ゆっくり大妖怪   作:茶蕎麦

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 やっと本編にゆっくりを出すことが出来ました。


第十三話 ゆっくり霊夢

 

 

 

 さてさて、困ったことになってしまった。私は一体どうすればいいのだろう。

 これは、自分では分からなくて、それでも到底人には聞けないようなこと。つまりは大事な選択肢といったところだろうか。

 混乱中の脳裏には、聞かぬは一生の恥という言葉がよくよく過ぎっていく。たしかに私の経験不足は相当なもの。やっぱり、恥を忍んだ方がいいのかもしれない。

 でも、もし自問自答を続けるのならば、どこまで正解に迫ることが出来るのだろうか。そんなことも知らない私は、色んな事に背を向けて、試しに彼に問いかけた。

 

「コホン……あのさあ、子供の育て方って分かるかな」

『いい方? それとも悪い方?』

「私はどっちでもいいと思うけど、どうせやるなら良くしてあげたいな」

『なら、よくよく構って一人にさせないこと。特に困っている時には。それが出来れば大体いいと、俺は思うよ』

「それは経験から?」

『いいや。そんな経験ないから言えるのさ。ただの理想だよ』

「なるほど、ねー……」

 

 私はその言葉以上のことを欲して、丸顔の彼を睨むように見つめる。

 きっと、目に前にある人形のコミカルな無表情を伺うことは愚かなことなのだろう。

 しかし、彼の気持ちは私の胸の中に入っている筈なのに、自らの口から出た言葉をどうにも消化しきれない。いや、認めたくないという方が正しいのかもしれなかった。

 

 不正解な現実から、正解を探っていた彼の言葉を受けて、私は困る。彼にだって欠けているものが、私にある筈もないということに気づいてしまったから。

 なら、私にあの子を愛することなんて、出来るのだろうか?

 

『知らないなら学べば大丈夫……っていうのは無責任だよなあ。まあ、俺のせいで君の社交性がイマイチなのは悪いと思っているよ。それでも、頑張って欲しい』

「間違って作っちゃったのに?」

『望んでいなかったとは言わせないよ。そうでなきゃ、幾ら乱れたからってあんなことはしない』

「でも私子供だし、責任なんて……」

『そういう問題じゃないって。今あるのは認知責任くらいで、これから大事にするかどうかは私の意思で…………くぁ、また失敗だ」

 

 やっぱり、混乱中に大道芸なんて無理なもの。

 ついつい舌が絡んでしまい、白色と黄色はまた混ざって交じってグチャグチャになってしまった。

 再び幾ら攫っても私の中の彼は溶けて戻らず、これではまた落ち着くまで時間を置かなければならないだろう。

 

「うーん。私は……どうしたいの、かな」

 

 結局、問題となっているのは私の意思の弱さなのだ。

 しかし、華飾を施したこの身には自信があっても、不明な中身を信用するのはまだ難しかった。

 ただ、時間をこれ以上取るのは、無理なこと。何せ六つの瞳が、私の後ろで痺れを切らしてるのだから。

 

 

 

「……話し合いは終わった? それで結局こいつ、どうするのよ?」

「そうそう。コイツをつまみにしていいか悪いか、早く決めておくれよ」

「ゆ、ゆっくりしていってね!」

 

 振り返ってみれば、そこには家主の巫女さんがちゃぶ台に両肘を載せて頬杖ををついたまま、こちらを白い目で見つめていた。

 そして、そんなだらけた綺麗な巫女さんの顔だけを、ふっくらとした饅頭を眺めながら描き写したような、そんな落書きみたいな生き物が怯えて瞳を白黒させている。

 また、大口を開けて驚かすことを楽しんでいる鬼さんの目は細められていて、不明だった。

 

 早くするよりゆっくりした方が私の性に合っているのは確かで、そして私を狂わせた酔いも二日目の今には微かにも残っていない。

 起きて困ってから、もう十分素面でゆっくり考えた。これで間違えたとしたら、それは自業自得ということだ。

 ならばもう、いいだろう。ゆっくりしすぎるのは毒だ。脈拍を引っ張り過ぎたら亡くなってしまうように、それは間違いなく。

 

 答えは出た。さて、三次創作してしまった彼女をもう、放っては置けない。縛するため、私は萃香さんから彼女を引ったくる。

 

