朝っぱらから頭が鈍痛のように痛い。
声を出すことや起き上がる気力すら、今の俺には残ってなかった。……いや、気が乗らなかった。
もう引き籠もってから、かれこれ二日も経つ。昨日、朝と夕方にアイが心配してドア越しから話し掛けてくれていた。だが声を出すことすらしない俺は、アイには酷だが無言しか返せなかった。
(きっと部室じゃあアレも見付けられて、今頃はゴミ処理場の焼却炉ん中だろう)
そう考えていると、三回くらいドアがノックされる。一発で誰だか悟った俺は、ベッドの上で横になったままその声を聞いた。
「ねぇ、ユーってば起きてるんでしょ? ……休日ぐらい出てきなさいよ……」
何時もの明るさは消え去って、意気消沈と言った感じのアイは今日もまた話し掛けてくれた。だが俺は答える気になれなかった。
(今更出ていった所で何になる? ……俺はツクモ姉ぇに顔向け出来ないんだよ)
そうだ、アレを無意識に作っちまった俺に今更、ツクモ姉ぇの顔なんて見れない。罪悪感がじわじわと沸いてくるんだ、胸の奥から沸々と。
それが嫌でこうして部屋に籠っているんだが……こんな下らないこと、アイに話して何になるんだ。
「ユーの朝御飯も作っとくから……ちゃんと食べなさいよ。私とミナツは今日、収録あるから家に居ないからね。ツクモちゃんは知らないけれど、何か用事あるようだし」
……お前はいつから俺の母さんになったんだよ。
不思議と内心吹いてしまった。口では返事せず、内心で「分かった」と答えておく。
アイはそれだけ言うと、その場を後にしようとした。
「あ……その、行ってくるね」
それだけ言ってアイは慌ただしく下へ降りていった。こんな時間に出るとは、時間的にミナツさんの所為で遅れかけるからなんだろう。
また内心で「行ってらっしゃい」と言いつつ、カーテンから漏れる光に目をやる。今日は土曜日だ。
あの後、這いつくばってでも起き上がって、無理矢理にでも身体を起こした。二日も動かないだけでこれとは、男として情けないぜ。
何とか下へ降りていくと、やはり誰も居なかった。朝っぱらにアイとミナツが出ていった上に、ツクモ姉ぇも用事で出ていったみたいだ。
リビングのカウンター側のテーブルに、アイが話した通り朝食が置かれてあった。空腹と言うものを忘れていた俺の腹はいつの間にか鳴っており、自分の体の正直さに嘆きながら椅子に座って朝食を食べる。
アイはしっかり者なだけあって、朝食はかなりしっかりしてる。何でも朝に栄養を多く取っておかないと、午前中でバテるのだとか。……アイドルになった後に学んだことらしい。
そんなこともあってか古き良き日本食を揃えた朝食になっていた。白米に焼き魚、味噌汁に漬物と肉じゃがと言うシンプルな構成だ。
(アイには敵わねぇなぁ)
未だ料理で勝てたことがない気がする。元々周りに料理できる奴が多過ぎるからか、料理をやろうとしても周りが勝手にやってしまうんだよなぁ。
(恵まれてると喜ぶべきか、甘やかされてると悲観すべきか)
いや、確実に後者だろう。俺は焼き魚を箸で突っつきながらそう考える。
そういや小学生の時、俺は何やってたんだ。ロシア料理なんていつ習ったんだよ。……ツクモ姉ぇに初めて振るった時には不評だったが。ビーフストロガノフの何が悪かったんだ、自作ソースが悪かったのか?
