ゆっくり大妖怪   作:茶蕎麦

18 / 26
第十六話 握手③

 

 

 

「それで、どうする? 殺し合うのは万が一にも私がゆっくりを助けられなくなっちゃうから嫌だけど、そこまでいかないのなら何でもいいよ」

「もちろん、報告すべき相手を消しちゃって仕事を失敗してはたまらないから、そんなことは私もごめんよ。まあ……順当に、弾幕ごっこでいいのかしら」

 

 火蓋は落ちていても、導火線が遠く張られていれば随分と長く間は保つ。

 両者とも、気が短くはないのだろう。睨み合いながらも、嫌気くらいで自分が勝つための段を積み上げることを、怠りはしなかった。

 しかし、一度火が芯まで点いてしまえば、力の溜まった爆風は弾丸のごとく破片を周囲に撒き散らすことだろう。

 風に煽られた蓋の閉じた危険物は、どう炸裂するのだろうか。まだ、凪いでいる今ではまるで分からない。

 

「さて、貴女も博麗の巫女の所に居たからには、スペルカードルールくらい知ってるわよね」

「うん。大体把握しているし、この一枚だけなら持ってるよ」

 

 手を上げてひらひらと、少女は黄色と白の一対の水仙が描かれた一枚のカードを再び見せつけた。

 隙に溢れたその所作にまで、天狗は警戒心を持つことはない。

 たっぷりと余裕を持って、少女は背丈の差の分だけ文を見上げている。

 

「なら、貴女はそれを使って私に立ち向かいなさい。やり方は、何でもいいから」

 

 知るためには様子を見なければ始まらず、後手に回るのは仕方ないところだ。

 しかし、ハンデは文に害あるものではなく、むしろ多少の劣勢などあろうとも見抜いて周回遅れにさせてやる、といったくらいの気負いを生ませるものである。

 年季の入った自信は、社会の中では鼻を高くする程に伸びてはいないが、その分文は慣れて殆ど等身大の自分を認識できていた。

 だから、大妖怪といえるその実力を、彼女は少女に臆すことなく見せつけられる。

 

 

 しかし、そんなジェネレーションギャップを少女が意識することはなかった。

 彼女は顎に指を当てて、弄するためにも、ゆっくりと悩む。

 

「えっと、そうだね。うーん、萃香さんに次にやるって言ったし……鬼ごっこがいいかな?」

「そ。それで、ルールはどんなの?」

「このスペルカードを展開している間に、私が貴女を捕まえられたら私の勝ち。その時は好きにするわ。もし、貴女が逃げ切れたら、私の負け。その時は好きにしていいよ」

「あやややや。私が貴女ごときに捕る筈ないじゃない。ああ、ひょとしたら捕まえられるまで延々と粘るつもりかしら? そんな、何日、何年も貴女のために時間をかけるなんて、嫌なのだけれど」

 

 思わず口から飛び出した、文の言葉は本音だった。それはなめた餓鬼の言葉の中で、一番癇に障るものだったのだろう。

 彼女は何と言っても幻想郷で一番速いと、そういう事実と自負を持つ烏天狗なのである。

 ごっこ、であろうとも軽々と捕まるものではない。そも、天狗にとって鬼事なんて、山に入ってからずっと続けているくらい慣れたものだ。

 

 負ける要素なんて、幾ら探しても見つからない。つまり、不明だった。

 

「私がこのスペルカードを展開できるのは一分間。それだけで、貴女は私に触れられる」

「本気……なのね。正気かどうかは知れないけど。いいわ、私も手加減なんてしてあげない。見事、私を捕まえてみることね!」

「くぁ。乱暴な風だね……うん、そうそう、問題なく負かしてあげる」

 

 文の怒気に併せて起こった風は、少女の上着の裾とスカートの大部分を捲り上げてから、通り過ぎていく。

 容易く吹き飛ばされてもおかしくない程小さな少女は、しかし大して気にもせずに、乱れた衣服を直すことに取り掛かる。

 ぽんぽんと、小さな手のひらでブラウスの皺を伸ばそうとしている少女の見た目は、相変わらず文には妖しく見えていた。

 

「……はぁ。調子が狂うわ。そろそろ良い?」

「うーん。こんなものでいいかな。よしっ!」

 

