ガンダムビルドファイターズ アテナ   作:狐草つきみ

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EPISODE-40:悲嘆の砲火 後編

 翌日、私達はツクモ先輩を電話で急遽呼び出して、模型店「ZEDAN」へと足を運んでいた。

 

「休日にいきなり何かしら? ……ハッ、もしかしてマサキちゃんをいっぱいモフモフして良いとか!?」

「最近のアイカちゃんに似てきましたね……別に良いですよぅ」

「わーい、ラッキー♪」

 

 お店に着くまでの間、私はツクモ先輩に抱き付かれて歩いていた。慣れとは恐ろしいもので、この行為に“慣れ”を感じてしまった私は一体……。

 ……でも我慢だよ私、ツクモ先輩のトラウマさえ何とかなれば、後はどうにでもなれるんだ。だから耐えろ、私。

 隣を歩くカグヤちゃんは私の惨状を見て慌てていて、反対側のヤヤちゃんはいつも通り平常運転だった。

 

「ほら、もうすぐ着いてしまうぞツクモ先輩。そんな格好を爺様に見られて良いのか?」

「おやっさんを“爺様”とか呼ぶ子、初めて見たわ。……大丈夫よ、マサキちゃんて抱きやすい高さだから」

「何も大丈夫じゃありませんよね!?」

 

 ツクモ先輩の陽気な返しに、カグヤちゃんが全力で突っ込んでいた。普段、私が突っ込んでいる所為で、カグヤちゃんが可哀想に思えてきた。

 真面目で純粋、その上家事も万能なんだから、転入して数日で男子達の間で密かにファンクラブが創設されていることを知らないカグヤちゃんは、本当に可哀想だよ。ウチの学校は無駄に美少女が多いから、無駄に男子のファンクラブ数が多いのがお困りだなぁ。

 するとツクモ先輩が私の思考を透視したかのように、陽気な声で私に言った。

 

「大丈夫よマサキちゃん。二・三年生の一部がマサキちゃんのファンクラブ作ってたから」

「ファッ!?」

 

 唐突に驚いた私は、思わず変な声を上げてしまう。

 何、私のファンクラブって……需要あるの?

 何だか末恐ろしくなってきた私は、自然と体が震え出していた。

 

「あら、マサキちゃんったら可愛いわね。だからファンクラブなんて作られるのよ」

「どういう理屈ですかそれ!?」

 

 当然、私達の奇異な会話に、残る二人は疑問符を浮かべていた。

 そんな話をしていると、もうそろそろ店先が見えてきた。雨上がりの湿ったアスファルトの所為で蒸し蒸しする中、今日も店内は明るかった。そうして私達はいつも通りに常連として店内に入っていく。

 

「おやっさんこんちわ~!」

「お邪魔します!」

「また来たぞ、爺様」

「し、失礼いたします」

 

 四者四様、挨拶を述べて入っていく。すると奥から、今日も今日とて逞しい体躯を見せるおやっさんがぬっと出てきた。

 

「おうガキ共、休みの日なのに元気だなぁ。ユウキの坊主はどうした、いつも一緒だろう?」

「あー、ユーは最近引き籠もってるわ。何でか知らないけれど」

「そうか……ああ、バトルシステムはいつでも使える。近所のチビ共に使われねぇように早よ取っておけよ」

「「「「はーい」」」」

 

 おやっさんにそう言われつつ、私達はぐだぐだと店内を歩いた。カグヤちゃんだけ、店内にある模型を見て目を輝かせていた。……多分、初めてなのかな?

 するとおやっさんも、見知らぬカグヤちゃんを見て未だぐだぐだと歩く私達に尋ねてきた。

 

「あの嬢ちゃんは?」

「神椎輝夜ちゃんよ。最近転校してきたの。……元々は静岡で巫女さんやってたのよ、可愛いでしょ」

 得意気に笑って見せる先輩を見て、おやっさんも釣られて笑う。

「お前ん所にゃ美女しか集まんねぇのかよ。こりゃあユウキの坊主も羨ましいったらありゃねぇな、ガッハッハッ!」

 

 豪快な笑い声に驚いて、体育座りするアッガイを突っついていたカグヤちゃんが、一瞬だけ震えたのが見えた。

 確かに、同性でもこれだけ魅せられるんだから、相当だよねカグヤちゃんって。

 そう言う私はツクモ先輩から逃れるように脱出して、再び自由を手に入れる。

 

「ほら、さっさと行きますよ。今回の用事を果たさなきゃならないんですから」

 

