ガンダムビルドファイターズ アテナ   作:狐草つきみ

85 / 87
今回はいつもより長めです。





EPISODE-53:神童、十字架の女王

 

 

 ―――あれから一週間が経過した。

 

 聖蘭学園模型部の部室には、全員がそこに集っていた。各々のガンプラも、ユウキとシャーロットが力戦奮闘してくれたお陰で完全回復し、今や万全の状態にある。

 それだけでなく、個々の部員もそれぞれが練習を重ね、力量を少しでも伸ばした。少しでも、目の前の目標を越えるために。

 

「“勝てる”なんて思っちゃいない。でもね、決して“負ける”気はないわよ」

 

 ツクモの力強く言い放った言葉に、全員が手にしたガンプラを見ながら頷く。例え勝てなくても、負ける気など毛頭ない。それが全員の一致した意見。

 そもそも各個人自体の能力は高く、二年生組である三人は全国大会決勝戦まで勝ち抜いた三人だ。一年生組もその先輩達の指導と、一人のビルダーの作ったガンプラ、そして個々の高い潜在能力で初心者にしては圧倒的な技量を持つ。……だが、相手は世界の頂点に立った人物。そんな相手に勝利を掴もうなど、自惚れも大概だ。どんなに優れていようと、経験と実力がなければ必然的に地に伏せることになる。だからこそ、勝てはせずとも、負けてはならない。

 沈黙に沈む部室の中で、突然に戸が開かれる。何の躊躇もなしに入り込んできたのは、ヤヤの姉であるナナだった。ナナは無言で皆の側へ歩み寄り、全員を見回してから口を開いた。

 

「来たわ、()()()が」

 

 その言葉に、何故かぐっと心が重くなる。無論、気圧された訳じゃない。バトルの前から負けてしまっていては元も子もない。ただ、来たという事実だけでもプレッシャーとして襲い掛かってくるだけ。

 やや重苦しい雰囲気の中、口を固く縛っていたツクモは軽く深呼吸してから吐き出すように言った。

 

「それじゃあ皆、行くわよ」

『はい!』

 

 全員の声が重なり、各自のガンプラとGPベースを片手に一同は体育館へと足を運んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前回と全く同じ場所、同じ立ち位置で全員がそこに立っていた。前回と違う点を挙げるなら、マサキとナナ、そしてレイナの傍らに佇む金髪の女性――カナリアが立っていることだろう。

 バトルシステムの準備を終えたユウキが立ち上がり、レイナの方を見る。レイナもにっこりと微笑み、その視線は自然とマサキの方へ向いていた。

 

「お久し振り、マーちゃん。素敵な高校生活を送れているようで、お姉ちゃん安心しちゃった」

「……………」

「あら、随分な嫌われようね、私。……でもお姉ちゃん、一つだけ感心できないわ。()()()()()()()()()()()()の?」

 

 猫なで声なのに、まるで突き付けるように放たれる言葉。柔らかな笑顔の筈なのに、冷たい風が心を突き抜けるかのように凍えさせる。

 ぐっと感情を押し込め、奥歯がカチカチとなりそうなのを堪えながらも、マサキはレイナをじっと見つめ返した。

 

「ここで見付けられた、ゲーム以外の、自分でも楽しく思えること……だから」

「……そう、それがマーちゃんの答えなのね。お母さんに()()()()()()()

 

 レイナがそう言い終えた途端、重圧にも似た感覚が全員を襲う。錯覚の筈なのに重石のようにのし掛かる圧迫間は、その場の全員を戦慄させる。

 

「ちょ、ちょっとレイ? 仲直りするんじゃなかったの!?」

「邪魔しないでカナ。マーちゃんは、ガンプラバトルをやるべきではなかったのよ」

「何で! 何で私がしちゃいけないの?」

「マーちゃんは()()()()()()()()()。……そう、()()()()()()!」

「何で―――っ!」

 

 悲痛にも聞こえるレイナのその叫びに呼応したかのように、バトルシステムから青い粒子が吹き荒れる。

 唐突な出来事に皆が驚く中、マサキだけはGPベースとガンプラを構え、バトルシステムの前へと立った。涙を流しながらも、眼鏡を外し、まるで過去の自分と向き合うように。

 

