友を訪ねに行きましょう。   作:HIGU.V

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あと1,2話です。


転―3

苛ついていた。そう、割の良い仕事だから全然我慢ができる程度であったが。

貴族様の仕事でワーカーに来るものなんて、大っぴらに言えないものだと『大っぴらに言っている』様なものだ。代理人が来て説明するのは普通のことだが、出立の直前になって待ったがかかった。

野営地などの選定や、慣れない複数のワーカーチームでの行動になるために足並みをそろえる必要があるなど、少しでも早く出立したいのだが、依頼人の命令に従わざるを得ない。

 

「長い、もっと端的に話せ」

 

そうだ、暫く待っているといかにも貴族ってやつが馬に乗ってやってきた。奴はそれぞれのリーダーに向けて確かこういったんだ。

────これから行く場所を、可能な限り墳墓の中を荒らさずに、そして住んでいる存在がいたら友好的にして、もし誰かに会えたならこの紙を見せてほしい。ちょっとしたおまじないなんだ

そう言いながら羊皮紙を一巻き渡して来た。

 

「不自然な行動だと感じなかったのが?」

 

当然不審がったさ。なぜ調査をするように依頼してきた場所を知ってるのかって、まぁオレ達はきかなかったさ。それがワーカーだからだ。だが天武の奴は物怖じせずにそんな感じの事を聞いた。罠にはめられるかを警戒したんだと思うぜ。オレ達は800枚の金貨を使った罠にかけられる価値なんてないと思ってたが、気になったから耳を傾けたのさ。

────物語に伏線は必要だろう? 伝説の場所かも知れない墳墓に行くんだ。

全く納得できねぇが貴族の道楽なんてそんなもんだと納得した。

 

「その貴族の特徴を可能な限り具体的に言え」

 

何処にでもいそうな貴族だった。くすんだ金の髪のな。

 

「そうか。もうよい。誰か、こいつを連れていけ。それと他の侵入者どもが意味のなさそうな羊皮紙を持っていないか確認してくるのだ」

 

 

アインズ・ウール・ゴウンは目の前の男。ヘッケランを指さしながらそう告げた。

先ほど羊皮紙を見つけた後、すぐさま持っていた男を彼は蘇生させて、精神支配をかけて情報を聞き出した。低レベルな人間だ、それに効く初歩的な魅了を使えるドッペルゲンガーなぞナザリックには無数にいる。その上位の支配もだ。

そして分かった情報は、フェメール伯爵とやらの差し金で彼らはここに来たことと、羊皮紙を渡した人物は、あまりにも怪しいという事だ。

 

(どういうことだ。くけこさしすさんが操った人間を使ってメッセージを送って来た? 何かしらのトラブルに巻き込まれて動けないとかならばわかるが、満月に会いに来ると言っている。くけこさんの遊び心か? あの人もロマンチストだったから)

 

 

アインズがいや、モモンガが思い出すのはかつてのギルメンのくけこさしすの事だ。浮世離れというか、若干ずれた人物だった。普段から人をからかうような言動をするわけでもないのに、戦闘スタイルはひたすらに人間に対する嫌がらせだけして、とにかく煽るというものだったし。

モモンガからしてみれば犬猿の仲としか思えないたっち・みーさんとウルベルトさんの確執を、喧嘩する程仲がいいってやつですねー。と言ってしまう程度には。

まぁモモンガも憎しみあっているという方面ではなく、馬が合わないで張り合ってしまうといった方面でとらえていたので、仲間意識があったことは確信しているが。

 

閑話休題

 

アインズにとって優先するべきこと、それは1にナザリックの安全確保だ。それが脅かされない範囲で名声を広めて、いるかもしれないかつての仲間への灯とすることだ。

だが、此処で逆転してしまったのだ。仲間らしき痕跡が、ナザリック価値全てそのものと周囲から称されるアインズの弱点となりえる部分を浮き彫りとすると同時に現れたのだから。

 

 

「さて、すまないな。守護者各員。集まってもらったのは他でもない、デミウルゴスやアルベド辺りは察していると思うが、我が古き盟友に関する情報が手に入ったのだ」

 

 