 先導するように歩いた私の言葉に、ヤヤちゃんとカグヤちゃんは気を引き締めていた。――そう、その用事はツクモ先輩のトラウマを直すこと。

 確率なんて不確かなものはない。成功するか、失敗するかの二択だけ。

 改めて二階のバトルシステムを弄って、あらかじめダメージレベルはCに設定しておく。昨日のミナツ先輩の話の通りなら、恐らくフェングファンでも防げない。

 

「ヤヤちゃんゴメンね、損な役回り押し付けちゃって……私が代わりに出来れば良いんだけど……」

「気にするでない、トラウマを引っ提げた奴なぞもう一人見てきたからな……さあ、行くぞ」

 

 柔らかく微笑みながらそう言ったヤヤちゃんは、一転して気を引き締めた顔に戻る。カグヤちゃんやツクモ先輩もやって来て、バトルシステムが起動した。

 

《GUNPLA BATTLE Combatmode Start up. Mode damage level set to“C”》

《Press set your GP-Base》

《Beginning [Plavsky Particle] dispersal. Field8, Mountain》

《Press set your GUNPLA》

 

「あ、あれ? そう言えば私のガンプラは!?」

「これ使ってください」

 

 驚くツクモ先輩に、セコンドに回った私は昨日回収していたインパルスを渡す。ツクモ先輩は録に背中に背負った装備も見ずに乗せて、バトルが開始した。

 

《BATTLE START》

 

「鷹野 月母! インパルス、出るわよ!」

「夜天嬢雅 八々! ウイングガンダムフェングファン、推して参る!」

 

 山岳地帯へと放り込まれた両者は、無事に地面へと着地する。緑溢れる自然の多さから、まるで白神山地のようだ。

 その中で赤とオレンジの暖色系は非常に目立つ。もうヤヤちゃんの機体が視認できた。……恐らくあちらも気付いてるだろう。

 

「……隠れる場所なんて無いわね。でも無駄よッ!」

「ほう、それはどうかのう?」

 

 大きく跳躍したフェングファンが、空中で弧を描きながらインパルスの直ぐ傍まで着地した。それと同時に聞こえたヤヤちゃんの声は、自信に溢れている。

 

「あら、随分大きく出るわね」

「知ったことではないな」

 

 ビームライフルを構えたツクモ先輩は、躊躇わずに狙い済まして撃つ。それをヤヤちゃんは横へ倒れるように回避、それのほぼ直後には無茶な体勢からインパルスを押し出した。

 

「なっ!?」

「他愛もない」

 

 いつの間にか地に手を付いていたことに驚くが、ツクモ先輩は攻撃される前に動く。

 機体は華麗に飛び上がり、木々を薙ぎ倒して着地する。再び距離が開いた形になったけど、お互いにまだ得意距離の範囲内。

 

「攻撃してこないなんて、余裕ね。いつからそんな余裕を持てるようになったのかしら?」

「皮肉なぞどうでも良い。……それよりも良いのか? 攻撃に合間を置いてしまえば、対策を取るなぞ容易いことよ」

「どうしたのか知らないけれど、後悔しても知らないわよ!」

「百も承知!」

 

 互いにビームサーベルとビームソードでぶつかり合い、ヤヤちゃんが押し切る。パワーファイトを主戦とするヤヤちゃんだからこその力押し。

 だけどツクモ先輩も止まらず、ビームサーベルを神速の如き速さで突いてくる。それをワンステップで回避するヤヤちゃんも凄いけれど、ツクモ先輩も速い。

 

「遅いな、明らかに遅い。効率が悪かろうて。剣は重心移動も大事ではあるが、その身任せでは威力など発揮せんぞ」

「なっ……や、ヤヤちゃんどうしちゃったのよ」

 

 私はヤヤちゃんの演技力に感服していた。冷徹であろうとする言葉はどれも、何故か心に突き刺さるようなトーンで、正直私にも響いてきそうな程だった。

 直に言われているツクモ先輩にとっては、可愛い後輩の変貌ぶりに混乱しているんだろう、明らかに狼狽えている。

 

「なに、儂は何処も変わっておらぬぞ。ほれ、儂に攻撃してこい。儂を倒してみろ……でなければお主を殺す」

「………ッ!」

 

 冷たく放たれる凍てついた言葉の矢に、遂に耐えられなくなった先輩は、猛攻に出た。――ここまでは順調だ。

 ヤヤちゃんはツクモ先輩の斬撃を、いとも容易く捌いていた。恐らく純粋な地上戦、もしくは剣を使った一対一なら凄く強いんだと思う。

 対するツクモ先輩は、何が何だか分からない混乱の中に置いてけぼりにされていた。だから精一杯、その手のビームサーベルを振るい、振り払おうと試みていた。

 けれどそれも失敗に終わる。ビームサーベルをヤヤちゃんに弾かれて、インパルスは胴を蹴り飛ばされた。

 

「何故、お主はその手のビームライフルを使わぬ。儂がビームソードのみを使っていたからか? ……フン、笑わせてくれる。何ならその()()()()でも良いのじゃぞ?」

「……え?」

 

 ……揺さぶりに来た!

