《MISSION COMPLETE》
ミッションクリアの音声を聞き、三人はふっと力が抜けてしまう。
現実では椅子の背もたれに寄りかかっては、腕を力なく垂らす。ゲームをやっていただけなのに、この疲労感と倦怠感は辛いと言わんばかりの姿勢だ。
ゲーム内では三人とも元のラウンジへと戻ってきては、潮風に晒されて深呼吸していた。別にアバターが深呼吸しても何の意味もないのだが、それは置いておこう。
こうして蒼一色の海を見ていると、不思議と心が穏やかになる。ハーゼはそれを感じながら、ポツリと呟く。
「気持ちぃ~♪」
激戦……とまではいかないが、それなりではあったんじゃないか。そんな戦いを終えてこれは中々に爽快だな。そうハーゼは思っていた。
対してアスナは、過ぎていく時間がゆっくりに感じていた。「このままゆっくりと時間が経てば良いのに」とも思ってしまう。あくまでゲームで、本来は男の子が遊ぶようなものでも、友達と遊ぶのはこうも楽しいのかと、それを実感するとそう思わずにはいられなかった。
残るローザはふと遠くを眺めながら、自分の力量について考えていた。さっきのミッションにて、ミナツが居ないことを悔やんでいた自分。それを思い返すと、きっとこのままではいけないんだと決心する。
「……さて、次は何をしますか」
「さっきエイトに会った時、“トゥエルブ・ドックズ”とか言うのをやると言っておったのう」
「何それ面白そう」
「ハーゼちゃんが言うと洒落にならなさそうだからナシね」
「えぇ~」
ローザに即刻否定されて、ハーゼはカクリと落ち込む。ハーゼは何かないかとシステム画面を眺めていると、チーム設定と言うのを見つけた。このゲームにも当然と言うか、やはりと言うか、チームと言うのは存在するみたいだ。それを見てハーゼはふと思い付く。
「チームを作ろう!」
「「はぁ!?」」
ハーゼの唐突な一言に、残る二人は驚く以外のリアクションが思い付かない。誰だって予想外、想定外のことには驚くしかないが、ことある毎に驚くのは案外疲れるものだ。
「チーム名は……そうだなー」
「やめて! そのノリで行くと色々マズイから!」
「別に野球チームなのに野球やってないチームの名前は使わないよ?」
「そりゃそうよ。でも、作るにしたってどうすれば……」
ローザはシステム画面を弄りながらチーム設定の表示を出す。
「この申請をハーゼちゃんとアスナちゃんに送れば良いのね?」
「そうだと思うよ」
「では儂らもやってみるか」
三人がチーム設定から「申請を送る」と言う所をタップし、三人それぞれに送った。すると頭上のネーム表示の端に赤い付箋のようなものが現れる。これでチーム申請が完了したという訳だ。
「さて、こうして登録も済んだことだし、他のミッション行きますか」
「そうしよっか」
「そうじゃな」
そんな三人が振り向くと、目の前に真っ赤なドレスを見に纏った女性――じゃなく少女が立っていた。
「やぁ三人共、早速始めてくれたのは嬉しいよ。どうだい? GBOは」
その顔は先日見たばかりで、ハーゼ達も記憶が新しい人物、ナノカが立っていた。いきなり登場したものだから、こちらは思わず後退りしてしまうのだが。
ナノカのアバターはどうやら「ナノ」と言うらしく、あまり捻りのないBFNにハーゼは驚く。
「案外まんまなんですね、ナノさん」
「そう言う君は中々変わった名前――いや、君にとってはそうでもないか、兎さん」
「うっ……からかわないで下さいよ」
「まぁ、君の二つ名よりかはマシな呼び方だろう? それとこっちはアスナか、また結構かけ離れた名前だね」
「偶々思い付いただけじゃ。気にするでない」
「そしてそっちの子は……」
ハーゼ、アスナと見たナノは、三人目の少女であるローザに首を傾げた。それも当然と言ったら仕方ないのであるが。何せ先日のローザもといアイカは、ロングヘアーのウィッグを被っていたのだから。
そして傾げられたローザは不服な顔をしつつ、自己説明する。
「名前は見ての通りだけど、私の顔ぐらいテレビで見てんじゃないの?」
「君の顔? はて、どこかで見たような……」
ナノが考え込んでしまうと、そのナノの後ろからどすどすと誰かがやって来る。大柄なジオンのノーマルスーツに身を包んだ、こちらもまた先日の印象が強いナツキだ。
「おう赤姫ェ、こんなッところで何やッてんだァ?」
「やぁビス子、丁度良かったね。 昨日の二人と話していたところなんだ」
「あれ? さらっと私省かれてない?」
ナノの悪意のない酷さにローザは涙する。
「……ン? あァ、昨日のチビ共か」
「ちっちゃくないよっ!」
ナツキもといBFN「ビス丸」ことビス子は、酷い言いようでハーゼ達を見る。その言い種は無いとハーゼも反論するが。
