Ammo11。俺の妹達がこんなにブラコンなはずがない!
神奈川県横浜市某所。
閑静な住宅街にあるとある一軒家のインターフォンを鳴らす。
しばらく待つと。
ガチャ、と玄関の扉が開く。
「ただいまー」
と言って中に入った俺に向かってタタタッと足音を鳴らし、駆け寄ってくる二つの人物。
ドン、と勢いよくタックルをされ、内蔵が圧迫された苦しみから「ぐぼおおおぉぉぉ」と呻き声を上げてしまう。痛いぜ、セニョリータ。
「にいにぃ、おっかえりなさーい♡」
「おかえりなさい、お兄ちゃん」
倒れた俺の上に跨り、あるいは抱きつきながら挨拶してきたのは義妹の橘花と、実妹の桜。
元気いっぱいの妹達の顔を見れて、俺もようやく日本に帰ってきたんだなー、と実感できた。
「……ただいま」
離れ離れになっていたのはほんの一週間ほどだったが、たった一週間しか離れていなかったのにも関わらず、俺は妹の顔を見ただけで、安心してしまう。
もしかして、俺ってシスコンなのか?
いやいや、可愛い妹を持つ兄貴なら、寂しく思うのは当たり前……のはずだ。
頭をブンブン振って、妹の顔を見る。
少ししか離れていなかったはずなのに、なんだか可愛さが増しているような……綺麗になったような……って、たった一週間しか離れてないのに、何言ってんだ。
「えへへー、にいにぃだ。にいにぃが帰ってきたー。ねえ、にいにぃ、ただいまのハグしてー?」
「あっ、橘ちゃんズルいです! お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなんですよーーー?」
可愛い妹達に玄関で押し倒され、取り合いをされる俺。妹達よ、俺を巡って争うのは止めてくれ!
それと桜、兄さんから昔の呼び方に戻ってるぞ!
「お兄ちゃんから離れてください!」
「やだ、やだ〜〜〜にいにぃは私のだ!」
「……んもう、なら仕方ないですね。だったら……半分こ、します?」
「うん、半分こしよう」
そう言って橘花は右手を俺に向けて差し出してきた。
そして、右手の指先からポタポタと、水滴が落ちるのが見える。
ゾクリ、と悪寒が走った俺は「きゃあ⁉︎」と妹達が悲鳴を上げるのも躊躇わずに横に転がる。
俺が転がった瞬間、たった今まで俺がいた玄関の床。大理石に亀裂が入った。
まるで鋭く尖った刃物か何かで斬られたように、縦に鋭い切り傷が出来たのだ。
「ひ、ひぃ」
避けれた自分を全力で褒めてやりたい。
避けなかったら、綺麗に真っ二つになっていただろうからな。
今のは間違いない。
水を操る橘花の力。
『
大気中の水分を凝縮させて、水で出来た刀として繰り出す、超能力の一つ。
先日、橘花の超能力レベルは
「あ、避けちゃダメだよ、にいにぃ!」
「あほか! 避けなかったら死ぬわ!」
なんなのもう。ルーマニアで危険な目にあったばかりなのに、日本に帰ってきてまで、また死にそうな目に遭うとか、俺の人生どうなってんの?
俺をこんな危険な世界に転生させるとか、あの神バカなの? 死ぬの?
妹に真っ二つにされて死ぬとか、いくら妹の事を(家族として)愛していると言ってもそれはごめんこうむりたい。
だから、ここは全力で逃げる!
そう思って逃走しようとした俺だったが……。
ビリッ!
体が痺れて動かない。
これは……まさか⁉︎
「ダメですよー。お兄ちゃんが避けたら、半分こできないじゃないですか?」
俺の前に……プンスカと、頬を膨らませた可愛い、可愛い
いや……桜さんや。半分こしたらお兄ちゃん死んでしまうのですが……。
「心臓が停まっても、お母さんに頼んでマッサージしてもらいます」
「そういう問題じゃねえだろう⁉︎」
確かに、心臓が停まったくらいなら、
『死んでも生き還れば問題ない』とか、その考え……ああ、全く『普通』じゃない!
というか、真っ二つになったら心臓マッサージ意味ねえし。
「あっ……そうですね」
そうだろ、そうだろう。
……うん?
「あれ? 俺、今……声に出してたか?」
「いいえ。お兄ちゃんの脳波を読みました」
「そんなこと出来んの?」
「血が繋がった妹ですから!」
何それ、怖い。
妹には兄の思考を読み取る力とか、デフォルトされてんの?
「愛の力です」
「そんな重たい愛はいらねえ!」
クソ、帰国早々、なんで俺はこんな目に遭わんといけないんだ!
義妹に切断されかけるとか、実妹にビリビリされてショック死の危機有りとか、災難過ぎる。
だが……桜が電撃系の能力者でよかった。
アレを使えるからな!
