ガンダムビルドファイターズ アテナ   作:狐草つきみ

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EPISODE-39:悲嘆の砲火 前編

 

 

 催しまで、残すところ四日。その日は、ユー君が来なかった。アイカちゃん曰く「何度部屋の戸を叩いても返事が無かった」らしい。部屋に鍵も掛かっていて、入れる状況でも無かったみたい。

 

 放課後の模型部の部室には、ただ一つだけ、変わったことがあった。

 

「――これは」

 

 一番最初にヤヤちゃんとカグヤちゃんと一緒に来た私の目の前には、見たこともない灰色と赤色の砲らしき物が置いてあった。

 隣に立つカグヤちゃんも、作業机の上にあるそれを不思議そうにそれを眺める。

 

「何でしょうか、すごく不安な感じがします」

 

 そのカグヤちゃんの言葉に、私は背中に寒いものが走る感覚がした。まるで這いずるかのような、気持ち悪い感覚。

 ヤヤちゃんも何か感じたのか、触ろうとするカグヤちゃんの手を制していた。それで大人しく引き下がるカグヤちゃんは、やっぱりこれが何なのか気になるようだった。

 ……私も正直に言えば気になる。けれども「すごーく悲しい」って、そんな雰囲気が漏れ出てるみたいで触るに触れなかった。

 

「まるで、嘆いているみたいじゃ」

「そうですね。……でも誰がこんなものを、ここに?」

「来れた奴など一人しか居なかろう。これはユウキが作ったものじゃ」

 

 そんなヤヤちゃんの言ったことに納得してしまう私達は、荷物を置いてからテーブルに座る。

 いつもならヤヤちゃんとカグヤちゃんの作ったお菓子でお茶をするんだけど、二人ともそんな気分じゃないみたい。勿論、私もそうだ。こんな雰囲気でお茶をしようとも思わない。

 刻一刻と時間が進んで、模型部に備え付けてあった時計の秒針が嫌なくらい耳に張り付く。

 今日は曇り後雨の予報の通りになっていた。まだ雨は降っていないものの、直に降りそうな感じだ。……そう思い耽っていた時だろうか。部室の戸が開けられる。

 

「………あ、ミナツ先輩」

 

 ポツンと私が呟くと、いつもの柔らかな笑みでミナツ先輩が入ってくる。けれど私達の様子を見て不思議に思ったのか、ソファーに鞄を置いてから私を後ろから抱き締める。

 

「そんなしんみりしちゃって、何かあった?」

「あ、えっと……その」

 

 思わず口籠ってしまう私は、何て話したら良いのか分からなくなる。「部室に置いてあった模型を見てたら、気分が悪くなりました」なんて、口が裂けても言えないよ。

 私のそんな顔を見て何か察したのか、ミナツ先輩は私の隣に座ってそっと撫でてくれた。

 

「素直な子は好きよ」

「からかわないでください」

 

 子供扱いはいつものことだけど、今日だけはそこまで怒る気にもなれなかった。やっぱり、あの砲が関係しているのかな?

 そう思って私が見た方向には、いつもユー君が座って作業している作業机があった。その深緑に染まった工作板の上には、未だその状態のままで砲が放置してある。

 私の視線を追ってみたミナツ先輩は、ふとその目を開いて椅子から立ち上がった。

 

「……これは、何でここに?」

 

 ミナツ先輩はそれを手に取って、私達に問い掛けるけれど、私含めて三人、頑として口を開かずに俯いてしまう。

 

「まさか、ユー君が作ったの?」

「そうとしか考えられん……じゃがミナツ先輩よ、それは何じゃ?」

「私も気になります、それは何か嫌な予感がします」

 

 誰の仕業か気付いたミナツ先輩は、二人にそう尋ねられて戸惑ってしまう。ミナツ先輩はそれを知っていて、私達はそれを知らない。そうなると気になるのも必然なんだと思う。

 

「これは……」

 

 困った顔をするミナツ先輩は、それを元の位置にコトリと置いて、私達の近くにあった椅子に、再び腰掛けた。

 何て説明したものか――そう悩んでるように見える。それは当たりだったらしく、ミナツ先輩はようやく喋りだしてくれた。

 