何はともあれ、考えるのは止めよう。食事に集中できないし。
(ご馳走さまでした)
合掌して椅子から立ち上がり、食器をカウンター越しから台所に置いてカウンターへと回り込む。
スポンジに洗剤を染み込ませて皿や箸を一通り洗って、水で泡を流す。その後は食器乾燥機に揃えて置いてから、手をタオルで拭いてはふと足を止める。
(……水飲むか)
何気なくそう思ってコップを手に取って、蛇口を捻って水を注ぐ。半分ぐらい溜まった所で水を止め、水を煽るように飲み干す。
そのまま台所に置いた後に、リビングへと戻ってソファーに座り込んだ。
「あー……(声は出るのか)」
何となく確認してみて、俺は嘆息した。ふと目の先には、レディースガンプラバトルコンテストのトロフィーが日に照らされて黄金色に輝いている。
数週間前に終わったそれは、大会で優勝したツクモ姉ぇの笑顔を久々に見た瞬間だった。
塞ぎ込む三年前までは随分無邪気だったもんだ。そんな性格だから、ミナツさんと共にユニット歌手として人気だったんだが。
「結局はアレさえ作んなきゃ、あんなことは起こんなかったんだよな」
掠れ声だがふと口からそんな言葉が漏れていた。後悔だ、過去へ対しての悔恨だ。
そう言えば、何で作ったんだっけか。……確か部長に頼まれて、四つ作ってくれって言われたんだ。その時の俺は何も考えず、要望通りに作っただけだったんだ。
■
「ねー、ユーちゃん」
「何ですか部長。……ってかその“ユーちゃん”ての止めてください」
まだ春の日差しが気持ちいい中、窓際でデュナメスを作っていた時に、部長に呼ばれたんだ。思えば、この時から周りに女性しか居なかったってことに、気付けば良かったと思っている。
部長は文武両道とか才色兼備とか、そんな言葉が似合うような人だった。その点、人を掻き回すのが好きで何かを思い付いたと思えば、模型部らしくないことを始める型破りな性格だった。
多分今回もまた変なことでも思い付いたんだろう……そう思い込んでいた。
「えへへ~、実は作って欲しいものがあるの。私じゃあ自作すると変な方向行っちゃうからさぁ~」
「は、はぁ……」
作って欲しいものとは珍しいなと思いつつ、俺は曖昧な返事で了承してみる。
「コンセプトはこれ。それぞれに特化したものを
「む、無茶苦茶じゃないですか!?」
手渡されたメモを見つつ、その時の俺は驚愕したものだ。とんだ無理難題を押し付けられた、と。
確かメモの内容はこんなんだった筈だ。
・瞬間冷凍できる大砲
・大火力を内蔵できる武装装甲
・一瞬で物質を消失させる大砲
・ガンプラを支配出来るような装備
無理、無茶、無謀。まさにそうだと思っていたよ、当時の俺は。……だが部長の助言に沿って、文字通りその言葉に助けられて作ってしまった。
「一週間でお願いね」と放り出されて、俺は唖然としていたものだ。
「とんだ面倒を押し付けられたよ……」
「どうしました、ユー」
そんな時、突然背後から声が聞こえて俺は驚いた。
「あ、キララ先ぱ――」
「キー先輩です」
「あ、はい」
突然現れたキララ先輩ことキー先輩に、手元のメモを奪い取られて俺は慌てる。
俺を見てメモを見て、交互に見返しつつそのメモを返してもらった時に、キー先輩に言われたことがあった。
「部長の案ですね、これ。確かにユー程度の技量じゃ無謀にも程があります。……全く、技量どうこうを考えない部長は頭のネジが無いのでしょうか」
「部長の設計図にネジなんて元々無いと思いますけど」
「それもそうですね」
変に納得するキー先輩は俺に顔を向けて、最後にこう言った。
「でも応援してますよ、ユー」
珍しく笑顔を向けたキー先輩は、そのまま鞄を片手に帰っていった。彼女は絶対に笑わない、と言う噂が当時にあったが、それは嘘だったようだ。
それから一週間、さっき述べた通り部長から助言を貰いつつ、様々な発明品の実験に付き合いつつも、なんとか四つを完成させることができた。
それぞれの
これが、後に四人に二つ名を着ける由来になる。その内の一人がツクモ姉ぇだったんだ。
「さあ集まってもらった三人に、この私とユーちゃんからプレゼントでーすよー!」
「「「プレゼント?」」」
ある日呼ばれて部室へと集まった三人は、同時に疑問符を浮かべる。長い艶やかな黒髪とブレザー代わりに羽織った白衣を揺らし、翡翠色の瞳を輝かせる部長は、その勢いを止めることなく部室でくるくると回った。
俺も頭を抑えて端から見守るが、三人はもう既に帰る準備を整えていた。
「ちょっち待っち! 中学生の三人組!」
扉の前で止める部長を前に、彼女らはそれぞれ呆れ顔で言い放った。
「いや、正直ユーからのプレゼントだったら嬉しかったけれど、部長が関わってると録なことないじゃない」
「ふああ……私、昨日寝てなくて……でも部長が放送で呼び出すので何かと思って来たんですが、流石に興が冷めたので帰りますね」
「邪魔です、視界から消えてください」
と、三者三様なあんまり過ぎる内容に、部長は涙を流していた。今思うと纏まり無さすぎるだろ、この部活。
俺は仕方がなく、わざと大きく溜め息を吐いてこちらに注目を集める。
