少女は、無理して成ったカタチである。元より彼女の本質は混沌だ。
破壊の魔法に焼かれた時でも不燃物な半分は残ったように、どちらとも定まらない可能性の塊であることこそ、持ち味なのだ。
そんな得意を捨ててでも、せめて表面を綺麗にし続けていれば見直すために還って来てくれないかと、愚かに想い続けていられたのは、彼女の未成熟さに所以していた。
そも、腹に容れた死人は幾ら身を正そうとも黄泉還りはしない。だが出来得る中で最大の無理がそれだったがために、願掛けのためにもある種の禊ぎを続けることを諦められなかった。
しかし穢れが禊ぎを行うなど、笑止な自己否定もいいところであり。結果緊張し続けた少女の顔は、あまりに不自然に動いて嫌われる。
そんな苦も良いと思っていた彼女だったが、しかしこの狭い世界で【一番求められているモノ】に内心焦がれ、焦がれて憧れ続け、とうとう接点を持ってしまってからはそれに挑まずにはいられなくなっていた。
愛されたくて、その座を望む。それは、いかにも餓鬼らしい動機である。
「残念だけど、これだけじゃあまだまだ届かない。もっと、私も大きくならないといけないのかな」
「あーあ……貴女、どこまで広がる気なのよ」
青空に広がった、光を遮る多種多様な蠢きの黒は、増長し続けて山嶺を隠していく。
沢山の蛇が捻れて絡んで輪になっているような、そんな永遠の寓意を含んでいそうな形の注連縄を背負う神奈子も、この生々しい死の広がりには気味の悪さを覚えているようだった。
「そうだね、せめて貴女を呑み込めるくらいには、大きくなりたいかな」
「はぁ。出来れば、早く無理と納得して欲しいものね。子供が背伸びを続けてぷるぷる震えているのを見ていると、可哀想になってきちゃうから」
「くぁ。でも、今頑張っているのは私のためじゃないから、幾らでも我慢は出来るんだ」
少女は生まれたばかりと言っていい。だが、もう彼女にはお母さんと呼んでくれる子供が出来てしまっている。望まずとも寂しさから創り出してしまったゆっくり霊夢を、餓鬼のままで居ては守ることなんて出来ないと分かっているのだ。
形振り構わず自分のため以外に生きること。どうやらそれを彼女は、窮地に陥ってからようやく迷いながらも選択しようとしているようだった。
それに、少女ではない人の形はもう、風に吹かれて劣化し跡形もなく消えてしまっている。後は内に僅かに、瑕と形跡が残っているばかりだ。
だから、本能に邪魔されながらも、それが言い訳じみていながらも、ゆっくりを助けるためと彼女は無理をする。
「そう。願いを叶えるためには前を向いて、進まないとね。そのために私は、手を尽くすよ」
「本当に言葉通り……単純ねえ。しかしこれだけの量、そよ風くらいじゃあ吹き飛ばしきれないでしょう。……仕方ない」
散った少女は、実体を喪失した感覚器の代替のように四方八方から手を創り出し、その手から更に手を創り、それを続けて肌で感じ取った力の塊に向け殺到させる。
空に触れ、大気を割いて頂きに伸びて行くのは人であるなら前肢の両腕だ。そして、最早人の原型を留めていない妖怪の広げ分裂した体の大部分が能力を行使するのならば、神を脅かすために伸ばして創り向かう細腕は無数となる。
囲み纏まり近づく黒雲から創作された少女の千手は、たった一つを護るためにと自分に嘘をつきながら神奈子に挑むために殺到した。
可愛いと浚われたゆっくり霊夢が、非道に扱われていることはないだろうと半ば確信していながらも、焦がれる彼女の全力疾走は止まらないのだ。
「よいしょっと」
「くぁ」
しかし、必死にぶつかるだけでは敵わないものなど、沢山あると少女も知っている。
彼女が鬼のような力を込めた数々の細腕は、果たして標的に触れることなく瞬く間に霧散した。それは、神奈子の剛力によって揮われた御柱が宙に球を描いて全方位から来る攻撃を防いだからである。
