えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百二話 性質

 

 

 

 堕天使の組織『神の子を見張る者(グリゴリ)』に訪れて、二週間ぐらい経っただろうか。アザゼル先生が俺の神器を研究するためが主な目的だったけど、同時にシェムハザさんからの術式講座や、バラキエルさんからの戦闘講座など、様々なスキルアップを図ることが出来たと思う。少なくとも、光力への理解や回避術に関しては、自分でも実力が付いたんじゃないかな、と思っている。

 

 ここに来てすぐに相棒の声を聞くことが出来たけど、あれ以来特に変化は感じない。いつも通り、俺が怪我をしたらオートヒール、体調を崩したらオートリカバリー、寝坊しそうになったらオートアラーム(物理)、夜更かししていたらオートスリープ(物理)、等々という感じで相変わらずだ。ちなみにそのことを話したら、シェムハザさんとバラキエルさんにすんごい目で見られました。

 

 あとアザゼル先生からは、何故か女性との付き合い方(R指定)の授業が組まれていてめっちゃビビった。俺はまだ中学一年生なんですけど…。学校でもまだ保健体育なのに、いくら前世の記憶や知識っぽいものはあっても、俺自身の意識は今世のままなんだよ。最古参のエロ男から学ぶエロ知識とか、絶対にヤバいだろ!? 男として必要な知識もあるだろうけど、余計な知識をつけられる可能性の方が高いよね!

 

 なお、結果から言えば先生の授業はよくわからなかった。授業はちゃんと開かれたんだけど、俺はそれを見ることも、聞き取ることもできなかったのだ。先生がR指定らしい言葉を口にすると、全部『〇〇〇(ピー)』と規制音のようなものが流れ、映像を見ても全てモザイクが目に入る。俺はいったい何を見せられ、何を聞かされたんだろう。最初は先生のいたずらかと思ったが、実際は神器の能力が原因であった。

 

 なんと相棒が、シェムハザさんから教わった『認識の消去』を活用して、『宿主の年齢基準に達していないものの認識を消去』していたのだ。中学生の俺が教わっても問題ない知識以外、全部自主規制(物理)をされていた。安心フィルターが、まさかの常時発動状態。一応、俺がちゃんと成長したら解禁してくれるそうだけど、能力の応用の幅が広すぎてもう驚くしかない。相棒もなんだかんだで自由すぎる。なお、アザゼル先生からは、この使用方法に本気で戦慄された。

 

 そんなちょっとした事件がありながらも、そろそろ夏休みも終盤へと近づき、俺がここにいられる期限も終わりを迎えようとしている。ずっと施設の中にいたからか、あんまり冥界にいる気分じゃなかったけど、ようやく青空を拝めると思うと感慨深く思う。人間界に帰ったら学校が始まるし、しばらくはのんびり過ごすことになるのかな。去年は駒王町事件で大変だったしね。

 

 

「んー、バラキエルさん。銃の撃ち方のコツとかって、何かありますか?」

「そうだな。まずは、構え方だ。対象を正確に撃ち抜くには、安定した弾道が重要だろう。構え方は使用する銃の種類や、その時々の状況に応じて変わってくる。お前の持つ銃は、光力を撃ち出す特殊な作りのため、撃った時の反動や衝撃が少ない。だからまずは基本の構えを覚え、撃つ感覚をいち早く掴むことだろう」

「なるほど。念願の遠距離武器が手に入ったのは嬉しいけど、こりゃあしばらくは練習が必要だなぁ…」

 

 さてさて、この二週間をちょっと振り返りながら黙々と作業を行い、持っていた武器のメンテナンスを無事に終えることが出来た。いつものようにバラキエルさんとの訓練が終わって、おいしいお昼ご飯を食べた後、新しく俺がやるべき作業の一つである。二日前にアザゼル先生とシェムハザさんからもらった、驚きのプレゼント。これがたぶん、ここ最近の一番の出来事だろう。

 

