ゆっくり大妖怪   作:茶蕎麦

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 今更ですが、このお話、時系列的には緋想天から地霊殿の間となっています。


第十四話 風のゆくえ

 

 

 

 東風谷早苗にとって、幻想郷というものは予想よりも遥かに大き過ぎるものだった。

 それは、幻想郷に引っ越すということを自らが祀る神、八坂神奈子が宣言してからずっと、その準備や別れに忙しくて引越し先のことを考える時間をとることが出来なかったことが大きい。

 しかし、もし充分想像する時間がとれていたとしても、果たして現代っ子の彼女がこれこそ日本の原風景とすら思えてしまうほど、鷹揚な幻想郷の姿を認められるとは思えなかった。

 別に、強がらずとも良い。そう、特別であることが希釈されてしまうくらい、幻想郷は大きかったのだ。

 

「でも……ちょっと私には大きすぎるのかも」

 

 早苗は現人神である。そういう個性として、彼女はこの世界で認められ始めていた。

 娯楽の少なさにも、その憂さを弾幕ごっこで晴らすのにも慣れて。最近は人里の信者候補たちの顔だって、名前と一緒にすっかり頭に入っていた。

 そして、里に一番近いはずの妖怪神社の紅白巫女よりも、信仰の押し売り営業をしによく来ている自分の方が里の人間に受け入れられて来ているような、そんな手応えも感じ始めている。

 たがしかし、慣れてくればそれだけ、近しい現実と理想の落差は大きくなるものだった。

 

 

「私は、この程度なのかしら?」

 

 

 思春期の心には、地動説よりも天動説のほうがしっくりと来てしまうもの。世界が自分を中心に回っているなんてことは、高くそびえ立つ自信が証明してくれる。

 新天地で物語の主人公のように活躍するなんて夢想は、特別な力を持っていただけに割りと本気で信じこむことが出来ていた。

 でも、既に中心のような位置には怠惰な巫女が座っていて。そんな彼女を追い出すための弾幕ごっこで負けてから、早苗は強いはずだった自分を見失っていた。

 力を持っていることと、強かなことは違う。故に元々ないものを、見つけることは出来ずに彼女は四苦八苦。果ては、博麗の巫女と対照的な自分の姿を某永遠の二番手と重ねあわせてしまったりして、落ち込んでみたりもした。

 

 そんな早苗を見かねた神奈子は気を抜くよう諭し、それとなく様子を伺っていたもう一柱の神、洩矢諏訪子は早苗をからかって遊んだ。

 やり方に違いはあれども、言葉も無遠慮も、いい気休めになってくれるものだった。二柱が悩む早苗を心配してくれていたのは明白である。

 しかし、そんな彼女たちの気遣いこそ、自身が未熟である証と早苗には思えた。だから、心配させないように頑張らなければならないと、ますます気を張ってしまったのが悪かった。

 

 

 ある日、異変が起きる。しかし、早苗は最後までそれに気付くことが出来なかった。

 自分の周りの風がずっと【凪いで】いるからおかしい、等と思う者はそう居ないであろうから、それは決して彼女が悪かったというわけではない。

 しかし、早苗の役職は風祝なのである。彼女は奇跡で大風を鎮める立場であり、そういう意味では自分の周り以外で天や地も荒れたその異変に気づけなかったというのは、拙かった。

 自分しか見えないような状態だったことが、ここに影響している。

 

 神奈子と諏訪子は様々な思惑を秘めて最初から最後までその異変を山から俯瞰していたのだが、そんなことともつゆ知らず。早苗が異変があったことに気づけたのは、二度の再建を経て嫌に新しくなった博麗神社を目の当たりにしてからだった。

 早苗は、詳細を知ってから、そんな面白そうなことの脇役にすらなれなかったことが悔しく、そして密な交流がないとはいえ同じ山の天狗すら気づいた異変に気づけなかった自分を不甲斐なく思ったのは間違いない。

 それを責められなかったこと、気づけなくても無理がないと思われていたことすら、彼女の自尊心を痛く傷つけた。

 

 

 驚くべきことばかりの幻想郷で、驚かされてばかりの自分。それが、早苗にとっては嫌だったのだ。

 彼女は純粋な少女である。しかし、純粋とは、確固とした自分がないということでもある。だが、幻想郷の影響を受けて変わるには、まだ早苗が来訪してから日が浅すぎた。

 変化には多少の苦しみが必要で、それを受け入れるには少女は若い。餓鬼ではないので理屈は分かっても、未来に期待して耐え続けることが出来るような精神を未だ早苗は持っていないのだ。

