「さーて、改めて今日から模型部を始めていくわよ!」
「「おー!」」
放課後、製作用デスクや模型関連の工具又は書籍が収まった棚に囲まれたこの部室にて、ツクモ先輩の掛け声と共に私達二人が合わせる。
……改めて始めていく、と言っても、まずは何をすべきだろうか。
「何はともあれ、まずはプラモ作らなきゃ始まらないわね。ユー、倉庫の鍵は?」
「勿論あるぞ。……つっても、マサキはどうせ作るのは初めてだろう?」
「はい。私、プラモすら知りませんから」
すっぱりと言ってしまった私に、ツクモ先輩が心外そうに驚く。
「改めて聞くと、今の世の中でプラモすら知らないのは致命的だと思うんだけど……まぁ良いわ。私から教えて上げる」
ツクモ先輩がユー君から鍵を受け取ると、私の方へ振り向いてウインクした。そのポーズがすごく様になっているのが素直に羨ましいと思う。
早速倉庫へ向かうため廊下へ出る。芳堂君も私達の後に付いてきながら、何を作ろうかと考えている様子で私に尋ねてきた。
「マサキは何を作るんだ? ……って、ガンダムすら知らないか」
「私だって、ガンダムぐらいなら知ってますよ。ゲームだって色々やってますし」
「今時そんな女子はモテないぞ」
「何ですか! 女の子がゲーム好きで悪いんですか!?」
「いや、悪かねえけど……」
強く反論した私の言葉に対して口ごもるユー君に、両手を腰に当てて怒ったように続けて言う。
「それなら良いんですが。そう言えばツクモ先輩」
「なーに? マサキちゃん」
「ガンプラバトルって、どんなゲームなんですか?」
私のパッと思い浮かんだ質問に、ツクモ先輩は前を見ながらもちゃんと答えてくれた。
「えーっとね、ガンプラバトルってのはその名の通り、ガンプラを動かして戦うっていう、極々シンプルなものよ。大会によってレギュレーションは様々だけど、基本的にはガンプラそのものを楽しむものね。……でも、“ゲーム”っていう認識をした人は初めて見たかもしれないなー」
「えっ?」
ツクモ先輩が歩きながらもくるりと振り向いて、物珍しそうに言ったことに私は思わずそれに驚いてしまった。
……ガンプラバトルが、“ゲーム”じゃない?
「だ、だって、ガンプラバトルってどう考えてもゲームじゃないですか! 動画を見たりしましたけど、あれは立派なゲームです!」
思わず熱弁する私を宥めながらも、ツクモ先輩は苦笑いして言う。
「別に『ガンプラバトル=ゲーム』っていう考えを否定するわけじゃないわよ。ただ、“珍しい”って思っただけ。
……あのね、マサキちゃん。世の中のファイター達は、ガンプラバトルを自分の生き方としてる人もいるのよ。ガンプラバトルはもう一つの“
「……もう一つの……リアル」
「そう。私も似たり寄ったりなものよ。ガンプラバトルは、私の人生を塗り変えたもの。……まぁ、マサキちゃんなら絶対、本当の意味で楽しんでくれそうね!」
最後にはにかんで纏めたツクモ先輩は、くるりと前を向いて立ち止まる。無言で聞いていた私も、ツクモ先輩が止まったのに気付いて慌てて立ち止まる。
目の前には「専用倉庫」とだけ書かれたプレートがぶら下がる、地下倉庫があった。一階の下が、よもやこんな風になっているだなんて驚きだ。
「さぁ! さっさと作るガンプラを決めて、ガンプラバトルをしに行きましょう!」
ツクモ先輩が鍵を開けて部屋の電気を付けてくれたので、続くようにして私達は倉庫へと入る。そこには多くの箱の山が広がっていた。
見た感じ、世代別などに細かく分けられていて、手入れも行き届いていることから、誰かが掃除や整理をしていたのだと分かる。……勿論そんなことをするのは、昨日の部室のことを聞く限り、あの養護教諭の先生しかいない。
