友を訪ねに行きましょう。   作:HIGU.V

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承-1

息を吸い込む。夜の闇で冷やされた湿った空気が肺を膨らましていく。

当然の事なのに驚いて口に手を当てると体温を感じる。それどころかふにふにと肌と肉の間隔がきちんとある。

 

パニック状態になりそうな自分を抑えて、耳を澄ませると川のせせらぎが聞こえる。空を見上げると巨大な三日月の金色の光と無数の星の瞬きが瞳孔に映りこんでくる。呆然としたまま足を音の方へ進めると、ザクザクと土を踏む音が響く。

これ以上考えるとオーバーヒートしそうだと判断したのか、驚くほど無心で歩み続けると、2分ほどでこれ以上進めないであろう、川の岸辺までたどり着く。しゃがみこんで手を水に浸そうとするが、寸前で思いとどまり横に落ちていた流れ着いて漂着したであろう木の枝を掴み川に浸す。

穏やかな川の流れは、木の枝によってほんの少しだけ遮られ水の筋が枝から川下にかけて伸びている。そして少しだけ巻き上げた水しぶきの飛沫が指先にかかり冷たいという感覚を神経を通して脳に伝えて来る。

ここに至って自分は理解した。

 

「なんだこれ。わけわかんねぇ」

 

自分が一切状況を理解していないことを理解した。驚愕と恐怖、戸惑いと歓喜、感動と絶望。様々な感情が自分の中を駆け巡り、そのまま意識を手放して後ろに倒れ込んだ。

 

 

 

 

それが自分の転移初日の記憶全てである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ナザリック地下大墳墓上空。モモンガは夜空に滞空していた。現代の地球においては存在しえない澄んだ空気から見える星空と月。まるで宝石箱の様なその光景に思い出すのは、オフ会で会った際に熱く自然について語ったメンバー1のロマンチストと言える、ブルー・プラネットさんのことだ。

彼がもしこの光景を見たらどうするであろうか。感動にむせび泣くか、それとも言葉すら失って立ち尽くすか。

 

 

 

 

 

 

 

モモンガはユグドラシルの最終日も相変わらずログインしていた。それはかつて栄華を極めたギルドアインズ・ウール・ゴウンのメンバーに、最後だからお会いしませんか? と招待を送っていたからでもあるし、それこそが彼の日課でもあるからでもあるし。自分以外いなくなったギルドで維持費を稼ぐだけでのプレイを1年以上続けるような狂ってしまったプレイヤーでもある。

結局来てくれたのは片手で足りるメンバーだけであったが、ここ数か月で最も心がポジティブに向かう出来事であった。そして後は思い出に浸りながら明日の早朝出勤に備えるだけだったのだが、何の因果かギルドの本拠地ナザリック地下大墳墓ごと謎の異世界に来てしまったらしいのだ。

ゲームが現実になるという、100年前のファンタジー小説ですら使い古されたようなおとぎ話が現実に起きてしまったが、少なくともギルドのNPC達は表面上自分に敵対的ではないどころか、非常に好意的に接してきている。

 

盟友の一人が設定したキャラクターを勝手に弄ってしまった負い目と、ただの平社員の自分に支配者としての演技を強要してくる部下たち以外は特に問題はない。なにせ現実の世界においての彼は、家族も友人もないブラック企業の一社員。いなくなっても地方の新聞にすら載るかも怪しい。元々未練なんてないのだ。

 

そう考えるといくばくか気分が楽になる。今の体は人間のそれではなく自分のゲームで使用していたキャラクターのそれそのものであり、大きな感情の起伏をリセットしてしまうわ、3大欲求が無いわなど細かい問題はあるである。しかし

 

 

「それにしても、未知の世界か」

 

 

今後どうすればよいかは全くもってわかっていないし決まっていない。今の彼は最強だ。現実世界の鈴木悟が1万人いても、今のこの『モモンガ』には手も足も出ないであろう。なにせ自分の半生をつぎ込んで作り上げたキャラクターだ。Lvは当然最大の100.生半可なことが無いと脅威すら感じないであろう。しかし、例えばこの世界に飛んでいる蠅のLvが平均100万であったら? 考えられるのは最悪の未来だ。

 

だが、ゲーマーとしての血が。ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の長としての感性が語り掛けて来るのだ。

 

「まだどのような存在がこの世界にいるのかわからない段階で言うのも愚かしいが、世界征服なんて面白いかもしれないな」

 

 

先ほど運営にも数少ないギルド外の知人にも当然のようにギルメンにも連絡が取れないことも、ログアウトできないことも確認している。

ユグドラシルではゴロゴロと強者であるプレイヤーが存在していた。しかしもししていないのであれば? 悪のギルドであるアインズ・ウール・ゴウンがすべきことは、すべてを手中に収める事ではないのか?

 

 

「この世界にいるのは本当に私だけなのであろうか?」

 

 

そうしてアインズ・ウール・ゴウンの名が轟けば────

 

 

「もしもこの世界にギルメンが来ているのであれば」

 

 

セカンドキャラが作れないユグドラシルでも、完全引退したプレイヤーが最終日に新キャラでログインしてきていたら? ヘロヘロさんも巻き込まれていて、単純にPtPの伝言/メッセージが使えないだけならば?

