IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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35 走り出したら、止まるな! 後編

 秋斗は目出し帽を脱ぎ捨て、強奪したシルビアを路肩に停めて大きく息をついた。

 綱渡りのような賭けだったが、上手く成功した。

 ネット上にモンドグロッソの中止を促す脅迫文は、捕獲できた一人によって上手い具合に信憑性が出たはず。

 これで少なくとも、ドイツのモンドグロッソ会場の警備は、更に厳重になるはずだ。

 しかしそれでも(・・・・)一夏が拉致されるのならば、もはやこの世界の“運命”としか言い様が無い。

 家に放置したままのテロリストについては一応、警察を呼んだので彼らが片付けてくれるだろう。

 もっとも、家の中を調べても何が起こったのか、まるで判らないとは思う。

 見つかるのはなぜか縛られた外国人犯罪者なのだ。

 そして状況を知る家に唯一残った留守番少年(織斑秋斗)はどこぞに逃げている。――――テロリストから強奪した車で。

 

「…………この後は、どうするか」

 

 こんな荒唐無稽な話の結末がどうなるかは、もはや秋斗にも判らない。

 しかしそれで良い(・・)と、息を吐く。

 血を吐きながらも考えた末に、秋斗は己というイレギュラーが存続できるよう、本来の原作(未来)の形を少しでも別の形に歪めたかったからだ。

 純粋に己の為に未来を変えようと思ったのはコレがはじめてである。

 この先に待つのが罪をとわれる犯罪者か、それとも別の何か――――。

 

「ん?」

 

 と、その視線を上げた瞬間、運転席のバイザーにタバコが挟まっているのを発見した。

 秋斗はそれを徐に取り、躊躇うこと無く一本取り出して、車内のシガーライターで火をつけた。

 吸い込むタバコの煙によって、久しぶりの脳がクラッとする感覚に浸る。久しぶりの、酷く懐かしい(・・・・)と思う感覚だった。

 思えば、これ程の安堵に包まれるのも久しぶりである。

 秋斗はそこで車を降りて、くわえタバコのまま最寄りのコンビ二でプリペイドカードを買い、その近くの公衆電話に向った。

 そして日に焼けた電話帳の手元の手引きを見ながら、ドイツにいる千冬と一夏に、無事と警告を伝える為に国際電話を掛けた。

 

 

 

 

 その頃、ドイツではモンドグロッソ開催委員会に送られた脅迫文によって騒然となっていた。

 直ぐにドイツ政府と公安、軍は会場全域に警戒網を敷く。

 また出場者の親族が宿泊するホテルの警備も厳重な物となった。

 出場者親族の観光目的での外出。そして宿泊予定者以外のホテルへの入場も厳禁となった。

 織斑一夏もその内の一人であった。

 日本に残した秋斗への土産を買うために他の出場者親族と一緒に街を散策していた所を、慌てた様子の日本IS委員会のスタッフに呼び止められ、そのままホテルに連れ戻されたのだ。

 それはドイツに応援に来た他の邦人も同じだった。

 

 事情を聞いてもスタッフ達は言葉を濁すのみで、頑なにホテルから出るなと言い張る。

 そんな風に対応された一夏も仕方なく用意されたホテルの部屋に缶詰状態のまま、部屋に備え付けられたテレビを見て時間を潰していた。

 ――――まさにその時、電話が鳴った。

 見知らぬ番号に思わず首をかしげた一夏だったが、一応電話に出た。

 

「はい、もしもし?」

『一夏か? 俺だ、秋斗だ』

「おぉ、秋斗か! 熱は下がったのか?」

 

 一夏は日本に残してきた秋斗からの電話に思わず喜色の声を上げた。

 

「いやぁ、ファーストクラスの飛行機マジで凄かったんだぜ? それにドイツの料理も中々独特で旨いのも多くてさ――――」

『あぁ、旅行の感想については帰ってから聞くからよ。その前にお前に一つマジで言っておきたいことがあるんだ』

「なんだよ?」

『時間が無いから手短に言うぞ? 家に“テロリスト”が侵入した。んで、何とか脱出してよ、今コンビニの公衆電話から掛けてる』

「………………はぁ?」

 

 一夏は秋斗の言葉に思わず間の抜けた声を出した。

 

「それなにかの冗談か? またなんかの映画みたいな――――」

『ところがどっこい、そういう冗談を言ってる場合じゃねぇんだ。マジなんだよ。そっちで警備が物々しくなったとか、あるだろう?』

「え……」

 

 一夏はそこで先程の日本人スタッフの事を思い出した。

 

「あぁ。突然ホテルから出るなって、他の応戦しに来た人達と一緒に缶詰状態にされたけど――――」

『まぁ、当然だろうな。ネットで話題になってると思うけど、亡国機業って言うテロリストがモンドグロッソを中止しろっていう犯行予告を出したんだよ。そうしなきゃ、出場者の親族を殺すってな。で、まさに俺がそんな状況だ』

