えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
「うわぁ…」
大きな背中を見失わないように追った先で、目に映る景色に思わず感嘆の声が零れてしまった。青々とした葉が茂る山々が連なり、水底が目に見えるほど澄んだ小川には川魚が泳いでいる。その川の近くには小さな光源がふらふらと漂っていて、アレはおそらく蛍だと思う。それなりに都会で暮らしているからか、こうして実物を見たのは初めてかもしれない。それも合わさって、幻想的な風景に見えた。
多少整備された道が続いているけど、大きな木の根が地面のいたるところに走っていて、秘境とか秘所という言葉が似合うような場所だと思う。少なくとも、人気のようなものは感じない。仙術もどきの気配から、小さな動物のオーラがいくつも感じられるけど、大型の生物の気配は全くないので、そこまで山奥って訳でもなさそうだな。
「もう人間界に帰って来れたんだ。森や山しか見えませんけど、転移先はここであっているんですか?」
「あぁ、この山の中腹にマーキングを施している。アルマロスに頼んで作ってもらった、冥界から人間界への直通転移陣だ」
「毎日日帰りで人間界に帰るなら、ないと困りますものね」
なるほど、この転移陣があったから簡単に冥界と人間界を行き来できていたのか。それにしても、
「さすがに直接家に繋げるのは危険があるかもしれないため、私の家までそれなりに距離はあるがな。その間に何重にも結界を張り巡らせ、侵入者を排除する罠も設置してある。一般人や一介の術者では、到底たどり着けないような仕組みになっている」
「……結界系には、あんまりいい思い出がないので気をつけます」
どうやら無限廻廊系統の結界が施されているようで、永遠に続く直線や何度曲がっても同じところに出る曲がり角など、大量の罠が設置されているみたい。説明を聞くだけでも、迎撃システムはなくても、防衛システムはかなりすごいと思う。森を慣れた様子で歩き出したバラキエルさんに遅れないように、俺も暗くなってきた森の中へ足を進めた。
あれから、『行動力:アザゼル先生』と言われるサタナエルさんと遭遇してしまった俺とバラキエルさんは、相手が不審に思う前に研究施設を出ることになった。先生やシェムハザさんに挨拶が出来なかったことが残念ではあるけど、後で通信でお礼を言うしかない。一応、緊急時はバラキエルさんの判断に従うように約束はしていたし。そんな訳で、『
しかし、俺にとってはある意味でここからが始まりなのかもしれない。もし俺と同じように『ハイスクールD×D』という原作の知識を持って転生してしまった人がいるなら、きっと一度ぐらいは考えるだろうとある家族のこと。バラキエルさんから話は聞かせてもらったけど、まさか俺がこうして真正面から彼女達の下へ行くことができるとは思っていなかった。それぐらい、彼女達は難しい立場に立たされているのだから。
「だいぶ暗くなってしまったな…。足元に気を付けて進みなさい」
「はーい。暗視の魔法をかけているので大丈――っぶっ!? ぎゃっ、コバエの群れがッ!!」
「……森だからな」
暗くて気づくのに遅れたっ!? 足元よりも首から上の方が騒ぎになっているよ! 手で払い続ける俺にバラキエルさんは溜息を吐くと、バチッと静電気のようなものが周りに起こり、たかっていた虫をあっさりと払ってくれた。ヤバい、すごく便利な能力だったんだな雷光って。虫に強いって、地味に嬉しい能力すぎる。
そういえば、コバエって背が高いものに集る習性があるはずなのに、一番背が高いバラキエルさんに集まらなかったのは、彼の纏うオーラに雷光の性質があったからなのかもしれない。そうなると、お父さんの資質を受け継いでいる朱乃ちゃんも虫よけパワーを持っているのか。まさにここのような田舎で暮らすには、最適な力だろう。
「天然の虫よけとか…。雷光ってすごいですね、羨ましい」
「……虫よけで雷光を羨ましがられたのは、さすがに初めてだがな」
感心したように拍手をすると、バラキエルさんに遠い目をされた。いや、でもその能力は便利でしょ。いいなー、虫よけ。カブトムシやダンゴムシなら問題ないけど、蛾とかムカデはあんまり好きじゃないし…。根っからの都会っ子なもので。ゲームや漫画がなかったら、俺は立ち直れないだろう。冥界の森ではアザゼル先生の虫よけがあったからよかったけど、現代っ子の俺にとって森の中を歩くのに一番欲しい能力だよ。
……えっ? 神器の能力なら虫の認識を消去できるって? いやいや、それはなんか違うんだよ相棒。虫は認識したくないけど、認識できないとそれはそれで逆に怖いの。見えないけど、実は腕にくっ付いていました、とかなっていたら俺は泣くよ。ん、じゃあ、このあたりの虫を消し去る? こらこら、俺が苦手なだけで虫さんにはなんの罪もないでしょ。何で雷光と張り合おうとするの。別に相棒に虫よけ効果がなくても、俺は十分に助けてもらっているから気にしないぞ。
