ゆっくり大妖怪   作:茶蕎麦

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番外話③ ゆっくり対飛頭蛮

 

 

 

 魔理沙が充分に雨宿りしてから去った後。大分斜めになった日が覗き、空の雲は大分減り薄れて来た、丁度そんな頃合。

 雨後の湿気に眉をひそませるゆっくりを眺めながら、私が泊まるゆっくりのためにそろそろ博麗神社へ連絡へ向かおうと思った、そんな時。当のゆっくりが何やら騒ぎ出した。

 その急な元気の元は、どうやら妖怪の来訪によるものみたいだった。普通なら気付かないくらい小さめな妖気を察知してから、玄関のベルが鳴るのを聞いて、私はその相手が誰だろうと想像した。

 

「ゆ、ゆっ!」

「あら、また誰か来たみたいね。この小さな妖気は……誰だろう。ナズーリンではなさそうだけど」

 

 時々、暇を覚えた知り合いの妖怪が、この小さな家に訪れることはある。でも、大体の妖怪はなんとなくで分かるのだけれど、今回の気配はいまいち覚えていない相手のようだ。

 誰だろうね、とゆっくりと会話しながら玄関へと行き、出迎えてみるとそこには紅髪に青いリボンが特徴的な少女の姿があった。

 どうにも人間的な、そんな彼女とは初対面。そういえば人里で見かけたことがあったような、と思い出していると、ゆっくりが隣で大きく跳ねて叫んだ。

 

「ゆ、おなじ!」

「うん? 同じ? どうしたのゆっくり?」

 

 私はゆっくりの言葉に疑問を持つ。何せ、同じ訳はなのだ。ゆっくりを見てやけに驚き言葉もない女性は、普通に愛らしい見た目であって、クリーチャー的な可愛さはどこにも見当たらない。

 ポンチョのような首巻がお洒落な彼女は由緒正しき妖怪の筈で、ゆっくりみたいな突然変異な珍生物とは違うのだ。下手すると怒らしてしまうなあ、と思いながら相手の顔色を伺うと、なんと逆に喜色が浮かんだ。

 

「ふふふ……やっぱり、分かってしまうのね。そう、私は貴女と同じ、首無しよ」

「ゆっ」

「くぁ、貴女、飛頭蛮だったの!」

 

 私が驚くのも無理はない。なにしろ目の前の少女はいきなり、私たちに見せ付けるように頭をおもむろに取り外したのだから。

 彼女の腕の中で、笑顔が転がる。

 

「広義の意味で、種族はろくろ首と思っているのだけれど……あ、そうだ自己紹介も挨拶も遅れたわね。こんにちは、私は赤蛮奇。知り合い……草の根妖怪ネットワークの情報からここ、水仙庵さんの家に面白い子が居ると聞いてやってきたの」

「あらあら。ちょっと情報が遅いけれど、私たちのことが話題になっていたのね。どんな噂だったのかしら?」

「私たちの中では、貴女が霊夢さんと一緒にろくろ首の幼体を育てているっていう眉唾な話があって。先日、影狼が来た事があったでしょう? あの時は弱小妖怪が話しを聞いても大丈夫か様子を見に来ていたの」

「あのびくびくしていた狼女さんが尋ねて来たのはそういうことなの。そういえば何か聞きたがっていた様子もあったわね」

「水仙庵さんが我々みたいな日陰者にも友好的な妖怪と分かった為に、私はこうして訪れることが出来たわ。でも影狼は、ゆっくりちゃんでいいのかしら? この子には会えなかったらしいわね。だから、今日はどうかと私が来てみたのよ」

 

 ゆっくりと違って、赤蛮奇さんは頭だけで結構よく喋る。頭部が脇に抱えられているがために視線を私と真っ直ぐ合わせながら、互いに情報交換をしていく。

 それにしても、草の根妖怪ネットワークとは中々いい響きだ。ちょっとお仲間に入りたいな、と思わないでもない。

 

「それでどう? ゆっくりは貴女の仲間に見えた?」

「全然違うわね。頭だけになれるというのだけは同じだけれど、生き物と妖怪じゃやっぱり全く異なるわ。彼女は希少だから大事にされるでしょう、我々は希少だからこそ迫害される。ただ、似た形だから何となく親近感は覚えてしまうわね」

「ゆ、どうぞ!」

「へぇ。中々賢いのね。それはお茶? ありがとう」

 