 銀の銃身にスマートなフォルム。子どもの片手で扱えるぐらいの大きさと軽さの短銃。性転換銃のようなおもちゃみたいな見た目とは違い、重厚な存在感がある。ただこれは一般的な拳銃と違い、弾丸を入れるための弾倉がない。SF映画とかで見られるような光線銃的な扱いになる。そのため、銃の知識なんてほとんどない俺でも問題なく使えるのだ。俺は右手に持つ改造銃を眺め、グリップの調子をもう一度確かめておいた。

 

「確かこれって、キリスト教会のエクソシストやエージェントが使う対悪魔、魔物用の銃と同種のものなんですよね。似たような物を紫藤さんも使っていたし…。籠める力が天使の光力か、堕天使の光力かの違いなだけで」

「あぁ。倉本奏太の能力用に改造されているが、それ以外の構造は基本的に同じだ。ただ光力を籠め直すには、堕天使の力が必要であるため乱用は避けるように」

「はい」

 

 さすがに紫藤さんや原作のフリードが使っていたような威力はなく、現在は威嚇用で出力を弱めている。まだまだ練習中だから、失敗や暴発をしても大丈夫なようにとのこと。銃の扱いに慣れてきたら、出力は調整していけばいいしな。光力を撃つ関係上、悪魔や魔物相手になら頼もしい限りだろう。

 

 しかし、まさか俺が本格的に銃を持つことになるとはね…。ここに来た当初は思いもしなかったけど、性転換銃を撃ちまくっていた俺の様子を見て、先生から「それなら使えるだろう」ともらったのだ。俺が使える数少ない攻撃手段として、現時点で最も適していると判断されたらしい。

 

 この光の弾丸を撃ち出す銃は、反動がほとんどないため、非力な女性や子どもでも扱いやすい。何よりも俺と相性がいいと判断されたのは、『光力』そのものを扱う武器であることだ。この世界にはたくさんの『力』があるけど、その中で俺は『光力』なら自分のオーラと同じように操ることができる。銃に宿る『光力』を書き換え、俺の能力を付与させることも可能なぐらい親和性が高いのだ。

 

 俺は普通の銃にはない、パッチのような部分を開ける。ここが改造銃と呼ばれるところで、アザゼル先生が俺のためにわざわざ作ってくれたオーダーメイド品だ。そこには、棒状のものを差し込める隙間があり、俺はそこに『Analyze(アナライズ)』で小さく分解させた神器をセットする。カチッ、と小さな音が鳴り、パッチの蓋を閉じると同時に紅の光が銃身を走る。俺は自分のオーラを神器から銃全体に纏わせ、ふぅと息を整えた。

 

光力の書き換え(リライト)

 

 銃に籠められた光力に消滅の力を発動させ、俺のオーラを混ぜていく。銃に差し込まれた神器の力で書き換えられた光力は、俺のオーラと同一になることで神器の能力を帯びることが出来るのだ。つまり、『神器で刺す』という工程でしか能力が発動できなかった現状に、『神器の効果を纏った光力の弾丸を撃ち込む』という工程がプラスされたのである。もちろん刺した方が能力の効果は高いが、『刺す』以外の発動方法を手に入れられたのは非常に大きいだろう。

 

「神器を銃に差し込んで、オーラで光力を書き換えて、消滅の能力を撃ちだす。まさかこんな方法を思いつくなんて、さすがはアザゼル先生とシェムハザさんですね」

「倉本奏太と光力の相性が、予想以上に高かったようだからな。それに『仙術による気配察知』と『障害物を排除できる認識の消去』という、狙撃手として優秀なスキルも持っている。『槍を投げる』では届かなかった距離や、手数の少なさを銃で補うことができるだろう」

「一番は、味方への回復が楽になったことですね。出力を最低にして味方に『疑似回復』の効果がある光力を撃つこともできますし、悪魔や魔物なら光の特性を消滅させた状態で撃てば問題ないですから」

 

 アーシアさんがやっていた回復を飛ばす能力を、銃を使って疑似的に再現できるようになったって訳だ。さすがに仲間に槍を投げて回復させるのはちょっと抵抗があったし。俺が傍で援護ができるなら銃で回復、近場にいられないのなら分離槍を渡して回復してもらうと色々と手段も増やせる。

