ゆっくり大妖怪   作:茶蕎麦

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第六話 お人形さんとゆっくり・後

 

 

 

 採寸された後は、やはりやることがなくて暇だった。

 手伝うことは出来なくて、アリスさんの集中を乱したくない私にできることといったら、お人形の真似事をするのが精々といったところだ。

 まあ、それでもまるでおもちゃ箱のようなこの洋館で、暇を楽しめないということはないけれど。

 裁縫道具はどれも面白い形をしている。特に、手回しミシンなんて十九年を含めても初めて見たものだったし、それが精緻に布地を縫い上げていく様なんて、感動ものだった。

 そうでなくとも、平面的な切れ端にしか思えないような布地が繋がっていって形になっていく様子は、未だ混沌しか作れない私にはとても参考になるもので、目は自ずと吸い寄せられていた。

 

「まあ、それでも暇は暇、か……」

 

 ぽつりと、溢す。

 飽きたのではなく、興味を押さえられなくて、私は暇を感じていた。

 私は目を周囲に巡らせる。戸棚に乗っかっているわら人形に目を引かれたが、五寸釘が刺さったそれは見ていて気持ちのいいものではないので、直ぐに目を逸らして面白そうなものを探した。

 戸棚の中には人形が幾体も座り込んでいて、そしてそこから出た何体かの人形達は、今もアリスさんの周囲で動いて働いているようだった。

 そのちょこちょこと動く様は確かに可愛いらしいが、動作があまりに人形離れしすぎているせいか、それは妖精達の可愛らしさと変わらないように思えてしまう。

 そう、魔導書を抱えて座り込んで動かない人形のように、人形はただそこにあるだけでいいのに。どうして人はそれで満足できないのだろうか。

 

「あ、そういえばあの本は昨日のやつだ」

「目聡いわね。でも、好奇心もほどほどにしておきなさい。気になったとしても、手を出さないのが無難よ」

「分かってる。あれ、アリスさん以外の生き物が触ると、手が燃えてしまうようになっているでしょ?」

「本当に、目はよく利くのね……」

 

 手を動かすのは止めずに、アリスさんがあきれたように溢したけれど、それでも、かけてある魔法の式が【何となく】解ってしまうのは仕方ない。

 私から見れば、あれは解りやすく危険物だと書いてあるようなものだ。もちろん、それは彼女が隠していないということが大きいのだろうけれど。

 触れたらただでは済まさないという、はっきりとした警告の意思がそこにあった。きっと、あの本は大切なものなのだろう。

 

「まあ、じっくり見るくらいなら構わないよね」

「見ても面白いものではないと思うけれど」

「刀剣を鑑賞する気持ち、って言えば分かるかな。見ていて楽しくはないけれど、無駄がないと綺麗だね」

「残念だけれど、貴女の気持ちは分からないわ」

「そう。本当に残念」

 

 外側から薄っすらと読める、魔導書に込められた魔法の式は相当に高度なもの。書かれた言語すら分からない【何となく】では、まるで意味が分からない。

 計算には自信があったのだけれど、流石にそれだけでは不明だった。スキマさんなら、話はまた違うのかもしれないけれど。

 それでも、その無駄のない様は面白い。白刃に映りこむ自分を眺めるように、私は魔導書に魅入られる。

 

 それにしても、私のだいばくはつを不完全な状態でも耐え切らせたなんて、この本は彼女にどれだけの防御力をもたらしていたのだろう。

 当然、どう考えても防御を固めるだけのものではないだろうから、アリスさんが最初から魔導書を活用していたら私の勝ち目はなかったに違いない。

 まあ、そもそもアリスさんが油断していなければ、きっと本が無くても私は負けていたのだ。私の運が良かったというだけ。

 

 そう、勝負は時の運だもの。私は運良く勝てたのだから、正当な勝利を誇っていればいい筈だ。

 だって、勝った側がifなんて考える必要はないのだから。

 もっとも、考えた方がいいのは確かだけれど。ただ、驕ることが出来るのは勝利者の特権だ。

 

「えっへん」

「また唐突に訳の分からないことをしてるわね……突然何?」

「すごいでしょ」

「はいはい、すごいすごい」

 