よし、来た。
バチッ、バチバチッ!
「え? ……これは」
気づいたみたいだな。だけど遅い。
『雷神』モードの俺には誰も追いつけねえ!
電撃を受けることで身体強化する技『雷神』。
それを使って桜達から逃走を図る。
玄関から外に出ようと駆け出したが……ぶよん、と見えない『壁』に阻まれて外には出れない。
これは?
「念のため、『結界』を張っておいて正解でした」
そう呟く、桜の周りには折り鶴が浮んでいた。
あれは……確か、母親に教わっていた式神ってやつか。
「ちぃ、超能力とかって本当厄介だな……」
と言う俺も左手に超能力を宿しているわけだが……まあ、家族には話していないからな。
話すべきか、迷っているというのが一番の理由だ。受け入れられなかったら、と思うと怖いからな。
左手の力は本来、この世界にはない。唯一無二の能力故に、話した後……どうされるのか、どう扱われるのかが怖い。そう、怖いんだ。
俺はこの家族に見捨てられるのが、軽蔑されるのが、疎まれるのが怖いのだ。
『普通』じゃない家族だからこそ、その家族にまで見捨てられたら……と思ったら、話せないでいる。
まあ……とはいえ。
「さあ、逃げ場はありませんよ? おとなしく私と遊んでください」
そういった心配は杞憂かもしれないけどさ。
「あっ、ズルい。にいにぃと遊ぶのは私なんだからー!」
右手に水刃刀を出した橘花が桜の隣に並ぶ。
ああ、これは逃げられないなぁ。
「じゃあ、橘ちゃんも協力して?」
「うん!」
ピリッ、と桜が放電を始め、橘花が手にした水刃刀を上に掲げる。
「えっと……何をするつもりだ?」
「お兄ちゃんをおとなしくさせる為に、ちょっと軽い爆発を起こすだけですよ?」
「ちょっと待て! もしかして、水素爆発させる気か!
はぁ……わかった。わかったよ。で……何して遊ぶんだ?」
大気中に含まれる水素の含有量は0.5ppm、それだけならたいして問題ないのだが、橘花の能力で凝縮させた水を桜が無理矢理電気分解させたら、水素爆発できる量の水素を発生させることもできるのだろう。
そうなったら、家が吹っ飛びかねない。桜は風を操り、酸素も操作できるだろうし。
仕方ねえ、面倒だが少し遊んでやるか。
「お兄ちゃん! 一緒に人生ゲームしませんか? っていうかやりましょう! ね? お願いします!♡」
桜はそう言いながら必死に手を合わせて俺にお願いをしてきた。少しびっくりしながらも桜に答える。
「ああ。それだったらいいぞ。飛行機の中でぐっすり寝れたからそこまで疲れてないし、一緒にやろう。持ってきてくれるか?」
俺の答えに桜は「はい!」と嬉しそうに飛び跳ねてそそくさとリビングのドアを開けてどこかへ行ってしまった。そしてしばらくすると戻ってきた。帰ってきた桜のその手には人生ゲームが持たれていたが……は?
「……お、おい、これは……なんだ? どっからどう見てもただの人生ゲームじゃないぞ!」
俺は顔を歪めてテーブルに置かれた人生ゲームを二度見した。桜が持ってきたのは外側がよくある市販の人生ゲームの箱で、中身がまるで違っていた。桜が作ったのかおかしな盤になっている。駒、札に俺の色々な顔写真がカラーで綺麗にプリントされ、中央辺りにある数字を決めるルーレットみたいなやつにも俺の顔写真が貼られ、人生ゲームは俺をモチーフに綺麗に見事に改造されていた。
「えーっとですね!これはお兄ちゃんと私達の愛を深める為の人生ゲームならぬ改変型恋愛人生ゲームです♡」
「……」
俺は盤と駒、札、ルーレットのあまりの出来に呆然としていた。これを……桜が作ったのか? 7歳やそこらで?
そんな俺を他所に桜はせっせと駒と札を嬉しそうに準備する。
「さ! お兄ちゃん! 準備できました! 私とやってください♡」
「あ、ああ……」
やってください♡ じゃねえよ! その発言いろいろアウトだ! それと駒に貼られているその写真いつ撮った?