 

 銃で撃てる対象は一つだけだから、アーシアさんのように範囲効果のある回復はできないけど、そこは本職と比べても仕方がない。バラキエルさんの言う通り、手数で補うしか今のところ方法はないだろう。アジュカ様の修行をこなしていけば、術式を改変させるやり方がもっとわかってくるはずだから、色々応用できる技も増えていくと思う。これからも要修行かな。

 

 敵相手なら、今まで通り槍をブン投げてもいいし、状況に応じて銃で牽制もできる。右手に相棒を持って攻撃に回り、左手に改造銃を持って援護を行う。同時に二つの能力を発動させるなんてかなり無茶な作業なんだけど、そこは相棒と分担して能力を制御すればいけるだろう。という訳で、アザゼル先生の説明や俺の予想でも、かなり強力な武器を手に入れられたのは間違いない。

 

 だが、当然ながら注意点はある。先ほどバラキエルさんが言っていたように、堕天使がいないと光力の補充が出来ないことだ。そこが実は難点なんだよな。身近な堕天使がトップ陣三人しかいないから、手軽に補充ができない。さすがに悪魔であるみんなが光力を扱うことはできないし、今のところここぞという時に使う切り札って感じだろう。あと、魔法使いの俺が大っぴらに光力を使うのも眉を顰められそうだし、取り扱いが難しいものだ。

 

「光力の補充かぁー。出力最低状態の銃のエネルギーを、毎回ラスボスクラスにお願いするとか勿体なさすぎる」

「……確かにその程度なら、下級の堕天使でもできるからな」

「知り合いがトップレベルばかりとか、ある意味で贅沢な悩みですよね」

 

 バラキエルさんと雑談しながら、トレーニングルームの端の方に設置されてある的に向かって俺は銃を構える。構え方の悪い部分を隣にいる教官に矯正してもらい、両手と片手、それぞれで十発ずつ撃ち込んでいった。これでも槍投げの練習は欠かさずやってきたからか、空間や距離の把握は出来ていると思う。

 

 槍投げから銃になって戸惑いはあるけど、反動があまりないおかげで命中率は悪くないだろう。まだまだ棒立ち状態で、的も動かないことが前提の命中率だけど。タンニーンさんぐらい大きかったら、性転換銃の時のように撃ちまくれるだろうに。限りがある光力を乱れ打ちする訳にはいかないから、一発一発大切にしないといけない。

 

「あっ、そうだ。アジュカ様から、術の指向性に関する書き換え方を教わろう。光力にホーミング機能をつけられたら楽そうだ」

「さらっと厄介な能力を思いつくな…。光力が弾丸だからできる芸当なんだろうが」

 

 俺の思いつきを聞いた教官に、ちょっと呆れられました。

 

 

 

――――――

 

 

 

「……ふむ」

「バラキエルさん?」

「ん、あぁ、すまない。少し考え事だ」

 

 ここしばらく、今のように俺の顔を見ては何かを考え込むバラキエルさんの様子をよく見かけた。尋ねてみても、眉間に皺を少し寄せては、静かに首を横に振られる。訓練が終わったので、バラキエルさんと連れ立って部屋に戻る途中なんだけど、本当にどうしたんだろう。何か悩みでもあるのかな。先生にそれとなく聞いてみても、「お前はいつも通りで大丈夫だ。話があるなら、あいつから話すさ」と言われてしまったので、俺は待つしかないけど。

 

「倉本奏太。そろそろ人間界へ帰ることになるのだろう?」

「えっ、はい。夏休みもあと少しですし、みなさんには本当にお世話になりました」

「そうか。神器の研究もいったん停止せざるを得ないため、ちょうどいいタイミングなのだろうな」

 

 バラキエルさんの言う通り、俺の神器の深奥を探る研究はしばらく時間を置くことになった。というのも、聖書の神様が施したであろうブラックボックスの解析を進めなければ、今のところ先のラインに進むのは困難だと判断されたためだ。俺から得たデータを参照しながら、一度じっくりと防衛システムを突破するための術式を組みなおすとのこと。