棒術だって、神奈子の得意な武の一部。彼女は引かず顧みずに、その座を容易く護っている。
ただのパンチよりも速く大技を用意することさえ出来なかったが、それでも未熟な少女の攻撃に対してはその力と技術だけで足りていたのだった。
「もうっ、邪魔だよー!」
「そんなにどいて欲しい? でも……ほうら全然足りない、届いていないわ。本気でかかってきなさいよ――――その意気ごと粉々に打ち砕いてあげるから!」
神域に侵入しようとした子供は、追い払われるのが当たり前。その際もしその手が穢れていたとしたら、このまま帰すのも難だと簡単に清め祓われてしまうことだろう。
だから、そんな風に少女に身を正させようと、神奈子は仕置きに掛かる。
何より子を守るためと口にしながら、邪魔を見つけてもゆっくり迂回し確実に遂行しようとせず、逆にそれに惹かれたかのように直進してしまうという少女の矛盾。
そこに、つい歴史を背負った【理解される神】に対する嫉妬心に突き動かされてしまうという、無名な彼女の不純を神奈子は覗いていた。
口の端にも僅かに残る未練が邪魔で親に成り切れないというのなら、綺麗サッパリ諦めさせてしまえばいい。
そう、人間染みた妖怪の少女に対して想ってあげてしまうのは、神と親の二足の草鞋を履ききれていない神奈子が隠していた苦悩と、共感する部分を垣間見てしまったためだろうか。
『だって、私はゆっくりと一緒に、大妖怪になるんだもの。神を呑み干せるくらいに大きくなるまで、もっともっと』
そんな言葉を風に聞いた覚えに感じて、もう一本具体化させた御柱を持つ手に力が入った。
ここでその願いを挫いてやるのはきっと、とても優しい。
余計なものを取り除いてあげれば、ずっと一緒にいられるだけでいいと、神奈子がずっと口にしたかった思いへと純化するかもしれないのだから。
「負けないよっ!」
「貴女は負けても、いいじゃないの!」
叩きのめしてから大人しくなるのならば、無礼も許そう。意地でも負けないと決めている神奈子は、上から下へと茫漠とした少女を見た。
しかし、なる程これはつまりアレに試練を課しているのだろうかと、気持ち悪い何かが唯の親になることに期待をかけていることまで、神奈子は自認する。
似通った誰かを正すこと。それは、素直に我が子を愛することで全てを台無しにすることの出来ない自分のための、代替行為でもあった。
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神奈子は自身は父性に偏った質をしていると思っている。
形が女性であっても本質的には男性的で、大黒柱の様に頼られず護ることに自身の意義を見出す辺りが、そう考えてしまう所以となっていた。
特に彼女はカタチや性別には大した意味が無い、ざっくばらんに言うと必要とされている部分以外は偉大さを表すために後付された華飾ばかりの神霊という存在である。
しかし神奈子は家族のためにも、フレンドリーで付き合いやすいと思われるくらいにそんな曖昧さを切り捨てて、そして己に残った僅かな偏りを活かすような生き方を選んでいた。
蛙と蛇の関係は緊張感を失って久しく、随分と昔から家族となっている。また、新しい家族に向けた愛は、随分と前に本物に成っていた。
だから、本当は猫可愛がりしたいくらいに想っている早苗に相手に様等と付けられて呼ばれるのは少し寂しい。
しかし、そんな胸の乾きはどこ吹く風と、神奈子は離れて強く立つ自分を見せつけることを選択してしまうのだった。
間接的に早苗から親を奪ってしまった負い目も今はもう薄れているが、それでも幼子相手に過度に触れることが躊躇われて開いてしまった距離の分だけの引け目が、今も残っている。
またそんな些細な感情だけでなく、大きく育って奇跡的なほど破格の霊力を彼女が持つようになろうとも、触れすぎれば根底から台無しにしてしまうくらいの力の差があることを神奈子が自認して恐れていることが、一番の問題なのだった。
