バトル開始から十分が経過した頃、全く進展しない展開が続いていた。それは外野から観ていたマサキ、ユウジにも明白。まるでこれといった戦闘もなく、音沙汰すらおきない。無音の戦場はその場全員の精神を、ことごとく蝕んでいく。
「なんか……嫌な感じですね」
マサキが呟いた一言に、ユウジも同意する。
「ああ、嵐の前の静けさとは違う。何か不吉な予兆でなければ良いのだが」
二人の心配は、この広い空間に反響して消える。そんな時か、戦場に異変が起こったのは。バトルシステム上にビームと爆発の光が射し込む。二人はそれを見逃さず、じっとその様子を伺った。両手に持ったバスターライフルが特徴なオレンジ色の機体、フェングファンだ。その手のバスターライフルを砂嵐に紛れたビッグトレー級陸戦艦艇に向けて放ち、数ヵ所を貫く。貫いた箇所から爆発が巻き起こり、盛大な爆風と爆煙を伴って轟沈した。
それを確認したフェングファンは、直ちにネオ・バード形態へ変形しては、その身を翻して飛んでいった。
「わぁ、ヤヤちゃんスゴい! あんな砂嵐の中であれを見つけるなんて」
「でも何故戦艦が……? 配置した所で精々障害物か、盾代わりとして使われるぐらいだ。もしかしてミノフスキー粒子の効果か?」
「ミノフスキー粒子?」
ユウジの考察を隣で聞いていたマサキは、聞き慣れない言葉に思わず聞き返してしまった。はっとして口許を抑えても、既に遅い。ユウジはそんなマサキにニッコリと微笑みながら、ミノフスキー粒子について簡単に解説した。
「ミノフスキー粒子は、プラフスキー粒子の名前の元にもなっている粒子だ。主に通信機能の妨害、Iフィールドの発生、ビーム兵器などに用いられるな。
……どうやら今回は、本来の設定である通信障害やレーダーを使用不能にさせるだけのようだ」
「砂嵐と通信障害のダブルパンチ……まさに“視界を奪われた”ですね」
「しかし今のでミノフスキー粒子の効果は無くなった筈だ。もう一・二隻存在しなければ、通信障害やレーダーの使用不能は避けられるだろう」
実際には磁気嵐もあるのだが、ミノフスキー粒子が消えただけでも大きいことは確かで、当の両陣営の動きが少し変わり始めた。聖蘭学園側は少し丘になった所でアストレアリペアがGNスナイパーライフルⅢを構え、その付近にレッドデスティニーが潜み、上空をフェングファンが警戒していた。一方、天城学園側は先頭をハイペリオンに変え、中心をブランシェ、後方にグロリオーザを置いて臨戦態勢を整えていた。
「粒子の効果が切れても……磁気嵐の所為で相変わらずレーダーが使いづらいわね」
「そうも言ってられる暇は無いようじゃぞ。……
「えっ!? 艮ってどっち?」
「北東じゃ!」
ヤヤに言われて理解したツクモはGNスナイパーライフルⅢの銃口を北東へ向け、一発だけその方角へ撃ち込む。やや見えづらいが、小さく爆発が起こったのは間違いでなく、次の瞬間には白い機影が見え始めていた。
「白いアヴァランチ・エクシア……ユキナちゃんね!」
「……この前の借り……返してあげる………」
「ご丁寧にどうもっ!!」
ユキナの一撃を躱して、ツクモはGNスナイパーライフルⅢを折り畳み、ライフルモードに変形させては瞬時に放つ。ビームライフルによる牽制を受けたユキナは全く動じることなくGNソード改を振るい、アストレアの胸を掠める。しかし掠めたのみで致命傷ではない。
ユキナは小さく舌打ちした後に、背部からGNロングブレイド改を右手で引き抜き、アストレアの左肩目掛けて振り下ろす。
「……これなら…………っ?!」
「動きは良い、反射神経も段違い。けれども僅かな隙で十分な反撃になるのよ!」
