IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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24 『少年』時代の終わり

「――――これで、この家で暮らすのも最後だな」

「お~い、秋斗! 写真とるからコッチ来いよ!」

「あぁ」

 

 あくる日の朝。長年過ごしたアパートを前に秋斗は感慨深い溜息を吐いた。

 隣室や上の住人が立てる物音が響き、狭い湯船、狭いキッチン、狭いベランダに感じた多くの不便。それらも今となっては良い思い出だ。

 物心ついた時からこのボロアパートだが、もう二度と帰宅しないと考えると少しだけ憐憫を感じる。不満はアレど、やはりそれなり以上の“愛着”は感じていたらしい。

 と、秋斗はそんな感傷に浸りつつ、一夏の呼ぶ声に振り返ってその方に足を進めた。

 

「じゃあ千冬姉はそこ、秋斗はそっちな」

「何も、こんな所でまで写真を撮らなくても良いだろうに?」

「なに言ってんだよ、千冬姉。思い出を残しとけって言ったのは千冬姉じゃないか? ほら、ぶつくさ言ってないで並べよ」

「わかった、わかった」

 

 千冬は呆れた様子で、デジカメを構える一夏に吐息を返した。しかし呆れは感じていてもそんな弟の様子が微笑ましいのか、千冬は薄っすらと口元に笑みを浮かべていた。

 秋斗と千冬がアパートの入り口の前に並んで立つ。

 一夏は被写体の収まり具合を確認してからタイマーを入力して、小走りで姉弟の隣に並んだ。

 パシャリ、とフラッシュが焚かれる。

 晴天の下。この日、織斑3姉弟は遂に新居へと引っ越した。

 

 新たな住居は二階建ての一軒家。しかし二階の天井裏に続くロフトがある為、ある意味で三層構造となっている。

 一階部分は広いダイニングキッチンとリビングを併合したワンルーム。

 二階部分には姉弟それぞれの“専用”となる個室が3つと、クローゼットが一つ。

 風呂は大きく、トイレは一階と二階に一つずつ。

 引越しの業者を介さずに、近所に住む土建屋の榊を初めとする住人の手助けを借りて、織斑家の引越しは行なわれた。

 

「一夏! こっちの荷物は何処に置けば良いの!?」

「それは台所用品だからとりあえず一階部分に集めてくれ。皿とか入ってるから落とすなよ、鈴!」

「わかってるわよ!」

 

 応援に駆けつけた鈴を招いて新居に集った一同は、早速荷物の運び入れを行なった。

 

「秋斗、こっちの荷物は何処に下ろせば良い?」

「それは一夏の荷物だからとりあえず2階の廊下に集めといてくれ。俺か一夏の名前が書いてある荷物は全部2階でよろしく」

「わかった」

「――――に、しても、姉貴は良くあんなデカイ箱運べるよな」

「……何か言ったか、愚弟(秋斗)?」

「別に何にも」

「おい、秋坊! 荷物はコレで全部か?」

「あぁ、ありがと。榊さん。助かったぜ。お礼に今度、飯でも奢るわ」

「抜かせ、ガキに奢ってもらうほど卑しくねぇよ!」

 

 榊の会社が有する大型トラックに載せた家財道具を、一同はせっせと家の中に運び入れる。

 以前住んでいたのが小さなアパートである所為か、それ程大掛かりな家具を直接運ぶ作業はほとんど無い。

 引越しに先立って古い家具の多くは処分したからだ。しいて言うならダイニングテーブルと昔懸賞で当てた大型のテレビぐらい。

 およそ二時間ほどで引越しの荷物運びは終了した。

 しかし、忙しいのはこれからである。

 

「――――御疲れさん。差し入れだ」

 

 秋斗は愛飲するブラックの缶コーヒーを全員に配った。

 

「すまねェな、秋坊」

「いいって事よ。頼んでるのはこっちなんだからな」

「で、この後の予定は?」

「もうそろそろ『密林』で買ったソファやら棚やらが届くから、それの到着を待って再開って所かな?」

「そうか。だったら先にトラックを会社に戻して来るわ」

 

 軽く手を上げ、榊は引き連れた数人の会社の部下を残して、一旦織斑家新居を離れた。

 

「はぁ、しんど。それにしてもアンタ(秋斗)、よくブラックなんて飲めるわね?」

「なんだ、鈴は飲まないのか?」

「いらないわ」

 