「俺にとってはどうでも良いけどさ、受け取ってあげたら? じゃなきゃ部長だって可哀想だしさ」
俺の言葉に三人共顔を見合わせてから、跪いて泣きじゃくっていた部長を見る。
「分かりました。……で、渡したいものは?」
「受け取ってくれるの!?」
「「「仕方なく」」」
泣きじゃくっていたのから一転、激しく飛び上がった部長は中学三年にしては大きすぎる胸を揺らして
そうして彼女らは部長に手を引かれて、ようやく俺の前まで連れてこられた。
「じゃあ、三人にアレを渡して~♪」
「はいはい……ツクモ姉ぇはコキュートス。ミナツさんはフレゲトン。キラ……キー先輩はレーテー、で良かったんですよね?」
「うん」
それぞれパーツを貰った三人は不思議そうにそれを眺めていた。それもそうだ、今までにない形状だからだな。
コキュートスは背負うような大型のビーム砲に近く、フレゲトンは全身に施すアーマーパーツ、レーテーは長銃身のビームライフルに背中に取り付ける四枚一対のファンネルのようなユニットと言う組み合わせだからだ。
「それぞれの装備は特徴的な性能を持っていてね。君達に扱って欲しいんだ」
自信満々に両手を腰に当てながら胸を張る部長は、まるで目的が達成したかのように
■
思い返して改めて思ったけどさ、これって――
「
近所迷惑になりかねないぐらいの声で、俺はいつの間にか叫んでいた。脳裏に「テヘッ★」と笑う部長の顔が思い浮かぶ。
何てこった、見事に騙されてたぞ。……でも、間接的に俺も関与してるんだから同罪か。
「クソ、卒業後に書き置きだけ残して勝手に消息を絶った所為で殴り込みにさえ行けないとは」
まさかここまで予測済みだったというのか、あの部長。……そういや名前すら聞いたことねぇわ。探しようもないじゃん。
俺が部長のことでわなわなと震えていると、玄関から扉が開く音が聞こえる。するとリビングへ突撃してきたかのようにツクモ姉ぇが入ってくる。
「「………あ」」
そして一瞬にして何か気不味い雰囲気が出来上がる。俺は取り敢えず顔を引き攣らせながらも、最初に切り出した。
「お、お帰り……」
「ただいま……」
「何処行ってたんだ?」
「マサキちゃん達に呼ばれて、おやっさんの所に……」
またしても無言になる。まさかこんな状況になるとは思わなかったぜ。
だが気不味いのもあれな訳で、俺は取り敢えず台所にコーヒーを淹れに行く。
「マサキ達に呼ばれてって、何したんだ?」
「えっ? ……あー、その、アレを撃つ練習、的な……」
「……は?」
な、何つった? アレを撃つ練習?
「捨てたんじゃないのかよ!?」
「だ、だってマサキちゃん達がインパルスごと隠し持ってたらしくて、私だって知らなかったわよ!」
カウンター越しに言い合うが、俺は肩を落としながらもサイフォンからコーヒーを淹れて、ツクモ姉ぇに渡す。
「結局、撃てたのか?」
「撃てたって言うよりは……撃ってたの方が正しいかも。ヤヤちゃんが挑発して、ポロッと」
「ポロッと……ってなぁー。トラウマをそんな簡単に克服できねえよ」
俺は自分の分を淹れながら、撃てた理由に呆れる。
「本当なんだから仕方ないでしょー」
まあ疑いたくはないし、疑ってもないが……。
現実は小説よりも奇なり、まさにその通りだよ。こんな簡単に克服しちまったんだから。俺やミナツさんじゃなく、マサキ達のお陰で。
何かパッとしねえ呆気なさだ。俺の杞憂をどうしてくれる。……いや別に良いんだけどさ。
「これでジンナイ先輩の思惑通り、か」
「はぁ!?」
呑気にコーヒーを啜る俺に、ツクモ姉ぇが驚きの声を上げる。まあ大体想像してはいたが。
「この前、シオリから話があったんだ。アレを使わせるのが、ジンナイ先輩の目的だと」
「……んな、まさかまんまと私達は……いえ、達してはいないわ」
「その心は?」
「撃てても
その答えに俺は成る程と納得した。いつでも撃てるが敢えて撃たない、ね。確かにアレはサテライトキャノンのような武器だ。そんな発想もあったのか。
「そんじゃ、ミナツさんも帰ってきたらツクモ姉ぇに平謝りだな」
「何でそんなことするのよ。しなくて良いわよ」
不服そうに唇を尖らせたツクモ姉ぇに俺は、視線を背けながら言った。
「……そうじゃねえと、原因作った俺らに示しがつかねえ」
「あっ」
その言葉の意味を悟ったツクモ姉ぇは、しんみりとした顔になる。そんな顔をされると、こっちも言葉に困るんだがなあ。
まあ、その時はその時だ。
「さて、夕飯作ろうぜ? ……そだな、ビーフストロガノフ作っても良いか?」
「もう、好きにしなさい」
俺はちょっとはにかみながらそう聞くと、ツクモ姉ぇは呆れたように、でも嬉しそうな顔してそう言った。
――もう後腐れなくて良いんだよな。
次回からはいい加減やろうと考えていた、模型部対生徒会!
進路活動から目を背けながら、明日も一日頑張るぞい(青葉ちゃん並感
余談
祝UA数一万突破!
これを読んでくださっている皆さん、誠にありがとうございます!
未だ作者が稚拙な文章しか書けませんが、今後とも「GBFアテナ」にお付き合いくださいませ。