そんな時、ビス子がローザをまじまじと見つめながら何か思い出したみたいに声を上げる。その声に思わずローザは驚いてしまう。
「テメー、この前弟達が騒いでたヤツか」
「へっ!?」
そして突然の発言に、ローザは目を瞬かせて後退った。その場の全員の視線がローザへと向けられ、何故か冷や汗が止まらなくなる。
「わ、私……何かした?」
「この前の歌番のことで騒いでたッけなァ」
「この前のって、私が偶々ソロで出る羽目になったアレ?」
「多分な」
ローザは途端にどっと疲れたように項垂れ、背後の手摺に寄りかかっては空を見上げる。
そりゃあ自分はアイドルなんだから何処の誰が知っててもおかしくない。だけどそれと同時に何処かで何かやらかしたんじゃないかと、そう思ってしまった。
「なんだ、ただの杞憂かー」
「それよりも、ここでエイト君を見なかったかい?」
「エイトなら一人でトゥエルブ・ドックズに出払っておる」
人の話を聞かないからか、ナノはローザの嘆息を無視して話を変える。それにアスナが答えると、大型の投影モニターに丁度トゥエルブ・ドックズの試合が映し出された。その中にエイトの名前があるのを見付けて、まさに“噂をすればなんとやら”だった。
「丁度その試合だったようだね」
「あの機体か?」
画面に映ったV8ガンダムを見てアスナがそう訊ねる。ナノは小さく頷いて、エイトの勇姿を見つめていた。
ビームエストックやビームザンバーを使った斬新なファイティングスタイルに、ハーゼ達も見入っていた。しかしハイランカー達、果ては“
そんなバトルが数分ほど続いて、決着が付く。結果はエイトが途中で埋め込んであった地雷に気付かず、それを踏んで爆発したと同時に胸部をビームライフルで撃ち抜かれ、敗北した。油断大敵とはこのことだろう。
「あぁー、エイト君惜しいなー」
「戦場では何があってもおかしくはない。周りを気にするのも基本の内じゃ」
「中々に手厳しい言葉だね、アスナ」
「人間、失敗することなんてざらよ。別にこれぐらい大丈夫でしょ」
「しッかしまァ、エイトにしては珍しいミスだなァ」
それぞれが自由に言ってると、これまたタイミング良くエイトが後ろからやって来る。それに気付いたナノがエイトを呼んだ。
「エイト君、昨日ぶりだね」
「あ、マサキちゃ……こっちじゃ“ハーゼ”ちゃん、か」
「儂とはさっきぶりかのう、エイト」
「あ、アスナちゃんも。皆集まってたんだ?」
「偶々だよ、偶々」
ハーゼが苦笑いしながら言うと、本当に偶々なのか疑いたくなるエイトだが、それは呑み込んでおく。するとナノが見計らったように話を始めた。
「さて、エイト君も来たことだし。丁度六人居るんだ。昨日のリベンジマッチをしようか」
「「「「「えっ?」」」」」
最初から予見してたように微笑むナノに、エイトは最初から仕組んでいたなと断定した。ハーゼも同じ考えだったのか、一枚取られたと顔に書いてあった。
「じゃあ……行こうじゃないか、エイト君、ビス子」
「あァ! 盛大にブチ撒けてやらァ!!」
「今度こそ勝って見せます、僕達、ドライヴレッドが」
三人が頷き、ドライヴレッドは手を重ね合わせる。
「今度は負けない。行くよ、ローザちゃん、アスナちゃん!」
「フン、分かっておる。それに負ける気など毛頭ないわ。のう、ローザ」
「当たり前じゃない、こっちは勝つのが前提条件なんだから!」
「それじゃあ、チーム名はこうだね……チーム“ヴァルキューレ”! 行くよっ!」
ハーゼの掛け声と同時にバトルの火蓋は切って落とされた。
■
《GUNPLA BATTLE Combatmode Start up. Mode damage level set to“O”》
聞き慣れた機械音声と共に、私達はカタパルトデッキに立つ。宇宙世紀、アフター・コロニー、西暦……全く違う三機のガンダムが、カタパルトに固定される。
《Beginning [Plavesky Particle] dispersal. Field2, Lunar surface》
各機の機体に光が灯り、カタパルトハッチが開口した後、ランプが赤から黄色、黄色から青へと移り変わる。
《BATTLE START》
「ガンダムアテナ、ハーゼ! 勝利を切り拓く!」
「アスナ、ウイングガンダムフェングファン! 推して参る!」
「ローザ、レッドデスティニー! 出撃よ!」
「ジム・イェーガーR7、ナノ。始めようか」
「ビス丸、ドムゲルグ!! ブチ撒けるぜェェェッ!!!」
「V8ガンダム、エイト! 出ます!」
カタパルトに押し出されて、私達は宙へと機体を投げ出しながら月面へと降り立つ。久々の月面には、全く以て殺風景と言う言葉が似合う。そこを飛ぶ私達へ早速、攻撃の接近を報せる警報が鳴り響いた。