人と、神。その差異は絶対的であり、その断崖は親愛ですら阻んでしまう。幾ら現人神とされようとも、未だ人であるからには神に及ぶことなど無い。
だから神奈子は不器用に、強く頼もしく立ち続けることで、大事な家族を守っていた。甘やかすのはご先祖様がやってくれると、そう決め込んで守矢神社の看板を背負う彼女は、今とても力強く幻想郷に存在している。
そう、それは誰からも彼女を認められざるを得ない位置に。力の誇示こそ盾として。
新参者は大いに動き、結果自ずと今までと異なる原動力や原因と成ってしまう自分達に対する注目ですら、利用するのだった。
だからまあ、見つめられたい少女が神奈子に嫉妬するのも当然のことなのだろう。
さて、幻想郷に来てからというもの、神奈子は信仰させるためにも、外の世界の経験から引っ張ってきた実利で釣るというやり方を徹底している。その際の軋轢も覚悟しながら、独断専行で利益を生み出すことを最優先に彼女は考えているみたいだった。
畏れさせるよりもまずは驚かせて、特異さを見せつけそういうものだと自らの存在を幻想郷という地に浸透させることを旨とする。後はフレンドリーに近寄っていけば、力に惹かれたモノは簡単に釣れるだろうと、そういう目算があるようだ。
しかし、大げさな存在である神奈子をそうまで性急に一つ方向に傾かざるを得ないまでに、追い詰めさせている理由は何か。
それは現実から遁走して幻想郷に訪れたという事実そのもの、つまり他の勢力と違ってもう自分達には後がないということを肌で知っていることこそが、無理する訳なのだった。
そのために小さい家族を愛おしむ暇すら失って、しかし彼女は今も走っているのだ。
たとえば幻想郷を孤独な力の最後の地であるとするならば、現代社会は敵を失くした弱者の楽園とすることも出来る。
人一人は弱い。しかし、人間は強かった。数を繋げて弱さを埋没させることに務めた人々は、万物の霊長と自称する。
その霞のような大した自信は、カミサマすら自分に都合のいい存在で当たり前だと思わせる程。故に、そんな平坦な世の中で高みの極み、神が有り得てはならないのだった。
怪力乱神は否定されて、教祖なり人間が信じ込ませようとしなければ具体的に神を想うことも失くなってしまった末法の世である。
そんなところで信仰を得るというのは、直に神と接せるものでも近くに居ない限り、難しいものだった。
次第に想われることの失くなっていった神は、まるで老衰のように弱って行って、何れ来る消滅に怯える他ない。
幻想郷を知っても、軽々と繋がれる人がないままただ社屋を移転しただけでは今辛うじて存在している世話の手すら失い、結果廃墟に取り付くことになって、何れ妖怪にでも零落することくらいは簡単に想像がつくものだ。
だから神奈子は、ただ奇跡が起きるのを待つ他になかったのだった。
その永い永い間に、もう二度とこんな目に遭うものかと、もし助かったらどうするかという先のことまで寝たきりで暇だった彼女が逃避のためにも考え尽くしていたのも無理からぬことだろう。
そう、とある世界では奇祭で有名な大社と等しくあっても、こんな創作の中での守矢神社は普通の寂れた神社だった。
祭りごとは縮こまって失われ、どうしてだか歴史家民俗学者等にも存在をあまり拾われることすらなかった、そんな在り来りの古びた神殿の中で思うことなどそう有りはしない。
その身を創るための信仰を続けさせる苦難と、そして信者とそれを繋げてくれる巫女の価値。神奈子はその二つを思い知り続けた。
しかし無常な時の濁流に流されていくことで、次第に彼女は見直されるための機会を待つことすら止めるようになっていく。
