ゆっくり大妖怪   作:茶蕎麦

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第一話 宴会ではゆっくりできない

 

 

 

「……くぁ」

 

 目を覚まし、欠伸をするために口を開いてみたら、声が出た。それは甲高い、鈴の鳴るような美しい鳴き声だった。

 例えるならば、それはまるで少女のもの。

 そう、それはどう考えても変声期を終えた二十歳手前の男性が発したとはとても思えないような声だったのだ。

 

「あれ、声おかしい……な」

 

 辺りに目を向けてみたが、どうにも暗く不明だった。しかし、それでもここが木々が茂る場所であると辛うじて分かって、驚く。

 跳ね起きて、見回すためにひさしにしようとあげた手も女子のように小さくて、唖然とする。

 そして、驚愕の全てが振りにしかならない自分の内面に、恐怖した。

 

「な、なんだ、コレ」

 

 しかし、疑問も振りでしかない。答えは、自分の内を探れば直ぐに出てきた。

 

 

 そう、出てきてしまったのだ。

 

 

「あはは……俺、いや私、妖怪なんだ」

 

 出てきたそれに、俺は喰われる。

 バクバクと咀嚼されて、消化された【俺】は、基礎に組み込まれて【私】の一部になっていく。

 考古学者を目指していた男の十九年は、つい先ほどまで生まれてすらいなかった妖怪の千余年に押し流される。

 

 残った者は【私】一人だけだった。

 

 

 私は、嗤った。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「あはは。空を飛ぶのって、楽しーい」

 

 可憐な少女が夜空を舞う。その少女が私であるということを、私は楽しむ。

 記憶の中にある、とても美しい、幾多のもの。その一番上に私を据えて、笑顔を作る。

 その笑顔の醜悪さに見惚れる妖精と畏れる妖怪たちを尻目に、私は童女のように、空にて心に惹かれるがままにくるりと回る。

 回る度にスカートがひらりと揺れて、どこか心地いい。度々捲れかえってしまっても恥ずかしくはなかった。

 だって、私に恥じるところはないのだから。

 

「臙脂色の艶髪に、カーボンブラックの瞳。美しい、私の形。そして醜悪な、私の心。さあ皆、私の笑顔を見てその目を潰しなさい」

 

 心を誤魔化して、私を邪魔する一部をすり抜けて、畏れて集まる全てに自慢する。

 美しいのは本当のこと。千年も色々なものを見てきたけれど、彼らの瞳に映る私の姿よりも美しいのを、私は知らない。

 違う世界の十九年だって同意見のはずなのに、過去に引き摺られて素直になれないなんて、どうしてそうも惰弱なのだろう。

 人間は弱い。私は強い。それだけの違いで、私の一部ですら、私を押さえつけるには足りていなかった。

 

 

 

 そうして、何にも囚われずに、私は飛んだ。

 重力も突風も及ばずに、私は一人、快適な空の旅を楽しむ。

 やがて、楽しんでみたいと常々思っていたものの芳香が届いてきたので、そちらへと心を向けた。

 ゆったりと、数分後に、私はそこに辿り着く。騒がしいそこに、千余年と十九年も呑んだことがなかったお酒を求めて。

 

「ねえ、私もその輪に入れてくれないかな?」

 

 そう言って、驚かすために押さえていた妖気を開放したら、そこにあった二十四の瞳が私の方を向いてくれた。

 でも、少し予想外だったのは、そこにあった一対の目が、畏れを孕んでいたということ。

 隣の人間の目には何の色もなかったというのに、好対照に過ぎていて、それがどこかおかしかった。

 

 

 だから、私は嗤う。

 

 

「っ、何者だ、お前!」

「私は、生まれたての子供。酒の匂いにつられて来た、羽虫でもあるわね。だから私なんて気にしないで楽しんで、魔法使いの人間」

 

 心にもないことを言って、また私は嗤った。

 おかしい、おかしい。こんなに他と戯れることが楽しいとは思わなかった。

 感性が違いすぎる十九年の経験は全く参考にならなかった。千余年もの孤独はこうして少しずつ満たされていくのだろうなと思うと、中々に愉快だった。

 

「あらあら皆、そんなに殺気立たないで。無粋な私に構うことはないのよ。ただお酒を呑んでみたくてここに来たというだけなのだから。それさえ頂ければとんぼ返りするだけ」

 

 ただ、幾人かが腰を浮かせて、私に浴びせかけてきた殺気はあまり愉快なものではなかったので、弁解はしておく。

 この世界は好きだった。それに、どうも私の一部も知って好きでいたようで、その要といえる子達に喧嘩を売るほどの悪意は持てない。

 まあ別に、私に彼女達に向ける好意があるというわけでもないけれど。

 そんなどうでもいい彼女たちの中でも一際小さな子が、面白くなさそうな顔をしながら私に向かって口を開いた。

 

「喧嘩をしにきたのかとおもったら、なんだ、つまらない。じゃあさ、貰えなかったらどうするんだい?」

「また別の場所を探すだけよ、小鬼さん」

「私の名前は伊吹萃香だよ、小さな大妖怪。……仕方ないな、ちょっとこっちまで来て手を出しなよ」

「はーい」

 

 ゆっくりと私は輪に入って、和を乱す。威嚇するような強い視線、観察する目を受け止めながら、私は笑顔を崩さない。

 被対象、いや非対称。彼女達の瞳に映る私は鏡と違って等しく映らないからこそ、面白い。

 今なら、露出狂の気持ちが少しだけ分かるかもしれない。尤も、私が見せびらかしているのは粗末なものではないけれど。

 

「ほら、やるよ。けれど一杯だけ呑んだら帰りなよ。どうにもあんたは刺激が強すぎて皆の酔いが冷めてしまうから」

「私は冷や水なのかしら。だとしたら、お年を召している方も多そうだし仕方がないか。それと、最初からその予定よ、酒呑の鬼」

「……さっきの言葉は撤回するよ。喧嘩を売りたきゃよそでしな。あんたの周りは空気が悪くて仕方ない」

「そうするわ。……うぇ、思ったより甘くないのね、お酒って。ごちそうさま」

「そりゃあ子供に旨くは感じられない代物さ。さ、子供はこんな夜中に出歩かないもんだ、怖い鬼に攫われる前に帰りな」

「うん。ごめんね皆、場を盛り下げて。私はとても楽しかった。じゃあ、お休みなさい。さようなら」

 

 お辞儀をして、ばいばい。

 最後ばかりは礼儀よくして、片手で一条の閃光を弾いてから、帰路に赴く。

 

 

 それからふわりと浮かび続けて、見下ろすのに飽いたので見上げてみたら、そこには白い円があった。

 どこか暗いと思っていたけれど、それでも今日は満月だったのだ。下ばかりを向いていたから気付かなかったのかもしれない。

 その後に私は空を飛ぶ大きな蝙蝠をからかってから暫くして一つ、思った。

 

「あっ……そういえば家って、どこにすればいいんだろう」

 

 蝙蝠のお家でも奪おうかな、とも考えたけれどそんな無茶な案はお空に投げ捨てて、とりあえず一晩は鈴蘭畑で過ごすことにした。

 お人形を抱きしめながら、私は眠った。

 

 

 

 

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