「直上……ミサイル!」
「撃ち落とす!」
即座に反応したアスナちゃんが、前腕に装備されたバスターライフルを構えて降り注ぐミサイルの雨を一掃する。その直後にネオ・バード形態へと変形し、レッドデスティニーを背中に乗せる。
「ローザ、敵陣まで突っ込むぞ。お主の力量、この儂に見せてみよ!」
「えぇ、一気に叩いて見せるわ。レッドの力、知らしめてあげる」
上唇を舌で舐めずりながらニヤリと微笑んだローザちゃんは、武器選択からビームランサーを選んで構えさせる。それを確認したアスナちゃんは何も言わずにフェングファンを飛ばした。
私もそれに追従しようとアテナを動かす。あの鎧を装備しているわけでもないから機動力が落ちるのは折り込み済みだとしても、どうしてもスピードが落ちるのは痛い。今回は無難にGNソードⅢ&エイジス装備で来たものの、相手の高火力武器にはエイジスでは不相応と言うものだ。少しばかり不利、でもゲームはちょっと不利なぐらいが丁度良い。
「前方に敵影、既にアスナちゃん達が交戦してる!」
加速度を更に上げたアテナで、私は戦火の中へと身を投じる。フェングファンがドムゲルグと相見えつつ、レッドデスティニーは再びジム・イェーガーの相手をしていた。残ったV8はドムゲルグへ加勢しており、私はそこへGNソードⅢで斬り掛かりながら牽制する。
「ハーゼちゃん!」
「エイト君の相手は、私よッ!」
寸で躱したエイト君はビームザンバーを振りかざし、私は左手にGNブレードを持たせる。そのまま互いに剣を振り、鍔迫り合いを巻き起こす。
「くそっ! V8の出力が根負けしてる?!」
「エイト君のV8はすごーく強い。でもね、私のアテナも負けないぐらいすごーく強いの!」
「なんとぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
鍔迫り合いから斬り合いに発展し、その速度は徐々に勢いを付けていく。
「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」
儂としたことが、相手を少々見くびっておったかのう。じゃが所詮知ったことではない。フェングファンの前ではな。
「慢心はいずれ敗北を生む。それは勝負事の世界では常識じゃ。儂もフェングファンの力に酔い痴れているのやもしれぬ。……が、敢えて酔い痴れるのも手じゃな」
「ごちゃごちゃ抜かしてねェでよォ! ブチ撒け合おうぜ、お嬢さんよォッ!」
「その敵をも恐れぬ真っ直ぐな戦い方、嫌いではないぞ!」
ミサイル、シュツルム・ファウスト、ジャイアント・バズの弾頭が雨霰の如くフェングファンを襲う。それら全てをマシンキャノンで撃ち落とし、目の前を爆煙で埋め尽くす。多少は目眩ましにはなったじゃろう。……次で勝負じゃ!
「フン、小太刀にしろとは言ったが、これは小太刀ではなかろうに馬鹿者め」
作った本人に向けて発した言葉ではあるが、言葉とは裏腹に、儂の口許は嬉しそうに歪む。すると予想通りに爆煙の中を突っ切って、ドムゲルグがその巨体を突っ込ませてきた。
「どりャァァァァァッ!!!」
「ハッ、例えパワーに優れていようと、その程度では躱されるのがオチぞ!」
「それはどうかよッてなァ!」
いつの間にかその左手に握られた大型ヒートブレードが、フェングファンへと差し迫る。儂は慌てず冷静に、両手に持ったビームソードをぶつけて致命的な攻撃を回避させる。更に若干距離を空けつつバスターライフルへと持ち替えては、迫り来るドムゲルグに放つ。微塵も効いていないと言うわけではないが、その巨体に傷を付けるのは一苦労じゃのう。
怯みは取れたものの、それすら邪魔だと言い張るかの如くドムゲルグは差し迫った。その間に再びバスターライフルを放つが、出力を抑えている状態ではやはり力不足か。
「じゃが……それも良かろう。興が湧くものじゃ。そこなデカブツ、このフェングファンでその身斬り裂こうではないか!」
「オレサマをヤれるモンならヤってみやがれ! お嬢さんよォッ!」
勢いに身を委せ、こちらへと突進してきたドムゲルグをギリギリ躱しきる。僅かに仰け反りながら宙で一回転し、そのまま空を蹴ってドムゲルグへ一気に近付く。
「背後がガラ空きじゃぞ!」
「クソッ!」
相手が振り向こうとする直前にバスターライフルの銃口を
「この距離であれば、流石のデカブツでもただじゃ済まぬよのう?」
「そうは―――」
ビス子が言い切る前に引き金を引き、バックパックを貫通したと同時に爆発する。胸部までは突き抜けんようじゃったが、まぁそこはよしとするか。
「月に舞ふ