咄嗟の判断で左肩のフルシールドを可動させてロングブレイドを弾く。 その間にスナイパーモードにしたGNスナイパーライフルⅢを、録に狙いも付けずに銃口をぶつける。当たった衝撃でバランスを崩しかけたユキナは細々とコンソールを動かして姿勢を保つが、目の前を見ると銃口を頭部に向けられた状態になっていた。
「もう少しお姉さんを楽しませてくれない?」
「……上等」
互いに距離を空け、再びぶつかり合う為に機体が前進する。迷いもなく二機のガンダムが砂嵐の中を駆け抜ける。
■
「ったく、ユキちゃんはせっかちだなぁ。索敵する暇もないや」
「ふふっ、余程リベンジしたかったのよ。……それよりも私達は残った二人を相手にしなきゃならないわ。サトシュウ君、準備は万端?」
「勿論です!」
サトシュウ君の心意気を聞いた所で、丁度私達の相手がやって来た。見たところ赤いBD二号機に、オレンジ色のエピオンみたいね。それぐらいなら――
「派手に暴れるわよ!」
『不明なユニットを接続しました』
背中に積まれた六枚ものチェーンソーが連なる大型のユニットが、ハイペリオンの右腕へと覆い被さる様に接続される。右腕のタクティカルアームズはその間バックパックのスタビライザーとして機能し、機体の機動を損なわずに驀進させた。
誰も止められることのできない、恐怖の象徴。
「潰れろぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!」
「何よあれッ!? ヤヤちゃん!」
「任せろ!」
バスターライフル? ……ただのエピオンじゃあなさそうね。でもこのハイペリオンをたかがバスターライフル如きで止められると思ったら大間違いよ!
止めきれない攻撃が赤いブルーに当たる直前、目の前を黄色い粒子の束が襲う。私が咄嗟に避けると、その犯人は上空に飛んでいたエピオン……いや、ウイングガンダムだった。
「間一髪、と言ったところか?」
「間一髪どころか、寸分違えば私諸とも消し炭じゃない!」
「まぁそこまで怒るでないぞ」
赤いブルーが私から距離を取り、私は直ぐ様それを追いかける。サトシュウ君も二丁のビームライフルで牽制しながら援護してくれてる。
「もう一度!」
「しょうがないわね、当たって砕けろ!」
相手の子も何かを決意したように背中へ手を伸ばし、ハイパー・ビーム・ジャベリンらしきものを取り出す。今の私には関係ないが、ふと不安が付きまとった。それを強引に首を横へと振ることで振り払い、私はコンソールを強く前へ押し出した。
「せやぁぁぁぁぁぁっ!」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
六枚の加熱し回転し続ける地獄のチェーンソーと、高出力に保たれた馬鹿に出来ない威力のハイパー・ビーム・ジャベリンがぶつかり合う。やがて互いの粒子が減るだけの持久戦へと持っていくが、そうとなれば私の勝ちだ。
しかしその前にハイパー・ビーム・ジャベリンが根負けし、中折れしてしまう。
「しまった!?」
「その首、もらうわ!」
胸部にそれを突き付け、酷い騒音と共に赤いブルーの胸部を無惨に貫く。抵抗する間もなく沈黙したブルーを振り払うと同時に、ニュークリア・ドライブの稼働限界を越え、大量の廃棄熱と共に六枚のチェーンソーは破棄されるようにパージされた。
私も額に流れた汗を拭う。まだ交戦してたったの数分しか経っていないのに、この疲労感はキツいものを感じる。……まだ、リハビリが必要ってことかしら。
「取り敢えず、サトシュウ君の援護をしないと」
改めて体勢を立て直しながら振り向いた先の場所で、砂煙に混じった灰色の煙幕が周囲一帯を包み込んでいた。目を凝らすように細めると刃のように緑色の光が一閃。空を切り裂いて煙幕を吹き飛ばした。
私は地面を蹴り上げてグラインドブーストしながら近付こうとするも、急停止をかけながらフォルファントリーを起動して前面へ展開する。
