斬撃増やそうぜ!お前TSUBAMEな!   作:モブ@眼鏡

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良いお年を!



ぜんぜん分からない―――俺たちは雰囲気で聖杯戦争をやっている(前)

 

 アサシンを退けたとて、未だ窮地にあるのは変わらない。純潔の騎士ギャラハッドの守護する言峰教会の外は未だ轟音と衝撃で大いに揺れていた。

 

「セイバー、撤退先は貴方を召喚した間桐邸になる。俺たちの本来の拠点はバーサーカーによって破壊されているからな」

 

「承知しました」

 

 仮称アーチャーの狙撃が止む気配はない。だが、建物自体への攻撃を防ぎ続けているギャラハッド卿の限界にもまだ幾ばくかの余裕はある。

 

 出来得る限り迅速に、撤退の手順を構築して言峰教会から離脱しなければならない。

 

「問題なのは大体の撤退ルートで相手からの射線が通ることだ。今や騒ぎで冬木市の市民が避難している以上、人的被害を気にせずあちらからこちらに手を出し放題になる」

 

「厄介ですね。余力があるなら確実に防ぎ切れるギャラハッド卿はアサシンの対処の為に消耗させてしまいました。正確かつ破壊力のある追撃を躱し続けるのは容易ではないでしょう」

 

「その通りだ。場合によっては令呪で燃費を賄ってでも全て遠き理想郷(アヴァロン)を切らざるを得ない」

 

「白兵戦に持ち込むのは?」

 

「分かっているだろう。熟練の狙撃手を相手に間合いを潰すには、莫大なコストが必要だ。まだサーヴァントが殆ど残っている序盤、今後を考えればサーヴァント一騎では割に合わないぞ」

 

「でしょうね。苦しいですがやはり撤退ですか」

 

 事務的に相談を始めたセイバー陣営に、横合いから慎二が割り込んでくる。

 

「ちょっとちょっと、ウチに撤退するのは良いけどね。ライダーを運ぶのはそっちに任せちゃっていいかい?」

 

 疲れの見える顔だが、まだ気力は尽きていないようだ。

 

 件のライダーはアサシンから刀の腹を顔面に叩きつけられて落ちてしまっている。霊体化も封じられているのか知らないが、実体化している以上は兎にも角にも運ばなければならない。

 

 士郎は色とりどりのガラス片や木片が散乱する床を見つめて少し考え込むと、顔を上げてセイバーに声をかけた。

 

「セイバー、馬は出せるか?」

 

「出せないこともありません。少しばかり強引な呼びつけ方にはなってしまいますが」

 

 セイバーは、ライダーではない。だが、適性の外にあってなお縁深い乗騎を現世に呼び込む英霊は数多あり。セイバーもまた、その一人だった。

 

「頼む」

 

 士郎が要請すれば、セイバーは鷹揚として頷いた後、聖剣を静かに鞘へと収めた。

 

「承りました。では、魔力を回して頂けますか?」

 

 

 

 猟犬の猛攻は未だに途切れていない。ギャラハッドは大粒の汗を垂らしながら執拗な追撃を見せる異様な矢を跳ね返し続けていた。

 

「―――ふッ、フゥー…はァッ!」

 

 弾き返した回数などもう覚えていない。閃光の如き狙撃が赤い猟犬の追跡に合わせて飛んでくる。円卓史上、護りとあらばこの人ありと讃えられる純潔の騎士をして、決して集中を切らすことの出来ない状況だ。

 

 この均衡が永遠でないこと、そして自らが不利であることは明白。始めから防戦に徹したことで時間は稼げているはず。だが、背後を気にする余裕はない。

 

 今はただ、己の殉じた王とそのマスターを信じて耐え忍ぶのみ。ギャラハッドは更に精度と威力を増す狙撃から、一つの瑕疵もなく背後の味方を守る事に腐心した。

 

―――まだか。

 

 隕石の如し曲射の重矢を打ち返し、空いた胴を穿くべく飛来した雷の矢を片手で握り潰す。逃さぬとばかりに這い回る赤い猟犬を全力で魔力防護を施した脚で蹴り飛ばす。

 

―――まだか。

 

 勘が囁く。猟犬の矢は死んでいない。不規則に軌道を変えて再び襲い来る赤い凶弾。振り上げた脚の勢いのまま宙を翻り、横腹に食いつこうとするそれを盾のフルスイングでかっ飛ばす。

 

―――まだか。

 

 大振りを隙と見たか、狙撃手は素早く矢を殺到させた。ギャラハッドがズン、と重々しい音を立てて着地すると、整わぬ姿勢のまま宝具を起動させようとして―――

 

「見事だ、ギャラハッド卿。後は任せよ」

 

 一閃。アーサー王が聖剣を振り抜いた先に、滝の如く控えていた無数の矢は聖剣の光によって焼き払われていた。

 