 

 故に、影響されながら、努力を続けて、そしてまた悩むといった繰り返しが、自身を強くしていることにも気づけずにいて。

 早苗は内心、異変のような自分の力が必要とされるような事態が起こることを、期待していた。何か慣れるのに易いとっかかりでもあれば、と思わずにいられなかったのだ。

 

「ああ、私はどうなればいいのでしょう」

 

 神に愛されて、恵まれた力を持った少女は、小さくて大らかな世界に飲み込まれてから、悩む。

 自慢の長髪をくるくると弄んでいるその姿は、年頃の少女らしく憂いを含みながらも、決して小さく纏まったものではない。

 茜空を見上げて、群れて飛ぶ烏を望みながら、早苗は背筋を曲げずに視線と一緒に頭を下げるようなことも決してなかった。

 染まりつつも曲がらない、そんな彼女は幻想郷に酷く似合っている。

 

 

 

「さて、どうしたものかねえ」

「神奈子は相変わらず過保護だねー。もう少し信じて見守ってあげなよ」

 

 そんな少女を心配している二柱の家族は、影で案じながらも一人の時間を守ってあげていた。

 未だに成長途中の彼女を、扱いかねる部分はある。導くべきか、このまま見守り続けるべきか。

 しかし、導くといっても、自分たちの言う通りにだけ早苗を動かして、結果つまらない人間にさせるつもりは更々なかった。

 手のかかる子ほど可愛いと言うけれども、果たして子供はみんな似たようなもの。素直で真面目な子であっても、面倒で愛でる甲斐があるものだ。

 だから、早苗が幾らとんでもない子になってしまっても、二柱は愛するのだろう。それは、ずっと昔から決まっていたことだった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 東風谷早苗が生まれたことこそ、神奈子が幻想郷に近づく最初のきっかけだった。

 人の世で極めて幻想に近くなった神奈子と諏訪子に触れることが出来る子。そんな彼女が守矢家に生まれてきてくれたことが、ある種の奇跡である。

 生来の霊力に加え、二柱の神力を受け入れられるその度量。早苗こそ、在りし日の幻想を体現しているような、そんな存在だった。

 

 しかし、当然のことながら、神社の子である早苗は神奈子と諏訪子の下で働くことが運命づけられており、また神奈子は特に彼女を重宝するようになっていく。

 早苗が生まれたのは、幻想郷の外の世界で未だ存在していた二柱が、信仰が薄れた現代においてはその存在すらも薄れ、最早これまでかと覚悟し始めていた、丁度そんな時期だった。

 故に、少しの力を送るだけで奇跡を体現させられる少女の存在は、大きな助けとなる。また多少の余裕が出来たために、先を見ることも楽になった。

 

 神奈子は早苗に風祝の役職を与えるために、父母の夢中にて神託を授けることで、空であった行事に再び意味を持たせることに成功する。

 よちよち歩きの子供が、モゴモゴと耳元で誰かに囁かれた通りの呪文を唱えることで、暴風雨を次第に弱めていく様は異様なものだった。

 しかし、誰一人たりとてそんな彼女の能力を疑うことはないのである。なにせ、神を見ているかのように振る舞う幼児は、早くも神威を借りることに成功していたのだから。

 そう、早苗は物心ついた頃から神奈子と諏訪子と親しんでいて、そこには彼女がひとつの神社に二柱が共存していることに疑問を抱くような隙間すらなかった。

 

 

 でも、そんなことだから、実の両親は早苗を畏れて充分に愛することが出来なかったのだろう。

 そう、直ぐ後に生まれた弟が、ただの餓鬼であったために両親の寵愛を一身に受けるようになって、早苗に与える分が不足するようになってしまたのは、神奈子のせいだった。

 また、あの子は道具ではないという思いは、近寄ってみれば尚、顕著に積もっていくものであり。罪悪感は踏み出す足に力をもたせた。

 

 結果、早苗は代わりに神に愛されようになったのだ。肉から離れたところから注がれる愛は、彼女を純粋にさせ、少し間抜けにもさせた。

 それでも、何だかんだ性急に近寄りすぎたことに責任を感じていた神奈子と、子孫の可愛らしさに自ずと遊ぶようになった諏訪子のおかげで決して早苗は不幸ではなかった。

 幼い頃から、早苗は東風谷家の子供ではなく守矢神社、つまり守矢家の子であると認識している。そのために、彼女は未熟なまま家から離れるのことが出来なかったのだろう。

 

 

