夜空の武偵   作:トナカイさん

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大変お待たせしました。ギリギリ夏休み最終日に間に合いました(汗)


Ammo16。絆

それから三日間は山登りしかさせてもらえなかった。

その日の深夜。俺は熟睡している巻や他のチームメイトを起こさないように、テントをこっそり抜け出した。山頂近くで野営しているせいか、深夜になるとかなり冷える。

「あー、寒みぃなー」などと愚痴りながら、一人で出歩く。

着いたのは、木々が開けた野原。

そこで立ち止まり、頭上を見上げる。

 

「あー、やっぱよく見えるなー」

 

夜空に輝く星を一人虚しく鑑賞していると、カランカランと下駄を鳴らしながら近づいてくる足音が聞こえた。

 

「なんじゃ、昴か。脱走兵かと思ったぞ?」

 

「じ、爺ちゃん⁉︎」

 

振り返るとそこには俺の祖父、星空玉星(ぎょくせい)の姿があった。

 

「今日の虐めは終わったの?」

 

「馬鹿者人聞きの悪いこと言うんじゃない。 ただの訓練じゃ! 」

 

いや、あれを『ただの』訓練っていうのはアメリカ海兵隊と爺ちゃんくらいだよ。

 

「あれしきの準備運動で根をあげるようでは軍隊生活は到底無理じゃ!」

 

自衛隊は軍隊じゃなく、実力組織だけどな。建前上は。

 

「じゃが、中には骨がある奴もいるのぅ」

 

「……巻か」

 

見た目ひょろひょろなモヤシみたいな奴だが、根性とか知力とかあるからな。

 

「4、5年鍛えれば最強の帝国軍人になれるかもしれないのぅ。かつての儂達みたいな」

 

日本はもう軍国主義じゃないけどな。

つうか、爺ちゃん達みたいな自衛官になるって ……それ、不死身人間(サイボーグ)とか、殺し難し(ダイハード)とか、一騎当千(レジェンド)みたいな……化け物扱いされるってことじゃねえかー。やだー。

 

「あのような若者がいるなら日本はまだまだ大丈夫じゃな!」

 

ガハハハッ!と笑う爺ちゃん。

 

「楽しそうだね……」

 

「楽しいわい。鍛えがいのある孫や弟子がいて、大切な家族がいる。半世紀前のあの頃には考えられないくらい、儂ゃ、幸せじゃ」

 

爺ちゃんは顔を上げて夜空を見つめる。

俺も爺ちゃんと同じように、星空を見上げた。

それからしばらくの間。

二人の間に会話はなかった。

ただ、黙って夜空を見つめていた。

どのくらいそうしていただろうか?

ふと、隣に立つ父祖の顔を見ると泣いていた。

衝撃的だった。

爺ちゃんが泣くところは初めてみた。

普段、何があっても爺ちゃんは泣かない人だった。

いや、実際は泣き虫で。俺や父さん達の前では泣かなかっただけなのかもしれない。

常に威武堂々としていて、むしろ、人を泣かせるような無茶振りをするのが趣味のような困った人。

それが俺が祖父に抱いていたイメージそのものだったからだ。

 

「じ、爺ちゃん……?」

 

「……すまんのう。昔を思い出してつい、のう……」

 

今より小さな頃から、爺ちゃんに過去の出来事。太平洋戦争時に自身が起こした武勇伝を耳にタコが出来るほど聞かされていた。何度も何度も。

だが、過去を語った爺ちゃんが涙を見せたことはこれまで一度もなかった。

 

「のぅ、昴よ」

 

「何?」

 

「お前の名が何故昴なのか知っとるか?」

 

星空を見つめたまま、爺ちゃんが尋ねてきた。空には俺の名のもとになった星座が見えた。

俺は首を左右に振り、「いや、知らない」とだけ返した。

 

「疑問に思わんかったか? 夏生まれのお前に、何故冬の星座の代名詞のような名が付けられたのかと」

 

「いや……ノリとか、勢いだとばかり」

 

生まれた日の星座運勢で『牡牛座(おうしざ)』がたまたまよかったから『牡牛座』の一部であるその名を付けられたもんだとばかり。

 

「『昴』というのは、正確には星座ではなくとのぅ。『散開星団』というものでな。たくさんの星の集まり。数十個の星達が集まってできた、繋がりの星。いわば『絆の星』なのじゃ」

 

「ああ、聞いたことあるよ。確かプレアデス星団とも呼ばれてるんだよね」

 

確か、プレアデス星団の日本語訳、昴の意味は『統ばる』。「統一されている」「一つに集まっている」だったはずだ。つまり、両親や爺ちゃんは俺に……。

 

「うぬ。その名にはお前の周りに人が集まりますように。たくさんの縁。『絆』が出来ますように……そういった意味、想いが込められておる」

 

「……そうだったのか」

 

俺の名にはそんな意味が込められていたんだな。

自分の名に付けられた意味に驚き、暫し無言となった俺に爺ちゃんは尋ねる。

 

「ところで昴よ。お主……自衛官になりたいか?」

 