「どうかしたのか?」
「あっ、いえ。相棒が虫よけ効果のある能力を開発しようと四苦八苦しているみたいだったんで」
「……お前の神器はいったいどこを目指しているんだ」
俺は便利だし、助かるからむしろ推奨したい側なんだけど、神器的にどこへ向かっているのかと聞かれると、ノーコメントとしか言えない。日常生活もおまかせな超万能神器? 五年前は魚の骨の消去で怒っていた相棒が、今では自主的に虫よけまで考えてくれるのだから、神器も変わるものである。宿主が戦闘より、日常生活の向上ばかりに力を入れていた所為かもしれないけど。
「そういえば、神器って今の宿主が死んじゃうと、新しい宿主に宿るんですよね。俺の相棒は日常生活もおまかせな神器になってきちゃっていますけど、これ次の宿主さんの性格によっては困ったりしないかな。それとも、神器の性格や能力って宿主ごとに毎回リセットされるんでしょうか」
「お前は、相変わらず着眼点がズレているな。普通、自分の死後の神器の行方など考えんぞ」
あぁー、まぁそれもそうか。自分の死後がどうなるのか、なんて考えても仕方がないし。俺の場合、前世の記憶が残っているから、自分の死について客観的に考えやすいんだよな。この世界だと、もし死んだらどこへ行くことになるんだろうか。俺は日本人だけど、所属的には魔法使いだから、宗派とかで決まるのかな。
「すまないが、そのあたりのことは私ではわからん。だが、魂が宿っている、または魔獣などが封印されている神器の場合は、今までの宿主との記憶を覚えているらしい」
「赤龍帝や白龍皇とか?」
「代表的なのは、それらだろうな。ただあの神滅具は、今までの宿主の魂を神器の中に絡めとる曰くつきだ。神器と宿主の魂が直接繋がっているからこそ、宿主の死後に肉体から離れて天へ昇るはずだった魂を内包できたのであろう」
原作では、歴代の赤龍帝の先輩たちの怨霊が、新しい宿主である兵藤一誠を呑み込もうとしていた。神器が発端ではあっただろうけど、あの怨霊先輩たちが死んだ同胞の魂を絡めとっていた可能性もある訳か。神器に封印されている大本のドライグでもどうしようもない、って言っていたレベルだったはずだ。
「その神器は、お前を気に入っているとアザゼルが言っていた」
「えっ? そうですかね、やっぱり」
「故にお前が生きている内は問題ないだろう。だが……」
「バラキエルさん?」
「……いや、何でもない。今、それを気にしても仕方がないだろう。その神器と倉本奏太にとって、納得のできる道が見つかることを祈るしかないか」
眉根を潜め、難しそうに呟いたバラキエルさんの横顔。どういう意味かわからず困惑する俺に、教官は空気を入れ替える様に小さく咳払いをし、先へ進むように促される。それに訝しむ気持ちになったが、姫島家へ訪問する前に考えなくてもいいのは確かだ。バラキエルさんが印を結んで、結界の中を一時的に進める様にしている姿を眺めながら、俺は胸のあたりにそっと手を置いた。
少なくとも、今の俺と相棒は上手くいっていると思う。俺が相棒に頼りまくっている現状が、正常扱いなことには目を瞑ります。俺一人じゃ、マジで死ぬ自信があるからね。相棒は俺の望みを叶えてくれるし、俺のために色々やってくれるし、俺が嫌がることはしないでくれるしで、はっきり言って至れり尽くせりというやつだろう。正直、反乱を起こされても文句が言えないぞ…。
心の中で、「相棒様、何か俺にやって欲しいことはありますでしょうか?」と
「着いたぞ」
「ここが、ですか?」
目の前に広がったのは、開けた小さな庭だった。一階建ての木造の家があり、田舎とかにあるような和風な作り。ふと色褪せたその家の縁側に、目を引く桜色の花が見えた。いや、あれは花ではなく服……それも着物だ。可愛らしい花柄の着物を着た幼い女の子が、暇そうにブンブンと足を振っている。長い黒髪を頭の上で一つ縛りにした、夕闇に沈む前の空のような淡い赤と紫が混じった綺麗な瞳を持つ、小学校低学年ぐらいの女の子。
その子はこちらに気づくと、バラキエルさんの顔を見て満面の笑みを浮かべた。
「父さまっ!」
「
嬉しさを隠すことなく、少女は縁側からポンッと軽やかに飛び降りると、カランコロンと下駄を転がしながらバラキエルさんへ腕をいっぱいに広げて飛び込んできた。それに父親として危ないと注意したそうだけど、でも嬉しくて仕方がない、というように抱きしめるニヤケ顔の教官。すげぇ、二週間ほど傍にいたけど、ここまで顔面崩壊したバラキエルさんは二度目だわ。いや、初対面のアレと家族団欒を同カウントにはしたくないので、初めてということにしておこう。うん、それがいい。
そんな風に脳内で納得している俺へ、
「朱乃、今日はお客さんが来ると
「う、うん。それで朱乃も母さまと一緒にお夕食を作ったんだよ。でも、後はご飯を炊くのを待つだけだからって母さまに言われたから、父さまを待っていたの」