「マサキ、何を!?」

 

 ユウキが吹き荒れる粒子の中に手を伸ばそうとするも、突風が吹き付けるかのように身動きが取れず、その手はマサキに届かなかった。

 

 

 

《BATTLE START》

 

 

 

 真っ暗な真空のフィールドへ飛び出した途端、マサキは食って掛かるかのように一直線にガンダムクロイツへと飛んだ。両腰からGNブレードを引き抜き、真っ先にクロイツへ向けて突き立てる。しかしそれを、レイナは大型複合武装「クロイツェアヴァッフェ」で容易く受け止めてみせた。

 

「貴女はいつも分かってくれない! 私がやりたいことは、自分で決める!」

「マーちゃんのことは分かってるわ! 昔、何が起こってたのかも、マーちゃんがゲームへ傾倒していった理由も、私を遠ざけてた理由も!」

 

 ガンダムアテナを押し退け、レイナは両肩の大口径バルカン砲で牽制する。宙を漂い、体勢を直すのにタイムラグが生じたマサキは焦らずバルカン砲の掃射をGNブレードで受け切る。

 その間にもクロイツはその腕を振りかぶっており、今にも振り下ろされようとしていた。

 

「だから……だから今まで! 何の後悔もなく過ごしてきた筈がないじゃない!」

 

 まるで断頭台に立つ執行人のように、クロイツェアヴァッフェが下ろされた瞬間、マサキは真下へ逃げつつも両手に握られたGNブレードを連結した。

 大きな隙を生んだクロイツへ、真後ろへと回り込みながら再びGNブレードの切っ先を突き立てる。――が、その装甲を突き抜けることはなかった。

(そんなっ!?)

 まさかの想定外の事態に対し、自分のペースが一瞬にして崩れ去る音を耳元で感じ取ったマサキは、ハッと我に返って眼前を見やる。……直後、一瞬にして弾かれたアテナは付近の岩石に打ち付けられていた。

 

「ぐっ!」

「だけど、マーちゃんこそ、何も分かってくれない! 確かに、簡単に信じてくれるとは思っていなかったわ。でも! 少しでも信じてくれると願ってたのに! ……それなのにマーちゃんは!」

 

 更に追撃を加えんとクロイツェアヴァッフェが迫り、アテナはGNブレードで僅かに逸らしつつも、その場をすり抜けた。

 またしても追撃をしてくるクロイツに、マサキは奥歯を噛み締めながら後退しつつ、自分の本音を思い出す。

 

(確かに、逃げたのは私だ。私の所為なんだ! ……お姉ちゃんから逃げてた私がっ!)

 

 

 胸の奥底から沸々と沸き上がる感情に、衝動に、マサキは強く駆られる。

 

 

(飲まれちゃダメ、負けちゃダメ! 私が言いたいのは……私が伝えたいのはっ!)

 

 

 強く、強く、強く願った思いが、マサキの身体を駆け巡る。まるで体の中を、血管の中を細長いものが蠢くようで、その感覚にマサキは背筋をピンと張った。

 GNブレードを捨て、一気にクロイツへ詰め寄る。

 

 

 

「私は――」

 

 

 

 ふと、ガンダムアテナに紅い幾何学模様の線が迸り、アテナの瞳が赤く強く光って軌跡を描いた。

 

 

 

「お姉ちゃんに、ごめんなさいって謝りたい!」

 

 三度追撃してくるムクロイツの攻撃を、ごく自然な動きで左脇下を通しながら逸らし、更に空いた右手でフックを見舞う。

 

「お姉ちゃんと、仲直りしたい!」

 

 仰け反ったクロイツに、マサキが叫んだと同時に左手のフックをかます。

 

「お姉ちゃんと、仲良くしたい!」

 

 再び繰り出された右手のフックが、クロイツの横腹に打ち付ける。

 

「お姉ちゃんと、色んなゲームしたい!」

 

 また左手のフックが、今度は正確に顔面を捉える。

 

「お姉ちゃんと――ガンプラバトルしたい!」

 