 私たちが会話している間、ゆっくりは出がらしを消費する準備をしてくれたみたいで、その頭頂にはお盆に載って湯気を立てるお茶が碗の中で満ちていた。

 ちょっと色の薄いそれを私と赤蛮奇さんはその場に座して受け取り、啜る。ここに至ってそういえば中に案内していないと気付いて、私は慌てて彼女に言った。

 

「ああ、そうだ。お茶菓子はないけれど、中でゆっくりしていかない? ゆっくりも貴女と仲良くしてみたいみたいだし」

「そうね……ちょっと失礼しちゃおうかしら」

「ゆっくりしていってね!」

 

 そして茶の間に私たちは向かう。途中軋む床の悲鳴で遊びながら、荒い箒で掃除したためにそこそこ綺麗になった我が家を歩んだ。

 杢調の上を流れて、障子扉を開け放てば、そこは慣れ親しんだ畳部屋。先に入って、赤蛮奇さんを促し座る。

 

「あれ、ゆっくりちゃんは……そこかー」

「ゆっ」

「その体はもの探しに便利そうね」

 

 卓袱台を囲んだ私達は、向かい合わずに台の足の下で顔合わせ。卓袱台の下で隠れてしまったゆっくりのために、赤蛮奇さんは自分の顔も同じ高さに合わせて降ろす。そしてそんなほのぼのを眺めるために、私もしゃがんで頭を下げたのだ。

 観察し、リボンを好んで付けている辺りも似ているなと眺めながら思っていると、ぴょんと跳んだゆっくりは卓袱台の上へ。赤蛮奇さんも頭を上に持ち上げて、それに合わせて私も起き上がる。

 そして卓上にて再び目を合わせた私達は、思わず笑んだ。

 

「ふふ。とっておきのは食べちゃってないけれど、置き菓子はちゃんとあるよ。珍しくもない人里のだけれど美味しいし、赤蛮奇さんも食べる?」

「いただくわ……わ、これって結構高い奴じゃない」

「そのどら焼きの価値分かるんだ。そういえば頭を確りと装着していた赤蛮奇さんと人里ですれ違ったことがあったようななかったような」

「美味しい! もぐもぐ……そうね。私は普段人里にて人間に紛れて存在しているわ」

「窮屈じゃない?」

「隠すほど妖気がない上に、変じることすら必要ない私にとって潜り込むことは無理じゃないわね。それに、私が人里の情報を時折リークすれば草の根妖怪ネットワークの皆の安泰にも繋がるから。あ、ゆっくりちゃん食べかすが口に付いているわ」

「ゆっ!」

「まだ食べるのね、ゆっくり霊夢ったら」

「えっ?」

 

 太るわよーと繋げるために、私がついついゆっくりのフルネームを口にしたら、赤蛮奇さんは食事の手を止め驚いてこっちを見た。

 どうしたのだろうと、私は煎餅を食む前にそれを置いてそっと話を聞く。

 

「……ゆっくり、霊夢?」

「あれ、そういえば言っていなかったっけ。この子、霊夢さんを元ネタに私が創った存在だよ?」

「霊夢さんかー……そう言われてみればリボンとか髪の色とか確かにそっくりね。怖い顔した霊夢さんと違ってゆっくりはユーモラスな顔だから気づかなかったわ」

「怖い顔の霊夢さんを知っているっていうことは、ひょっとして退治された経験でもあるとか?」

「ちょっと前に打ち出の小槌の魔力にやられた時があって……暴れちゃったのよね。その時に嫌というほど叩きのめされたのは、ちょっとしたトラウマよ」

 

 ぶるり、と震えた赤蛮奇さんの気持ちを私が全部判ってあげることは出来ない。

 私は異変を起こしたことも、それに乗じたこともないから。それに、私が人を害することもなく。だから、妖怪退治モードの霊夢さんと会ったことはないのだった。

 

「そういえば、そんな異変もあったわねー。それにしても赤蛮奇さんはその時どうやって戦ったの? ちょっと強くなったくらいじゃ、霊夢さんの相手にもならなかったでしょ?」

「あの時は工夫した覚えがあるわねー。今はあの時みたいに沢山は無理だけれどこうして首を増やしてみたりして」

「くぁ!」

「ゆゆっ!」

 

