ゆっくり大妖怪   作:茶蕎麦

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第八話 ゆっくりと手を広げる

 

 

 

「私、負けたのか」

 

 治った頭は働いて、瞳は宙を映す。仰向けになって見た天は雲ひとつない快晴。

 空は青く澄んでいて、それはとても希薄なものに見えた。

 気付けば、何かが心の内から抜けていく感覚がある。それを戻したくて、私は胸元に手を伸ばす。

 心は軽く、驕りが失しているのが嫌でも分かった。それが、ことさら気持ち悪い。

 

 まあ、簡単なことだろう。つまり私は、何だかんだいっても負けたことが悔しかったのだ。

 

 

「収穫一つ、か。負かしてくれてありがとう、美鈴さん」

「そう。私としては案外早く起きてくれて助かったわ。こんなところを文さんにでも見つかったらどんな記事を書かれるか分からないもの」

「うーん。その心配はきっと要らなかったと思うよ」

「どうして?」

「何となく。たぶん、あの人は私のことを警戒……というか、嫌っていると思うから」

 

 そう言ってから、私は脇に置いてあった人形を拾った。その目のない顔に、私は宴会の最中に向けられた、ことさら鋭く尖った瞳を映す。

 反りが合わないだろうというのは一目で分かっていた。あの人は早(速)過ぎるし、物事をはっきりとさせ過ぎている。

 あれと仲良くなるのにかかる時間と比べれば、きっと私がスキマさんの親友になるまでにかかる時間の方がずっと短いことだろう。

 そもそも組織に毒というのはとても相性が悪いものだろうし、社会人の烏天狗さんは仕事ですらなるだけ私を避けたいと思っているんじゃないだろうか。

 

「ふぅん。そんなことはない……とも言い切れないかな。私は文々。新聞を購読しているけれど、貴女の記事は見た覚えがないから」

「私は生まれてから事件の一つも起こさないような妖怪には見えないでしょ? 事実報道されていないようだし。だから、私がずっとここに居ても問題にはならないよ」

「まあ、シエスタにも飽きが来ていたし正直なところ私も暇だったから、ちょうど良かったかもしれないわね」

 

 そう言って、ニコリと美鈴さんは笑う。

 その陽光のように温かみのある笑顔は眩しくて、落ち着いた筈の足元が少しばかり、くらりと覚束なくなった。

 やっぱり、妖怪に太陽は天敵だ。彼女が紅魔館の顔をやっている理由が分かったような気がする。とても、この人は妖怪に見えない。

 

 まあ、昼に寝る辺りは妖怪らしいのかもしれないけれど。

 

「ところで、他に仕事とかはないの?」

「花に群がる害虫の駆除が私の主な仕事よ。でも、まあ貴女は毒はあっても害は特になさそうだから、追い出さなくても構わないだろうけれど」

「私が薬になりうるかどうか、試されているのかな。でも、きっと私は毒薬だよ?」

「使うかどうか判断するのは、咲夜さんかお嬢様に任せるわ。そんなことよりも、私は貴女が私と拳で戦おうとした理由が知りたくて」

「別に、殴り合いがしたかったわけじゃないんだけれど……」

 

 妖弾の一つも放てずに妖【気】を封殺されたのは美鈴さんの能力のせい。

 そして、逃げ出すことが出来なかったのは、美鈴さんの積み上げた功夫のせいだった。

 それでも、弾幕ごっこを断って、戦うのを選んだのは私。まあ、そうなることくらい覚悟はしていて、そうして負けたのだけれど。

 

「私、弾幕ごっこは苦手だから。何よりも、やる気が起きないの。だって、力があるなら存分に振るいたいんだもの」

「まあ、そんなことだとは思っていたけれど。貴女、ごっこ遊びを楽しめるような、素直な子供には見えないものね」

 

 自分の力が強すぎて、威力を抑えるのにすら一苦労。

 昨夜試しに威力を絞って撃ってみた妖弾も、結局途中で爆散してしまった。

 素直に発するのは私の性質上、不可能に近い。何せ、私の体は随分とおかしいものなのだから。

 

 そして、おかしいと思ったら人に聞くのは当たり前。私は素直に、美鈴さんに頼み込む。

 

「だから、教えて欲しいの。自分を存分に表現する方法を」

「うーん。まあ、別にそれは構わないかな。何しろ暇だからねぇ」

 

 最後の一言は余計だったけれど、それはいい。

 私の手を取ってくれたのが罪悪感によるものであってもそれは構わないと思う。

 人形を横に置いて、私は上を向く。まずは体を浮かばせて、そして私は空に思いの丈を撃ち込んだ。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 空は青く澄み渡り、薄いその色は他の色を映えさせる。

 そこに向かって放った私のマーブル模様の弾は、曲がって、交差して、そして何か形を描く前に尽く爆発していく。

 その射程距離はあまりに短くて、一面に模様を描くにはとても足りないものだった。

 まあ爆発が芸術だと言い張れば、これはこれで悪くはないのかもしれないけれど、芸術家ではない私には見た目が悪くないというだけでは意味がない。

 何事かと集まってきた妖精たちが、新手の出し物であるかのようにその様を喜んでいるのがまた、滑稽だった。

 

「綺麗といえば綺麗なんだけど……何というか、これはもう弾幕じゃないわねぇ」

「弾幕格闘っていうジャンルがあるなら接近できれば辛うじて、といったところかな」

「それでも、私にはお勧めできないけれど。威力が高すぎて、人間や弱い妖怪相手にはとても使えるようなものではないから」

 