「あれはユー君の作ってしまった、ツクモちゃんを縛り付けるものよ」

「先輩を……縛り付けるもの?」

 顔を上げる私に、ミナツ先輩は深く頷いた。

「ツクモちゃんが泣いちゃった時のこと、覚えてる?」

「はい」

 

 正直に答えると、私の脳裏に生徒会室で叫んだツクモ先輩の台詞がリフレインする。生徒会長さんの言葉に泣いて怒った時のだ。

 

 

 

『……あっ、アンタに何が分かるっていうのよ! 私の気も知らないで! ―――でも! 今はこうでもしてないと、満足にバトルだって出来ないのよ!? もう皆に迷惑を掛けるのは嫌なのよっ!』

 

 

 

 その時のことは鮮明に覚えてる。初めて見たツクモ先輩の弱い部分。ツクモ先輩の……本音。

 私の返事に、ミナツ先輩は一拍置いてから再び話し始めた。

 

「ツクモちゃん、あそこに置いてあるアレを見るのが嫌なの。……ううん、絶対に思い出すだけでもダメ。だから封印したの、アレを」

「たかだか普通のガンプラが使えそうな砲ですよ?」

 

 私はミナツ先輩の言葉に耳を疑った。あそこに置いてあるのは――近付くだけで気分が悪くなるけど――ただの砲だ。

 しかし直ぐに、「たかだか」と軽薄気味に言った私の言葉をミナツ先輩は否定した。

 

 

 

「いいえ、大量破壊兵器よ、アレは」

 

 

 

 「え、今何て?」と聞き返したくなるような言葉に、私達はミナツ先輩の方を向く。私達のそんな顔を見て、それについて簡単に説明してくれた。

 

「名前は『悲嘆の砲火(コキュートス)』。全てを凍り付くし、全てを割ってしまう()()()()()()()()よ」

 

 決戦用……冷却粒子砲。

 単に聞いただけでは「そんなに凄い物なのか」としか思えないけれど、その言葉の重みの所為でただの砲ではないことがはっきりと伝わってくる。

 私達の「信じられない」と言いたげな顔を見て、ミナツ先輩も納得するような、落ち着いたいつもの笑顔で私達に微笑み掛けた。

 

「大丈夫よ、ツクモちゃんもそろそろ立ち直らなきゃって考えてるんだから」

 

 その台詞で思い出す、節々に思い当たる先輩の言葉。それらが全て、これに繋がるとは思いもよらなかった。

 私はミナツ先輩の顔を見て、何があったのかを聞いてみたかった。

 

「あの、ミナツ先輩」

「なーに?」

 ……怒られるかもしれない、でも知っておきたかった。

「ツクモ先輩の過去を教えてください。何でこれを見るだけで、そこまでなってしまったのか」

 

 私は真っ直ぐ見つめる。ミナツ先輩も目を瞑ったまま私の顔を見返して、ふと困り顔になる。やっぱり、そう簡単に言えることじゃないから。

 でも直ぐにミナツ先輩は答えを返してくれた。

 

「良いわ、ツクモちゃんが保健室から帰ってくるまでにね」

「あ、ありがとうございます」

 

 座りながら頭を下げた私に、ミナツ先輩はクスクスと笑いながら私の頭を撫で回す。

 

 

 

「いずれ模型部の皆には明かさなきゃならなかったから。―――そうね、あれはもう三年も前かしら」

 

 

 

 ふと顎に手を当てながら、思い出すようにつらつらと語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれは三年前の全国大会決勝戦のことよ。

 まだ中学二年生だった私達は、私を含む四人の代表と、専属ビルダーだったユー君に顧問の先生が見てくれてた。

 決勝で万全で戦えたのは私とツクモちゃんと、代表の一人のキーちゃんだけだった。

 

「はぁ……はぁ……ミナっちゃん、残り時間は……?」

「後三分! このまま行くと延長戦に(もつ)れ込んじゃう!」

 

 決勝戦の終盤、もう互いに満身創痍。相手も味方も満足に戦える状態じゃなかった。

 相手は残り一機だけだったし、こっちは二機。十分勝ち目はあったけれど、そのまま延長戦に縺れてしまっては代表機による一対一の初撃決着で、ここまで追い込んだ意味が水の泡になっちゃう。――そんな緊迫した状況だった。

