IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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最終話 原作とは少し違う『未来』へ

(――――こ、コレは想像以上にキツい……)

 

 あくる年の四月。

 中学から高校へと進級した多くの学生達が心機一転。新しい学び舎で緊張を顕にする今日この頃。

 織斑家の長男――織斑一夏も、そんな世間の新入生らと同じ様に、入学した新たな高校での初日を開始した。

 そして“緊張”を顔に貼り付けていた。

 否、唯一他と違う点を挙げるとするなら、緊張どころかもはや死にそうに青白いという具合にあるだろうか?

 右を向いても女子、左を向いても女子――――。

 そんな環境の中に一夏は居た。

 ココは“国立高等専門教育学校兼IS技能開発訓練校”――つまり“IS学園”と呼ばれる学校である。

 そして世間ではISがまだ“女子”のみにしか扱えない為、一夏のいるその場所は所謂“女子高”であった。

 故に、その中にたった一人で通う事になった一夏の顔は、今にも死にそうなほどに憂鬱に染まっていた。

 

(……どうしてこうなった?)

 

 一夏は深い溜息を吐きながら、教室の中に唯一見知った顔を見つけて助けを求める。豊満な胸、そして昔と変わらぬポニーテールを揺らす大和撫子――篠ノ之箒に向って。

 しかし箒は、数年ぶりに再会した幼馴染である一夏の必死な“救援要請”を、「すまない……」というどこか悲痛な様子で無視した。

 このタイミングでクラスに唯一の男に話しかけるなど、注目の的になるに決まっている。そんな目立つ真似を()()()買ってやれるほど、箒の性格は今も昔も豪胆では無いのだ。

 

(箒ェ……)

 

 一夏は薄情な幼馴染に向って呪うような視線を送る。

 しかし箒は何処吹く風で窓の外に視線を向けた。『空はあんなに青いのに……』と、聞こえてきそうな出で立ちである。

 なので仕方なく、一夏は視線を己の机の上に落とした。

 一夏の横顔をジッと観察する無数の女子――。

 IS学園の一年一組は、まさにそんなどこか奇妙な静寂に包まれていた。

 ――――と、そこに声が掛かった。

 

「随分と緊張しているようだが、大丈夫か? 体調不良なら医務室に行く事をお勧めする」

「あ、えっと――――」

「“ラウラ・クロニクル”だ。織斑一夏」

「お、おう。ありがとう」

 

 声を掛けてきたのは眼帯を纏った銀髪の少女だった。

 そしてこの瞬間まで、一夏の身に一番大きな“プレッシャー”を与えるガン見の視線を送っていた張本人である。

 しかし口を開いたラウラと名乗る少女は、堂々落ち着いた様子であった。

 それが意外にも、この瞬間の一夏の緊張を解く手助けとなった。

 

「……俺の事知ってるのか?」

「無論だ。と、言うよりこの教室内で、お前の名前を知らない奴が居るとしたら、それは相当の世間知らずだぞ? まぁ、私の場合はわけあってお前の()から()()()()事も関係するが――――」

「弟って言うと“秋斗”の知り合いなのか?」

 

 ラウラの言葉に一夏は思わず首をかしげる。

 するとラウラは「あぁ」と短く返事を返し、そして思い出すような口調で口を開いた。

 

「秋斗には私の姉共々世話になったからな。それに、祖国での同僚以外で、ずっと出来損ないだった私に“価値”を見出してくれたのは秋斗と博士と、お前の姉の織斑千冬教官ぐらいだ。だからその借りを返す為に私は此処にいる。だから存分に“頼る”といいぞ」

 

 ラウラは腕を組んでドヤ顔で言った。

 その様子を、その一夏とラウラのやり取りに耳を傾けていたクラスの多くの女子が『何、あの可愛い生き物!』と、小さく歓声を上げている。

 そんなラウラの妙な頼もしさに一夏はホッと吐息を漏らし、そして短く言った。

 