「おっ?」

「あーもう、どうなったっていいや。この子は私のもの!」

「ぐゆっ!」

「あっ、出ちゃう! そいつの口からアンコ飛び散っちゃうわよ!」

 

 一度抱きしめてみれば、ゆっくり霊夢のその身はふわっと、軽くて重かった。

 胸元で潰れた饅頭は、あんまり可愛くない。でも、手放すことは出来そうになかった。

 

「ゆー……」

「大丈夫。基本この子は軟体だから、そうそう破裂しないよ」

「なんだ。そいつ思っていたより柔らかいのね……畳汚さずに済んだわ。でも、あんたその力ゆるめなさいよ。だからって締め付けたままだと、汁が垂れてきそうじゃない」

「あ、確かに力を緩めないと饅頭ジュースが絞れちゃうかも。ゴメンゴメン。ゆっくりもごめんね」

「……ゆぅ!」

 

 手元を離れて、ゆっくり霊夢は膨らみを取り戻し始める。恨みがましい彼女の目と、他の二人の目は真っ白くて、思わず私は目をそらした。

 私が悪くて、そんないつも通りが今は少し恥ずかしい。

 

「まったく。食えないもん絞めてどうすんのさ」

「あははは」

 

 つい、私は嗤う。嗤う他に何も出来なかった。

 私の手の中で、ちっぽけな彼女は潰れずに残り、そして私の中のちっぽけな望みは彼女の存在に潰される。

 

 

 ああ、これで私はもう○◆△い。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 薄く伸びた果ての太陽を見下ろしながら、私は包を持って飛んでいた。

 紅魔館での三日間を思い出として胸に納めて、一直線に向かう宿はご立派な新築。

 その倒壊を二回も目撃してしまった私としては、直ったところで変わらないその記号的な形が少し古ぼけても見えもする。

 かといって、何もかもが不変でないのは面白い。妖怪に近い場所のせいなのか神域の割りには過ごしやすそうだったり、また気づけば無駄に神々しい分社が建っていたりと、常でないのは好ましいものだ。

 端っこの辺鄙なところだけれど、そんなちょっと気になる博麗神社に私は赴いていた。

 

「あ、居た。良かった、異変も何もないみたい」

 

 鳥居が四角く切り取った光景の中に、私は価値ある人を発見した。何だか目付き悪く私を睨んでいるけれど、いくら悪態をつこうともあの紅白少女の値が落ちることはないのだろうと思う。

 博麗霊夢が幻想郷に無くてはならないものになっているということは、よく知っている。主人公だっていうことも、知った。でもそれ以外は、あまり知らない。

 

 向かい合ったことで、質の大きく違う、黒い瞳が交錯する。石段を踏みしめることをサボって来てしまった私はどうしてだかバツが悪くて、誤魔化すように、こんにちは、と霊夢さんに向かって会釈した。

 

「はぁ。何かよくわからないものが来たから、もしかしたら参拝客かもって思ったら、また妖怪? 誰だか知らないけれど、正面から乗り込んでくるなんていい度胸しているわね」

「ねえ、巫女さん。神社に一泊だけさせてくれないかな」

「そんなこと、駄目に決まっているじゃない。ここは神様の住処よ?」

「一応、宿代替わりの粗品は持ってきているんだけれど……」

 

 そうして、パンパンに膨れた真っ赤な風呂敷を見せつけるために持ち上げた。

 ガワは貰ったものだけれど、中身は私が頑張って摘んできたもの。可食部の芳しさが中々な、山菜である。

 対価とは、こんなものでもいいのだろうか。しかし、草木に了承も得ずに勝手気ままに摘み取った私が、対等を望むというのはおかしなことかもしれない。

 

「ありがたい賽銭箱は、そこにあるんだけど」

「うーん……流石に山独活(うど)らしき物とかをそこに入れるのもあれだから、空箱の手前に置いておくね」

「あら。少しは常識っていうものが分かる奴みたいね……ならいいわ、勝手にしなさい。縁側に転がっているくらいなら誰も気にしないわ。ただ、少しでも私に迷惑をかけるようなら問答無用で退治するからね」