「高出力モードで、っと。………あの緑色の光に向けて!」
二門のフォルファントリーからビームが放たれ、先程視認した地点に着弾する。そこから一機、爆発の反動を利用してこちらへ飛んでくる。私を撃ったあのウイングガンダムだ。両手にビームソードを見せびらかしてこちらへ向かってくる。
ある程度近付いてきたところで、私はスティレットを三本引き抜いてウイングへと投げつける。相手も勿論それをビームソードで切り払うものの、切り払った途端に爆発して動きを止めた。
「仕留める!」
「………甘いッ!!」
ビームソードを突き付けて突進する。しかし爆煙を抜けて見えたのはバスターライフルの銃口だった。
「しまっ――?!」
「もう遅い」
トリガーを引かれてビームの奔流に呑まれ――た筈が、バスターライフルの銃身に熱膨張が起こる。私も相手も驚き、互いに距離を空けた。
「何奴!」
「サトシュウ君?!」
私達が向いた先には、ビームライフルを構えたグロリオーザが立っていた。
「すみません部長。さっきの攻撃で吹き飛ばされて、身動きが取れませんでした」
「ナイスタイミングよ、サトシュウ君。さて、こっから反撃するわ!」
二対一という不利な状況に於いても全く退かないところを見ると、単なる馬鹿なのか、それとも逆境するタイプなのか。それは私には分からないけれど、少なくともこの相手は一歩も退く気はないといった感じだ。なら、こちらもそれに応えるべきだろう。
真っ先に私が飛び出し、ウイングもそれに従って飛び出してくる。そこへサトシュウ君が牽制がてらナパーム弾を放つも、先程の爆発の際に片っ方だけ残ったのか、正確に右手のバスターライフルで撃ち抜く。バスターライフルを持ちながらビームソードを逆手で持つのはキツい筈なのにそれをやってのけるだなんて、動きは素人だってところが見え隠れするっていうのに器用な子ね!
そのままバスターライフルを逆手に、ビームソードを順手へ切り替えながら私に斬りかかる。
(……なんて無茶苦茶な持ち方なの?!)
内心舌打ちしたくなる衝動を抑え込んでタクティカルアームズでぶん殴る。その軌道を読みながら左腕で受けつつ、ウイングは右手のビームソードを突き立てようとする。それを邪魔しようとサトシュウ君の援護が入り、ウイングガンダムは再び離れる。
「チッ、二人相手はキツいのう……じゃが敵に背を向けようなど笑止千万。おののく気も、
鼓舞するように吐き出された言葉と共に、ウイングガンダムから威圧感が滲み出る。それを感じ取った私とサトシュウ君の手は動かずにいた。年下を侮る気はなかったけど、侮ってた節も否めない。それを痛感する羽目になるなんて思いもしなかったわ。
だけど、ここで多々良を踏んでいる訳にもいかない。だから私はニュークリア・ドライブに貯蔵した残りの粒子を脚部のスラスターに全て回した。
「この一撃で終わらせてあげる!」
「……ッ! その意気や良し、儂も全力で受け止めようぞ!」
ハイペリオンを再びグラインドブーストして、そのままハイブーストをかける。短距離を一気に縮めるには持ってこいの技術かな。
同時にウイングガンダムも真っ正面から突っ込んでくるのも都合が良いとさえ感じながら、零距離になった所で機体を立て直してウイングの胴へ
「………次、行くわよ」
「残るはユキちゃんだけですね」
力なく垂れ下がった左腕を引きずるハイペリオンを、残った粒子量で飛ばす。最後の最後で、左肩にビームソードを突き付けてくるとは予想外だったわ。………でも私が勝った。代償が左腕だけなのがせめてもの救いかしら。
私はこの身に感じた感覚に懐かしさを見出だしながら、残る一機を目指す。
「聖蘭学園……最後まで楽しませてくれるかしらね!」