爺ちゃんの問いに、俺は言葉に詰まった。爺ちゃんに強制的に参加させられただけで、別に俺は自衛官になりたいとは思っていない。かといって武偵になりたい! ……ってわけでもない。武偵見習いをやってるのも、父さんに流されてやってるだけだしな。じゃあ何になりたいんだ? と聞かれても。その答えはまだ出ていない。

 

「……俺は……」

 

ただ。爺ちゃんや父さんのように。誰かを、大切な人達を守れるような男になりたい、とこの時の俺は思った。

 

「俺は……自衛官には……ならないよ」

 

「じゃあ、武偵になるのかのぅ」

 

「……それは……わからない」

 

自分が何になりたいなんて、考えたことはなかった。

しいていえば、『普通』の暮らしがしたい。

いや、今も『普通』に暮らしているとは思うんだけど。

 

「では、何故強くなりたいと思ったのじゃ?」

 

「そんなこと決まってんだろ! 大切な人を守りたいから、守れるようになりたいからだ!」

 

「うぬ。良い顔つきになってきたのぅ。じゃが、力がなければ誰も守れぬぞ?」

 

「わかってるさ、そんなこと」

 

そんなことは痛いほど解ってる。力がなければ誰も守れない。あの時のような無力感は二度と味わいたくない。

 

「そうか。そうじゃな、そうじゃろうな。よし、では残り時間は限られとるが。明日から三日間、最後の仕上げを行うことにしようかのぅ」

 

そう言った爺ちゃんが黒い笑みを浮かべていたがその笑みに隠された意味を俺は見抜けなかった。

 

「そろそろ、休んだ方がよいぞ。明日は早いからのぅ」

 

爺ちゃんはそう言って去っていった。

 

 

 

翌朝。

野営地の前では焚き火があがっていた。

ゴォゴォと、薪木が火に焚べられ、パチパチと火の粉が上がっている。

薪木と一緒に何やら栗が炙られているが……朝飯は栗なのか?

 

「よし、集まったようじゃな。ではこれより、貴様らには格闘術を学んでもらう。

とはいえ、いきなりハードな特訓はせん。時間もないからのぅ。貴様らには世界にはこのような格闘術がある、ということを知ってもらいたいのじゃ!

まあ、この中の一人くらいには実践してもらうがのぅ」

 

そう言って、俺の方へ歩み寄ってきた。

うわぁ、マジか。嫌な予感しかしないんだけど。

 

「というわけじゃ、きっちり取得するのじゃぞ、昴よ」

 

「待って。何が『というわけ』だ⁉︎ ねえ、聞いてないんだけど!」

 

「そりゃ、今言ったからのぅ」

 

ニヤリと笑みを浮かべる。

うわぁ、嫌な予感的中だ。

昨夜の笑みはこういうことだったのかよ。

 

「今から貴様らが目視するのはとある部族に伝わる秘技。その名を『火中天津(かちゅうてんしん)甘栗拳(あまぐりけん)』と言う。

その名の通り、火の中にある栗を高速で掴み取る技じゃ!」

 

まさかのらん○だった。

 

「いやいや、出来ねえから!」

 

素手で火中の甘栗掴むとか、そんな超人技出来るわけない。

俺は無差別格闘流極めてないから!

 

「大丈夫じゃ、このくらい銃弾を複数同時に掴むのと比べたら簡単じゃ!」

 

いや、比べる対象がおかしいよな!

 

「これが取得出来れば貴様の拳は音速を超えられるぞ?」

 

いや……別に超えたくないから!

俺の内心の突っ込みを全スルーした祖父は、嫌がる俺を愛ある拳で黙らせて無理矢理栗がある焚き火の前へ連れていくのだった。

 

 

 

 

「はぁはぁ……無理だ」

 

火中の栗へ手を伸ばしたが、熱さによって俺の拳はボロボロだ。

熱さを感じる前に、栗を掴み取れ! と爺ちゃんは簡単に言うが、そんな超人なこと簡単に出来るわけない。

手を火に近づけただけで熱い、と感じてしまう。そんな環境で栗を掴み取れるわけがない。

「頑張れー! すばちゃんなら必ず出来るわ!」と巻は応援してくれるが。

これは無理だ。熱さや寒さなどの痛覚はどうにもできん。

 

「素手じゃ、絶対無理だ。せめてグローブほしい……」

 

「あら、じゃあこれ使う?」

 

巻が差し出してきたのは軍用のオープンフィンガーグローブだった。

試しに左右の手に付けて、火中天津甘栗拳をやってみたら……あ、出来た!

軍用グローブだからか、『武器』認定されて拳の速度はかなり早まった。

指先はちょっと熱かったが、我慢できないほどじゃない。

『ガンダールヴ』の能力様々である。

 

「よし、やってやる。やってやるぞ!

アチャーアチャチャチャチャッチャー!!!!!」

 

俺は火中の栗を次から次へと掴み取った。

そして、ついに全ての栗を火中から掴み取ることが出来るようになった!

 

「……貴様はすでに、死んでいる」

 

なーんちゃって。ケン○ロウみたいなことを呟いたが。

実際はただ、栗を拾っただけだけど、な!