 そして、文の感じた通り、少女は流されないという不自然に快感を覚えている。

 少女は千年もの間、殆ど流されて生きていなかった。だから、動くのは少しだけでも楽しく、そして今それが自分の意思によるものである事実にこそ、生の実感を覚えているのである。

 故に彼女は干渉を嫌い、異物になっている現状を肯定して、少女は未だに餓鬼で満足をしていたのだ。

 

「それじゃ、いくよ」

 

 しかし、そんな少女だって、認められたいと思うことがある。

 大切な巫女の出来損ないを守りたいから、嫌われてばかりの一人ぼっちの自分を変えていきたいと、そう思わないこともないのだった。

 

 

 

「ゆっくりしていってね!」

 

――鈍符『水仙庵』――

 

 

 

 だから、まずは一番嫌いな相手に向い合って、自分をさらけ出すのを恐れずいようと。

 そう決意しながら少女はスペルカードを宣言し、黄色と白を展開した。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 さて、少女は弾幕を長距離まで飛ばすことは出来ない。いや、確実には飛ばせないという方が正しいのだろうか。

 そう、力が不安定すぎて狙いに向かう途中で爆発してしまうものが大半であるということが、遠くまで弾幕を広げられない原因だった。

 普通ならば、訓練して安定を求めるだろう。しかし、少女は普通ではなかった。それに幼く短気で移り気なために、【それでもいいや】と発展を捨ててしまうのだ。

 

 このままで、十分個性を出せると、少女が発する無数の妖弾は辺り一帯を斑なマーブル模様に染める。

 近く、遠く、何時爆発するか不明な弾を満遍なく打ち出すことで、確かに少女は精一杯に美しさを演出できていた。

 

「くぁ。もう、ちゃんとゆっくりしてよー」

「あやややや。なるほどなるほど。これは、面白い」

 

 そして、それだけでなく少女は毒を有してもいる。

 そんな彼女の特徴は、二色の弾を発する右手と対になるよう左手から、顕れていた。

 まるで漂う姿は煙のようで、しかし少々深く青すぎる毒霧が、今も文の視界と五体を鈍らしている。

 それは、毒に適しているか、よほど生き物として強くなければ溺れてしまうような、濃い雲海。

 なるほどこれ程の毒と強烈な妖弾を両の片手ずつで扱いながら、自分を追いかけてこられるような力を持っているのなら、増長するのも納得であると文は思った。

 

「私は、面白くないな」

 

 しかし、文は与り知らなかったことであるが、それを創り出している少女は本来ならば人の頭くらいのモノしか創れなかった筈なのである。

 つまり、この弾幕は、彼女がそれなりに頑張って考えた工夫により出来上がったものだった。それを身に受けながらも綺麗に捌かれてしまうのは、判っていても少し悔しい。

 

 ある時少女は考えたのだ。一度に創ることの出来るものが手の内に入るくらいしかないのならば、足りるまで創り続ければいいのだと。

 何も一回きりで諦めるにはまだ早いのだと、少し変化した彼女はそういう考えに至ったのである。

 

「私にだって面白いのは発想だけで、楽しいものではないけれど……ねっ!」

 

 少女が創る水仙の毒は幻想的に強まっていて、間を置くことなく文の五体を鈍らせる。

 びしょ濡れになった衣服は重く、風切羽も湿り、術で飛行するにしても差し障る域まで文は不快を感じていた。

 しかし、身震いする暇もなく、危険は彼女に迫ったり彼方を通り過ぎて行ったりもする。実に、逃げ辛い嫌らしさを持ってして。

 

「あはは。そう、それならいいけど」

 

 アトランダムに、少女の回転に併せて全方位に撃たれる妖弾は、それほど安定していないのだ。

 例えばある黄色と白色の眩しい弾幕は文のすぐ近くを通って行き。そして、ある程度過ぎたところでその妖弾は花のように散った。

 それも随分と【適当】な位置で、である。炸裂のタイミングは文にも読めないほどにバラバラに過ぎていて、ずっと手前で散華してしまうものすら多々見受けられる。

 偶には撃った当人が傷ついてしまうくらい近くで破裂して、少女を嗤わせてしまうことすらあった。

 