神のカタチを想像するどころかご利益の一つも知らないままに私利が叶うことを拝む、そんな子供が老いてからまた畏れず礼儀も教わっていない子供を連れてくるという、そんな連鎖を何度見たことだろうか。
胸元の鏡は曇りなく全てを映し返す。しかし、中々そこに光が映ることはなかった。
『おねえさん、だあれ?』
『私は……そうね。私は、貴女の神様よ』
そして全てを諦めかけた時に、ようやく手にした奇跡のような少女を守るためには、神奈子は何だってするだろう。
たとえ愛することを恐れて、自分の想いを押し殺してしまっても。
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そこに早苗が着けたのは、理解できる程度に力のぶつかり合いが窄んでいったからである。そうでなければずっと、彼女は畏れに負けていたことだろう。
純な早苗には、少女の毒は強すぎる。圧倒的な神奈子の力だけでなく、大妖怪の威が彼女の歩みを鈍くさせてしまう。
更に、力のぶつかり合いの余波、あんまりな程の力の炸裂は寄ろうと飛ぶ早苗を物理的にも邪魔をしていた。だが、それも失われて、今や彼女にその戦闘の全貌をみせつける。
「えっ、花?」
そう、早苗が見たのは二色の水仙の花だった。
白熱していても、燃料がなくなって行けば冷めるもの。化石燃料で意気を補給できるとしても、意義を見失ってしまえばもう、抵抗を続けることは出来なくなっていく。
ブレーキが壊れた車も、アクセルを踏み続けなければ摩擦や何やらで何れは止まる。そう、少女は判ってきていたのだ。これはゆっくりを取り戻すための行動ではなく、ただの無為な八つ当たりに過ぎないと。
手は未だ殆ど無数。しかし、肩で息をする神奈子と同じように、そこに篭められた力は弱くなっており、もう、神奈子が用意した防御すら貫くことは出来ない。
しかし、ぽかりぽかりと、親に借りた胸を叩くような、子供の駄々は続いていた。
最早創った手に色や造作に気を入れる隙もないのか、次々に伸ばされていく腕は肌色が付いているものすら稀である。大概が黄色と白に分かたれ、それでも力が足りずに弾かれる手は折れ、それこそ水仙のように項垂れるばかりだった。
やがて次第に本当の花になり、愛して欲しいと彼女は咲き乱れる。
神奈子は花束に呑み込まれていた。
「神奈子様……」
様子を眺めるしかなかった早苗は思わず息を呑んで、美しいその様を望む。水仙によく似た花々は、息を荒くし腕を上げることすら出来なくなった神奈子の神力による陣を圧するが、紙一重で届かない。
天を見つめる早苗の頬にポツリと一滴が落ち、やがて、ざあざあと雨が降り始める。山の天気は変わりやすいというが、周囲の雲に変化はなく、或いはそれは、少女の涙だったのだろうか。
裏付けるかのように、少女の高い声が、悲鳴のように大きく響く。
「冷たい……渡して……その座を私に頂戴よっ!」
それは霧よりも掴みどころのなく、人の手では決して届くことのない場。
神であるなら、天に座すものだろう。たとえ不完全であっても、そして今や妖怪程度に零落してしまっても、望むものはそこにある。
ただ、畏れられ(愛され)たい。それを求める本能が、単に創造物を愛することを邪魔している。
しかし、一時でも恋は神であろうとする本能を凌駕した。ならば、我が子を愛するその深みがアイデンティティを崩壊させるまでに届けば、きっとこの駄々は収まるのだ。
もっとも、そんな悠長はこの場に必要ない。ただ、少女が無理であるのに神の座に戻ろうとする暴走を神奈子が打ち砕いてしまえば、終わる。
しかし、その前に神奈子は一言、言い返したくなった。
「こんなもの、出来るのならとっくに捨てているわよ!」
家族を護るためにも神であることににしがみつく神奈子は、神力を練りながら、本音を叫ぶ。