 

 それに武闘派の幹部であるバラキエルさんを、これ以上一ヵ所に拘束するのも難しいみたい。あと他の堕天使の幹部に仕事を割り振ってここから遠ざけていたけど、それもそろそろ限界とのこと。アザゼル先生がちょっと愚痴っていた。サハリエルさんが「新たなグリゴリ怪人の改造案がたくさんできたのだ!」と研究所の使用を催促してきて、アロマロスさんが「アンチマジック(筋肉パワー)の研究の続きだァッ!」と言ってハッスルしているらしい。絶対に遭遇したくないので、速やかに帰ることには俺も同意です。

 

 そういえば、あともう一人。先生の口から出てきた名前がある。以前にも耳にした堕天使の幹部らしきヒトの名前だ。アザゼル先生の口振りから、グリゴリ設立時から残っているメンバーであるのは間違いないと思う。だけど、その幹部さんは俺の原作知識には出てこない。もしかしたら、原作二十巻以降に出てきたのかもしれないけど、それでも俺の前世の記憶が『それはあり得ない』と告げていた。

 

『グリゴリ設立時の幹部メンバーで残っているのは俺と副総督のシェムハザ、バラキエル、サハリエル、タミエル、ベネムネ、そしてアルマロスの七名だけだ』

 

 コカビエルはコキュートスに落ちてしまったため名前はなかったが、原作でアザゼル先生が間違いなく口にしていた記憶がある。そして、それとなく先生に確認してみたところ、現在のグリゴリの幹部メンバーは九名らしい。コカビエルさんを含めたとしても八名であるはずなのに、一人多いのだ。つまり、原作までのこの空白期の間にいなくなる、または亡くなる可能性が高い。

 

 その幹部の名前は、――サタナエルさん。俺が唯一原作での情報を持っていないヒトで、先生曰く神器の研究が大好きな先生の同類らしい。ただ、アザゼル先生とは研究の方向性が違うみたいで、色々意見の衝突があるみたい。それでも、先生と同等の知識を有していることから、神器研究は基本的にこの二人が主軸に立つことが多いようだ。このあたりは、シェムハザさんに教えてもらった。

 

 ただそれがわかっていても、俺に出来ることがあんまりないんだよな…。原作までに何があるのか不明。先生にサタナエルさんがもしかしたら狙われている、または危ないのかもしれない、と会った事もない俺が忠告するのも変だし。もしかしたら、二十巻以降の原作でクレーリアさんの事件みたいに彼の謎を追うとかあったのかもしれない。うーん、すごく気になる…。

 

「どうした、難しい顔をして」

「あっ、すみません。ちょっと考え事をしていました」

「……お互い、色々考えることがあるみたいだな」

「はははっ、そうみたいですね」

 

 俺もバラキエルさんもどこか上の空だったのは、事実だろう。頬を掻く俺と小さく笑みを浮かべるバラキエルさん。この二週間、当たり前のように通ってきた道で、同じことの繰り返しだったのもあると思う。それでも、もしここで気を抜いていなければ、この邂逅は起こらなかったであろう。

 

 

「――おや、珍しい。お前がここにいるのもそうだが、人間……『堕ちてきた者たち(ネフィリム)』の生徒が冥界(ここ)にいることもな」

 

 俺が聞いたことのない、第三者の声が耳に入った。俺とバラキエルさんは、瞬時に声の方へ振り向く。ここは幹部のみが使う専用の通路であるため、一般の研究員が通ることはない。そのおかげで、今まで他の堕天使と鉢合わせることがなかった。だから、完全に油断していた。バラキエルさんは苦虫を噛んだような顔を一瞬見せたが、すぐに表情を毅然としたものへと変える。俺もバクバクと鳴る心臓を落ち着かせるように息を吐き、ゆっくりと顔を上げた。

 