 絶対に分かっていない。でも、アリスさんのそんな投げやりな態度が少し、好ましかった。

 彼女は疑問や憤り等を投げ捨てて、負けを認めて願いを叶えることで私を対等に扱ってくれる。

 警戒はしても、彼女は私を認めてくれていた。だからこそ、ここに私の居場所が空いているのだと思う。

 感謝し足りないけれど、それでも私は頭を垂らさずに胸を逸らす。

 

 餓鬼は憎たらしくて生意気なもの。自分勝手で正直ではない生き物の筈。

 その知識が正しいことを信じて、私は嗤う。

 

 

 

 

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 そうこうしている内に時は過ぎて、お別れは直ぐ近くまで迫っていた。

 人形は私の手の中にあり、洋服も殆ど形になっていて、後は仕上げを待つばかり。

 どんどんフリルが付いていって実に少女趣味な感じになっている洋服とは対照的に、先に頼んでおいた人形は簡素なままで出来上がっていた。

 仕掛けどころか瞳すらない、安っぽい私だけの人形。それでも、これはこれで私にとっては完璧とも言える代物だった。

 

「出来はどうかしら?」

「充分。これ以上は要らないくらい」

「そう。なら、残りは全部貴女が与えればいいわね……はい、こっちも出来たわよ」

「わー、ありがとう!」

 

 ふりふりのツーピースを受け取った私は、すぐさまそれに着替えてポージングする。

 どんなポーズだったかは二人だけの秘密だ。

 

「ふふ」

 

 そんな私の思わぬ仕草に、頬を綻ばせるアリスさん。少しは楽しんでくれたみたいだった。

 でも、これだけでは恩を利息分すら返せていない。だから、私は言葉を繋げた。

 ほんの少しだけ素直になって、私は彼女の背中をそっと押す。

 

「ねえ。思ったんだけど、人形っていうのは、時間と共に失って、何時しか勝手に揃った時に一人歩きしていくものじゃないのかな。ほら、九十九(付喪)神みたいに」

「大事なわが子に喪失を味あわせたいと思う親なんていないわよ。余計なものを付けないで、最初から一揃え与えてしまってもいいじゃない」

「そうだね。でも、そういうのをお節介というんじゃない? 人形以外になりたい人形なんているのかしら」

「余計なお世話よ」

 

 会話はそこで切れて、合図もないのに私たちの目は同時に合わさる。

 

 

 一拍後、初めて私たちは一緒に笑った。

 

 

 

 

 その後。嬉しくてアリスさんの家から飛び出した私は、寝床のことも忘れて空を飛んでまわった。

 眠れないし、眠る気もない私は、きっとこのまま朝まで空を散歩するだけだろう。夜更かしはとっても不健康だけれど、こんな日くらいは許して欲しい。

 

 

 本当は、私は眠らなくてもいい。所詮、妖怪も神も、人が恐怖を感じた不明な隙間に宛がわれたものに過ぎないのだから。

 一昨日は夢を見るためだけに眠ったのであって、昨日一晩寝てしまったのだって、外に向く全てを閉ざして回復に専念した方が都合が良かったというそれだけのこと。必ずしも、要るというわけではない。

 人間原理というものを証明するかのように、私たちは人間に依存しながら妖しく幽かに存在する。だからこそ、必要とされている部分以外の全ては蛇足だった。

 でも、要らなくなってしまったものこそ、存外趣深いものである。幻想郷は、そんなものの受け皿でもあるし。

 

 私は、無駄がとても好きだ。それは、最低限しかなければ美しいか醜いかのどちらかでしかない全てを、濁して隠してくれるから。

 意識を濁らせば、そこにあるのは楽しい夢の時。でも、そんな大切な時間を捨てて、私は今人形を抱きしめながら一人で口を動かしていた。

 

 語って騙って、私は人形と共に一夜を語り明かす。それがきっと、私の求めていた時間。

 ゆっくりと、時計の針は動く。

 

 

『……そんなことをしたのか。後で、ちゃんと謝らないとだめだぞ』

「楽しいことは、やっちゃいけないの?」

『相手にとって楽しくないことは、やってはいけない。まあ、止められなかった俺にも責任があるから、その時は一緒に付いていくよ』

「ホント? ありがとう!」

 

 

 

 一つになっても二人でいたくて。

 だから【私】は、一人ぼっちで腹話術。

 

 

 

 

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