、女子トークが始まるとちょっと寂しい。あれ、そういえば。小鬼の性別を今まで確認したことがなかったけど、たぶんオスだよね? リンで一度頭突き攻撃を喰らった過去があるから、少し身構えてしまう。ちなみにそこは、ワンコの嗅覚で「オスですよ」と呆れた目で教えられた。ワンコの有能さを、しみじみ実感した。

 

 朱璃さんと幾瀬家のことを話した後、しばらく離れ離れになるからと、お互いに涙を浮かべながら朱乃ちゃんと抱擁を交わす朱雀。別れるときには、「朱乃エネルギーが…」と訳の分からないことを呟くいつも通りの朱雀になっていてよかった。少なくとも、彼女の目に先ほどまでの揺れはない。彼女からの信頼に応えるためにも、運命の日をしっかり乗り越えてみせる。

 

 振り返った先で涙目で元気に手を振る朱乃ちゃんと、優しく微笑みを浮かべる朱璃さんの顔を見ながら、俺達は前に進んだのであった。

 

 


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