 でもフィールドは生憎の砂漠。砂さえ被れば赤外線や熱探知でも誤魔化せる。おまけに相手は局地戦に対応できるサンドロックの改造機。

 ここまで来ると、ツクモちゃんの苛つき度合いがフルスロットルだったわ。見ていて楽しいくらい。

 

「ああもう! 何であの固定砲台までやられてんのよ!」

「……聞こえてますよ、ツクモ。それに、二対一を押し付けたのは何処の誰ですか?」

「ぐっ……ぅぅ!」

「まあまあ二人とも落ち着いて? ………ッ! 二時の方向!?」

「出たわね()()!」

 

 私達の後方から、相手は突然奇襲に出てきた。まさかの岩を砕いての派手な登場だったわ。

 砕いた岩を踏み場にして、ダメージをものともしない動きで私に近付いてきた。私は肩の大口径バルカン砲で牽制しつつ、武器スロットからビームアックスを選んだ。

 ビームアックスを引き抜いたと同時にサンドロックは目の前を飛びながら、切りかかってきた。それをビームアックスで受けて、私は押し返しながらツクモちゃんに指示をする。

 

「ツクモちゃん! 撃って!」

「あ、当たっちゃうわよ!?」

 

 当時のツクモちゃんの射撃の腕は知っていた。でも、それでも私は勝つべくしてツクモちゃんに叫ぶ。

 怯んだツクモちゃんは、恐らく震えるその手でコンソールを握っていたんだと思う。機体にもそれが表れていて、震える手でビームライフルを構えた。

 それに気付いたサンドロックは、即座に腰からマチェットらしきものを取り出して、引き抜き様にビームライフルへと投げ込んだ。

 そのマチェットは吸い込まれるようにビームライフルへと回転していったけど、その前に撃ったツクモちゃんのビームライフルに当たって、爆発する。

 

「……っ今!」

 

 気を取られたサンドロックを押し返し、私はビームライフルに切り替えてはサンドロックを狙う。でも相手も相手で、軽快な挙動で動いては見事に躱されてしまっていたわ。

 

「後……一分」

「ならッ!」

 

 ツクモちゃんは何を考えたのか、ビームアックスを両手に構え、サンドロックへと接敵した。

 咄嗟のことだったから、なんとか相手の不意を突けた。それは良かったの。

 

「な――」

 

 振り上げられたサンドロックの剣で左腕を切り上げられ、ツクモちゃんの機体はよろめいてしまう。

 「このままではやられる」と直感的に思った私は、気付けば機体を動かしていた。

 サンドロックを抑え込み、地面へと叩き付ける。その上で地面に縛り付けながら私はツクモちゃんに言った。…………それが「トラウマ(私の過ち)」になるとも知らずに。

 

「今よツクモちゃん! やるしかないわ、アレを撃って!」

「アレって……ミナっちゃんまで巻き込まれちゃ」

「良いから撃ちなさいッ!!」

 

 一歩後退ったツクモちゃんは、ソレを起動させた。バックパックから巨大な砲が、胸部に接続される形で展開する。

 その時だった。

 私の背後から更に機影が増え、なんと私をサンドロックから引き剥がそうとしてきた。

 

「ツクモちゃん、後二十秒!」

 

 まさかの増援。しかも相手の隠し玉だったのか、ガンダムXでも有名な「MSビット」とは粋なことをしてくれたものだったわ。

 けれど私を巻き込むことを躊躇っていたツクモちゃんは、渋って中々トリガーを引こうとしなかった。もう十秒しか残ってない。

 

「撃てぇぇッ!」

「う、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 私でも驚く程の叫び声は、ツクモちゃんに遂にトリガーを引かせた。構えた巨砲からは光が漏れだし、今にも溢れ返りそうな程の粒子は、直ぐ様解き放たれる。

 叫んだ直後には、直ぐに蒼白い光が私達のガンプラを呑み込んでいた。

 

 

 

《BATTLE END》

 

 

 

「あっ、ああ……イヤ……私が……イヤァァァァァッ!」

 

 

 

 最後には、会場全体にツクモちゃんの絶叫が響き渡ったの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その話を聞いて、私は自分がその立場なら間違いなくトリガーを引いていた。

 そう考えていたけれど、ツクモ先輩の心境を考えれば、親友のガンプラすら巻き込んで勝ちたくはなかったと思う。……私は中々分からないけれど、そう言うことなんだって思う。

 