などと、突っ込みが出かかったものの、首筋に冷んやりとしたもの(水刃刀)が当てられた俺は黙って頷くことにした。そして桜特製の盤、駒、札、ルーレットによる、究極の改変型恋愛人生ゲームがスタートしてしまった。
「まず、用意しないといけないのは100万愛ドルと駒ですね! さあ駒を決めてくださいお兄ちゃん」
俺は橘花から100万愛ドルと書かれた札を受け取り、桜の持ってきた人生ゲーム……ならぬ、改変型恋愛人生ゲームの箱の中に入っている、もの凄くよく出来た駒(車型の後部座席付近にでかいハートマークのついている、俺の顔写真でよく出来た人形の乗っている車『恋愛スポーツカー』)を手に取った。
「すげぇな。これ……」
目を細めてから駒を見ると本当によく出来ている事が分かる。
「作るの大変だったんじゃ?」
「いいえ、そんなことありませんでしたよ。作る手間より、私が辛かったのはお兄ちゃんがなかなか帰って来なかったことですから……」
「にいにぃがいないから、私達、寂しかったんだよ?」
「桜、橘花……」
悪いな。寂しい思いさせて。
俺がいなかった寂しさのあまり、まさか、ここまでブラコンを拗らせるとは……。
寂しさを紛らわせる為に、こんなもんを作ったのか。
埋め合わせをしないとな。そんな事を思いながら、精密に出来た駒を眺めていると、桜達も駒らしきものを取り出してきた。
「さて……ようやくお兄ちゃんと一つになれましたね」
「じゃーん、私達はこれ! にいにぃとのラブラブカー!♡」
自分の顔写真のついたよく出来たピンクの花嫁姿の人形と、俺の顔写真のついたタキシードのよく出来た青い人形がそれぞれ乗った、高級感を醸し出したオープンカーの形をした車の駒を桜と橘花は取り出した。……ちょっと待て。それズルくねえか⁉︎
「……おい。それは反則だぞ。桜、橘花。人形は一人、一体までだ」
俺がそう告げるなり、橘花達の顔がだんだんと漆黒に染まっていくのが確認できた。その表情はまるで死神の如く……ひえっ⁉︎ めっちゃ、怖い!
「なに? にいにぃは一人がいいの? なんで?」
「お兄ちゃんの隣に座るのは……妹なら当たり前ですよね?」
(ダークマター)オーラを出す桜達の姿に、何も言えなくなった俺は首を縦に振る。
「いえ……なんでもありません」
俺の言葉に橘花はうんうんと首を縦に振ってから、
「私とにいにぃは以心伝心のいつまでも一緒にいなくちゃいけない人間なんだもんこうなるのは当たり前」
「私達、ですよ?」
橘花の言葉に訂正を言いながら桜は自らが作った特製駒を幸せそうになでなでする。その光景を見ながら俺は(やれやれ)と小さく呟いて、駒をスタート地点に置いた。
「初めはどっちからルーレットを回す?」
桜に聞くと、ニコニコ(心底幸せそうな)笑顔で
「お兄ちゃんからお願いします。お兄ちゃんが止まったマスを追いかける様にして、私も一緒のマスに止まりたいんです」
「……はいよ」
両頬に手を添えてそう答える。まるで新妻の様に。顔を真っ赤に染めて。
はぁー、さっさと終わらせるか、そう思いながら俺はルーレットをゆっくり回す。
「……4だな。どっちのマスから進むかなっと……」
「どっちのマスに行ってもいいですよ。私達はお兄ちゃんについていく。同じマスに止まる。ただそれだけですから」
妹の重たい発言をスルーして。
「よし。ならこっちに行くか」
前の方にある職業コースに4つ進む。するとそこにもの凄い長い文章で何かが書かれていた。就職では無い何かが。嫌な予感がするな……。
俺は訝しげに書かれている文章を読む。
「……『お兄ちゃんは妹と一緒にお風呂に入る様だ。妹は下着を脱いで兄に渡してきた。兄はそれを洗濯しようとして、手を止める。兄がこの先取る行動は。1、妹の下着を頭に被る。2、全裸の妹を抱きしめる。3、写真を撮る。いずれかを選択しなさい』……なんだよ、これ⁉︎」
俺はマスに書かれている文章に目を眉根を寄せて顔を上げる。そこには恥じらっている橘花がいた。その目はトロンとしている。……コイツ何を想像した⁉︎。
「私のぱんちゅを被るか、一緒に風呂に入って写真撮るか、抱きしめるかだよ? にいにぃ……」
なんだよ、その選択肢⁉︎
妹相手じゃなかったら、通報もんじゃないですかー⁉︎ いや、妹相手でも通報もんだろ、バカヤロー!
俺はこめかみに指を当ててから立ち上がった。そして橘花を大切に抱きしめる。無論、服は着せたまま、これでも一応、妹なんで。これだったら変じゃ無いだろう。
なんて思いながら橘花を抱き締めると、何故か桜も抱きついてきた。
「.……お兄ちゃん。大好き」
「にいにぃ、愛してる♡」
「はいはい、ありがとうよ。
俺も愛してるぜ」
家族として、な。
兄妹で愛し合うなんてあり得ないけどな。
兄妹間の恋愛なんて……おままごとと一緒だろ?