 確かに、不慮の事故死どころか、当たれば間違いなく爆死させてしまうような弾幕は未来永劫スペルカードルールに合致するようなものにならないだろう。

 それに、自分のふところにまで迫らせて、そこで回避を強制させるなんて、本末転倒もいいところ。遠くから狙い撃ちされるのがオチだ。

 

「うーん……見ていて何度も思ったけれど、どう考えても貴女は安定させるのに向いていないわ。いっそのこと、更に力を混ぜていけば形になったりしないかしら」

「分かった。危ないかもしれないけれど、やってみるね」

 

 中々上手くいかなくて腐っていた私は、美鈴さんの助言を受けて、半ばやけっぱちに掲げた手の平の中で妖気を集わせた。

 そういう性質なのか、力を集めて混沌とさせることは容易に出来る。そして出来るならば、更にその先はないのだろうか。

 抑えてもあまり効果が出ないなら、他に【手】はないのかと私は悩む。

 

「は?」

「くぁ?」

 

 

 そう、そんなことを考えていたからかもしれない。

 力の渦から【手が出てきた】のは。

 私の手に似た細くて綺麗な右【手】が、手の平の上で形を成していた。

 

 

 

「……これ、動くよ。どうやら私の思考と同期して動いてくれるみたい」

「あー……うん。貴女がそれでいいなら別にいい、かなぁ?」

 

 私はその手を、開いて閉じる。

 私の妖気をぐちゃぐちゃに混ぜてから出来たそれは、端を発した私と繋がって動く。

 原理は何なのだろうか。手の素は力の混沌で、つまりはカオス。隙間に満たした力、蠢く生き物、そして私の以前の立ち位置等をあわせて考えれば、何となくは分かるかもしれない。

 

 まあ、それでも全部は分からないのだけれど、こういうことが出来るということを知れたのは新しい収穫だった。

 幻想郷で一々常識に囚われてなんていられないのだから、細かいところは気にしなくても、別にいいか。

 

「接続を切ると、流石に止まっちゃうね。もう一回やってみよう」

 

 手に循環させための器官なんて作りはしなかったから、力を送らなければ自ずと死んで動かなくなってしまう。

 それを私は還して、もう一度作り直す。試してみて分かったが、力の渦を作るにはそれこそ私から離れていては駄目で、私の一部と繋がっていなければいけないみたいだ。

 

 拙くも出来るのならば、後は鍛えればいいだけのこと。サイズは精々人の頭くらいが限界。形を変えて、何度も何度も繰り返して、私は作る速度を上げていった。

 

「どうなっているは分からないけれど……その能力、悪く使えば幻想郷のバランスを崩しかねないものじゃないかしら?」

「これでも妖怪の端くれ。愛すべき幻想郷を壊す気なんて更々ないわ」

「それでも、一応言っておくわ。――――もしも心が変わったら、真っ先に私にかかってきなさいね。私が門前で何度でも打ち負かしてあげるから」

「うん。まあ、その時はお願い」

 

 例えば、もしも生み出した肉が妖怪達の食料になれるのなら、私の力が続く限りに供給することは可能だろう。上手くすれば彼らが飢えることだけは、無くすことが出来るのかもしれない。

 ただ、それではあまりに私が便利すぎている。無知な私だけの判断で欲されるままに与えていけば、きっと幻想郷は乱れていくばかりになるに違いない。

 そして、私が死んでしまえば、私が無節操に助けた全てが崩れることになってしまうだろう。そんなこと、金輪際私が望むことはないに決まっている。

 

 第一、私は元々誰かのために生まれてきたわけでもなく、好きなのは自分だ。他人に味をしめられるのは、困る。

 それに、力はまず自分のために使うのが一番だということくらいは知っていた。しっかりと立ち上がることが出来てから周りを見回すことは、きっと悪くない。

 

 まあ、所詮はどれもこれも取らぬ狸の皮算用。ただ今の私は、簡単に出来る【手】ばかりを作り上げて、開いて閉じていた。

 

「上手く作れるのは最初に作った手ぐらいみたいだけれど、理由は分かる?」

「さあ? まあこじつけるなら、さっき散々それでぶたれたし、それに人形の動きを先読みするために必死で観察したことがあったからじゃないかな」

 

 技量が低い私は、意識してきたものしか作ることが出来ないのだろう。

 求める心が表れているのかもしれないけれど、そんな自分ではよく分からないことは気にしない。

 私はまた、開いて閉じた。

 

「あと、喜んでいるところ言いにくいんだけれど、その能力は幾ら凄くても、弾幕ごっこには使えないんじゃ……」

「あっ」

 

 それは、夢中になっていたせいで気づかなかったこと。

 自分から離すことの出来ないこの能力は、それこそ弾幕ごっこに適していない。アドバイスしてくれている美鈴さんの前で、練習するものではないのだ。

 脱線したのは形を作るということに惹かれたからだろうな、等と思いながら私は作ることを放棄して、再び空に妖弾を浮かべた。

 

 飽きたのか、周囲に妖精たちの姿は見えない。そして、隣には私の失敗作を見て楽しんでくれている美鈴さんが一人だけ。

 姿を見せないままに私たちを見ている人間は居るけれども、そんなことは気にせずに、私は雲がかかり始めた空に向けて不安定な力を放ち続けていった。

 

 

 

 

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