ゆっくり大妖怪   作:茶蕎麦

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番外話① ゆっくり霊夢と妖怪少女

 

 

 

「ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってね!」

「くぁ……なに言っているの、ゆっくり霊夢。そんなに煩くてゆっくり眠れるわけないじゃない」

 

 眠って起きたら、そこには丸い顔があった。

 と、いうよりも顔しかなかった。つまり、そういう生き物が、私の直ぐ傍で騒いでいたのだ。

 これでは流石に、とてもゆっくりすることなんて出来やしない。

 

「ゆっ、ゆっ!」

「あ、そういえば借りた魔導書を読んだまま寝ちゃったんだっけ。拾ってくれて、どうもありがとう」

 

 私は寝ぼけ眼を擦ってなるたけ早く目を覚ます。

 開ききらない目では、私には鬘を被ったお饅頭が私に本を差し出しているようにしか見えていなかった。

 だから、体外にまで出そうになる涎と共についつい手が伸びてしまう前に、私は覚醒する必要があったのだ。

 

 先ずは魔導書を受け取って、そして私は食欲に負けてつい伸ばしてしまったもう片方の手を誤魔化すように、目の前の親愛なるクリーチャーの頭を撫ぜた。

 

「ゆ、ゆっ、ゆ!」

 

 実は寸前まで命のピンチであったのを知らず、私が気の引けたまま触れたことがむしろ心地良かったのか、ゆっくり霊夢は暢気に笑いながら弾んでいた。

 まるで私がゴム鞠を弾ませているように、喜びを体全体で表しているのか、私が掲げた手の平まで激しく跳ね上がってから落ちるゆっくり霊夢。

 普通なら、頭も体もおかしくなっていないか心配になるその挙動。しかし、むしろこの状態こそが正常であるというこの子のおかしさが、心配する必要を失わせていた。

 

 まあ、何にせよ自然にそこまで笑いが弾むということは、羨ましいことだ。

 素直になれるというのも、一つの才能であるに違いなかった。

 

「あ、そういえば貴女、昨日まで霊夢さん家にいたんじゃなかったっけ? どうしてここにいるのよ」

「ゆっ、おかあさん!」

「まったく、そう思うのならちゃんと働きなさいな。私に甘えてばかりじゃいけないの」

「ゆー……」

 

 私に叱られたゆっくり霊夢は、小さく萎む。

 懐いてくれるのはありがたいけれど、そんな不味そうな様になられても反応に困る。放って置いたらずっとそのままだし。

 この状態は湯通しすることで元に戻すことも出来るのだけれど、それは面倒。

 仕方ないから、摘んで膝の上に乗っけて、そして髪の毛を撫ぜてやった。

 

「ゆっくりなでていってね!」

「はいはい」

 

 喜色満面にぷっくりと膨らむゆっくり霊夢。

 頬を突けば空気が抜けて、撫で続ければまたどんどん膨らんでいく。中々、面白い子だと思う。

 他の人相手だとうざったい仕草もするけれど、不思議と私に対しては甘えるだけだ。

 ひょっとしたら、この子はこれで案外人見知りの激しい性質なのかもしれない。

 

「そうだ。昨日慧音さんから貰ったお菓子があるから、一緒に食べようか」

「ゆっ!」

「もちろん、お茶は貴女に任せるからね」

 

 確か貰った饅頭は、戸棚に残しておいた筈。

 貰った個数の半分もそこに残しておいたのだから、その時の私はきっとこんな状況になることを期待していたのだろう。

 博麗神社で毎日、茶坊主のようにお茶入れに勤しんでいる子の手際を心配する必要はない。

 寝床から出て戸棚から饅頭の入った箱を取り出した私は、居間のちゃぶ台まで持っていき、そこで一息つく。

 

 

 外はきっと私の大好きな天気なのだろう。締め切ることを忘れていた障子の隙間からは、淡い陽光と風が入って私を涼ませる。

 舞い散る埃が斜光を浴びることでとても綺麗に煌めいていて、昨日は忘れていた家の掃除を私に決意させた。

 ただ、決めても直ぐに動くこともない。そう、時計の針はゆっくりと一様にしか動かないのだから。

 

「ゆっくりのんでいってね!」

「ありがとう。ほら、お菓子は貴女の大好きなお饅頭だからね」

「ゆゆっ!」

 

 熱いお茶を二つ、頭上の盆に乗せて来たゆっくり霊夢は、饅頭という言葉に目を輝かせた。

 お茶とお饅頭が好物だという設定の彼女を、それ以上喜ばせる言葉はない。

 いただきますの前に飛びついたその無作法さは褒められたものではない。けれど、その可愛らしさだけは褒めてあげてもいいだろう。

 

「むーしゃ♪ むーしゃ♪」

「美味しい?」

「しあわせ~!」

「そっか。まあ、確かに美味しければ幸せなのかもね」

 

 ゆっくり霊夢は幸せそうに、口の周りに餡子が付いたまま、饅頭を捕食する。

 十個の饅頭は私も一緒に食べていたからか、お茶も甘味もあっという間に減っていた。

 また、私の食が進んだのは、自分とそっくりな味のものを食べて喜ぶ彼女が興味深かったからかもしれない。

 

 

 もしもイチゴミルクが苺を飲み込んだら、それは共食いと言うのだろうか。

 そして、人を食べる人の想像は、人ではないのか。

 

 

 そんなことを考えながら、私は最後のお饅頭を一口で頂いていた。

 

 

 

 

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