ゆっくり大妖怪   作:茶蕎麦

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第七話 門を閉ざした紅魔館

 

 

 

「まだまだね! どれもこれも大雑把過ぎる」

「あ、痛! くぁ……どうして当たらないの?」

「それは、貴女が弱いからよ。研鑽を積んでいない子供の拳なんかに、当たってやる義理はないわ」

「大人気ないにもほどが……くっ、痛ったい!」

 

 サンドバッグが反動で揺れられる分まだマシだと思えてしまうくらいに、付かず離れずの距離で拳の嵐を受けている少女は、臙脂色の髪を左右に激しく揺らす。

 そして、それでもどこか元気な様子の少女に、今度は足刀蹴りから更に足技で連撃を加えている女性も、また紅い髪の毛をたなびかせていた。

 

 弾幕のように美しさを競うわけでもなく、拳を振るうことで相手を屈服させるための戦いは、経験と練度の差によって一方的な様相を呈す。

 力のある妖怪が功夫のみで捻じ伏せられているのは【傍】から見れば、爽快な様でもあった。

 

 少女の過分に力が篭っているだけの稚拙な一撃は容易に女性に捌かれて、次の瞬間に女性は少女にカウンターで手痛い一撃を喰らわせる。

 凶悪な瞬発力も、先読みされてしまえば効果を発揮しない。何度繰り返しても、少女の攻撃は当たらずに、ただ嬲られるだけである。

 そして、幾ら少女が頑丈であっても限界はあった。

 炸裂する強打の衝撃と、女性の能力によって抑制されている妖【気】の不足からか、次第に少女の足元は覚束なくなっていく。

 

「足元がお留守よ」

「あ……」

 

 当然、女性がそんな隙を見逃すことはなく、あっという間に足を刈られた少女は頭から倒れて、意識を一瞬失った。

 その間に引き絞られて、杭のように打ち込まれた女性の拳は、少女の顔面を潰す。

 

 

 そう、僅か一日前に予想した通りに、少女の無謀さは自らの頭を潰させた。

 痛くても、死にはしない。五分後に全快となって起きた少女は、そこで自らの敗北を知り、学ぶのだろう。

 

 

 一方、女性は付いてしまった土を叩いて落とし、近くに落ちていた帽子を被り直してから身なりを整えていた。

 そして、藪の中まで分け入って、少女が戦う前に投げて逃していた人形を手に取り、少女の脇に置く。

 

「……これでいいんですよね、お嬢様」

 

 勝利を収めた女性は、しかし苦虫を噛み潰したような顔をしてから、今まで背にしていた屋敷に眼を向ける。

 同時に一つの窓から影は消え、そして女性と少女を見ているものは誰も居なくなった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「まったく、美鈴も随分と優しくなってしまったものね」

 

 紅の洋館にて長大な廊下を歩く、少女が一人。

 背中に蝙蝠のような一対の翼をもったその少女は、声に落胆の色を乗せながらも口元だけで笑んでいた。

 

 今もその膨大な妖気から、手の中で僅かに紅い霧を生み出して玩んでいる少女の名前は、レミリア・スカーレット。

 先ほどの門番が守っていた【紅魔館】の主として幾多の妖怪達の上に立つ、高名な吸血鬼だった。

 

「私が思いっきり叩き潰せと言ったのだから、両手両足を潰して、そして胴を貫いて壁に貼り付けにするくらいはやっても良かったのに」

 

 謝りに来たので館の主人に会わせて欲しいと言う少女の願いを跳ね除けて、レミリアは信頼している門番、紅美鈴に侵入者の排除を頼んでいた。

 その結果、彼女はレミリアの影で見ている中で見事に少女の頭を潰して戦闘続行を不可能にし、そして勝利を収めていた。

 まあ、例えばそれが人間相手ならば、過分な暴力としてレミリアは美鈴を叱らなければならなかっただろう。

 しかし、そのくらいしなければ止められないバケモノ相手だったのだから、頭を潰して倒しただけではむしろ最低限の暴力とすら言えた。

 

 頑丈な妖怪、それも吸血鬼に匹敵するような回復力を持つ相手に幾ら攻撃を加えても、それはやりすぎではないとレミリアは考えている。

 あれでも、まだまだ、だとは思う。しかし、それでも今既に嗜虐心は満たされているのだから、自分も甘くなったものだ、ともレミリアは思っていた。

 

「まあ、こういうことも久しぶりのことだったからねぇ。もっと異変以外でもこういうことがあってもいいだろうに」

 

 幻想郷に迷惑を掛けないかわりに、仇なす者には容赦はしない。紅魔館にもそんな時代があった。

 それでさえ、幻想郷に来る前と比べればまだ明るい時代だったのだから、現在の平和呆けした状況を憂いてしまうのも仕方のないことかもしれない。

 ただ、幾ら平和であっても博麗の巫女達と関わっていれば暇潰しに事欠くことはなく、現在が昔から思えば素晴らしい未来であることを否定は出来なかった。

 