 

 秋斗は電話の奥で苦笑を漏らすような声で言った。

 

「――――おいおい、落ち着けよ。テロリストって、んな冗談だろ?」

 

 悪戯にしては度が過ぎる。そして秋斗はこんな下らない悪戯をやるような性格では無い。と、一夏は幼少期からともに生活した経験で知っていた。

 故に、段々とその言葉を真実のように感じ始めた。

 そこで一度溜息を吐き、秋斗は言った。

 

『悪いんだけど、真実だ。今、正にそいつらから逃げてる途中なんだよ。いいか、よく聞けよ一夏。奴らの目的は姉貴を決勝大会から引き摺り下ろす事だ。だからお前もたぶん、そっちで狙われる。だから絶対にその場から動くなよ?』

「秋斗? 秋斗、冗談だろ! お前大丈夫なのか!? おい――」

 

 一夏は思わず声を荒げた。

 

『俺は大丈夫だ。兎に角、今はお前の方が危険だ。一夏、良いか? ホテルから出られない状況なら好都合だ。今すぐ携帯で姉貴に電話して俺の状況を話せ。オレ達の家にテロリストが侵入した。間違いなく海外のプロだ。銃で武装してやがったからな』

「銃で武装って……お前本当に――――」

 

 その時、電話の奥で銃声のような破裂音が響いた。

 その音に一夏は思わず受話器から耳を離す。

 

『一夏! 悪いが後で、かけなおす! 直ぐ姉貴に連絡してそこに居ろよ! 頼むぞ、一夏!』

「おい! 秋斗!」

 

 秋斗は電話を切った。

 一夏は切られた電話を握り締めた。そして鳴り止まぬ心臓の鼓動を抑えようと必死だった。

 電話の最後。長い間一緒に過ごした秋斗が、あんなに焦った様を見せた事など、一度もなかったからだ。

 映画で聞く様な銃声が電話越しに響いた。

 そしてホテルの警備の状況。

 秋斗の言葉をタチの悪い冗談だと思えず、一夏は慌てて千冬の携帯に電話を掛けた。

 

 

 

 

 モンドグロッソに出場する選手一同は、選手村として用意された応援親族とは別のホテルに揃っていた。

 明日の試合の最終調整のため、自主鍛錬を終えた千冬はシャワーを浴びたところだった。

 ふと携帯に眼を向けると、見知らぬ電話番号からの不在着信が一件、入っていた。

 ソレを見て千冬は思わず首を傾げる。

 と、その時一夏からの電話があった。

 

「ん? どうした――――」

『大変なんだ、千冬姉! 秋斗がテロリストに襲われてる!』

「……なに?」

 

 千冬は耳に飛び込んできた一夏の叫ぶような声に思わず眉を顰めた。

 その調子は必死に何かを訴える様子で、馬鹿馬鹿しい話だと切り捨てるには余りにも深刻に聞えた。

 

「落ち着け、一夏。一体、何の話だ? どういう事だか説明しろ」

『さっき秋斗から電話があったんだ。家にテロリストが来て、それで逃げてるって! 公衆電話から電話してきたんだよ! 銃声も聞こえた』

「なんだと?」

 

 千冬はそこで先程携帯に映っていた番号を思い出す。

 一夏の言う話が本当なら、秋斗は千冬にも電話を掛けたのだ。

 

「秋斗から、他になにか聞いていないか?」

『えっと、ネット上でモンドグロッソを中止するように亡国なんとかって言うテロリストが予告したって言ってた。中止しないと出場者の家族を殺すって! あと、敵の目的が千冬姉を引き摺り下ろす事って言ってた!』

「っ!?」

 

 千冬はそこまで聞いて、慌てて状況を確かめる為に、運営本部に走る。

 

『あと、俺も狙われるからホテルから出るなって――――』

「わかった! これから直ぐに確認する。秋斗の言う通り、話が本当ならお前も危険だ! 絶対にそこから動くな!」

『だけど――――』

「お前が動いたところで何も変わらん! いいか、後で連絡するから迎えに行くまで鍵をかけてそこで待て! いいな!」

『っ!? 判った……。頼む、千冬姉!』

「あぁ!」

 

 と、千冬が電話を切った瞬間、フロアの階段を下りて曲がった通路で、ある人物とぶつかった。

 

「っ!?」

「痛っ、ちょっと何なのサ。いきなり――――」

「すまない! って、“ジョセスターフ”か……」

 

 御互いに尻餅をつき、千冬はぶつかった相手に反射的に謝った。

 すると覚えのある声が返ってきた、イタリアの国旗をつけたジャージを全体的に着崩している赤毛の女性――イタリアの国家代表“アリーシャ・ジョセスターフ”だった。

 第一回大会で凌ぎを削りあった選手である為、千冬は良く覚えていた。

 

「織斑千冬か。ったく、本当に突撃(・・)するのが好きな女だネ」

「すまん」

 

