IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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13 分岐点 後篇

 知らない世界を知り、思いも寄らぬ技術を手に入れた。それが所謂、世間で言うところの“悪事”であった事、そして想像以上に容易に習得、そして実行出来てしまった事――。

 秋斗にとって束に教えてもらったハッキング、クラッキングと言う技術は、思いも寄らぬ楽しさを与えてくれた。

 誰にも悟られる事無く進入し、情報を抜き取って離脱する。その緊張感と、ある意味で空間を支配しているような全能感が、一種の麻薬に近い感覚だったからだ。

 想像以上にストレスが溜まっていたらしい――――。

 秋斗は徹夜明けの気だるい頭で思う。

 秋斗は己の存在が“イレギュラー”であると気づいた時点で、その人生の存在意義、行動目的を“織斑家”に見出していた。その上で、上乗せされた前世の経験と言う恩恵を武器に、あれこれと思案を重ねて実行に移してきた。

 しかし目覚めから2年経っても、秋斗が思うほどに家庭の状況は変わっていない。

 理由は小学生と言う身体の不便さと、保護者と言う枷にある。

 遅々とした歩みで漸く大きな稼ぎのあて(・・)が出来たと思えば、僅か2ヶ月で世間に対応された。加えて稼いだ額を自由に動かすには、どうにも千冬という保護者の監視が邪魔となる。そして家では常に一夏と生活スペースを共有し、完全にプライベートな時間は極僅か。真面目で厳格そして規律にうるさい清廉な人柄の家族の存在は、尊敬こそ出来るが、同時に息苦しい。故に秋斗は、自然と内に溜めたストレスを“悪事(ハッキング)”で解消する事に傾倒した。

 それはある意味で、仕方の無い話だったのかも知れない。

 なぜなら秋斗は、家族に対しても決してその心の内を殆ど見せる事は無かったからだ。

 自分がそれ程、褒められた類の人間でない事を理解している。

 だからこそ世間で言う“天災”と友好を結ぶ事が出来たのだ。

 そんな風に秋斗は己を客観的に分析する。

 織斑家の事は嫌いじゃない。むしろ好ましいとさえ思う。しかし時に“鬱陶しい”と思ってしまう感情は別物である。故に秋斗にとって、織斑家の存在は他ならぬ“家族”に違いない。

 だからこそ秋斗は、あえて(・・・)自立の道を選んだ。

 あえて家族と別の道を行く事で、その力を発揮できる時間を求めた。

 その枷の象徴である“剣”を捨てる事で――――。

 

 

 ☆

 

 

 大会当日――。

 大方の予想通り、小学生の部の優勝争いに箒と一夏の名前が挙がった。そして高校生の部ではぶっちぎりの成績で千冬が準決勝へと駒を進めていた。

 千冬の快進撃は同じ学年の高校生にはとても止められない。寧ろ、大学生や社会人の大会に出て優勝を狙えるほどだろう。

 そして観客席では、同じ事を思う千冬のファン達が、盛大に歓声を上げていた。

 その一角で秋斗は、懸賞で当てたデジカメを握り締めて、姉兄の大会模様を写真に撮った。同時に平行して、持参したラップトップを広げて、ブログ『オリムラ日記』の更新を行なう徹底振りだ。

 

「姉貴はこのまま優勝だろうな。それと、そろそろこの辺から一夏のヨイショも始めていくか」

 

 秋斗は大会模様を千冬の活躍だけでは無く、一夏の活躍もしっかりとブログに書いた。

 これで原作通りにならずとも、一夏の名前は嫌でも世界に広がる筈。一夏も主人公に相応しい高いスペックを持つ人間なので、千冬と併せて“美形剣士姉弟”という売り方でファンを作っていけば、この先に“IS業界”に行かずとも就職はしやすくなる筈だ。

 と、秋斗はひそかに邪笑を浮かべた。

 コレはいつぞやの黒歴史拡散の意趣返しではない。断じて否だ。

 もしかすれば心のどこかにそんな気持ちは少しはあるかもしれないが、将来の憂いを取り除きたいという弟としての献身が勝るのは確か。

 秋斗はそんな風に未来を見据えた先行投資という名目で、姉と兄の活躍を写真に収めた。

 ――――重ねて言うが、断じて将来的に、若かりし日の織斑千冬と織斑一夏と言うブロマイドを作って、それを販売したいわけではないのだ。

 閑話休題

 

「――――に、してもなんで態々攻撃する時に声を出すんだろうな?」

 

 秋斗は一夏達の決勝戦を待つ傍らで、ふとそんな疑問を抱いた。

 声を出せば、確かに気合は入る。――――が、態々狙いを口にする事に意味は有るのか、否か?