抱っこされていた状態から、ゆっくりと降ろされた女の子は、バラキエルさんの背中に半分身体を隠しながら、俺の方をじっと見つめる。怖がられている感じじゃないけど、初めてのお客さんに困っている様子はわかる。バラキエルさんの話から、街には時々下りているらしいから人見知りって訳でもないだろう。でも他人ではなく、こうして客として招かれたのは俺が初めてらしいから、緊張するのは当然か。
そんな少女に俺は、笑顔を見せた。原作の登場人物だとか、姫島の血とか堕天使の血とか、そんなもの今の彼女には関係ない。俺は年上の男で、年下の女の子に遠慮させっぱなしは駄目だろう。黒髪の少女――朱乃ちゃんと目線を会わせるようにかがむと、俺の方から挨拶を始めた。
「初めまして、俺は倉本奏太。バラキエルさんに色々お世話になっていました。今日はお家にお邪魔させてくれて、ありがとうな」
「わ、私は、姫島朱乃です。えっと、父さまの娘です!」
あわあわと慌てながらも、しっかり目を合わせて元気に挨拶を返してくれる朱乃ちゃん。それが微笑ましくて、つい笑ってしまう。隣で教官の鼻を伸ばした顔面崩壊が見えるけど、気にしないようにしよう。自慢の娘さんなのは、わかりましたから。
それでも、まだ緊張はしているようだ。初対面の時のアイスブレイキングは、コミュニケーションを取る上で大切だからな。それも年下の子どもが相手なら、難しいことは何もいらない。そこで俺は、朱乃ちゃんに見える様に人差し指を一本上に立てた状態で見せる。いきなりの俺の行動に、朱乃ちゃんは目を瞬かせた。
「初めに言っておくとね、俺は魔法使いなんだ」
「えっ?」
某有名な台詞と一緒に、俺は魔法力を人差し指に集め、簡単な魔法を発動させる。危なくないように水を出す簡単な魔法を選び、それを人差し指でくるくると回転させてみせた。子ども騙しにしかならないような、飲み水を確保するぐらいでしか使わないような、攻撃力皆無の初歩的な魔法だ。パシャパシャと跳ねるだけの水だが、それに朱乃ちゃんはキラキラした目を向けて、俺の方にそっと近づいてきた。
「お水が浮いてる!」
「おう、なんとこのお水。魔法を使うと温かいお湯にもできるし、冷やして氷にもできます。だから、冬ならレトルト味噌汁を俺はいつも持ち歩いている。そして夏のこの時期なら、かき氷が食べ放題になるので、俺はいつでも各種シロップを持ち歩いているのだ!」
「そんなものを持ち歩いていたのか」
「晩御飯と蒸し暑い中で待ってくれたご褒美に、魔法使いとして姫島家へかき氷パーティーを進呈しよう!」
「かき氷だー!」
偏見かもしれないが、子どもでかき氷が嫌いな子を俺は見たことがない。夏になったら、特に理由はなくてもかき氷がなんか食いたくなる。冥界修行用にイチゴとメロンとレモン、ブルーハワイは用意していたんだけど、タンニーンさんとの修行中にラヴィニアと子竜達に分けたら、ほとんどなくなっちゃったけどね。姫島家分ぐらいならあるから、問題はないだろう。ちなみに、ブルーハワイで舌を真っ青にして遊んでいたリンが、一番食っていたかもしれない。将来、食費がすごいことになりそうな未来が見えた気がした。
くるくると回る水に興味津々な朱乃ちゃんに、「触ってもいいよ」と告げると、おずおずといった様子で触り出す。子どもらしく好奇心は強いらしい。魔法の水は初めてだったようで、指で水を突いては驚き、手を入れると冷たさに驚くなど、忙しなく表情が動く。そんな初級の魔法で遊ぶ俺と朱乃ちゃんに、バラキエルさんはポリポリと髪を掻きながら、どこか安心したように肩を竦めていた。
「ふふっ、心配はいらなかったみたいですね」
「朱璃…。そうみたいだな」
「あっ、母さま!」
「えっ、あっ、すみません。玄関先で騒いじゃっていて」
終いには朱乃ちゃんと水で鬼ごっこを始めていたところに、優し気な女性の声が耳に入った。目の前の幼子と面影が似ている綺麗な黒髪をポニーテールにした和服の美人。思わず見惚れてしまうほど凛とした佇まいをしていて、ここまで大和撫子という言葉を体現した人を、俺は初めて目にしただろう。この人が、バラキエルさんの奥さんであり、姫島家の出自である巫女――姫島朱璃さんか。
「初めまして、倉本奏太です。いつもお昼ご飯、ありがとうございました。すごく美味しかったです。それに
「おい」
「あらあら、うちの人がごめんなさいね」
「父さま、ひどいことしたの?」
「ま、待て、朱乃。朱璃も誤解だ。私は教官としての仕事を……。く、倉本奏太! ちゃんと誤解を解いてくれ!」
俺の言葉に冷たい目を夫に向ける朱璃さんと、ショックを受けたようにウルウルとする朱乃ちゃんの視線に、バラキエルさんが大慌てで俺に迫ってきた。それに後ずさりしそうになったが、後ろで姫島親子がペロッと可愛らしく舌を出している様子から、この二人わざとお父さんをからかっていることが判明。バラキエルさんのリアクションが面白いのはわかったから、俺を巻き込まないでくれませんかっ!? さらっとドSの片鱗を見てしまったよ!