 光剣を手にドゥン・スタリオンの馬上にあるその姿は陽の光を浴びて絵画のように神々しく映った。そして、再び迫る赤い凶弾を一撃で斬り伏せると、勇壮な騎乗姿のアーサー王は静かに告げた。

 

「これより我らの陣営は拠点まで撤退する。ギャラハッド卿よ、此度はこれまで。下がるがよい」

 

「―――承知」

 

 短く応じたギャラハッド卿が黄金の粒子となってその場から消えると、アーサー王は狙撃手のいるであろう方角から目を逸らさずに後方へ告げた。

 

「シンジ。ラムレイは牝馬ですが、軍馬である以上は大人しいだけでは務まらぬものです。くれぐれも、彼女の機嫌を損ねないように」

 

 話している間も、矢の勢いは陰りを見せない。しかし、聖剣の剣光が極大のレーザーに変じながら、狙撃手の矢を纏めて消し炭に変えていく。物量ではどうにもならぬと狙撃手に判断された時こそ、この撤退劇の本番になるだろう。

 

 馬の扱いに注意を受けた慎二が、軽く応えた。

 

「肝に銘じとくよセイバーちゃん」

 

「………シンジ」

 

 視線を狙撃手の方に向けたまま、セイバーはため息をついた。

 

「ごめんなさいちゃん付けは早かったですよね」

 

 弁解するように早口で、どこかズレたことを言い出す慎二にセイバーはたまらず士郎へと水を向けた。

 

「いやそうではなく…マスター、彼はこのような人なのですか?」

 

「大体このような人間だ。悪いやつではないぞ」

 

 鋼のように泰然として、士郎は大真面目にそう言った。セイバーは悟る。これは手強いマスター(とクセの強い同盟相手)に当たったかもしれない。

 

「えぇ、まぁ。それはなんとなく分かりますが…」

 

「これでも同盟相手だ。すまないが多少は目を瞑ってやってくれ」

 

「貴方がそう仰るならそうしますが、私にも王たる者の矜持があることはお忘れなくお願いします」

 

 セイバーは、調子者に間違いないこの手の輩にからかわれるのが苦手だった。大体マーリンのせいである。

 

「じゃ、僕はライダーを保持しとくからさ、僕が落ちないように気をつけてよ?」

 

「任された。ただ、そうだな…。もう少し持ちやすいように細工はしておこう」

 

―――遮断開始(Interception starting)

 

 ラムレイに跨がる慎二が後方にライダーを大鎌の柄から引っ張り出した鎖に巻きつけると、その拘束を補強するように薄雲がゆるりと包み込む。

 

 慎二が士郎に視線をやると、どのような魔術を施したのか簡単な説明が始まった。

 

「それはあちらとこちらを隔てるものだ。要は結界術の一種。消耗しているからこのくらいのことしか出来ないが、ライダーの固定と保護に役立つはずだ」

 

 理論としてはオーソドックスな結界魔術にあたる。魔術世界における結界とは魔術師の工房を始めとした術者の支配領域を現世から隔てる一種の異界化に用いられる事が多い。

 

 士郎の特異な点は可視・不可視を問わず壁としての形状を持って展開される事が多い結界魔術が、隔てる概念を持つ霧や雲として発現することだった。

 

 それらが士郎の意思一つで、無数の形状に変化する。

 

 形状に融通が利き、かつ概念としても強固な士郎の結界術は、魔術世界にあって非常に希少な特性だと言える。

 

 話していると、矢の雨が止んだことに皆が気が付く。冬木の空は晴れやかな空で、緩く穏やかに渦巻く風が嵐の予兆を感じさせた。

 

「攻勢の前のチャージ段階と見るべきだよね?」

 

「恐らくは。ではこれより撤退開始、マスターは私にしっかり捕まってください」

 

「分かった。対処は全て任せる」

 

「シンジは私の後方を追走することになりますが、狙撃は私が全力で防ぎますので、ラムレイにしっかり捕まっていることだけを考えてください」

 

「了解了解。流石にサーヴァントの狙撃防げる自信は無いからさ、しっかり頼むよ?」

 

「良いでしょう。我が全霊を以て、貴方達を護りきる。騎士王の名が伊達ではないこと、とくとご覧あれ!」

 

 いざ駆けよ、ドゥン・スタリオン! ラムレイ!

 

 セイバーの魔力放出によって風が荒々しく巻き上がると、空が紅く染まり始めた。特大の狙撃が光弾となって迫ってきているのだ。

 

「行きます!」

 

 二頭の軍馬を援ける魔力放出が細く鋭く収束していく。その姿はさながら戦闘機のアフターバーナーのよう。

 

 それが臨界点に達したその時、迫りくる光弾を置き去りにする凄まじい急加速と共にセイバーたちは空へ大跳躍し、撤退劇が始まった。

 

 


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