 ここからが正念場。ややちゃんの演技力に賭けるしかない。

 背中の砲と指摘されたツクモ先輩は慌てて武器スロットの一覧を確認すると、目を見張ってあるスロットを凝視した。

 

「うそ……でしょ?」

 

 「SP」のマークの下には武器名が英語で書かれてあり、そこには「COCYTUS」の文字列があった。

 急に震え出したツクモ先輩は、コンソールから手を離して両肩を掴む。今にも泣きそうな顔に、私は仕方がないと非情になりつつも、決してなりきれる筈などなかった。

 

「何で……こんな所にあるの? 何でこれが……イヤ……イヤ……イヤァァァァッ!」

 

 頭を抱え込んでその場にしゃがみ込んでしまった先輩を、私は立たせようと近付いたけれどカグヤちゃんに阻まれる。

 その間に、ヤヤちゃんはまた喋り出した。

 

「どうした、何が怖い? 何が恐ろしい? ……勝負の最中に泣くとは余裕じゃのう?」

「貴女に、何が……」

「何が? 何も分からん。お主の過去など知ったことではない」

「だったら……何で……」

 

 ツクモ先輩の震える声と、ヤヤちゃんの凍てついた声。その二つは聞いてるだけでも嫌になってきた。こんなことをさせてる自分が。

 それでも、やっぱり会話は続く。

 

「良いセンスだと思うがのう。その装備はユウキからの粋な計らいぞ」

「ユー……の、計ら、い?」

 その一言でヤヤちゃんかクツクツと笑う。

「そうじゃ、お主のトラウマを掘り起こしてそれを屈伏させる為のな!」

 

 ヤヤちゃんの声が無音の二階に響き渡る。

 

「い、嫌よ、こんなの思い出したくない……使いたくもない……」

「ならばいつまで呆けておるか戯け者。立て、立ってその手にコンソールを握れ。握って儂を倒してみろ弱虫が」

「弱虫……ですって?」

 

 ピクリと反応したツクモ先輩は、震えながらもその顔を上げる。私たち三人はしめたと思い、このまま誘いに乗って貰うことを願う。

 

「さあ来い小童。お主の本来の力とやら、この儂に見せてみよ!」

「わ、私は……」

「足りんか? なら何度でも言ってやる。意気地無し、根性無し。年下の儂にすら遅れを取るなど部長失格ではないのか?」

 

 その後もつらつらと並べられては、レベルアップしていく罵詈雑言。

 私もカグヤちゃんも、本当にヤヤちゃんに頼んで正解だったと染々感じた瞬間だった。私でもあそこまで先輩に酷く言えないよ……。

 するとようやくツクモ先輩の唇が動く。

 

「……ッ、さっきから言いたい放題言ってくれちゃってぇ……私を誰だと思ってるの? 鷹野月母よ?」

 

 インパルスがゆらりと立ち上がる。無気力に垂れた腕に力が入ると同時にツクモ先輩の瞳に闘志が戻ってくる。

 

「私を怒らせたからには……ただじゃ済まさないわよヤヤちゃん。いくら後輩でも手加減はできない。手加減なんていらない」

「……そうじゃ、怒れ、そして叫べ!」

 

 高らかに言ったヤヤちゃんの言葉を皮切りに、インパルスが猪突猛進と言えるスピードで、周りの木々ごとフェングファンに体当たりする。

 よろけたフェングファンは体勢を立て直しつつ飛び上がり、空へと逃げる。

 

「逃げるなッ!」

「儂は逃げぬ!」

 

 ビームライフルからの追撃でツクモ先輩は強引にコンソールを押し出し、機体をフェングファンに向けて一直線に飛ばす。

 当然、真っ直ぐ向かってきたインパルスを受け流し、ヤヤちゃんは更に挑発する。

 

「さあ撃て、撃って儂を倒してみろ!」

「んなっ、ガンプラがどうなっても良いの!?」

「知らんなっ!」

 