そんなドタバタした一幕はあったが、改めてちゃんと朱璃さんと自己紹介をし、屋敷の中にあがらせてもらえることになった。板上の床は古いが、作りはしっかりしているようだ。そして畳のある部屋に案内され、そこには豪華な夕食が並んでいた。山菜や煮物、焼き魚にお味噌汁、小鉢には色とりどりの漬物が盛られ、ごくっと唾を思わず呑み込むほど、空腹を強く意識してしまった。
それから、朱乃ちゃんがお手伝いして一緒に作った料理の説明をして、朱璃さんがおひつからホカホカの白米をよそい、バラキエルさんが美味しそうにおかずをかき込む。俺も夢中になって食べてしまったほど、文句なしの逸品ぞろいだった。ご飯をみんなで囲みながら、俺は自分のことを朱璃さんと朱乃ちゃんに簡単に話しておいた。
朱乃ちゃんは首を傾げていたが、二人には俺のことを偽りなく伝えた。朱璃さん達は隠された存在であるため、俺のことを伝えても他の誰かに伝える意味がない。バラキエルさんに事前に確認は取ってあるし、俺の立場を知っていてもらう方がわかりやすいだろう。朱璃さんはバラキエルさんから一応聞いていたみたいで、あんまり驚いている様子はなかったな。朱乃ちゃんは魔法使いの組織や外国の様子に、始終目を輝かせていた。
「ねぇねぇ、奏太兄さま。他にはどんなことができるの?」
「えっ、他かぁー。……空が飛べます」
「朱乃もちょっと飛べる!」
「おっ、じゃあどっちが上手に飛べるか勝負できるな。朱乃ちゃんは何ができるんだ?」
「母さまにお料理やまりつきを教わっているよ。あとお手玉もできるし、解呪や呪術、降霊術もいくつかできるの!」
「……やべぇ、この年ですでに俺よりも優秀かもしれない」
さすがは巫女さん。除霊術や交霊術とか、霊症関係にも強くて納得だ。俺の場合、神器以外は特に特出した能力はないので、できることと言われると難しいんだよな。個人的に、除霊術系は気になる。というか、覚えておきたい。祟りや悪霊が普通に存在している世界だ。覚えておいて、絶対に損はないと思える。ホラーはゲームならいいけど、現実では絶対に勘弁してほしい。
そんな風に朱乃ちゃんとおしゃべりをし、朱璃さんに巫女さんのことを聞き、バラキエルさんと今後の自主トレーニングのメニューなどを話しながら、俺は静かに考えを巡らせる。この楽しい時間を噛みしめる。彼女達の笑顔と優しさを、しっかりと心に刻んでおく。
『初めに言っておくとね、俺は魔法使いなんだ』
朱乃ちゃんにあんなセリフを告げたのは、遊び心もあったけど、きっと心の奥底で考えてもいたからだろう。これから先、訪れる未来に向けた決意。俺は、兵藤一誠のようなみんなのヒーローになれるような力はない。だけど、自分の大切な人の危機ぐらい助けられる人間になりたいと思っている。『
俺の行動が正しいとは言わない。原作の姫島朱乃を、リアス・グレモリーの女王を、幸せそうに笑っていた未来の彼女を俺は知っているのだから。俺の行動によって彼女の未来を変えてしまえば、本来なら得るはずだった多くのものを失うことになる。本当にそれが彼女のためになるのか、とかそんな思いがあるのは否定しない。ただの自己満足なだけかもしれない。
それに原作での彼女の存在は非常に大きい。メインヒロインの一人であり、リアスさんの頼れる女王。リアスさんに与える影響もさることながら、一誠の覚醒のきっかけだっていくつもある。彼女という雷光の巫女がいたからこそ、原作の敵とも戦えていたのは間違いない。その問題は無視できないし、確実に後々困ることになるだろう。そんなこと、ちょっと考えただけでもわかる。
それでも、俺は変えると決めた。出会ったことで、改めて覚悟が決まった。どんなに理由をつけたって、母親を失っていい訳があるか。父親と決別していい訳があるか。命を狙われて、自分の出自を恨んで、そんな道をこの子に進ませたくないと思うこの気持ちが間違っているとは思わない。それにバラキエルさんや朱璃さんには、たくさんお世話になったのだ。理由なんて、考えるまでもない。
「……朱乃ちゃんは、お母さんとお父さんが好きなんだな」
「うん、大好き!」
満面の笑顔を咲かせる少女に、俺は静かに頷いた。それだけで十分だと思う。朱乃ちゃんの答えに、嬉しそうに微笑む朱璃さんと、照れくさそうに頬を赤らめるバラキエルさん。みんなで囲む食卓は温かかくて、俺は意気込むように朱璃さんに御代わりをお願いし、それにバラキエルさんも続いてくる。育ち盛りの中学生の食欲を嘗めるなよ、と大人げないお父さんとオカズ争奪戦になってしまった。それに、朱璃さんと朱乃ちゃんが呆れながら、おかしそうに笑っていた。
夏休みの冥界修行が終わり、『
それでも、俺がやることは変わらない。どれだけ厳しくても、届くかどうかわからない道だとしても、それでも掴み取るために全力を尽くす。それが俺にできることなんだから。
――裏世界二年目の激動が、こうして幕を開けるのであった。