「結局は私が悪いのだけれど……ツクモちゃん、それ以来ガンプラバトルに手すら付けなかった。いつもの明るさがなくなって、オファーも全て断っちゃって……見るに堪えないツクモちゃんの姿は、目を背けたくなったわ」

 

 ミナツ先輩は、膝の上に乗せた拳を強く握り締める。

 そんな時、ヤヤちゃんがふと立ち上がった。

 

「儂にはよく分からん。親しい友人なぞまともに居らなんだし、そんな人物を見たことがない。………が、何故今もガンプラバトルをやっているのじゃ?」

「それは……全国に出た私を含む三人とユー君とで、何度も何度も励ましたから。でも、ようやく戻ってくる頃には、すっかり変わり果ててた。今、スナイパーとして戦っているのはその為」

 

 淡々と語ってくれたミナツ先輩の顔は、すごく辛そうに見えた。私はそれを見てヤヤちゃんに言おうとすると、その前にカグヤちゃんがヤヤちゃんを止めてくれた。

 

「この話はここまでにしましょう。……ミナツ先輩、こちらでゆっくり休んでください、様子が優れないみたいですし」

 

 ミナツ先輩に肩を貸したカグヤちゃんは、そのままミナツ先輩をソファーにまで運んであげる。

 そっと横になったミナツ先輩は、目を閉じて涙を流していた。

 

「私が悪いの。全部、私が……」

 

 その小さな呟き声が、その場の私達の心を苦しめたのは、言うまでもなかった。

 しばらくしてミナツ先輩が寝てしまった頃に、私達は再び椅子に座って話をしていた。勿論内容はさっきのこと。

 

「やっぱり、先輩達を何とかする方法、見付からないね」

「ただでさえ、思い出したくない内容のようでしたから……」

「もしかせんでも、ユウキが休んだ理由はそれか」

 

 三人同時に溜め息を吐くと、ふと窓に水滴が垂れてくる。雨が降り始めてしまったらしい。

 

「ヤバイ……傘持ってきてないよぉ」

「ハッ、私も忘れてしまいました!」

「お主ら本当に大丈夫か?」

 

 ヤヤちゃんが肘を付きながらそんな風に心配されるけど、あんまり大丈夫じゃない。私とカグヤちゃんは同時に落胆する。

 取り敢えず気持ちを切り替えてから話を戻して、私達は何とかする方法を考え付こうと知恵を振り絞る。

 

「あの、こきゅうとす……とか言うのを使えるようにすれば良いのじゃろう?」

「でもツクモ先輩も無理に使いたくないらしいし」

 私とヤヤちゃんで悩んでいると、カグヤちゃんが閃いたように手を叩く。

「それなら、勢いで使えるようにすれば良いんですよ!」

「「い、勢い(じゃと)?」」

 

 カグヤちゃんはホワイトボードを持ってきて、私の眼鏡を拝借しながら、マジックペンでホワイトボードに何かを書き込んでいた。

 それを見て、疑問符しか浮かばない。

 

「つまりはこうです。――練習と称して強引にアレを乗っけたガンプラに乗せます。それで、バトル中にツクモ先輩を挑発しまくって、怒っちゃった勢いでコキュートスを使わせるんです!」

「「おぉー」」

 

 納得する私達にカグヤちゃんは、眼鏡の位置を直しながら胸を張る。

 その後、律儀に高そうなハンカチで眼鏡を拭いてくれたカグヤちゃんは、片付けた後に眼鏡を返してくれた。

 

「では、この方法で行きましょう」

「分かった。ガンプラは……あ、良い所にツクモ先輩のインパルスが!」

「では、ヤヤさんに戦うのをお願いします」

「何故儂なのじゃ……」

 

 嫌そうな顔をするヤヤちゃんに、カグヤちゃんは可愛らしい笑みで割りと真面目らしく素直に言った。

 

「そりゃあ、そういう役としては適役かと♪」

「……致し方あるまい、か。憎まれ役、受けて立とううぞ」

「それじゃあ場所は……おやっさんの所で」

 

 三人で頷いて、決行は明日の休みの日を利用することにした。

 

 

 

 

 

「“勢い余れば何でもできる”作戦、開始です!」

「やけに締まりの無い作戦名だね……」

「気にしてはならぬぞ、マサキ」

 

 

 

 成功する……よね?


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