 そう、すべての可能性を含んだカオスな弾幕を、読み取ることはあまりに難しいものなのである。

 理解を放棄して、ただ隙間を縫っていくのが唯一の正解だと思えてしまうくらいに、このスペルカードは初見での難易度が高かった。

 開始する際に離れて居なければ毒を浴びることもなかったのにと、文は知らず挑発に乗っていた自分を少しだけ呪う。

 

 

「でもねえ……これくらいじゃあ、私を捕まえるには足りなさすぎるの! 速さが全然足りていないわ!」

 

 

 だが、果たしてそんな窮地すら抜き去って行くのが最速である。幾ら鈍くなろうとも、それでも文は速過ぎる。

 天翔ける一筋。それが軌跡であると人が知るようになったのは、何時からだったのだろう。

 パターン不明だろうが知ったことか。風は縦横無尽に木々の隙間を拓いて暴くもの。

 不安定な弾幕が破裂する前に、それを足蹴にすらして更に加速していく様は、まさしく風神。

 

 文は、力があるというだけ、少し工夫したというだけで、捉えられるような存在ではないのだ。

 

 故に、運動の最中で会話することだって容易い。

 また、シャッターチャンスを見定めるその赤い瞳は、不安定に浮かぶ少女を確かに捉えることに最適であり。

 霧中でする会話のキャッチボールは、次第に不明な少女を更に翻弄することに成功していた。少女の苦労に反して、文が彼女を捕捉するのは目前であるようだ。

 

「もー。だから、ゆっくりしてって言ったのに」

「そんなの私が知ったことではない。第一、子供に合わせる大人は沢山居ても、餓鬼にまで歩調を合わせてくれるというのは少ないものなのよ」

「悪い大人なんだ」

「天狗が悪くて何がいけないのかしら。それが嫌なら貴女が良くなればいいというだけなのに」

 

「……そう、なのかもね」

「ふぅん」

 

 少し明るくなったかと、文は感じた。会話できるくらいに近くに居続けたのは正解だったと、彼女は結論付ける。

 まるで水中のように濃い毒霧の最中、どこか気落ちした様子の少女をその細腕が届かない距離で観察しながら、文はその弱さを見抜いて少し安心した。

 不安定で強かったり弱かったりするコレに、一分足らずで確実に存在するウィークポイントを見つけられたことは、悪くない成果といえる。

 

「さて、もう残りは数秒。それだけで貴女は大言壮語を叶えられるの?」

「……そうだね。もうすぐでお終いだ」

 

 だから、ついつい文は余裕を持ってしまう。

 月明かりの下で、不明なものに躓いた経験のない羽を持った彼女は、故に光明を過大に評価した。

 慢心こそ、天狗の得意。そも、鼻高でなくとも、一番で安心しない者は中々いないだろうから仕方ないことかもしれないが。

 

 ただ、隙が出来たのは心にだけであり、実際【弾幕ごっこ】に対して手を抜いたわけではない。

 文は、確かに速くて巧かった。偶然に頼った弾幕に、当たってしまうような小さな妖怪では決してなかったのだ。

 

 

 

「え? う、なっ!」

「――――ああ、やっぱり貴女はとっても速かった。時間切れよりもこんなに早く迷路を攻略してくれるなんて、凄い。バレないようにとても複雑に創ったつもりなんだけれどね」

 

 

 

 しかし、それでも文は【鬼ごっこ】では勝てないのである。

 そもそも彼女は子の側だった。鬼に追われた子は、腕を引かれて拐かされる。そんな、当たり前のつまらない結末が、とんでもない速さによって早々と訪れてしまったのだ。

 一瞬でも繋がった手と手は、その証。それは天狗の矜持が、逃げ惑うことよりも相手を翻弄することを自ずと選択させた結果であった。

 

 もっとも、天狗が鬼の代わりになれなかったというのは、既に時代が証明しているのであるから、速い文が鬼としてゆっくりとした少女を追っていても、ひょっとしたら捕まえることは出来なかったかもしれない。

 昔々と物語られるようになった鬼が去った後に、天狗は仏敵として活躍することで山を得た。しかし、近代になり、整えられて明かされた山を最早人々は恐れなくなっていく。

 生活のために森を拓くことのなくなった現代人は山を忘れて、絵本の桃太郎で悪い鬼ばかりを知る。故に、崇徳院が朱点より恐れられることは、既に一般ではないのだ。

 