――――――
『魔法少女ミルキー☆カタストロフィー』 ~ 最終話 ~ 【終わりとは、新たな始まりと同義である】
「あの、紫藤トウジです。実は駒王町に帰ってきたら、悪の組織を名乗る変な全身スーツの軍団が暴れていて、それを今無力化したのですが、引き取りに来てくれたりは……。えっ、不審者は警察に任せたら? いや、そうしたいのは山々なのですが、無駄に実力がある集団でして……。えっ、罪状ですか?」
全ての決着がついた駒王町の戦場後にて。守護者である紫藤トウジは現在、色々な意味で戦っていた。近くにいた世紀末覇者に事情を聞きながら、所属する組織への報告を真面目に行っていく。お腹が痛かった。
「……神社でおみくじにいたずらをしたり、お好み焼きとご飯を同時に食べさせようとしたり、食事処に鮭をばら撒いたり、ラーメンで迷惑をかけたり、通行人に変なポーズをしながら迫ったり、あとは――待って切らないでッ! 本気でこの集団をどうすればいいのか困っているのです! 哀れな信徒をお助けください。私だけにコレを押し付けないでッ!!」
戦場の中心で哀を叫ぶ紫藤トウジの声は、本気で切実だった。本来の歴史なら、『
しかし、さすがに近隣に迷惑をかけるような悪の組織を野放しにするのは、教会の権威的にいけないと思う。でも、斬り捨てるには罪状がある意味で酷過ぎて重すぎる。そんな教会が下した結論は。
『……監視?』
「誰が?」
『戦士紫藤、……この街の平和はキミに任せた』
「丸投げッ!? お待ちください、私が半年ほど胃を壊していたのを知っているでしょう! 無理です、さすがに無理ですっ! そうだ、私は半年前に部下の監督不届きを起こしています。私にはとても務まらないかと…」
『よし、罪状を軽くしてもらえるように上に掛け合ってくる』
「そこまでしてコレに関わりたくないのですかっ!? 私の罪状を軽くしてまで、コレが嫌ですか!」
悪の組織を指さしながら、もう泣き叫ぶ寸前だった。確かに紫藤トウジの実力なら、彼らを抑え込むことはできるだろう。だからといって、このままコレの監視を駒王町で行うなどとんでもない。駒王町は臭いものに蓋をする場所ではありません!
管理者の悪魔が現在いないため、駒王町の管理の権限の一部は教会にある。悪魔がいたら全部押し付けられるのに、
「ふっ、どうやらわしは正義の前に敗れてしまったようだな」
「首領さん、目を覚ましたみにょ?」
「あぁ…。抵抗はせんよ、我らは死力を尽くしたのだからな。……良い拳だった」
『
「もう悪いことはしないみにょ?」
「私は、この生き方しか知らぬ。この生き方以外、考えたこともない。そういうバカな男が、わしなのだよ」
この四十年間、カイザーは我武者羅に悪の道を究めてきたのだ。仲間を集い、組織を拡大させ、己の夢に一直線に走り続けていた。悪の組織だけが、自分の魂を震わせた唯一の存在だったのだ。しかし、悪は正義の前に敗れる。昔テレビに映っていた悪役たちと同じ末路。それに残念に思う気持ちはあれど、後悔はない。自分を打倒した正義は、称賛に値するほど素晴らしい
カイザーは眩し気に晴れ渡った空を見上げる。憎たらしいほど、澄み渡った空はまるで己の心の中のようだった。幼かった少年の心のまま、自分が思い描く悪の組織を築き上げ、満足するまで走り切ったのだ。全力で挑み、それを受け止めてくれる宿敵ともこうして巡り合えた。道半ばであることは事実だが、己がやりたかったことを、やり切ることができた充足感は確かにあったのである。
それでも、ただ一つだけ気になったことがあるとすれば…。
「わしは、何か残せたのだろうか…。この四十年を、この組織を、無駄にすることなく……。『
「首領さんの一撃は、すごく重かったみにょ。組織のみんなも、とても手強かったみにょ。それに、……イッたんやイーナたんが言っていたみにょ」
それは、ミルキー・イエローがこの戦場に出る前のこと。最終決戦へ赴こうとする正義の味方へ、最後の激励をしに来た子ども達がいた。自分達も陰ながら応援すると告げながら、子ども達は少し逡巡したような様子を見せ、おずおずと口を開いたのだ。
『悪の組織が出てきて、すごく大変だったけど、そのおかげで悪い事をしたら駄目だってよくわかったんだよな。小学校でも、『悪い事したら、悪の怪人みたいになっちゃいますよ』って言ったら、全身スーツは嫌だってみんな気を付けるようになったし』
『そうだよね。おかげで「アーメン」する機会が減ってよかったよ。それにね、悪の組織がいたおかげで、
『なぁ、ミルキー・イエロー。今から、その悪の親玉ってやつと戦うんだろ? 無理を言っているのはわかっているんだけど、ぼくさつするのはほどほどにしてあげられないかな……? 俺もすごく大変だったけど、そのおかげで友達がいっぱいできたからさ』