「ありがとう」

「あ、そうそう。あと、どこかのモノクロみたいに勝手に戸棚を漁ったりしちゃダメだから。これから私は里に行くつもりなんだけど、もし何か用があったら全部神頼みでもしときなさい。あとで気が向いた時に聞いておいてあげるわ」

「はーい」

 

 そう言って、振り返りもせずに、霊夢さんは神社の奥へと消えていった。きっと、彼女は私に興味なんてないのだろう。自分が祀るべき神と同じように、穢れにも簡単に距離をとれるのは、中々に面白い。

 

「ふーん。慣れ、とは違うだろうし、天性か。まったくここの神様は、どれだけ鷹揚なのかなあ」

 

 あまり、この神社に畏れるような力は感じられない。だた、それにしたって社の主に神格はそこそこないと困ると思うから、どこかに隠れているのだろうか。それとも、気にならないくらいに弱まってしまっているのか。

 まあ、或いは居るかもしれない神主さんのお邪魔まではしたくもないし、内側のことは正直なところどうでもいい。

 ただ巫女さんの言った通りに、私は縁側の境界あたりでゆっくりしてみたいと思う。そこでゆっくりと、生きた両目で幻想郷を知覚したかった。それをコソコソと隠れている妖精に邪魔されるのも、また一興だと思って。

 

 

 

 しかし、そんな希望は邪魔が入ることで果たされなかった。この妖怪神社で新参の私だけがゆっくりしようとしていた訳もなく、知らずに浮かんだ私は誰かのせいで更に浮く。

 

「くぁ。斥力が足りない。……あー引っ張られるー」

 

 近づくために、引力を手放して浮かんだのはいいけれども、しかし彼女との距離を密にされてしまった私はホイホイとそこに付いて行ってしまう。

 勝手に定められた目的地、黒い屋根の上はとっても酒臭かった。そこで、何時か見た酒天童子が、横になって私に向かって手を振っていた。

 

「やあ、ちょっとぶりだね。何だい、あんた今度はこの神社に泊まりに来たのかい?」

「そうだよ。ここらの観光のためっていうのが一番かな。後はちょっと、藪をつついてみたくなってね。……でもその前に、鬼さんに、こんにちは、することになっちゃったけど」

「私が言うのも何だけど。あんたも、酔狂な奴だねえ」

 

 何が楽しいのか、萃香さんはニヤニヤと笑いながら、酒を一口頂いていた。どこから持ってきたのか、彼女の手元と私の目の前に、杯は二つある。

 こんな場所で空疎になりながら、私を見張っていた鬼さんは、霊夢さんが出掛ける姿を確認してから、私に向かって乾いた方の杯を差し出した。

 

「呑むかい?」

「そんな気分じゃないよ」

「やれやれ、お子様だね。やっぱりここには遊びに来ただけかい。お人形遊びに、冒険ごっこ。それが終わったら、次はなんだい?」

 

 やっぱり鬼さんは、かくれんぼをしてたことを知らない。タネを見知ったメイドさんに追い出されたのか、それとも同時刻に宴会でも主催していたのか。

 よく分からないけれども、彼女が探っていたと正直に喋っているのは確かなようだ。一々言動を曲げる必要のない強者の余裕には、私もちょっと憧れる。

 

「鬼ごっことか、どうかな?」

「はっ。そんなつまんない遊びは止めといたほうがいいと思うけどねえ」

「ふうん、面白くないからお酒に逃げてるんだ」

「そうさ。天下無敵ってのは下らないもんでね、こんなナリでもオツムが足りてる奴らは誰も近寄ってこないのさ。だから、身の程知らずの馬鹿餓鬼くらいしか小突けなくて困る。ほら、よっと」

 

 空の左手は、あまりにも自然な動作で目の前まで持ち上げられた。そして、脅威を覚える前に、弾みをつけて子供よりも幼気な萃香さんが、私の狭い額を力を溜めた細い中指で弾く。

 果たして、そんな小さな小さなデコピンで、私の脳みそのよう何かはグラングランと揺れた。シェイクされた視界は、一時綺麗な光景を崩して私の好みに合ってくれたけれども、それも直ぐに過ぎて脳裏が明滅する。

 鬼のお仕置きは刺激が強すぎた。とっても、痛い。

 