「わぁ……こんなに沢山……」
その多さに思わず感嘆の声を出してしまう。
「そうね、これだけあれば買い出しは問題ないわね。私はこれを作ろうかしら」
そう言って手にしたのは、全身が紅いガンダム。クリアグリーンのフェイスカバーで顔が見えないものの、頭部のVアンテナから紛うことなきガンダムと分かる。でも、こんなガンダムは見たことがない。
「このガンダムは?」
「ガンダムアストレアType-Fよ。欠点がエクシアのキットと同じままだけど、その分、豊富な武器があるのよ」
「ほえぇ」
「白いのもあるわよ?」
「あるんですか?!」
白いものもあると聞いて、私は勢いよく食いついた。予想外の反応をした私を見て、意外そうに一歩
「……そ、そりゃあねぇ……だってエクシアのベースとなった機体だもの。その分内容は、Type-Fから武器セットを抜いた感じね」
私はそれを聞くや否や、そのアストレアというのを早速探し始める。
しかし、数分間どこを探し続けても、何故かその通常のアストレアだけ在庫が無かった。
「な、ない……何処にもありませーん!」
半泣きになりそうな顔で、私はツクモ先輩に泣き付く。同じように困ったような顔をして、ツクモ先輩は疑問に思いながらも周囲を見回していた。
「う~ん、どこかにある筈なんだけど………あれ?」
何かないかと探してくれていたツクモ先輩が、何やら見慣れないものを見かけたらしい。近付いてその箱を取ってみると、先輩でも見たこともない箱らしく、色々な方向からその箱を眺めていた。
「何これ? アストレア……なのよね? でも、パッケージは全く違うし……」
「と、取り敢えず、一旦部室に戻って確認してみましょう」
その提案に先輩も異議なく頷いて、私達は早速部室へと駆け戻った。
戻ってきてみれば、いつの間にか芳堂君はガンプラを作り始めていたので少し驚く。さっきから見かけないと思ったら、もう作り始めてたんだね。
集中している様子の芳堂君の邪魔にならないよう、私はツクモ先輩と向かい合うようにテーブルに座り、テーブルの真ん中に先程の発見した謎の箱を置く。パッケージ表面には、ツクモ先輩が選んだアストレアType-Fに近い形状をしたガンダムが、二振りの剣を掲げて振り下ろそうとしているところだった。
「パッケージも新規……もしかして、ビギニングみたいなものかしら? 後でユーに頼んで確認してもらいましょう」
「えっ、そんなこと出来るんですか!?」
「ユーも色々と特殊なのよ。顔が広いと言うか、何と言うか……。……っとそれよりも、早く中身を見てみましょうか――って、一見エクシアやアストレアと一緒かと思ったら、かなり違うものね」
実際に側にあった本物の赤いアストレアと、一つ一つ比較してみる。どのパーツも確かめてみると、一部同じながらもやはり違うものだと確認できる。
ツクモ先輩はふむふむと頷きつつも、次々に内容物を取り出していく。私はどう反応したものかと悩んだけど。
一通り全て確認し終えて、そのパッケージに映るガンダムをじっと眺める。そして、決意したように私は顔を上げた。
「これ、作ります!」
「……私が言うのも何だけど、本当にそれで良いの?」
「はい! 作り方、是非とも教えてください!」
迷いのない顔で断言する。ツクモ先輩は心配して尋ねてくるも、首を縦に振って頷く。「この出会いはもしかしたら運命なんじゃないか」、そんな自惚れはないけど、でも直感的に「これが良い」と思ったんだ。
ふと盗み見るようにパッケージへ目線を落とすと、名前が「アストレア」ではないことに気が付いた。
(……えっ?)