神奈子は少女がなるはずだった、高位過ぎて創り出したものに手出しできないために、被創造物では存在確認すら不能なカミサマとは違う。彼女は望まれ創られて、そして畏れられ愛されて要らなくなった末に消えかかった、神と呼ばれた霊である。
崇められる神には責務がある。しかし、失望と経年によってそんなことはもうどうでも良くなっていた。ただ、愛するものを守ることの出来るものに、なりたい。過保護と言われようが、神奈子は家族を愛する親でありたかったのだ。
でも、存在するには責を果たすことが必要である。だからといって、畏れられるため生きるためにと家族間にまで開けた距離を流れる隙間風は、神奈子にも冷たくて嫌なものだった。
「全部が全部思い通りにはなることなんてない。確かに、寒いわ。……でも、それでも生きなければいけない。子供に覚悟しろとは言わないわ。けれども、そろそろ身の程を知って、頭を垂れなさい!」
「くぁあっ!」
再び、強すぎる風が二人の周囲に巻い起こる。しかし、神奈子が神力を多分に篭めたそれは、先の比ではない力を持ち、更には制御されていた。
巡り巡って輪と成し、それは続いて螺旋となって、とぐろを巻く。
神奈子の手元から発されたその大蛇の如き竜巻は花を散らせながら暴れ、術者を呑み込まんとする暗い全てを逆に飲み込んでいく。
「凄い……」
白に黄色い花弁が弾幕のごとくに辺りを彩るその最中を暴力的に蹂躙する自身のものとは桁違いの暴力的な風に、遠くから望むしかなかった早苗の瞳は吸い寄せられる。
文字通り全てを呑み込み続ける蛇は、全ての道理を越えて天にて威容を響かせ神奈子の周囲を巡った。中心に集わせるための暴風は抵抗の全てを粒として、黒天を容易く引き裂いていく。
それは神力によって織りなされた、奇跡。早苗の持つ力に類する、その最大。人である早苗は畏れ怯み、しかし目を下ろすことだけはしなかった。ただ、見上げ、そして届かぬまま手を伸ばす。
「……神奈子様」
遠すぎる自らの神が背を向けたまま、その手を取ってくれないことを、ただ早苗は寂しく思った。
「くぁー……」
茫漠とした大妖は、颶風に握り潰されて再び少女のカタチに戻ってから排され、そのまま墜ちる。
全身に衣服の様に花弁を纏わり付かせた少女は、目を回しながらも、地に突き刺さる前に飛び上がった。そして、はらはらと黄と白を舞わせながら、再び神奈子の目の前にまでその身を届かし、そして止まる。
少女は、そこで初めて目上に対して頭を下げた。
「私の負けね。乱暴してごめんなさい。でも、出来るならゆっくりは返して欲しいわ」
「私達にも非があることだし、無礼は許しましょう。そして、早苗には私から戻すように言っておくわ。貴女は……やっと、あれを子と認められたのかしら」
くたびれた内をおくびにも出さず、少しの喜色を神奈子は見せる。それは、確かな謝意と失せた敵意から、創造物を間違いなく想っているということを察せたからだろう。
ならば、自分と違って目の前の神崩れは、子を第一にすることが出来る。それは、羨ましいくらいに幸せなことだろうと、神奈子は思った。
だが、どこか哀愁を帯びた表情をし、少女は何時ものように、表情を崩す。神奈子には、その笑顔が泣き顔のようにも見えた。
「そうね。ゆっくりは、私の子供。……でも出来るなら創造するのではなく、産みたかったなぁ」
痛みも嫌いじゃないからと、お腹を撫でながら、少女は虚ろに嗤って、言う。
そこには自家不稔性が、あった。
ただ一輪の、雄しべと雌しべは交じり合わない。そんな、残酷な当たり前が。
水仙は自家受粉せず、単のままに増えるのは分球によるものだけである。そして、基本的に日本で見られるスイセン属の花は三倍体であるがために、人の手が入らない限りほとんど結実せず種子(・)が出来ない。
また、水仙が種から花に成るには、他よりも少しばかり時間がかかる。
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