 今度もまた、右手がフックを決めようとするが、マサキの動かしたコンソールスフィアは、寸前で止まっていた。

 それは何故か? ――コンソールを握るマサキのその顔は、今にも泣き崩れそうな顔そのものだった。

 手元が震え、アテナもそれを伝播したかのように、突き出した拳が打ち震えている。そのことにその場の全員が気付くのは、数分も掛からなかった。

 マサキの声が響いた体育館。静寂に包まれた闇かのように、不気味さを持った静まり返ったこの場所で、ただ一人、その声を傍で思い知った人物が居た。

 

「マーちゃん」

 

 レイナがそう呟く。

 ふとレイナは、こんな状況ながらも、過去に母から聞いた話を思い出す。

 

『ねぇ、レイちゃん』

『何、お母さん』

『“プラフスキー粒子は奇跡も起こせる”って聞いたら、何て思う?』

 

 母の突拍子のない質問。奇跡も魔法も、本当にあるのだとしたらそれを証明して欲しいものだと、当時のレイナはそれに呆れがちに答えた。

 

『……だったら、人の心が知りたいわ。私にはマサキが考えていることなんて、これっぽっちも理解できないもの』

『レイちゃんはやっぱり、お姉ちゃんだねぇ~』

『お母さんってば、いつもそうやってからかう』

 

 母の悪い癖だ。その反面、良い癖でもある。だからこそ人を見る目があるのだろう、七種家の当主として。しかし当のレイナにとって、それが寧ろ不満にしかならなかったのは内緒だ。

 

『プラフスキー粒子はね、人の思いを届けてくれるの。粒子を通して、心の奥底で伝えられないことを、粒子が媒体として伝えてくれる。……無論、非科学的かつ非現実的で、なんてロマンチックな考えだと一蹴すべき考えだよ。でもそれが、事実なの。人の思いや願いは、とてつもないパワーを秘めているのよさ』

 

 ――“人の思いや願いが、とてつもないパワーを秘めている”。レイナはそれを確かめたかった。そして今、その答えを知った。

 最愛たる妹が、それを証明して見せた。

 

「ごめんなさい、今まで気付けなくて。今まで守れなくて。だから、今日までにしましょう? こんな関係、やっぱり私は嫌よ」

「私も嫌だ。ギクシャクしたままなのは、私だって解せない。だから、お姉ちゃんと、リセットする」

 

 やがて、二機が拳を握り締める。

 ガンプラバトルはガンプラバトル、姉妹喧嘩は姉妹喧嘩。それはそれ、これはこれ。

 二人は一定の距離まで離れると、お互いの得物を取る。アテナはGNブレードを、クロイツはクロイツェアヴァッフェを。

 

「「いざ、勝負!」」

 

 口火が切って落とされ、二機が鮮やかなまでに同時に動く。しかし、圧倒的に不利なのは誰がどう見てもマサキであった。

 

 

 

 外野からバトルの様子を観ていたナナは、静かに、けれど強かに、二人の強さを噛み締めていた。“天才”対“天才”というだけで、勝利の行方すらも簡単に闇の中へ落とされる。片や世界チャンピオンでさえあるのに、何故か彼女が()()()()()というビジョンが霞む。それが、それこそがナナの目を輝かせる要因だった。自分の憧れである彼女(レイナ)に対し、屈することなく忽然(こつぜん)と立ち向かう「勝利の女神に愛された少女(サエグサマサキ)」。

 正直、ここまで心が踊ったことはなかった――少なくとも病弱であったナナにとっては――。しかし、才能に愛された一族が戦い合う、それだけでこんな展開になるとは、予想だにも、ましてや夢想だにもしない。

 だが、この戦いは――

 

「マサキちゃん、信じてるわ。どんな理由であれ、自分の信念を貫き通す。それが(つわもの)の志よ」

 

 ナナは、唖然とする模型部員とカナリアの間で、その行く末を見届けた。

 

 

 

 剣戟が鳴り響き、金属を打ち合う音だけが支配する。細身のGNブレードと巨大剣のクロイツェアヴァッフェ、見た目だけ見れば明らかにクロイツェアヴァッフェの方に分がある。だが、負けじとGNブレードが折れることはなかった。

 