指先は少し赤くなったが、まあ、慣れれば大丈夫そうだな。

 

「ほう、もう取得出来たとはのぅ。さすがは儂の孫じゃ! 3日はかかるもんだと思っとたが」

 

言えねえ。異能使ってズルしたなんて、言えねえ。

つうか、3日で出来るわけないだろ!

火傷治すのに3日はかかるわ!

 

「では、取得した成果を見せて貰おうぞ。最終試験じゃ! その技を使って儂を倒してみよ!

儂を地面に倒せたら、貴様ら全員卒業させてやろう」

 

「本当にいいの?」

 

「構わん。貴様の力を見せてみよ、昴よ!」

 

睨みあう俺達。そんな俺達を固唾を飲んで見守る仲間(チームメイト)。皆んなの為にも、この試験負けられない。

 

「来い、昴よ!」

 

「行くぞ、爺ちゃん!

うおおおおーーー『火中天津甘栗拳』!!!!!」

 

「さあ、来るのじゃー! 行くぞ、『火中天津甘栗拳返し』!!!!!」

 

ぶつかり合う拳と拳。

片手で放つその拳からは一瞬にして、数100発の打撃(パンチ)が繰り出されていた。

俺と爺ちゃんはお互いの拳と拳をぶつけ合う。

 

「うぉぉぉおおおおお!!!!!」

 

「はぁぁぁああああああああ!!!!!」

 

拮抗していた拳だが、やがて一方的に押され始めた。

くっ、なんつぅ馬鹿力だ。爺ちゃんの拳はやっぱり重い。

一撃、一撃が速くて重い。

 

「ほう。なかなかやるのぅ。だが……まだまだ、じゃ! まだ若造には負けんぞーーー! 愛ある甘栗拳を受けてみよ!」

 

「ふんぬ!」と爺ちゃんが力むと、そのあまりに強すぎる力に負けて俺は吹っ飛ばされてしまった。

勢いよく吹き飛ばされた俺は大木にぶつかって止まった。

衝撃で大木はズシンと倒れたが、俺は無傷だ。

 

「クソ、痛てぇぇぇぇ」

 

まるで、ダンプカーに跳ね飛ばされたみたいな威力だ。

 

「初めての実践で、なかなかの威力だが……まだまだ足りん。筋力も覚悟も全てが足りん。

そんな無し無しで、誰かを守れると本気で思っとるのか!

そんな弱くて戦かえると思っとるのか?」

 

「守れるから戦う、守れないから戦わないとか。そんなことで戦うのを決めるんじゃないよ!

大事な人達を守りたいから(・・)戦うんだ!」

 

「一端な口を聞きおって。なら、覚悟を見せてみよ!

この儂を越えてみよ!」

 

「ああ、越えてやるさ。俺はあんたを越えて行く!!!!!」

 

爺ちゃんに向かって駆け出した。恐怖や不安は微塵も感じなかった。

爺ちゃんは強い。今の俺ではかなわないのはわかっている。

だけど。俺は一人じゃないから。

 

「頑張れーーー!!!!! すばちゃん! 伝説を打ち破れ!!!!!」「頑張れー軍曹にカマしてやれ!」「やったれ! 教官をビビらせたれー!」短い間だったが、共に過ごした仲間がいるから。その仲間が応援してくれているから。

だから、俺は負けない。負けられない!

 

「うぉぉぉおおおおお!!!!!」

 

「はぁぁぁあああああ!!!!!」

 

俺も爺ちゃんも互いに拳を突き出す。

余計な言葉はいらない。拳を合わせたらなんとなく、解るから。

 

(爺ちゃん、これが合宿の成果だーーー!)

 

(うぬ。いい仲間と出会ったのぅ。儂はお前に教えたかったんじゃ。共に戦う仲間の必要性を。仲間と過ごす時間を。仲間の為に命をかける勇気を!)

 

(うん。誰かの為に戦うって、こんなにも力が湧くんだね)

 

「はぁぁぁあああああ!!!!! 『火中天津甘栗拳』!!!!!」

 

「行くぞーーーい! 『火中硬化甘栗拳』!!!!!」

 

俺と爺ちゃんの拳が激突した。

 

 

 

 

 

 

……ああ、やっぱり勝てねえか。

爺ちゃんの拳によって、俺はまた吹き飛ばされた。

どんな覚悟を決めようが、そこに実力がなければ意味がない。

改めて、自分の実力不足を認識していると。

 

『情けないわね。私やお父様を倒しておいてこの低落とは』

 

薄れゆく意識の中で。

その声は聞こえた。

 

『なんの為に私が憑いて来たと思ってるのかしら?』

 

誰だ?

お前は一体?

 

『この私を倒した貴方が、私以外に無様な負け方をするなど……許せないわ!!!

だから、力を貸してあげる。さあ、お立ちなさい。

条件が揃えば、同じ体質ならば貴方なら越えられるはずよ。

『教授』の推理を覆した貴方なら!』

 

バチバチバチッ!

スパーク音が鳴り響いた。

そして、青白い閃光が迅ると、俺は自分の身体に起きた変化(・・)を認識した。

ああ、なってる。なったな。

 

____雷神モードに!


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