 そこにいたのは、精悍な顔つきにブラウンの髪を持った長身の男性。神秘的な銀色の瞳を宿し、見ているとなんだか惹き込まれそうな妖しい光を感じる。顔を上げた俺と目が合うと、優し気に笑みを浮かべられた。綺麗なヒトだと思う。リュディガーさんのような優雅さと、アジュカ様のような妖艶さを持った、不思議な男性。

 

 ――それと同時に、俺の中の奥底から言い知れぬ寒気が沸き上がった。

 

「サタナエルか」

「お前が私の気配に気づかないなど、随分気を抜いているじゃないか。そんなにその少年との会話は楽しかったのかい?」

「……何故、お前がここにいる。アザゼルから仕事を任されていたはずだろう」

「心配はいらない。しっかり成果を上げてきたさ。それとも、私がここに帰ってきてはまずいことでもあったのかな」

「…………」

 

 固い口調のバラキエルさん相手に、全く調子を崩すことのない相手。気安い態度で、その目は面白がるように細められ、興味を抱いた様子を隠そうとしない。『サタナエル』。バラキエルさんは、そう口にした。このヒトが、堕天使の幹部であり、先ほどまで俺が考えていた男性。見た目だけなら、綺麗で優し気なヒトに見えるだろう。

 

 しかし、俺自身に彼を観察する余裕はなかった。先ほどから、嫌な予感が収まらない。そんな二人の様子を目に入れながら、俺は少し震えている手を強く握り込み、銀の輝きから逃れる様にバラキエルさんの後ろに隠れた。だけど、それで俺の方に興味を映してしまったようだ。

 

「はじめまして。私はサタナエルだ」

「は、はじめまして…」

「ふむ、やはり見たことがない顔だ。その制服を着ているということは生徒なのだろうけど、バラキエルがクラスを持ったなど聞いたことがない」

 

 ……見たことがない顔か。このヒト、堕天使なのに人間の顔をちゃんと覚えているみたいだ。アザゼル先生レベルの神器研究の第一人者みたいだから、おそらく神器持ちを集めている『堕ちてきた者たち(ネフィリム)』の全生徒のデータが頭に入っているのだろう。これは、下手なことを言えないぞ。

 

「それで、どうして雷光と一緒に?」

「たまたま手が空いていただけだ。検査で連れてきたみたいだが、急用が出来たみたいでな。さすがにこの施設で一人にする訳にもいかないと、シェムハザから一時的に預かっただけだ」

「シェムハザから?」

 

 バラキエルさんに向けた視線を、そのまま俺にも向けてくる。事前にアザゼル先生と決めていた約束を思い出しながら、バラキエルさんの言葉に合わせるように俺も口を開いた。

 

「俺、シェムハザ……先生のクラスなんで…」

「あぁ、なるほど。シェムハザの…。あいつの教室はまだ確認できていなかったな」

「は、はい」

「それで、どんな神器を持っているんだい? アザゼルに聞いても誤魔化されて、ずっと気になっていたんだ。形状は? 状態変化系、結界封印系、属性系、創造系、防御系、独立具現型、それとも別の形態かい。そして、どんな特性を有して――」

 

 楽し気な表情で、すごく爛々とした目でこちらに迫ってくる堕天使様。間違いなくこのヒト、アザゼル先生二号だよ。だって行動が、初対面の先生と全く同じだから! 堕天使の初めましての3/4がこれって、シェムハザさんだけが堕天使として例外なだけのような気がしてきたよ。

 

 

「サタナエル、そこまでにしておけ。完全に怯えられているだろう」

「むっ、……おかしいな。厳つい見た目のお前には懐いているみたいなのに。人見知りが激しい子なのかな」

 

 いえ、人見知りとか初めて言われました。先生からは、すぐに懐く能天気な犬レベルだと言われましたね。これ、悪口だよね。まず褒めてはいないよね。横目でバラキエルさんも態度には出さないが、俺の様子に不思議がっている雰囲気はある。俺自身も過剰に反応しすぎているかもしれないと思っているんだけど、どうしても震えが起こるのだ。

 