 特に深い理由は無いものの、秋斗の脳裏には不意にそんな疑問が過ぎった。

 

「それは気、剣、体。ソレが揃った一撃が有効打というルールだからだよ」

「ぁん?」

 

 すると脇から声が掛かった。

 秋斗は思わず振り返る。

 

「恐らくだが、剣道の普及した明治の頃に、倒幕の率役者となった志士達の流派の影響もあるのだろう。それに相手を威嚇せずに戦う獣は居ない。まぁ、攻撃部位を宣言するのは、それが競技だからだと、納得しておきなさい」

 

 束と箒の父――篠ノ之柳韻がそこには居た。

 秋斗は思わず、ペコリと反射的に黙礼した。

 

「――――隣、良いかね?」

「え? あぁ、どうぞ」

 

 柳韻は一言断りを入れてから、秋斗の座席の隣に腰を下した。

 会場では次の準決勝に向けての小休止の時間が取られており、周囲の観客も飲み物を買いに行ったりと、自由に席を立って動いている。

 そんな矢先に、態々横に座ってきた元師匠(篠ノ之柳韻)とのまさかのマンツーマンに、秋斗は妙な居心地の悪さを感じていた。

 秋斗は既に道場を辞めている。

 故に、なぜ今になって柳韻が会いに来たのか不思議だった。

 秋斗と柳韻の間にはしばしの沈黙が続いた。

 そして柳韻はポツリと口を開いた。

 

「束も小さい頃に同じ問いを私に投げたよ。『なぜ声を出すのか? そこに意味が有るのか?』と、言う具合に」

「まぁ確かに、博士は型に嵌る事を嫌いますからね。博士は伝統とかにあんまり興味が無いタイプだと思いますよ。時々思いますけど、物凄い革新的な人ですから」

「うむ。私もそう思う。きっとあの子に関してはその“解釈”で正しいのだろう」

「………………」

 

 政治思想で言うなら保守。そして生活態度、家柄、好みも古風な篠ノ之家の中で、束だけが唯一、超絶にリベラルな側の人間である。

 故に、時々本当に柳韻の娘なのかと疑いたくなる対極具合を感じる束だが、だからこそ(・・・・・)なのだろう。

 柳韻の子供として違和感の無い子どもが“箒”であるなら、束は生まれた時から篠ノ之にとっての“異端”であり異才――――故に“天災”と呼ばれるのも頷ける。

 そしてそう成ったことも、ある意味では必然な事に思えた。

 

「――――秋斗君から見て、ウチの束はどういう風に見えるかね?」

「どういう風、ですか……」

 

 柳韻の問いに、秋斗はふと考えた。

 

「まぁ、おもしろい人……ですかね? 喋ると疲れるけど、それ以上に面白い事を常に教えてくれる人?」

「……なるほど」

 

 柳韻は秋斗に真っ直ぐな視線を向けた。

 

「キミに高校生の娘の事を頼むのもなんだが、これからも束とは仲良くしてやって欲しい。それと時々でいいから、束とは普段どんな話をするのか教えてくれないか?」

「……え?」

「あぁ、いや。無論、出来ればでかまわない」

 

 意外とは思わなかったが、まるで予想していなかった柳韻の提案に、秋斗は思わず眼を丸くする。

 その上で言葉を返した。

 

「別にそれくらいは構いませんけど、先生が思うほど、大した話はしてないですよ? 博士と俺の話なんて、大抵が取り留めの無い下らないモンっすから」

「かまわない。寧ろ、あの子が普段、どんな話に興味を持ちどんな様子で友達と居るのかを知りたい」

「――――なるほど。つまり先生は、博士ともっと仲良くしたいんですね?」

「――っ!?」

 