 さて、そのように家庭環境はねじれていても恵まれていたと言える。ならば、早苗と世俗との関わりはどうであったかというと、それも表向きは良好だった。

 基本的に人のためにしか力を使わない少女は、大人から早々と偏見を取り去ることが出来て、見た目通りの幼さからむしろ親しまれていく。これが、信仰の始まりである。

 まあ、同年代から距離を取られることは多かったが、それも問題にまでは発展しなかった。何せ、本物の特別と神秘を備えた彼女は、自分たちと似た姿をしているとはいえ遠すぎたのだから。

 それを寂しく思うのは、まだ祀られているだけの人だった早苗には、当たり前のことだった。

 

 優越感が幼心を満足に慰めるものではなく、ただ一人だけという事実が寂しさを募らせた。

 勿論、別段早苗に協調性や友情が足りていなかったというわけではない。自分とは違うところを見ていて小さかったけれども友人は沢山いたし、たとえ繋がらなくても想った人だって何人かいた。

 初めて気になった男の子が好きなロボットアニメを見逃さないために、神社の石段を駆け足で上り帰宅して息を切らせたことなどは、彼女の大切な思い出でもある。

 しかし、最早小さな教祖のように大人たちに半ば神格化されていた早苗に、無遠慮に寄ってくるものはもうなかった。

 

 

 たとえその力が二柱の神の後押しにより高められたものであったとしても、神を見ることの出来ない人には関係なく。

 果たして加奈子と諏訪子の存在を見知った彼女が、無信心な目の前の奇跡のみを信じる者達に崇められるのは、ただ自尊心をくすぐられるばかりであったのだろうか。

 そんなものは、大したものではなかったに違いない。実際に、彼女はその全てを捨てて、無聊な社会から去った。

 

 

 

「あはは。風が気持ちいいー。力も空にだったら幾ら浮かべても大丈夫だって神奈子様も言ってたもん。こうして遊べるのは私だけ。やっぱり飛ぶのって最高よね!」

 

 何時かの過去、どこかの氷精のように無邪気に浮かんでいた少女は、相手もない空に弾幕を広げていた。

 その有り余る霊力によって、宙に停まった弾は様々な発色を持って光り、新月の夜空は超新星が幾つも生まれたかのようにきらめいていく。

 しかし、その光を隠すために敷いた風の結界も含めても、それは早苗の遊戯でしかない。

 

 早苗にとって、空を飛ぶということは特別なことであり、そして自分が特別であるという自信でもあった。

 風祝、だからといって役目を負った誰もかもが風を操り空を往く事ができるわけでもない。ましてや、霊力やら神力やらを整形して、それを空に放ち使役して遊ぶことが出来るほどの力など、秘伝や修行だけで身につくものではなかった。

 しかし、そんな奇跡的な才能ですら、現実の仮初の平和においては必要とされることもなく。だから、持て余したその力を早苗が宙に描くのを遊びとして、楽しみ始めたのは自然なことだったのだ。

 

 

「全く、こんな一人遊びが満足に情緒を育んでくれるわけないっていうのに。でも相当鬱憤が溜まっているんだろうからねえ……幻想郷にはあの子の相手を出来るようなのが居ればいいんだけれど」

 

「……へー。神奈子ったら、早苗にも過保護なんだ」

 

 そんな危なっかしい彼女を現在のように、すぐ近くで神奈子は眺めていて。また、そんな神奈子と早苗を、諏訪子は影から見つめていた。

 

 後に、コレをしている時は殊更二柱が見てくれていることを知った彼女の熱は更に上がり、幻想郷では弾幕ごっこと呼ばれている遊びにより親しむことになっていく。その危うさを知らず。

 そして、知らずにそれに長じていたことが、後々役に立つのである。もっとも、この時ばかりは、彼女は小さい身に重い全てを放棄した、無邪気な思考しかなく、そんな奇跡的な利は偶然でしかなかったようだが。 

 まあ、現人神として生き始めていた早苗には、その程度の助けでは過少だったかもしれない。

 

 

 現人神。その立ち位置はあまりに不明瞭なものである。人でありながら、超越して崇められる存在。

 しかし、早苗はあくまで人の子であって、ただの超能力者に信仰の対象にになって更に力を得ることが出来るという、豪華なおまけが付いているだけ、と言い切ってしまうことも出来る。

 そんな、どっちつかずの宙に浮いた状態で、早苗は何になりたいのか決めかね続け、そしてそのまま彼女は幻想郷に転居してしまったのだった。

 