「細身な割りにその強度、明らかに物理法則を無視してる……クロイツェアヴァッフェの重量はMG一機分はある筈なのに」

「GNブレードの刀身がGNフィールドを纏っているとしたら?」

「あり得なくはない、わね。流石は認められたビルダー君の作品、かしら。……でも、クロイツにそれだけじゃ勝てないわ!」

 

 鍔迫り合いを止め、直後再び打ち付ける。

 しかし反動で互いに弾かれ、二人は負けじと何度もぶつけ合う。

 ぶつかってぶつかってぶつかってぶつかって、凌ぎ合って鍔迫り合って、避け合って躱し合って、蹴り合って殴り合って――。おおよそ少女がする戦い方とは思えない、泥臭くて単純な戦い方だった。

 武器を捨て、互いの手を掴み合って押し合って、そんな時にマサキはバトル前のことを問い(ただ)した。

 

「何で、私はガンプラバトルを辞めるべきなの? 何を知っちゃいけなかったの!?」

「それはっ……! 結末が分かってるからよ」

「私がこの“才能”を持ってるから? 皆がいずれ私に嫉妬して恐れて離れていくから? ()()独りぼっちになるから!?」

「マーちゃんを一人になんてさせる訳がない! でも、マーちゃんがガンプラバトルで全国まで行ってしまったら、それこそ()()()()()()()()()になる!」

「あの会社……? ――――ぐぁっ!」

 

 クロイツの強烈な一撃がアテナの胸部にクリーンヒットし、一瞬だけよろめいてしまう。それが大きな隙となるものの、マサキは直ぐに左スロットから「SP」を選んだ。これが最善手とは言えないが、そろそろ決着も付けなければならない。

 直後、アテナが特徴的な真紅へ染まり、追撃してきたクロイツの攻撃を躱す。

 

「そう言えば00系の機体だったわね、それ。成る程、実際に動くまでのタイムラグをトランザムで無理矢理打ち消す……中々に強引じゃないの」

 

 独りでに納得した素振りを見せ、素早い攻勢に出たアテナの蹴りをいなしながらも、器用に一進一退を繰り返したレイナは不意に逆転させる。

 一気に追い込まれたマサキは、トランザムを発動していると言うのに焦りを感じていた。

(――焦り? 自分が?)

 別段何ら変わったことではない。これまでのガンプラバトルの中でも、それ以外でも、焦燥感に駆られたことはあった。だが、いつもと感じる焦燥感じゃない。妙に粘りつくような、余り良い気分のしない感覚。そして追い討ちを掛けるようにどっと流れ込む疲労感。まるで重圧に掛けられたかのように、ひれ伏したくなってしまう。

 それでも自分の現状と反故にするかの如く、アテナだけは無意識に動いていた。しかしそれも、長くは続かないのは目に見えていた。

 

「………ぁ」

 

 こうなれば一か八かとコンソールを必死に弄るが、トランザム時に出現するもう一つの「SP」の文字が暗くなって反応せずにいた。ふと、その時になって土壇場になって思い出してしまい、激しく後悔する。先程、GNブレードを放り捨てたことに。

 内蔵武器といったものを一切持たないアテナで、現状の打開策はないに等しかった。

(初めての黒星が……その相手がお姉ちゃんなら、仕方がないかな)

 息苦しさに朦朧とした頭でそう思ってしまった時、不意に姉の声が耳に入った。

 

 

 

「ここまで手こずったのはカナを除いて、マーちゃんだけよ。……そうね、今回は私の負けかしら?」

 

 

 

 間を置いて最後に言った言葉が、マサキの意識を僅かに繋いでくれた。……負け? 私じゃなくて? 疑問が渦巻く最中、今度は機械音声がその答えを伝えてくれた。

 

《BATTLE END》

 

 プラフスキー粒子が弾け消え、ホログラムが地面に溶け込む。その様子に未だ脳内処理が追い付かないマサキは、ふらついた足取りで一歩、二歩と下がったところで後方に居たヤヤの胸に、後頭部がすっぽり埋まった。

 今の、今までの現象に終始圧倒されていた面々は、目の前で起きた事実に当惑しているようであった。

 

「貯蔵した粒子が()()()()()!?」

 

 対して珍しい出来事でもないが、ここまで大型のバトルシステムで、尚且つたった二機しかバトルしていないのに粒子が「尽きる」というのは万が一にも、億が一にもあり得ない事態だった。