 フェングファンとインパルスが切り結び、眩い光を散らす。

 その光景を見入ることしかできない私とカグヤちゃんは、ただその結末を見届けることしかできなかった。

 そこで痺れを切らしたツクモ先輩が、武器スロットを動かす。

 

 

 

「ああもう! どうなっても知らないわよこのバカ! 私を散々バカにしといて、本当に本当に本当にただじゃ済まさないんだからっ! ………良いわよ、見せてやろうじゃないの【凍結の紅き姫(コキュートス)】の力を!」

 

 

 

 怒り任せに選んだのは「SP」と書かれたスロット。

 私とカグヤちゃんは顔を合わせて、成功したと燥いだ。

 

 背中のストライカーから、アームでその赤と灰に染まった巨砲が前方に現れる。両手でそれを支え、まるで手慣れたかのように扱い、僅か数秒で発射準備は整った。

 

「凍って砕け散りなさい! 悲嘆の砲火(コキュートス)ッ!!

 

 ツクモ先輩の怒声と共に、蒼白い奔流が迸る。やがて砲口から光が漏れ、溢れるかのようにその粒子は束となってフェングファンを襲った。

 

「フン、これで良いか」

 

 ヤヤちゃんの安堵した一言共にフェングファンは見えなくなる。

 やがて直ぐに粒子の束が途切れた途端、フェングファンは氷塊の中に閉じ込められた人形となり、直後に亀裂が走って――粉々に割れた。

 

 

 

《BATTLE END》

 

 

 

 ホログラムが溶け、ツクモ先輩とヤヤちゃんは同時に倒れ込む。それぞれ先輩は私が、ヤヤちゃんはカグヤちゃんが抱えた。

 

「はぁ……まさか、またアレを使うなんて……ね」

「もうこんな演技は二度とやりたくない」

 

 二人ともそんなことを言いつつ、近くのベンチでそれぞれ横になった。

 相当身体に響いてるようで、二人ともまともに立てる状況でもなく、しばらくは様子見することになった。

 私はそんな二人に代わって、バトルシステム上に転がったインパルスとフェングファンを回収する。その時のフェングファンの感触がかなり冷たいことに驚いた。ドライアイスではないけれど、仄かに暖かみを感じる冷たさ。

 

 

 

 それを実感した時、私はクスリと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――で、私をわざと怒らせてアレを使わせた、と」

「「「はい」」」

 

 店内の休憩スペースで三人を正座させつつ、何でそれをやるに至ったかを聞いた私は、自分に呆れてものも言えなかった。

 別にこの子達が悪かった訳じゃない。弱かった私の責任。だからこの子達には、申し訳ないことしちゃったかな。

 

「はぁ………でもま、ありがとうね。私のトラウマを何とかしようって躍起になってくれて。はぁー、そっかぁ、ミナっちゃんそこまで思い詰めてたんだ……親友失格かなぁ」

「そ、そんなこと無いですよ!」

 

 自嘲するように私が笑うと、意外にもマサキちゃんが励まそうとしてくれる。

 私にもこんな妹が居ればと思うと、涙が出てきた。確かに真面目で優しい甘えん坊な妹は居るけれど、マサキちゃんのような子じゃないし。

 私はそう言ってくれたマサキちゃんを抱き締めつつ、机の上に置かれたインパルスを見やる。

 

「結局、乗り越えなきゃいけなかったんだよね、私」

「うむ、終わり良ければ全て良し。過程はどうあれ、そのトラウマを吹っ切れたなら問題は無かろうて」

 

 ヤヤちゃんの言葉に私は思わず微笑んでしまう。確かに過程はどうであれ、こうして吹っ切れちゃったんだから良いわよね。……こうして笑っても。

 

「二度と後悔なんてしない、したくない。……だから例えコレ(コキュートス)を撃つしかない場面でも、仲間だけは絶対に撃たない。……ガロードだって言ってるしね『過ちは繰り返させない』って」

 

 そう、過ちは繰り返させない。このコキュートスは言わばサテライトキャノンと一緒。最強の一つであるが故に、それは抑止力として働く。――そんなものを無闇矢鱈に撃ってたら、悲しみしか残らないもの。

 だから私は、

 

「さ、あの生徒会をギャフンと言わせてやろうじゃない!」

「はい!」

「うむ」

「そうですね!」

 

 吹っ切れたけど、もうしばらくコレを撃たないことにする。




こんな夜天嬢雅八々は絶対に嫌だ(確信



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