 早苗は二十歳にも至らない少女である。外の世界に対する未練がないはずがなかった。ただ、未だ強い自信が己の姿を歪めて映してしまうために、彼女一人ではそんな自らの弱さを感じることは難しいのである。

 

 

「まあ、くよくよしていても仕方がないわ。気分を変えるためにも早く眠って、明日は早くから出て……ついでに博麗神社の様子もみておきましょうか」

 

 悩み、しかし日々は過ぎていく。それでも幻想郷での生活はそれなりに楽しいものだった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「おはようございます。霊夢さん」

「あぁ……おはよう。何、あんたまたこんな早くから分社の様子でも見に来たの?」

「いえ、早起きしたので人里に向かうまでにちょっと寄り道でもしようかと思いまして。何か最近変わったことがないかなあ、と」

「変わったことねえ……」

 

 そうして、翌日早朝には、早苗は本来ならば熾烈なシェア争いをしていたはずの、暢気な相手方の元へと着いていた。

 明け方の澄んだ空気は寝ぼけ眼に染みいり、そして覚醒した瞳に映る色はやたらと目出度いものである。よくハレたこの日には丁度いいものだった。

 早苗は経験から、良くも悪くも博麗神社に変事を期待している部分があり、また友人と会話するのは気分転換にもなるため、しばしば遊びに来ているのである。

 

「そうね、何か陰陽玉みたいな妖怪が居着き始めたことと……後は、やっぱりアレかしら」

「えっと、丸い妖怪と、何ですか?」

「はぁ……正直、私はもう説明するのに疲れたんだけれど。ま、人の気配を感じてそろそろ出てくるんじゃない。アイツ、人好きみたいだから。まあ妖怪も幽霊も同じみたいだけれど、神様か人間か半端なあんたはどうなのかしらね?」

「それって……え?」

 

 何なのかと質問する前に、神社の奥のずいぶん低い所からその何かが向かってくる気配を感じる。

 その気配が近づくにつれ、早苗の耳にポムポムと、何かが跳ねているようなオノマトペが実際に音となって聴こえてきた。

 やがて、障子の中途半端に開いたままの隙間から、その生き物は顔を出す。いや、惜しげも無く全身を披露していたのだろうか。

 何せ、それは顔だけのお饅頭なのだから。

 

「ゆ? ……ゆっくりしていってね!」

 

 そうして、神社の主も巫女も、不在の母親の意向も無視して、来客を確認したその生き物は早苗に向けて持て成しの言葉を送る。

 呆れ返って見下ろす霊夢を気にせずニコニコと、その身体でどうやったのか、存在を誇示するために一度ぴょんと跳ねた。

 

「な……な、こ、この子、妖怪……にしては妖気が感じられませんし、霊夢さんにそっくりですし……どういう生き物なんですか?」

「私はこんなに丸い顔してないなんだけれど……信じられないだろうけどあのさ、基本的には饅頭よコレ」

「饅頭、ですか? あんなに動いていて、こんなにも可愛らしいのに!」

「ゆぅ?」

「いや、可愛らしいとかは知らないけど、ソイツの中身は餡子で、生地もきめ細かいだけで饅頭と同じ。髪の毛と髪飾りだって、美味しく食べられるものらしいわ。それで生きているっていうのだから、デタラメよ」

「はぁ……ということは、この子に中の人は居ないんですか……」

「ゆっ」

 

 初対面であることなんて、全く気にせず足元に寄ってきたゆっくり霊夢を早苗は恐る恐る持ち上げる。

 触感は実にふわっとしたものであり、確かにどことなく饅頭の食感を思い起こさせるものだった。

 そして、目の前まで持ち上げてみれば、そこには少し潰れた霊夢にパーツだけは似ている顔が見える。

 

 早苗は向こうに置いてきてしまった幼少の頃飽くまで抱いた、大して可愛くもない、しかし大切な人形を思い出していた。

 また、それを愛着したまま歩くことで世界が広がっていったという記憶も、ここで確かに拾い上げる。今手に抱いているふんわりとした感覚は、そんな当時の安心を想起させるに十分なものだった。

 そう、ちょっとズレている早苗にとって、不意に持ち上げられながらも愛嬌を振りまくゆっくり霊夢は、彼女の好みにピタリと当て嵌まる存在だったのである。

 

「か、可愛い! ゆって言いましたよこの子! 可愛い! この子に名前、あるんですか?」

「口癖そのまま、ゆっくり、って言うらしいけど……ちょっとあんた大丈夫?」

「大丈夫なわけないじゃないですか! これは一大事ですよ、一大事! まさか、外の世界を知っている私たちが出遅れてしまうなんて……」

「ゆ゛……」

 