「じゃあ、改めて織斑一夏だ。秋斗の知り合いなら一夏って呼んでくれ」

「無論だ。私の事も、ラウラでいい。よろしく頼む」

「こちらこそ、だよ」

 

 一夏は安堵の吐息を漏らしながら、弟――秋斗に対して内心で強い感謝の念を送った。

 程なくして、クラスの担任が教室の戸を開いた。

 

 

 

 

「……コレでやっと“呪い”が解けたか」

 

 フランス――パリ。

 雑踏の中を行き交う人々を尻目に、秋斗は一人、銜えた紙巻に火を点し、そして大きく息を吐いた。

 世間ではこの冬に発見された“世界初”の男性IS操縦者――“織斑一夏”の報道で持ちきりであった。

 今年四月から、一夏は原作と同じく“IS学園”に入学する事になった。

 それにさし当たって、秋斗は己がこのインフィニット・ストラトスの世界で生きる為に変えてしまった幾つかの“要素”を補完する為に動いていた。

 

 秋斗の介入の所為で一番変わった要素といえばラウラ・ボーデヴィッヒに他ならない。一夏が“亡国機業”に誘拐されず、そして千冬がモンドグロッソを連覇の末に引退した。

 その結果千冬は原作のようにドイツで“1年”の教導を行なう必要が無くなったからだ。

 千冬は国家代表の引退後IS学園に属し、モンドグロッソの騒動に“詫び”の意を込めて、出向で世界各地のIS乗りに教導を行なった。

 その間に千冬はドイツでラウラと知り合った。

 が、しかし時間が足りない所為か、遂に千冬でも、その時のラウラに押された“出来損ない”の烙印を、完全に取り除く事は出来なかった。

 プロジェクトアドヴァンスト――簡単に言ってしまえは遺伝子操作で人工的に誕生させる“強化兵士”である。

 その結果生み出されたクロエの姉妹個体が、ラウラ・ボーデヴィッヒという少女だった。

 しかし兵士としては成功体であったラウラだが、その後のISの登場によって、新たに研究されたヴォーダンオージェという試作型の特殊なナノマシンを投与された事で、それまでの性能を発揮する事が出来なくなった。

 ――――故に彼女は、兵士としては出来損ないの烙印を押されてしまったのだ。

 

 束の潜水艦での共同生活で、クロエは度々そんな唯一の姉妹であるラウラの様子を、密かに観察していた。

 その頃は秋斗達も“亡国機業”に対する嫌がらせを続ける日々を送っており、また同時に明らかな“人手不足”に悩まされていた。

 故にクロエのラウラを想う気持ちと、“嫌がらせ”の人手不足の解消を兼ねて、束は密かにドイツと交渉してラウラ・ボーデヴィッヒの身柄を受け取った。

 この交渉の際に、世間では違法のVTシステムを搭載したISシュヴァルツェア・レーゲンの存在が明らかになり、密かに浄化作業という名でオーバーホールされたそうだ。

 そしてラウラはドイツ軍を除隊し、新たにラウラ・クロニクルという名前で、束の“私兵”と成った。

 この際に束によって調整されたヴォーダンオージェの影響で、ラウラは元の高いスペックを宿した兵士に生まれ変わり、秋斗とツーマンセルを組んで世界各地の“亡国機業”傘下の違法研究所や資金源を強襲した。

 そして今後は、“織斑一夏”の身辺警護という名目で、IS学園の生徒の一人として入学する手筈になっている。

 

「――――さて、行くか」

 

 秋斗は吸殻を量子格納庫に仕舞ってゆっくりとその場から移動し、不意に見つけたタクシーを呼び止め、それに乗った。

 

 

 パリといえば、一時期は表の通りから直ぐ脇にそれると立ちんぼの娼婦が大量に居ることで有名だった。

 が、しかしISの登場の所為か、そうした貧困層の女性にもIS乗りという一攫千金のチャンスが生まれた事により、かつてとは打って変わって裏も表も一見すると綺麗な景観になっている。