 ただなんとなく、このヒトには俺の神器を見せない方がいい気がした。先生からは「どうせネタ神器にしか思われない」と言われているけど、こちらの心の中まで見抜いてきそうなほどの深い銀の色に躊躇がある。そんな風に縮こまる俺に向け、サタナエルさんは笑顔でそっと手を差し伸べてきた。

 

「安心しなさい、私はキミを傷つけるようなことはしないよ。なんだったら、握手でもしてみるかい」

「……ごめんなさい」

「嫌われてしまったかな。それは、悲しいね」

 

 残念そうに肩を落とすサタナエルさん。少なくとも、彼の言葉通り、こちらへの敵意は感じない。観察するような目はあるけど、今はそれだけだろう。それでも、沸き上がる悪寒が止まらない。握手ぐらい、と思う思考や疑問はあるけど、この感覚を無視するべきじゃないと俺の中の何かが告げてくる。

 

「サタナエル、傷つける気がないのならその不穏なオーラはしまえ」

「えっ?」

「おや、気づかれてしまったか。ちょっと驚かせようとしただけなんだけどね」

「……サタナエル」

「言っただろう、『傷つける』つもりはないと。……はぁ、わかったわかった。降参だ。お前を怒らせたくはない。彼の神器を知るのは、またの機会にさせてもらうよ」

 

 バラキエルさんが強く睨みつけると、サタナエルさんは両手をあげて後ろに下がった。今のやり取りの意味はわからなかったけど、俺が彼と握手をしていたら何か起こっていた可能性があるということだろうか。敵意は感じなかったんだけど、……やっぱり気を付けていて正解だったのかな。

 

 それから、混乱中の俺をしり目に二人は少し会話を交わすと、サタナエルさんは自身の髪を掻きあげた。俺については触れない会話に、どうやら先ほど彼が言った通り、こちらを言及するのは諦めてくれたみたいだ。冗談を交えながら笑みを浮かべて語らうサタナエルさんと、寡黙ながらもしっかりと言葉を交わすバラキエルさん。たぶんだけど、ここに俺がいるから遠慮しているだけで、普段はもっと気安い仲なのだろうと伺える。

 

 俺の中にあった悪寒は、多少収まってきている。だけど、やっぱりバラキエルさんやシェムハザさんと同じように接することには、なんだか抵抗が起こるのだ。今までにいないタイプで困惑する。だいたい嫌な予感がする相手は、俺や人間に対して敵意や見下した態度を隠さなかった。でも、彼にはそれが感じられない。俺の顔を判別できたように、サタナエルさんは人間をちゃんと見ている人外だ。

 

 それでも、怖いと思った。アザゼル先生と似ているようで、何かが違う。漠然とした感覚だけど、俺がサタナエルさんに抱いた感情はそれだった。

 

「さて、それじゃあ私はこれで失礼するよ。機会があれば、また会おう。シェムハザ教室の生徒と私の教室の生徒で、模擬戦が出来たら嬉しいね」

「まず許可は下りないだろう。お前の教室にいる生徒の能力は、……危険すぎる」

「自慢の生徒達なのだけどね。残念だ」

 

 バラキエルさんの言葉に笑って肩を竦めると、サタナエルさんは俺達の横を通り過ぎ、そのまま研究所の通路を歩いていった。その後ろ姿が見えなくなるまで見続けた後、緊張から張り詰めていた糸がようやく解ける。まるで嵐のようだった。一瞬で通りすぎていったけど、こちらに残したものが大きいところも含めて。

 

 

「すまなかったな、私の不注意だった」

「いえ、俺もぼぉーとしていましたから。……あの、大丈夫ですよね」

「アザゼルとシェムハザが、上手くやってくれるだろう。あいつの神器に対する執着は、心配ではあるがな」

 

 それでも出会った幹部の中でなら、厄介だけどまだマシな相手ではあったらしい。まぁ、アルマロスさんとかサハリエルさんに遭遇したら、今以上の嵐に巻き込まれていた可能性はありましたしね。コカビエルさんと遭遇して、睨まれるとかも怖い。タミエルさんなら疑問に思いながらも察してくれる安全牌らしいけど、ベネムネさんは姉御肌で面白いことがあったら首を突っ込むところがあるみたい。安全牌が少ねぇな、堕天使幹部勢。