気恥ずかしそうに頬を掻く兵藤一誠と、一生懸命にお願いする紫藤イリナ。他の子ども達も、どこか遠慮気味ながら、悪の組織に対して負の感情をそこまで抱いている様子はなかった。それにしてはやることはえげつなかったけど、と後に一誠はぼんやり思ったらしいが。
悪の組織は、確かに駒王町に多大なる迷惑をかけた。本当にたくさんかけた。しかし、そんな中にも芽生えたものはある。普段はおみくじをしても『大凶』なんて出ないのに、みんなで『大凶』を引いてしまって大笑いし合った学生や、実際にお好み焼きと白米にチャレンジして関西人の心を知った関東人や、ラーメンの美味しさに開拓を始めた食通など、影響は様々なところに現れた。
そして何よりも、悪とは悪いことをする者が名乗るべきものなのだ。正義の反対は別の正義、とかそんなんじゃない。自分のやりたいように悪いことをするから、悪の組織なのだ。だから、それを模倣して真似をするような者がいてはならない。みんなで一致団結して抵抗して当たり前。それを可能にするのが、悪の組織という目に見える象徴なのだから。
「子ども達が…」
「首領さんの渦の理念は、確かに届いたと思うみにょ。イッたん達の笑顔は、そのおかげで作られたみにょ」
「……馬鹿もん。悪の組織が感謝されていては、本末転倒だろうが」
そう言いながら、首領の頬に一筋の涙が流れる。自分達の組織は、決して無駄ではなかったのだと不思議と心から納得できたのだ。嬉しさや悔しさも混じったその雨は、燻り続けていた焦燥を穏やかに沈めていく。カイザー・ヴォルテックスの涙に、組織の怪人達ももらい泣きをし、ミルキー・イエローも一緒に男泣きをした。傍からそれを見ていた紫藤トウジが、一番困惑していたのは言うまでもないだろう。
「こほんっ! 不本意だが、本当に不本意だが、一時的にキミたちの身柄は駒王町で預かることになった。そう、一時的にだ! あとでもう一回、抗議して来る。その間は、迷惑をかけてしまった駒王町の人たちへ謝罪をして、大人しくしていて欲しいのだが…」
「いや、わしは決めたぞ。悪の組織はここで完結してしまった。しかし、わしに新しい輝きを教えてくれたものがここにはある。わしは、新たな渦をここに作ることを誓おうではないかッ!」
「やめてくれないかなっ! 絶対私にとって、お腹が痛くなる案件だよね! 私の胃に何か恨みでもあるのか、キミたちはッ!?」
胃薬を相棒に片手装備している教会の戦士は、もう泣きに入っていた。とりあえず、あとで教会に戻ったら事態をここまで放置したエクソシスト達も盛大に道連れにしよう、と心に決めた。上司命令発動だ。部下も一緒に泣き叫ぶことだろう。
そんな集団男泣きの現状で、カイザー・ヴォルテックスはミルキー・イエローへ真っ直ぐな目を向けた。魔法少女も、その視線を受け止める。首領に新たな輝きを魅せてくれたものは、最後のミルキー・イエローの一撃だった。悪という渦すらも、その煌めきの前には回ることすら忘れさせたのだ。あの拳が、自分の中にあった価値観を全て粉砕していった。
あの輝きを己のものにしたい。悪という理念を真正面から砕いてみせた、魔法少女の白き拳。これまでの四十年を悪の組織のために使った。なら、今から残りの人生をあの渦を手に入れるために使ってみてもよいのではないか。何かを新しく始めるのに、理由なんて要らない。必要なのは、変わろうとする行動力なのだから。そんな行動力は元から天元突破している首領は、新たな野望を胸に抱き始める。新生カイザーは、悪の親玉らしい不敵な笑みを浮かべてみせた。
「魔法少女ミルキー・イエロー。わしは、お前が最後に放ったあの輝きを手に入れたいと思っておる」
「……アレは、ミルキー・イエローが魔法少女になって手に入れた絆の力みにょ」
「そうか。やはり魔法少女にならなければ、手に入らんか」
「魔法少女になる気みにょ?」
「なれないと思うか」
「いや、なっちゃ駄目だろう。年と性別を冷静に考えなさい。落ち着きなさい」
真剣な顔で語らう魔法少女(男)と、元悪の首領(男)と、冷や汗がダラダラ流れる守護者。この場で実力的には一番強いはずの紫藤トウジが、一番勢いに負けていた。本当に何をどうしたらそういう結論に行き着くのか、全くわからなかった。とにかく、魔法少女が増えるのは切実に勘弁してほしい。紫藤トウジの中で、悪の組織も魔法少女も訳の分からなさは同等の扱いだった。
「どうしたら、魔法少女になれる。そもそも魔法少女とは何なのだ?」
「ミルキー・イエローも、自分が完璧な魔法少女になれたとは断言できないみにょ。でも、心は魔法少女になれると思っているみにょ」
「では、魔法少女の心とは何だ?」
「魔法少女の心、には色々あるみにょ。でも、ミルたんが思う心は、自分だけの
「ほぉ…、まるで渦のようではないか」