 しかしその代わりに女性に対する支援や優遇政策が大きく進められ、結果所謂、過激派――女尊男卑派と呼ばれる一部の勢力の台頭も許している。

 特にフランスはその傾向が強く、それによって経営が狂い始める幾つかの“企業”が顕著になった。

 秋斗がこれから向うデュノア社もその一つである。

 会社の創設期からの社長派。そして創設を支援した社長夫人派の対立で、現在のデュノア社は大きく揺れている。

 争いの発端は、現在世界で開発中の“第三世代IS”の開発状況だ。

 欧州圏でイギリスとドイツが試作型第三世代機の開発に成功したという動きから、フランスで最大手と呼ばれるデュノア社も相当な突き上げを喰らっているらしい。

 そして今日は、まさに今回の男性IS操縦者の登場で、今度デュノアがどう動くかを話し合う会議が、本社の方で開かれる。

 幼少の頃からデュノア社の株式を買っていた秋斗は、いつの間にかその保有率が単独で全体の9%を超えていた。故に、かねてから総会に出ろという御達しが再三出されており、秋斗は遂にその会議に出席するつもりでフランスの土を踏んだ。

 

「お待ちしておりました。“ミフネ・サンジュウロウ”様ですね?」

 

 タクシーを降りてデュノアの本社に向かい、受付で担当を呼び出すと、程なくして秋斗と同い年の金髪を結った礼装の少女が現れた。

 アメジスト色の瞳が特徴の美少女。まさかこのタイミングで会うとは思わず、秋斗は内心で少しだけ驚く。

 

「えっと、アンタは?」

「シャルロット・デュノアです。ココから先は僕が案内いたします」

「そうかい。それじゃ、よろしく」

「かしこまりました」

 

 出で立ち、立ち振る舞い。

 それだけ見ても十分に教育が行き届いている。

 問題があるとすれば、シャルロット自身の“立ち位置”だ。

 秋斗はシャルロットと共にエレベーターに乗り込み、会議場へ向う途中でふと尋ねた。

 

「で、オタクはどっち側なん? 社長? それとも夫人?」

「……それは」

 

 シャルロットは少し困った表情を浮かべた。

 そもそも秋斗が呼び出された理由は小学生でも察しが付く。

 秋斗の持つ9%の株を自陣に引き込めば、それだけで会社内の社長派、社長夫人派の争いに決着が付くからだ。

 故にシャルロット自身がその意思決定を左右する為のハニートラップ要員を任されていると言ってもそれ程、不思議な話では無い。

 故に答えは直ぐに出てくると思った。

 が、しかしシャルロットは口ごもった。

 それを見て秋斗は何となく思った。

 

「……心情としては社長派。だけど夫人派に属してるから言えないって感じか?」

「何のことでしょうか?」

 

 シャルロットは一瞬動揺を瞳に込めてから、平静を取り繕って愛想よく笑った。

 一瞬の動揺さえなければ、上手いなと秋斗は思った。

 同時に、原作の知識から、その笑みを身につけた一端を察して“世知辛い”と感じた。

 故に秋斗は不意に思いついた。

 

「まぁ、この際だから言うけど、俺はこの会議でどっちに属すかなんて決めてないんだよ。ただ、昔俺の家がクソ貧乏でな? その時に買ったデュノアの株でそれなりの生活が出来るようになったから、その借りを返してやろうってぐらいは思ってる。もしもアンタが、こうした方がいいって思うのなら、それに従ってもいい。なんなら、アンタが俺の代理って事で、この“9%の株式”握って会議に出てみるか?」

「……え?」

 