アインズは闘技場で殺したヘッケランをその場で蘇生させて情報を収集した後、適当に部下に処理をまかせた。それはヘッケランの記憶にはくけこさしすからの許可の文言を受け取っていないどころか、くけこさしすのメッセンジャーかも知れない存在の墳墓を荒らさないようにと言う依頼内容を逸脱した行動をとっていたからだ。

 

考えても見てほしい、自分たちだけの秘密基地に一人でいる時に、君の友達の紹介でここに来たんだ。と見知らぬ他人が来た。そいつは勝手に秘密基地に隠していたお菓子に手を出している。さすがに疑って鎌をかけてみると、なんと紹介されたどころか、友人からはもし僕の秘密基地を見つけても、君が自由に使う権利はないと言い含められていたのだ。

 

自分に対しても、基地に対しても、友人に対しても侮辱と取ることができる唾棄すべき行為だ。

 

 

ともかく、アインズはその情報を脳内で吟味しながら守護者たちを貴賓席から、彼のいる闘技場の底に来るように命じたのである。

 

 

「この羊皮紙を見てくれ」

 

「これって! アインズ様! まさか?」

 

「そうだアウラよ。わが友の一人くけこさしすさんからのメッセージである可能性が高いのだ」

 

 

アインズは勿体ぶりながらそう言う。そして冷静に周囲の守護者たちの様子を観察する。

素直な感動、歓喜といった感情を表しているのは、アウラ、マーレ、シャルティア、そしてコキュートス。喜びと戸惑いそして思考に沈んでいるかのような仕草のデミウルゴス。目を少しばかり伏せて、考え込みつつも御身の命ずるままにと言った姿勢のアルベド。

これは彼の予想の範囲内だ。後者二人は確実にこの件の不信点の多さが先に来るであろうという判断からだ。

 

 

「だが、あまりにも不可解な点が多すぎる。デミウルゴス、確か侵入者たちの裏には帝国がいたな」

 

「はっ。仰る通りでございます。この愚かな人間達は帝国の貴族の命令で来たと。先ほどログハウスに来た者たちにドミネート/支配をかけて吐かせたばかりの情報でございます故、精度は保証しかねますが」

 

「精査は今後やっていけばよい。問題なのはくけこさしすさんが直接来られずに、貴族を操ってワーカーどもを寄こしたということだ」

 

 

アインズは自分で口にしながら疑念を固めていく。その視線の先にはシャルティアがいた。

 

 

「この世界にはユグドラシルのアイテムがいくつか存在している。プレイヤーの痕跡もある。そして先日のシャルティアの件もある」

 

「やはり……そうなのですね……アインズ様」

 

「アルベド、デミウルゴス、ドウイウコトダ? マサカ至高ノ御方デアルくけこさしす様ガ偽物ダトイウノカ?」

 

「そうではないのだよ、コキュートス。アインズ様が懸念されているのは2つ。1つは確かに君の言うように、帝国かさらにその裏の存在が、口にするのも虫唾が走る事にくけこさしす様の名を騙っている可能性だ」

 

「そしてもう1つは帝国にくけこさしす様が協力しているという事よ……最悪力づくでね」

 

息をのむ他の守護者たち。彼らの体には怒りと絶望が足元から背筋まで素早く駆け抜けた。

 

「もちろん他にもある。偶然そう読めるだけで何かの暗号である可能性などだが、無視しても構わない程に低いであろう」

 

「あ、あのー。それでその……くけこさしす様が帝国にいて、今度ナザリックに帰還なさるっていうのは」

 

「罠ってことでありんすか」

 

「または、アンタみたいに支配下に置かれて交渉材料として突き付けて来るとかね」

 

 

守護者たちとて、自分たちが知り得ない情報を何故帝国が持っているのかという疑問はある。だが、それでも言われてみれば不可解な点が多すぎる今回の件を最も納得できるように解釈するのならば

 

 

「こちらの世界に来ていたくけこさしすさんを、何かしらの方法で支配下に置き、情報を引き出した上で今回の威力偵察。同時にナザリックに対する宣戦布告。これが考えられる最悪のケースであろう」

 

 

アインズが発した言葉はあまりにも重いものだった。くけこさしす様がこの世界に来ているかもしれないという淡い希望が彼らの中に有った。彼が何らかの手段で、ナザリックの音楽を消したのであろうと。恐れ多くてアインズ様に確認を取ることは出来なかったが。

 