「あいた―……もう、暴力反対!」

「ははは。それを言うならあんたも言葉にわざとらしく毒を入れるのを止めることだね。怖がっているのが分り易すぎて、むしろ可愛らしくて仕方ない。そのまんまだと、酔狂者ばっかの幻想郷の中じゃあ、からかわれっぱなしになっちゃうぞ」

「くぁ! ふ…………ふん。わかりましたよーだ」

「気持ちが全然こもってない」

「いったーい!」

 

 今度はチョップで頭が凹む。頭を吹き飛ばされた時と比べれば大したことない損傷だけれど、半端な傷みは私をガツン、ジンジンと二度も痛ませて苦しめた。

 死に難すぎて、痛みに天井がないのは結構不便だ。人間の体を元にしているからか、私は特に過敏に過ぎていた。

 こうも空気が緩んでいたら、今までみたいに我慢するのもわざわざ楽しもうとするのも馬鹿らしいし、私も痛みでついつい声がでてしまう。

 でもまあ、それが目の前で手酌で酒を楽しんでいる鬼のような女の子にとっては、とても面白い様だった。次いでに背中をバチンバチンと酔いの勢いのままに叩かれた私は、また頭の中がクラクラに。

 

「あははは、いいねえ。あんたはまるで人間みたいだよ。でも気をつけなくても壊れないし、下手な妖怪みたいに逃げもしないから、あんたの相手をするのは気楽でいいや」

「くぁ…………もう本当に反省した。次からは酔っぱらいの相手をするのは止める。だって、優しくないもの」

「そりゃ残念だ。あはは」

 

 私に嫌気をささせるくらいの被害を与えておきながら、この邪気のなさ。やっぱり、鬼は恐ろしい。

 害する意思があれば避けられるのに、経験の少ない私では悪意のないイタズラに気付くのは難しかった。

 これが酔っぱらいの質の悪さというものなのだろう。傍目では楽しめても、こうも無遠慮にやられてしまえば、少なからず気分を害してしまうものだった。

 

「まあ、そんなに気が変わったんならもう一度聞いてみるのも悪くはない。さあ、呑むかい?」

「ええ頂くわ。どうもありがとう。頭痛くてとても素面じゃやっていられないもの」

 

 そして、私は一度は経験してみたかった、自棄酒というものをこんな黄昏刻から経験することになる。

 初めて呑んだ時と同じく、酒は甘くなくて、美味しい物とも思えない。

 

 それでも、私は初めて三杯も呑んだ。そうして酔っ払って、やらかしてしまったのだった。

 

 

 

 

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 忘れてしまった、と言ってしまうのは簡単だ。酔いすぎていたのは、本当だけれども、その事実を言い訳にしたくはなかった。

 自己管理は、私にとって至難だけれども、重要なこと。例えば、酔気極まってだいばくはつでも起こしていたら、異変沙汰にでもなっていただろう。

 だから、今回の大失敗は認めなければいけない。そして、生まれた結果を祝福しなければ、ならないのだろう。

 私は、愚かにも酔気に任せて、お遊びでゆっくり霊夢を創ったのだ。循環器を有する独立した生き物として。それを、素面の私は出来てしまったものは仕方ないと、結局認めたけれど。

 

「くぁ……ふぅ、でもちょっと心配だなぁ」

「ゆ、ゆーっ」

 

 大口を開けて空気を吸って、そして私は知らない間に創ってしまったゆっくり霊夢が神社の縁側を跳ねまわって探検している姿を見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。

 彼女が暢気なのは、別に構わない。けれども、無知からくるその余裕は、弱肉強食の世界では問題である。怖いもの知らずが、お化けとか妖怪とか怖いものだらけの幻想郷で、生きていけるわけがない。

 それでも、あの子はもう私のものだから、守らなければいけないのだ。でも、ただのひ弱な饅頭生命体を、守りきれる自信はない。どうせ創るならもっと、精強な生き物にすれば楽であっただろう。酔った私は大馬鹿モノである。

 後付け設定なんて、今更難しいものだというのに。

 

「そうだねえ。別に幻想郷は弱者の楽園ってわけじゃない。ちょっとあの様子じゃあ危機感が足りなさすぎだ。全く、母親そっくりだよ」

「くぁ。そうだよね、もう私は一児の母なんだ……まだまだ餓鬼のつもりだったのに」

「私は似た言葉を何回も聞いたことがあるよ。ま、観念することだね」

 