「それにしても、三日前は災難だったわ……やっぱり、私が出て行って槍の一つでも食らわしてやっても良かったかもしれないわね」

 

 まあ、どんな時代だって、悪戯されれば怒るのは当たり前。

 すっとした後でも、思い出せば未だに腹の虫が治まらないレミリアだった。

 

 

 

 

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 その日、レミリアは運命に導かれるままに宴会の誘いを断って、満月の下で空の散歩を楽しんでいた。

 浮かんでいる月は、紅くはなくとも決して悪いものではなく、それが湖に映り乱反射して輝く様は何時見ても良いものであった。

 何時もより長い間飛び、長い距離を駆けて、空と自由を充分楽しんだ後に、レミリアはゆっくりと風を楽しみながら帰路に就いていった。

 

 そんな、吸血鬼が最も光を快く浴びることが出来るその夜の帰り道に出会ったのが、酔いに顔を紅くしていた件の少女だった。

 ふわふわと強い妖気を漏らしながら暢気にその少女は空を飛んでいる。その容姿から人形か何かかと一瞬思ったが、どうもただ精緻なだけの妖怪であるようだった。

 一瞥はしたが、散々力の強い連中を見てきたせいかそれ以上気にならなかったレミリアは、そのまま去ろうとした。

 

 しかし、そこで二人が何事もないまま通り過ぎることなく、縁は絡んで運命の歯車は回っていく。

 

 

「あはは。蝙蝠さん、捕まえた。はい、キャッチアンドリリース」

「なっ、貴さ……きゃっ!」

 

 その行動の理由は、酩酊して軽くなった頭のせいか、それとも無視されたことが耐えられなかったためか。

 そう、何を思ったのかすれ違い様に少女はレミリアの手を取り、そしてその鬼のような力をもって地平の彼方まで一気に放り投げたのだ。

 

「くっ、このぉ!」

「あはは。ばいばーい」

 

 飛膜を大きく羽ばたかせて、レミリアは無理矢理止まった。

 何にぶつかることもなく無事ではあったが何しろ急のこと、びっくりして大声を出してしまったことを恥と思ったレミリアは当然憤る。

 宙で急停止した後に届いた嗤い声が、その怒りを更に煽っていた。

 

 しかし、レミリアが戻ったときには下手人は既にその場に居らず、探そうにも残留している妖気が濃厚すぎて逃げた方向が掴めない。

 その後、日が出る寸前まで時間をかけた捜索は実を結ぶことなく、終わってしまう。

 

 館に戻っても、中々レミリアの機嫌の悪さは直らなかった。

 人間のメイドにその訳を質されたが、酔漢に吸血鬼が悪戯された等ということを公言できる筈もなく、レミリアは沈黙を守る。

 もっとも、後に気晴らしに向かった神社で宴会に現れた妖怪の仔細を質すその様子に、完全で瀟洒なメイドが凡その事態を察せない筈はなかったのだが。

 

 

 

 そして、二日経って怒りも冷めたころに、少女は現れた。

 門番からメイドを介して伝わってきたその情報に、レミリアはニヤリと笑う。

 しかし、現れた理由が自分に謝りたいというものであったために、その笑顔も直ぐに曇ってしまった。

 

 もしも、そこで出向いてしまえば、少女の願いを叶えてしまうことになり、そして相手の謝罪を受けた後では仕置きする手も緩んでしまう。

 ならば、とレミリアは門番に絶対に入れては駄目だと命じる。

 そして、相手がそれでも侵入しようとするような輩だとしたら、自分の代わりに思いっきり叩きのめしてやれとメイドに伝えさせた。

 これが上手くいけば、何の躊躇いもなく少女がやられる様を眺めることが出来る。そうレミリアは考えていた。

 

 

 

「それでも、お仕置きはあの程度か。まあこれで普通は懲りるだろうけど……もう一度挑んで来るくらいに骨がある奴だとしたら、認めてあげてもいいかもいれないわね」

 

 レミリアも何時まで経っても拗ねて許さないというのは、どうにも大人気ないことだとは思っていた。

 明日もまた謝罪に来たとしたら許してやってもいいかと、気まぐれにレミリアは考える。

 軽く運命を手繰って確認すれば、縁は未だに繋がっていることが分かった。これならば、明日も少しは楽しめるだろうと、レミリアは愉悦に口を歪める。

 

「そうね……少しフランに話してみましょうか。貴女がいい未来を運んでくることを願っているわよ? 未熟な大妖怪」

 

 思い立ったが吉日。姉が妹に会うことを躊躇することはない。そして、吸血鬼にとって、闇に紛れるくらいは朝飯前のことである。

 紅魔館のほぼ全てを把握しているメイド長以外には誰にも気付かれることなく、今日もまた日課のように、レミリアは地下へと続く道に消えていく。

 

 

 そう、素直な悪魔なんて、何処にも居なかったのだ。

 

 

 

 

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主人公、実は酒を一杯呑んだだけで酔っ払っていました。

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