 差し出した缶コーヒーを突き返された秋斗は、怪訝な表情で尋ねた。

 鈴は手拭で汗を拭いながら、言った。

 

「女の子に飲み物出すなら、せめてブラックじゃなくて微糖ぐらいにしなさいな。そういう気の利かせ方が出来ないとモテないわよ?」

「あっそうなん?」

「そうよ」

 

 小学校も高学年に差し掛かると、男子よりも女子のほうが背が高くなる。気づけば鈴の視線が、秋斗とほぼ同じ高さになっていた。

 密かにそれに気づいた秋斗は「思春期って奴ね」と、恋に恋する年頃になった友人の成長に内心で小さく驚いた。

 

「悪かったな。姉貴はブラックでもゴクゴクいくから、まったく気にした事がなかったぜ」

「……千冬さんは、別よ。たぶん」

 

 秋斗が豪快にブラックコーヒーを煽る千冬を指差すと、鈴は視線を逸らしながら苦しそうに言った。

 流石に織斑家との近い付き合いが1年も過ぎると、千冬のカッコ良い部分と残念な部分が見えてしまうらしい。千冬に憧れている鈴としても、やはり女としてちょっと……と、思う部分はあるようだ。

 秋斗は鈴につき返された缶のプルタブを開けた。

 

「よぅ、秋斗! そろそろどっちがどの部屋使うか決めようぜ?」

 

 そこにバタバタと階段を駆け下りて一夏が現れた。

 二階建ての家に住むのを誰よりも心待ちにしていた男である故に、その顔はとても輝いていた。

 

「別にどっちでも良いよ。一夏が好きな方使えばいいさ。そうだろ、姉貴?」

「あぁ。好きに選ぶといい」

「ホントか? じゃあ一番デカイところ使って良いのか?」

 

 姉と弟の返事を聞いて、一夏は嬉しそうに返す。

 一番デカイ部屋と言っても他と比べて一畳ほどデカイというだけであって、別にそれ程の大きな差がある訳ではない。

 しかし本人が強く希望するならと、秋斗も千冬も一夏にその部屋を譲る事にした。

 

「何よ、アレ? まるで玩具買って貰った子供みたい」

「そう言うなよ。微笑ましいだろ?」

「ま、それは確かね」

 

 鈴は一夏の様子に思わず笑ってみせる。

 思春期に突入した所為で少し大人ぶりたいのか、秋斗は鈴の台詞も十分に微笑ましいと密かに思った。

 

 ――――それから程なくして、秋斗が『密林』で注文した家具が届いた。

 食器棚、ダイニングテーブルと椅子×4、キャビネット複数、各種カーテン、カーペット×4、ソファ、ベッド×3、机×3。等、様々――――。

 秋斗は新居に引っ越すという事で、それに相応しい新しい家具を、競馬やエロ同人サークル、原型師としてのロイヤリティー、株式の儲け等の貯金を吐き出して一斉に買い揃えた。

 この時点で秋斗の使った貯金は200万円を超えるだろう。

 それ程の大出血に、千冬は無言で秋斗の頭に拳骨を落とした。

 届いた家具を組み立て、運び入れ、そして整理を終えるころにはすっかりと日が落ちていた。

 結局作業の全てが終ったとは言えず、細かい整理等は翌日に持ち越された。しかし、人手が必要な作業はコレで終了したと言えるだろう。

 その晩。

 一夏は引越し作業を手伝ってくれた面々に、新しいキッチンを使って夕食を振舞った。※その際に榊を初めとする近所の住人達に、千冬がひた隠しにしてきた料理を初めとする家事の不得手が露見したが、それについては割愛する。 

 そうして全ての作業が終わり、織斑家の一同を除いて全員が帰路に着いた後。秋斗は新たな己の城と化した自室のベッドに横たわり、万感の思いで深々と吐息を吐いた。

 

「はぁ、これでようやく終ったぜ」

 

 思えば長い道のりだった。初めは薄汚いボロアパートから始まったのだ。それが今は、エアコン完備にベッドを置き、特注の2000×800の机と作業椅子、個人用の模型ペースを備えた鍵付きの個室でゆったりと過ごす事が出来るのだ。

 しかも一家3人で、である。

 これほどの織斑家の進歩に、感動するなと言う方が無理である。

 

「……俺、超頑張ったよな?」

 

 誇りたいと思って始めた事ではないが、それでも己を誇らしく思う。

 引越しを始めようと思った最初の動機も、今は余り考えたくは無かった。

 