その名前を見て、やはり私はこの機体にして良かったと確信したのだった。
■
「まずランナーからパーツを切る時の注意点。ニッパーで切る時は、必ず少し
真剣に、でもどこか楽しげに説明してくれるツクモ先輩に従いつつ、私は手先を動かしつつも要所要所でメモ帳にメモを取っていた。
「ふむふむ」
「それで、後はこことここを合わせるの」
「成る程……」
「勉強熱心だけど、それ授業でもやりなさいよ?」
「分かってますよ!」
くすくすと笑いながら助言するツクモ先輩に対して、私は不貞腐れ気味に反論する。失礼な、とは口が裂けても言えないけれど、私だって授業くらいは真面目に受けてます!
そのままあれやこれやと模型製作のイロハを教わりつつ、作り始めてあっという間に二時間ぐらい経過した頃、ようやく私のガンプラができあがった。
「で、できたぁ~」
張り詰めていた緊張が解れて、思わず脱力感で机に突っ伏してしまう。そんな私の頭を、ツクモ先輩が机越しにぽんぽんと撫でてくれた。
「おめでとう、お疲れ様。それじゃ、簡単な塗装とデカールを貼りましょうか!」
「ふぁーい」
ツクモ先輩の提案に私は力なく返事しつつ、早速その作業へと移る。
顔のカメラアイとセンサー類、前腕と脛のグレーのライン部分、武器の一部を慎重に筆で塗り、スミ入れを施し、小さなデカールを貼る。デカールにはダブルオーガンダムデザイナーズカラーと言うものに付属していたデカールを一部使用した。
そうしてようやく――
「完成だ~!」
私は両腕を突き上げて背もたれにもたれ掛かりながら喜ぶ。
もの作りであれば家庭科などでやったけれど、ここまで一重に集中したのは初めてかもしれない。それを思わせるほど、作業時間は長いようにも思えたけど、それに比例して嬉しさも同じぐらい湧いてきた。
「ツクモ先輩! 何もかも手伝ってくれて、ありがとうございます!」
「良いわよ、別にお礼なんて。私は教えるぐらいしかしてないし」
「教えてくれたからこそできたんです。私ってば、ゲーム以外はてんで苦手なので」
照れるように手を振って謙遜するツクモ先輩に、それでもと言う。彼女が教えてくれたから、だから私は作れた。説明書通りでは、ここまで上手にはできなかっただろう。
すると、作業用デスクの方で作っていた芳堂君が声を掛けてきた。
「うん? もう完成したのか? 丁度良いな、俺も今完成したとこだ」
「およ? ユーももう完成したのね。それじゃ彼処行きますか!」
「そうだな」
「……?」
二人だけで理解していて、私だけ置いてけぼりな会話に呆気に取られつつ小首を傾げる私は、教室を出た二人の後へと小走りで付いていった。
■
付いていった先は、なんと模型屋さんだった。看板には「ZEDAN」と書いてあるため、それが店名なのだろう。
整った店内、ちゃんとシリーズ毎に陳列されてるガンプラ、他のロボット作品のプラモなども置いてあった。……それにしても個人経営店らしいのに、相当広い。
「おお~い、おやっさん居るか~?」
芳堂君がお店の奥に向かって誰かに声を掛けると、奥から人が出てくる。出てきたのは、身長が二メートルはあるかと思う筋骨隆々の逞しい体躯に、白く蓄えられた顎髭が特徴なお爺さんだった。黒いエプロンを掛けてることからして、この人が店長さん……なのかな?
「おぉ、ユウキの坊主か! 久しぶりだな、元気にしてたか? ……そっちはツクモの嬢ちゃんか! 随分大きくなったなぁ!」
「おやっさんもおひさ~! 相変わらずおやっさんも大きいねぇ」
「おうよ! 五十年も伊達に生きちゃいねぇぜ! ……んでおめぇさんら、そっちのちっこい娘は何だ?」
お爺さんをまじまじと観察しながら「五十年も生きたらそんなに大きくなるのかな?」とそんなこと思っていると、いつの間にか私のことを聞かれていた。……って、ちっこい娘って私!?