 千年間浮かんで回っていた私と、千年以上暴れまわっていた萃香さんとの経験の差異は大きい。

 それでもやるしかないことは知っているから、私は彼の抜け殻が入ったポケットをぽんと叩いて弾みをつける。また、失うというのは嫌だ。

 

 

「お、そこにいるのは萃香と、お前はあの時の……って、何だ何だ、あの霊夢の生首は!」

 

 そんな私の密かな決意の最中に、タイミングがいいのか悪いのか、霧雨さん家の魔理沙さんが箒に跨って飛んできた。

 竹の柄一本でも、座りが悪くはないのだろうか。私だったら、クッションが間に欲しいと思ってしまう。見た目に拘るというのも大変だ。

 もう、あの夜のことなんて気にしていないのか、彼女はゆっくり霊夢を確認してから私たちの前に平気で降りてきた。驚きと疑問でそれどころではないのかもしれないけれど。

 

「あ、おはよう魔理沙さん。アレは私の子供で、お饅頭。首から上だけ、霊夢さんからデザインを借りたものだよ」

「は? また、それは何というか……悪趣味だな。私はてっきり、霊夢の残機が表に出てきてしまったのかと思ってしまったぜ」

「霊夢、新しい顔よーっていう感じかな?」

「あはは。新品と、とっかえても意味ないねえ。アレじゃ、暢気なのが変わらないよ」

 

 ちぐはぐな会話は、対象に対する好意で繋がっていく。

 やっぱり、巫女さんは人気者。軽口を言っていても角と魔女帽子が、笑みで上下しているのがその証拠だ。

 そんな人気投票上位常連の彼女と同じ顔をしているということが、あの子のゲン担ぎにでもなってくれればいいのだけれど。

 

「ゆー」

 

 そう思っていると、ゆっくり霊夢は元ネタの方へと消えていった。

 外を調べたら次は中。それは当たり前のことなのだろうけれど、二人きりでの接触というのはちょっと心配だ。

 

「あーあ、奥に行っちゃった。下手したらあの子、食べられちゃうかも」

「今更何を言っているんだ? ここは餓えた巫女が周囲を徘徊している危険地帯だぞ。ちょっと大きくて騒がしくても、饅頭は饅頭。お茶と一緒にあいつの腹の中に流し込まれるのが落ちだぜ。怖い怖い」

「ま、私だったら自分と同じ顔をしたモノなんて、ゾッとしないけれどねえ。ツマミになるなら手元においておくけどさ」

「ゆっくり霊夢は私の非常食。あまり誰彼の手垢をつけて欲しくはないんだけれどね」

 

 そう、あの子は私のもの。誰かの食い物には決してさせない。

 創造主として割り切れない餓鬼の私は、意地が悪い。独占欲が強かった。

 そして、彼女には私の代わりにもっと純粋な子供時代を謳歌させてみたいという気持ちもあったりするのが、複雑だ。

 

「子煩悩かなんなのかよく分からんな。お前、大事にしてても結局アイツ食べちまうのかよ」

「なあに、非常食ってのは最後まで残して忘れるもんさ。でも、あんたはアイツを賞味期限の間隠し続けられるもんかねえ? 次第に食えなくなっていくのを近くで見ていて、果たして我慢できるものだろうか。饅頭怖いって泣かれても私は知らないよ?」

「泣く子は育つ、って聞いているからそれは丁度いいかもね」

「はぁ。ひねくれているねえ…………全く、似てない親子だよ」

 

 私があの子を似せたのは、他人。だから、何時かは手を離れていくというのは承知済みのことである。

 愛別離苦を覚悟して、それでも今を楽しむというのは、しかし餓鬼らしくはないことだ。

 楽しさに忘れ、そして何時か私は別れが怖くなって泣くのだろう。今はただ、それを知っているだけである。

 

 

 

「ゆ゛~」

「あ、たんこぶ付けて帰って来た。よしよし」

「……ま、その分お似合いっぽいけどな」

 

 私は逃げ帰ってきたゆっくりに手一杯になって、そんな意見を聞き流した。

 

 

 

 

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