そう考えると止まらなかった。

 

 

「我が名が誰かの耳に入るのではないか?」

 

 

そうしてモモンガの。超越者アインズ・ウール・ゴウンの一大叙事詩が始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

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小鳥の囀りで目を覚ます。それがどれほど貴重な経験なのか。自分には全く想像できない。朝露でぬれた土と名も知らぬグラスに任せていた身体は驚くほど軽い。

幾ら自分の普段使っているのが安物のマットレスで堅い寝床には慣れているとはいえ、此処まで爽快感のある目覚めなど初めてかもしれない。昔ほど若くない為か二度と抜ける事はないであろうと思っていた慢性的な体の重みが無いのだ。

 

「そうか、自分は確か」

 

 

辺りを見渡すと人工的な建造物が見えない。自然そのものが周囲を取り囲んでいる。空は青く何処までも高い。はるか遠くに見える山は規模がわからない為にまるでパノラマ替えを見ている気分だ。

 

 

「ユグドラシルに公式のゲストキャラで入って、ライブの真似事をして、サービス終了のカウントダウンを終えて」

 

 

気が付けば深夜の平原である。そして長年連れ添った自身の体でもない。一時期半身とも呼べた異形の妖精の体でもない。その日貰っただけのキャラクターで外見はリアルの顔をスキャンして自動でディフォルメしてくれるという、人間種のプレイヤーの多くが用いているそれだ。

 

ふと思い立ってアイテムBOXを呼び出した。

 

それはもう、ゲーマーとしての癖であった。自分はステータス画面よりもアイテムBOXのショートカットを多用してしまうので。同じメニューでも先にアイテム画面が出てくる。そこから無意識にステータスに移動しているので気にしていないのだが、そう言った些細な癖は誰にでもあるであろう。

 

「って、本当に出たよ」

 

ゲームでふと考え込むとき、例えば今狩り続けている敵の目的のアイテムの泥率っていくらだったっけ? とか 経験値上昇アイテム装備し忘れてないっけ? とか 何でもよいけど少し考え込むときに無意識でメニューを開いてしまう事はないであろうか?

 

もし自分にこの癖が無かったのならば、自分の『第二の人生』はここで終わっていたであろうと振り返る程の僥倖であった。

 

 

「うわぁ、解ってたけどアンバランス。なにこれ」

 

 

アイテムBOXに入っていたのは初期配布の最下級ポーションが3個とボロボロの寝袋と必ず配布される個人用の百科事典のみ。装備も布の服と演奏で使ったリュート。運営のお茶目でこのリュート、正式なものではない、世界に1つの準世界級<ワールド>アイテムである。

 

といっても効果は使用者にワールドアイテムにより与えられる一切の影響を無効にする。というだけで、しかもそれは初めて所持してから12時間だけで使い切りのものだ。

 

これは別にリュートでなくても良かったのだが、カウントダウンイベントを最後だからと、本当に何でもありな消耗系ワールドアイテムの大盤振る舞いによって台無しにされない様にしていた運営の防護策の1つだ。会場自体を非戦闘区域扱いにして、ワールドアイテムの仕様も封じていたが、それ自体を書き換えるようなものがある(と運営はにおわせていた)ので、建前としてもらった。

まぁ、装備で能力値も上がらないしスキルもつかない完全なただのリュートなのだが。初期装備に職業初期装備が付いた程度のそれだ。予想通りだ。ただ横に表示されるレアリティが非常にシュールだっただけである。

 

 

 

そしてステータス。こちらもユグドラシルの一般的な1Lvの吟遊詩人(バード)と同じものである。ただし、パッシブスキルとして演奏の影響範囲拡大が付いているのが特殊であろうか。まぁ、これもライブの仕様上である。

 

バードは集団に対する支援と妨害が得意な職業であり、レイドなどを主な楽しみにするギルドには確実に存在した。永続的な効果を広範囲にもたらすという点では強いが、反面瞬間的に強力な効果を与える事は不得手とするために、長期戦や集団戦においてこそ役に立つとされている。

 

自分の頭の中の情報なので、最新のものではないが、例えば、バード系の上位クラスミンストレルが終盤で覚える、自分以外の自軍戦力のMPを秒あたり0.5%回復するスキル(範囲20M、持続40、リキャスト200 10回/24h)これがあっても強力な魔法が打てるわけではないが、40分の戦闘を行った場合、MPが3倍になる計算なのだ。つまりトータルで3倍魔法が使えるのだからつよい。それくらいの認識で良い。

ほぼ同等でよく比較される付術師が集団にかける技で10秒間魔法ダメージを倍にするものがあるので、良く何方が強いか議論されたものだ。

 

 

さて、この演奏の影響範囲拡大と説明のある、パッシブスキルは中々有用みたいだ。ライブ会場はドームやアリーナなんてものがない世界観故にコロッセウムのような場所で行われたが、非常に規模が大きかったのだ。故にこのキャラクターには「演奏スキルの効果範囲+999%」とという頭の悪い効果が付いている。ほぼ11倍である。範囲20mのものが219mになるのだ。

最も現状覚えているアクティブ演奏スキルが、友軍の物理攻撃と物理防御を微量上げる『栄光の頌歌』と、効果の間HPが半分を割っている場合半分まで回復し続ける『回復期』のみだ。たいしたことはできない。

 

バードは魔法職ではないので演奏は魔法ではなくスキル。上記2つも1日2回ずつしか使えない。同時に発動できるのも1つだけ。育てて特化させれば10曲以上の演奏を1つのハープで行う化け物じみたバードができるが、そんなもの夢のまた夢であろう。

 

「というか、此処が何処かも分からないし、帰る目途もないどころか、生きていく目途もないじゃないか」

 

誰だ未知への探索こそが最高の楽しみだ みたいなニュアンスの言葉を言った奴。たぶん自分だ。なんだ、自業自得か。

 

 

「一先ず……この川の水を飲んでいいかを考えながら、上流に向かうか」

 

 

まずは情報が欲しい、ここが地球ではないことは確かなのだし、ユグドラシルと同じような持ち物があるから、ユグドラシルのMAPないし、異世界とかそんなところであろう。信じられないのだが、そもそも自然が存在する法が信じられないのだから。

 

 

自分はそう決めると歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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