「―――しっかし、金が減ったな」

 

 秋斗はスマホから表と裏の口座の残金を見た。一時期は1000万を上回る預金があった口座の中身は、既に100万を下回っていた。

 引越しの頭金。そして新調した家具。それらも安くはなかったが、厳密に言うとそれで全てを使ったわけではない。

 一応投資など種金は別に保存してあるのだ。

 が、実際に動かせる額としてはもはや殆ど残っていない状態だ。というのも原因は最後に買った個人用の趣味――21インチのモニター3枚と、ゲーム用のデスクトップ、左手デバイス、ゲームマウス、メカニカルキーボード、無線LANルーター、ヘッドセット、5.1サウンドスピーカー、インクジェットプリンター、外付けHDD×2、ペンタブ等を買ったのが原因なのだ。

 しかしこれらを買わなければ、特注のPCデスクを買った意味が無い。

 秋斗は束から贈られたノートPC(トチロー1号)と、スマホ(トチロー2号)タブレット(トチロー3号)を世間から秘匿する活動用に置き、新たに買ったデスクトップ(トチロー4号)を個人的な道楽に使い分けるつもりだった。

 

「ま、無いなら稼ぐしかないな」

 

 秋斗はふっと悪辣に笑みを浮かべて、ベッドから身を起した。

 金が無くなったとはいえ、一時期の本当に何も無い状態から資金を作った時に比べれば、今の環境は月とすっぽんにして雲泥の差がある。

 加えて先のモンドグロッソの影響で世界中の株価も軒並み大きく変動しているのだ。世間は第一世代機を改良した第二世代機の開発に動き始め、その結果以前塩漬けにしておいたデュノア株も順調に育ちつつあるのだ。故に、損失を補填するだけの要素は幾らでもあると言えよう。

 しかも以前に比べて、急ぐ必要が無い。単純に今は秋斗個人の金が無いだけで、織斑家自体には千冬の稼ぎという磐石な基盤が既にあるのだ。

 故に、秋斗は微塵もこの状況に不安など感じてはいなかった。

 

「やっぱり、慣れ親しんだところから始めてみようかね。久しぶりに模型でも売ってみるか」

 

 秋斗は新しい作業場の調整もかねて、久しぶりに改造模型を作る事にした。

 ネットオークション界隈での改造模型販売は、既に見せしめの逮捕者が出た事もあり、随分と下火になっている。なので以前と同様の短期集中の限定という形で、謎の改造模型師“アーキトクテ”が復活するのも悪くはないだろうと思ったのだ。

 リスク回避の意味でも、()から学んだ電子工作術(ハッキング)の練習になる。アカウントを架空の人間に挿げ替えて、身元割り出し不可能な逆探知防止処理をする程度の事は十分可能――。故に、そこに躊躇う意味すらもない。

 

「そんじゃぁ、ま。久しぶりにやりますか!」

 

 秋斗は以前の家から捨てずに持ち込んだジャンクパーツとパテの余りを使って、新たな作業場での作品作りに没頭した。

 

 ――――そして季節は移ろい行く。

 秋斗の少年時代が終る頃に、秋斗にとって『最後の試練』がゆっくりとその鎌首をもたげようとしていた。




今回は短いですが区切りが良いので此処で。
次回から中学生編です。
ついでに必要ないかもですが、キャラクター紹介をちょろっと書きます。
不評なら後で消します。


織斑秋斗

左利き
前世の記憶を蘇らせた一夏の双子の弟。
前世の享年は不明だが、本人曰く割りと早死にした方。

性格
趣味
洋画ファンにして、80年代~90年代辺りの文化に明るい。また特撮とアニメは嗜む程度だが一般人に比べるとそれなりといわれる程度の知識を持つ。
“サブカル”全般に対する理解は深いが、現代の時間軸で言うところ“オタク趣味”とは少しずれる。※車、ミリタリー、洋画、等。
 また時事や流行にもそれなりに精通する。

好きな映画
『荒野の七人』、『シェーン』、『ザ・ロック』、『レオン』、『ランボー1、2、4』、『エイリアン2、4』、『ゾンビハーレム』、『グラントリノ』、『ダイハード全部』、『ソナチネ』

好きなアニメ
『ガングレイブ』、『カウボーイビバップ』、『メガゾーン23』、『スペースコブラ』

好きな漫画
『エリア88』、『デビルマン』、『天』

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