 

「そういえばさっき『私の教室』って言っていましたけど、サタナエルさんも担当教官なんですか?」

「あぁ、そうだ。ただあいつの持つクラスは、扱いにくい能力の持ち主たちを集めたところでな。……通称『アビス・チーム』と呼ばれる、厄介な能力持ちのみが在籍している教室だ。お前は関わらない方がいい者たちだろう」

「俺はですか?」

「彼らの持つ異能は非常に厄介で強力だが、倉本奏太の神器なら相性は問題ない。だが、……人としては関わらない方がいいだろう」

 

 それだけ告げると、バラキエルさんは静かに口を閉じた。サタナエルさんに関しては、これ以上話すことはないという訳かな。それにしても、厄介な異能を宿す集団か…。俺もみんなから厄介な能力だと言われてきたけど、バラキエルさんの様子からあまり良い意味ではないのだろう。『アビス(深淵)』なんて名前がつくぐらいなんだし。そして、そんな彼らをまとめているのが、先ほど出会った銀色の瞳を持つ堕天使ということか。

 

 それにしても、あのヒトがサタナエルさんかぁ…。綺麗なヒトだったけど、やっぱりちょっと怖いな。できれば、次の機会なんて起こらない方がありがたいかも。今回はいきなりだったけど、次にもし出会う時があったのなら、もう少し冷静に対応できるようにしよう。アザゼル先生達に迷惑はかけたくないしな。

 

「しかし、あまりここに長居することができなくなったな。サタナエルがいる以上、お前の存在を不審に思われる可能性が高まる。あいつの場合、神器に関する行動力はアザゼル並みだからな」

「それはヤバいですね」

 

 本心からそう思いました。アザゼル先生並みって、言葉の深刻さは生徒としてよくわかります。

 

「でも、もうすぐ夜ですよね。アザゼル先生やシェムハザさんはいないし、協会に行くための魔方陣は機動していないし、今日帰るにしても遅いですし…。とりあえず今日は部屋に籠って、先生と連絡がつき次第、明日すぐに帰る感じがいいですかね?」

「……いや、お前は一人にならない方がいい。サタナエルは幹部であるため、自由にこの施設が使える。私がいなくなったら、あいつの行動を止められる者がいない。口では倉本奏太の神器を見ることを諦めると言っていたが、チャンスがあるなら抜け目なく行動する男だ、アレは」

「さすがは、行動力アザゼル先生…」

 

 確かに、今回サタナエルさんが穏便に済ませたのって、バラキエルさんが傍にいてくれたからだろう。人間の俺一人ぐらい放っておいてくれる可能性は高いけど、全くの0%じゃないのだ。『行動力:アザゼル』を、嘗めちゃいけない。しかし、緊急帰宅するにもどこへ帰ればいいんだろう。ここは冥界だし、現在は堕天使領にいる。悪魔領に行くのだって、至難の道のりだ。というより、俺一人ではどこにも帰れない。

 

 

「いい機会なのかもしれないか…」

「バラキエルさん?」

「今回のことは、護衛として就いていた私に責任がある。あいつも言っていたが、気を抜き過ぎていた。どうするべきか悩んでいたが、その所為でお前に迷惑をかけてしまった。だから、私も腹を括ろう」

 

 真っ直ぐに目を合わせて紡がれる教官の言葉に、驚きから思わずパチパチと瞬きをする。確かに本人の言う通り、最近のバラキエルさんは何かに悩んでいるようだった。それは気になっていたけど、まさかここで言う流れですか。戸惑いを浮かべる俺へ、いつもより何倍も気迫の溢れた雷光様は、覚悟を決めた様子で口を開いた。

 

「倉本奏太」

「は、はい。何でしょう」

「今日は、私の家へ泊まりに来なさい。この時間なら、妻が夕食を作っている頃だろう。もう一人分増やせるか連絡を入れておく。冥界に持ってきた自分の荷物をまとめてくるといい」