 思えば、こちらが一切弄ってないにも関わらず、バトルシステムが強制起動したのも納得がいかなかったユウキは、一人レイナに尋ねる。

 

「何なんだこれは。何が起こってるんだ?」

 理解が追い付かないと言いたげに顔をしかめるユウキへ、レイナは極めて冷静に答えを出した。

「簡単に言えば、プラフスキー粒子が私の感情に反応しただけよ」

「感情に……反応?」

 

 レイナの突拍子もない話に、ユウキは疑問符を浮かべる。そんな時、何故か中学時代の部長の理論を思い出した。

 プラフスキー粒子に感情――つまりは思考だ――を集中的に強く働かせると、それに応じてプラフスキー粒子の特性が色濃く変化する。それは超状現象だって起こせるし、下手をすればバトルシステム上だけでなく、現実にも作用しうる力である、と。所謂「強く念じれば思った通りのことがガンプラバトルでできる」というわけだ。

 そこで現実にも作用することを思い出し、バトルシステムが強制起動したのももしや、と思った。それは正しかったようで、レイナは俺の驚く顔に柔らかく微笑みながら「どうやら答えは導けたようね」と満足げに呟く。

 

「ユウキ君の考えている通りよ。……だから分かるでしょう?」

 

 レイナの言った台詞をユウキは咄嗟に理解できなかった。一体何を分かると言うのか。

 

「まあ、いずれ分かる時が来るわ」

 

 今はまだ分からなくても良いと、さも言いたげに肩を竦めたレイナは、ヤヤに支えられたままのマサキに目を移す。

 視線が交錯したマサキは一瞬大きく肩を震わせるも、脚が痙攣して思うように動かない。一歩一歩、軽やかな動きで近付いてきたレイナに、マサキは小刻みに震えていた。震えずにはいられなかった。両肩に手を置くヤヤはそれが手に取るように把握でき、気を遣ってかマサキに優しく言った。

 

「大丈夫じゃ、儂が付いておる」

 

 その言葉に、少しでも安堵できたのか、自然と肩の震えは収まっていた。

 少し目を合わせるのが怖くなったマサキは、上目にレイナを見上げた。だがレイナは驚いたことに、その目尻に涙を溜めていた。更に躊躇もなく、マサキを抱き締める。

 

「やっぱり、お母さんには敵わないわね」

 

 涙声でそう言った。

 

「マーちゃんが苦労しないように頑張ってきた筈なのに、私の見えない場所でとっても苦労してたんだよね。私が気付いていれば――ううん、何も変わらない。でも、少なくともこんなことにはならなかった筈なのに……気付いた時には手遅れで……こんな酷いお姉ちゃんで、ゴメンね」

 

 マサキはそこでようやく、レイナが小刻みに震えていることに気が付いた。レイナもまた、怖いのだと。

 それだけ知り得た途端、何も言えなくなる。しかし声を振り絞って、マサキは細い腕をレイナの背中に回した。

 

「怖かった、お姉ちゃんに嫌われるのが! 怖かった、お姉ちゃんと比べられるのが! 怖かった、私の存在(才能)を否定されることが! ……怖かった、何もかも怖かった……逃げたかった、だから逃げた。誰にも嫌われたくなくて、誰にも私の存在(才能)を否定されたくなくて、お姉ちゃんに……振り向いてほしくて。ごめんなさい……! ごめんなさい……! ごめんなさい……!」

 

 一つ謝るごとに強く抱き締め、啜り泣いていた。もう立っていることすら限界であることにも気付かず、それでも構わずに謝り続けたマサキを、レイナはそっと撫でた。

 やがて体力が限界を越えたのか、はたまた泣き疲れたのか。どちらにせよマサキはぐったりとレイナに体を預ける形となっていた。年齢にそぐわない小柄な体型が、小さく揺れながらもすーすーと小さく寝息を立てていた。

 レイナも赤くなった目元の涙をカナリアから受け取ったハンカチで拭い、マサキを背負いながら模型部の面々に向き合った。

 