童心に帰ったようにワクワクし出す首領。傍で首領がその道を行くのなら、お供しますぜ! とノリ気な部下多数。絶望するエクソシスト。そんな中でミルキー・イエローが思い出すのは、ミルキーの心を持つだろう友達のことだった。彼はいつもミルキー・イエローが困った時、当たり前のように手を差し伸べてくれた。ミルキー・レッドが魔法という力を授け、進むべき道を示してくれたおかげで、牧師さんや駒王町の仲間達にも出会えたのだから。
そして、魔法少女とは何かを知ろうとする首領に、ミルキー・イエローがそれを伝えようにも、彼もまた未熟な身であることは痛感しているのだ。そんな自分が彼らを導けるのか。それに首領だけじゃなく、部下のみんなも一緒となると、さすがに一人では難しいだろう。ミルキー悪魔や魔法使いさんに頼むにも、彼らだけでも大変だ。そもそもまずこの人達、現在はただの無職の全身スーツ集団でしかないのだ。教会で暮らすなんてことになったら、紫藤トウジの胃が確実に天に召される。
今回の最終決戦に向けて、文字通り死力を尽くせるようにお金も全て注ぎ込んだため、『渦の団』に残っているものはほとんどない。基地はいくつか持っているが、このまま維持を続けられる状況でもないだろう。それに困ったように鍛え上げられた腕を悩まし気に組んだミルキー・イエローの下に、鈴を転がしたような澄んだ声が耳に入った。
「あっ、ミルキー・イエロー、ここにいたのですね。ようやく見つかったのです。あとすみません、このワンちゃんが転がっていたので連れてきたのですが、飼い主の方はいらっしゃるでしょうか?」
「くーん、くーん」
「ミルキー・ブルーみにょ?」
漢率100%の場に、突如出現した
そんな空気なんて気にせず、のほほんと黒い子犬を腕に抱えながらミルキー・ブルーは歩き出す。ミルキー・レッドにミルキー・イエローの様子を伺ってくると伝えてからようやく来ることが出来たのだ。首領も魔法少女(真)の登場に目が飛び出るほど驚愕しながらも、視線は自分の相棒へ向かっていた。
「何をやっとるんだ、
「わうん?」
「いや、このおっさん何言っているのかわからない、みたいな声を出すでない。だいたいお主、しゃべれるだろう。……そこまで、美少女の腕の中がいいのか」
あっさり美少女に鞍替えした相棒に、ちょっと背中が煤ける。それでも、カイザーは油断なく新たに現れた魔法少女を一瞥した。どこからどう見ても、まごうことなき魔法少女だ。これで魔法少女じゃないと言われた方がびっくりするほど、魔法少女だった。それが逆に違和感を覚えてしまっている自分に、ミルキー・イエローによる価値観のぶち壊しの威力の凄まじさがわかった。
そんな首領の様子すらも天然でスルーしながら、ようやくミルキー・イエローの下までたどり着くことが出来たことに、ミルキー・ブルーはホッと息を吐く。何やらそこら中に戦闘の跡があるが、現在の様子から戦闘はすでに終了したのは間違いない。友達の無事を確認できたことに安心しながら、ミルキー・イエローから話の顛末を聞いた。
それに、ミルキー・ブルーはなるほどと相づちを打つ。教会は監視をするために『渦の団』を駒王町に滞在させるしかない。でも、彼らのお世話ができるほどの物理的な元気がない。そして首領たちは、魔法少女に感銘を受け、それを目指したいと考えている。しかし、彼らは無一文の宿無し無職であった。駒王町でとりあえずアルバイトはしてもらわないといけないが、さすがに数百人を超える団体をそのまま放り出すのはマズいだろう。
一緒になってしばらく一考したミルキー・ブルーは、何かを思いついた様にポンッと手を打った。
「そうなのです、ミルキー・レッドが言っていたのです」
「ミルキー・レッドがみにょ?」
「はい。何か困ったことがあったら、俺に連絡を入れてくれていいから、って言っていましたから。繋がるかわかりませんが、相談してみましょう」
現在、夏休み半ばの時期であり、倉本奏太がまだ『
『えっ、魔法少女の仲間が増えたの?』
「はい、そうなのです。でも、その方達は現在無一文で、ラーメン以外は衣食住もないようなのです。ミルキー・イエローが、魔法少女について教えたくても一人じゃ難しくて、困ってしまっているのです」
『うーん、ミル……今は変身しているからミルキー・イエローか。ミルキー・イエローはどうしたいんだ?』
「なんとかしてあげたいみにょ。首領さん達はもう悪いことはしないと思うみにょ」
『そっか…』
奏太としては、ミルたんの魔法少女業務によって、悪の組織が解体され、魔法少女に再就職することになったのかな、と思い描く。正義の味方に敗れた悪の組織が、その後仲間になる展開はニチアサとかにもよくあるよね、という感じで。原作でミルたんの友達として魔法少女(男)が増殖していた未来を知っていることもあり、あっさりとそのあたりは理解してしまった。
だが残念ながら、魔法少女業務は慈善事業のようなもので、お金なんてものは全くもらえない。ミルたんはそれでいいと思っているし、奏太自身も特に気にしていなかった。しかし、魔法少女として弟子を取るのなら、無一文は駄目だろう。そもそも今回の騒動はミルたんが発端で起こった事だ。その後始末を他所に任せるのは、無責任だと思ったのである。