しかし、その音楽が消えた理由が、何らかの存在によって支配された、ないし殺害されてしまったのならば? 守護者たちには至高の御方たちの大凡のプロフィールが入っている。アインズ様の多用する魔法がシャルティアに対して相性が悪い事も全員が共通認識であった。

そして彼らにとってくけこさしす様、彼はこと人間に対しては圧倒的に強いが、それ以外の存在を苦手としていた。特にバッドステータスの殆どが聞かない無生物系のゴーレムなどには非常に弱かった。

 

この場の守護者全員を相手どれる数の人間精鋭集団を混乱や狂乱錯乱に魅了などをばらまき一人で戦線を維持することはできるが、個人戦闘能力が階層守護者最弱のアウラですら勝てるゴーレムに、くけこさしす様は一人では勝てないかもしれない程だ。

 

 

「そこで守護者たちに問いたい、次の満月まで10日ある。打って出ることも可能だが私としては、この場で相見えたいと思っている」

 

「承服しかねます!」

 

「容認できかねます!」

 

「そう言われるだろうと思っていたぞ。デミウルゴス、アルベド」

 

 

アインズ・ウール・ゴウンとしては、事の真贋を即急に見極めて対処すべきであろう。この場で座して待つというのは支配者の姿であるが、それは部下を動かした上での余裕の姿としてあるべきなのだ。

守護者たちの立場は、彼らの忠誠はアインズ・ウール・ゴウンそのもの────『ひとり』はその『ひと』────に向けられている。現在その名を冠する存在は一人のみである。その一人が命じるのであれば自害など一切の躊躇はないが、他の至高の御方を害せよという命令には逡巡が生まれてしまう。しかし自分の創造者でなければ、またはあっても納得できる理由の断片でもあれば、遂行することはできるであろう。

 

そして、モモンガとしては、この場に『帰ってくる』という神聖な行為を邪魔しないでこの場で温かく迎えたかった。

だが、支配者としての自信を得た今、上に君臨するものとして正しい判断をする必要があった。全てをアインズの判断で動かすワンマンなぞ彼は望んでいない。かつての仲間の分身であり子供たちともいえるNPC達、彼らの意思をそう何度も捻じ曲げる事はしたくなかった。

 

 

「故に私からの命令は1つだ────満月に此処を訪ねるであろう者を殺すな。それさえ守るのであれば、アルベド。先の通りすべて任せる、勿論くけこさしすさんがいるならば、保護を目的とするが、これは例の件に抵触する案件だからな」

 

「確かに拝命いたしました。他の守護者たちを使っても?」

 

「今回は好きなようにやれ。だがセバス達はそのままだ。彼等に対する支援も滞りなくできる範囲でやれ。流石にルベドは無理だが、それ以外は好きに使うと良い」

 

 

アルベドは先にモモンガに対して草案として独立した部隊を組織したいという要望を出していた。これは残り40人の至高の御方を捜索するための部隊として構想していた。今回の件はそのテストケースとして丁度良いであろうという判断だ。

 

デミウルゴスは先のシャルティアの件の経緯を伝聞でしか聞き及んでいないが、素直に自らを万が一、億が一でも危険に晒さないという判断をしてくださったことに安堵した。それと同時に若干の疑問を覚えたが、また深い考えがあるのであろうと、余計なことを口にしてリスクを取らないで済むなら沈黙は黄金であると結論付けた。

 

 

 

 

 

 

アインズが、いやモモンガがくけこさしすの来訪に対して諸手を挙げての歓迎を行わない最大の理由。それは彼のメッセージ

 

 

 

 

────次の満月に伺います。

 

 

帰還という文言を記してないそれに、漠然とした不安と、若干の不快感を覚えたからである。

 

かくしてアインズ・ウール・ゴウンはアルベドに事の運びをまかせて、自身は人間のプレイヤーにしかわからないであろう情報があるはずだと、別の線から探りを入れる事を決心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっさりついてしまった。何かしらはあることを覚悟していたのに」

 

 

月夜に提灯と言う言葉が過去あった。月が出ている明るい夜に提灯を灯すような愚かで無意味な行為とか、そんな感じだったが、時代の流れと共に夜でも目の前が見えないような暗闇なんてものがなくなり言葉としてもそう言った時代が有ったという認識しか残っていない。