 言いづらそうな柳韻の様子を見て、秋斗は直感的に悟った。

 柳韻は束と仲良くしたい。

 そしてそれを正面から尋ねると、柳韻はその厳格で無愛想な顔に少々の赤みを差した。

 ――――秋斗の直感は、正解だった。

 

「はぁ。実に情けない話だが、どうにも昔から私にはあの子の事が理解できなくてね。箒は非常に分かりやすいのだが、束に関してはどうも――――」

「まぁ、それは――――」

 

 高校生の娘と話したい父親。

 前世の知り合いの中に、丁度そんな問題を抱えていた人物が居た事を、秋斗は思い出す。

 まさに今の柳韻の姿が、その時の友人の重なって見えた。

 なので秋斗は、少しだけ思案をした。

 が、直ぐにコレが、中々の難題であると思った。

 

(――――どっちかが折れないと無理だろ?)

 

 秋斗は思わず苦笑した。

 織斑として世話になった柳韻と、友人兼師匠でもある束。篠ノ之の家庭事情を詳しく知らない秋斗だが、織斑とは決して無関係では無い縁の深い家なので、その関係に不和があるよりは仲良く出来る方が良いと思う。

 故に、秋斗は少し考えた末に口を開いた。

 

「――――先生は博士がどれだけ凄い人間なのか、具体的に分かります?」

「具体的に、と言うと?」

「時代劇を見た事が無い外国人と、根っからの時代劇ファンの日本人。その2人が話をしようと思ったら、まずお互いをある程度知らない事には、話なんて出来ないでしょ? 要するに、先生は博士の好みとか長所を知らなさ過ぎるんですよ」

「なるほど。確かに私には束の作ったISや、その研究に対する理解が大きく不足している、か……」

「まぁ、そう言うことっすね」

 

 柳韻は素早く、秋斗の言わんとする意図を解釈した。

 柳韻は決して鈍い男ではない。そして確かに、現状を改善したいという意欲がある。

 不器用でもその意欲に応えたいと思った秋斗は、一つの策を提案した。

 

「とりあえず先生。まずは“メールの使い方”でも覚えてみたらどうっすかね?」

「メール?」

 

 その時、柳韻は非常に高い壁にぶち当たったような、とても険しい苦悶の表情を浮かべた。

 なぜなら普段から着流しを着用する人間に、到底使ったことも無いであろう電子機械を、1から勉強して使い方を把握しろと言うのだ。

 それは中々酷でな提案であった。

 が、それはもちろん秋斗も承知の上だが、しかしそれが一番手っ取り早いとも思った。

 故に、秋斗は言った。

 

「博士は毎回、俺の所に連絡してくる度に、まず研究所での愚痴を言ってくるんですよ。研究に関する愚痴とかじゃなくて。まぁ、所謂“職場の愚痴”みたいな感じの奴ですわ。だから普段から先生が『調子はどうだ?』とか、『ちゃんと飯食ってるか?』とかを、メールとかで聞いてみたら、少しはリアクションが返ってくるかもしれません」

「――――無視されるのがオチではないかね?」

「もし無視されてるってなら、教えてくれれば俺が直接怒っときますよ。何ならウチの姉貴も派遣します。だから絶対に“無視”はさせないです」

 

 不安な様子の柳韻に、秋斗はきっぱりと言った。

 

「まぁ、重要なのは、博士と話したいが為に、先生が態々苦手な事を勉強してるっていう“姿勢”を見せる事だと思いますよ? 少なくとも、察しの良さと頭の回転は世界最高峰ですから、理解されないって事はないと思います」

「――――なるほど」

 

 と、そこで柳韻は苦笑いを浮かべた。

 

「束は頭脳だけは早熟だったが、心の機微についての理解が苦手だった。だからよく千冬君には迷惑を掛けたらしい。しかしその点、秋斗君は束と似ているようで、しっかりしているな?」

 

 柳韻の言葉に、秋斗も思わず苦笑を漏らした。

 

「“変わってる”とはよく言われますけど、俺は博士ほど大した人間じゃないですよ」

「いや、そんな事はないさ。現にキミのお陰で少し悩みが解けた気がする。……礼を言わせてもらう」

「いえいえ――」

 

 柳韻は相手を子供だと侮らず、しっかりと誠意のある感謝の姿勢を見せた。

 秋斗はそれに苦笑いで返しつつ、視線を会場の中心に移した。

 