「えっと、私の後輩でユーのクラスメイト、そして我が模型部の部員よ!」
「は、初めまして、七種真幸です」
そう言えばと思い出した顔でツクモ先輩に紹介されつつ、私はおずおずと名乗った。
「ふむ、マサキの嬢ちゃんな。これから宜しくな! して、お前さんらの目的なんざ、上のバトルシステムだろ?」
「お、流石おやっさん! 話が分かるわね!」
「ば、バトルシステム?」
お爺さんの口から出た聞き慣れない単語に、私が
「要するにガンプラバトルをするための装置だよ。その装置の上で、ガンプラを動かすんだ」
「ほぇ~、とっても楽しそうだね!」
「だろ?」
「そんじゃ、付いてきな」
私が興味を示したのを見て芳堂君がニカッと笑いながら同調する。
その後、おやっさんの言葉と共に後を付いていくと、直ぐに二階へ辿り着いた。そこにはそのバトルシステムとおぼしき六角形の台が幾つも繋がり合って、大きな
「これが、バトルシステム……」
余りの大きさに感服している余裕もなく、ツクモ先輩と芳堂君がいつの間にかバトルシステムの端に立っていた。なので慌てて私もその隣に立つ。
「それじゃ早速、バトルを始めましょうか!」
「……ん? そういやGPベース忘れてないか?」
「あ、GPベース! そういや忘れてた!」
「ほぇ?」
いきなりのことで私は頭が混乱する。GPベース? ……何それ。
すると、ツクモ先輩は慌てて鞄の中から三つほど端末を取り出す。それは聖蘭学園のシンボルカラーである空色をした端末で、裏には校章が描かれていた。
「これがGPベースですか?」
「そう。ガンプラの情報を記録しておくデバイスで、ガンプラバトルでは最も重要なアイテムよ。使い方は私達を見て覚えれば良いし」
「は、はい!」
手渡されながら簡単に説明され、私はそのデバイス――GPベースを眺める。片手に収まりそうな手頃なサイズ感で、妙にしっくりくるのに驚く。
しばらく待っていると、対戦してくれる人もやって来て、対面に三人が並んだ。
内心、鼓動が高鳴ってくるのを感じていると、途端に周囲が暗くなり始めた。
「私、頑張らないと……」
「心配しなくても大丈夫よ」
「俺達がフォローしてやるからさ!」
「はい!」
《Press set your GP-Base》
いきなり機械的な音声が聞こえてきて、私は声までは上げなかったが飛び上がってしまう。左右の二人が同時にGPベースを置いたのを見て、私も目の前にある窪みへと、GPベースを置く。
《Beginning [Plavsky Particle] dispersal. field3, colony》
再び響く機械音声に続いて、青い粒子が舞い、ホログラムが私達を包み込みながら画面などを形成する。
《Press set your GUNPLA》
機械音声の指示通りにガンプラをセットし、私達は手元に現れた黄色い
《BATTLE START》
「鷹野月母、ガンダムアストレア Type-F! 出るわよ!」
「芳堂木綿樹、ケルディムガンダムサーガ! 行くぜ!」
「……七種真幸、ガンダムアテナ! 勝利を切り拓く!」
私は咄嗟に掛けていた眼鏡を外す。こうすることで強くなれる。そう自分に暗示を掛けるように、私は画面の向こう側を見た。
――これが、ガンプラバトル……。
目の前に広がるフィールドは、画面越しではあるものの立体感が凄まじい。ヴァーチャル・リアリティ、そう感じさせるような、手を伸ばせば触れられそうな建物が広がっている。
握るコントロールスフィアは、確かにそこに存在し、ひんやりと僅かに冷たく感じる。
普通のゲームとは違った、沸き上がる臨場感と、この感覚。
――これが、ガンプラバトルなんだ。
私は改めてそれを実感した。