 アリーシャは打ち付けた尻を撫でながら、皮肉る様に言った。

 その言葉を千冬は聞き流して、再度走ろうとする。

 が、それをアリーシャは呼び止めた。

 

「ストップ。一体、何をそんなに慌ててるんだ? せめて、ぶつかった理由ぐらい話してヨ?」

「悪いが、悠長に話してる時間は無い。日本に残した弟がテロリストに狙われてるんだ!」

「テロリスト?」

「あぁ。大会を中止するような犯行声明がネットに流れているらしい。出場者の家族を狙うと。お前の方でも確かめてみろ」

「おい!」

 

 アリーシャの呼び止める声を無視して、千冬は走った。

 その後ろ姿をアリーシャは見届けるが、直ぐにその後を追って走った。

 

 二人が大会運営本部に着くと、そこは物々しい雰囲気に包まれていた。

 そして千冬やアリーシャと同様に、今この瞬間に詰め掛けたような各国の代表選手が溢れていた。

 千冬がけたたましく扉を開いて登場した事で、一同の目が千冬に向いた。

 

「織斑――――」

 

 千冬は全員の視線を集めながら、ツカツカと無言で運営スタッフに詰め寄る。

 その後ろをアリーシャが続いた。

 

「織斑さん!? あの――――」

「聞きたい事がある。大会を中止するような犯行声明が流れたというのは本当か?」

 

 まさに今、それを伝えるべきかどうかで運営スタッフは騒ぎを止めようとしていた。

 頷く仕草に、千冬は背筋が凍る思いがした。

 

「織斑千冬。もしさっきのテロリストの話が本当なら、呆けてる場合じゃないヨ?」

「っ!?」

 

 凍りつく千冬の脇で、アリーシャが言葉を放った。

 その言葉に大会運営に参加するスタッフは、まさかという顔をする。

 千冬は、先程一夏が秋斗から受け取ったという電話の内容を口にした。

 

 

 

 

 ――――ズダン! ズダダダダン!

 セミオートでの1発を起点に、直後にフルオートで弾丸が飛ぶ。

 その特徴的な発砲音を響かせるアサルトライフル(ステアーAUG)を構えたオータムは、運転席の部下に怒鳴った。

 

「へたくそ! もっと速度出せ! 奴の脇に出ろ!」

「了解!」

 

 GPSの反応を追って秋斗の乗ったシルビアを追撃するオータムの乗った四輪駆動車。更にその後ろから同様の車種の4WDが二台、秋斗を追撃する。

 助手席でマガジンを再装填したオータムは、再びライフルスコープを覗きながら思わず歯噛みする。

 

「クソガキが!」

 

 前を走るシルビアは巧みなハンドル捌きで、オータムの追撃を振り切ろうと動いていた。

 その車に乗る少年を捕まえるだけだった今回の任務は、それ程大したものではないと当初は高をくくっていた。

 ――――しかし蓋を開けてみれば、相手はとてもまともな中学生ではない。

 それは世界中の同年の不良やチンピラ等、比べ物にならないワルガキ。しかもテロリストから車両を強奪し、更にカーチェイスを容易にこなして、プロを単身で翻弄してのける極上の悪ガキ。

 正に“天災”の後継者というに相応しい荒唐無稽な存在である。

 

「ちぃっ!」

 

 オータムが引き金を引こうとした瞬間。前を走るシルビアは、テールを振って闇夜に赤い残光を残しながら、脇道に入り込む。

 それは間違いなくMT操作を使いこなしている動きだった。

 それ見たオータムは苛立つと同時に、不思議と笑みを浮かべていた。

 

「いいぜ、お前……それでこそオータム(秋斗)だ!」

 

 生かして捕らえろというスコールの指示には、いつもなら不満の一つもこぼれるところだ。

 しかし今回に関しては、スコール直々に灸を据えてやれという命令がある。

 同時に、これほど面白いカーチェイスがまさか日本で出来る興奮に、オータムの唇は思わずめくれ上がる。

 深夜の車道を疾走する4台の車のスピードメーターが表示する速度は、既に90キロを超えていた。

 

「オラオラァ! 」

 

 オータムは助手席から半ば半身を乗り出す様に引き金を引いた。

 

 ルームミラーに映る、箱乗り状態でステアーを構える敵を見て、秋斗は思わず歯噛みした。

 原作知識から直感的に判った。

 “オータム”という原作の敵キャラだ。

 

「――――クソババァが! はしゃぎやがって……!」

 

 後方からの激しい銃撃によって、リアガラスが弾け飛ぶ。

 身につけた“懐中時計”の力が秋斗の身体を穿つ弾丸を防いでいる為に致命傷は無いものの、このままではジリ貧である。

 

「“オータム”は2人もいらねぇんだよ!」

 

 秋斗は奪取した自宅に侵入したテロリストから奪った拳銃(M9A1)を左手に構えて引き金を引いた。


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