「おままごと? お兄ちゃん。……どういう事ですか?」
「……にぃにぃ?」
「……」
いつの間にか声にしていたらしい。いや、声を出した記憶はないから……桜に読まれたのか。うーむ。これはマズいな。 今度こそ、俺……死んだかも知れん。
「全く、お兄ちゃん、私達をからかうなんて」
「今度、冗談言ったら活け造りにしちゃうよ?」
ありったけの良い訳を言って、桜達をなんとか沈静化させる事に成功した。起爆寸前の爆弾か。コイツらは。
「冗談も兄妹の関係性には重要なんだ。桜、橘花」
「でも、私達をからかう必要性はないよね? プンプン!」
橘花は口を尖らせて言う。それに対して俺は頭を何回も下げた。新婚の奥さんに浮気がバレた事を謝る亭主のように何回も。……なんで俺、妹に頭を下げなくちゃいけないんだ?
「……まぁ、いいですよ。必死の気持ちが籠っていましたから……」
桜は言うなり、ルーレットを回した。そして出た目は。
「……3……?」
「3だな。……うおっ⁉︎」
桜の顔に浮かぶのは笑み。しかし、それは感情が籠ってない笑みだ。桜はそれを見せるなり電撃を出し、ルーレットを破壊した。俺は啞然とそれを見届けた。
お前、本当に7歳児、か?
「……ええと、4ですね。やっぱりお兄ちゃんと一緒です」
予備のルーレットを出し、やり直しでルーレットを回した桜がそう告げた。
「……」
あまりの怖さに俺は脂汗が滲む。その時だった。その感情に更に拍車を掛けるかの様に……。
突然、電話が鳴り響く。
「おっ、電話……うわあ⁉︎」
俺は電話に出ようとして、恐怖に身が竦んだ。
電話に出ようとしたその瞬間、桜達の表情が一変した。俺が恐怖を覚えたのも無理はないと思う。
なぜなら、桜達の顔が白雪が黒雪になったときの表情に近い感じに変貌したからだ。
「お兄ちゃん。……今は私と遊ぶ時間ですよね?」
「……私達よりも、電話の人が大切なの?」
俺は固まる。少しして何とか弛緩した口を動かした。必死に弁解する。
「いや!これはだな!……そう!父さんだ! 父さんからの電話なら仕方が無いだろう?」
俺の言葉に、桜と橘花は「お父さんからなら仕方ないなー」と納得した。
いつも父さんに電話で無茶振りされるところ、見てるからな。
「すまん! 桜、橘花! 感謝する!」
俺はリビングから飛び出して自分の部屋に駆けこむと自室ドアにしっかりと鍵をかけてから電話に出た。
「もしもし? って、その声、理子か! ……なんの用だ?」
電話の主はなんと峰 理子からだった。原作ヒロインの一人。
先日、ルーマニアの吸血鬼が住まう城から助け出した女の子。
日本人とフランス人の血を引く大怪盗の末裔。
ルーマニアを旅立つ際に、携帯の番号を書いた紙を渡しておいたから、連絡を待ってはいたんだが。
早くないですか?
今はルーマニア武偵局に保護されていて、父さんと一緒にいるはずなんだが……。
『別に……すばるんの声が聞きたかったから電話したとか、そんな理由じゃないんだからねっ!』
今日の理子りんはツンデレ気味です。
「そっか。じゃあ、切るか」
『待って! 冗談だよ⁉︎ 切らないでー』
「だったら早く要件を言ってくれ。今、すげー忙しいんだ」
『もう……すばるんは鈍感さんなんだから……ちょろ〜っとその態度が気に入らないけど……。まっ、いいや。教えてあげる。あのね……』
「うん?」
その時だった。
バチ! バチバチバチッ!!! ビシュ____ベキベキ!!!!!
まるで、落雷が堕ちたかのような轟音と、鋭い刃物で切断されたかのようなもの凄い音が俺の部屋の中に、俺の耳に響き渡った。音の発信源は後方からである。うっわー……嫌な予感しかしないなー。電話の向こうの理子も何が起きたのかわからないといったような、不思議そうな声を出して聞いてくる。
『ちょ、ちょっとすばるん⁉︎ 今の……何の音⁉︎』
俺は電話を静かに耳元から離して汗を流しながら後方を見た。俺の部屋の木製のドア。確かにそこにあったはずのそれは何故かバラバラになって床に散乱している。そして、そのドアがあったはずの空間には俺を鋭い目つきで睨みつける鬼妹……いや、可愛い、可愛い二人の妹達の、姿があった。
「ねえ、お兄ちゃん?」
「にいにぃ……」
「その声の人……」
「だ〜〜〜〜れ?」
あ、ヤバい。俺、今度という今度こそ……死んだかも。