 感情的になるあまり抱きしめるその手に力が入ってきていることを、この場ではゆっくり霊夢しか知らない。

 霊夢が思わずその正気を心配してしまうくらいに、早苗の興奮は、今までの落ち込みを吹き飛ばすかのように、異常なものだった。

 それもその筈。幾ら考えても見つからなかった新世界の入り方、それを彼女はゆっくり霊夢に見出していたのだ。

 

 

「そう! 幻想郷には、この子みたいなマスコットキャラクターが必要だったのですね!」

「はあ?」

 

 

 顔とは、個人の記号・アイコンに近いものがあり、そのモノを象徴するのに最適なである。故に、名前と顔を一致させることが本人確認としてよく使われる。

 しかし、宣伝するには本人があちこちに顔を出すよりも、ポスターや適当なのぼり旗でもそこら中に立てておいた方が効率的だ。もっとも、そんな少ない情報だけでは親しむところまで行くのは難しい。

 だからこそ、守矢神社はまず早苗という代理をわざわざ人里に直接向かわせて、互いに見慣れることから信仰を集め始めようとしたのだろう。

 

 それを考えると、今までのように博麗神社からひと気が減ってきていたのは、異変に霊夢本人が出向き、解決したという結果だけを持ち帰って知らせるだけという、彼女のそんな無愛想にもあったのかもしれない。

 だが、ここに来て急に、霊夢を模したような顔だけではあるが、(早苗の目から見て)とても可愛らしく、自立して動くことが出来、また愛想のいいという性能の高いマスコットが現れたのだ。

 キャラクター商法くらいは知っていた早苗が受けた衝撃は大きい。こういう切り口があったとは、まさか想像もしなかったことである。だが、その衝撃は、奇しくもこの世界と外の世界でも通じるものが確かにあるのだという実感となった。

 危機感も沸いたが、近頃何やら暗躍している二柱に、報告と二番煎じでも提案を出来る喜びも沸く。結局昨日はあまり眠れていなかった寝不足の早苗には、ゆっくりが新たな幻想郷への入り口にすら思えた。

 

「あの! 今日一日だけでいいので、この子を神社に連れて行っても構いませんか?」

「私は、別にいいけれど……」「いいんですね! それではゆっくりちゃんを借りていきます!」

「ゆゆーっ!」

 

 説得するにはある程度の証が必要で、それならば実物を持っていくのが一番早い。

 大事な言葉を聞き取らずに、早苗は胸元にゆっくりを大事に持ったまま飛び立つ。

 そして、風を操る奇跡的な力が無駄に使われることで、早苗の姿は最高速度で空遠くへと消えていく。

 霊夢には、ゆっくりの悲鳴がドップラー効果まで伴った空耳として聞こえてくるような気がした。

 

 

「へー。早苗ってあんなに速く飛べたの……じゃなくて。ああ、困ったわね、アイツになんて言えばいいかしら」

 

 そして、一応の保護者代理であった霊夢は、日が昇る前から宿代替わりの筍やらを採るために不在だった、陰陽玉のような少女への言い訳のために、頭を抱えた。

 

 

 

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「ふーん……そうか……山の巫女が私のゆっくり霊夢を攫ったんだ……」

「それで……アンタはどうすんの?」

「ねえ、霊夢さん。神様な人間を怖がらせることも、妖怪としてはいいことだよね?」

「本当なら理由があろうと問答無用で退治するけど……今回ばかりは話を最後まで聞かなかったアイツも悪いわね。まあ、私がゆっくりを持って帰ってあげるから、それまでは大人しくしときなさい」

「ねえ、別に、私が行ってもいいんじゃないかな。霊夢さんも面倒でしょう?」

「そうだけど……アンタが行ったら余計面倒事になりそうで嫌なのよ」

「大丈夫。そんな大したことにはならないよ。スペルカードも持ったし。私も今回はちょっと、本気出すから」

「……ま、異変になっても後で解決すればいいだけか。面倒だし、頼んだわ。でも出来るだけ私の手をわずらわせないでよ。後はまあ、勝手にしなさい」

「くぁ。はーい」

 

 そうして、彼女は山へと向かう。

 

 

「ふぅ。……アイツらが居ないと神社が静かでいいわね」

 

 霊夢は神社で一人、暢気に少女が淹れた熱い茶を飲んだ。

 

 

 

 

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 ゆっくりは早苗さんが幻想郷で一皮むける前の、無垢という外の世界を彷彿とさせる移行対象、安心毛布といった感じで気に入られました。

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