だが、この世界においてまさに月夜と言うのは、視力を情報知覚の主力としている生物にとってのささやかながらの追い風である。夜で曇っていると本当に何も見えないのだ。そう言った意味で天頂に浮かぶ満月は自分にとっての吉兆の証かもしれない。まぁ満月を指定したのは自分だが。

そんなくだらない事を考えると、冷たい夜風が外套と深くかぶったフードを揺らしていき、我に返る。

 

 

「むしろ出立の時に誤魔化す方が苦労したことを。笑い話にできるといいのだが」

 

 

日数を逆算して余裕を持った日に、まだ生きている弟子を数人呼び出した。加えて先の旅で帰る前に荷物一式を顔見知りの宿に預けていておいた。まぁともかく工夫を凝らして出てきたのだ。

あとは馬に乗ってひたすらに駆けた。あまり得意ではない乗馬だが乗れないわけではなかった。

 

「もうあまり時間もないかもしれないな」

 

 

馬で移動に費やせる距離から逆算してぎりぎりの所まで駆けた後は、ひたすらに徒歩で進んだ。王国領に入ればモンスターの生息域だが、そこまでは楽器を背負った外套姿の自分を襲う人間はいない。吟遊詩人を襲う賊なぞ存在しないからだ。なにせ実入りが少なすぎる。楽器を売りさばこうにも基本的に一点物で、詩人は職人からのオーダーメイドないし、師のお古を使うのが普通で捌くのは手間が大きすぎる故である。

 

王国領に入ってからは、運だった。低級モンスターを遠ざける歌を演奏しながら慎重に進んでいった。正直言えば強いモンスターの集団に襲われれば即お陀仏だが、確信があったのだ。

 

 

「背後に道はなさそうだ」

 

 

ワーカーが無事帰らなかった事を監視していた隠密が、彼らの生存が絶望的であることをメッセージで伝えた後消えたらしい。そしてフェメール伯爵本家に住む者たちが突然失踪したそうだ。全て帝都にいるマジックキャスターの知り合いがメッセージで伝えてくれたことだ。

自分の身を案じた者たちが、連れ戻そうと追いかけてきているという事も聞いていたが、事実ならばとっくに追いつかれているであろうが、反応もない。そして先ほど定期連絡の時間になったが、彼からこちらへの連絡が入ることはなかった。

 

そう、『あっさりついてしまった』のだ。『何事もなく』

 

思考を切り替える。今まで自分が築き上げたものが幾ばくが失われようとも、失いたくない唯一のものである一座の音楽は、既に拡散しきっており費える事はないであろう。

 

今、自分の目の前に有るものは、確かにナザリック地下大墳墓であった。間違えようもない外観だった。そして今できる事はこの墳墓に入ることだけだ。だが正面から入り、目的地である第九階層までこの体で行けるわけがない。流石にこの距離ならばナザリックは確実に捕捉しているであろうがノーリアクションと言う事は泳がされているのか、意図があるのか。

 

「あぁ、なるほどね」

 

 

しばし周回すると、不自然に建てられた、明かりの灯ったログハウスを見つけた。あれが玄関口なのであろう。

 

小さく息を吸い込んでドアの前に立つ。外套のフードをさらに目深にかぶり扉をノックした。

 

「夜分遅くに申し訳ない。満月に尋ねると伝えていた者だ」

 

「聞き及んでおります」

 

 

出てきたのはメイドでも執事でも人間の形をしたモンスターやアンデットでもなく、体に継ぎ接ぎのあるリザードマンであった。記憶が正しければこの周辺にリザードマンの生息地の湖が有ったし、ナザリックにリザードマンは存在していない。

ギルドメンバーの作ったNPCや、配置したNPCでもなく、ナザリックの者でないか、新参を寄こしたのか。警戒されているのか、知らない何かが起こって、これが今のナザリックのスタンダードなのか、全く分からないまま。

 

「それではこちらにどうぞ、我らが主がお持ちです」

 

「ああ、案内を頼む」

 

 

自分はそう答えて目の前のリザードマンを追いかける、懐かしいナザリックにいるのに、底冷えとした不安感とやっとたどり着いたという安堵でぐちゃぐちゃになった思考とともに。

 




友を『訪ねに』いきましょう。

オーバーロード特有の過剰警戒からの温度差を再現したいけど難しいです。

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