「――――そろそろ準決勝が始まるみたいっすね。ちなみに先生はどっちが勝つと思いますか? 俺は“一夏”の方だと思ってますけど?」

 

 話題を変えるように秋斗は問うた。

 秋斗の不敵な笑みを受け、柳韻は小さく苦笑を浮かべて準決勝に向う“箒”の姿に視線を向ける。

 

「――――無論、箒だ」

 

 柳韻は短く言った。

 一夏と箒は男女混合で競う低学年の部に参加し、これから準決勝の舞台で争う所である。

 決戦に挑む一夏は、高校生の部での千冬の快進撃を知っているのか、それに続こうという強い意気込みの姿勢を見せている。

 だからこそその姿勢を買おうと秋斗は思ったが、同時に密かに思った。

 

(……せわしなく手をグーパーさせてやがるから、こりゃあ“負け”かもな)

 

 それから程なくして低学年の試合が始まり、一夏と箒の戦いが始まった。

 気合の篭った数回の打ち合いの末に、箒は一夏を下して決勝に駒を進めた。

 残念ながら、一夏の戦いは秋斗の予想した通りの結末に終った。

 

 

 

 

「くっそぉ! あと少しだったのに――――」

 

 剣道大会の低学年の部が終わると、一夏は悔しさに涙を流した。

 一夏の結果は三位。その結果は、剣を学び始めた期間からすれば、相当に良い結果だと言える。

 が、しかし一夏の胸中は違った。

 箒との模擬戦における対戦成績は、6対4で一夏の方が勝っていた。なのに土壇場で負けを引いてしまったからだ。

 加えて一夏にとって、密かにこの大会に向けて立てた己の中の“誓い”が、果せず終った事。

 その誓い――“姉弟で優勝を取る”という目標が果せなかった結果に、一夏は泣いた。

 

「――――もう泣くな。一夏」

「っ!? 千冬姉」

 

 一夏()が泣いているという知らせを受け取った千冬は、己の決勝大会直前の短い時間を使って、その様子を見にやって来た。

 千冬に対して一夏は、懸命に涙を見せまいと顔を背けた。

 が、しかし涙と嗚咽は隠せず、一夏は千冬に肩を優しく叩かれた。

 

「千冬姉、ごめん……」

「おいおい、なんで私に謝る? 精一杯やったんだろう?」

「それは――――優勝できなかったから」

「三位でも立派じゃないか? 負けたのは残念だったが、私はお前を誇りに――――」

「違うんだよ! 優勝じゃなきゃダメなんだよ!」

「……一夏?」

 

 一夏は泣きながら言った。

 千冬は大会の覇者。そして今年の千冬は、相手に一切のポイントを取らせずに大会を勝ち進んでいた。ならば自分も“弟として”そうあろうと、一夏は千冬の背を追う戦い方をしていたのだ。

 それは千冬の後を継ぐのは自分だという小学生なりの気負いである。

 だが準決勝までは上手くいったが土壇場で箒に負けた。故に、だからこその『ごめん』であると、一夏は言った。

 

「――――馬鹿だな、お前は」

「え?」

「気持ちは嬉しいが、私は私、一夏は一夏だ。私の真似をしたって意味が無い。お前はお前にしかなれないんだぞ?」

 

 千冬は苦笑いを浮かべながら、一夏をあやすように言った。

 

「それに相対した箒をちゃんと見ていたか? 相手に礼をした時も、私の真似をしようとする事ばかり考えていたんだろう? だからこんな悔しい負け方をしたんだ」

「でも千冬姉は、俺の誇りだから――――だから、俺は勝たなきゃ――秋斗の分まで――――」

「――――あぁ。私もお前達が誇りだよ。だから、次は負けるな。いい加減涙を拭け」

 

 一夏の言葉に千冬は一瞬眼を見開き、そして誇らしげに笑みを浮かべて、一夏の顔をハンカチで拭った。

 そして程なくして、高校生の部の試合が始まるというアナウンスが響いた。

 

「さて、そろそろ時間だ。秋斗も観客席にいるだろう。一緒に応援してくれるな?」

「当たり前だよ!」

 

 一夏はごしごしと袖で涙を拭った。

 

「千冬姉、絶対優勝してくれよな!」

「あぁ、任せろ――」

 