「ごめんなさいね、貴方達は何も悪くないのに、こんなに付き合わせちゃって。七種の名が聞いて呆れるでしょ? 姉妹喧嘩でこれなんだもの」

「あ、その……再戦できなかったのは残念ですけど、マサキちゃんが仲直りできたのならそれで良いかなって」

 

 自虐を交えつつ謝ったレイナに、ツクモが前に出て首を横に振った。事実、本心から出た言葉だが、再戦はいつでもできると思ったからだ。

 そこへ模型部部員達の背後から、一人の女性――ナナが姿を現す。

 

「レイナさん、お久し振りです」

「……ナナちゃん。やだっ、ナナちゃんにまで恥ずかしいところ見られちゃったの!?」

「他言無用ですから、別にお気になさらなくても結構ですよ? ……それより良かったですね、念願叶っての和解。まさかマサキちゃんが、貴女の妹とは思いもよらなかったのですが。世界は広いようで狭いものですね」

 

 クスクスと微笑むナナに、レイナはペースが崩されるのを肌身に感じながらも肩を竦めて「そうね」と答えた。全くもって同感だ、と。

 

「お陰でマーちゃんの気持ちを知ることができたし、ドイツから帰ってきて損はなかったわね」

「また、戻るんですか?」

「そこなのよねぇ」

 

 レイナは困った風に笑いながら、耳元で可愛い寝息を立てる妹を見つめた。

 それに対して何かを感じたのか、今まで様子見だけで微動だにしなかったカナリアが、眉をピクリと動かした。

 

「まさかレイ、ここに残るとか言わないわよね? アタシのレポート手伝ってくれるのよね? ……って言うか辞めるにしても手続きあるんだからどちらにせよ戻らなきゃなんないでしょう!?」

「あー……確かにそうよね。日本に戻るのなら手続きが必要だものね。……決めたわ」

「決めた、とは?」

 

 ナナの質問に、レイナはさも当然の如く答えた。

 

「留学取り消すわ」

『はぁっ!?』

 

 余りの驚愕に、思わずその場の全員が叫んでしまった。流石に全員から総出で驚かれるとは思いもしなかったのか、レイナも後退ってしまう。

 しかし、理由が気になったのか、ヤヤが恐る恐る尋ねてみた。

 

「一応ではあるが……理由を聞いても良いかのう?」

「折角マーちゃんと和解できたのよ? 仲直りして仲良しになれるのよ? でもこの機会を逃しちゃうと、マーちゃんとイチャイチャする時間がなくなっちゃうでしょう? じゃあいつするの? 今でしょ!」

「レイナさん、ネタが古い」

 

 某先生のネタが廃れつつあるのはさておき、私利私欲まみれの理由に、何故だか模型部の面々は幻滅した気分になっていた。

 模型部の視線が、やがて冷ややかな視線に変わりつつことに気付いたのか、コホンと軽く咳払いした彼女は、そろそろホテルに戻るべきかと腕時計を見た。

 

「それじゃあ、私達はこれで。もうマーちゃんのことは心配しなくて大丈夫だから。……あぁ後、マーちゃんはこのまま部屋まで送っていくから、そっちも心配しないで頂戴」

 

 最後にウィンクして踵を返すと、そのままカナリアを連れて体育館を立ち去って行った。

 これで当分の心配もなくなったか、とユウキは安堵すると共に、ふと先程の会話を思い返し、「いずれ分かる」という言葉の趣旨を考えてみた。しかし思い当たる節はない。まだピースが揃ってない、ということか。

 考えるのを止めたユウキがバトルシステムを一瞥し、そのまま振り返ると、もう出入り口の所に皆が居た。

 

 

 

「ユーウー! 置いてっちゃうわよ~!」

「あぁ、今行く!」

 

 腑に落ちない疑問を振り払い、ユウキは急いで皆の後を追う。

 六月初頭の湿っぽさが、妙な暖かみを帯びて髪をそっと撫で上げた。

 

 




もう何書いてんのかさっぱり分からない(遠い目

どうも、このまま終わらせられるか心配になってきたカミツです。……いや、今度こそ終わらせますよ?

さて、四章は実質今回で終わりです。次回は後日談にしようかと。
あと某人のところが水着回やってたんで、便乗して番外編で水着回やります。誰かが脱ぎます(誰がとは言ってない

ではまた次回、ノシ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。