それに何よりも、そのあたりの問題に関してはとっくにクリアーしていたりする。なんせ、魔法少女にはスポンサーがついているのだから。それも本人は無自覚だが、『
正直桁が増え続ける0の数字に怖々していた現状、貯まり続けるお金の使い道にちょっと困っていた奏太は、これは散財する絶好の機会と即断する。友達を助けられるし、スポンサーとして仕事ができるし、数百人の浮浪者を出さずに済むし、経済をしっかり動かせるし、魔法少女が増えるということは将来的には世界平和につながってくれるかも、でまさに文句なしのハッピーエンドだ。
『じゃあ、俺がお金を出すよ。俺は元々魔法少女のスポンサーなんだ。衣食住はまかせてくれ』
「……正気か? わしらはお主ら魔法少女と敵対しておったのだぞ」
『友達が困っていて、俺にはなんとかできる力がある。なら、躊躇する理由なんてないだろ。それに、ミルキー・イエローはこれからも魔法少女として頑張ると思うんだ。俺とミルキー・ブルーは、あんまり一緒にいられないと思うからさ…。その時、傍で一緒になって頑張ってくれる仲間ができると考えれば、これぐらいの出費は安いもんだよ』
決して安い金額ではないだろう。確実に0の桁がいくつか吹き飛ぶだろう。だが、奏太はそれを笑って受け入れた。半年前、ミルたんのおかげで自分は救われた。そのお返しが出来ることの方が、彼にとって重要だったのだ。元悪の組織であり、出自だって怪しい怪人や獣人、異能者ばかりの真っ当な者なんて一人もいない集団。それを理解しながら、「それがどうした?」と軽い調子でミルキー・レッドは受け入れる。すでに変人には慣れていた。
普通なら、こんな外れ者達のために投資なんてしない。信じようなんてしない。それなのに、通信から流れてくる声の主は、『渦の団』を仲間だと言ってくれたのだ。首領が信じられないようにミルキー・イエローへ視線を向けると、魔法少女は嬉しそうに頷いていた。そういう人物なのだと、堀の深い顔に笑みを浮かべながら。紫藤トウジは、駒王町の混沌化はもう止まらないことに諦めの境地を見た。
『じゃあ、お金は振り込んでおくようにするな。住居に関しては、クレーリアさんに相談してみたらいいと思う。元管理者だから、裏関係者用の住まいをいくつか確保しているはずだろうから』
「はい、ありがとうございます」
管理者の部分はラヴィニアにしか聞こえないように小声で伝えながら、奏太は他に問題があるとすれば何かと考える。衣食住はこれで問題ないとして、後は魔法少女講座だろうか。ミルたんやミルキー悪魔さん、魔法使いさんが教えるにも、さすがに三人だけで数百人は面倒を見切れない。他に、魔法少女について語れる人材がいるとすれば……。
そこまで考えた倉本奏太は、もう一つの厄介事に自然と視線が向いた。皇帝ディハウザー・ベリアルから、善意でもらってしまったとある連絡先。ずっと保留扱いにしていたが、さすがに数ヶ月経っても連絡なしは相手方にも失礼だと思っていたのだ。だけど、連絡する内容に悩んでいた奏太にとって、これはタイミングとして悪くないんじゃないかと感じた。
手にするのは、青色の魔方陣が描かれた一枚のカード。元々、ミルたんのために連絡先をもらったのだ。なら、ちょうどいい機会だと考える。彼女ならきっとみんなと意気投合できるだろうし、ミルたんに新しい可能性を与えてくれるかもしれない。駒王町は悪魔が管理する街であり、アジュカ・ベルゼブブの隠れ家も近くにあるのだ。他の土地と比べれば、魔王がお忍びで足を踏み入れやすいであろう。
半年前の魔法少女の襲撃とか色々勘ぐられる可能性はあるけど、たぶん大丈夫だろう。一応、彼女の連絡先をもらってすぐアジュカ・ベルゼブブに確認をとっており、彼女なら踏み込むべき領域かを見極めてくれると話していた。いたずらに半年前の事件を掘り返したくないのは、魔王としても同じ。仕事は仕事、趣味は趣味としっかり区別して切り替えられるだろう、と肩を竦めながらアジュカは同僚について語った。
という訳で、奏太はお金と一緒に、連絡先もプレゼントすることに決定したのであった。
『ミルキー・イエロー。俺に一人、魔法少女に詳しいヒトの伝手があるんだ。よかったら、連絡を取っておこうか?』
「本当みにょ? どんなヒトみにょ?」
『どんな、えーと、……魔王少女様、かな』
端的に彼女を表現するのに最も適した称号は、これしかなかった。
これから数日後、倉本奏太は姫島家の問題に直面し、更に人間界へ帰ってきてから知らされることになる数々の問題も降り注ぐ。事件に巻き込まれやすい性質なのは間違っていないだろうが、同時に自業自得で事態をさらに混沌の渦に巻き込んでいるのも間違いなかっただろう。
こうして、魔法少女と『