「……へ?」

 

 あまりに予想外な提案に、数秒ほど硬直した。えっ、私の家? それってつまり、バラキエルさんの家に泊まれってこと? それに妻の存在を明かしたってことは、まさか姫島家に俺を招待するということなのか? 俺の頭の中に、いくつもの疑問と驚きが溢れてくる。だって、本来ならあり得ない。いくら仲良くなったからって、俺みたいな子どもに教えるなんて…。

 

「なんで…?」

「今まで何も聞かないでくれたこと、感謝する。アザゼルや朱璃とも相談をして、そしてやっと決心がついた。お前に降りかかる火の粉があれば、私が必ず薙ぎ払う。だから、私の話を聞いてもらってもいいか?」

 

 普段の力強い教官としての言葉ではない。だけど、真摯なまでに願いが込められた言葉であることは理解できた。未だに混乱している気持ちはある。心のどこかでいずれ直面するしかなかった現実がついにきたのだと告げる、冷静な部分もある。そして、バラキエルさんにとって宝物である二人の存在を俺に教えてくれるのだ、という嬉しさもあった。

 

 二週間前にアザゼル先生に連れられて、彼と出会った時からわかっていたことだろう。原作の知識を持っている俺だからこそ、避けては通れないであろう道を。本当はもっと後に関わることだと思っていたんだけど、どうやら俺は尽く原作の過去に巻き込まれる性質らしい。去年の今頃に駒王町事件に巻き込まれたばかりなのに、今年も休むことはできなさそうである。

 

 だけど、受け入れよう。覚悟を決めよう。どうせ俺の性格的に見捨てられない。だったら、俺にできる力の限りで運命に抗ってみよう。自分から巻き込まれる決意なんて、一年前に通過済みなんだから。未来がどうなるのか本当にさっぱりわからなくなりそうで、お腹は大変キリキリするけどね! そう思った瞬間には相棒がオートモードを発動するから、気持ちだけなんだけどなっ!

 

「……はい、俺でよければ聞かせてください」

「ありがとう。私には、妻と娘がいる。日本の五大宗家の一つである姫島の血を受け継ぐ人間の妻と、堕天使と人の間に生まれた幼い娘だ」

 

 俺に与えられた個室へとたどり着くと、バラキエルさんはポツポツと語り始める。姫島朱璃さんと姫島朱乃さんについて。姫島家との確執について。堕天使の組織への弊害について。俺に対する謝罪と期待について。そして、これからの家族の未来について。口下手だと自他共に公言しているバラキエルさんが、人間の子どもである俺へ精一杯の思いを伝えようとしてくれている。

 

 俺は彼の話に静かに頷きを返し、原作の知識と照らし合わせながら、自分がこれからするべきことを考えた。とりあえずまずは、お世話になる姫島家にしっかり挨拶をすることだろう。今までおいしい昼食を作ってくれていた朱璃さんに、しっかりお礼だって言わないといけない。何事も信頼関係がなければ始まらない、と俺は思うのだ。

 

 そして何よりも、朱乃ちゃんといっぱい遊ぼう。女の子が好きな遊びがちょっとよくわからないけど、今まで円滑なコミュニケーションを築かせてくれた万能アイテム『ゲーム』が俺にはある。姫島家の教育方針でゲームは駄目だと言われなければ、たぶんいけるよね? いけると信じたい。いけなかったらラヴィニアに助けを求めよう。現役小学生のイリナちゃんだっている。まさに最強の布陣だ。

 

 俺にとっては急展開となってしまったグリゴリ滞在の最終日。堕天使が堕天使であることを身に染みて理解した日々であり、そして相棒の深層へ踏み込む一歩を知ることもできただろう。さらに今後もサタナエルさんのことや、姫島家のことなど色々ありそうだけど、俺に出来ることを一歩ずつ積み重ねていくしかない。頑張らなきゃいけないな、と俺は改めて拳を握りしめた。

 

 こうして、ついに俺は姫島家へ足を踏み入れることになるのであった。

 

 


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