 千冬は一夏の背中をポンッと叩き、近くに居た道場の仲間達に預けて決勝の舞台へと上がった。

 

 

 

 

 高校生の部の大会決勝には多くの観客が注目していた。

 他ならぬ千冬が戦うからだ。

 それを証明するように、観客席の視線は第一試合から一方的に先取を重ねて勝利を積み上げてきた千冬に向うモノが殆ど。

 しかしそんな有象無象から向けられる“期待”よりも、千冬の胸中には一夏に貰った『誇り』と言う言葉と、弟2人の視線を強く感じていた。

 

(……こんな私でも誇ってくれるのか)

 

 千冬は一夏の言葉を思い出し、面の下で思わず苦笑を浮かべた。

 なぜなら決勝の舞台に上がった千冬自身が、先の一夏に送った言葉よりも、更に酷い理由で剣を握っていると自覚しているからだ。

 全てのきっかけは『白騎士事件』。そしてその翌年の七月に受け取った束から提案にある。

 IS乗りになるか、否か。

 そんな風に束から問われた答えを、今日のこの大会で出そうと考えていたからだ。

 

(……ふっ)

 

 舞台に上がる途中で、不意に千冬は込み上げる自嘲を感じた。

 千冬は他ならぬ白騎士事件の実行犯。そしてそんな己が、何食わぬ顔でこれからの“IS業界”に参入する事を、出来レースを享受するに等しい不正と考えている。故に、今日まではその道を堂々行く事に恥を感じていた。――――が、しかしそれでもその道に進む事を、受け入れつつあったからだ。

 『白騎士』を演じたが故に、自身が持つIS適正がその理論上の最高に近い事も知っている。

 そして適正テストを受ければ落ちる事がありえないという確信がある。

 そもそもIS自体が、他ならぬ千冬自身の手によって、その根幹から調整された代物なのだ。

 ――――全ては家族に安寧を与えるが故に。これまでの貧乏暮らしから抜け出し、もっと美味い物を喰わせ、もっと広い家に住まわせ、欲しい玩具を躊躇無く買ってやれる生活が欲しい故に。

 そんな願いの為に、千冬は一夏が密かに誓いを立てたように、この大会で己の進退を見極めようとしていた。

 もしもこの大会で一本でも取られたら、IS業界には行かない。

 それはそんな誓いであった。

 出来レースを受け入れるなら、己は常に『最強』であらねばならない。それが当然であり、それが責任だと千冬は考えた。

 そんな風に考えてしまう不器用な人間だからこそ、千冬は先程、一夏を泣かせてしまったのが他ならぬ己の責任であると責める。

 そして一夏にいらぬプレッシャーを与えてしまったが故に、千冬は決断した。

 

(この程度の大会で相手に掠らせるようであれば、この先に待つ世界と言う舞台では戦えない。だから勝つ。勝ちに行く――――だから、コレはけじめ(・・・)だ――――)

 

 そして決勝が始まった。

 千冬は対面の相手に礼をした。

 だが、先ほど一夏に送った言葉とは対照的に、千冬の目には相手は映っていない。

 弟に送った言葉とはまるで対照的な自身の胸中に、千冬は面の奥で自嘲する。

 これからやろうとする戦いも、この先進もうとする道も、誇りとは程遠い卑怯者の歩く道だと知るからこそ。

 故に千冬は、全ての“業”を己が背負うと決めた。

 そして一夏と秋斗の2人(最愛の弟達)に、この先も常に“最強の姉で在る”という夢を見せる決意を固める。

 ――――そしてこの戦いがその為の第一歩だと、千冬は強く踏み出した。

 

「――――許しはこわん。恨めよ……」

「っ!?」

 

 壮絶な覇気を纏った千冬は、今大会最速の一本を取った。

 続くように2本目――有象無象の全てを蹴散らすが如き鋭い突きが、相手の喉を一撃で穿った。 

 勝利が確定した瞬間。千冬は観客席で見守る弟達に、チラリと視線を向けた。

 一夏は勝利を心の底から喜び、秋斗はその勝ち方に苦笑いを浮かべている。

 ――――そしてその大会の後、千冬には“一撃女”という異名が付いた。

 また同時に、織斑家にとって一つの転機となる瞬間は、直ぐそこまで迫っていた。


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