 思わず私は驚き口癖を発する。それもその筈。何せ、彼女が持っていた頭から頭が、つまりは頭部が二つに分裂したのだった。

 フランドールのように、身体全体を分身させる妖怪は見たことがあるけれども、一部を増やす存在は初めて見た。どうしてそんなことをしようと思ったのだろう。

 そうしてそこまで考えてから、自分も一部を増やせるし、やったこともあることに気付いて苦笑い。私は大人しく、えへんと胸を張っている赤蛮奇さんの言葉を待った。

 

「こうして頭を出して、そしてその頭から妖弾を発して戦ったの。あの時は九は出せたのだけれど、今は二つで限界ね」

「へぇ、どういう感じの弾幕を出したの?」

「えっと、ちょっと飛ばすわね……こんな感じ」

 

 そして、ちょっと調子に乗った赤蛮奇さんが増やした頭が宙に発したのは、赤色の弾とそれに尾として引き連られた光条弾幕。それを浮かべて留めた。

 あまり力強さを感じないそれをしかし一部から発されたものだと思うと中々と思う私は気付かない。卓袱台上のゆっくりが、目をキラキラして手頃な力を篭めたそれを観て、自分を弾幕ごっこの勧誘をしているものと勘違いしていることに。

 

「ゆっ!」

「あ」

 

 赤蛮奇さんの小さな流星のような弾幕は、ゆっくりが発した霊弾によって墜とされた。

 ちょっとした力を見て驚く赤蛮奇さんだったが、少し霊弾が来た方、つまりは遊びたがっているゆっくりを見て、どうやら気持ちを切り替えたようだ。

 

「……消されちゃった。やるわね、ゆっくりちゃん。何だかやる気満々みたいだしちょっと遊んでみる?」

「ゆゆっ!」

「ふふ。いいわよ。これでも私は草の根妖怪ネットワークの全員の中でもトップスリーに入るほど弾幕ごっこが上手なんだから」

 

 以心伝心した彼女たちは、私を放って、外へと向かった。びょんぴょんと跳ぶ一つの頭と、ふわふわ飛んで行く二つの頭。ちょっとしたホラーである。

 置いて行かれた私はちょっと面白くなかったけれども、それでも心配から、気を取り直して後に続く。

 そう、実力の差から、怪我をされたらことだった。最近覚えた回復魔法を試してもいいけれど、注意もせずに痛い思いをさせるのは本意ではない。 

 

 

 

 走っていった彼女たちに遅れること少し。そうして表に出た私は、着弾音と、案の定な光景を見つけた。

 

「ゆっくりはまだ飛べないけれど、霊力自体は強いわよー……って言うの遅かったかな」

「やられたー。ううん……饅頭こわい」

「ゆっくりやられてってね!」

 

 そう、恐らくは空を飛んで直ぐに方を付けようと思っていただろう赤蛮奇さんが、加減を知らないゆっくりに瞬殺されてしまった、そんな当然至極の事態が私の前に広がっている。

 模した相手が相手だったからか、ゆっくり霊夢の霊力に対する適正は非常に高かった。空を飛ぶ能力は得ていないけれど、それでも私がびっくりするくらいの霊力を発揮できるのだ。

 それを知らずに襲い来る妖怪をゆっくりがやっつけたことも何度かある。しかし、弾幕ごっこでは、身近な相手が強者ばかりで中々勝てていないからだろうか。彼女は至極嬉しそうに跳ね回っている。

 

「こら」

「ゆ゛」

 

 それはまるで、負けて気絶した赤蛮奇さんを煽っているかのようで、私は再び苦笑し、叩いてゆっくりをたしなめる。

 たんこぶを作ったゆっくりは、私を恨めしく見つめてくる。だが、私はそれを気にしない。だって、これから家で赤蛮奇さんを介抱するという面倒な作業が出来てしまったのだから。

 しかし、この饅頭は結構強くなったものだ。それもあってか、つい、私は溢してしまった。

 

「そろそろ、私は要らないかな?」

「ゆ?」

 

 ゆっくりには真意の分からぬその言葉。しかし、それにはちょっと深い意味がある。

 きっと、彼女がそれに気付いた時には後の祭り。全体傾いで疑問を体現しているゆっくりに笑いかけ、赤蛮奇さんの所へ向かう。

 

 

 妖怪と違って、首一つで身体無く。それでも彼女は生きている。ならば変わりもするだろう。そして、別れもするだろう。

 やがて、その全てを経験し、少女は成長する。それを最後まで見れないのが、私にはちょっと残念だった。

 

 

 

 

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