 

 

「あはは。これで、お終い」

「……お、しまい?」

 

 だがしかし、そんな現実を当の天狗が容易く呑み込められるものだろうか。

 唖然としている文を少女は嗤って、遊びの終わりを教えてあげる。

 そんな認めがたい現実は、あまりにも呆気無く訪れて去り、未だ文は咀嚼しきれていない。

 

 最初から最後まで文は混沌の最中を傷一つなく完璧に避けられていて、捕まることなくそのまま勝利を収められる筈だった。

 彼女の速さは幾ら鈍ろうとも元より少女に追いつけるものではない。途中でコツを掴んでしまえば、最早万が一も有り得ないと、文は確信すらしていた。

 しかし、複雑怪奇な爆風に煽られて何時の間に流れ着いたのか背後で炸裂した弾に、予期せずほんの少しだけ押された文は、そんな既知の機に速さを上げた少女にその手を捉えられて、結局負けたのだ。

 

 その敗因は、彼女が少女のことを知らなかったという、たったそれだけなのである。

 尤も、取材不足が記者を負かすというのはまた、当然なのだろう。

 

「………………ああ、そう。私、負け、ちゃたのね」

「うん。私の勝ち。そんなの、ずっと前から判っていたことだよ」

 

 鋭敏な感覚で、握手した少女よりも早く触穢を知った文は、既に力を入れられる前に振り払い、直ぐ様少女から離れていた。

 だがそれは既に遅く、彼女は鬼事に負けて【鬼にされて】いる。天狗だと、いうのに。

 

「そんなこと……」

「知ってたから。ずっと前からね」

 

 思わず、文は握られて痛んだ右手を後ろに隠していた。しかし少女は、余裕をもってその怖じ気を見逃す。

 真っ直ぐ覗いた少女の瞳からは、今や呑み込まれて咀嚼された穢れが、秘されることなく溢れている。それに少しでも触れた際の不快は、文であろうと幾らなんでも隠しきれるものではないのだ。

 しかし、大体山の烏は不吉でもあり、そして天狗道に浸かりきった両手は少しくらい汚れようともさして変わりはしない。少女が害意を込めた一瞬の接触は、文の身まで侵すことはなかった。

 だが、端っこだけでそこに触れずとも、少女は彼女の天狗の鼻を折ることが出来ていた。この上ない屈辱に、文は顔を赤くして、その顔色は【まるで天狗みたい】だった。

 

 

「くっ……はぁ。なら、貴女は私の全てをを計算に【容れて】いたとでもいうの?」

「あはは。まあ、百年はすれ違い続けてたら、嫌でも大体把握できちゃうものだよ」

「あ――――そう、なんだ。貴女は【そういうもの】だったのね」

「くぁ。分かられるって、やっぱりちょっと恥ずかしいものだね」

 

 過去は遡っていけばいくだけ曖昧になる。

 その果てまで道筋を造って行くには、諸説あり等のブレや、ミッシングリンクのように想像・予測での補完にまで頼って、不明を認めていく他にない。

 大概、全容は不明で良い。失われた全てを再び容れる器などないのだから。一筋過去を極みまで遡ることが出来れば、上出来である。

 

 

「そう、私は生まれていないのに知っているもの。全知になってから生じる筈だった、出来損ない」

「……あやややや。なるほどそんな貴女相手なら、負けても仕方ありませんか」

 

 

 だが、果たして、全てを飲み込むものがカオスだった。

 そう、アノ時から今までの殆ど全てがその身に入っているのだから、全知にはほど遠い餓鬼であろうとも、内を探るだけで大体分かる。

 つまり、力足りなくとも、今回勝利を収められたのは、少女が彼女になる前に漂って歯噛みしていた時間のおかげだったのだ。

 

 

 否定したい過去を容れて、ようやく少女は勝った。

 

 

「そんなことないよ。あははは」

 

 

 ただ、少女は勝利に嗤う。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 




 少女の苗字は弾幕名の【水仙庵】となります。
 作中ではこれからも少女と表記するままですが、一応そう決定する予定です。
 少女は文に何者か問われてこっそり半分は名告っていたと、そういうことでした。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。