 秋斗の台詞に、シャルロットは眼を丸くした。

 不幸に流され、最後にはその救いさえ“曖昧な形”に終った原作のヒロイン――シャルロット。

 その人生の旅路の終着点が余り良いものになるとは到底思えなかった秋斗は、此処で会ったのも何かの“縁”だと感じて、一枚の1ユーロ硬貨を取り出した。

 そしてこれから何をするかを示すように、秋斗は左の親指でコインを弾いた。

 

「……どうする? 乗ってみるか?」

「………………」

 

 秋斗が取り出したのはフランスで発行されているユーロ硬貨である。

 その裏面には、命・連続性・成長を象徴する木。フランス国土を象徴する六角形。そして共和国の“自由・平等・友愛”を刻んだ文字がある。

 

「僕は――――」

 

 直にエレベーターも目的の階層につく。

 残り5階――――。

 シャルロットはごくりと、唾を飲み込んだ。

 そして秋斗に問うた。

 

「――――あなたは何を考えてるんですか?」

「別に何も。ただ経営のド素人で、しかも外国人の俺よりも、フランス人でデュノアって名乗ってるアンタが、この会議に出るのに相応しいんじゃないかと思っただけさ。別に嫌ならこの話は無かった事にしていい。……だが、選んで勝負するかはアンタの意思だ。負けたら現状のまま。勝ったら……まぁ、ある程度の“自由”は買えるんじゃないか?」

「っ!?」

「どうする? 直に到着するみたいだぜ?」

「………………“裏”」

 

 秋斗の問いにシャルロットは内心で幾ばくかの葛藤を乗り越えた末に、小さく頷き、そして“自由”の刻まれた面が“欲しい”と選んだ。

 

「そっか。……叶うと良いな」

 

 その意思を受けて、秋斗は小さく笑いコインを弾いた。

 ――――そしてシャルロットは、勝ちを拾った。

 

 

 

 

 既に原作とは大きく未来が変わっていた。

 織斑秋斗は単身。雑踏の中を歩きながら、今日までの事をふと思い返した。

 今日までの積み重ねの結果、原作のようなゴーレムの襲撃事件やVT事件、そしてその後スコール達が引き起こした襲撃事件は恐らく起きないだろう。

 ――――しかしこの世界の『運命』に導かれてか、一夏は原作と同じく試験会場で迷った末に、そこで見つけたISに運悪く触れて起動させてしまった。

 起動の理由は恐らく、秋斗と同じで“千冬の弟”だからだろう。

 思えばこれまで一夏が意図的にISに触れる機会は無く、触ったのはその時が初めてであった。

 そして結果として、男性がISに乗ることが出来るという荒唐無稽さを、一夏は世間にさらしてしまった。

 

 その男性が乗れるという証明のタイミングは、束が意図する時期とは大きく違った。

 その為現在、束は秋斗が積み重ねたデータのアップロードを、どの様なタイミングで行なうかを検討中である。

 またコレを機に、世界中で一斉に“男性IS操縦者”の捜索が始まった。

 その際に最も可能性があると期待された一夏の双子の弟である秋斗だが、秋斗は今も世界からその身を隠している。

 そしてそんな世間を尻目に、秋斗は今はオーストラリアのシドニーに居た。

 一夏は単身でIS学園に入学する事になり、その結果秋斗のスマホに再三、『頼むから一緒に入学してくれ!』という伝言を入れてくる。

 が、秋斗はそれらの一切を無視した。

 

 ――――これから始まるのは、他でも無い“織斑一夏”の物語。

 

 故に秋斗は、兄に対して『頑張れ』と、内心で短くエールを送った。

 

「まぁ、たった高校生活の3年だ。……俺はその前に単独で“10年”戦ったんだから、そのくらい耐えろ」

 

 秋斗はタバコに火をつけた。

 そして原作とは少し違う“未来”にたどり着いた世間に、秋斗は視線を向けた。




お付き合いいただき、ありがとうございました。
コレにて完結とさせていただきます。
あとがきなどについては、後ほど活動報告に書きたいと思います。

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